「その、駒鬼という鬼は一体どんな奴なんだ?」
豪華な装飾が施されたテーブルの上に立派なテーブルクロスが敷かれた食卓を前に、老人が口を開いた。
「面白い奴ですよ。多少」
その声に一人の男の声が返す。だが、その声の主はこの場にはいない。テーブルを挟んだ向かい側に設置されたモニターとスピーカーを介して、両者は会話しているのだ。
「音撃戦士駒鬼……鬼になった動機は魔化魍に襲われていたところを当時活躍していた鬼に救われた、という実にありきたりなものだ」
そのまま話し続ける声を、スピーカーが伝えていく。曰く、音撃戦士駒鬼という男は、自らを助けた鬼にそのまま弟子入りし、修業を始めたという。まだ少年と言っても差し支えない年齢の頃だ。めきめきと実力をつけ、独り立ちしてからは、引退した師匠をサポーターとして、各地で魔化魍を倒していた。
あるいは、有頂天になっていたのかもしれない。音撃棒を扱っていた彼はより強力な音撃武器を求めて古文書を開いた。そこに記されていたのは撞木型音撃武器「音撃撞」と梵鐘型音撃増幅装置「音撃鐘」。そしてその使い手の海を股に掛けた伝説的な活躍。高い知性を持ち武器を扱う魔化魍を破砕した、あるいは船舶ほどの巨体を誇り瘴気を全身から噴き出す魔化魍を叩き潰した、その伝説、言い換えれば空想に彼は惹かれたのである。
失われつつあった音撃撞と音撃鐘の開発を技術者に無理強いし、何とか自分専用の音撃撞「世界樹(せかいじゅ)」と音撃鐘「天蓋(てんがい)」を手に入れた駒鬼。慣れた武器を使うべきだという師の助言も空しく、意気揚々と魔化魍退治に出撃する。だが、そう簡単に物事が進むはずはない。
通常であれば倒せたはずの魔化魍。だが慣れない武器を使いこなすことができずにとり逃してしまい、彼は自らも重傷を負ったばかりかサポーターである師を失ってしまう。後悔先に立たずとはまさにこのこと。その日以来駒鬼は二度とそうしたことがないよう、ただ強大な力を求めひたすらに鍛えて鍛えて鍛えまくった。そうして何年か経ったある日、その鬼の顔が馬そのものに変化していたという。
水鏡に映る馬頭の異形、それが自らの姿であることに気づいた彼は恐怖した。その恐怖を誤魔化し、自らこそ正義のために戦う鬼であると自認するために、彼は盲目的に言われた任務をこなすのである。
「……確かに傑作だな。笑ったよ。はっはっは」
モニターを前に座る男が眉をピクリとも動かずに言葉を発した。その目前のテーブルに何かが運ばれてくる。運ばれてきたそれを前に男は合掌した。
「顔が変わった程度でその狼狽えようなら、さぞお前にとってはコントロールしやすいだろう」
「確かに、仰る通りだ」
慣れたナイフとフォークさばきで皿の上に乗った肉を口に運んだ老人は、それを嚥下すると、モニター向けて話しかけた。その声に、モニター内の男も返す。移動中なのか、車のエンジン音が彼の声の後ろに響く。
「音撃戦士仄暗鬼を見習って欲しいものだ。名門の家系に生まれ、才能に満ち努力も怠らない理想的な鬼だったが、ただ顔が通常の鬼と異なるだけで親家族に捨てられた哀れな男よ」
言い終えると老人はさらに肉を口にほおばった。部屋の中に、モニター越しに伝わってくる車の走行音だけが小さく聞こえる。
「音撃戦士駒鬼。そんな男が、皐月会のまつろわぬ鬼を相手にできるのかね?」
ワインを片手に、老人が口を開いた。その声に、モニター越しの声が返す。
「最初から勝てるとは思ってはいない。七座一門と神室家の真っ当な音撃戦士が二人がかりでも勝てなかった相手。異常な音撃戦士には異常な音撃戦士で対抗するしかありません。なので仮に駒鬼が勝てたら万々歳。負けても我らの次のステップへの『捨て駒』としての役割は果たせるかと」
「そうか、それならよいが」
そこで老人は一度言葉を切り、ゆっくりとワインを口に含む。
「……ヴィンテージワインは面白いと思わないか。何年もかけて積み上げてきた価値が、栓を開け口にした途端にゼロになる。そうしてしまっては最早年月を積み重ねることはできんからな」
「は?」
「つまり、ヴィンテージワインは『時間』を呑むものなんだよ。それまで途切れることなく積み重ねられた時間、価値と言ってもいい。それを自らの手で断ち切る万能感とわずか一瞬で消えた年月の儚さを吞んでいる」
そう言いながら老人はグラス内に残っていたワインを飲み干した。その表情は満足げだ。彼の言葉を借りるなら、今の一口で百数十年が消えたのである。
「……今食べている食事も同じですか。数十年の鍛錬を重ねた肉体を、あなたの血肉に変えていく」
