『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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42「子供の遊戯」

 

 

 

 スリザリン談話室の窓からは、ホグワーツの湖底の穏やかな風景が一望出来る。

 つい先程は巨大なイカ大王が悠然と通り過ぎて行くのが見えた。

 触手の先に水中人が絡め取られていて、必死の形相で踠いていたり、銛で刺されたイカ大王が墨を水中に撒き散らしたりして、スリザリンの談話室に相応しい和やかな見せ物だ。

 

 けれど血で血を洗う覇権争いを鑑賞していたのは私くらいのもので、誰かの関心は窓際に設置されている掲示板の方に向いている様子。

 

 というのも。

 

 ──飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です──

 

 とかいう、マダム・フーチからの連絡が貼り付けられていたからだ。

 

「またトロール達と授業か?今度は誰が医務室送りになる?」  

 

 ドラコは妙に苛立っているようだった。

 

 醜態を晒したグリフィンドールの子供達と同じ講義を受けるのが不満なのか──それとも、少し前から持ち歩いてる分厚い古本が理由なのかは分からない。

 

 彼が持っているのも闇の帝王の作ったお友達と似たような闇の道具なのだろうか。

 

「はいはい!私!私、医務室行くよ!」

「……よし、任せたよ。授業は俺が代わりに受けておくからさ」

「かしこまったよ!」

 

 深緑の革張りのソファーで女子生徒に膝枕されているパンジーと、その向かいでチェスをしていたノットが遠回しにドラコを煽る。

 

「お前らが次の犠牲者になるとも限らないんだぞ?」

「ドラコ様は皆が心配だと仰っています」

 

 金髪碧眼の女子生徒、トレイシー・デイビスがドラコの本心を丁寧な言葉に翻訳した。膝の上のパンジーの髪を撫でつつ。

 

「誰だお前?立場を弁えろ」

「本心がバレて恥ずかしいと仰せです」

 

 即座に翻訳するトレイシーはドラコには目もくれず、ノットの指示通りに動いた黒いナイトの駒を見つめ、自陣のポーンに指示を出していた。

 

「だから誰なんだよお前ぇ……!」

 

「トレイシーは凄いんだよ!ドラコとかダフネちゃんが何言ってるか分かるんだよ!」

 

《私の言ってることが分からないなんて、そんなまさか》

 

「まあ確かにダフネは何言ってるか分からない時もあるが……」

 

 スリザリンなんだから蛇語くらい勉強して欲しいものだ。

 

「……僕が言うことも分からないのか?」

 

「うーんとね、半分くらいだよ?」

「2割も分からないと仰せです」

 

「2割すら!?」

 

「진짜 알아들어?」

 

 急に韓国語で問いかけるむんさん。多分、"本当にわかる?"とか言う意味だろう。きっと。

 

「係呀,我都聽得明你講嘅中文」

 

 顔を上げ、自信満々に中国語(恐らく)で返すトレイシー。

 

「뭐라고요?」

 

 一方、むんさんは首を傾げている。

 

 トレイシーは東洋を全て中国と見做しているのだろう。まあ、区別がつくこちらの人間もあまり多いとは言えないかも知れないけれど。

 

「ふご、ふごご」

 

 小トロールが食べかけのお菓子を溢しながら何か呻く。

 

「ぶひぃ、と仰せです」

 

「それは絶対に言ってないだろ!」

 

「嘘です。申し訳ございません、豚様のお言葉は分かりかねます。せめて広東語であれば……」

 

 ……中国語には種類があって、香港では"広東語"をよく使うと聞いたけれど、中国で公的に使われているのは違う言葉だとか。

 

 もし彼らのように複数の民族が同じ地域で特定の魔法を使うとしたら、民族毎に違う呪文になるのだろうか?

 

「それよりもダフネ、箒には絶対に乗るなよ」

 

 ……不要な心配だ。

 

 私は、スネイプ教授の闇の回復呪文が中途半端に内臓を修復したお陰で健康そのものだ。

 移動は大きさを調整したルーンスプールに乗って全て頼り切りなくらいに。

 

 箒に乗るのは……乗ろうと思えば出来るだろう!

