『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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話を進めるために後回しにした間話です!
アストリア視点の一話なので、続きをお待ちの方は申し訳ありません!


間話『美徳の不幸』

 

 私達の世界は魔法に満ちていて、不思議なことで溢れていました。

 

 そして、私達も姉妹も魔法と同じように特別な存在で、世界の中心なんだと──そう思い込んでいました。

 

 お母様は私達を残して、この世を去りました。

 

 死因は〈血の呪い〉。

 グリーングラス家は呪われていました。

 私は何も知りませんでした。

 

 お母様がどんどん弱っていくのに、私は彼女がいつか良くなるのだと、そんな風に思い込んでいました。

 でも、そんなことはなくて。どんなにお願いしても病気が治ることなんてなくて。

 そしてお母様は亡くなりました。

 

 涙が止まらなくて、悲しくて、泣いて、泣いて、いくら泣いても、彼女が戻ってくるなんてことはなくて。

 

 お姉様は泣きませんでした。ずっと泣きませんでした。

 グリーングラス本家の長女として気丈に振る舞っていました。

 私はお姉様がとても強いから平気なのだと、そう思いました。

 

 母が亡くなったその日から、お姉様は母の代わりに、顔も知らない父の代わりに、私の面倒を見続けました。

 

 私の体調が崩れたらつきっきりで看病してくれました。

 分からないことを聞けば、どんなことでも答えてくれました。

 私が泣けば、泣き止むまで抱きしめて、沢山頭を撫でてくれました。

 グリーングラス家の代表として、社交界に出ざるを得ない場面も、何度もありました。

 そんな時でも子供ながらに、純血の家に必要な全てをこなしていました。

 

 だから、私は困りませんでした。

 だから、分かっていませんでした。

 お母様のように思えても、彼女が私より一年長く生きているだけなんだと。

 

 いつか、私が家のことを一人でやっていて、大変ではないかと聞いたことがありました。

 それでも、お姉様は微笑んで言うのです。

 

 "大丈夫"と。

 

 私はその言葉を信じ切っていました。

 

 私がその愚かさを知るのに時間はかかりませんでした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ある朝。

 

 お姉様が首を吊っていました。

 

 床がお姉様から、滴った液体で、濡れて。

 

 何を言っても返事をしなくて。

 

 私は何が起きているのか全く理解できませんでした。

 ただ、慌てて、ハウスエルフに話して、お姉様を降ろしてもらって、癒者を呼んで、私に出来たのはそれくらいで……お姉様が意識を取り戻すまで、私は何も考えられませんでした。

 

 癒者はお姉様にも〈血の呪い〉が既に発症しているのではないかと告げました。

 

 痛みのあまりに自殺を図ったのではないかと。

 

 でも私には信じられませんでした。発作が起きている時は起き上がることなんて、とても出来ません。

 とても痛くて苦しいのです。歩き回ったり、普段通りに過ごすことなんて出来ません。

 

 お姉様は全くそんな様子を見せませんでした。

 そのことを話すと、慰者の方は天井を仰いで、私に告げました。

 

 "彼女は君のために全てを隠していたのではないか"、と。

 

 曰く、人は心も病気になるそうです。

 

 私を気遣ったのか癒者はそれ以上何も言いませんでしたが、もう、それ以上の説明は要りませんでした。私にとっては答えは明白でした。

 

 お姉様は私のために……弱い私のために我慢し続けて、我慢し続けて、おかしくなってしまったのだと。

 

 愕然としました。

 

 思い返せば、生前のお母様はとても苦しそうでした。亡くなる少し前の様子なんて、思い出すだけで泣きそうになります。

 お母様のことを思い出す度に、私は怖くて泣いていました。

 だから、だからお姉様は涙を流したり、痛がったり出来なかったのです。

 誰にも助けを求めることもできずに、一人で全部を抱えていたのです。

 

 思い返しました。

 お姉様の"大丈夫"と言う言葉を。

 

