響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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十四之巻「迫りくる危機」

「は……?」

 滝夜温泉の従業員向け食堂で朝食を食べようとしたオノノキは、点灯されたままのテレビが垂れ流す情報に言葉を失っていた。

『……繰り返しお伝えしています通り、先日の旧煤ヶ澤村での死体遺棄事件の容疑者として逮捕されていた「穴江 想」容疑者と「堀田 舞彩」容疑者が昨日未明、警察署内で遺体として発見されました。遺体は全身に火傷の痕があり、警察は何らかの事故とみて原因を調査しています……』

 アナウンサーの声がいやに無機質にオノノキの鼓膜を叩く。呆然とするオノノキであったが、その後ろから声を掛けられた。

「オノノキさん、あれって前オノノキさんが言っていた……」

「あぁ、おはよう。那由多君」

 その声の正体は、オノノキと縁が深い少年、七座那由多であった。オノノキは那由多を席に座るように促すと、自分も彼の正面に座った。

「……テレビのあの事件って、あの鬼が関係しているって言ってた」

「うん、普通の人……といっても『鬼』じゃない人まで巻き込んで悲しませてる、多くの人間を」

 二人は手を合わせいただきますをすると、テレビのニュースについて会話を始めた。共にその表情は浮かないものだ。

「ごめんね、那由多君。私からこういう話をしても悪いよね」

 手にした汁物を啜り終えると、申し訳なさそうにオノノキが口を開いた。その言葉に那由多は何も返せなかった。目の前に座るのは、やむを得ない事情があったとはいえ、実の両親を手に掛けた人物。先日聞かされたその事実を理解していながらも頭の中は未だ混沌としていた。

「いえ、あまり謝らないでください……。僕の中でも気持ちの整理がついていないので……」

 那由多はそう言うと、手にしていた椀を置いてから水を口にした。その視線はオノノキの方を向いてはいない。

「……何で僕のお父さんとお母さんは死なないといけなかったのか。事実じゃなくてその理由が分からないと、僕も自分でどうしたらいいのか、オノノキさんにどうしてほしいのか……」

「那由多君……」

 那由多が掴むコップの水が小刻みに揺れている。彼の手の震えが伝わっているのだ。それに気づいたオノノキは彼に向かって手を伸ばそうとしたが、やめた。その代わりに何か言おうとして息を吸い込んだ。

「あ……」

 彼に対して私は何を言えばいいのだろう、そうオノノキは思った。思えば、先の那由多への懺悔もそうだが、旧煤ヶ澤村での一件、御剣鬼への初動対応、さらに遡って言えば鳴神月鬼との問答も、振り返ってみれば自分の考えなしの発言や言い方が問題を悪化させてばかりのように、彼女には感じられた。そのため、今の那由多にどう語り掛けるべきか、オノノキには分からなかった。ただ、彼に何か声を掛けることは、大事でやるべきだと思った。

「……ごめん、こういう時わからなくて。なんて言えばいいのか」

 わずかな逡巡の後、オノノキの口から出てきたのはそんな言葉だった。偽りのない本心だった。その言葉に、那由多がオノノキの方へと視線を向ける。

「……本当のことが知りたい。だから何か分かったら教えてください」

 那由多のその言葉に、オノノキは以前ナエギから同じような言葉を掛けられたことを思い出した。あの時は何も答えることができず彼女に対してただ沈黙を返すことしかできなかった。だが、今は違う。

「大丈夫、必ず。それが私の戦いだから」

 力強く、オノノキは言い放った。その言葉に那由多は驚いたように身体を後ろに下げるが、すぐに彼女の方に向き直った。

「……きっと、お父さんとお母さんも本当のことを知って欲しいと思っているだろうから」

「きっとそうだね……。食べようか、ご飯」

 オノノキは那由多に食事を勧めた。そうして自分も白米を口に入れる。那由多もその様子に、朝食を再開した。テレビの放送もいつしか娯楽関係の内容に移っていた。最近はやりのアイドルグループのポップソングが食堂に響いていた。

「「ごちそうさまでした」」

 空になった食器を前に二人は手を合わせる。二人とも食器にご飯粒一つ残さない完食だった。

「那由多君は今日はどんな予定?」

「いつも通り、午前中は滝夜温泉の通常業務で、午後からは通常の鍛錬です。……オノノキさんは?」

「私も同じ、いつも通り。まあない方がいいけど、私みたいなのの仕事は」

 そう言いながらオノノキは懐をまさぐり煙草を取り出そうとするが、食堂が喫煙不可であることを思い出し、やめた。だが、服の中に無造作に入れられた指先が携帯電話の振動に触れた。やや遅れて鳴り出す呼び出し音に、オノノキは携帯電話を耳元に当てる。

「はい、オノノキです……」

 電話に答えるオノノキであったが、次第にその声色は低くなり、表情も深刻そうになっていく。数刻の後、オノノキは電話を切り大きくため息をつく。

「どうしたんですか、オノノキさん」

「……あー、んー。大移動、ってとこ。これから忙しくなっちゃうや」

「あの、それって……大きい仕事ってことですか?」

 那由多の言葉にオノノキは無言で頷いた。その行動には肯定の意志が込められていた。

「うん。だけど……これが終われば分かるはず、黒幕も。その時はきっと君にも教えるよ」

 そう言うと、オノノキは食器を下げ駆け足で食堂から出ていった。その後ろ姿を那由多はただ見つめるしかなかった。

 

