『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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45『空気力学入門』 3

 

「それでは両者位置について──始め」

 

 私の掌からスニジェットが飛び立つ──と同時に一瞬で見えなくなった。

 

 ハリーとドラコの二人はまだ陸に足をつけたままだ。

 

「……え?」

 

 ハリーは箒に跨ったまま、戸惑っている。

 

「再現度高いでしょう、私の変身術は」

 

 詳細な造形は剥製で覚えた紛い物だけれど。

 

「クィディッチってあんなに速いのを追いかけるの……?」

 

「そう。捕まえられないならそのチームは負け──そうでしょう?ドラコ」

 

「……厳密には違う。集中してるんだ、静かにしててくれ」

 

 目を凝らして高速で飛び去ったスニジェットを探しているらしいけど……少し顔色が悪い気がしなくもない。一体どうしたのだろう。

 

 まあ、迂闊に動いても相手に位置を知らせるような物で、箒はお互いに壊れ掛けの旧式、性能では勝負にはならない。

 

「ねぇトレイシー、二人ともまだ飛ばないよ?」

「……飛ばなくても勝てるのかも知れません」

「ほんと!?どうやって?」

 

「……くく、先にポッターだけ飛び立って、先生が帰ってきたら勝ちだよ」

 

「えっ?」

 

 ハリーがノットの発言に振り返って反応する。

 

「……さっきロングボトムを連れてく前に、先生が言っていただろう……?"勝手に飛んだら退学させる"って」

「そうだっけ?そうだったかな……?」

「パンジー様……まさかお忘れで?」

「え……?あ!そう!そうだったよ!」

 

 ……え。なにそれ。私が離れてた間にそんな話を?

 

 なら、クラッブかゴイルのどちらかはもう退学が確定してしまったことになるけれど。

 

「やっぱりスリザリンってマーリンの髭なんだな!」

 

 ロナルドが憎らしそうな目で悪態を吐く。

 

「……やめるのかい?……ふっ、英雄が尻尾を巻いて逃げたなんて、すぐに広まるだろうさ」

 

 それを広めるだろうノット本人が、鼻で笑いながら言うと説得力が違う。

 

 ……しかし退学となれば話が違ってくるな……今さら私が勝負を止めるのも不自然だけど──

 

「ポッター、逃げるする、ですか?」

 

 私が口を開く前に、無遠慮にハリーに近づいたむんさんが首を傾げながら尋ねた。

 

「だ、ダメよ!もう何を言われてもいいじゃない!退学になるよりマシだわ!」

 

 更にグレンジャーさんが会話に割り込む。

 

「……全く」

 

 そしてドラコは周囲を無視して飛び立った。

 

「そんな下らない勝ちで、何を誇れる」

 

 何故いらないところでカッコつけてしまうのだろうか……!

 

「──っ!」

 

 そしてハリーも追いかけるように素早く離陸する。

 あっという間に二人は上空の影になってしまった。

 

 ……どうしよ……いや、私は賢いのだからこう言う時でも冷静に、そう冷静に咄嗟に上手いこと解決できるアイデアを湯水の如く考案できる筈だ……!

 

 ……また脳を増やして思考を早く……クソ……スネイプの治療のお陰でまだ使えそうに……違う!そんな技に頼らずとも思考はできる……!

 

 タイムリミットは教員が帰ってくるまで。

 

 勝負が付かなければ二人とも退学。

 

 最悪を想定しよう。ドラコはダームストラングに入学するだろう。

 その時は私もホグワーツから転入する。

 でも英国魔法界でのコネクションがない以上、葬式の参列者はどうしても減るだろうし、人々の与り知らぬところで死ねば、勝手に血の呪いの所為にされかねない。

 

 ハリーは親切なマグルの家庭に帰り、ハウスエルフとなって奉仕の幸せを噛み締めて暮らすことだろう。

 

 アストリアは……私より先に死なれては困るし、何かあったらすぐに戻れるように……とはいえ連れて行ったら私が死に難いし、アストリアだって私の亡骸くらいは見て泣きたいはず。

 

 ……ダメだ。ダームストラングは無し。

 

 すぐに終わる遊びに変えよう。

 

 すぐに終わりつつ、最大限に私が楽しめる遊びに!

 

「……何をしてるんだい?」

 

 ローファーの爪先で足元の状態を確かめていた私に向かって、ノットが声を掛けて来た。

 

「何も」

 

 ──無言呪文で〈レベリオ〉を使う。

 

 日記の中の人に出来ることが……私に出来ないわけがない……出来ないわけがない……絶対に出来る……中身が違ったとしても、呪文を使ったのは私だ。

 

 そう信じ──理屈の上に魔法を解釈する。

 

 レベリオは杖の先から、波のように広がって探知する……壁の向こうすら……ならばそれは物理的な存在を透過している……どうやって?

