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「わ…私の、ミスでした…」
少女は息も絶え絶えの様子でそう呟いた。その表情は疲労に満ちているが、しかし眼前での競争から視線を逸らすことはしなかった。
「…ぜぇ、ぜぇ…。わたしの…。私の失態…そしてその失態によって…。はぁっ…はぁっ…招かれたこの…。この…すべての状況…」
「こ、この結果に…。この結果にたどり着いて、…はぁっ…はぁっ…初めて…。私の…あの失態が…。…ぜぇ、ぜぇ…ここまでのことになると…知るなんて…」
「…ず、図々しい…お願いですが…はぁっ…はぁっ…。お、お願いします…」
そこで一旦言葉を切ると、彼女は未だ整わない息をなんとか整えながらも呟いた。
「あ…後は頼みましたよ、ハイネ室長…!」
何故こんな事になっているのかといえば、数ヶ月程前の会話から聞いてもらったほうがわかりやすいだろう。
時は紅葉がそろそろ紅く染まり始め、そして夏場とは打って変わってかなり涼しい風が吹き始めていたころ。
『そろそろ晄輪大祭の季節ですねぇ』
連邦生徒会長が書類を処理しつつ緊張感のない声で諸用があって会長室に訪れていたリンに話しかけると、彼女はかなり渋い表情を見せた。
『えぇ。…私達連邦生徒会も無関係ではいられない、例の無茶振りの季節が今年もやってくるのですね…』
『あはは…。一昨年は本当に酷い目に遭ったよね…』
例年晄輪大祭における連邦生徒会への無茶振りは半端なものではない。例をあげると、一昨年の晄輪大祭の運営委員会における連邦生徒会へのオーダーは晄輪大祭に参加した生徒全員から可能ならば制限時間いっぱいまで逃走し続けろ、というものであった。
しかもこれが事前通告なし、本番で突如として指示された上で3000人をゆうに超える生徒達を相手取らなければならなかったのだ。
その結果としては当時から才覚を顕していた現連邦生徒会長と新入りだった頃から体力自慢のハイネが辛うじて少し粘ったものの、しかし最終的に人混みにもみくちゃにされてしまって競技としては無事連邦生徒会側が敗北してしまったのだった。
『はぁ…。今年は一体何を要求してくることやら…。…この際会長が連邦生徒会の出場を丸ごと拒否してくれれば話は早いのですが…』
『そういう訳にもいかないよ、リンちゃん。ただでさえ私達は他の生徒と離れた場所にいるんだから、こういう時に参加しないと胡散臭い生徒の集団って思われちゃうよ?』
『そう言うと思っていました。…今年の無茶振りが例年よりもまだ楽なものである事を、今からでも祈っておきましょうか』
というのが数ヶ月程前の会話である。そしてそれから時が経ち晄輪大祭当日。案の定運営委員会からは何も連絡はなく、当日に連邦生徒会が出場する競技の内容を知らされたのだった。
その内容はというと。
『第一回連邦生徒会vsキヴォトスドリームチーム…?』
連邦生徒会長が訝しげにそう呟くと、司会者の生徒は高らかにルールを説明する。
曰く、キヴォトスでも屈指の腕利きを以て連邦生徒会にリレー対決という形で挑戦状を叩きつけるということだった。
思っていたよりも普通だな、と連邦生徒会の面々がそう思っていたところで、しかし今回の無茶振りが炸裂する。
『第一走者…小鳥遊ホシノ!』
『うへへ、お手柔らかによろしくねぇ〜』
この時点で連邦生徒会は『ん?』と首を傾げながら同時に嫌な予感に身を震わせていたのだが、その予感は次の走者をもって確信へと変わるのだった。
『第二走者…空崎ヒナ!』
『はぁ…巻き込まれて走ることになったけど、やるからには手は抜かない』
ここまで来ればあとメンバーの一部に察しはつく。各校でも随一の実力を持つ生徒たちとのガチンコ勝負をすることが今回の連邦生徒会へのオーダーのようだ。
連邦生徒会の面々が冷や汗を流すなか(ハイネだけは目を輝かせていたが)、その後も生徒紹介は続いていく。
第三走者にネル、第四走者にナグサ、第五走者に謎のヘルメットの生徒(とされてはいるがどこからどう見てもサオリである)、第六走者にマリナ、第七走者にレイジョ、第八走者にはカンナ、第九走者にはツルギ、そしてラストにユキノというのが相手の布陣らしい。ちなみに司会者がしれっと言っていたが、作戦は各校の参謀役と先生が集まって三週間ほどみっちりと打ち合わせしたらしい。いくらなんでも全力が過ぎると思わざるを得ない。
対する連邦生徒会側はここまでノープラン。この時点でかなりの不利を強いられているが、しかし幸いにもメンバーと走順の決定は連邦生徒会側で自由に決めていい、とのことだった。
『これ…どうします?』
『どうもこうもないでしょ。無理ゲーどころかクソゲーもいいとこだよ。勝てるわけないでしょこんなの』
連邦生徒会側は円形で行われる緊急ミーティングで愚痴をこぼしつつも、しかし真面目に会議を進めていく。