「そうかもしれないな。いや、違うかもしれん。食された肉体はこの肉体と合体しさらに長い年月を生きる。積み重ねた時間が更なる力となるのだ」
「はぁ……」
老人の言葉を、モニター越しの声はあまり理解していないようだった。その気の抜けた様子で、モニターから言葉が返された。
「ところで彼は?そちらにはおらんのですか?」
「ああ、彼はいないよ。もっと大事な仕事を任せている……。さっきみたいな事言うと気にするだろうからな」
「確かに、その通りでしょうな」
その言葉と共に、モニター越しのエンジン音がより大きくなった。モニター画面にも振動が伝わってくる。
「向こうも持ち場についたようです……。こちらもそろそろ、駒鬼の援護に向かうとしますかね」
「ああ、よろしく頼むぞ」
その言葉と共に、老人は通信を切った。画面表示は消え、真っ黒い板に周囲の景色が反射する。そこには、一人の老人が座る食卓が映っていた。その食卓の上には、調味料と脂にまみれたやけに巨大な大腿骨と脛骨が残っていた。
切り立った山肌に辛うじてしがみついているかのような一本道に二人の鬼が立っていた。一人は紫色の隈取に枝分かれした巨大な角を戴く鬼、慄鬼。もう一人は、巨大な撞木を担いだ馬頭の鬼、駒鬼。慄鬼の背中に燃える爆炎の隙間から、連絡のために慄鬼の仲間が集うお堂に駆けていく重蔵の姿が見え隠れする。この道は一本道、今慄鬼らがいるこの場所を越えなければ、お堂にたどり着くことはできない。
「鬼を倒す鬼など言語道断!全ての鬼は魔化魍から人々を守るためにその力を使うのだ!貴様ら鬼狩りは、この駒鬼が成敗してくれる!」
燃え盛る爆炎を前に、駒鬼は音撃撞を振り回し大きく見得を切った。目鼻立ちのない馬頭であったが、その黒光りする表面の隆起に炎の輝きが乱反射する。
「久しぶりの主役登場……」
そう呟くと、慄鬼は駒鬼の姿を冷ややかな目線で見ていた。「象」という鬼狩りや特殊任務を生業とする仕事について長いが、このような手合いは初めてだったからだ。他の者たちはその多くが自らの行いへの恐れ、悔やみ、そしてそれ以上に他者を憎み怒りを露わにしていた。だが、駒鬼の態度からはそのどれもが感じられない。彼から感じられるのは、いわば真っすぐさ、正義感……。通常の鬼が持つ感情とそう変わらないものであった。
「何が可笑しい!そちらから来ないのであればこちらから行くぞ!」
その言葉と共に、駒鬼は振り回した音撃撞の勢いそのままに慄鬼向けて飛び掛かる。その攻撃を慄鬼はじっくりと観察し、いつも通り分析のために一撃もらおうとしたが、その時脳裏にふと言葉がよぎった。
『大体喰らわなくてもいいような攻撃を受けてるって分かってるから。いつか本当に痛い目見るよ!』
『知らない魔化魍と見るとまず攻撃を受けるのは悪癖だな。いい加減に気を付けろ』
それは以前、かかりつけの医者である岩野美玖と師匠である重蔵から掛けられた言葉であった。その言葉を思い出すと、慄鬼は身体を反らし音撃撞の攻撃を躱した。人間一人分の重量もある音撃撞が風切り音を鳴らす。
「何!?」
「そうだった、不必要な攻撃は躱さないと……。仕方ないから、無駄に攻撃受けても」
そう言いながら慄鬼は身体をくるりと回転させ、手にした音撃棒でカウンターの一撃を駒鬼に見舞った。その打撃に態勢をぐらつかせる駒鬼。だが、強靭な脚力で踏みとどまる。
「ハッ!」
衝撃を膝を曲げて吸収した駒鬼は、その膝を戻す勢いのまま慄鬼の上段に前蹴りを繰り出す。だが、慄鬼はそれを巧みにいなす。
「驚いた!音撃撞頼りの戦いをしない」
驚嘆の声を上げながらも、慄鬼は動じず手にした音撃棒で絶え間なく連撃を繰り出す。皐月会の基本に忠実な連撃だ。この音撃打の手法は、本来魔化魍相手に使われるものであったが、音撃棒の複雑な軌道によって相手に動きを封じさせるという特性は鬼相手にも有効なものであった。
「う、動けん……!」
慄鬼による音撃棒の連撃の前に、駒鬼は動きを封じられてしまい、周囲に対し音撃撞を振り回すばかりになってしまった。その最中、慄鬼は駒鬼の腰に巻かれた音撃武器装備帯に装着された音撃棒の存在に気づく。
「音撃棒……使わないんだ、それ」
ぽろりと、零すように慄鬼は、だが計算した口調で呟く。その言葉に、駒鬼はやはり慄鬼が予想したような言葉を返した。
「……貴様らなんぞにこの音撃棒は使わん!」
その怒声と共に、駒鬼は意固地となってより一層力を込めて音撃撞を振り回した。その威力と勢いだけは立派なものだった。
