ピピピッ! ピピピッ!
目覚ましのけたたましい音で目が覚める。
「ああ、今日から雄英か」
目覚ましを止めると、寝ぼけ眼で呆然と天井を見つめた。
4月上旬。今日から晴れて雄英生になる。
このために孤児院から出て、現在は雄英近くのアパートでひとり暮らしを始めていた。
いやあ、クソ悪人な親だが蓄えは一丁前に助かったよ。
流石は指定ヴィラン団体に所属してるだけある。金持ってるわ。
それと俺を保護してくれたヒーローにも感謝だ。
というか、それが孤児院の院長と副院長の美羽さんなんだが。
ヒーロー後見プログラムだかで、親の差し押さえられた財産の一部の相続権を得ることが出来た訳だ。
家を借りれるのも、雄英の入学費も諸々そこから出ている。
更には雄英の支援プログラムによって、金銭的負担が軽くなっているので貯金に結構余裕があった。
「くアァァ〜……寝みぃ」
ひとり暮らしを始めて2週間程は経過しており、この辺りの地理にも慣れつつある。
だが、前の高架下みたいな、人目が少なくて個性訓練ができるような場所を広い場所を見つけれていない。
だから、早起きして個性訓練を行うことは無くなり、今は代わりにジョギングをする程度。
流石に高校の入学式がある日までは運動をする訳には行かないので、今日は休みとしている。
その為、少し長く寝すぎてしまい、ちょっとばかり脳が起きていない。
というか、このまま2度寝をしてしまいたい。
だが、まだ眠っていたい気持ちを抑え、無理やり体を起こすと簡単に支度を始めた。
歯磨きやらトイレなどの朝のルーティンを済ませ、食事を取り終えると雄英指定の制服に身を通す。
姿見で身だしなみを確認してから、最後に香水を首元に少量付けた。
「よしっ」
気合いを入れるため短く声を出して、睡眠時間多量による気だるさを払う。
最後に玄関で忘れ物がないか、確認を終えると家を出た。
今の時間なら徒歩で問題なく入学式に間に合う。
少し見慣れた街並みを眺めつつ、ゆっくりと雄英へと歩を進めた。
※ ※ ※
雄英高校の校門をくぐると、目に入るのは広々とした敷地と堂々とそびえ立つ校舎。
今日は入学初日。どうせなら、こういう場面では模範生らしく振る舞っておくべきだ。
学校には少し遅めに到着した様で、生徒の数がまばらだ。
少し足を早めて校内に入ると案内図を頼りに、階段を上がり教室があるフロアに到着した。
明日からはもう少し早く来た方がいいか、と考えながら歩いているとようやく目的の教室までたどり着く。
随分と賑やかなことだ。
まだ教室の中は見えない距離だと言うのに、言い争う2人分の声が聞こえてくる。
粗野な声と、堅物そうな声。双方ともに男。
時間的にそろそろ、担任教師が来そうなものだがよく騒げるものだ。
そして今度は騒がしい女と陰気そうな男の声が聞こえてくる。
ドアの前まで辿り着き、どうやら彼らは入口で喋っていたと分かった。
こいつら、会話する場所は選べよ。
どこで話してんだ。
眉間に皺が寄りそうになるが、そこはこれまでの経験で抑えることが出来た。
小、中と学級委員をしていたことで、自身を取り繕う術は身につけている。
内心で小さくため息を吐いてから、入口にいる2人へ声をかけた。
ていうかこの男、原作キャラだな。
「ごめんよ、通してもらって良いかい?」
「あっ、ごごご、ごめん!」
「邪魔だったよね、ごめんね」
もじゃもじゃした緑髪の男は慌てたように謝り、もう1人の地味目な女も申し訳なさそうな表情を浮かべ言葉を返してきた。
彼らはこれから、仲良くしなければならないクラスメイトだ。
教室内を一瞥すれば、どうやら俺以外の生徒は揃っている様子。
会話の際には軽く笑みを浮かべ、親しみやすくする。
悪印象を与える訳には行かないので、語調を柔らかくしてこちらも言葉を返した。
「いえいえ、大丈夫です。気にしていませんよ」
それではお先に、と付け加え教室の中に入ると早々に席に着いた。
