塔はレンガで組み立てられており、その頭上には大きな時計が設置されている。その時計も奇妙な仕掛けで、さっきから長針が右へ走っていき、短針も『12』の文字に到達するたびに小刻みで動いていた。
「・・・目覚めたか」
どこからともなく声が聴こえた。
周囲を見渡すが誰もいない。ただ真っ白な空間と時計塔のみ。
「ここは『世界の狭間』。生と死との間に存在する場所だ」
正体のわからない相手はここの存在を教える。
「この場所は誰もが必ず通る場所。・・・しかし、ここの番人がいなくなってしまって崩壊しようとしている」
崩壊。つまりは消滅という意味。仮に消滅ならばどうなるという。
「この場所を失えば、生物は死を迎えても再び誕生した場所から何度でも人生を繰り返してしまう」
ループ。同じ期間を何度も繰り返す無限地獄。
それは輪廻転生を破壊する理。生命が死んであの世に還った魂が、この世に形を変えて何度も生まれ変わることが不可能ということ。しかし、それは意思を持つものとしてはどうだろうか。死んでも記憶を継続して、同じ場所で過去の自分よりももっと、もっと進化と求めて成長したがるはずだ。
「それは『人』という生物のみの意志だ。花なら何度でも花として記憶を維持したまま同じ時を続け、動物なら同じ動物を記憶を維持したまま何度でも繰り返す運命を・・・果たして、それは幸せといえるか?」
・・・答えはいいえだ。
生命は全てが平等であり、そこに区別はない。それによくよく考えてみれば同じ時間を永遠に繰り返すというのは最初は楽しいだろうが何万何億時間と繰り返していれば必ず飽きてしまう。
「・・・でも、記憶はリセットされるならば」
疑問を見えぬ相手に求める。
「物事に完璧はない」
答えは即答する。
「リセットはされる。だが、一部の記憶を継続した生命達が精神を崩壊していずれ暴走するだろう」
暴走とは何か。
「貴方は地球しか視野しかみていないようだが・・・それは違う。規模は銀河、宇宙にも影響していく」
話が大きくなった。段々と思考が混乱していく。
「人はこの無限ループをこう略している」
パラレルワールド。
こういう未来、そんな未来。無限ループを別の解釈で考えればそう捉えてもいいかもしれないが、あくまでも解釈内の話。
「この世界はそれらを最小限に留めるために作られた空間であり、それを守る門番がいた」
だが、管理する者がいなくなった。
管理されないということはパラレルワールドが増殖しているということ。こうしている今も「もしも」世界が増殖されて世界が生み出されている。そして何度も同じことをくりかえ続けている。
そうなると目の前の時計塔の意味がなんとなく見えてくる。
時計とはすなわち生命の意味、動く針はその命の時間。ならば塔はその器を意味。
つまりはこうだ。
この時計塔は一つの生命者の命の時間象徴。それが秒速に右に動いていることは何度も人生を巻き戻して、過去に戻らされているということ。しかも場合によっては記憶継承付きで。
そうなると新たな疑問が生まれる。
1.この時計塔は誰のか。
2.なぜ自分はここにいるのか。
「・・・この時計塔はなんだ? そして、どうして俺はここにいる」
っといってもなんとなく答えはでているのだが、ここは明確な回答が欲しい。
「この時計塔は君であり、ここに連れてきたのはそれを救うために召喚した」
どうやら、自分もここに来るまでは無限ループをしていたらしい。もちろんそんな記憶など全然覚えてもいないし、そもそも自分が『誰』で『どんな』生命者なのかも知らない。現にこうして会話している今も映画で見るスクリーンを見る感覚状態で会話している。
「『命』に形は存在しない。だから強くイメージをすればどんな器にでもなれる」
イメージ。・・・人の形を思い浮かべる。でもどんな顔とかどんな体格とかまでは定まらない。だからとりあえず「人』という概念という存在で自分を形成させた。
「人という形に選んだか・・・」
含みがある言葉。しかし、今の自分の記憶には人という概念しか思い出せない以上は、応急処置としてこれで良い。
「話を戻そう。・・・君と取引するために呼んだ」
内容からすると自身の無限ループ阻止の代わりにこの崩壊を救う取引か。この状況化では拒否は不可能。『逃げ道』など思いつきはしない。
「・・・答えは出ているようだ。その通りだ。拒否などなく君にはこの崩壊しようとしている世界を救うために働いてもらう」
ぱっと辺りが明るくなった。
「・・・っ!?」
そこに映ったのは数え切れない程の時計塔。そしてすべての時計が狂った状態であった。
時計塔の象徴は生命者の人生。それほどまでに無限ループ犠牲者は広がっていた。
「・・・」
目がかすんだ。
これだけの数をたった一人で直すのは不可能に近いし、明らかに十数年で終わる話ではない。それこそ不老不死でもならないと不可能だ。
「ちなみに一つの時計塔を治すのに君の人生一つ分は必要だ」
驚愕する。だが、これだけの異世界でこれほどの規模である以上は何かしらの能力で直していくしかないはず。
「ご名答。これを授ける」
バシュンと自分の目の前の時計塔が一瞬で消えた。だが、消えた時計塔は光の粒となって自身へと降り注いでいく。
「能力の開眼でもあり、時の管理者としての証の儀式だ」
