『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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41 『賽の河原』

 

 父上から譲って頂いた"輝きの手"が、僕の視界だけを照らす。

 まだ"寝ていない"肖像画の僅かな話し声が、夜の回廊に反響する。

 

 衣擦れの音も鳴らさぬように歩く。

 被った透明マントが、効果を発揮し続けてくれることを祈りながら。

 『ボージン・アンド・バークス』の店主がつけた法外な値段に見合った効果を。

 

 最初から何も身につけてなければ殆ど音なんて鳴らないが……実行する奴は本物の馬鹿だけだろう。

 

「〈アロホモラ 開け〉」

 

 図書館の扉を開く。

 

 ……一年生程度の魔法で開く鍵の方がおかしいんだ……慢心するな……

 

 進んでいくと、舞っている埃が窓からの月光に照らされてるのが見えた。

 

 ダフネの散らかった書斎を思い出す。

 あいつは何かにつけて理屈を捏ねてくるが、身の回りのことが出来ないだけだ。

 

 それも古代魔術か血の呪いのせいなのだろうか。

 

 この間は階段を見上げて呆然としてるから何かと思えば、

 

『考えてるの。どっちの足を先に出せばいいのか』

 

 などと、訳の分からないことまで言い出す始末だ。

 

 何の影響でそうなってるか分からないが、あの日グリーングラスが自分から"恐怖"を抜き出したのは〈古代魔術〉で間違いない……壁画の男が言っていた言葉からすれば。

 

「……」

 

 しかし、手にした書物のページをいくら捲っても〈古代魔術〉に関する記述は──

 

「お坊ちゃん!スリザリンの寮は眠れないほど怖いのかな?フィルチに怒られるよりも?」

 

 頭上に耳障りなポルターガイストの声が響いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……」

 

 鬱陶しい声を無視して、次のページに目を向ける。

 

 透明マントが見破られているのは気になるが、困るような素振りを見せれば、次の瞬間に人を呼ぶだろう。

 

「可哀想に!知らないことが読めるわけないのに!」

 

「……は?」

 

 思わず見上げてしまった。

 

 ピーブスはケラケラと笑いながら、極才色の道化師染みた衣装を靡かせて飛び回っている。

 

「知らないから読むんだろ?」

 

「いいや!男子トイレで泳ぐ方法は本には書いてなかった!古いパンを投げる方法も!」

 

 ……僕が書いてないことを無駄に探そうとしてるとでも……?

 

「ならお前はどうやって知るんだ?」

 

「教えて下さいと言わないなら、なーんにも言わなよ!」

 

 ……揶揄われるだけかも知れないが、それで聞く耳を持たなければ、あの時と何も変わらない……

 

「……。"教えて下さい"」

 

「"なーんにも!"」

 

 本棚の上で笑い転げているピーブズ。

 

「時間の無駄だったな」

 

「その通り、ここにいても無駄無駄。立ち入り禁止の棚に行かなきゃ!」

 

「ああ、そうだな、お前の言う通りだよ」

 

 ……実際、見当たる棚にはないだろうしな。

 

「ピーブズはいつでも入れる!禁書は素晴らしい!闇の魔術!叫ぶ本!誰も使ってない魔法の本もいい!古くてカビの香りが最高だ!」

 

「……誰も使ってない魔法の本?」

 

「こっちだ!最高に面白いぞ!入れば分かる!」

 

 ……期待はあまりせずに、ゆらゆらと飛んでいくピーブズを追うと、禁書庫への扉は当たり前ように空いていた。

 

「あそこだ!」

 

 指を差されても暗くて何があるのかは見えなかったが、禁書庫へ入れる機会は下級生の僕には他にない。

 

 鬱陶しい奴にも耳を傾ける価値があることを僕は──

 

 勢いよく扉が閉まったような音がした。数歩進んだところだった。

 

「……そういうことか……クソ」

 

 振り返ると、ピーブズが満足気に鍵を指で回している。

 

「面白くなっただろう?禁書庫に生徒がいるぞぉぉ!大変だぁ!ははは!」

 

 ケタケタと笑いつつ、叫ぶピーブズは本棚をすり抜けて消えて行った。

 

 前言撤回だ。聞く必要のない言葉もある。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 禁書庫の奥へ奥へと進んでいく。

 

 鍵は僕の呪文では開かず、誰かが禁書庫の中を開いたら入れ違いに脱出しようと待ち構えていた。

 

 だが、駆けつけた用務員は鍵が掛かっているのを見ると、ピーブズに騙されたと憤慨……そして間抜けにも何も見ずに去って行った。

 