慄鬼の見立てでは、この音撃戦士駒鬼は音撃撞を使うより音撃棒を使った方が数段強い。彼がなぜ、音撃棒を使わず重いうえに必殺音撃を放つ際には呪術まで使わなければいけない音撃撞を使うのか、という理由までは思い至らなかったが、基本的に命を懸けた戦いを行う彼女にとっては、相手が「弱い」に越したことはないのである。慄鬼が行っているのはスポーツマンシップに則った試合でもなければヒーローのような見ている人が憧れるようなバトルでもない。生きるか死ぬかの命の取り合いなのである。その戦いの勝者とは生者であり、敗者とは死者だ。
「ッ!」
不要に力んだまま音撃撞を振り回す駒鬼の限界は、彼が思っている以上にすぐ訪れた。音撃撞が空を切る軌道で作り出される網目の隙間が次第次第に大きくなっていく。その隙を慄鬼は見逃さない。
「鬼幻術・電手鞠(いなづまてまり)」
音撃棒を持ったまま印を結んだ慄鬼の手のひらに、電撃で模られた球体が姿を見せた。至近距離で放たれたそれは駒鬼の体表に触れるとその全身に瞬く間に電撃を浸透させた。そしてその数も一つだけではない。慄鬼の手のひらから放たれた無数の球体が駒鬼の全身を襲った。
その電撃を受け、駒鬼は数歩後ずさると片膝をついた。呼吸と共に大きく上下する両肩がダメージの大きさを物語っている。
「……その辺にしときなよ。取らないよ、命までは」
慄鬼が大きく馬の頭を下げた駒鬼を見下ろして言った。その両腕に握られた音撃棒は彼に向けられたままいつでも振り降ろせる準備を整えていた。
「その言葉信じられるか……!あの鳴鬼や神月鬼さえも貴様らに殺された……!」
「……!」
吐き捨てるような駒鬼の言葉に、慄鬼は僅かにたじろいでしまう。普段ならばそのような戯言気にしないのだが、何分その二人を殺した張本人であるがゆえに、その言葉に動揺を禁じえなかった。その間に駒鬼は音撃撞を支えに立ち、数歩退くと慄鬼に対しやや大きな間合いを取った。
「鬼の敵となるものは魔化魍と同じ……!そんな相手に負けるわけには……!」
そう言うと、駒鬼は嘶くような声を上げながら全身に気合を込めた。その気合と共に駒鬼の周囲に陽炎が立ち上り、気温を上昇させていく。その温度はすさまじく、次第に駒鬼の全身を火炎が包み込んだ。
「お得意の『紅』……?いや、少し違う」
まるで火炎そのものが体内に吸い込まれるように呑み込まれると、その内側から駒鬼が姿を現した。全身を覆う筋肉はまるで高熱を湛えた炭のような黒色に変化し、後頭部から首元にかけて延びた鬣は炎そのものの形状となっていた。そして全身の各部に生じたひび割れからは、絶えずその体内に秘めた高熱が火の粉として漏れだしていた。その凄まじいエネルギーの奔流は、流石の慄鬼も目を見張るものであった。
「この力だ……!全身に清めの音が満ち満ちているようだ……!この力で貴様ら鬼狩りを倒してくれる!」
自信を取り戻したかのように張りのある声で語る駒鬼の言葉に、慄鬼は最早何ら興味も示さない。ただ一言だけ吐き捨てた。
「鬼狩りじゃないの?今していることは」
だが慄鬼の言葉は、駒鬼自らが生じさせた火炎の音に遮られ、まるで耳を塞いだかのように届かなかった。
総本部での会議を終えたサカマキは、東北支部の一団と共に普段会わない支部の人員に挨拶して回っていた。猛士は全国規模の組織であるので、地理的に遠く離れた支部の人員とは基本的に絡みがあるわけではない。そのため、こうした会議の場などが数少ない交流の場であるのだ。
だが、総本部の鬼たちに挨拶しようと探したが見つからない。聞けばまた別の集まりがあるのだという。各地を駆け回る支部の活動とは異なり、本部は鬼たちの業務管理などの総務的、事務的な仕事も増える。会議の後ということもありそうなのだろうと、サカマキはあまり気にしなかった。
「中国や九州の人たちとはまずこういう機会じゃないと会えないからね……。そうだ、オノノキ先輩や霧子たちがお世話になっている直忠さんに挨拶しておこうか」
サカマキはそう考えると、直忠がいるであろう研究室へ足を向けた。研究室までは同じ建物内と言えどもそれなりの距離を歩くことになった。
「ん、あれは……?」
廊下を歩くサカマキの目が、前を歩くホノグラキの背中を捉えた。総本部付の鬼とは言え、主に技術者たちが活動する研究室の方に足を運ぶのはやや珍しいことではあった。その様子が何となく気になったサカマキは、その足取りを追いかけた。
「確かここが直忠さんの研究室……。でもホノグラキさんが一体何の用で?」
