響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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十二之巻「対峙する思い」

「……はい、これでおれの知っていることは大体」

「そうか、時間を割かせたな。吾輩もそろそろ時間だ。失礼」

 パソコンの画面上から通話相手の表示が消えたことを確認し、液晶の正面に座るゾウキはソフトを落とし、パソコンの電源も切る。机にはウェブ会議の操作方法についてメモが置かれていた。現場で戦うばかりのゾウキはこのような電子機器の扱いは不得手だった。

「……ったく。ザレキさんも何でもっておれに」

 そう言いながらゾウキはウェブ会議用の小さな部屋から出た。暗かった部屋に対して、廊下には日差しが差し込んでいた。その廊下の奥の方から静かな足音が聞こえてきた。

「あれ、ゾウキさん。ウェブ会議室とは珍しいですね」

「ナエギか。おれも滅多な事がないとここは使わないんだがな」

 足音の正体はちょうど別の現場から戻ってきたナエギであった。彼女が歩くたびにウェーブがかった髪の先が揺れる。

「ふーん……。何かそういう滅多な事あったんですか?」

 ゆるく髪をかき上げる仕草と共に、何気なくナエギはゾウキに対して質問する。その問いかけにゾウキは目線を反らし少し考え込む仕草を見せる。

「あぁ、総本部のザレキさんからだ。何でも支部で変わったことがないかだとか……」

「へぇ、不死の礫鬼が……」

 確かに総本部付の鬼との会議内容ならどれ程外部に話してよいか、この支部においては年長のゾウキなら悩むところだろう。割れた髪の毛先を弄りながらさらにナエギはゾウキに踏み込んでみた。

「それでどんな感じだったんですか?」

「いや、なんてことはない雑談のようなものだ。最近は妙にベテランの鬼が多く配属されたとか、鬼が関係した事件とか……。後はまたいつもの総本部への配属の話だ」

 ゾウキが語った会議の内容を聞き、ナエギは何かに思い至ったのかその表情を僅かに変えた。

「……!それは大変でしたね」

「別に大変だってことはないが、この程度の内容なら電話かメールでも良かったろうに、ザレキさんも妙だなとは思ったが」

 ナエギの言葉にゾウキも違和感を覚えたが、しかし気にする程でもなくそのまま言葉を続けた。だが、彼の言葉は今のナエギには上の空だった。

「……ちょっとあーし用事思い出しました。すみません、急に」

「おい……。ちょっと待てよ」

 踵を返し、その場を立ち去ろうとするナエギだが、その背中をゾウキが呼び止める。

「何ですか、ゾウキさん」

「いや、最近お前現場ばかりで疲れも溜まってるんじゃないのか。おれたちはどうしても体力仕事だからな。無理はするなよ」

 寡黙で昔ながらの職人気質なゾウキが、このように他人を気遣う言葉をかけるとは珍しいことだった。そのような男に気遣いをされるほど自分は酷い状態なのかと、ナエギは内心自嘲する。

「まあ、それなりに」

 それだけ言い残すとナエギはゾウキの視線をよそに立ち去っていった。その表情は険しい。

「やっぱり一度行かないと。那由多君……七座一門の忘れ形見に会いに」

 支部内の階段を降りながらナエギは携帯の地図アプリを操作する。その目的地には「滝夜温泉」と表示されていた。

 

 その滝夜温泉の一室では、座卓を挟み二人の男女が座っていた。一人は非合法な任務を秘密裏に行う闇の音撃戦士、オノノキ。そしてもう一人は両親を失いながらも彼女に命を救われたと信じている少年、七座那由多。二人の周囲には張りつめた空気が満ちていた。

「……長くなるかもしれないから。これ、お茶とお菓子」

 そう言うとオノノキは那由多側に置かれた茶と菓子を手のひらで指す。那由多は軽く一礼すると湯呑を手に取り茶を口にした。その茶はいやにぬるく、恐らくかなり前に準備されたのだろうと感じた。

