この作品は、Pixiv様にも同様のものを投稿しております。
「私のミスでした…」
少女は蒼白な面持ちでその光景を目撃する。その表情はやってしまったと、口元をひくひくと引きつらせている。
「私の選択、そしてその選択によって招かれたこのすべての状況…」
「この結果にたどり着いて初めて、私のあの選択に問題があったことを知るなんて…」
そこで一旦言葉を切ると、彼女は静かに顔を覆った。その空のように青い瞳を震わせ、書類の入ったカバンを静かに落としてその光景をただ目撃するほかなかった。
そして数秒沈黙を噛みしめ、しみじみと呟く。
「…まさかちょっとしたお悩み相談で一つの文化体系を根付かせてしまうとは…」
彼女の視線にあったのはトリニティ総合学園の生徒たち。彼女らの装いや態度には見たところ何の問題はない。そう、服装や態度には。
問題は彼女らの言葉遣い。連邦生徒会長を目撃した彼女らは勿論挨拶をしてくれるが、当然のごとくそれは顔をのぞかせた。
「あ、連邦生徒会長さん。わっぴーです」
「わ、わっぴー…です。あは、あははは…」
わっぴーなる謎の単語。トリニティにいるほとんどの生徒がこれを挨拶として使うようになっていたのだ。当然ながら、以前連邦生徒会長が訪れた際はこのような謎の挨拶など影も形も存在していなかった。
が、このトリニティ総合学園に転機が訪れたのは連邦生徒会長が訪れたその以前の一回。
トップであるティーパーティーとの会談を終えた後、現在のホストであるナギサに頼んでこのトリニティを一通り視察させてもらった際連邦生徒会長はとある生徒と思わぬ接触をした。
歌住サクラコ。シスターフッドの長である彼女が何か困っている様だったので連邦生徒会長は彼女に話を聞いてみると、意外な悩みを告白してくれた。
『…他の生徒たちともっと気楽に話ができればいいのですが。私の立場が原因なのか、どうにも警戒心を与えてしまうようで…』
どうやら相当苦労しているようで、彼女はそう告白する間ずっと苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
そんな彼女に若干の不憫さと同情、そしてその立場故の共感を得た連邦生徒会長はそんな彼女の力になりたいと思い、そしていくつかコミュニケーション指南をしてあげたのだった。
そのうちの一つが、わっぴ〜という挨拶。特に意味はないが、響きがかわいいからちょっとした挨拶に笑顔とともに使えばお茶目な人と見られるのではないかという意図で連邦生徒会長とサクラコによって作られたものである。
『ちょうどいいところにマリーさんが来ましたよ! ほら、サクラコさん!』
『わ…わっぴ〜!』
『さ、サクラコ様!? それは一体…!? あの、なにか嫌なことでもあったのでしょうか。私でよければ力になりますが…』
連邦生徒会長に『わっぴ〜』を吹き込まれたサクラコが最初に成果を見せてみたのは同じくシスターフッドの伊落マリー。彼女の何か深刻そうな対応を見てしゅんとしたサクラコはかなり残念そうに連邦生徒会長に報告した。
『…連邦生徒会長。私にはどうやら、わっぴーは早いようです…』
『いえ、まだまだ笑顔が硬いです! 大丈夫、自信をもって! あなたはお茶目な人です!』
『れ、連邦生徒会長さん!? これはどういう…?』
『実はですね…』
ここまでの経緯をマリーに説明したところ、彼女はなんとも言えない表情で苦笑を浮かべた。が、一度目をつむった後浮かべた笑顔は、何よりも温かく感じた。
『なるほど…。…あの、サクラコ様。良ければ今度一緒にお茶などしませんか?』
『!! い、いいのですかマリー!?』
『はい。サクラコ様がお考えになっていることや悩み事…。私にもできることがあるならば、私もそれをお手伝いしたいのです』
『…! 連邦生徒会長、マリーが…!』
『ふふ、よかったですね。この調子でまずはシスターフッド、そこから一般生徒。ゆくゆくはティーパーティーまで輪を広げていきましょう! …さて、私は時間の関係上そろそろ行かなければなりませんが、マリーさんが居てくれるなら大丈夫でしょう』
『はい。サクラコ様のことはお任せください』
そう言って笑ったマリーに頼もしさを覚え、連邦生徒会長はシスターフッドの教会から立ち去っていくつかの施設を改めて視察したのちにトリニティでの仕事を終えて帰路についていった。