ホノグラキの背中は、一際厳重にロックされた直忠の研究室へと消えていった。七座一門の技術的なトップに立つ彼の研究室では、日夜最新技術だけでなく古代の呪術をも交えた、鬼の活動を手助けするための研究が行われている。霧子が開発し砕鬼が扱うラジカセ型音撃武器「音撃匣」もそのテクノロジーから生み出された一つであった。
確か、会議が始まる前にオノノキと共に直忠が開発している鬼の強化案にホノグラキも興味を示していた。それに関係してこの場を訪れたのだろう。ならば共に直忠の話を聞くのも良いかもしれない。そう思ったサカマキがドアに手を駆けた瞬間、その奥から衝撃を思わせる異音が鳴り響いた。
一方、「象」たちが集う古びたお堂の近くには何台もの車が迫っていた。その車内から、何人もの屈強な肉体を誇る人物が降りてくる。その先頭に立つのは今現在の猛士の中で名門と名高い祝部家の夫婦、宝暗と仄香、そしてその娘「鬼灯鬼」であった。
ぞろぞろと並んだその鬼の集団を前に、お堂の中からはカッキとクダキ、そしてツマビラキとネジマキが相対した。ツマビラキが口火を切る。
「これは総本部の鬼の皆様が雁首揃えて一体何の用でしょうか」
「ここに噂に聞く鬼を狩る鬼が大勢集まっているとか……。皆さんのことで間違いないでしょうか」
宝暗が周囲を見回しながら告げる。その言葉にカッキらは顔を見合わせる。
「……一体今日はどういったご用件で?」
カッキのその言葉に、祝部家の面々は顔を見合わせて笑った。その中で当代のホオズキだけが俯いている。
「知れたことを……。鬼でありながら同じ鬼を殺すという組織の汚点をここで始末しておきたいのですよ」
宝暗のその言葉と共に、周囲に控えた屈強な人物たちが次々に変身音叉、鬼笛、鬼弦を打ち鳴らし、鬼の姿へと変身した。どれも「象」たちにとってはその名を知る鬼たちである。その先頭に立つのは、音撃戦士鬼灯鬼。宗家に次ぐ位置に立つという、猛士の中でも指折りの名門の鬼だ。
「……何かボク以外にこんな話聞いてる人いる?」
「いえ~、そう言った話は何も~」
「今先程本部からの連絡を確認しましたが全くそのような連絡は入っていません」
カッキは皆からの返答を聞くと、手にしていたカップ酒を全て飲み干した。その空き瓶をどこともなく置いておく。
「ボクも知らないや。誰からの指示?」
カッキのその言葉に返答する者はいない。周囲を取り囲む鬼たちからくすくすと侮蔑をはらんだ笑い声が聞こえる。
「……で、皆どうする?このまま大人しく殺されてあげちゃおっか?」
カッキは半笑いでそう吐き捨てた。彼らは何者かに操られている。ここ最近倒してきた鳴神月鬼らと同様に。確証はないが、長年鬼狩りの最前線に立ち続けていた彼の直観がそう告げていた。恐らくは「象」という部隊そのものを解体しようという陰謀。それに黙って従えるほど、彼らはその陰謀の主に魂を渡してはいない。
「俺たちが鬼を殺すとき、その誰もが必死で抵抗した……。生きたい、生きたいと!それに覚悟をもって相対するのが俺たち。だが、こいつらは人の命を奪うということを些か軽く考えているようだな」
「マーク……!いいこと言うじゃねえか!」
啖呵を切ってお堂の中から現れたのはクダキと羆そのものの巨体を持つマクキの二人だった。
「他の連中……カンナギは近接向きだしゲッキは準備が膨大、オウキは直接的すぎる……。だから長を守ってもらうことにした。最前線は俺たちがぶち当たるとしよう」
「マークは話が早いねぇ。……で、やっぱり戦おうって意思は変わらないわけ?」
並び立つ「象」の連中をぐるりと見まわすと、カッキは正面に立つ祝部夫妻に問いかけた。
「ふざけたことを……。鬼の不始末は同じ鬼がつける。殺人者の集団を宗家に代わって我々が討伐するのだ」
「ここであなたたちを倒すことで猛士の更なる繁栄が約束されるの」
「誰が約束してくれんだよ、その繫栄とやらをよ」
仄香のその言葉に、クダキの口がするりと滑るように言葉を紡いだ。その言葉が合図となったのか、彼らを取り囲む鬼たちが一気呵成に飛び掛かった。
だが、カッキらそれぞれの変身アイテムが音を一斉に奏でると、彼らの周囲に様々な大自然のエレメントが現れ、彼らの体躯を鬼へと作り替えていく。
分厚い鎧を纏った騎士のような「渇鬼」、二色に分かれた角が磁力の長を思わせる「砕鬼」、とぐろを巻いたような螺旋の意匠を全身に持つ「捻巻鬼」、山犬のような顔に月光の意匠を持つ「審鬼」、隆起した体長を毛皮で覆う異形そのものの姿をした「魔喰鬼」……。人智を超えた怪物である「鬼」へとその姿を変えながらも、険しい心持で同じ「鬼」を倒す役割を持った存在である。その姿は他の鬼と比べてもなお怪物然としていた。