 

 私はそれを物体が持っている"電磁波"と"想像"する。マグルの世界ならありふれた"科学技術"だろう……それを呪文に解釈する。

 

 呪文が放つ得体の知れない波ではなく、遠くへ届き反響する……或いは物体が持つ電磁波のような波であると規定する。

 

 波は反射する。杖でその波を受け取ったりコントロールするのではなく……自分自身を杖に見立て、反響と空間の情報で像を作り出す……一方的な発想でマグルからすれば非科学的にも程があるだろう……

 

 しかし……私は同じようにして変身術を"捻じ曲げてきた"。

 

 広がれ。更に広範囲に──。

 

 

 

 ──見えた。……どうやら私の思ったよりも状況は悪くなさそうだ。後は整えるだけで良い。

 

 スニジェットが私の直上あたりへ来るのを待ってから──

 

「──〈アクシオ 来い〉」

 

 知覚できる範囲にあるならば、"引き寄せられない訳"がない。日記の中の人が"出来ること"を既に実証しているから。

 

 スニジェットは向きを変え──私に向かって飛び始めた。

 

 ドラコとハリーはその姿に気がついたのだろう。

 

 同じ方向に旋回し──向かう先を見据えた。

 

 表情までは見えないけれど、驚いた顔が目に浮かぶようだ。

 

 さあ、私の手に帰ってくる前に掴むといい。

 

 私を撥ね飛ばす恐怖を乗り越えて!

 

「……やっぱり何かしたんだね?」

 

「聞いてノット。魔法に失敗してスニジェットが戻って来てるの、このままだと──二人ともこっちに突っ込んで来るかも知れない!」

 

 私は周囲に聞こえるよう、大袈裟な口調で告げた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 上空のドラコとハリーには見えていた。

 

 素早く蛇行していたスニジェットが二人の間をすり抜け、突然、真っ直ぐに飛び──そして向かう先は空ではなく大地──。

 

 二人は急旋回し、共に身を屈め、箒の柄を下に向けて急降下する。

 

 速度は互角。同じ使い古しの道具、そして単純な直線の飛行。ここに両者の優劣は現れない。

 

 ならば一体何が雌雄を分けるというのか。

 

 二人は速度を増して黄金の小鳥へ追い縋る。

 もはや落下しているのと然程変わりない。

 

 風が鳴る。ホグワーツの校庭が近付く。

 

 吹き付ける風の中、ハリーは横目にドラコを見る。

 相変わらず青白い顔をしているだけで感情は窺い知れなかった。

 

 実のところ競争だけに意思が向いているのは、ハリーだけである。

 

 ドラコに見えていたのはその先。

 

 ……スニジェットがこのまま飛ぶのに任せ、直進すれば、最悪、使い古しの箒では切り返すことが出来ず──そのまま地面に墜落する。

 

 実際の競技では、"ウロンスキー・フェイント"という技が存在する。

 それはスニッチを見つけたフリをして下方に向かい、地面にスレスレで上昇へ転じ、追ってくる敵のシーカー(スニッチを追う役、チームに一人)を衝突させるものだ。

 高高度からの急降下と激突によって受ける衝撃は容易くシーカーを再起不能にしてしまう程で──現在の状況がそのまま推移すれば、予想される結果に差はなかった。

 

 負ける訳にはいかず、速度を緩めることも出来ない。箒は壊れかけの廃棄物である。

 それでも彼には"自分だけなら"無事で済む自負があった。

 しかし、初めての飛行と勝負に夢中な"英雄"がそこまで考えてくれるとは思えなかったのだ。

 

 事実、その想定は正鵠を射ており、ハリーにはそこまで想像が及ばなかった。

 例えばハリーが一人で飛んでいたとすれば、迷うことなく急降下からの見事な切り返しを見せてくれたかも知れない。

 ──だが今は競争で、追えば追うほど逃げるスニジェットを掴むかという瞬間であり、二人とも速度を増し続けている。

 

 ドラコからすれば、知ったことかと切り捨てて仕舞えばそれだけの話だ。

 調子に乗った英雄気取りの末路、スネイプ教授であれば怪我人の聖マンゴ病院への"転校"を涙ながらに見送るだろう。

 

 しかし、それは出来なかった。

 

 その手段を取るのなら最初から飛ぶべきではなく──ノットが言う通りにハリーが飛ぶのを見送り、教師に報告して退学させれば良かったのだ──とドラコは考える。

 

 自らの名誉と家の名、自覚し切っていない嫉妬が故に飛んでしまった彼にとって、ハリーの脱落を容認する道は存在しなかった。

 

 事故を起こさず、さらに間抜けな英雄にも怪我をさせず。その上で勝利する。

 

 彼はそれを成し遂げられるだけの実力は持ち得ていたかも知れない。

 

 ──スニジェットの行く先が、ダフネ・グリーングラスの手の中でなければ。

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