その後はサクラコやマリーから特に連絡はなかったが、便りが無いのはいい傾向と思いこの日の記憶はだんだんと朧げになっていった。
そうして月日は流れて再びトリニティへと足を運ぶ用事ができ、そして足を踏み入れてみたら「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」などの代わりに「わっぴー」があいさつの覇権を握っており、かの日のことを思い出したという次第である。
若干気が進まないながら仕事なので足を踏み入れていくと、連邦生徒会長はやはりわっぴーの洗礼を受けてしまう。
「おや、連邦生徒会長ではないか。わっぴー」
放課後スイーツ部の生徒が。
「あ、連邦生徒会長さん! わっぴーです!」
トリニティ自警団の生徒が。
「連邦生徒会長さん、わっぴーです」
図書委員会の生徒が。
「うふふ♡ 連邦生徒会長さん、わっぴーです♡」
補習授業部の生徒が。
「連邦生徒会長、わっぴー…? です。お身体に変わりはありませんか?」
救護騎士団の生徒…どころか団長・蒼森ミネまでもがわっぴーと口にしていた。今まであった生徒たちにも話を聞いてみればいずれの部活でも挨拶の用途で使われているらしく、ミネと話した後は流石に広まりすぎであると連邦生徒会長は静かに頭を抱えた。5秒近くそうしていると、後ろから声をかけられた。
「お、連邦生徒会長さんじゃないっすか。ども、わっぴーっす」
振り向いてみればそこには正義実現委員会の仲正イチカがそこには居た。
どうもとわっぴーを同時に使うという今までになかった使い方に軽く新鮮さすら覚えつつ、連邦生徒会長は彼女に応対した。
「イチカさん、お久し…わっぴーです。その、正義実現委員会でも…?」
「ん? あぁわっぴーっすか、大流行っすよ。コハルちゃんはなんかあんま使わないっすけど、ツルギ先輩やハスミ先輩もよく使ってるっす」
正義実現委員会も使っているという事実に連邦生徒会長は再び頭を抱えると同時にここまでくるとお腹もちょっとだけきりきりと痛み始める。まさか正義実現委員会、それもあの剣先ツルギにまでも広まっているとは。
「大丈夫っすか?」
「…はい。私はいつでも元気いっぱいです」
「あはは、それならよかったっす。これからティーパーティーに?」
「えぇ。これから向かおうと思ってたところです」
連邦生徒会長がそう答えると、イチカは眉間に皺をよせてうーんと唸りながら腰あたりから伸びたその漆黒の翼をばさばさと所在なさげに揺らしていた。世間一般としてどうかは知らないが、連邦生徒会長はその所作を何か心配事があるときの動作であると認識していた。アユムがやっているからというものではあるが。
「どうかしたんですか?」
こういうことを言うのもあれっすけど、と前置きして彼女はその心配事の理由を話してくれた。
「ナギサ様、ここ最近なんか微妙に機嫌が悪い気がするんすよ」
「機嫌が…?」
「あんまり気づかない人が多いんすけど、ほんと微妙にっす。気を付けてください、なんか理不尽を吹っ掛けるかもしれないんで」
そう言った後に彼女は他の正義実現委員会の生徒に何か報告を受け、それじゃあ私はこれでと去っていった。
機嫌が悪いということを胸に刻み、そしてティーパーティーが使う部屋に足を踏み入れると。
「あ、連邦生徒会長じゃん。わっぴ〜☆」
一応トップの一人であるミカによってわっぴーの洗礼を受けた。その瞬間、イチカと会話していた時以上に文化的侵略という言葉が頭をよぎりお腹がきりきりと痛み始める。
他のふたりに比べて割と影響されやすいとはいえ、学園のトップにまでこのわっぴー旋風が届いてしまっているという事実は連邦生徒会長の胃を痛めるには充分であった。
「み、ミカさん…。わっぴー、です…」
「んー? テンション低いね、どったの? お腹でも痛い?」
「い、いえ…。大丈夫です、お気になさらず」
「あはは、ならいいんだけど。ささ、座って座って!」
ミカによって促され、連邦生徒会長は扉を開けてくれた彼女ともにお茶会の席に着く。するとセイアと目が合い、そして。
「よく来てくれたね、連邦生徒会長。さて、忙しい中来てくれたのだからまずはお礼の一つ言っておく必要があるね」
セイアはそう言った後、静かに厳かにその一言を口に出した。
「…わっぴー」
いやありがとうじゃないんですか。というかお礼にも使えるんですねわっぴーって。