 そのわずか半日後には、オノノキらは高速道路を走る車内にいた。ヒツギが運転するその車内にはオノノキや重蔵ら「象」の面々が座っていた。

「しかし、とんでもないことになったぜ……」

「いやぁボクも驚きだよ。まさか全国に緊急の招集指令が出るなんてねえ」

 後部座席ではカッキとクダキが駄弁っている。その様子をヒツギはバックミラー越しに覗いていた。

「それも、年一の新年会レベルの集合だ。全国各地の鬼たちが一堂に会する……と言っても各支部に最低限動ける人員は残しているんだろうけど。もちろんボクたちも他の『象』の面子と顔合わせだ。クダキくんは会ったことない人結構多いでしょ?」

「まぁーそうっすね。ぶっちゃけここにいる人以外は皆初対面って言うか……」

「なら、驚くよ。私たちの非じゃないアクの濃い人だから」

「マジかよ……」

 窓の反射越しに、オノノキは微笑んだ。その脳裏にはかつて出会った『象』としての仲間の姿があった。オノノキの唇が動く。

「多分、最初は全員別の場所に通されると思う。……普通の鬼とは一緒には出れない、はず」

「それがそうでもないみたいですよ。オノノキさんと重蔵さんは東北支部扱いで出席するみたいです」

「え、本当?ヒツギさん?」

「ええ、私はそのように葬祭局づてに聞いておりましたが……」

 ヒツギのその言葉にオノノキは考え込む。彼女には聞かされていない情報だった。少し考える様子を見せると、彼女は一つの可能性に思い至り、表情を険しくした。

「あぁ、そう言う事」

「おい、どういうことだよ」

「いずれ後ですると思う、合流。その時話す」

 クダキの言葉に対し、ごまかすようにオノノキは話すと、また窓の外を見た。眼鏡のレンズには吹き抜ける木立が映っている。

 樹木のトンネルを抜けると、全国津々浦々で魔化魍と戦い続ける鬼たちにとっての総本山、奈良が吉野の総本部まではもうすぐだ。

 

「って、おい!このまままっすぐ行けば総本部じゃないのかよ!」

「さっき言ったじゃん。別の場所に行くって、最初は」

 だが、直進すれば総本部にたどり着くはずの車は通りを逸れ、小さな山道へと入った。細く坂になったその道をヒツギは細かくハンドルを切りながら進んでいく。

 クダキの声もよそに、タイヤが小石を弾き飛ばし小枝をへし折っていく。しばし山道を進むと、不意に森が開けた場所にたどり着いた。静謐な雰囲気を帯びたその地には古びたお堂がひっそりと建っていた。

 その手前には二人の男女が立っていた。共に黒を主体とした衣服を身に纏っている。女がこちらに向かう車に気づいたのか、黒い手袋に覆われた手を振った。もう一人の男も手を上げて車を誘導する。

「カッキさんにオノノキちゃん、お久しぶりですね~。お互いに任務続きだと顔を合わせる機会も限られますからね~」

「そういうネジマキさんも元気そうだねぇ。よかったよかった」

「お姉ちゃんもいい感じで元気そう」

 ゴシックドレスの喪服に身を包んだ女、ネジマキがオノノキらに話しかける。フェイスベールを深く被ったその顔は、濃い真紅のリップが塗られた口元ばかりが良く見える。

「遠路はるばるお疲れ様です。東北からの長い移動ですが皆さん見たところ元気そうで感服いたします。途中でお疲れの様子もなさそうで何よりですね。全く急な集会の連絡でいちいち稟議を通すこちらの身にもなって欲しいものです」

「ツマビラキくんも久しぶりだねぇ。元気そうだねぇ」

「いえ齢五十近くになってもなお前線に立つカッキさんにはまだ及びません。オノノキさんも相変わらずの様子ですね」

「ツマビラキくんも変わらないね」

 続いて、黒スーツの喪服を着こなした男、ツマビラキが話しかけた。その両眼はひどい三白眼であり、べったりと髪を後ろになでつけ露わになった眉間には表情の変化に拠らず常に深い皺が刻み込まれていた。

「あぁ、クダキくんは初めましてだね。自己紹介、自己紹介」

 カッキがそう言いながら自分の数倍は巨大なクダキの背中を叩き自己紹介を促した。それに応じ、クダキは両者に口を開く。

「北東部、クダキっす!おなーしゃす!」

「南西部のネジマキです~。よろしくね~」

「中央部担当ツマビラキです」

 簡素な挨拶の後に、カッキがそれぞれについて簡単に紹介した。

 ネジマキは現在の「象」においてはカッキに次ぐ経歴の長さを持つベテランの女性だ。といっても彼女から年齢を語ることはないが。主に中国四国から九州までを股にかけ活動している。船舶の免許を持ち、海上での戦いを得意としている。