席は右から2列目の最後尾。教室内が良く見える位置だ。
それにしても、どいつもこいつも他者優先の価値観を持っていそうで反吐が出る。
俺はこれまでの境遇を思い出し、嫌悪感が内心に沸いた。
ああ、高校でも正義感丸出しのお節介共と上手く馴れ合って行かなければならないのか。
いや、よく見ると数名はそうでも無さそうだ。
特に変なブドウ頭の男は、その目から煩悩が滲み出ていた。
まあ、こういう輩は俺の時間を削らなければどうでもいい。
他にどのような生徒がいるのか眺めながら、そろそろ朝礼の時間だろうかと考えていると、鈍い音でチャイムが時を刻んだ。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だそ」
そう言って教室に不審者がやってきた。
寝袋にくるまった男はゼリー飲料を寝たまま飲み込む。
随分とキャラの濃い人だ。これがおそらく教師だろう。
さっきのもじゃもじゃ髪の男は『僕のヒーローアカデミア』に居た奴だと分かったが、やはり他の奴らを見てもピンと来ないな。
目の前の教師と思しき不審者は、相当キャラが濃いと思うが記憶にない。
まあ、当然といえば当然か。
なぜなら、俺は『僕のヒーローアカデミア』という作品を読んでいないのだから。
この世界における原作知識は、持ってないのと変わらない。
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
男は寝袋から出て立ち上がり、そう口にした。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
やはり、この不審者は教師だった。
ということはヒーローなのだろう。
外見からはどれほど強いか読み取れないが、少なくともここに居る学生よりは強いかもな。
「早速だが、
相澤先生は寝袋から取り出した体操服を提示する。
「それじゃあ、先行ってるよ」
必要なことだけを話す。先の言葉通り、なんとも合理的だ。
立ち去った相澤先生を少し呆然と見つめた一同は、数秒後平静を取り戻したのか一斉に動き始めたのだった。
※ ※ ※
「個性把握テストォ!?」
「入学式は!? ガイダンスは!?」
体操服を着てグラウンドに集まった生徒たちが疑問を口にする。
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」
質問していた地味目な女は思わず、と言った様子で言葉を失った様子。
それを気にもとめず相澤先生は言葉を続ける。
「雄英は”自由”な校風が売り文句。そしてそれは”先生側”もまた然り」
その言葉に生徒一同は唖然とする。
かく言う俺も少し驚いた。
どうやら、これまでの学校とは異なるらしい。
だが、それが逆に面白いと思えた。
僅かな高揚感を抱えていると、個性把握テストの説明がされる。
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。
中学の頃からやっている、個性を使わない普通の体力測定。
これから始まるのは、それらを個性を用いて行うというもの。
「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何mだった」
「67m」
爆発したようなツンツンヘアーの男――爆豪は相澤先生に投げ渡されたボールを無造作に受け取る。
彼は軽くストレッチを行うと、スタートに備えた。
「じゃあ”個性”を使ってやってみろ。円から出なきゃ何をしてもいい。早よ」
思いっきりな、と最後に付け加えて相澤先生は爆豪に開始を促した。
「んじゃまぁ……」
爆豪は大きく腕を振りかぶる。
その投擲フォームが、彼の運動能力の片鱗を感じさせた。
次の瞬間、彼の罵声と共に掌から炸裂するような爆発音が響き渡る。
「死ねぇ!!」
FABOOOM!!