「あの、だいぶ前から時間を取ってもらったみたいで」

「大丈夫。仕事だから」

 オノノキの湯呑はほとんど空っぽだった。那由多に会うまでの時間で幾度となく口に運んだのだろう。

「その仕事が、僕の両親に関係が……。オノノキさんと同じ音撃戦士の仕事」

「……」

 両親の死後、那由多は皐月会に引き取られ生活をしている。その中で鬼に関連した仕事の養成を受けている。皐月会の原形が土着の音撃組織である名残から、末端の構成員であってもそうした基礎的な修行は受けているのだ。オノノキはその修行の指導者でもある。それは現在の皐月会において、総帥である重蔵に次ぐ立場であるが故の責務でもあった。

 しかし、元々孤児でありながら卓越した音撃戦士として猛士の中でも活躍するオノノキは特に若い皐月会の構成員から尊敬の念を集めていた。実際の指導でもオノノキは総帥である重蔵に代わり中心的な位置に立ち、構成員と接する機会も多かった。かつてサカマキに弟子を取るよう勧めた彼女も、このように他者に音撃について教える機会が多いがゆえに、弟子取りを勧めたのだ。そして、那由多もオノノキに尊敬の念を向けるそうした若者の一人であった。

「どこまで話したんだっけ。お父さんとお母さんについて」

「猛士の音撃戦士で、父も母も名門だったって事は知ってます。その、最後はオノノキさんと戦って……一緒に……」

 オノノキの問いかけに対し、那由多は自分が知っている範囲のことを話した。それはオノノキ自身が知っている範囲と全く同じであった。そのように彼女自身が仕向けていた。一瞬、彼の言葉の最後にヒヤリとしたが、自分と共に戦ったという意味で使ったのだと認識すると、とりあえず内心胸を撫で下ろした。

「調べてるんだ、ご両親の事件の原因について。どうしてそういうことになったのか」

 嘘は言っていない。言っていないがオノノキはできる限り言葉を選んで話した。だが、それでも言葉選びを間違えてしまったようだ。

「どうしてって……。父と母の死に何かがあるんですか?最期に一緒にいたのはオノノキさんなんですよね?」

「それは……」

 那由多はオノノキが教えた通り、父母については、音撃戦士であり、オノノキの前で死んだ、という事しか知らない。だが、今さらその死について探るという行為自体が那由多に不自然さを感じさせてしまった。彼は皐月会にこそ属しているが猛士の一員でもなく「象」でもない。対して、オノノキは言葉こそ彼女にしては言葉を選んだが、基本的に親しくある程度自身の秘密も知る「象」の同僚や親友の霧子、サカマキらと話すことが多いため、ある程度察してもらうような話し方に慣れてしまっていたのだ。そのため、彼のように自身との情報量に差がある相手との会話では、いつもボタンの掛け違いを起こしてしまう。

「最期に言っていた。自分たちを追い込んだ何かとその手掛かり……」

「え……」 

「何か、何でもいいから気になったこととか!」

 那由多が疑問を感じるよりも前に、オノノキは身を乗り出し言葉を畳みかけた。だが、彼女のその様子に那由多は表情を暗くする。

「いきなり言われてもそんなことなんて……」

「あ……。ごめん……」

 やや突き放すようになってしまった那由多の言葉に、オノノキは表情を暗くして頭を下げる。その行動に那由多も狼狽えてしまう。

 しかし、このままでは会話も進まない。勝利を確信した時に姿を見せる、というホノグラキの言葉ではないが、そのように言うならば今のオノノキは全く勝ち目のないまま那由多の前に姿を見せている。誤魔化してばかりでは、鳴神月鬼が遺した黒幕への手掛かりも掴めない。那由多に会った以上、オノノキは何か行動を起こさなければならないのだ。