 一方ツマビラキは総本部近くの関西、中部を担当する「象」に所属する傍ら、猛士の法的な手続きを担当業務としている。例えば、魔化魍と戦闘する際やむを得ず私有地や入林が制限されている森林に入る場合がある。そうした場合の許可を先出しにしろ後出しにしろ、その許可を取得する業務を請け負っているということだ。緊急性人命優先の鬼の仕事ではあるが、人間社会の中で活動する中では社会のルールは当然守るべきだし、そうした方が人ならざる鬼の身であっても「都合が良い」のである。

「もう皆集まってますよ~。と言ってもわたしたち、十人やそこらしかいませんけど~」

「それじゃあ早速ボクたちも入ろうかなぁ」

 ネジマキがその黒い手袋の指先でカッキらにお堂の中に入るように促した。それに従い彼らは建物の中へと入っていく。その背中を見つめるオノノキにカッキが振り返る。

「オノノキちゃんはまた後でね、皆によろしくねぇ」

「はーい、じゃあまた」

 そう言うと、オノノキはヒツギが運転する車へと戻った。その瞳が車内の時計を捉える。

「皆さん早かったですね。今から総本部に向かってもだいぶ余裕ありますよ」

「時間通り行動できないんだ、全員活動が不規則すぎて」

 下り坂を駆けるタイヤが勢いよく小石を弾き飛ばしていく。吹き飛んだ小石は道の横の谷底へと吸い込まれていくが、それを意に介すことなく車は道を駆けていった。

 

 彼らの乗った車が猛士総本部へと乗り付ける。車から降りたオノノキは、猛士葬祭局に合流するヒツギと別れ、会議が行われる部屋の方へと足を進めた。その廊下の一角に一人の男の姿を認めると、オノノキはその方向へと歩いていく。

「……直忠先生!ご無沙汰しています」

「オノノキ、久しぶり。元気だったかい?こっちは研究室籠りで身体がなまってしまうね」

 白衣を身に着けた初老の男「南貝 直忠(なんがい なおただ)」はそう言うと

口元を緩めて笑顔を見せた。

「普段はメールばかりのやり取りだから、つまらないよね。今から例の会議?」

「はい、お絞りの時間」

 まるで雑巾を絞るようなジェスチャーでおどけて見せるオノノキに直忠は笑ってみせた。

「そりゃ大変だ。まあ確かに最近はオノノキ忙しいだろうしね」

「おかげさまで」

「例の装甲化計画の報告見たよ。式神の魂に鎧そのものの操作をさせようというのは面白いアイデアだね」

 そう言いながら直忠は手にしていた資料に目を向けた。そこには事前にオノノキが提出していたレポートがあった。はらりと捲れた紙の端からも無数の図面が見え隠れしている。

「パクったの、別の人のアイデア」

「そうかい、面白い考えを持つ奴もいるね」

 オノノキの言葉に、直忠は図面を目線で追いながら言葉を返した。俯いた顔に白髪交じりの灰色の頭髪がかかる。

 この老人、南貝直忠は、総本部に所属する技術者「銀」の一人であり、現在オノノキや東北支部の「銀」である霧子らが進める鬼の総合強化プロジェクトの最高責任者でもある。生まれは千年の歴史を謳う「七座一門」であり、特に呪術や式神の分野においてその才覚を発揮している。そうした「まじない」において、一家言ある人物であり、その実力もあり猛士の中でも重要なポストについている。

 そして、先の「鳴神月鬼」の片割れ、音撃戦士「鳴鬼」とは同じ七座一門の親戚同士の関係にある。

「ところで、例の親戚の方……」

 オノノキは少し姿勢を傾け、小声で直忠に耳打ちする。その言葉を聞き、直忠は顔の表情を引き締める。

「……正直かなり複雑な文様だ。それに残滓から見ても彼らに掛けられた呪詛は強力だ。もう少し解析は待ってね」

「先生がそう言うなら」

 そう言うとオノノキは、懐から携帯電話を取り出し時間を確認した。まだいくらか会議の開始時間には余裕があるが、早めについておくに越したことはない。

「お願いします。頼りなの、先生だけが」

「大丈夫。この謎が解けないようでは七座一門の名折れだね。そんな姿永政と栞奈に見せられない」

 オノノキの言葉に自信たっぷりに直忠は返した。もちろん、自らも子供の頃からよく知る鳴神月鬼のダイイングメッセージ、解かなければ親族の無念を晴らすことはできない。直忠の言葉に安心したのか、オノノキは顔をほころばせて頷く。

「それじゃあそろそろ」

「ああ、一日二日はこちらにいるんだろう?なら帰りに研究室に寄ってくれ。見せたいものがある」

「はい、必ず」

 そう伝えると、オノノキは階段を上っていく。その後ろ姿を直忠は見送った。

「皐月会での修行の日々が懐かしいね。織江と霧子、二人とも今では立派になって……」

 誰に聞こえるともなく、直忠は言葉を零した。オノノキと霧子は幼少期から彼に師事していた。そしてその関係性が今でも続いているのだ。

 

