この作品だと三名居るので多少は軽減されていると思いますが、原作先生ってバレンタインは血糖値とかの関係で文字通り命懸けなのではないでしょうか。
この作品は、Pixiv様にも投稿させていただいています。
「私のミスでした…」
少女はなんとも言い難い表情をしながらため息を吐き、目の前に広がるその光景にあまりにも遠い目をした。
「私の選択、そしてその選択によって招かれたこのすべての状況…」
「この結果にたどり着いて初めて、私のあの選択が間違っていたことを知るなんて…」
そう言いながら少女──連邦生徒会長は無駄の無い流麗な動きで手を動かしながら、しかしなおも溜息を吐いた。
「…なんでこのタイミングでシャーレに足を踏み入れてしまったんでしょうね、私…」
「ごめんって…。後で何か奢るから…」
そう言うながら傍らに座って連邦生徒会長と共に彼女と全く同じ作業をしているのはシャーレの先生とプレナパテス、そしてその対向の席ではユメが申し訳なさそうにちょこんと座りながら同じ作業を行っていたのだった。
本日はバレンタイン。キヴォトス中が色めき立つ季節──というのは少々話を盛りすぎたが、しかし盛り上がること自体は間違いのないイベントである。
最近では友チョコを始めとする多種多様なチョコの受け渡しの形があるが、しかしながらここ最近は異性にチョコを贈るという最もスタンダードな形がトレンドに登っていた。
その原因はというと、やはり魔性の天然タラシこと先生とプレナパテスが殆どを占めている。
彼らに世話になったお礼か、もしくは彼らの気を惹きたいという生徒は文字通り数知れず。
なのでシャーレで毎年生徒から送られるチョコの総数はとんでもない量になっているのである。
しかし先生達とて人の子、その様な数のチョコを食べ切れるわけがない…というか、一日で食べ切ろうとしたらまず間違いなくあの世行きが確定する訳で。
そうならないためにシャーレではバレンタインにおいて日持ちするものとそうでないものを仕分ける作業が恒例行事となっているのだが、しかしこのタイミングで連邦生徒会長は運悪くシャーレに足を運んでしまいこれに巻き込まれる羽目になってしまったのだった。
「えぇと、日持ちするクッキーに…。あ、これは生モノですね」
「あ、本当? じゃあこっちに分けといてくれる?」
「承知しました。…それにしても、多いですねぇ」
ある程度仕分けてなお文字通り山のようにあるチョコやそれに類いされるお菓子を見て、連邦生徒会長は思わず呻く。
普段の仕事よりはかなり楽ではあるが、これだけ多いと「今年はまた多いな、先生はどれだけ誑し込んだんだ…」という愚痴も出てしまうというわけで。
「まぁ仕方ないよね…。先生はキヴォトス中からモテモテだから」
「いやいや、梔子先生宛のも結構あるよ?」
「私のは友チョコみたいなものばかりですから」
ユメと先生の小競り合いを耳に入れつつ、しかし特に会話に入ることもなく連邦生徒会長は速度を緩めずに仕分けを行っていく。すると、メッセージカード付きのチョコがいくつか出てきた。
連邦生徒会長は特に理由こそ無いが、強いて言うならモチベーション維持のためにそれを読み上げてみた。
「『ユメ先生大好きです♡』『私からの愛、受け止めてください♡』『ユメ先生結婚してください♡』『ユメ先生ユメ先生ユメ先生ユメ先生ユメ先生ユメ先生ユメ先生』…あの、これ本当に友チョコですか? 何かこう…偏執的な愛みたいなものを感じません…? しかも字体をみる限り同じ生徒っぽいんですけど…」
「えっ…。だ、誰からだろう…。…ちょっと怖くなってきちゃった…」
連邦生徒会長の報告に、ユメはさあっと見事に顔面蒼白。なんというかかなり危険な香りがする愛情を向けられていることが発覚したのでそれも仕方のないことではある。
顔を青くしかたかたと震え始めたユメだったが、しかしそんな彼女の携帯がメールの着信音と共に突然震えた。ひぃっ、と体を跳ねさせるユメだったが、「ホシノちゃんからだ…よかったぁ…」と安堵した様子で画面を数度タップし、そして引きつった笑みを浮かべた。
「どうしたんですか?」
「どうもホシノちゃんもシャーレに来てチョコを渡すときにさっきのチョコを見てたみたいで…。アビドスの皆でしばらく私の警護をすることになってるみたい…。そこまでしてもらわなくてもいいのに…」
「なるほど、そうでしたか。でしたらついでにSRTと、あとヴァルキューレからも人員を送っておきますね。あと念のためにこのチョコも成分分析に回しておきましょう。…なんというか犯罪の匂いが凄まじいので」