「バケモンめ……」
そう吐き捨てたのは誰であったか。静まり返ったその地で、当代の鬼灯鬼が嫌そうに構えを取った。
「じゃ、死なない程度に頑張りますか」
渇鬼が手にした音撃槌をくるりと回した。その姿に彼らを取り囲む鬼たちが一斉に飛び掛かった。
一方で、慄鬼と駒鬼の戦いも熾烈を極めていた。裂帛の気合と共に全身を変質させた駒鬼は、その身体機能を大幅に向上させ、慄鬼に攻撃を仕掛けていた。
「『紅』じゃない……。恐らく本人が元々力を借りていたのも炎の力、それが借り物の力といい感じになったのかも」
「ぬかせ!これこそ我が本来の力よ!」
駒鬼が音撃撞を振るうと、そこからさらに火炎弾が生み出され、慄鬼向けて撃ち込まれる。彼女の肌を掠めた火炎弾は木々の合間に消えると、すぐさま巨大な火柱をいくつも作りだした。
「燃えてる……」
森林を瞬く間に嘗め尽くす火を前に慄鬼が呟く。その言葉の間にも火の手はどんどんと広がっていき、彼女らの周囲を覆いつくすまでに至った。
「塵灰と化せ!」
駒鬼が手を振り上げるとそれに応えるように火の手が慄鬼に襲い掛かる。それを慄鬼は身軽な身のこなしで避けていく。その目の端で、彼女は周囲の様相を具にとらえた。
「……」
魔化魍の脅威から人間を守るために尋常ならざる鍛錬を積んだ鬼。だが、その力を破壊に使えば、このような災害の如き惨状をこの世に顕現させるのである。
「多くの魔化魍を清められるよ、これだけの力があれば」
似たような言葉を、駒鬼は別の人間から言われたことがあった。ちょうどそれは独り立ちして数年経ち、他の多くの鬼たちからも力を認められ始めた頃に師匠から言われた言葉だ。純粋に人を守るという使命に燃えていた頃の話だ。
「……適当なことを。どれ程鍛えても救えない命がある」
慄鬼が何気なしに零した言葉に、駒鬼が冷たく言い返す。その声色には諦観がにじみ出ていた。
「己の身体を鬼以上のバケモンに作り替えても……!」
駒鬼の体表から噴き出した火炎が帯状にまとまりまるで天衣のような形状を模る。それに呼応するように駒鬼の全身の筋肉が脈動する。その高熱を前に、慄鬼は冷酷に吐き捨てる。
「……頑張りすぎ。何のために戦ってるの」
「……何だと?」
慄鬼の言葉に駒鬼が硬直する。かつては魔化魍を倒すために戦っていた駒鬼であったが、師を失い己を馬頭の怪物に変えてからは、ただ命じられたものを倒していた。何のために戦うのか、などということはまるで考えていなかった。
しかし、そのわずかに悩んだ駒鬼の隙を慄鬼は見逃さなかった。腰の装備帯から音撃鼓「夜羽(よはね)」を取り外すと、慄鬼はそれを駒鬼の腹部にかざさんとする。
「音撃打・五輪剣舞(ごりんけんぶ)」
慄鬼が振りかぶった音撃棒の鬼石が鮮やかな軌跡を描き駒鬼の胴帯に迫る。五連撃。その鋭い衝撃が駒鬼の全身を突き抜けた。
「始まっていたか……!」
燃え盛る森林を背に、重蔵はお堂の前に顔を出した。そこには激闘を繰り広げる鬼たちの姿があった。お堂の周囲の石畳を踏み鳴らし戦う渇鬼に重蔵が駆け寄る。
「重蔵さん!」
「渇鬼!どうなっている!」
「ボクたち鬼狩りが今度は狩られる側に立ったみたいだよ!ここのボスは鬼灯鬼のパパとママ!」
そう言いながら渇鬼は迫る音撃戦士たちに音撃槌の一撃を見舞う。吹き飛ばされる音撃戦士だが、その倒れた影からさらなる増援が湧き出してくる。しかしそれを苦にせず渇鬼は手から鬼幻術・釘火を投げつけ彼らを縫い留める。
「祝部家の連中か……!会議に続き直接私たちを潰しに来たか……!」
「何?会議でもいじめられてたの?やっぱりオノノキちゃんの考えてた通りだったわけね!」
渇鬼の蹴りが音撃戦士たちを吹き飛ばした。その足が向いた先には祝部宝暗と仄香がいた。彼らは変身せずに音撃戦士たちに指示を出している。
「それよりも、オノノキちゃんは!?」
「私たちも鬼に襲われてきた……。彼女が一人で戦っている、ここは私が引き受けよう。砕鬼と共に援護に向かってくれ」
重蔵のその言葉に渇鬼が驚きの表情を見せる。話を聞いていた審鬼が口を挟んだ。
「北東部部長の重蔵さんと言えども勝手に話を進めないでください。とはいえその意見には賛成です。ここにいる雑兵は数に任せて我々を始末するのが目的でしょうが猛士中枢にとっての異分子そのものである音撃戦士慄鬼を仕留めるためには相当手練れの鬼を送り込んでいるはずでしょう。そちらに人数を割くことは間違いとは言えないかと」