 さらに階段を上り、最上階にたどり着いたオノノキは、壁面にもたれかかる男を見つけた。

「重蔵先生、お待たせしました」

「来たか、オノノキ。この部屋が会議室らしいぞ」

 そう言いながら重蔵は立てた親指で一際豪華な扉を指して見せた。その中からは談笑の声が口々に聞こえてくる。だが反対に、彼らの表情は浮かないものだった。

 重蔵が珍しく大きなため息をついた。

「はぁ……。総本部にこうして来るのは北東部の部長に就任した時と……鬼として戦ってた最初の頃以来だ」

「それじゃあ慣れっこですね、先生」

「からかうなよ……開けるぞ」

 その豪華な見た目にたがわず、扉は重々しくゆっくりと開かれた。

「…………」

 その瞬間だ。談笑が一切止み、全員の視線が一斉に重蔵とオノノキの方を向いた。その瞳はまるで硝子玉のように一切の生気がなかった。だが瞬き一つの後には、まるで最初から彼らなどいないかのように、部屋の中を談笑がまた埋め尽くした。

 やけに分厚い人波を避け、オノノキらは東北支部の後ろの方の席に座った。まだサカマキら支部の仲間は来ていなかった。

「……こういうことか」

 オノノキの呟きは煙のように掻き消えた。彼女らが席についた少し後に、東北支部の面々が会議室に姿を見せた。支部長である橅森を先頭に、ゾウキやサカマキらが続く。ゾウキは鬼闘術のベテランということもあり、特に筋骨隆々の集団に混ざっていった。

「やぁ先輩!」

「おーす、サカマキ。やっぱり遠い?関西までは」

「そうだね、だけど普段会えない鬼たちと会えるのが楽しいさ、先程も本部の人たちと話してきたところだったよ」

「……なるほどね」

 サカマキの言葉に微妙に引っかかる点を感じたオノノキだが、それに気づかずサカマキはさらに話を続ける。

「やはり噂になっていたよ。オノノキ先輩や霧子、直忠さんの音撃戦士強化プロジェクト。皆も注目しているようだね」

 サカマキが目を輝かせながらオノノキに語り掛ける。すると、さらにその後ろから彼女らに語り掛ける声があった。

「それは私も同じかな、あれだけのものが完成したら是非とも見てみたい」

「ホノグラキさん。お元気そうで、見たところ」

 オノノキの言葉に、ホノグラキは手を振りながら軽くはにかんで見せた。

「そちらもお変わりはないかな?遠路はるばるお疲れ様です」

「内容は察してるから、概ね。まあ」

 オノノキは素っ気なく返した。それは、これからどのようなことが起こるのか既に知っているかのような口ぶりであった。その様子を眺めていたサカマキであったが、ふとその視線を時計の方へとずらした。

「しかし、ホノグラキさんが来たということは、もうすぐ会議も始まるのかな?」

「ああ、そろそろ時間だ。私も持ち場につかなければ」

 サカマキの言葉にホノグラキも腕時計に視線を下ろすと、駆け足で部屋の喧騒の奥へと消えていった。その後ろ姿を見送りながら、サカマキはオノノキに話しかけた。

「……先輩、内容は察しているってホノグラキさんに言っていたけど、一体どういう意味だい?」

「言った通りの意味だよ。……すぐにわかると思う、多分」

 ぼそりとオノノキが返した。その視線はホノグラキの方へと向けられていた。

 

 一方で、古びたお堂にはカッキやクダキだけでなく、全国各地の「象」が集結しつつあった。

「総本部に比べると、失礼だが何とも手狭な場所だぜ」

 お堂の窓の格子から、クダキは外を見やる。その視線の先には猛士の総本部の建物が木々の隙間から見えていた。

「総本部の建物を見て、何か気づくことがありませんか~?」

「あ?」

 背後からのネジマキの言葉に、クダキは総本部の建物を見つめながら考える。しかし、その答えを待たずにツマビラキが口を挟んだ。

「『鬼門』なんですよ。この位置は総本部を中心として考えると丁度艮の方角に位置します」

「……そういえば確かにそうだな」

 ツマビラキの言葉に、クダキは携帯の地図アプリで現在位置を確認する。電波は心ともなかったが少し待っていると次第に地図の画像が出始め、総本部と鬼門の位置関係にあることを確認できた。

「だが、どうして鬼門の位置にこのお堂があるんだよ?」

 クダキのその言葉にツマビラキは大きくため息をついた。

「全くそれぐらいは自分で考えてみてはどうですかね。象としてあなたは些か以上に知識不足のようだ」

「何だと!」

 ツマビラキの歯に衣着せぬ物言いに怒りの感情を露わにしたクダキは、力任せにツマビラキの胸倉を掴もうとした。だがその肩は後ろから強い力で押さえつけられた。

「答えは、この場所が猛士総本部を魔化魍から守護する結界の要となっているから……。ツマビラキの奴は口ばかりが達者でな、大目に見てやってくれ」

 背後から聞こえる理知的な声に振り返ったクダキが見たのは、二足歩行で立ち上がる巨大な「熊」そのものであった。その巨体は身長二メートルを超えるクダキと何ら引けを取らない。