連邦生徒会長の反撃の余地をまるで与える気がない人員追加宣告にユメは「ひぃん…」と言いながらしょぼしょぼと小さくなっていき、それと同時に仕分けるスピードもちょっと遅くなる。これもユメの身を守るためには必要なので致し方のないことではあるが、傍から見ているとちょっとだけ可哀そうな光景だった。
小さくなってしまったユメを横目に見つつ、連邦生徒会長達はあれこれ言いながら仕分けを進めていく。
「チョコ八ツ橋…生モノ。手作りチョコ…あぁ、まだそれなりに長持ちしそうですね。百円チョコ…間違いなく保ちますね。手作りチョコ…保ちま…、すごい凝ってますねこれ…!? …市販されていたら買っちゃうかも…」
「どれどれ…? おぉ、凄いねこれ。さすがイズナ、手先が器用だ」
『こちらにも狐さんのチョコレートがありますが…』
「あ、そっちは多分ワカモだね。今朝くれたん……なんか色艶も造形もすごいなぁ!?」
「輝いていますね…。なにをどうしたらこうなるんでしょう…?」
『ぺっかー』と言う擬音が似合うほど輝いている上にやたらリアルに作りこまれているため、食品と言うよりは芸術品というべきなのかもしれないお狐チョコレートに思わず感嘆する一同。
しかし。「芸術品」みたいなチョコレートといえばそれにうるさいこちらの生徒もまたかなりのものを送り付けてきていた。
「えぇっと、これは…。え…ひえぇっ!? せ、先生っ! これ、アキラちゃんからのチョコ! なんかすごいのが出てきました!」
「そんなに…? いったいどんな…。…お、王冠っ!? えっなにこの装飾!? もはや本職の領域だよこれ!?」
「こ、これはすごいですね…まるで本物みたい…。…本物じゃないですよね…? 流石に食品ですよね…?」
『成分分析完了。…すべて食べられるもので構成されています。それと連邦生徒会長、流石にバレンタインで本物の王冠を送ってくる生徒は流石にいないかと。…いない、はずです。…恐らくは…』
普段のアキラの所業を考えて口をついて出た連邦生徒会長の疑問にプラナが冷静に返答。しかしそのプラナもこのキヴォトスにおいて絶対にそうだという確信はないようで、自信が無い言い方に即座に訂正を行った。重ねて言うがこのキヴォトスにおいて絶対にあり得ないことではないので彼女の言い方もさもありなん、と言わざるを得ないもの。その証拠に連邦生徒会長も先生もプレナパテスもユメも皆微妙に苦い表情をしている。
連邦生徒会長はそんな微妙な空気感を変えるために…というわけでは別にないが、イズナから続くチョコレートアートの流れについての感想をぼそっと漏らした。
「…バレンタインって芸術性を競うイベントでしたっけ…?」
「違うと思う…けど、なんだろうね…。今年は本当にすごい気がするなぁ…」
「こうなってくると逆に百均チョコが癒しですね…。他のチョコはなんだか食べちゃうのがもったいないし…」
連邦生徒会長の疑問を受け、先生たちは各々肯定の様子を見せる。
これから仕分けを再開するチョコの山からはこのレベル…というのはそうそうないだろうが、だとしても一部の生徒たちは恐らく先生たちの気を引こうと工夫を凝らしてきているはずなのでまた芸術性の高いチョコレートが次々発掘されるだろう。
しかしながらバレンタイン競争での観点で考えてみると、そういったものは何となく食べづらい上に「すごい装飾とインパクトのチョコ」のカテゴリに含まれてしまい、その中のトップ(今のところはアキラの王冠がそれに該当する)の影に埋もれてしまう可能性がある。なのであえて安い既製品のチョコを渡し、逆に軽さを以って戦うこともまた戦略。
女の子のバレンタインはチョコを渡す相手、そして競合相手との銃を伴わない戦争なのだ。
「…チョコをもらえるのは嬉しいけど、これだけ多いと体重に響いちゃうかも…?」
「一日三食チョコレート生活…。いや、やめておこう…。セリナとフウカに絶対怒られる…」
「……スマホの容量足りるかなぁ…」
…渡される側こと先生たちは乙女たちの水面下の戦争には全く気付いていなさそうだったが。
天然タラシ達のとんちんかんな発言を聞き、チョコを渡した生徒たちにちょっとだけ同情しながら連邦生徒会長は口を開く。
「とりあえず、今日中に仕分けてしまいましょう。渡してもらったものを美味しくいただけるようにしっかりと、です。…まぁ、これらは先生たちに渡されたものなので私は食べないんですけど…」
連邦生徒会長のその発言に、バレンタインの意義とチョコの処理の仕方に悩んでいた先生たちもまた仕分けに動き出す。その動きはだんだんと洗練されていき、最後のほうに至っては職人じみた手つきになっていった。