光の雨が消えて、自身を確認するが何も変わったとは思えない。
「どう能力が発動するかは君の使い方次第で変わる。それは『不可能』という概念は一つもない。無敵の力だ」
無敵=チート能力者か。でも、自分次第らしいから『危険』な力でもある。
「そして、最後に継承を終えたことで『私の』役目も終わりだ」
「っ!?」
耳を疑った。まだどうやってこの崩壊を止めていくのとか、結局アンタは誰なのかまだまだ答えを聞いていない。
「おいっ!ちょっと待て!!」
「世界の狭間の王・・・いや『創造の神』よ。どうやって崩壊を止めるかは君が考えていくしかない。それが与えた能力へと繋がり可能にするだろう」
声が聞こえにくくなってくる。どうやら本当に消滅しようとしている。
「だが、それを導きだすのは君次第だ。・・・時間は永遠にある。よく考え、試して、そして永遠の神でいてほしい」
それは以前の無限地獄とあまり変わらないような気がするのだが・・・。
「・・・」
声は聴こえなくなった。
こちらから何度も呼びかけても返事はない。ただ、あちらこちらにある時計塔の針の音が響き渡るのみであった。
「・・・さて、どうやってこの時計塔を直していけばいいのやら」
黒楼夜叉には強い意思表示言葉がある。それは、相手を黙らせるために『宣言』をしてしまうこと。
しかもただの『宣言』じゃない。その人の人生を狂わすほどの宣言である。
その犠牲者の一人目が川神百代で、二人目が椎名京である。
百代場合は、喧嘩で勝ったらお嫁さんになれと言う約束。
そこで賭けなどせずに普通に勝負だけのみにしておけば、穏便に終わったはずなのに、あの時に周囲も含めて高々と宣言などし、勝ってしまった。だからこそ彼女にとって、それは永遠に忘れなれない『人生の契約』となってしまい、嫉妬に狩られた百代となった。
京の場合は、周囲から救うためだった。
「こいつは俺の女だ! 今度こいつを泣かせた奴は仕返してやるからな!!」
彼女は幼少期にいじめを受けており、助けるために庇った。もちろん、そう言ったところでいじめは続くが・・・。
「誰だ? 私の大切な人を傷つけた奴は?」
黒楼が関与する=百代も関与するという形が発生。
いじめは収束に収まり、いじめグループや周りのクラスはその光景に、彼を『ボス』や『王』と言われる程の支配者的立場へと思考と視野へと変わって環境を変えていった。
そしてそれが決定打となり、京は彼に好意持ち始める。当然、百代は理由はどうあれ浮気は許さず黒桜や京に忠告はする・・・が。
「そうか。百代はそんなにも心が小さい人間だったんだな。失望したよ」
「先輩。わたしは先輩から告白されましたから、その想いに答えているだけですよ?」
二人の言葉に百代は黙ることしか出来なかった。
京はどうでもよかった。しかし、好きな人から心が小さいなどと言われたあげくに、失望したなどと言われては、彼を好きでいる百代には認めるしかなく、黒桜自身恋人が二人になっても、今のところは関係は良好のまま上手くはいっているので何の問題はなかった。
・・・2008年の春までは。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「いや、意味わかんねーし」
川神学園の生徒の一人が叫ぶ。
「よーするに、アイツは女たらしということだ。あいつはこの学園に入学してわずか一年で、学園の女を次々に惚れさせているらしい」
もう一人はため息混じりで話を続けた。
「いや、だから惚れさせる話だけならわかるさ。でも、普通は他の女子は武神が怖くて近づかないじゃないのか?」
「・・・そうだな。その武神が恋している相手だからこそ惚れても怖くて近づけないのさ」
一人が二人の間に口を挟んだ。
「珍しいな。おまえが俺たちの会話に入ってくるなんて・・」
「・・・とても面白い話をしているからな」
二人はずいと彼に近づく。
「でもさ、黒桜は将来は川神か椎名のどちらかと選んで結婚する運命だろ?」
その言葉に彼は微笑む。
「・・・それはどうかな?」
彼は懐から何かを取り出す。
「おそらくそんな簡単な運命にはならないさ」
懐から取り出したのは黒い指輪。
「は・・・?」
じっと見つめる二人。
「元々、この世界はある人間の無限地獄の真意を知るために誕生した世界。そして黒桜はその観察者だ」
指輪がキラリと光って、二人の意識が消える。
「対象者は川神百代。恐らく彼女の本能を読み取って生み出したために、『闘争の世界』が誕生してしまったのだろうな」
意識を失った二人は、ゆっくりとそのままその場を離れる。
「川神百代の無限地獄の原因は『永遠の闘争』を心から願っていることだ」
それが死んでも生まれ変わらずに、何度も過去に戻って『川神百代』を演じている理由であり、本来いるはずの直江大和を含めた風間ファミリー、義理の妹になるはずの真田一子などの歴史が変わってしまったのが原因。無論、黒桜の出会いや百代自身の願望も原因も含まれるが・・・。
重要なのが、この世界ではもうその形には絶対に戻らないことだ。
・・・絶対に。
「・・・で、貴様はどう彼女の無限地獄を解放するのだ? 黒楼夜叉」
振り向けば黒桜が立っていた。
「・・・」
黒桜の返答は無言だった。
――ここは新世界。
極めて近く、極めて遠い世界――。