 言える訳がありません。

 

 こんな弱い私の前で、そんな泣き言が言える訳がないのです。

 

 私はこのことを、お姉様の状態を誰にも言えませんでした。叔父は殆ど屋敷には来ませんし、他の純血の大人に言えるはずもありません。

 お姉さまが正気ではない、そんなことを知られるわけには行かなかったのです。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 私が会いに行くと、お姉様は病室で、窓の外を眺めていました。

 

 そうして、いつも通りに微笑むのです。

 

 私がどれだけ謝っても。

 

「甘えてごめんなさい……弱くてごめんなさい……愚かでごめんなさい……」

 

「大丈夫、貴女は悪くないから」

 

 お姉様は決して謝罪を認めてはくれませんでした。

 

「私はただ自分勝手に、好きなように死にたいだけ」

 

 笑うのです。笑ってしまうのです。

 私は、お姉様にそんな風に、笑ってなんて欲しくありませんでした。

 まるで死ぬことしか、方法がないみたいな顔で、当然みたいに、笑ってなんて欲しくありませんでした。

 

 どうして、どうしてこうなってしまったのでしょう。どうして私たちは呪われていなければいけないのでしょう。

 

 考えて、考えて、考えて。

 私にはもう、どうにも出来ないことが分かりました。今の私には。

 

 だから、強くなることに決めました。

 

 強ければ、泣かないで済みます。

 強ければ、病気だって治せるかも知れません。

 強く、ずっと強くなって、お姉様が強くなくても良くなるように。

 お姉様が笑わないで済むように。

 

 お姉様よりも、もっと強くならなければ。

 

 私はようやく一人の人間として生きなければならないことに気がついたのです。

 

 お姉様の心を壊して、ようやく。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 お母様の部屋には数えきれないくらい、本がありました。

 

 棚には不自然に空いている場所がありましたが、その時の埃の積もり方からすると恐らくはお姉様が持って行ったのだろうと思います。

 

 何の本だったのかは後々分かりましたが、私が必要としていたのは別の種類の本でした。

 

 それは闇の魔法です。

 

 私が普通の魔法を普通に努力したところでお姉様に追いつくことは難しいでしょう。

 普通の……学校で学ぶような初歩的な呪文は私でもすぐに覚えてしまったからです。私に出来ることがお姉様に出来ないわけがありません。当たり前ですね。

 ですから私は闇の魔法を調べることで、お姉様よりも、強くなれると思いました。

 

 そうして、様々な呪文を覚えて、本を読んで、勉強して、勉強して、勉強して、勉強して、家のことも私が半分は受け持って。

 私はずっと強くなったと思いました。

 

 なのに。なのに。なのに。なのに。

 

 お姉様は、治りませんでした。

 笑い続けていました。

 

 最近は使われていなかった呪文を見つけて、人を直接浮かせる呪文も覚えたのに。

 深い傷から破れた衣服すら治してしまう闇の呪文も覚えたのに。

 武装解除も。失神呪文も。盾の呪文も。

 

 舌縛りも、凍結も、切断も、火炎も、爆破も、石化だって覚えたのに──それでも、お姉様はもっと強く、才能に満ちていました。

 

 自殺対策のために危ないものは全部無くしたはずでした。

 でも、私が上手く出来なかった変身術を完璧に使って縄を作って首を吊ってしまったのです。

 〈インカーセラス〉を使えば良いのに、わざわざ変身術を。まるで嘲笑っているようでした。

 

 だから考えたのです。

 

 お姉様を弱くすればいいんだと。

 簡単な方法は杖を没収することです。

 杖がなければ殆どの呪文は使えませんし、変身術なんて絶対に無理です。教科書にもそう書いてありました。

 そして没収もお姉様の状態を周りに伝えれば容易でした。

 それに加え、ホグワーツで使われている教科書は買い与えないように、ハウスエルフ達に言い聞かせ、監視のない一人での外出を禁じました。たとえお手洗いやお風呂であっても、常に誰かに見張らせました。