「……何とかしないと、私が」

 ぼそりと呟くと、オノノキはゆっくりと立ち上がった。そしてそのまま那由多の方へ歩いていく。

「えっ……。え?」

 不意に那由多の肩に置かれた大きな手が、彼を押し倒す。ただでさえ自分よりも大柄なオノノキに押さえつけられては身動きが取れない。

「もう聞く、直接身体に」

 肩から離れた右手が、ゆっくりと那由多の頬を撫でた。その指先が肌に触れるたびに痺れるような感覚がする。その感覚に、那由多はどこか母親を思い出していた。ゆっくりと視線を正面に向けると、そこにはオノノキの顔があった。吐息がかかるほどの距離にある彼女の顔は思いつめたような暗い表情をしていた。

 ぱちり、とオノノキの指先に光った雷光に思わず那由多は目を閉じる。心臓の音だけが彼の身体中に響き渡る。その閉じた眼前に、オノノキの大きな手が覆いかぶさろうとする。

「な、な、何してんのォッ!お前ェッ!」

 だが、オノノキのその身体は怒号と共に弾き飛ばされた。衝撃を受け壁の柱まで転がったオノノキの目に映ったのは血走った眼でこちらを睨みつける女の顔であった。

「ナエギ……さん……」

 

 そも、ナエギにはオノノキの存在は最初から疑わしかった。名門と謳われた七座一門、その当主の突然の死。それを時と同じくして突如支部に現れた謎の鬼たち。関係性を疑わない方が彼女にとっては難しかった。

『『鳴神月鬼』って、知ってるでしょ』

 そう尋ねた時のオノノキの姿をナエギは思い出していた。眼鏡に隠れた視線がどこともなく泳ぎ、その心の裡、わずかな時間で何かを逡巡していたことが伝わっていた。その後、彼女は何も自分には告げることがなかった。まるで何かを隠すかのように。

「最初から怪しいと思ってたし、あーし」

 倒れ込んだオノノキを前にナエギは吐き捨てる。猛士の任務の合間を縫って独自に、七座一門当主の死について独自に調べていたナエギ。その死について調べるうちに、支部長「王」クラス以上の間でまことしやかにささやかれる、鬼による犯罪、そしてそれを抑止する同族殺しの鬼の噂にたどり着いた。それを知るにつけて、当主は殺されたのではないかという疑念を抱くようになっていた。

「十一人?十二人?だっけ?それだけの鬼の犯罪があーしたち鬼自身にも伝わることなく勝手に始まって勝手に終わってる!」

 倒れるオノノキの腹部めがけ、ナエギは何度も蹴りを入れる。オノノキのような彼女にとって怪しい人物が親戚の少年を一室に連れ込み、あまつさえ押し倒している現場だったのだ。ナエギの視点からすれば、那由多が殺されていてもおかしくない状況だ。考えるより先に身体が動いていた。

「何なの!あんた達は!」

 ナエギはオノノキの上に馬乗りになり、その顔を殴りつける。まるで銃声のようなけたたましい音が鳴り響き、一際強烈な一撃がオノノキの眼鏡を吹き飛ばした。眼鏡のレンズは外れ、突然の出来事に驚き身動きが取れなくなっていた那由多の前に転がった。

「……ちょっと!ナエギねえさん!」

 震える腕でナエギの腕を掴み抑え込もうとする那由多。だが、少年の力では鬼として鍛え上げられたナエギの腕を押さえることは叶わない。力づくでナエギは那由多を振り払うと、怯えるその顔を睨みつけた。

「何!那由多!コイツはアンタのこと殺そうとしてたでしょ……!あーしが来なかったら!」

 そう言いながらナエギはさらにオノノキの首筋に指をするりと回し、力の限り絞めつける。

「……!あっ、がっ……!」

 ナエギの鬼として鍛え上げられた腕力による絞首はオノノキの身体にダメージを与えていく。強固なボディイメージによる防御力と再生能力を持ち、殴打や斬撃などの直接的な攻撃への耐性は高いオノノキであるが、締め付けのような呼吸器系への攻撃は苦手としていた。締め付けによるダメージは小さいが、酸素摂取量による酸欠状態は単純な肉体操作では制御しづらいダメージであるのだ。だが、オノノキはただナエギの攻撃にさらされるばかりでまるで反撃の様子を見せなかった。

