武道をつかさどり、武運を守護する神、戦神(いくさかみ)。
いつしかそう命名付けられ、武神=戦においての絶対的な覇者という認識が人々を思い込ませてしまい、武神となれば喧嘩で一切負けることがないと信じる。
しかし、所詮は言葉遊び。人がその人を『認める』ために人間が考えた名前。そもそも『神』という称号は『私達』が出来ないことを出来るからそれを称えて『神』と呼んでいるだけに過ぎない。だから仮に『神』と名を得たいのなら叫べいい。
『私は、○○神だ!』
その宣言で貴方は、『神という認識』で『神としての行動』として自分の考えを『神』に置き換えて、今後の人生を歩んでいく。
だが、『周囲に認められない神』はすぐに『殺される』。だから人は、人が『認めた』名前に執着してその象徴になろうとする。もしくはその『神』を認めるために努力する。
では、彼らの武神とはなんだろうか。
二代目の武神は、ある条件の上での決闘をしていた。
初代はあうんの呼吸で誰とでも決闘をしていたが、二代目は提示したいくつかの条件をクリアした者だけのみに決闘を応じる形として闘っていた。
1、必ず挑戦状を書くこと。
2、その挑戦状を武神が受け取って、送り返した際の決闘条件をクリアすること。
3、決闘場は川神院で行うを承知すること。
4、この形式を行わないで、武神に挑んだ場合は二度と武道が出来なくなることを承諾したと受け取り、命の保証以外は一切の保証はしない。
5、ただし、川神学園の生徒のみ決闘システムに乗じたルールなら上記4項目を無視して挑戦しても良い。
この条件により、武道家達の武神への挑戦は激減した。
しかし、その一方で条件5の学園生徒なら武神にいつでも挑めるという形式は、生徒にとって格好の標的となり、休日を除いての連日の決闘になった。
もちろん黒桜は全て勝利を収め、強さを見せつける。だが、その形式や闘いは裏目になって、2ヶ月後に川神学園の編入希望者が続出した。
川神院の総代でもあり、学園の学長は一人一人審査して試験も含めた適正を行うが・・・。
「・・・ちと、多すぎるわ」
とうとう根を上げてしまい、あるイベントを行うことにした。
「理由はどうあれ、みんな武神と闘いのじゃろ? しかし、弱者では意味がない。だから武道大会でも開いてこの騒ぎを沈めるしかあるまい」
そんな想いが込められ武道大会が開催することを鉄心は決心する。出場者は川神学園生徒全員及び同年齢世代達の武道家達。
また、その提案に九鬼も便乗したことにより大規模な大会へと変貌となり、名称が第二次武神大会へと名付けられた。
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「第二次武神大会・・・」
読んでいた紙が一瞬で燃える。
「・・・どうやら、力は戻ったみたいだな百代」
釈迦堂は変わり果てた百代の姿に、少し苦味を感じつつも話しかけた。
「ここに・・・私が求める・・・」
しかし、百代は釈迦堂の言葉は聴こえている様子はない。ただ、遠くを見つめて何かを感じているようであった。
「完全に戻ったようだな釈迦堂。これで私の役目も終わりだ」
百代復活に手を貸した影は、その場を立ち去ろうとする。
「一応、お礼は言っておく。だが、こんなことをしてお前に何の得がある?」
影は立ち止まり、振り向きもせずに返答した。
「欲をいえば川神百代に、もう一度闘争の世界へ行ってもらうこと。それが後の私達に役立つからだ」
「・・・そうか」
影は今度こそ去って行き、残された釈迦堂は思い返す。
百代に飲み込ませたのは魔法石。
影の話では『狂戦士』という魔法石と『闘争』の魔法石を融合させた『力』を向上する能力があるらしい。
しかし、所詮は『力』のみに特化された魔法石。
力が得られるが、その分自我を保った状態が非常に難しい危険なもの。それを釈迦堂は百代の体内へ埋め込ませた。
案の定、最初は狂戦士化して辺りを破壊しまくる百代だったが、それも数時間で収まり、やがて意識が戻って、普通に釈迦堂と会話するほどまでに至っていた。
「・・・まぁ、百代だからこういう結果なんだろう」
力を失ってもまだ、百代の天才的な才は残っていたのが妙薬。それが自我を保った川神百代になった。でも、精神面は不安定なのは変わらい。
ちょっとしたことで、すぐに破壊衝動に走って色々と破壊している。
「魔術協会。魔法を使う組織か・・・」
どちらにせよ、こんな外道手段を使える組織は危険なのは変わらない。
「・・・」
釈迦堂は百代が変わってどう結末を迎えようと、いずれはその協会を自らの手で危険だから潰すべきかもと考えるのだった。
―――そして、時は第二次武神大会へと時は流れる・・・。
出場する武道家達は、様々な思想を抱きながらその日を迎える。鍛錬の最終段階をする者、勝利の願掛けをする者、普通に過ごす者など。
全ては新たな『三代目武神』という名を得るために人は過ごす。
もしくは『全てを奪う』ために・・・。