火花が散り、勢いよく弾かれたソフトボールは空を切り裂き、風を巻き込んで飛んでいく。
距離を競うための投擲だが、彼にとってはただの一瞬の気晴らしでしかないかのように見えた。
「まず自分の”最大限”を知る。それが、ヒーローの素地を形成する。合理的手段」
相澤先生が差し出して見せた計測器には705.2mと表示されていた。
「なんだこれ!! すげー面白そう!」
「705mってマジかよ!」
「”個性”思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!!」
非日常感を見せられた事で、周りの生徒らは一斉に騒ぎ出した。
俺を含む数名は沈黙を維持していたが、それでも中にはソワソワとしている様子の者はいた。
そんな浮かれた様子を見た相澤先生は、ゆっくりと口を開くと言葉を紡ぐ。
「……面白そう……か」
相澤先生はボソリと呟き、僅かに空を仰ぎ見る。
そして今度は顔を下げると、上目でこちらを冷たく睨みつけた。
「ヒーローになる為の三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
沈黙の中に言葉にならない、どよめきの声が聞こえる。
この先、告げられる言葉はシャレではないと察したのだろう。
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し――除籍処分としよう」
静まり返った空気の中で、彼の言葉はまるで刃のように鋭く突き刺さった。
「はあああ!?」
遅れて相澤先生の言葉を飲み込んだのか、仰天の声がグラウンドに鳴り響く。
相澤先生の声には揺るぎない決意が感じられた。
これはただの脅しではなく、本当に起こり得る現実だということを誰もが悟ったのだ。
ヒーローになるための道は厳しい。
いや、容赦のないものであることが一層明確になる。
「生徒の
相澤先生の言葉を聞いた一同に緊張が走る。
そんな中でも勇気を振り絞ってか、地味目な女が不平の言葉を口にした。
「除籍最下位って……! 入学初日ですよ!? いや初日じゃなくても……理不尽すぎる!!」
緊張で強張る空気の中で、言葉を口にした彼女の表情には混乱と怒りが浮かんでいた。
彼女の言葉は他の生徒たちの胸中にある不安を代弁していたが、相澤の冷淡な表情は微塵も揺らがない。
「自然災害……大事故……身勝手な
彼の言葉は鋭く、何かを悟らせるような冷徹さがあった。
フッ、と小馬鹿にしたような笑いをひとつ零して、彼は言葉を続ける。
「そういう
嘲るような微笑を浮かべながら、相澤は生徒たちに冷酷な現実を突きつける。
ヒーローの道は容易ではないというメッセージが、その一言に込められていた。
「放課後マックで談笑したかったならおあいにく。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける」
相澤先生の視線が冷たく俺たちを貫く。
彼の言葉は、どんな希望も打ち砕くかのように、絶対的な現実を叩きつけるものであった。
この場にいる全員が、雄英という名の試練が始まったことを理解する。
「”PlusUltra”さ。全力で乗り越えてこい」
最後に相澤は指をクイッと曲げ、挑発するように手招きをする。
かかってこいと言わんばかりの動作に、生徒たちの間に再び緊張が走る。
なんとも面白い挑発だ。彼の言葉で生徒一同がやる気を噴出している。
俺も少しばかり心が動かされた。
せっかく最高峰に来たのだから、これくらいはやってくれないと退屈し通しになってしまう。
俺が強くなるためだったら、これくらいの苦難
「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」
こうして個性把握テストが始まった。
※ ※ ※
第1種目・50m走。
走る順番は準備が整ったら並べはいいとのこと。
だが、その際は出席番号で決まったペアと走ることになる。
俺のペアは異形系個性っぽい無口な男だ。
少し話したが、どうやら言葉を話すのが苦手なようだった。
面倒な奴だ。意図を読み取ることにも時間がかかる。
俺の時間を無駄に削る、苦手なタイプだ。
まともに自己紹介すら出来ないのかと、呆れてしまう。
だが、にこやかに表情を繕ってどうにか意図を読むことで意思の疎通を行っておいた。
今後も出席番号でペアを組むことがあるだろうからな。
どうにか意思疎通を図り終え、今は順番が来るまで待っている状況だ。
その間に先に計測をしている奴らを観察しておく。
「3秒04!」
ほう、速いな。
今走っていたのは出席番号4番。
足に車のマフラーが付いている男だ。
名前は知らないが、明らかに速度全振りみたいな個性をしている。
この種目では圧倒的に有利だろう。
もう1人は女で個性はカエル……か?