 

「おい!何してる!」

 怒号鳴り響くその一室の異常が流石に周囲に知れ渡ったか。滝夜温泉の支配人である重蔵が遂に現れ、力づくでオノノキからナエギを引き離した。その後ろには数人の従業員や客が不安そうな表情を浮かべたまま立ち尽くしている。腰を抜かし怯えたままの那由多。部屋の奥にはオノノキがただ横たわっているだけだった。

「やめろ!離して!普通の鬼と違って、コイツがこの程度で死ぬわけないでしょうが!」

 重蔵に取り押さえられたナエギは四肢をばたつかせながら暴れる。その凶暴性は凄まじいものだった。部屋の中の設備や調度品に大きな損傷がないことが奇跡的な事だった。

「オノノキ……さん……」

 那由多の心配の声をよそに、ナエギの言葉通りゆっくりとオノノキは立ちあがった。常人ならば肉と頭蓋がペースト状になってしまうほどの叩き潰すような攻撃を受けてなお、その顔は無傷に近い原形を保っていた。見た目の上では普段のオノノキと変わりない様子だった。

「オノノキ……」

「……」

 喉を押さえながら立つオノノキのその瞳がゆっくりと動く。その瞳は茫洋とし、どこを見ているかも定かではなかった。手で押さえた首筋に刻まれた爪の痕からは血がじわりと滲んでいた。

「……ナエギさん、何の用……?」

 しゃがれた声でオノノキはナエギに向かってようやく口を開いた。だが、やはりその言葉選びもナエギの感情をより強烈に呼び起こすだけで、その声にナエギは鬼気迫る怒りの表情を浮かべたまま返した。

「何の用って……。アンタが一番わかってるはずでしょ!この『人殺し』がァッ!」

 重蔵含め数人の従業員に全身を押さえつけながらも、なお暴れながらナエギは怒号を浴びせかける。その声量は滝夜温泉の階層に広く響き渡った。

「人殺し……」

 その言葉にオノノキはよろりと後ずさりし、壁にもたれかかるようにして力なくへたり込んだ。そのまま深く俯き、震える両腕で自分を抱きかかえた。

「人殺し……。私が……」

「那由多みたいな子供まで殺そうなんて!それでも『鬼』なの!」

「そんなつもりじゃ……」

「あーし知ってるんだから!アンタたちがそういうヤバいことばかりしてるってこと!」

 その言葉にオノノキは思わず顔を上げ、ナエギの方を見た。眼鏡が取れ、前髪の隙間から覗いたその瞳は涙に潤み、黒く淀んでいた。

「そんな奴らが!あーしの家族を!」

「鬼幻術・邪問貫(じゃもんかん)」

 怒りのまま言い放つナエギの後ろで、静かに重蔵は呟くとその指先で彼女のこめかみをとん、と突いた。するとナエギの表情は崩れ、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。その様子をオノノキと那由多はただ目の当たりにするしかなかった。

「ナ、ナエギねえさん……?」

「重蔵先生……」

「大丈夫だ。相手の思考に少し干渉する鬼幻術・邪問貫を極めて弱めにかけた……。今は単に気絶しているだけだ」

 気を失ったナエギを両腕で抱えると、重蔵はゆっくり立ち上がった。そしてオノノキと、不安な表情を浮かべる那由多を見た。

「場所を変えよう。那由多もいきなりのことで驚いただろう」

 重蔵の言葉に那由多はただ無言で頷くしかなかった。さっきとは打って変わって水を打ったような静けさが周囲を包み込んだ。既に日は高く昇っていた。

 

 ナエギが目を覚ますのを待ち、再度会話の場が設けられた。今度はオノノキと那由多二人きりではなく、ナエギと重蔵も同席した。

「支配人という立場も結構窮屈で、こうして茶を入れてもてなすことも中々できないものだ」

 そう言いながら重蔵は湯呑に暖かい茶を入れる。ナエギは手渡されたそれをゆっくりと口元に運んだ。少し熱いぐらいのそれを冷ますために息を吹きかける。そのたびに茶葉の芳しい香りが鼻腔をくすぐる。口に含むと、茶葉の風味と暖かさが全身に染み渡った。

