『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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37 『トロールとのとろい旅』

 

「で、では、トロールの分類に関してですが……そ、その、三種類の……」

 

 クィレル教授は壇上でオドオドしながら教科書の記述を説明するだけで、生徒達にとっては(無論私にとっても)レタス食い虫と変わらないくらい退屈な生物だった。

 パフスケインの存在には意味がなくても可愛げがある。

 けれど、ニンニク臭を撒き散らしながら鬱陶しい話をブツブツ口から垂れ流すターバン男には、一体どれ程の価値があるのだろう?

 

 ……卑屈に振る舞って自身が弱者であると主張するのが闇の魔法使いの暴力に対処する術だと言うのなら見事と言う他ない。

 下手に抵抗するよりも殺害されるリスクは減るだろう。とは言え──

 

「クィレル教授」

 

 異議を申し立てる権利くらいはあるはず。

 

 ──殆どの生徒が寝てしまって、講義を聞いていない中、まだ耳を傾けているのは私くらいなのだから。

 

「な、なんでしょうか、ミス・グリーングラス 」

 

 教授の視線はキョロキョロと忙しなく目を合わせようとしない。

 私の隣で寝息を立てているパンジーや、講義に関係のない本を熟読しているドラコのことを見ているのかと思ったけど、全く注意する様子もないから違うらしい。何を探しているのだろうか。逃げ場など何処にもないが。

 

「教科書を読むだけで闇の魔術から身を守れるのですか?」

 

「そ、それは、ぜ、前提の理論を知らずに杖を触っても、危険性が……」

 

「闇の魔術の危険性なら、直接見せれば良いではありませんか」

 

 歴史などに学べない魔法界では、経験に学ぶしかないだろうに。

 

「い、今、ミス・グリーングラスから指摘がありましたが、い、一年生に迎撃する呪文を教えて……や、闇の、闇の魔法使いと、素直に戦ってしまう方が……き、き、危険です……逃げて……逃げるべきです……自分の力を過信する、すれば……取り返しの付かないことに……お、恐ろしい……!」

 

 ……取り返しのつかない……ね。

 

「……では教授は何か危険なものを退治しようとして、取り返しの付かないことになったのですか?」

 

「……!」

 

 ハッとしたような顔で教授は固まった……ように見えた。

 

 観察した限り、吸血鬼避けの為に異常なほどニンニク臭を漂わせていたり、常に挙動不審な振る舞いをしていることから見ても、聞いた話の通り、吸血鬼に襲われたことによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状だろうというのは素人でも分かる。

 

 ……しかし、それほどのショックを受ける体験をしていながら──彼は五体満足で怪我をしている様子はない。魔法で治したのならば、"取り返しのつかない"なんて言葉は出てこないだろう。

 外そうとしないターバンの下に大怪我でも隠しているのでもなければ……何か別の意味があるのでは……?

 

「でも、先生は特に被害を受けたようには見えません。吸血鬼に襲われ、"取り返しのつかない結果"になっているにも関わらず」

 

「に、逃げたのです、わ、私は命からがら……」

 

「むしろ"吸血鬼"になったのではありませんか?──それか、"手下"になったとか?」

 

「あ、ありえません、きゅ、吸血鬼などの手下に、に、なるわけが……」

 

 ……視線の動きが大げさ過ぎるような気がする。なんだろうこの違和感は……まあ、吸血鬼の疑いがあるなら他の教師が開心術を使って検査するだろう……本人は吸血鬼ではないのだろう。本人は。

 

「先生が実際にそうしたかどうかはともかく、有効な手段だと思います。危険な闇の魔法使いが恐ろしいなら、自分が危険な闇の魔法使いになれば良い」

 

「お、おいダフネ、そろそろ」

 

 ドラコの口を人差し指で止める。

 

「──ノクターン横丁でもなければ、日の当たる場所にそういった種類の人物が同時に"二人以上"存在する可能性は、とても低いでしょうから」

 

「……ふっ、くく、ミス・グリーングラス、お、面白い考え方です……確かに……ですが、闇の魔法使いは珍しくはありません」

 

「確かに、先生を含めれば、ここに少なくとも"二人"いることになりますからね」

 

 あの陰気なセブルス・スネイプと合わせて。

 

「──」

 

 その言葉を聞いた瞬間、また教授の雰囲気が変わったような──

 

「なるほど。ではミス・グリーングラスの要望にお応えし、闇の魔法使いが良く使う魔法をお見せしよう」

 

「ご理解い──」

 

「〈オブリビエイト 忘れよ〉」

 

 なぜ私に──

 

「〈アクシオ 来い!〉」

 

 迫る灰色の光線を、教科書を引き寄せて防──

 

「〈プロテゴ 護れ!〉」

 

──と、同時に青白く透けた防壁が私を守っていた。

 

「先生、それはやり過ぎじゃないか?」

 