5秒58でそれなりに速い。
それから何人か走り、遅いヤツは7秒台。早い奴は4秒から5秒台という結果が出た。
やはり最初の奴が頭1つ抜きん出ているな。
ようやく順番が回ってきた。
使う鬼道は既に考えているが、計測は行ったことはない。
さて、何秒になるか。
「次」
相澤先生から合図が掛かる。
そのタイミングで鬼道の詠唱を始めた。
「囁く風が軌跡を消し、彷徨う影は鳥のごとく。道無き空に足場を求め、漂う魂よ、
『イチニツイテ、ヨーイ』
計測ロボがスタートの合図を行う。
そして、パンッ! という破裂音で計測が開始される。
「縛道の十・
スタートと同時に縛道を発動する。
体内の霊子を操り、緑色をした霊子は足元へ集うと風の足場を展開した。
同時に俺の体は一瞬で加速し、前方へと飛び出す。
一気に加速するがこの風廉脚は僅か3秒ほどしか維持できない。
その足場の恩恵を、最大限に活用してギリギリまで風の足場に留まる。
だが、限界の時間が近づくと共に風が徐々に消え始める。
明らかに熟練度不足だ。
この
クインシーの移動術を真似て作った、劣化版飛廉脚でしかない。
俺は残りの力を振り絞り、足元が崩れる直前に最後の一歩を踏み込む。
その瞬間、風の足場が完全に消失し、地面に着地する。
飛ぶように勢いをつけたまま、一気にゴールラインを超えた。
「4秒43!」
4秒台にはなれたから、まあいいだろう。及第点と言ったところだ。
気を取り直すと、次の挑戦に向けて息を整える。
熟練度不足は今後の課題だな。
次の種目は握力。
腕を複数生やして540kgという記録を出した男や、個性で万力を作り出して使う女などがいた。
しかし、俺も100kgオーバーとそれなりの記録は出せた。
霊圧でそれなりに身体能力が強化出来るので、こういった種目は普通より上だろう。
3つ目は立ち幅跳び。
これは俺に有利な種目だった。
「
「限界は確認したことありませんが、数時間は可能です」
死神の基本性能として、自身から出る霊子を足場に固め宙を移動できる。
結果、記録は無限となった。
「無限!?」
「すげぇ! 無限が出たぞ!」
「ていうか、宙にて浮いてるよ! 凄くない!?」
「いいな、露天風呂覗き放題じゃんか」
賞賛の言葉の後にぶどう頭の男の
謙遜して俺の印象を固めようとしたのだが、チャンスがふいになった。
4つめは反復横跳び。
これは握力と同じで普通よりも上程度。
若干強化された人間くらいだ。
瞬歩が出来れば良かったが、俺は霊圧を高めるのが苦手だ。
だから、霊力を一気に威力を高めるような使い方が出来ない。
それが出来れば身体能力も一気に上がるだろうし、瞬歩もなんなら鬼道にすらも良い影響が出るのだろう。
無い物ねだりをしても仕方がないか。
因みにさっき最低な発言をしていたぶどう頭の男に負けた事実に、地味にショックを受けた。
反発効果のある頭の球体を使って、物凄い速さで回数を稼いでいた。
あれは引っ付くことと反発する、と言う特性の持った球体を頭から出す。みたいな個性か?
5つ目はボール投げ。
最初にデモンストレーションとして、爆豪がやった種目だ。
「次、慈上」
「分かりました」
相澤先生に投げ渡されたボールを受け取り、軽くストレッチをしてから位置に着く。
「ふぅぅぅッ……!」
深く深呼吸をしてから投球フォームに入る。
そして、なるべく詠唱と狙いを定める時間を稼ぐために高めにボールを投げ放った。
放物線を描くように投げた為、このままだといい記録は出ないだろう。
このまま何もしなければ。
故につい最近使えるようになった、新しい鬼道を唱え始めた。
「君臨者よ 血肉の仮面・
冷静に前方を見据えると片手を前に突き出し、もう片方の手で突き出した手を支える。
構えられた手のひらには、次第に霊圧が収束し始める。
淡い光の粒が集まり、燃え上がるような赤い光球が詠唱に応じて姿を現した。
琴線に触れたのだろう。その様子を見ていたカラスみたいな男の呟きが耳に入った。
「ホウ……! まさに深淵から生まれし絶技……!」
その語気は弾んでいた。
それだけで、彼がどんな人間なのか察せられる。
中二病か、と思ったが確かに鬼道の詠唱はかっこいいから馬鹿にできなかった。
「焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ。破道の三十一・赤火砲!」
言葉とともに光球は一気に膨張し、
光球が炸裂音とともに前方へと解き放たれた。赤い閃光が直線的に伸び、落下を始めていたボールへ飛んでいく。
光の尾が残り、数秒後に遅れて爆音が響き渡る。
爆風が押し寄せ砂煙を巻き上げ、赤い残光が宙を染め上げた。
手をおろして、淡々と結果を待っていると計測を終えた相澤先生の口が開かれる。
「654m」
700を越えないか。
だが、現状で1番威力ある鬼道が”赤火砲”なのでこれ以上は厳しいだろう
その後2回目も同じように行ったが”654m”を超えることは無かった。
こうして、俺の番は終わり他の生徒に順番が移った。
どうやら次は緑谷のようだ。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」
「無個性!? 彼が入試時に何を成したのか知らんのか!?」
「は?」
ヒロアカの原作を知らないからなんとも言えないが、少なくとも緑谷は主人公のはずだ。
実は無個性じゃあなかったというパターンだろう。
いや待てよ。
確か”バカ力”みたいな個性だったような?