 

「言われなくても。講義で腕前を見せれば一年生でも選手にスカウトされる、というわけでもないし」

 

「……そうだな」

 

「なあマルフォイ、お父上にお願いして学校のルール変えてもらったらどうだい?」

 

「うるさい。出来たとしても、クィディッチ選手なんて今はやってる場合じゃないんだよ……」

 

 ノットの軽口に、何か深刻そうな呟きで返したドラコ。

 クィディッチよりも大事なことがあるなんて……私のことかな?きっとそうだ。

 

「ドラコはね、私がヒッポグリフに襲われて墜落した時に、助けてくれたの。凄いでしょう?」

 

「ダフネちゃん、それなんかさっきも聞いた気がする……よ?」

「ええ、朝から5回聞きましたよパンジー様」

「むんも聞くしたです」

 

「聞いたかダフネ、パンジー以外の記憶力のテストはもう十分だ」

 

「嫌。何度でも言うから」

「ダフネ様は何度でも言うと仰せです」

 

「だから何なんだよお前は!」

 

「トレイシー・デイビスですが?」

 

「僕がおかしいのか……?なんで純血の代表である僕にそんな態度が出来るんだ……?」

 

「……俺が思うに、親しみやすいってことさ」

 

「ノット、お前の先祖が決めた聖28一族で、僕はマルフォイ家の長男なんだぞ?親しみやすいわけないだろ」

 

「大丈夫!私は友達だよ!友達!」

 

「黙れパンジー!友達がいないなんて言ってない!」

 

「ところでマルフォイ。俺の分の友達料はいつ貰えるのかな……」

 

「親しみやすい奴から金を取るなよ!?」

 

「……疲れない?こっち来て休憩したら?」

 

 私が椅子代わりに座っているルーンスプールの背を指差す。

 

《来たら噛んでやろうぜ》

《そうしたらダフネの一番になるかも知れない》

《失せろ小僧》

 

 主人である私の意向を無視して、ルーンスプールの三つの頭は口を開け威嚇していた。

 

「歓迎されてないだろ」

 

 蛇の言ってることがわかるのに私の言うことが分からないなんて……

 

「──しかし、分かりかねます。何故、フットボールよりもクィディッチが優れていると皆おっしゃるのでしょうか?」

 

 トレイシーが突然火種を投下した。

 

「私から言わせて貰えば、ボールが複数ある上に、ルールも煩雑、さらにスニッチをとれば大体勝利なんて競技として破綻しています」

 

 スリザリンの生徒は、彼女を不幸にもマグル世界の孤児院で育った純血だと思っているが、実際はただのマグル生まれである。

 でも全員の出身を調べた私くらいしか知らないし、あまりに堂々としているので誰も気が付いていない。

 

「……お前にクィディッチの何がわかる……?」

 

 火種はドラコに着火したのか、本を置いてトレイシーに食ってかかる。考え事は吹き飛んだらしい。

 

「本日の為に、『クィディッチ今昔』と過去の試合記録、プロリーグの試合を拝見致しました。その上で敢えて言いましょう。クィディッチはフットボールには勝てません」

 

 そこから論争が始まった。トレイシーは裕福なマグルに育てられたのでまるで物怖じしないし、その上パンジーの庇護下にあるので言いたい放題だった。

 

 ドラコは選手が無様に地を這ってボールを追いかけるゲームの何処が面白いのかと鼻で笑い、ノットや後から参戦した黒い肌で容姿が整った少年──ブレーズ・ザビニがクィディッチの面白さとやらを語ったが、少年達が内輪で盛り上がっているだけだった。

 

 パンジー主従と男子生徒達の論点は競技として優れているか否かという、決着がつきそうもない無益な内容に終始。

 むんさんは早々に論争に飽きて小トロール達とゴブストーンを始め、談話室に謎の臭い液体をばら撒き──私達は何一つとして有益な結論を得ることはなかった。

 

 ドラコは次の箒の講義で飛ぶことの素晴らしさを教えてやるだとか何とか言っていたけれど、なんだか聞いたことがあるような流れだった。

 

 彼らが論戦に熱中している間、私は次は誰が医務室に運ばれるのか楽しみにしながら──ドラコが置いた古い本を眺めていた。

 

 はるか昔の地理情報しか描かれていない、ページの欠落した古本を。










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