 禁書庫の回廊を彷徨っているゴースト達は、透明マントの下の僕にはまるで気が付く様子もない。

 

 お陰で透明マントがピーブズ以外には十分に効果があるのは確認できたが、もはや奥に進むしかなくなった。

 

 照らした禁書の棚は、露骨に闇の魔術に関するもの以外は、あまり分類も整理もされていない。

 

 古代魔術に関連するようなものを見つけるのは、中々に骨が折れそうだ。

 

 ──。

 

 何かを引き摺るような音が聞こえた。

 

「……っ」

 

 音は、本棚の先から暗闇から聞こえた。

 

 何かが今、そこに"居る"のは明白だった。

 

 ……校長が話していた命の危険には一切近付いていない筈だ。

 

 森のアクロマンチュラ。

 湖のイカ大王。

 

 4階の廊下と5階の階段の先の部屋……。

 

 禁書庫には何ら関係がない筈だ……

 

 いや……地下のドラゴンに比べれば何が怖いものか……

 

 軋むような音が近付いている……こちらに向かっている?

 

 ……ゆっくりと僕は足音を立てないように、後退りていく。

 

 だが、近づいてくる音はそれよりも早い。

 

 何故、的確にこちらへ向かって──

 

 ふと、手元見るとマントは既に半透明に変わっていた。

 

 こんな時に──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──〈ルーモス 光よ〉」

 

 奥から強い光が差した。

 

 突然の明かりに目が眩む。

 

 光に照らされて見えたのは鎧のような──

 

「〈レダクト 粉砕〉」

 

 さらに青白い呪文の光がそれを撃ち抜き、それはバラバラになって崩れ落ちる。

 残骸を見ると、それは騎士を模った金属製の彫像で、その近くに大きな金属剣が落ちている。

 

 だが、脅威が去ったことを安心できるほど、僕は能天気ではない。

 

 助けられたと言うことは、当然──

 

「……おはよう、というのにはまだ早すぎるかのう?」

 

 本棚の奥から光る杖を構えたまま、寝ぼけたように長い白髭を掻いているのは、英雄と呼ばれる老人。

 

「そうは思わぬか?ドラコ」

 

 ダンブルドア校長。

 

 よりによって、この学校で一番信用できない人物だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……先生、どうして……」

 

 奥から来たということは最初から禁書庫に居たのか……?

 そうなると、ピーブズが叫んでも僕を探したりしなかったことになるが……

 

「ホグワーツでは助けを求めるものには、必ずそれが与えられるということじゃ」

 

「……助けていただいたのは……その……ありがとうございます……」

 

「何故ここに、か?それはフォークスのお陰じゃ」

 

 校長の肩に赤い不死鳥が留まった。フォークスというのはそいつのことだろう。

 

「フォークスは時折、我々が行かねばならぬ場所へ連れて行ってくれるのじゃよ……ところで、怪我はないか?」

 

「……はい」

 

「それは毛布か?それではホグワーツの夜には心許ないじゃろうな。厚手のウールがおすすめじゃ」

 

 もはや半透明でも何でもなくなったマントは、毛布に見えるらしい。

 

 その静かに微笑んでいる姿はいかにも無害そうだ。

 だが、ただの善人なら、父上が警戒する筈はない。

 

 どれだけ力があっても魔法大臣にだけにはなってない──『矢面に誰かを立たせておけば自分の権威は安全だから』──ダフネが言った分析が正しいなら、"死んだ誰か"よりも、よっぽど"闇"の帝王だ。

 

「先生、あれは一体何だったんですか?」

 

「地下の守護者じゃ。資格のない者が情報を得ることがないように守っておった。本来であれば」

 

 ……僕が禁書庫に入ったからか?

 

「一応、調べておくかのう──〈レベリオ 現れよ〉」

 

 校長はダフネが使っていたのと同じ呪文を使った。

 

 使うと自分の視界だけに見えるものが増えるらしいが、僕からすると何が起きてるのかさっぱり分からない。

 

「……これは何じゃと思う?」

 

 何かを見つけたのか、彫像の残骸を照らす。

 

 近寄ってみると、彫像の剣に何か鋭いもので削ったような……二つの傷……爪痕のようなものが残っていた。

 

 ……僕が原因で現れたわけではない?