「あら~。マーク、お久しぶりですね~」

「ネジマキ姐さんもお元気そうで」

「マーク君も元気そうだねぇ」

 ネジマキはしかしその動物そのものの異形とごく自然に挨拶を行う。カッキやツマビラキも何ら驚く様子はない。

「いや、いやいやいや!コイツどう見ても熊じゃねえか!」

「君がクダキか。俺はマクキ。気軽にマークと呼んでくれ」

「ああ、俺はクダキ。おなーしゃす!……じゃねえよ!何で熊なんだよ!」

 マークの愛称で呼ばれたその熊、マクキの言葉に、とりあえずあいさつで応じるクダキ。だが、クダキのその疑問に誰も答えることはなかった。

「ところで、クダキくん。ここが総本部から鬼門の位置にあることは、マークの説明で分かってくれたと思うけど、どうしてここに『象』が集結しているかは分かるかい?」

 カッキの問いかけに、クダキは少し考える様子を見せる。すぐさま口を挟もうとするツマビラキであったが、その動きをマクキが制する。

「……確か創設者が結界師だったから。だったっけ?」

 悩みながら自信なさげに答えたクダキの言葉に、カッキは静かに頷く。

「そう……。我ら『象』の創設者はその身を捧げて鬼を守護している。鬼を守るために同じ鬼を倒すという矛盾を抱えながら……ね」

「最もこのお堂を要に展開される巨大結界は総本部のみならず京の都全体の魔化魍の力を弱め人々を守っている。鬼だけに限らず人々全体を守るためのものだ」

 カッキに続きツマビラキが言葉を続ける。彼の言葉にネジマキやマクキも頷き同調した。

「なるほどねぇ……」

「ボクたちは単なる人殺しじゃない……。同じ鬼さえ殺してしまえるその力を、常にどう振るうのか考え続けなければいけないんだねぇ」

 カッキはぼやくような口調で言葉を締めくくった。その手には、普段握られている酒の形はない。だが、その言葉は自分たちが単なる殺戮者ではない一方で、ある種その行いを正当化するような響きも感じられた。

「オノノキちゃんは本部の会議だし、後来てないのは誰かしらね~」

 話題を変えるように、ネジマキが口を開いた。その言葉にツマビラキが返す。

「ギギとゲッキは既に到着済みです。オウキさんやカンナギさんも間もなくかと」

「それじゃあ後は『ハバキ』かな?彼なら別に大丈夫でしょ。ここにいてもいなくても」

 ネジマキとツマビラキの言葉に、カッキは静かに呟いた。その視線は窓越しの総本部へと向けられている。周囲をしばし沈黙が包んだ。

「それじゃあ皆集まるまで、ご一献いかがかな?」

 不意にカッキはそう言うと、どこにしまっていたのか、大量の酒を取り出して周囲に見せた。数多くの修羅場を乗り越えてきた「象」の鬼たちであっても、カッキの酒豪ぶりにはたじろぐばかりだ。

 

 ホノグラキが講演台の方に立つと間もなく、部屋の奥の扉が開かれ、そこから一際格式の高そうな集団が現れた。会議室内の喧騒は一気に止み、皆が姿勢を正し崇敬の視線を向ける。だが、オノノキは一人、会議室全体を俯瞰して様子を分析していた。

(まずは『祝部家』か……。しかし今回はこの一家だけ。七座一門や他の名門がいるはずだけど、普段通りなら)

 まず姿を現したのは豪華な着物に身を包んだ三人組だった。貫禄のある二人は夫婦であった。総本部の重鎮「祝部 宝暗(ほうり ほうあん)」とその妻「祝部 仄香(ほうり ほのか)」である。そして彼ら夫婦の一歩後ろを歩くのは彼らの娘であり、猛士という組織の中でも五本の指に入る鬼の中の鬼「鬼灯鬼(ホオズキ)」こと「祝部 ほまれ(ほうり ほまれ)」であった。その口元はきゅっと引き締められている。

(若いね、まだ。ホノグラキさんの方が当主っぽさはあるけど、それは年齢の問題か)

 彼らに次いで姿を見せたのは、まるで金剛力士を思わせる筋骨隆々の大男であった。その筋肉の前にはスーツははちきれんばかりであった。周囲には同じく鍛え上げた壮年の男たちを引き連れている。

(『魔拳』不死の礫鬼……。現役時代の活躍は数知れず、現在は総本部付の鬼闘術師範。数多の鬼に戦闘のイロハを叩きこんだ、いわば鬼たちの育ての親。クダキさんを片手で投げ飛ばしたらしいゾウキさんの師、達人だ)

 顔にも古傷を残すザレキの双眸が周囲を睥睨する。会議室に集った鬼たちを品定めするかのようなその姿はさながら鬼軍曹だ。しかし、この会議室の中にいる鬼たちはそのほとんどが彼の指導を受けている。彼らにとってはザレキのこの姿は見慣れたものなのである。