 ドラコが杖を構えて私を庇いながら抗議した。

 

「……。お、お見事です。す、す、スリザリンに1点。このように、ふ、不用意な発言をすると、闇の魔法使いに記憶を消されてしまうかも、し、知れません。くれぐれも、ちょ、挑発しないように」

 

 薄気味悪い顔で笑うクィレル教授。

 

「……ダフネ、すこしは懲りてくれ」

 

「仕方ないなぁ」

 

「それは僕のセリフだ」

 

 多少都合悪そうなことを言われただけで、実演にかこつけて記憶を消そうとしてくるか……闇の魔法使いだ。しかも、私が何か都合の悪いことを知っていると判断した可能性が高い。

 

 ……このままでは、"何をしていたのか思い出せない日"が増えるだろう。

 

 なんて愉快なんだろうか!危険が増えてしまった!

 

 ホグワーツで死ぬにはこれほど都合の良いものがあるだろうか!

 

 素晴らしい!早くその闇の企みを披露して欲しい!

 

 

 

 ──という私の期待を裏切って、その後は結局トロールの話が続いた。

 

 トロールの原種がスカンジナビア一帯に生息していたことを知ったところで、なんの役に立つのだろうか。

 ドラゴンに蛇語を話したように、古ノルド語で話してみればいいのだろうか。

 

 言葉が通じたとて、知性が存在しない相手であれば何ら意味はないように……ん?なら会話できる蛇達には人間と同等の知性が存在する……?まさか……?

 

「で、では、早いですが講義はここまで──」

 

 退屈な講義がようやく終わりを告げ、

 

「ずびっ、終わった!?終わったよね!?わぁい!!」

 

「パンジー、よだれくらい拭きなよ」

 

「……よく、寝るするです、良いの授業」

 

「ふごご」

 

 スリザリンの学友達は、講義が終わるや否や教室からあっという間に出て行った。

 

「ダフネ?行かないのか?」 

 

「お話が必要だと思わない?」

 

「…わかったよ」

 

 ドラコを連れて、教壇から動く気配のなかったクィレル教授の元へ向かう。

 

 下らない講義をさせないという私の希望は全く果たされていない。

 

「……よ、よ、良かったです、よ、呼び止めて、かえ、帰ってしまったら、どど、どうしようかと思っていましたが、そちらから──」

 

 いまだに弱々しい人間のような態度のクィレル教授。目を合わせようとしない。まだ演技を続けるとは。

 

 ……わかった。これは開心術の対策だ。怪しまれずにするにはそんな方法があったとは。堂々と振る舞わざるを得ない私には、一生出来そうにない仕草で羨ましい。

 

「教授、素晴らしい忘却呪文でした、杖の振り方を見るに余程慣れているようにお見受けします」

 

「い、いえ、わ、私はあまり実践的な呪文は得意では……そう見えるだけで……」

 

 ……上手い皮肉の返しだこと。そう見えた私の目が未熟だと言っているわけだ。

 

「ところで教授、ホグワーツの理事会や魔法省はダンブルドア校長にどこまで期待を寄せているでしょうか?」

 

「さ、さあ、私には」

 

 分からないわけがない。闇の魔法使いなら。

 

「……ダフネ、何を言うつもりだ?」

 

「ドラコは……もう少しルシウス氏が何を望んでいるかを考えてみて」

 

「父上が……?いや、いい。後にする」

 

 ホグワーツ理事のルシウス氏からすれば、魔法大臣を盾に英雄として君臨しているダンブルドアは、魔法界でのヘゲモニーを握るのに厄介極まりない存在だろう。

 

「もし、校内で、スネイプ教授やクィレル教授のような闇の魔法使いが何か起こしたなら、彼が対処するでしょう。彼が校長である限りは学外にいたとしても、どうにかして駆けつけるでしょう。魔法界の英雄なら、それくらいやってのける。そう期待しているはずです」

 

 別に、だから闇の魔法使いは何もできないとか、魔法界最強が突然飛んできて助けてくれるとか言っているわけではない。

 

 逆だ。弱者からの視点であまりに身勝手な話だが、現状彼を超える魔法使いがいない以上、他者に"何かが出来た"とすればそれはダンブルドアの怠慢と捉えられてもおかしくないのだ。

 

 さて、ここまで匂わせれば何かしら出てくるだろう。

 

「……スネイプ教授?」

 

 ん?なぜそこに疑問を?

 

「ええ、ですからお二人でしょう?学内にいる闇の魔法使いは」

 

 他に誰がいると思っているんだろう?

 

「か、彼は恐らくそうでしょうが……」

 

 何故聞き返した……?この教授が妙なのは今に始まった話ではないし、話題を逸らそうとした……?

