『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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間話『許されざる者』

 

 

「──以上の理由によって、ルシウス・マルフォイ氏を死喰い人として再審を要求するものとする」

 

 魔法省地下10階。イギリス魔法界最高司法機関であるウィゼンガモット法廷に集まった殆どの魔法使い達は、座り心地のあまり良くない木製の椅子と権威の割に狭苦しい半円形の法廷から解放される時を今か今かと待っていた。

 日和見主義者の魔法大臣、人を吊し上げることが生き甲斐のピンク色のガマガエル──のような女性職員や、法廷中央の被告席に立たされているルシウス・マルフォイですらそうなのだから、誰一人としてこの法廷を喜んでいる者などいないようにも見える。

 

 だが、厳粛そうな顔の裏で心底うんざりしている魔法使い達の中で唯一、深い皺の刻まれた顔に笑みを隠そうと必死になっている男がいた。

 それが、マティアス・ピッカーリングである。

 彼の心はここにはなく、もう既に自宅で企みの成功を祝して酒杯を掲げていた。

 目当てのものを盗ませた部下にはそれなりの返礼を既に済ませ、口止めは済んでいる。後は待っていれば物事は自分の望むままに運び、省内での権力争いに勝利できると。

 

「──では、ルシウス・マルフォイ被告が未だ死喰い人であり、かつて服従の呪文を受け、"例のあの人"に操られていたという証言が偽証であったとする証拠をここに」

 

 現在イギリス魔法界から離れているウィゼンガモットの長官に代わり、魔法法執行部の部長のアメリア・ボーンズが〈闇祓い〉の職員に指示を出す。

 運ばれて来たのは、一般的に知られているありとあらゆる魔法に対しての防護策が施された金属製の箱だった。

 

 マティアスはその中に、ギャレス・グリーングラスから直接受け取った黒い日記帳が納められていることを知っている。

 そしてそれが"例のあの人"縁の闇の魔法道具であることも。

 かつてルシウス・マルフォイは戦争後の裁判の際、服従の呪文によって従わされていたと証言し投獄を免れていた。

 他にも同様の証言で罪を逃れた者は多かったが、立証できるものがなかったが故に無罪放免とされていた。しかし、闇の帝王の品をいつまでも後生大事に持っていたとなれば話は別だ。

 一度決まった判決が覆るのかとマグルであれば文句の一つも言いたくなるだろうが、ここは魔法界なので一事不再理の原則は通用しない。"司法"ならぬ"魔法"の世界であるが故に。

 

「開示しなさい」

 

〈闇祓い〉の職員が慎重に金属製の箱を開いていく。

 

 ルシウスは顔色一つ変えなかった。

 マティアスだけが、その瞬間を息を呑んで見守っていた。

 他の参加者達は主に昼食のことしか頭になかった。

 

「──は?」

 

 『自家製魔法チーズの作り方』

 

 収められていたのはその一冊だった。

 真面目な顔を保ちきれなかった一部の魔法使い達が顔を押さえている。

 魔法大臣は昼食のフィッシュ&チップスにチーズをトッピングしようと決めた。

 

「ルシウス・マルフォイ。この本に見覚えは?」

 

 アメリアは気丈な女性だった。どのような事態にも冷静に対処できるだけの修羅場の数々を潜り抜けて来た歴戦の魔法使いだ。

 自家製の魔法チーズなどに動揺するような惰弱な女ではないのだ。

 

「……確かに、私の書斎から姿を消した本だ」

 

 ルシウスもまた、歴戦の貴族だった。

 

「では質問しますが、"闇の帝王"がこれを貴方に?これが忠誠の証だと認めますか?」

 

「……認めましょう」

 

 会場は騒然とした。まさか本当に"例のあの人"がそんな本を贈るとは思いもしなかったからだ。

 

「──私の妻を闇の帝王と呼ぶのなら、それはまさしく忠誠の証と言える」

 

 ルシウスは厳粛な声で当然のように語った。

 

「──くっ」

 

 アメリアは堪えるために血が出るほど唇を食いしばった。

 

「恥ずかしい話だが……私は闇の魔術関連の品々や、呪われた道具の蒐集に没頭し、彼女の気持ちを蔑ろにしてしまった。それに漸く気がついたのは私のコレクションが部屋ごと全て焼き尽くされた後だった」

 

「……証言を続けなさい」

 