連邦生徒会長は危うくそう口に出しかけたが、しかしそれは辛うじて飲み込んだ。というか、ティーパーティーの中でも特に言わないだろうと思われたセイアからそう言われてキリキリとお腹が痛んでそれどころではなかった。
「ふふ、冗談さ。来てくれてありがとう、連邦生徒会長」
ちょっとだけ楽しそうにくすくすと笑っているセイアに対して、連邦生徒会長はお腹をきりきりと痛めながら苦笑を浮かべた。
その一方でナギサは一言もしゃべらず、ただ静かに紅茶を啜っているだけであった。が、突如として口を開くと。
「…連邦生徒会長。今回あなたを呼んだのはほかでもありません」
「…というと?」
「わっぴーの濫用を止める方法を、私と共に考えていただきたいのです…!」
「…はい?」
「私とて流行りにどうこう言いたい訳ではありません! が! わっぴーだけは話が別です!」
突如としてヒートアップし、彼女にしては珍しくティーカップを力強くソーサーに置くナギサ。その話についていけないでいると、ミカがこっそりと耳打ちしてきて状況を説明してくれた。
「ナギちゃん、ヒフミちゃんに挨拶したら朝昼晩全部わっぴーで返されててね。それが原因なのか最近ちょっとヒステリー気味なの」
「聞こえていますよミカさん。違います、ヒフミさんがどうこうではなく言葉遣いの問題なのです! トリニティの品位に関わるんです!」
「まぁ、ナギサの言っていることはわからないでもない。おはように対しわっぴーでは意味が通じないからね。トリニティ内ならばともかく、そのような人材を野に解き放つのは流石に私もどうかと思う」
セイアがナギサの言うわっぴーの濫用についての具体的な例を提示してくれる。
なるほどこれでは確かに意味は通じない。だが、しかし。
「いや…この広がり方ではもう無理では…? 数年がかりでようやく影響が抜けるかどうか…」
「あはっ、やっぱりそう思うんだ? ナギちゃんも堅苦しく考えずに流行に乗ればいいのに。ほーら、わっぴ〜☆」
若干諦めの境地に陥っている連邦生徒会長とそれを予期していたらしいミカがそう言った途端に、だんとテーブルに勢いよくティーカップを置いたナギサはとうとう声を荒げる。普段からは全く考えられない態度を人に見せる辺り、どうやら相当ストレスが溜まっていたらしい。
「…私にはできないことでも! 超人と呼ばれる貴方なら何とかできるでしょう!?」
「えぇー…」
いくら超人と呼ばれている人物でもできないことはあるだろう。連邦生徒会長はそう言おうとしたが、しかしセイアの一言によって退くに退けなくなってしまう。
「私からも頼むよ連邦生徒会長。私はこれ以上いろいろやってそのいずれも効果が出ずに胃痛で寝込むナギサを見たくないんだ」
「…わかりました。やるだけやってみましょう」
かなり渋々ながらも自分が蒔いた種なので承諾した連邦生徒会長。だが為政者として中々優秀な部類に入るであろうナギサを苦しめた難問は彼女の頭を悩ませた。
教育BDの配布。効果なし。
連邦生徒会からの注意喚起。効果なし。
モモフレンズによるイベント開催。効果は微弱。
そして、業を煮やした連邦生徒会はとうとう先生に出動を要請。
だかそれでも難航を極め、そして最終兵器・先生スタンプの導入により後に「第一次トリニティわっぴー事変」と呼ばれることになるこれは一応の終焉を見た。
ちなみに先生スタンプとは夏休みで配るラジオ体操のカードのようなもので、一定の事をするとスタンプ贈呈、そしてスタンプが貯まったらある程度好きなことをおねだりできる、という代物である。導入後凄まじい勢いでわっぴーは姿を消していった。
なお事の発端の一つとなったサクラコではあるが、以前よりは話しかけられる事が多くなり誤解されることも少なくなって満足そうであった。
が、何があったか不明だが今度は「ばにばに」を流行させて「トリニティばにばに事変」、別名「第二次トリニティわっぴー事変」を引き起こし、それを基点にゲヘナやアリウスを始めキヴォトス全土を巻き込んで歴史に名を刻む事になる屈指の珍騒動「キヴォトスばにばに大動乱」が発生することになったというのは、別の話。
読了ありがとうございました。
もし作中の事件を詳しく知りたいとお思いになった方がいらっしゃるならば。
あ な た が 書 く ん だ よ !
ということでもしお書きになってくれた方がいたらぜひとも読みたいのでお待ちしています。