(……そして『宗家』。全国各地の鬼たちを束ねる、この『猛士』という一大組織の総大将。人類を魔化魍の脅威から守るための要石)

 宗家の人物はゆっくりと、しかし威風堂々とした様子でその歩みを部屋の中へと進めた。まるで彼が歩くたびにさわやかな風が吹き抜けるかのような、そんな姿だった。その宗家の後ろで、ゆっくりと扉を閉める老人がいた。

(……『龍王』だ。戦後から活躍し現在の猛士の基礎を築いた功労者……。今は顧問職だったっけ)

 袴を身に着けた老人は、静かに音もなく扉を閉めると、落ち着いた様子で振り返り、会議室の中に目線をやった。「龍王」こと「真坂見 真人(まさかみ まひと)」を知らない人間はこの組織に中にはいないと言っても過言ではない。それだけ現在の組織に貢献してきた人物なのである。かつては自らも鬼として全国各地の魔化魍を祓い、一線を退いた後は、後輩の鬼への指導、現地協力員への対応やケア、魔化魍対策の陣頭指揮、あるいは行政など他の組織との緩衝材としての役割など、多岐にわたって活躍してきた。その長年の貢献が認められ、将棋の駒の中でも最強とされる「龍王」と呼ばれている。「角」や「飛車」などの将棋の駒に役割をなぞらえて呼ぶ猛士にあって、鬼の弟子を意味する「と」ではない種類の成駒で呼ばれるのは極めて異例かつ特別な意味を持つものであった。

 彼ら総本部の鬼たちが皆着席するのを待って、講演台に立つホノグラキがマイクを取った。

「……本日は急な日程にも関わらず集まっていただき誠にありがとうございます。それではこれから臨時の大会議を始めます……」

 会議室に集まった各支部の皆の視線がホノグラキに集中していたが、その視線を一身に受ける彼だけは、別の方向を見つめていた。

 

「……以上がこの一年で爆発的に増加した「鬼」による犯罪についてです。彼らは鬼たちが怪我や年齢による引退、あるいは猛士からの脱退、修行の放棄といった形で戦いの一線から身を引いており、本来ならば戦えないはずの人物が『鬼』に変身していたということです」

 講演台に立ち、時に感情を交えながらそう語る壮年の男は、先代の、否、短期的に襲名が繰り返されたことで数代前の名になってしまった「鬼灯鬼」こと「祝部 宝暗」だ。現在は総本部の職員としてその権力を振るっている。

「こうした鬼による犯罪は許されないことです。そもそも鬼とは心身を鍛え抜いて得た力を用いて魔化魍を倒し人間を守ることが使命。それが犯罪に身を堕とすとはなんと嘆かわしいことか」

 彼の言葉に、後ろに控える彼の妻「祝部 仄香」を始め会議室に集う多くの者が力強く頷いた。しかし、その言葉に重蔵とオノノキは二人して目を見合わせ不敵な笑みを浮かべる。

「しかし、この事案に対しまるで対策が進んでいないようです。……今回対策を主導しているのはあの『皐月会の戎鬼』……。失礼、地蔵田さん、あなただそうですが、どうなんでしょうか」

 その笑みに気づいたのか、不快そうな声色を隠そうともせず、宝暗は重蔵に視線を投げかける。それと同時に数多くの生気のない視線が重蔵に向けられる。その視線を一身に浴びながら、重蔵はゆっくりと立ち上がった。

「……各支部の一部の鬼たちに対して私の方から指示を出し、同じ鬼たちのメンタルケアに当たらせています。また、ここ五年間における鬼の引退者リストを元に、そのメンバーへの接触及び可能な限りでの監視を行っています。事実、数か月前の御剣鬼の弟子以降、鬼による犯罪は確認されていません。それも人的被害が出る前に迅速に対応しています」

 重蔵が告げたその言葉に、だが部屋の雰囲気は変わらない。

「メンタルケアって……結局のところ根性無しが悪に堕ちたってことだろ。最近の鬼はぬるくなったもんだ」

「全くだな。同じ鬼の不始末でこちらまで迷惑被るのはごめんだ」

 誰かがそう呟くと、段々とざわめきは大きくなり、次第にその論調は攻撃的になり、鬼による犯罪事案を解決できていない重蔵へとその矛先を向けた。

「大体地蔵田家ってあの帝都事変の首謀者だろ……。それに代々の皐月会の鬼、そんな奴に組織の名誉にかかわること任せてもいいのかよ!」

 誰かの心無い言葉に、思わずオノノキが立ち上がろうとする。だがそれを重蔵は腕で制し、ゆっくりと口を開く。

「そこまで仰るのならば私の方からも提案ですが、『自分たちで』鬼の犯罪抑止をしていただくのはどうでしょうか?」

 そう言うと重蔵は分厚い紙の束をオノノキから受け取る。握りこぶしを並べたほどの分厚さを持つその紙束を前に、宝暗が驚きの言葉を漏らす。

「それは何だ……」

「これは『資料』ですよ。ここ五年間の引退者の引退理由。そして特に若年者を中心とした猛士構成員に対する、組織への印象のヒアリング。これを元にすれば、鬼たちが犯罪を起こす理由を突き止め、その抑止が可能です」