そんな彼らの奮戦によってなんだかんだで数時間の後に仕分けは終了。終わった頃には皆少しお疲れモードになっていたが、しかし連邦生徒会長はここでとあるものを先生たちに差し出した。
「お疲れ様でした、先生方。今まで散々見てきたので今日はもう見たくないと思いますが、私からもチョコレートをお渡ししますね」
「あ、ありがとう…」
「お、美味しく食べるねぇ…」
『プレナ先生が既に胸焼けしている模様です…』
今日散々見たその茶色い食品に先生たちが軽く引きつった笑みを浮かべながらも感謝を述べると同時に連邦生徒会長もまた苦笑を浮かべ、しかしその状態からにっこりと笑みを浮かべるともう一つの用意したものを取り出した。
「そして、ここでもう一つ…こうなると思ってお煎餅を用意してきました。チョコを食べるのが辛くなったときにでも召し上がってくださいね。美味しいお茶も持ってきたので召し上がるときはこれと一緒にどうぞ」
連邦生徒会長がここで出したのは、美味しいのベクトルをチョコとは全く異にする甘味であるお煎餅とお茶。
今日は散々チョコレートを出され、先生たちはそれを数日かけて食べることになると予測した連邦生徒会長が彼らの口直しになるように用意したものである。その目論見は見事的中し、先生たちは連邦生徒会長が用意したお煎餅に釘付けになっている。皆のその様子に連邦生徒会長が笑みを浮かべながらちょっとだけ満足げにしていると、不意に先生と連邦生徒会長のスマホが同時に震えた。
「もしもし、どうしたの?」
「はい、私です。なにかありましたか?」
二人が電話に応答した瞬間、どすんという音ともに凄まじい衝撃がシャーレを襲った。いったい何事かその場の全員が思ったその刹那、二人のスマホから大きな声が響いてくる。
『先生、無事? ジュリの作った料理が暴走してそっちに向かってる、私がそっちに向かうまで持ち堪えてて!』
『シャーレが謎の生物によって襲撃されています! 数時間ほど前にシャーレに向かったと聞きましたが、ご無事ですか!?』
先生の携帯からはヒナが、連邦生徒会長の携帯からはリンがそれぞれ状況を説明。その場の全員が状況を確認しようと窓から下を覗いてみれば、かなりのデカさのチョコっぽい生物がどしんどしんとシャーレの建物にその身を打ち付けており、ヴァルキューレと思しき生徒たちがそれを止めようと頑張っていたがそれも空しく蹴散らされていた。
その光景を確認した全員は数秒視線を見合わせると。
「…リンちゃん、SRTの出動手配をお願いね。FOX小隊とRABBIT小隊、それとあともう二部隊ほどを中心に展開し、残りはバックアップで。それと、今回は私も前に出るね。先生たちが居るから心配はいらないよ」
「ヒナ、心配しないでいいよ。大丈夫、任せて」
「銃、よし。装填も完了…久々だけど、盾もよし。先生、私とプレナ先生は先に行って皆の援護をしてきます! 会長ちゃんも、いろいろ終わったら援護をお願いするね!」
『システム、オールグリーン。シッテムの箱オペレーティングシステム・A.R.O.N.A.改めプラナ、これより戦闘指揮補助システムを起動。…プレナ先生、指示をお願いします』
それぞれ各方面に指示を出し始めて事態の鎮静化に奔走。
シャーレ各員や連邦生徒会長の指示を受けたヴァルキューレやSRT、万魔殿…というか事情を知らないマコトによって妨害を受けながらも何とか馳せ参じたゲヘナ風紀委員によって騒動開始から数時間後にそのチョコレート(?)は無事に制圧されバレンタインでの一騒動は無事に事態の終わりを見た。
その後シャーレはヒナから謝罪を受け、また彼女によって首根っこを押さえられる形でゲヘナ学園としても正式に謝罪すると同時にシャーレには大量のチョコレートが贈られることに。
勿論先生たちは固辞しようとしたが、マコトによって押し付けられる形で送られた大量のそれに青い顔をしていたのだった。
余談だが、今回水面下で行われたバレンタインでのインパクト戦争の勝者はジュリというべきだろう。その理由は戦力的になかなか強いチョコレートを作成した上、先生たちが患いはじめていたチョコレートノイローゼを本格的に発症させてチョコレートを見るだけで悪寒が訪れるような身体に陥れたからである。
そんな理由でインパクト戦争が終結したので恋愛的な面での勝者は勿論誰もいない。今回の件から調理を必要とするイベントにおいては手法を変えて先生にアプローチする生徒が増えたとか増えていないとか…。