『仮にホシノさんが手を抜いて緩く走ってくれたとしても、その後はそうもいかないかと。ここは先手を取って差を開くのを優先させるべきかもしれません』
『いい手かもしれないですけど…。大丈夫でしょうか…?』
『恐らく…メンバーによってはダメでしょうね。仮に私達が全員で走ったとすれば、私やモモカ辺りで優位を覆される可能性が高いわ。メンバーはよく選抜したほうがいいでしょうね』
リンのプランにアユムがおろおろしながら問いかけると、アオイは冷静に現実的な可能性を告げる。『じゃあどうするの?』とハイネが問いかければ、『少数精鋭で走らせるしかないと思うよ?』とスモモが欠伸混じりにそう告げた。
『え、誰が出るの?』
『貴方は確定でしょう、ハイネ室長。というか貴方が走らなかったら誰が走るんです』
ハイネの問いかけにカヤが冷徹に返答。しかし、その後『いくらハイネとはいえ一人では流石にキツイ』という判断が下されると、じゃあ他に誰が走るんだという議論になった。
その結果、全員の視線がとある人物に集まる。
『…………え、私ですか?』
不知火カヤ。彼女は防衛室長という肩書だったばかりに哀れにも全員に『こいつでいいだろ』とばかりに雑に仕事を放り投げられたのである。
『ちょっ…防衛室長だからと言って、必ずしも走力に優れているわけではないのですよ!? …いえできますけどね!? できてこその超人ですし!?』
『大丈夫だってカヤ先輩。勝ち目がほぼ無いんだし、数合わせだと思ってさ』
『…ですが…。…はぁ、そういうことならまぁいいでしょう』
かなり渋々ながらも出走に承諾したカヤ。しかし、彼女は細く開いた目をきっと釣り上げると、突如としてびっと連邦生徒会長を指差した。
『ですが! 連邦生徒会長も出走するのが条件です!』
『いいですよ?』
『だってこれは…え、あれ? いいんですか?』
『というかどの道出走するつもりでしたし。連邦生徒会の代表者としてもそうですし、走力的に考えても出ないわけにもいきませんからね』
無茶振りのつもりがあっさりと承諾され、カヤの言い分と伸ばした指先は行き場を失う。ぐぬぬ、と言わんばかりの表情を見せるカヤをモモカは楽しそうに見ていた。
そして、次に決めるのは走順。相手はかなり隙が少ないが、しかしやりようは無いわけではない。
重要なのは如何に最初で差をつけるか、そして追い抜かれた後どれだけ追い上げるか。
それらの議論の末、最初にハイネを一度全力で走らせてなるべく差をつけて交代、カヤがなるべく維持しながらニ〜五番を走りその後交代し、連邦生徒会長が可能な限り追い上げながら六〜八番までを走り、最終的には再びハイネに交代しフィニッシュという方針で決定。
『…ふむ。ノープランで走るよりは可能性があるでしょうか…?』
『ま、無いよりはマシだよね。頑張ってきなよ』
『応援してます…! 頑張ってください!』
今回走らないメンバーに背中を押され、各々持ち場につく。連邦生徒会長は持ち場についた後も注意深く周囲を見渡していたが、特に異常は見られない。要注意人物であるホシノもまだゆるふわおじさんモードだ。
(これならまだやりようはある…かもしれませんね。むしろこれ以外だと困りますが…)
『ふふふ…悪いな連邦生徒会長! 私はぶっちぎりでお前の前を走る! そしてそのまま次にバトンを渡し、チェリノ会長に勲章をいただくのだ!』
『私も負けるつもりはありませんよ。頑張りましょうね、マリナさん』
同じ区間を走るマリナにそう話した後、連邦生徒会長はホシノとハイネに視線を移す。二人は既にスタンバイに入っているようだ。
運営委員会の生徒が競技用ピストルを上に向け、そして引き金を引く──その瞬間。
『ホシノちゃーん! がーんばってー!』
ユメのホシノへの声援が連邦生徒会長の耳にも届いた。
(あっ。これ終わったかも──)
連邦生徒会長がそう思ったと同時に、ピストルの破裂音が響き──そして、ズガンと対物ライフルでもぶっ放したかのように重い音が会場に響き渡り、ホシノの姿が消えた。
正確に言えば、ホシノはユメに良いところを見せようとロケットスタートで一気に加速して爆走している。あとニ歩もあればヒナにバトンが渡る距離だ。
(あー…ものの見事に計画が破綻しましたねぇ…)
連邦生徒会側の戦略はホシノが緩く走る事を前提に立てられている。つまり、この時点で連邦生徒会側の計画は既に9割方瓦解した。
ハイネもかなり頑張っているが、しかしカヤにバトンが渡るまでは大きく見積もってもあと五歩はある。
梔子ユメという、よく考えれば会場に訪れていないわけがない存在を見落としていたのが破綻の原因かなぁ、と暇を持て余した連邦生徒会長がぼんやりと思いつつことの趨勢を見守っていると、カヤにバトンが渡った。
当然ヒナには既にバトンが渡っており、そして大きく引き離された上で更にネルにバトンが渡る。
ネルが走り出す──その瞬間。
『………この絶望的な差を埋めてこその、超人でしょうがぁぁぁぁぁ!』