 僅かに口角を吊り上げる重蔵に、周囲のざわめきが大きくなる。

「それは自らの仕事の放棄ではないのか!」

「いえ、我々としては犯罪抑止につながる情報を収集し、それを周知したまでです。何ら、職務放棄には当たらないかと」

 声を荒げ問い詰める宝暗であったが、のらりくらりと重蔵はその追求を躱す。

「ハッ!いいじゃあないか、吾輩は面白いと思うぞ」

「……ザレキさんまで!あのような輩の肩を持つというのですか!」

 豪快に大口を開け嗤うザレキを仄香が窘める。次第に周囲のざわめきはどよめきとなり皆が口々に好き勝手に言葉を上げはじめた。会議が紛糾する。その様子に宗家が動こうとしたまさにその時だ。

 

 ぱんっ。

 

 ただ一回の手拍子が、周囲を鎮めた。

「龍王……」

 宝暗が振り返り、小さな声を漏らす。その視線の先には両の手を打ち鳴らした老人、真坂見 真人がいた。

「皆、話すなら一度にしてくれ……。老体にはこたえるわい」

「申し訳ございません……」

 頭を下げる宝暗と仄香であったが、真人は手を振り顔を上げるように促す。そのまま真人は一歩踏み出し言葉を発した。

「皆の、鍛えた鬼ならばそもそも罪を犯すことはない、という言葉はよく分かる。何分ワシもそう考えておるからな」

 そこで真人は一度大きく言葉を区切り、重蔵の方を見た。

「……だが実際に事は起こっておる。自分の考えや一面の印象より、組織は物証と客観的事実で動くものだ。なればその資料こそ物証だ。それを元に我ら『猛士』が動くことはそう不自然ではあるまい」

「ですが……」

 何か言いたげに宝暗が真人の方を見る。それと同様の視線がいくつか周囲からも彼に向けられていた。だが、真人はそれを意に介することはない。

「この件については、重蔵氏の取りまとめた資料を基に総本部始め猛士全体で解決に取り組むべきだ」

 そう力強く言い放つ、齢九十近いその人生ほぼ全てを猛士の安寧のために費やしてきた男のその声に、周囲は無言の首肯を迫られる。

「吾輩は賛成です。特に若年層であれば、鬼闘術の修業の際吾輩が見ることもある。他の者も修行中の弟子に目を向ける程度のことならできるだろうよ」

 真っ先に声を上げたのはザレキであった。その口調は普段通りの豪快なものだが、真人の意見に同調する様子を見せた。その言葉を皮切りに、周囲も同様に賛成の意見を表し始めた。

「真坂見龍王の意見に同調する方は拍手をお願いします」

 講演台に立つホノグラキがそう言うと、誰ともなく手拍子が鳴り始め、会議室は喝采に包まれた。その様子に頭を下げて謝意を示す真人。

「皆、ありがとう。鬼の平和と安寧のために一丸となって頑張ろう」

 真人のその言葉に会議室がより一層大きな拍手に包まれる。

「それでは、変わらず地蔵田さんを始め皆様には今一度の尽力をお願いしたい」

 そう言って真人は言葉を締めくくった。礼儀ということもあり、重蔵も頭を下げた。

(流石龍王……。場の雰囲気を自分のものにしている、わざとらしいほどに)

 重蔵の後ろで頭を下げるオノノキであったが、じっと伏した目線は合わせずに、遠くに立つ老人の姿かたちを静かに観察していた。

 

「オノノキ、どうだった。今回の会議」

「え、あー。出来レース。思った通り」

 会議の帰路、車を運転するオノノキの余りに率直な返答に、重蔵は思わず吹き出してしまった。

「ハハッ!私以外にそこまで正直に言うなよ……。私もそう思ったが」

「同じじゃん、先生もそう思ってるなら」

 オノノキの手がきるハンドルが、車体を傾けながらカーブを曲がる。乾いた路面をタイヤが蹴り上げる。

「早く戻りたい、お堂に。おそらくカッキさんが勝手に飲み会を始めてるだろうから」

「違いないな」

 他愛ない会話を交わしながら、彼らの車は山道を往く。猛士総本部での会議は、彼らの予想した通り、今回の鬼による犯罪の件の責任を重蔵らばかりに追求するものであった。

「先生。中央にとって邪魔なのかな、私たち、皐月会?」

 ハンドルを操作しながら、オノノキは重蔵に尋ねた。かつては猛士とは別の団体として鬼道を追求してきた皐月会。それが猛士に合流したのは重蔵が皐月会の長となった平成初期からであり、千年以上とも言われる鬼たちの歴史、また一説には戦国時代までさかのぼることができる猛士という組織の歴史からすると、それはあまりにも最近の出来事だ。