 

 そうするとどうでしょう。

 お姉様はすっかり弱く、大人しくなりました。杖を持っていないというだけで、お姉様は私の思うままです。

 

 ですが、警戒は怠りません。

 時間が経てば自力でも何か方法を見つけてしまうかも知れません。

 なので私は伸び悩んでいる闇の呪文の勉強ではなく、魔法道具を作ることにしました。

 自分自身よりも、強力な魔法道具があれば足りない才能も補えます。

 これはお母様の本棚にあったマグルの本から学びました。彼らは魔法も使えないのに、魔法族よりも圧倒的に人口が多い。それは道具を作ることに長けていたからです。例えば、"銃"と呼ばれる鉛玉を音の速さで打ち出す道具や、"鉄"で出来た武器などの道具です。

 もし彼らに魔法が使えるのなら、更なる強さを得ることが出来るでしょう。なんて恐ろしい。

 

 幸い、私の乏しい才能でも既存の道具を作ったり、改良する程度なら難しくありませんでした。

 こうして、私はお姉様を弱くし、これ以上強くなるのを封じ、道具によって優位を得ました。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 それでも私の計画は失敗に終わりました。

 

「どうして、どうしてお姉さまは、こんなことをするのですか……?」

 

 私は悔しくて、悲しくて、不甲斐なくて、涙が止まりませんでした。

 

「太陽が眩しかったから」

 

〈インカーセラス〉でベッドに縛り付けたお姉様は、いつもと変わらず微笑んでいます。

 

「太陽……?」

 

 私にはその言葉の意味が分かりませんでした。もはや、理由が必要ないくらい。太陽が昇ってくるのと同じくらいに死ぬことが当然だと思ってしまっているのでしょうか?

 

「貴方こそ、どうして分かったの?」

 

「……お姉さまが……何処にいるのか分かるような時計を作りっ……ひっく……ました。命の危機も……解ります」

 

 私は改造した腕時計を見せました。

 お母様の書斎にあったものを改造したモノです。

 お姉様の所在を示し、距離や方角も分かるようにしたのに、そんなものは無意味でした。

 

 お姉様はもう杖も必要ありません。

 

 一人で杖を使わない変身術を使えるようになってしまいました。もう、私には才能で勝つことは不可能でしょう。

 

「お姉さま……もうこんなことしないで……」

 

 もう私に出来るのは縋り付いて懇願するだけでした。

 勝ったと、思い込んでいました。自分が強くなったなんて、全て勘違いでした。

 私は何もできない無力な小娘でした。

 

 思い知らされました。お姉様には勝てません。私が大丈夫だと、わからせる方法はありません。

 惨めでした。束縛することでしか止められない、私にはそんな手段しかないことが。

 その手段も間も無く使えなくなります。

 

 お姉様はもうすぐホグワーツに行くからです。

 

 ホグワーツには禁じられた森も、危険な湖も、呪われた部屋もあり、闇の魔法使いも、化け物もいます。

 そんなところに行ってしまったら、か弱い生き物であるお姉様はあっという間に死んでしまうでしょう。

 

 でも、もう私には止めることが出来ません。

 ホグワーツに通う子供を監禁すれば、教員がどのような手段を持ってしてでも連れて行くのです。

 

 ですから、私はただ、無様に、惨めに、懇願するしかないのです。

 

「……アストリア、私は暫く大人しくしようと思う」

 

「ほんと……ですか?」

 

「本当。家で死のうとするのはやめるから」

 

「よかった……よかったぁぁ……」

 

 お姉様が、初めてそんなことを言ってくれました。

 

 たとえ、私たちの残りの時間が少なくても、生きてくれればそれで十分なのです。

 

 私の家族は、お姉様ただ一人しかいないのですから。







近いうちに本編も進めますのでもう少しお待ち下さい!
お気に入りや評価をしていただいた方はありがとうございます!
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