違うか?
記憶を掘り返して、朧気に残っていた記憶を引っ張り出してみた。
とりあえず、このまま静観しておけばいいだろう。
緑谷が緊張と怯えの混ざった表情で、ボールを投げようと腕を振りかぶった。
たが、結果は46m。
ボールは奮闘虚しく早々に地へ落下した。
「な……確かに使おうって……」
彼は疑問と驚愕を浮かべて呟いた。
なんだ? 1回目は使用せず焦らしたってことか?
俺も緑谷とは違う意味で疑問を浮かべていると、相澤先生が口を開いた。
「”個性”を消した」
先生はボサボサの髪を掻きながら俺と緑谷の疑問に答えを返す。
「つくづくあの入試は……合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」
「消した……!! あのゴーグル……そうか!」
緑谷は記憶にあった情報から何かを察したのだろう。
驚きに目を見開き、相澤先生のヒーロー名を口にする。
「抹消ヒーロー、イレイザー・ヘッド!!」
「イレイザー? 俺……知らない」
「名前だけは見たことある! アングラ系ヒーローだよ!」
相澤先生のヒーロー名を聞いた生徒たちがザワつく。
俺も雄英で教師を務める程の人間の情報を知り、思考を巡らせる。
抹消ヒーローか。
さっき言葉通り個性を使えなくするだろう。
更にはあの首の布。あれは武器か?
妙な動きをしている。どのように操っているのか不明だ。
だが、察するに個性を消してあの布で捉えるといった所か。
つまり攻撃用ではなく、捕縛用の武器。
俺は緑谷と相澤の会話など二の次で、イレイザー・ヘッドの強さを考察を続ける。
個性の発動条件はなんだ?
髪が逆立っている。あれは個性発動中の作用か?
「破道の一・衝」
誰にも聞こえないよう、こっそり個性を使う。
俺の足元に霊力を極限まで抑えた破道を放った。
俺の指先から小さな衝撃が球体となって地面を僅かに削る。
そして、個性を使った痕跡を素早く足で消す。
どうやら個性は使える。まだ、相澤先生の髪は逆立っていた。
あれが個性発動中の証なら、少なくとも現在俺の個性は消えていないことになる。
それか、俺の個性は消せないか。
消せるのは発動系の個性だけという考察もできるな。
俺の”個性”『死神』は常時発動系の個性に分類される。
だから消えなかったという可能性。
いや、個性の
異形の見た目に影響は出ないが、全ての発動系は止めるという可能性だ。
例えば俺の鬼道は消せるが、常時行っている霊力での身体強化は止まらないというもの。
だが、もし全ての個性を消せるならかなり強力だ。
範囲は正面だけか、または視認することと仮定する。
その場合”縛道の二”を使えばいい。
あれなら視界を塞げる。
もし個性を消されたとしても、視界を塞げば距離を取ることは可能になるな。
ならば、初手は視界を塞ぐことになるか。
もし個性を消された場合、その状況はいつまで続く?
個性の影響が時間で効果が切れるにしても、視線が外れれば切れるにしても、距離を取ればいい。
現状でもある程度戦えるな。上手く行けば有利にことを運べる
相澤先生の戦闘パターンに思考を巡らせていると、いつの間にか緑谷は2回目のボール投げを終えていた。
しまった。戦闘シミュレーションに夢中になりすぎて、緑谷が個性を使うところを見逃してしまった。
「んぐぇ!! ぐっ……なんだこの布。固っ……!」
なんだ? 爆豪が相澤先生の首の布で拘束されている。
緑谷に喧嘩でも売ったか?