 

「……魔法生物……だと思います」

 

「つまり、何かがこの先の地下にまで入り込んでおるということじゃな。ハグリッドに調べてもらう他あるまい。……では、そろそろ寝床に戻るとしようか」

 

 そう言いつつ、あっさり帰ろうとする校長。

 

「あ、あの、先生……この先って、守護者は何を守ってるんですか?」

 

「古い魔術だったと聞いておる。我々には使えぬし、理解もできぬものじゃったと」

 

「だった……?」

 

「今は何も分からなんだ。この先の史跡は既に破壊され、守る物を無くした守護者だけが残っておる」

 

「では、なぜ先生はその何もない地下から来たんですか?」

 

「ホグワーツには死の危険が多すぎるからの。お陰で新学期から夜更かしする羽目になっておるよ……ところで、何故ここに?ドラコも死の危険の調査か?」

 

 ……露骨に話題を逸らしてきたな。それとも本当に何も知らないのか……?

 

「それは……ピーブズに閉じ込められて……」

 

「勉強になったじゃろう。ポルターガイストは正気で関わるには難しい相手じゃ」

 

「……奴には本を読んで知る事を揶揄されましたが、一理はあると思ってます。泳ぎは本で学べません、ですから──」

 

 僕もその先に何があるのかを見なければ──

 

「そう気にする必要はないじゃろう」

 

「……え」

 

「知識というのは、途方もない地道さと研鑽に裏付けられるものじゃ、少し探したくらいでは見つからぬ」

 

「このまま探し続けるのが正解って事ですか?」

 

「そう単純でもない。対象や目的によって手段は異なる」

 

 ふざけている訳でもないようだし、彼の目はあまりにも真っ直ぐだった。

 

 ……何を、なぜ知ろうとしているかも答えられない以上、僕には地下へ行く口実が作れない。

 

 暗に言っているんだろう。この先の内容は教えることも出来ないし、見せることも出来ないと。

 

 ……本当に、正しさと言うやつは。

 

 ダフネの件も言えず、大人も頼れず、本にも載ってない、ヒントがある場所にも。

 

 ……じゃあ、僕に出来ることって一体何なんだ?

 

 もう父上に協力して、邪魔者を学校から排除すれば自由に調べられるんじゃないか?……本当にそんな真似をするかはともかく。

 

「……それは」

 

「ああ、異性については本で調べても然程参考にはならん、ということは伝えておこうかの」

 

「そんなの調べてませんが!?」

 

「ミス・グリーングラスのことをもし話したくなったら、わしはいつでも話を聞こう」

 

「──っ」

 

 最初から全て分かった上で言ってるんじゃないのか……?

 

 そんなに僕じゃあ不足だって言うのか……?

 

「フォークスに寮まで案内させよう。彼がいれば寄ってくるような魔法生物もおらんじゃろうし……ああ、それと、あまり物じゃが……」

 

 穏やかに微笑みつつ、校長は僕に蛙チョコレートの箱を押し付けると、静かに去っていった。

 

『ホグワーツでは助けを求めるものには、必ずそれが与えられる』……?

 

 ……そんなの嘘だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 校長が開けた禁書庫の扉から出た後、不死鳥の案内に従って僕は寮までの暗い道を歩いていた。蛙チョコレートの中身が蠢いているのを呆然と眺めながら。

 

 ……僕がチョコレートなんか貰って喜ぶ子供だと思っているんだろうか。

 

 ようやくカケラでも掴めたかと思ったのに。

 僕がどうにかしなければ、他に誰があいつを……

 

 階段を降りようとした時、何故か反対側からフォークスの鳴き声が聞こえた。

 

「なあ、そっちは上の階に行く道じゃないのか?」

 

「──!」

 

 寮への帰り道とは真逆、上階へ行けとでも言いたいのか、鳥は騒いでいる。

 

 上と下の区別もつかないのだろうか。

 

「流石に僕でもその間違いはしな──」

 

 ……『フォークスは時折、我々を行かねばならぬ場所へ案内してくれるのじゃ』

 

 ……思えば、校長の登場はあまりにも都合が良かった。いくら、偶然地下にいたとしても。

 

 ダンブルドアが最初から僕を監視していたような暇人ならともかく、あの言葉がジョークではなかったのなら……

 

 ついていく価値はあるのかも知れない。

 

「──!」

 

 彼は階段の踊り場で、"来ないのか?"とでも言いたげに、僕を見つめてゆっくりと羽ばたいている。

 

「……分かったよ、行けばいいんだろ」

 

 まだ夜が明けるには時間がありそうだ。寄り道くらいは許されるだろう。

 僕は校長の指示通りに、"案内"に従ってるだけだからな。

 

 その先に、校長の言う死の危険が存在していたとしても。

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