「邪魔だろう。それは中央の頭の固い連中の態度を見ればわかる……」

 そう言いながら重蔵は、先の会議室の風景を思い出していた。猛士という組織内において、皐月会はまだ「異物」だと、総身に浴びせ掛けられた沈黙と視線が物語っていた。

「しかし傑作だったな。中国地域の名門、祝部家が今や総本部の二番手とは。神室家と七座一門の影響力が小さくなった今、彼らは大きく権力を伸ばしている。誰の入れ知恵だと思う?」

 重蔵の言葉に、ハンドルを握りながらオノノキは考える。

「……祝部家、鬼灯鬼の勢力を伸ばして得をする人物。だから違うはず、宗家、その他の名門は。もっと組織の運営にかかわるような……」

 そこまで言いかけて、オノノキはカーブを前にして大きくハンドルを切った。するとその眼前に、突如として棒立ちの人影が現れた。

「ッ!」

 オノノキはその足で思い切りブレーキを踏みながらハンドルを回しその人影を回避しようと試みる。だが、人気のない山道に突如出現したその影。急の出来事に鬼であるオノノキはともかくとして車の機構自体が対応できない。

「間に合わない!」

 オノノキの声も空しく、一トンもの堅牢な車体が高速で人影に迫る。だが、道に立つ影は微動だにしない。それどころか、その影は正面切って車に相対した。

「ハァッ!」

 裂帛の叫びと共に、その影が何かを車体向けて突き出した。その拳撃を通じて放たれる衝撃に、ボンネットは拉げ車体は宙を舞う。吹き飛んだ車体はガードレールにぶつかり辛うじて滑落は避けるが、車体はぐちゃぐちゃに大破し、爆裂炎上する。

「……先手を、打たれたみたい。先生」

「ああ、全くだ……。ここまでやるとは、早いところ直忠に正体を教えてもらおう……」

 だが、乗っていたのは鍛え抜かれた「鬼」。衝撃で捻じ曲がったドアを無理やりにこじ開け、オノノキと重蔵が車内から顔を出す。そしてその瞳で、車両を燃やし尽くす炎に照らされたその影の正体を見た。

「……音撃撞。初めて見た、それ。使える人いたんだ」

 燃え盛る炎の光を反射して、筋骨隆々の肉体が黒光りする。その下半身はまるで梵鐘が変形したかのような具足に覆われていた。その腕には身の丈を超えるほどの長さの撞木が握られ、その先端には憤怒の表情を露わにした鬼石が煌いていた。そしてその顔は真紅の隈取に覆われ鋭い二本の角を生やした「馬」の顔をしていた。

「『皐月会』……。我ら猛士の鬼を脅かし人々を襲うまつろわぬ鬼たちめ……。この音撃戦士『駒鬼(コマキ)』が成敗してくれる!」

 力強く振り回すは音撃撞「世界樹(せかいじゅ)」。煌めく鬼石が高速で空を切り炎を周囲に撒き散らす。だが、オノノキらは動じない。

「冗談……!重蔵先生はカッキさんに連絡しつつ離れて。私がこの鬼を退治する」

「ああ。だが、いざとなれば私も戦えるが」

 重蔵のその言葉に、オノノキは嬉しそうに笑う。

「先生と戦わせるわけないじゃん、こんな雑魚」

 そう言うや否や、オノノキは手にしていた、拉げた車のドアを高速で駒鬼向けて投げつけた。ねじ切れた金属は鋭く光を反射して煌めきながら、駒鬼の首めがけて迫る。

「小癪!」

 だが、駒鬼は手にした音撃撞でそのドアを軽々と吹き飛ばす。車のドアはその勢いのまま回転し谷底へと消えた。しかし、その薙ぎ払われたドアの影から、音撃戦士慄鬼がその力強い角と共に姿を現した。その両腕には普段の得物である音撃弦ではなく、小回りが利く音撃棒「釣鐘草(つりがねそう)」が握られている。

「普通の音撃戦士が、鬼なんかと戦っちゃいけない!」

 そう言いながら、慄鬼は両腕に握った音撃棒を駒鬼の腹部めがけ力強く叩きつけた。燃え盛る炎の中で、慄鬼の視線が不敵に佇む馬頭の鬼を睨みつけた。

 

―続―

 

・装備:音撃撞・音撃鐘

 先端に鬼石を搭載した撞木状の音撃武器と、下半身を防御する具足から変形する梵鐘型音撃増幅装置。その巨大さと重量、および梵鐘の形状を鎧へと変形させる複雑な呪術から、並の鬼では扱うことができない。故に、この音撃武器を扱う鬼はすなわち、膂力に優れているだけでなく呪術にも秀でた非常に優秀な音撃戦士であるといえる。攻撃手段としては、身の丈以上の音撃撞を力強く振り回し、魔化魍を叩き潰すというものが主体となる。

 歴史上における著名な使い手として、室町時代に活躍した音撃戦士「八津裂鬼」という鬼の名を上げることができる。この鬼は二百五十センチ以上の身の丈全体に分厚い筋肉を積載した規格外の鬼であり、寺院の心柱を転用した音撃撞を小枝の様に振り回すどころか、音撃鐘を呪術により展開し集落一つを覆うこともできたという。しかし、その正体は国家転覆を狙う賊であり、その出生を辿ると忍者の出だということだ。

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