しかし、今はほとんど弓道部に顔は出していない。部員として組み込まれているが週に1~2回程度。しかも部活動としての行動ではなく、ただ弓の練習をするためのみとして居続ける。要は幽霊部員みたいなものだ。
当然ながら部員達は彼を強く妬み、憎悪していた。だが、そう思っても誰も口に出そうとはしなかった。
理由は三つ。
1つは椎名以外の部員は部長を含めて誰ひとりとして弓道において一度も勝てていないから。
2つめは大会には参加はしていること。それはここで弓道を続けるための条件でもあったし、部員側も彼がいれば全国に行けるならば多少の横暴は目は瞑っていたから。
3つめは暴力事件。
これは去年の話だが、全国大会で優勝した後に卒業した先輩方が椎名の弓道の力量を妬んで、彼を『いじめ』たことだ。これにより、他の部員との亀裂が現在にも影響して今の立場にいる。
もちろん、新しく入った1年にもその情報は伝わっており、何かと彼に絡むことを恐れていたがたった一人だけそんな過去など無視して彼に近づいてきた1年がいた。
1年S組、武蔵小杉。
彼女の『自分が一番でなければ気がすまない』性格が椎名の弓の強さに目をつけたのである。
「あの、椎名先輩はどうしてそんなにも上手に弓を引けるんですか?」
ある日、いつものように彼が弓の練習をしていると武蔵が話かけてきた。椎名は幽霊部員とはいえ、顔と名前だけは知っていたで赤の他人ではなかったが、今まで一度も雑談的な接触などなかったので少し気が引けた。
「別に・・・ただ単に才能があっただけじゃないのかな?」
だからわざと遠ざける言葉と少し嫌味を含めた言葉で返答した。
これが普通の人なら反感を持ち、「そうかよ!」と言って怒って帰ってしまうのだが・・・。
「なら、私にも椎名先輩みたいな才能ってあると思いますか?」
武蔵は反感を持たず、それだころかより『近づいて』質問してきた。
「・・・」
だからあえて、こう返答した。
「他人から自分は強いかと質問する奴にはある特徴がある」
「え?」
小杉は椎名の言葉にきょとんとする。
「そいつは相手を超えることが出来るのかという意味での質問と、自分自身を奮起させるためにあえて質問するというものがある」
椎名は弓を片付けて武蔵を見た。
「お前の質問は前者。俺を弓道で負かすことが出来るぐらいの才能があるかという質問」
そして、椎名は武蔵の横を横切る。
「答えはNOだ。君に俺を超えるだけの才能はない」
「!!」
そう言い残して椎名は弓道部から出るのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
弓道部から出ると主将の矢場弓子先輩に呼び止められる椎名。
「椎名君。この前の話考えてくれたかな?」
話というのは今までのことは部活の揉め事も無しにして、本格的に弓道部に来ないかという話である。
ちなみにこの矢場という女性は普通は、人と話す時は語尾に「候(そうろう)」をつけるが、気の許せる相手と話す時は素の口調になる。なんでも自分は優しすぎて拒否ができない人間になりそうだったので意識して怜悧な仮面を被り、クールに振る舞っているとのこと。
椎名の場合は主将となる前からの知り合いでもあって、部活動以外や自分の素を知っている人達だけは普通の言葉で会話をしている。
「確かに去年の先輩もいない今、再び本格的に弓道に打ち込むことはいいかもしれません。ですが、今戻っても部員のメンバーが自分の力に絶望するだけですよ」
自分と他の部員との弓道のレベルは天と地ほどあった。しかも、ほとんど週に1~2回ほどしか来ていない自分でありながら。要するに来てもまた才能という妬みで忌み嫌われるのは目に見えているということだ。
「否定はしないわ。でも、一緒に部活を続ければ時間と共に消えていくわ」
「・・・」
矢場は去年のあの事件の一件以来から、よく励ましに椎名に『近づいて』くる。ネタとしては弓道部の本格的な再開を理由に。
「私も協力するし、小島先生も手伝ってくれるわよ」
だからあえて、こう返答した。
「本格化したら多分、先輩寄りになりますよ? 自分」
「いいわよ。私に出来ることだったらどんどん協力するから!」
矢場はその椎名の意味を理解せずに答える。勿論、椎名自身もそういう『形』にはしたくはない。
「・・・もう少しだけ、時間を下さい」
だからこそ、あえて時間を引き伸ばしてもらった。
恐らく一度決心して、歩めば止まらないと椎名は確信していた。
・・・ここはその分岐点の一つだと。
偶然に会っただけだった。
そして、その偶然の再開に称してバーで飲むことに。
「お久しぶりですね。魔繰さん」
「そうね武蔵さん。最近はあなたのビジネスは順調に上手く行っているって聞いているわよ?」
魔繰という女性は手に持っていたグラスの中にある赤ワインを揺らしながら彼を褒めた。
「いや、まだまだですよ。特にこの川神はいい街なんですが、なかなか手に入れられなくてね」
「まぁ、この川神市はそう簡単に落ないでしょうね。武も財も名誉も」
「はははは・・・」
男性は苦い顔で微笑むが全くその通りなので言い返せない。それに、どうにも昔馴染みの女性に対しては自分は根が弱くなってしまう傾向があるらしく、有名度でいえばこちらが上のはずなのに頭が上がらない。
「本家でギャフンと言わせてミレミアムっていうのが今の夢かしら?」
「・・・」
彼は何も言い返せなかった。
「・・・ふふ、ねえ。もしも私が貴方を夢を手伝うと言ったらどうするかしら?」
「え?」
魔繰という女性は一つの宝石をテーブルに置いた。
「これを飲み込めば、夢をつかめるチャンスをくれる希望宝石」
彼はその宝石をジロジロと見た。
「でも、それを飲んじゃうと口癖のミレミアムとか言えなくなちゃうわよ?」
「え?」
「それは願掛けの魔法石。その名前通り何かを我慢すればするほど夢が叶うチャンスをくれるの。でも、逆に解放すると全てを失うから禁断の魔法石でもあるけどね」
「・・・禁断」
魔繰という女性は微笑み、そして一口赤ワインを飲んでこう言った。
「武蔵文太。貴方の心からの望みは何かしら?」