「なら決まりだけどよ、どうする?この人数規模から俺たちだけ抜け出すってのは、何か手はあるのかよ」
審鬼の言葉に砕鬼が反応する。ぞろぞろと立ち上がる鬼たちの壁は、手練れの「象」の鬼であってもその突破は容易くいかないものであった。だが、重蔵はその様子を見てなお不敵な笑みを漏らす。
「私にいい考えがある……。砕鬼!これを使え!」
そう言うと重蔵は懐から一枚のディスクを取り出し、砕鬼向けて投げつけた。慌てた様子でそれを受け取った砕鬼はその表面を確認する。
「なんだこりゃ。初めて見るけど取り合えず使ってみるか」
そう言うと砕鬼は手馴れた様子でディスクを起動させる。すると無機質な金属色を見せていたそれは瞬く間にその表面を深い紫色に染める。それだけではない。自動で変形しながら、そのディスクは次第次第に大きさを増していった。
「濃色巨象(コキイロキョゾウ)。皐月会に古くから伝わる秘伝のからくり式音式神だ……。大事に扱えよ!」
そのディスクアニマルは象を模した形状に変形すると、巨大な鼻を振り上げて咆哮した。そのけたたましい鳴き声に祝部家の音撃戦士たちは耳を塞ぐ。
「今だ、突破するよぉ!」
砕鬼と共に濃色巨象に飛び乗った渇鬼は、音撃戦士たちが怯んだ隙を逃さず音式神の巨体に任せて突破する。木々をなぎ倒しながら山肌を滑走していく音式神。その背中を見て宝暗が叫ぶ。
「逃がすな!」
隊列を立て直す音撃戦士たち。だがその前に重蔵ら「象」の鬼たちが立ちはだかった。
「お前たちは変身してる奴を頼む。祝部夫妻は私が相手するとしよう。流石にお互いに生身の人間とは比較的戦いづらいだろう」
その言葉と共に、重蔵が一歩前に出た。それに応えるように宝暗と仄香も同様に前に出た。
「先程の会議ではお世話になりましたな……。反乱分子を自分たちの手に掛けるのはどんな気分です?」
ネクタイを緩めながら一歩ずつ歩み寄る重蔵に、宝暗が答える。
「重蔵さん、いや皐月会の戎鬼……。あなたが言ったように、自分たちで鬼による犯罪の抑止を始めたまでですよ……。癪ですが、確かに最初からこうすればよかった……!」
そう言い放つや否や、宝暗の拳が重蔵向けて放たれた。それを手のひらで握るように受け止める重蔵。
「鍛え上げた全身を存分にぶつけ合う……。久しぶりの感覚だ」
重蔵は宝暗の拳を握りしめたまま、彼を投げ飛ばす。だがされるがままの宝暗ではない。巧みに受け身を取ると、投げ飛ばされた反動を活かし更なる攻撃を放った。仄香も同様に重蔵向けて攻撃を仕掛ける。
「こう見えても歴史ある音撃組織『皐月会』の現役総帥だ!引退した鬼に負けるか!」
祝部夫妻の息の合った連撃を捌きながら、重蔵は力強く吠えた。それに応えるように、審鬼や捻巻鬼、魔喰鬼も一層攻撃の手を強めた。
慄鬼による音撃打を受け、まるで撃ち抜かれたかのように吹き飛ばされ道路上を転がる駒鬼。ダメージの大きさから、路面に大の字になり大きく息を吐き出す。
「ッ!?」
だが休んでいる暇などない。倒れ伏す駒鬼の眼前に迫り来たのは彼の馬頭の顔面よりもなお巨大な鬼石だった。横に転がり辛うじてその攻撃を躱す駒鬼は、苦しい様子で立ち上がった。
「俺の武器を……!」
駒鬼の目に映ったのは、先程まで彼が握っていた音撃撞を軽々と扱う慄鬼の姿であった。彼女はまるでペン先を回すように音撃撞を振り回している。
「音撃鐘で防御した……。倒したと思ったのに」
慄鬼も駒鬼の方を見やる。駒鬼の周囲には砕けた音撃鐘の残骸が散らばっていた。
「……ちょっと重いかな」
慄鬼が振るう音撃撞は、駒鬼が振るっていた時よりもなお強大な威力をもって彼の肉体に迫った。振り回す音撃撞が生み出す風が嵐となり、周囲の火炎を薙ぎ払った。
「認めたら、負けを?さっきも言ったけど別に考えてないから、命まで取ろうとは」
音撃撞の動きを止め、それを縛る綱を一層強く握りしめると律鬼はそう言った。そしてそのまま言葉を続ける。
「……教えてよ、何のために戦っているのか、何に言われて戦ってるのか」
慄鬼の言葉に駒鬼は口を噤んだ。そしてそれは彼女の予想通りの対応だった。
「それは言えん……。言うわけがないだろう、俺は負けていないからな」
「なるほど……そう言うと思ったよ」
その対応に慄鬼は冷ややかな態度をとる。命令者を言わない言えない、ということは彼女にとって答えと同じであった。つまり鳴神月鬼らと同じ、この事件の黒幕からの指示で動いているということである。