「彼女と話し合い、蒐集とは別の趣味を持つことにした。その本は妻から送られた一冊だ。あまり人には教えたことがないが、今でも魔法チーズを作っている。証明のために提出することもやぶさかではない。ワインによく合う。私からは以上だ」

 

「……では、審議に移ります──」

 

 

 その後ルシウス・マルフォイは──これまでのマルフォイ家の当主があらゆる裁判でそうだったように──無罪放免とされ、再審を要求したマティアスの部下は"何故か"動物課ケンタウルス担当室へ異動させられた。

 

 尚、魔法省が設立して以来、ケンタウルス担当室には一度も仕事が発生したことはなく、配属された職員の行方は杳として知れない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「何故だ……!あの日記帳は確かに……!」

 

 マティアスは執務室の机で頭を抱えていた。

 

 ルシウスには手の出しようがないことは、彼自身が黒い日記帳を直接受け取り、そして厳重に箱へ封印した以上確実だった。

 中身を入れ替えることが出来る者が存在しているはずもない。

 

「まさかギャレスが……?」

 

 部下の裏切りを考えたマティアスは彼の手下に命じ、黒い日記帳を盗み出した当日の記録を提出させた。

 しかし、真相に迫るような手掛かりは存在しなかった。

 

「それとも……」

 

 森で話を盗み聞きしていた者がいた筈だが、忽然と姿を消していた。

 追いかけたギャレス曰く、ハウスエルフだったという。

 屋敷に居た子供共々〈服従の呪文〉によって従わせて日記帳を盗ませ、自分は会場に戻り、疑いの目を向けられることなく日記帳を回収した……というのが一連の流れだった。

 

 それを裏付ける記録の一文が、

 

 "未成年者の付近で、〈姿現わし〉と〈服従の呪文〉を検知"

 

 というものだった。

 

 あの会場で〈姿現わし〉を使えるのはハウスエルフしかおらず、また子供に〈服従の呪文〉を使える訳もない。

 "例のあの人"や"英雄ダンブルドア"であればどちらも可能かも知れないが──つまり現実的には不可能だ。

 また、マティアスがもみ消す前提でなければ、使用だけで逮捕される〈服従の呪文〉を使う理由もない以上、ギャレスが裏切っているとも考え難い。

 

 盗み出す流れの中に日記帳を偽造する方法が存在しないのなら、元からこの計画に気が付かれていて、あえて盗ませた……とも考えられるが、そうなるとルシウスがマティアスに報復しない理由がなかった。

 

「一体どこで……ん?入りたまえ」

 

 考え込んでいる彼の耳に、扉をノックする音が聞こえた。

 

「……ギャレスか。最悪の状況は免れたが──」

 

「〈インペリオ 服従せよ〉」

 

 服従の呪文を放ったギャレスは、その後"命令通りに"自分へ服従の呪文を掛け直した。

 

 そして、真相は闇の中へ消えた。

 

 最初に服従の呪文を使った者以外、全てを知るものはいない。

 


 

 

 

tips

 

 

・人を吊し上げることが生き甲斐のピンク色のガマガエルのような女性社員

 おそらく蛙。

 

・日和見主義者の魔法大臣

 悪人でもないが善人でもない。一般的な魔法大臣。戦時でもなければ代表が有能でなくとも何の問題もないということを身をもって歴史に証明している人物。

 

・アメリア・ボーンズ

 自家製魔法チーズが美味しくてびっくり。

 

・ルシウス・マルフォイ

今回も無罪だったが、またコレクションを減らされることになった。

予告もなく燃やされるよりマシかと思っている。

 

・マティアス・ピッカーリング

【許されざる者】の首魁。

『ハリーポッター :魔法同盟』において言及された人物。闇の勢力とは別に魔法界で様々な悪事に勤しみ、裏社会を牛耳っていたらしい魔法使い──だったが、不幸な事故でとある魔法使いに忠誠を誓うことになった。

 

・許されざる者

マティアス率いる秘密組織。

実態は魔法界におけるマフィアのようなもの。

今作では新しい指導者の一存で、【可哀想なお友達】という名前に変わった。団体が得た利益の一部は慈善事業に使われるようになり、その過程で救済された者が新たな構成員になったりしている。

 

・ケンタウルス担当室

ケンタウルスは自分達を種族的に人に類するものではなく、動物だと主張しているので相談するために魔法省を訪れたりはしない。

何のために存在しているのか分からないが、世の中は往々にして無意味な仕事で溢れているものである。魔法界の豊かさを感じることが出来るだろう。







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