「……美味しい」

 ぼそりとナエギが呟いた。暖かな茶を飲むことである程度の落ち着きを取り戻したようだ。

「茶菓子も用意してある。召し上がってくれ」

 そう言いながら重蔵はいくつかの菓子が載った小皿を彼女らの前に置いた。まだ少年である那由多はそうした菓子が好ましいのだろう。彼はその中から小さな饅頭を一つ選び、包装を剥くとそれを口に運んだ。

「……さっきは、ごめんなさい。那由多君も、ナエギさんも」

 重蔵が隣の席に座るのを待ち、那由多らの正面側に座るオノノキが彼らに頭を下げた。普段は掴みどころのない様子をしているオノノキであったが、その謝罪が本心からのものであることは、二人には伝わった。

「あーしも……さっきは頭に血が上りすぎてた。ごめん」

「僕も、何が何だか驚いてばかりで……」

 オノノキの謝罪に対し、ナエギらはそれを素直に受け止めた。その様子を見て重蔵は内心で安堵する。

(どうにも言葉足らずで自分の気持ちを誤解されるのがオノノキの弱点だ……。もう少し上手にやれるようになればいいが)

 重蔵はそう思いながらオノノキに視線を向ける。彼女は頭を下げたまま、静かに那由多らの言葉を聞いていた。

「……話さないと、ちゃんと」

 小さな声でオノノキは呟くとゆっくりと顔を上げ那由多らの方を見た。その視線は力強く、決意に満ちていた。

「那由多君、ナエギさん……。言わないといけないことがある……。伝えないと」

 静かに、ゆっくりと、だがその内に覚悟を秘めた口調でオノノキは言葉を発した。

 オノノキは彼らに自分が同族殺しのような秘密任務を行う鬼「象」であることを明かした。そして、最近頻発している鬼による犯罪を調査していること、その一連の黒幕に繋がる手がかりを探し鳴神月鬼にたどり着いたということを彼らに正直に語った。その事実に、ナエギは自分が調べてきたことと大きな違いがなかったことを確認し、深いため息をついた。

「噂は本当だったんだ……」

 実のところ、ナエギも他の鬼や猛士のメンバーの多くと同様に、鬼という存在は精神的にも鍛え上げられ、犯罪などに身を堕とすことはありえないと考えていた。それだけに「象」の存在そのものが全く理解の外にあるものだった。だが、先程のオノノキに対する攻撃。身動きも取れない相手に対し、一方的に力づくで殴りつけ首を絞めた時の感触が次第に指先に蘇ってきた。

「……あーしは、さっき」

 魔化魍のように清めるのではなく、オノノキという一人の人間に対する殺意が確かにあった。そしてその強い感情に呑まれた自分も……。ナエギは先程までの自らの行いを振り返り恐怖した。

「ナエギさんは、いいよ。ちゃんと踏みとどまったから」

「オノノキさん……」

 そう言うとオノノキはどこか寂しそうな瞳をした。僅かな沈黙を裂き、那由多が口を開いた。

「でも、鬼の犯罪があって、それに僕の両親が関わってたって事……。僕の両親はオノノキさんと一緒に戦ってたんじゃ……」

「それは……」

 答えようとした重蔵をオノノキが手で制した。そしてゆっくりと口を開き、ひた隠しにしたかった、もっとも言いたくなかった言葉を静かに紡いだ。

「……殺したんだ、私が。那由多君の両親『鳴神月鬼』を」

 その言葉に那由多は絶句する。その顔には驚愕の表情が張り付いている。隣に座るナエギが那由多を抱き寄せるが、しかしその顔は驚きを隠せないものだった。

「だから、どうしてそういうことになったのか突き止めないといけない。鳴神月鬼と私が戦わなければならなかった理由」

 そしてオノノキはゆっくりと語り出した。鳴神月鬼と対峙し、退治したその日について。

 