ため息と共に慄鬼は勢いをつけた音撃撞の一撃を駒鬼の胴体に向けて放った。身体をのけぞらせてそれを辛うじて躱す駒鬼。慄鬼からの更なる連撃を這う這うの体で逃れる。
「何のために戦う、何のために戦うだと……!この俺が!バケモンの姿になってまで!」
這いずり、転がりながら駒鬼は叫ぶ。その姿に無慈悲に彼が使っていた武器が迫る。俺は何のために今こうなっている?魔化魍と戦うために鍛えたこの力で何で同じ鬼と戦っている?その思いが何度も駒鬼の胸に去来する。
「俺は人を守るために戦っているんだ!人を守る鬼を倒すお前たちを倒して、より多くの人々を守る!」
地面を転げまわりながらも何とか立ち上がった駒鬼に対して、慄鬼は大きくため息をついた。
「借り物の上っ面だけじゃん、その言葉。いっぱい見てきたよ、皆がそう言うから自分も言う奴」
「それでは貴様、音撃戦士慄鬼は何のために戦ってるんだ!大勢の命を奪ってまで!」
「『鬼』を守るためだよ」
駒鬼の言葉に対しそう冷たく吐き捨てると、慄鬼は大きく勢いをつけた音撃撞を駒鬼の顔面に力強く突き立てた。
数瞬の気絶の後に、駒鬼は目を覚ました。大きく見開いたその眼前には音撃管の銃口が突き付けられていた。
「俺の負けか……?殺すなら早くやれ」
両手を上げたまま立ち上がる駒鬼は慄鬼に対してそう告げる。だが慄鬼はその言葉に首を横に振った。
「やだよ。したくないし、できれば人殺しなんて」
「何人も殺してきた鬼の言葉とは思えないな」
駒鬼の言葉を慄鬼は銃口を彼の眉間に向けたまま無視する。しばし、二人の間を沈黙が包む。ふとその銃口に反射に映り込んだ自らの顔に気づくと、駒鬼はその目を見開いた。
「この顔、俺の顔が……!」
駒鬼は自らの顔を手で何度も触れた。その全体の形状を確かめるようにその手のひらで顔の表面を撫でる。
「戻ってる……!戻ってるぞ!」
駒鬼はその全身を震わせて歓喜した。突き付けられた銃口に映ったその姿は、馬頭の異形ではなく、通常の鬼と同様の顔のように見えていた。
「……?」
だが彼の正面に立つ慄鬼は駒鬼の現在の状態がはっきりと見えていた。それは、馬の様に長く伸びた鼻先が音撃撞の一撃により砕け大きく陥没していた状態だ。鼻先が大きく潰れたことにより、辛うじてその顔が通常の鬼のような形状に見えていた。
「元の顔に戻ることができた……!これで俺は……!」
だが、その衝撃が、顔が元のような姿になったということが駒鬼にとって重要だった。全身から闘気の様に噴き出していた高熱の火炎が落ち着いていく。そしてそのぎらついた気迫も静かになっていく。
「大きいとは聞くけど、自分の姿が精神に与える影響」
慄鬼は駒鬼のその変容に驚いていた。しかし、戦化粧などの存在を思い出すとそれほど不自然な行動ではないと考えた。しばし身体を震わせた後、駒鬼は落ち着いた様子で慄鬼に話しかけた。
「……まさかこの顔に戻れるとは、俺の完敗だ」
「その顔が、本当の戦う理由?」
「俺の戦う理由……」
「聞かせてよ。大変でしょ、理由もなしに戦うなんて」
慄鬼のその言葉に、駒鬼はゆっくりと口を開き、その過去を語り始めた。少年の頃から鬼として修行していたこと。より多くの人々を守ろうと強力な音撃武器を求めたこと。その音撃武器に習熟しきらないまま戦い師匠を失ったこと。そして、更なる強大な力を求めた鍛錬の果て、望まぬ異形に姿が変わってしまったこと……。そして、異形と変じてもなお正義の鬼として生きるために戦いを続けていたということ。
その全てを聞くと、慄鬼はゆっくりと銃口を下ろした。そしてそのまま顔の変身を解いてみせる。もう戦う気はない、という態度の表れであった。
「……何それ、顔が変わったぐらいで。そんな鬼何人もいるよ。私の友達もそう。だけど彼女はその力を魔化魍から人々を守るためだけに使ってる。顔なんか問題じゃない。大事なのは心の在り方だよ」
オノノキはそう言いながら彼女の親友の一人である音撃戦士逆巻鬼の姿を思い浮かべていた。自分の姿を鮫のような異形に変えてもなお人々を守るためだけにひたすらに戦い続ける彼女の姿は、慄鬼が本当になりたかった鬼の姿であった。犠牲者の地を浴びた全身で、逆巻鬼の眩しい姿を常に彼女は見上げていた。自分にはもう決して成れないものだと感じながら。
オノノキが語ったその言葉に、駒鬼はその表情を緩めた。
「心の在り方……。そうかもしれないな。攻撃を仕掛けすまなかった」
「……音撃撞も初めて見れたし」