「炭素繊維に特殊合金の
爆豪の疑問に相澤先生が布の正体を説明した。
結構、自在に動くんだな。それでいて硬度もあると。
「ったく何度も”個性”を使わすなよ……俺はドライアイなんだ!」
どうやら、個性の発動条件は視ることのようだ。
それなら、発動前に”縛道の二”を使えればあとはあの捕縛布だけ。
先生の身体能力次第だが、身体強化系の個性では無い以上、やはり俺でも倒せそうだな。
だが、流石は現役ヒーローだ。
確実に勝てると断言できない。
あのレベルが教師を務めるのが雄英か。
雄英高校ヒーロー科、来た甲斐が有るな。
人知れず気分を良くしていると、爆豪の暴走で一時中断された個性把握テストが再開された。
残る競技は持久走と上体起こし。長座体前屈。
持久走と上体起こしは握力や反復横跳びと同じだ。
霊力で身体強化ができるのだから、並以上は取れる。
長座体前屈は破道の六・地槌を使って地面を棒状に伸ばすことで記録を出した。
さっきのカラス男のために、これも完全詠唱をしてから発動した。
すると想像通り「異界の王さえ恐れる
多分、喜んでいたのだろう。
そうして全種目が終わった。
全員の名前と順位が公開され、俺の結果は2位。
勝った競技の数は多いが、負けたときは大差を付けられて負けている。
それが1位との差なのだろう。
握力然り、持久走しかり。ボール投げも負けている。
万力、バイク、大砲と文明の利器は強かった。
因みに最下位の除籍はウソだったらしい。
俺らの最大限を引き出す合理的虚偽だとか。
そんな衝撃の事実に他の奴らは咆哮を上げていた。
そうして一同が呆然している間に、相澤先生は1人帰っていった。
「
そろそろ着替えに帰るかと思っていると、突然声を掛けられた。
こいつは確か1位の女か。
名前は……えっと………んー……ん? 何だったか。
確か”百”という数字が入っていたと思うんだが。
まあ、聞けばいいか。
「ええ、そうですが……すみません、まだクラスメイトの名前を覚えれていなくて。失礼ですがお名前を伺っても?」
「私の名前は
ああ、そうだった。八百万だ。
結果発表の時に見たのだが、名前には興味なかったので忘れていた。
あまり強そうでもなかったし。
「これは、ご丁寧にありがとうございます。僕は
「それはもちろん、こちらこそですわ!」
挨拶の意味を込めてこちらから手を差し出し、握手を行う。
それにぶどう頭のチビ――峰田が嫉妬の声を上げる。
「おのれぇぇぇぇ! イケメン怨めしぃぃ!」
「運動後だってのに元気だなぁ、オマエ」
金髪のチャラ男が呆れる声を出す。
結局、コイツの個性は分からずじまいだったな。
確か上鳴だったか。
個性が不明だから少し気になってた男だ。
「慈上さんは一般入試でしたわよね?」
「確かに僕は一般入試ですね。ということはもしかして、八百万さんは推薦の方ですか?」
「そうですわ。ですが、推薦入学だからと少し驕っていた部分があったようです。今回のテストで緩んでいた身が引き締まりましたわ!」
「確かに引き締まっているよなぁ~。雄英最高」
「オマエ俺と同い年だよな? 発言がモロおっさんだぜ? いや、分からんでもないけどさ」
峰田の戯言に上鳴がすかさずツッコむ。
なんだコイツら。漫才でもしに来たのか?
なるべく気にせずに、八百万へ言葉を返す。
今は優等生の立場を確保するために、彼女との会話の方が重要そうだ。
「はははっ、僕も負けていられませんね。次、このようなテストがあれば今度は八百万さんを超えてみたいですよ」
「受けて立ちますわ。それでは、私も一段と強くならなければいけませんね!」
彼女は体の前で両手を握りしめ、ガッツポーズをする。
八百万、八百万ね。覚えておこう。
推薦入試で今回の1位。
その上であの性格。仲良くなっておけば、クラスでの地位も上がるだろう。
「いいなあ、オイラもあれくらい女子と爽やかに話せたらなぁ」
「オマエにゃ無理だろ」
「んだと上鳴オマエぇ!」
外野が終始うるさかったな。
というか峰田は本当にヒーロー志望か?
あれは、捕まる側だろ。
女ひとりでワイワイと。よく騒げるものだ。
見た感じ、八百万は万能型だが、戦闘面で見れば大した事ない。
準備を整え待ち構えられていた場合は面倒だが、その場所ごと広範囲をやれば良い。
その程度の個性でしか無い。
個人的には爆豪の方が興味ある。
基礎能力の高さに、爆発の個性。
この個性把握テストの範疇だけでも、能力の高さがよく分かる。
アレとはぜひ戦ってみたいものだ。
「おっと、予鈴ですね。急ぎましょうか」
周囲に聞こえるように言葉を口にして、足早に移動を開始した。