 その日はとても強い雨が降っていた。時間の上ではまだ午後に入ったばかりの、最も日差しが強い時間帯であったが、上空は分厚い雲に覆われ、地上を暗闇が包んでいた。その闇の中を一筋のライトを頼りに一台の車が走っていた。

「……どうして一人で」

 車のハンドルを握るオノノキはぼそりと呟いた。その声は車に打ちつける豪雨の音の中に消える。車には一人しか乗っていない。車がカーブに差し掛かる。オノノキは徐行しながら緩やかにハンドルを切った。

「七座一門の当主が……。信じられないけど、妻も鬼だし。鬼の夫婦。そんな人らが、どうして人殺しなんて」

 ため息をつきながらオノノキは独り言つ。タイヤが水溜りの水を大きく跳ね上げながら車はカーブを曲がった。山の斜面に吹き付ける暴風が木々を幹から揺らしていた。

 オノノキが運転する車はカーブの連続する山の斜面を抜け、小さな集落にたどり着いた。やや開けた場所に車を停めると、彼女は車のエンジンを切った。

「目撃情報によればここにあの一門の当主が……。信じられないけど」

 その地にはただ荒地が広がっていた。地面には草木がただ乱雑に伸び全く整備されている様子はなかった。しかし全体的には開けており恐らく耕作放棄された土地なのだろう。その中に崩れかけの小屋がいくつか点在していた。視線の奥にはさらにいくつかの家屋が建っていた。

「こんな辺鄙な所にどうして、貴族ともいえる家系が」

 車の窓越しにオノノキは周囲を確認する。街灯の一つもないその地を暗闇が包んでいた。雨風の勢いは強く、オノノキは注意しながら車のドアを開けた。

「……?」

 車から地面に足を降ろした途端に、オノノキの総身をぞわりと違和感が突き抜けた。人気がまるで無い。人間の気配がまるで無かった。その代わりにじっとりと不気味な魔の気配が地表に満ちていた。

「いる……」

 オノノキは精神を集中させてその気配の源を探る。だが、そうする間もなくその源は見つかった。オノノキが目を細めて遠くを見ると、荒地の開けた場所に、一際強烈な魔の気配を放つ存在が立っていた。まるでわざと見つかるように、気配を垂れ流していた。

 

「ごきげんよう、皐月会の戦士」

「こんな形で会えるとは思っていませんでした」

 荒地の中には、大きな和傘を差した一組の男女が立っていた。強烈な暴風雨の中にあって、彼らは微動だにしていない。しかしその顔は傘に隠れよく見えない。共に真っ白い和服を身に着けていた。無垢の下ろし立てだった。

「音撃戦士鳴鬼……七座一門当主『七座 永政(ななくら ながまさ)』とその奥方、音撃戦士神月鬼……『神室 栞奈(かむろ かんな)』で、間違いはない?」

「「如何にも」」

 雨風で額に張り付いた髪をかき上げながらオノノキは彼らに尋ねた。その問いに彼らは口を合わせて肯定する。

「人違いじゃなかった。私はオノノキ。あなたたちを捕まえに、ここまで」

 オノノキの言葉に、二人は互いの顔を見合わせる。

「僕たちはまだやらなければならないことがある」

「捕まるわけには、行かないわ」

「「家族を、皆を守るために」」

 その答えを聞き、オノノキは眉間に皺を寄せた。彼女の思うような言葉ではなかった。さらにオノノキは言葉を返す。

「……そのために手を染めてるじゃん。わざわざ必要のない罪に」

「幾人もこの手に掛けてきた。どれも大事な命だった」

「その命全てが不必要なんてことはないわ」

 彼らの言葉にオノノキはたじろぐ。

「……任せればいいじゃん。人殺しはそれをしないといけない奴に」

 苦々しい表情をしながら、オノノキは自分を手で指し示しながら彼らに言葉を返した。その言葉に栞奈が反応する。

「なら、あなたにはその覚悟があって?やりたくないって、顔に書いてあるわ」

「……けど、やらなきゃ。誰かが」

「その通りだ、だからこそ僕たちは僕たちの責務を果たさないといけない。どれほど正しくなくても」

「……!」

 永政はオノノキの言葉を受け止め、その上で自己の理論をオノノキにぶつける。強い覚悟を持った視線と共に放たれた言葉に対することは、この時のオノノキにはできなかった。彼らと違ってまだ誰も殺したことがない彼女には。