慄鬼もその表情を緩めて見せた。その時、腰の装備帯に装着していた携帯電話の呼び出し音が鳴った。それを取り出して確認をすると、ちょうどサカマキの名が表示されていた。
「さっき言った友達からだ。今度話を聞いてみるといいよ」
駒鬼にそう言いながらオノノキは携帯電話を耳元に近づける。だが、携帯電話のスピーカーから聞こえてきたのは彼女ではなく直忠の声であった。
『オノノキか!大変だ!今サカマキが戦っている!簡潔に用件だけ話す!」
「え、何で直忠先生?サカマキも一緒なの!?」
『分かったんだ!黒幕の名は……』
そこまで直忠が言いかけると、スピーカーの奥から鋭い衝撃音が鳴り響き通話が完全に途切れてしまった。
「直忠先生!直忠先生!」
だがその叫びも空しく、電話は何の応答も返さない。ただ機械的な音声が鳴り響くばかりだ。その時不意に、駒鬼の伸びた耳がこちら側に向かってくるエンジン音を捉えた。その車両はオノノキと重蔵が乗ってきた、未だ爆炎が鎮火しない車の残骸の手前に留まると、ゆっくりとそのドアを開いた。
「ザレキさん……」
「駒鬼か」
そこから降りてきたのは、猛士総本部で鬼闘術の指導を行う人物、ザレキであった。身に纏ったスーツを屈強に鍛え上げられた筋肉が盛り上げている。
「ここに鬼を襲う鬼がいると聞いて吾輩はやってきたのだが、まさか駒鬼、君だったとはな……。残念だよ」
「どういうことですか、話が違う!」
狼狽する駒鬼を前にザレキは左手首に装着した変身鬼弦「音虞(おんぐ)」を見せつける。そしてそのまま鬼弦を引き鳴らすと、自らを鬼の姿へと変えた。
その姿は全身を肥大化したというのもおこがましいほどの巨大で分厚い筋肉で覆ったものであった。ちょうど、全身を鍛え抜いたボディビルダーがその筋肉を極限以上に肥大化、巨大化させたような姿をしていた。そしてその全身を無骨な太い鎖と豪華な装飾で覆っている。まさに仁王像のような姿をした鬼であった。
「これが不死の『礫鬼』……」
携帯電話を耳元に当てたままオノノキが呟く。全身から湧き出す気がまるで蜃気楼を生み出し空間を歪めるような迫力があった。そのまま礫鬼は駒鬼ににじり寄った。
「丁度いい。見せてやろう、吾輩の力を」
「礫鬼さん、何を言って……?」
ゆっくりと歩きながら、礫鬼はその右腕を無造作に突き出した。
「え……」
鈍い衝撃音と共に、礫鬼の右腕は駒鬼の胸を貫通していた。その手のひらには激しく脈動する肉の塊が握られている。
「これが鬼の心臓だ。いかに強靭な防御に覆われていても、こうして外に出してしまえば壊すことなど容易い」
心臓が体外に露出した痛みが駒鬼の全身に走り出す前に、礫鬼はそれを握りつぶした。ずぷり、と湿った音がして右腕が駒鬼の胸から引き抜かれると、駒鬼の身体はまるで糸が切れた人形のように地面に倒れ動かなくなった。
「な、何を……!」
「何って、『象』の前任者であるお前に言われるまでもない。お前ができなかったことを吾輩が代わりに行ったまでだ」
そう言いながら礫鬼は倒れた駒鬼の身体を道路の端へと蹴り飛ばした。流れ出した鮮血が路上に真っ赤なラインを引いた。
「これから『猛士』の組織は大きく変わる……。鬼がその敵と見なせば魔化魍のみならず人間も排除できるのだ。平和を守る鬼の敵には魔化魍も人間も、それこそ鬼も関係はない。今までお前らのような一部の鬼が行っていたことをより大規模に行うことができる」
礫鬼の言葉に戦慄するオノノキの前に、さらに高らかに礫鬼が宣言した。
「これからは吾輩たちが新たなる『象』だ!」
未だ燃える木々の火の手が、より一層その勢力を増した。
―続―
・音撃戦士駒鬼
変身者・コマキ(小松野 荒弥/こまつの こうや) 男性 享年32歳
身の丈(身長):6尺9寸(210㎝) 目方(体重):43貫(161kg)
変身アイテム
変身音叉・音蹄(おんてい)
音撃武器
音撃撞・世界樹(せかいじゅ) 音撃鐘・天蓋(てんがい)
音撃棒・理祇瑠(りぎる) 音撃鼓・破陀婁(はだる)
必殺音撃
音撃打・千軍万打(せんぐんばんだ)の型
更なる強大な力を求め鍛えすぎた結果、次第に負の感情が身体を蝕み己の頭部を馬のように変えてしまった「異形」の鬼。著しく精神の均衡を欠いた性情が馬の姿として現れている。特に顔の変形が著しく、馬頭の鬼といったところ。元々は太鼓の鬼であったが、力を求め音撃撞と音撃鐘を扱うようになった。
その状態を利用され、「象」の鬼への鉄砲玉として利用される。総本部近くの山道において音撃戦士慄鬼と激戦を繰り広げるが敗北。突如乱入してきた音撃戦士礫鬼の不意打ちを受け死亡する。