カヤが咆哮し、ネルとの差を少しずつ埋め始めた。それでもまだ遠いが、しかし徐々に差が埋まっていく。
『悪ぃ、ミスった!』とネルがナグサにバトンを渡すその瞬間にもカヤは猛追。
ナグサは追われるように走り出すが、しかし不知火カヤは猛烈な勢いで迫り続ける。
その後ナグサからサオリにバトンが渡る時には、頑張れば追い抜くことができなくはない距離にカヤはいた。
そして何だかんだでいい勝負をした末に、先に走り出したのは。
『すまないな、先に行かせてもらうぞ!』
マリナである。が、その僅か三秒後。
『はぁっ…はぁっ…! ここまで追いついたのですから、負けたら承知しませんからね…!』
カヤからバトンが渡ってくる。連邦生徒会長はそのバトンをしっかりと握りしめ、口角を上げると。
『えぇ! 必ず勝利を獲ってきます!』
と力強く宣言。その後に大きく足を踏み出して、加速。
あっという間に最高速度に達すると、マリナをあっさり追い抜いていく。
『なぁっ!?』
というマリナの驚愕の声を置き去りに、そのまま連邦生徒会長は速度を維持ながらできるだけ差を離せるように様々な小技を使いつつリードを保ち続けた。
先に待機しているレイジョを追い抜き、できるだけ差を開いていく。
連邦生徒会とキヴォトスドリームチームの競争は、気づけば最初とは真逆の様相を示していた。観客の生徒達は湧き上がるが、しかし連邦生徒会長からすればそれも些末なこと。歓声を聞き流し、このままいけばもしかしたら勝てるかもしれないと思いを馳せながらトラックを駆け続け、そして。
『………あっ』
べしゃりとコケた。一番いいタイミングで、集中を欠いてただ普通にコケた。
『…………………』
地に伏せた状態で、ちらと後ろを見てみればカンナがまさに狂犬という表現がしっくりくる凄まじい形相で猛追してきている。これはどうやら地に伏せている場合ではなさそうだ。
『……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
連邦生徒会長はヤケクソ気味に立ち上がると、そんな情けない声とともに走り出してなんとかハイネにバトンを繋ぎ、そして冒頭に至る。
とはいえ、既に役目を終えた連邦生徒会長からすれば特にできることもない。ハイネとツルギ、その後のユキノとの競争を見守ることしかできないのだ。
開いた差は埋まってしまったものの、しかしハイネとツルギは拮抗したままツルギのバトンはユキノに渡る。
「頑張ってくださーい!」
「あともう少しですよー!」
連邦生徒会側からも観客からも応援の声が上がり、そして二人は抜きつ抜かれつを繰り返しながら最終的にほぼ同時にゴールテープを切った。どちらが勝利したか、それはVARで判定することとなる。
連邦生徒会側は走り切ったハイネに駆け寄ると同時に、VARの結果を祈るように見守った。そして、その数分後。
「今回勝利したのは…キヴォトスドリームチームです! おめでとうございます!」
司会の生徒の無慈悲な勝敗宣言が会場に響き渡り、歓声が上がる。一方の連邦生徒会側はというと…端的に言って、お通夜ムードだった。全員が何も喋らず、そしてどこか虚ろな目を各々どこかに向けていた。
その中でも連邦生徒会長の表情は凄まじいものだった。絶望と虚無と己への失望を織り交ぜ、かつてないほどの悲壮感を漂わせている。彼女の認識ではカヤにドヤ顔で「勝ちを獲ってきます」と宣言した後に思いっきりやらかしてチャンスを潰したのだから、それも仕方のないことである。
リンもアオイもアユムもモモカもスモモも、そんな彼女に何をどう言えばいいのかわからずに黙りこくっている。
「………」
「…………」
「……………」
「…………………」
カヤも、恐らく状況がよくわかっていないハイネすらも口を開かずに数分が経った。『これどうするんだ…?』と連邦生徒会長以外の全員がそう思い始めたその瞬間。連邦生徒会長は不意に口を開いた。
「……………焼肉にでも、行きましょうか。この虚無感もお肉と一緒に消し炭にしてしまいましょう。奢りますよ。………というか、奢らせてください」
その後、一部を除いた連邦生徒会の面々はお通夜ムードのまま焼肉へ行ったあとにその場で解散。そして──連邦生徒会長はその後ショックで一週間まるごと寝込み、そして何とか復帰して先生のフォローを受けてなおもその後二週間ほど本来のパフォーマンスを完全に出すことができなくなっていたのだった。
今回選抜したドリームチームのメンバーについて、「なんでミカがいないの?」「どう見てもこの子達じゃ実力的に釣り合わんだろ…」「ってかスポーツならスミレ一択だろミレニアムは」という意見があると思いますが、『各学園から代表一名』『学園の事情も考えて選抜』の二点の結果と、話を作る都合でこうなったことをご留意ください。
走力については妄想です。実際にそうだとは限りませんのでご注意ください。