 

「ともかく、何か重大な事故が起きたら、ダンブルドア校長は責任をとって学校から離れないといけない、そう追求されると思いませんか?──例えば、誰かが命を落としたりすれば」

 

 私が死んだりして。

 

「い、命を!?な、なんてことを!?」

 

「いえ、可能性としてはそういうこともあり得る、と言う仮定の話です。たまたま、ここに理事の息子がいて、私は魔法省にお友達がいる。それだけのことで、理事や教授方と同じようにダンブルドア校長に"期待"しているのは変わりません」

 

「……あ、ああ、ただの、たとえ話……なるほど、そう言うこと……で、ですか」

 

「ええ、これもたとえ話ですが、どこかの教授があえてつまらない講義をして、生徒達からその教科への興味をなくし、──"知っていれば対処できた問題に対処できなかった"、としたら……」

 

 ──"誰かに命令でもされていなければ"、トロールのことを延々と説明するような間抜けな講義を一年生に対してするはずがない……!

 一年生の子供如きが、トロールについて毛の生えた程度の知識を得たところで、実際に遭遇して助かる可能性は皆無!まともな教員のやることではない!

 

「ホグワーツは本来"安全"なわけですから……責任を問われるのは……ダンブルドア校長でしょうし……或いはその教授でしょう……それこそ、ドラコ君のお父様が理事として何か働くことがあるかも知れません。もし、そんなことがあれば、ですが」

 

 勿論、そんな責任の追求は言いがかりに近いが、出来るのが我々、力のある純血だ。そして、その働きが訴追になるのか、擁護になるのかはこちらの気分次第である。

 

 ああ、権力という玩具を振り翳すのは楽しい。握りたがるのも良くわかる。

 

「……ふっ、くく、な、なるほど、なるほど……」

 

 何がおかしいのか気味悪く笑いつつも、開心術を警戒しているのか目を合わせようとしない。

 

「……では、今後は実践的な講義を行うことにします」

 

 ……ん?ここから交渉が始まるのでは……?

 

「講義が、た、退屈だという理由で、せ、生徒の皆さんが、寝てしまうだけなら、し、仕方ありませんが……たとえ話でも……だ、誰が死ぬと脅されれば、逆らえません……わ、私一人では難しいかも知れません……も、もし協力してきただけるなら……」

 

「……はい?」

 

 ……?あれ?

 

「ご、ご協力の申し出、あ、あ、ありがとうございます」

 

「……本当に実践的な講義を?」

 

「え、ええ、や、闇の魔法使いとは正面から戦ってはいけない……ということ、です……」

 

 私が闇の魔法使いだとでも?

 馬鹿な……闇の魔法使いが防衛術の講義を適切に行ったり、それを要求するなんて滑稽なことがあるわけが……!

 いや、仮に生徒が闇の魔法使いだとして、防衛術の教授が容易く屈していいのだろうか……?

 

 ……まあいいか。まともな講義になるなら。

 

「……では仲直りの握手ですね」

 

 私が差し出した手を教授は握ることはなかった。

 

「え、遠慮、させていただきます……相手には隙を見せない、それが防衛術のき、き、基本ですから」

 

「残念です。変身術の腕前をお見せしようと思ったんですけど……」

 

「ま、またの機会に……ああ、講義内容については、後ほど相談する日を……お、お知らせします、か、考えておいて下さい」

 

 ぎこちない笑顔を浮かべ、背を向けた教授は静かに教室を去って行く。

 

「──?」

 

 指を向けて何か呪いでも放ってみようかと思った瞬間、視線のような奇妙な感覚を感じて動けなかった。

 男はこちらを全く見ていない筈のなのに。

 

 そして教授は完全に去り、扉が閉まる音が鳴った。

 

「……」

 

 振り向くとドラコは無言で不服そうな顔をしていた。

 

 私が他の男と仲良くしているように見えて嫉妬したんだろうか?きっとそうだ。

 自分が分からない話を他人と私が楽しそうに話すのは気に食わないに違いない。

 

「何?」

 

「……あいつへの牽制じゃなかったのか?」

 

「…どうだろう」

 

「……父上の名前を勝手に使ったのも、お前の身を守る為なら……と思って何も言わなかったが……誰が命を落とすっていうのはどう言うことだ?」

 

「……。闇の魔法使いみたいでしょう?」

 

「全く……」

 

「私達は純血だけど、大人からすれば子供。下に見られたら対話はできないから」

 

「……お前は子供でいてくれ」

 

「自分が追いつけないから?」

 

「お前なぁ!!」

 

 苛立つドラコから、私は微笑んで逃げた。ああ、彼は想像通りの反応をしてくれて愉快だ。

 

 ……しかし、あの教授の態度は釈然としなかった。一時は私の記憶を消そうとするほど警戒していた筈なのに、講義への協力とは一体。

 

 直接記憶を消すよりも、駒として上手く使う方法でも思いついたのだろうか。

 

 実践的にすると承諾した時の表情から考えれば……何もないとは思えない。

 

 だとしたら……とても愉快なのだけれど。

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