「戦うしかないか。残念だがここまで突き止められてしまっては仕方がない」

「守らないと。家族を、鬼として戦う皆を」

 そう言うと二人は懐から共に変身音叉を取り出した。それに応えるようにオノノキも手首に巻いた変身鬼弦を構える。

「……ッ!どうしていつも私は」

 目の前の二人が戦いの、否、自分を殺す準備を始める姿を見て、オノノキはそう吐き捨てた。

「君たち『象』の鬼は組織の外側にいる。だが内側に入らないと見えないものもある」

「魔化魍ではない鬼の敵。人間の悪意」

「悪意にさらされる鬼、そして鬼の家族を一人一人守るためには『象』では足りない」

 そう言うと永政が和傘を空へと投げ捨てる。ついに彼らの顔が露になった。二人のその顔面にはいくつもの古い鬼文字の文様が浮き出ていた。

「「変身」」

 彼らは声を合わせてそう言うと、互いの変身音叉同士をぶつけて打ち鳴らした。二重に広がる清廉な音波を彼らは額にかざすと、二人のその肉体を無数の植物が巻き付き覆い隠す。その周囲に伴う雷電に呼応し一層暴風雨は勢いを増す。オノノキもそれに対応し変身鬼弦を弾き、音撃戦士慄鬼へと姿を変え、呪術により取り出した音撃弦を構える。

 一際巨大な雷が永政と栞奈を包んだ大木に直撃する。その中から、まるで電撃が彫り出したように姿を現したのは、慄鬼が見上げるほどの巨体を持つ鬼。

「鳴神月鬼……。鳴鬼と神月鬼のコンビだと思ってたけど。まさか本当に合体するなんて」

 雷電の超高温で生じた水蒸気の霧を裂き、鳴神月鬼がその全容を現す。鳴鬼と神月鬼の二人分の頭、細長く伸びた六本の腕と足。その全身を高密度の筋肉が覆っている。まるで雷神と化した蜘蛛のような凄まじい異形であった。

「「家族は必ず守る!」」

 二つの口が寸分違わず同じ言葉を放ち咆哮する。見上げる慄鬼の角には降りしきる雨が幾条もの筋を描いていた。

 

―続―

 

用語:七座一門

 平安時代に活躍した呪術師であり、魔化魍と戦う音撃戦士の祖の一人ともされる「七座 名憑(ななくらの なつき)」の家系を千年受け継ぐと自称する音撃戦士の一門。本家とされる「七座家」を始め複数の系統からなる。現在においてはその全てが猛士の構成員となっており、組織内部に一大派閥を築いている。猛士内部の派閥としては最も古い歴史を持つが、それだけに勢力が大きく薄く広がってしまい、その規模に見合わず組織全体に対する影響力は小さい。

 この一門の目的は、始祖とされる七座名憑こと「名憑鬼」の現代への復活である。遺体も分からない死者の蘇生は現代の科学力や鬼に伝わる呪術では不可能なので、その伝説に記された能力を現代の鬼で再現しようというものである。その条件として、高レベルの呪術、名憑鬼が使ったらしいとされる植物を操る能力、そして音撃戦士としての高い実力が挙げられる。その選定は徹底した実力主義であり、ある一族の長子であってもその舞台に上がることができるとは限らず、末端の子でも実力さえあれば襲名のチャンスがある。しかし、疫神でさえ祓った祖である名憑鬼の伝説の域に到達した鬼は未だにおらず、そのため名憑鬼の席は常に空白となっている。

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