そこで榊原はフェンスの手すりに座って、無骨な工場地帯を眺めていた。
「ユキ」
そこへ川神が彼女に声をかける。
「あーモモ。やっほー」
明らかに元気のない声で返事を返す榊原に川神は少し心配した。
「どーした、そんな元気ないユキなんて初めて見たぞ?」
川神にとって榊原のイメージはいつも真田と同じく笑顔が絶えない元気な少女。それがこれほど落ち込むとは、よほど彼女自身に嫌な出来事があったのだろう。
「んー、実は椎名に振られちゃたんだ。正式に」
「なんと?」
意外な答えだと川神は思った。二人と出会って以来椎名と榊原の関係は恋人同士関係でもあってもおかしくないほどの仲の良さを見せつけていた。だから、このまますんなり交際発展するのでは思っていたのだが・・・。
「相手はクリスとマルさんだよ」
「二股かよ、吹雪・・・」
榊原からの口からクリスの名前が出てくると、それは納得は出来た。確かにクリスとも仲が良かった。だが、それでなんでマルギッテが出てくるか。
「・・・いや、あいつの性格を考えるとありえない話ではないか」
椎名は少し依存性が高い性格だ。ましてやクリスを恋人にしたらなら、姉がわりとして接していたマルギッテにとって、椎名の存在は無視出来ない。きっと何かしらのアクシデントをした際に、クリスと一緒に取り込まれたのだろう。
でも、少し疑問は残る。それだけ自分を好いてくれる人間を大事する性格なら、なぜ榊原の好意を断ったのだろうか。あれだけ仲が良かったのを見ている川神にとっては、その部分は謎が残る。
「凄く悔しい。でも、僕は三人の幸せを願うよ」
「そうか・・・」
榊原は振られた理由は理解しているらしい。
それが彼女とっての椎名や二人に対する想いならば、自分は余計や口を出さずに見守っていくしかない。川神は決意しそう思う。
「でも、クリスの父親は黙ってないぞ。これは・・・」
クリスを溺愛している父親。しかも信頼している部下を二股として取り込んでしまった椎名。
この恋の試練の闘いは避けられない。
もしかすると・・・。
イギリスのとある街『ローグライン』。
「おかえりなさい。沖田」
「はっ、主よ。与えられた役目をを果たして、無事帰りました」
魔繰は従者の沖田の帰還に労いをかけると、テーブルに二つの紅茶を置いた。
「座って沖田。紅茶でも飲みながら報告を聞かせて」
「御意」
沖田は彼女の誘いのままテーブルに座り紅茶を一口飲む。
「・・・」
だが、紅茶の飲んだ沖田の顔に少し歪んだ。それを彼女は微笑んだ。
「やっぱり慣れない? 貴方の場合はやっぱり日本茶の方が好ましいようね」
「申し訳ありません。どうも私には甘ったるいお茶は苦手でして・・・」
「そう、少し残念」
彼女も紅茶を一口飲んでから、再び口を開く。
「それで、結果的に椎名吹雪はクリスとマルギッテの正式な恋人関係になったのかしら?」
「はっ、主の助言通りに私がクリスに椎名を少し意識させたように仕掛けたところ、彼女は思惑通りに彼の良さに惚れて恋人になりました。また、彼女に溺愛していたマルギッテもクリスの介入もあり恋人に」
「ふーん。予測通りね」
彼女は全ての並行世界への自分に通信が可能の懐中時計を所持している。そのため、他の『自分』から二人の成功例を参考すればきっかけを与えるのは容易く、そしてその後の展開も読めやすい。
「それで、当然父親の介入があったのでしょう?」
「はい。しかし、三人は無事その試練を仲間達の力も借りつつ達成させて、現在は正式に恋人関係の状態です。強いていえば、本妻をクリスで側室はマルギッテという形がなっていますが・・・」
彼女はそれは仕方がないことだろうと思う。
愛は一緒でも世間の風は厳しくてそうはならない。それはどの時代においても同じこと。
「では、いよいよ本題ということね」
彼女は二つの魔法石をテーブルに置く。
「これを持って再び日本に渡って、椎名に姉の存在を教えてきなさい。そして、自分はその関係者で彼の敵という認識を持たせて」
沖田は魔法石を懐に入れ、傍に立てかけてあった長鞘を差し込み頭を少し下げる。
「では・・・?」
彼女は再び紅茶を一口飲んで口を開く。
「川神学園の3月の卒業式後よ。風間ファミリーにとって最後の青春時代のイベントね」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
――クリスの父親との激闘の末において、椎名は気づく。
クリスもマルギッテも何だかんだで自分の融通を通してくれる少女だった。もちろん、そこに至るまでの理由はあるが、融通面だけを視野に考えると二人が『軍人育ち』という点が考えられた。
軍人=上官の命令は絶対というまずは、当たり前の軍隊規則が体に染み込んでいて、二人の精神が『絶対に彼を満足させる』という義務精神が染み込んで自分の融通を通してくれている可能性があった。それはもはや一種の忠誠とも束縛とも捉えられる。
そうなってくると、椎名は本気で将来を考え始めた。今までは十数年後の将来のことなどは後回しにしていた部分があったが、ここまでクリスとマルギッテに溺愛してしまった以上は、ちゃんと三人で相談して進路を決めなければいけない。
2月。
街は桜が咲き乱れ、終わりと始まりを教えてくれる季節となっていた。
それは当然、一人ひとり何かしらの異変は起こる。
「・・・どこ、に」
狂い咲きの桜も現れる。