響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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十六之巻「騙られる象」

 斃れた音撃戦士駒鬼の遺骸を抱きかかえるように屈んだ音撃戦士慄鬼の前に、全身を分厚い筋肉で覆った音撃戦士礫鬼が立っていた。まるで金剛力士を思わせる巨漢である礫鬼の背後には爆炎が燃え盛っている。

「皐月会の慄鬼……吾輩の耳にもその悪名轟いておるわ。まつろわぬ鬼どもの実質的な頭目、そして猛士の暗部『象』で活躍する音撃戦士……。吾輩の新たな『象』としての初陣にはふさわしい存在よ」

「知ってる、私も。音撃戦士礫鬼の名を知らない鬼なんていない。鬼の模範たる鬼がどうして同じ鬼を」

 右腕から未だ駒鬼の血を滴らせながら、礫鬼は慄鬼の方を見やる。その表情には深い侮蔑の色が込められていた。

「どうして、だと……?貴様らがそれまでやっていたことであろうが。それを吾輩のような強い鬼が行うことに何の疑問がある?」

 最も吾輩は貴様より強いと思うが、と礫鬼は続ける。しかしそれに臆さず慄鬼は言葉を返す。

「……あるよ、疑問。『象』はあくまでも猛士の組織系統に組み込まれた部署。そこにあなたの名前はない。あなたは総本部の重役で、こんな血塗られた仕事とは縁がないはず」

 礫鬼の右腕から未だ血が滴り落ち、彼の足元に小さな血だまりを作っている。だが、礫鬼はそれを意に介する様子などない。

「縁がないなら作ればいい。今日を境に猛士の組織図は大きく作り替わる。これまでの、鬼を助けるなどと言いつつ、人間ばかりを優先した愚かな組織からな……」

 そう言いながら礫鬼は乗ってきた車のトランクを開くと、その中から彼の音撃武器を取り出した。分厚く長いそれは、猛士に属する鬼たちが扱う者と同様の、音撃弦のシルエットをしていた。

「妄言を……」

「……どうした。吾輩は背中を向けているぞ」

 慄鬼の言葉に対し、その分厚い背中越しに余裕気な言葉を礫鬼は掛ける。だが、慄鬼は駒鬼の身体を抱えたまま動かない。慄鬼の腰の装備帯では、携帯電話が先程途切れたきりの直忠への呼び出し音が空しく鳴り響いていた。

(直忠先生の方も気になるけど、何もしないわけには)

 慄鬼は顔を再度鬼の姿に変えると、左腕で駒鬼の身体を抱きかかえながら空いた右腕で音撃管を握る。

 

 慄鬼は銃口を真っすぐ礫鬼の頭部の方向に据えると、静かにトリガーを引いた。

「おっと、危ないなぁ」

 だが、礫鬼は上半身を僅かに反らし慄鬼から放たれた銃弾を軽々と避けた。そして音撃弦をカバーから抜き去ると、その刃で銃弾を弾き飛ばす。薙ぎ払われたその音撃弦は、軽く地面に置いただけでそのアスファルトを切り裂き、大地にめり込んだ。

 音撃弦「伊達冠(だてかんむり)」。形状こそ通常の音撃弦と同様だが、破壊力を向上させるため刃の部分に超高比重かつ高靭性の特殊合金が使用されているのである。その重量は、鍛え上げた鬼であっても持ち上げることすらままならない。結果として、怪力乱神を誇る音撃戦士礫鬼にしか扱うことができない極めてピーキーな性能に仕上がっている。そして、そのネックに沿うように取り付けられた太い綱のようなケーブルは、未だに車のトランクの中に伸びていた。

 だが、攻撃が効かないからと言って慄鬼はその攻撃を止めない。音撃管から銃弾を乱射しながら、後ろ歩きで距離を取る。音撃弦は音撃棒ほどではないがどうしてもリーチの短い近接向きの武器だ。そして、鬼闘術の師範を務める教官である礫鬼に対し白兵戦を仕掛けるのは非常に分が悪い。ならば、リーチに優れる遠距離用の武器である音撃管により飽和攻撃を仕掛け時間を稼ぎながら対抗策を練る、という戦法を慄鬼は取った。

「この不死の礫鬼に遠距離戦を仕掛けるとは……!愚かなり!」

 礫鬼はそう言いながら、トランクの中に伸びた綱の先を振るった。その先が慄鬼の周囲の空間を抉らんばかりに彼女に迫る。

「ッ!」

 その勢いに、慄鬼は大きく飛びのいた。つい一瞬前まで彼女がいたその場所を巨大な質量が通過した。その巨大な球体を、礫鬼はまるでお手玉のように軽く受け止め、地面に降ろす。するとその球体も、音撃弦と同様にアスファルトを破砕しながら落着した。その不気味な威容に慄鬼は目を見張る。

「その形状……。まさか関係あるの、あの『音撃増幅剣』と」

「ご明察だ。一瞥しただけで機能を当てるとは。流石、研究部と繋がりがあるだけあるな」

 そう言うと礫鬼は太い綱と繋がった巨大な球を振り回す。その形状はいやにメカニカルで、スピーカーかアンプを球の形状に組み合わせたような姿をしていた。

 音撃増幅球「天山(てんざん)」。これは繋がれた綱を通じて、音撃弦から放たれる清めの音を増幅しさらにその力を高める作用を持つ。それだけでなくこの球体自体からも音撃を広範囲に放つことができる。そこから放たれる音撃は扱う鬼である礫鬼の力を増幅させる作用さえ持つのだ。その強靭な筋肉の力をさらに増幅させ、礫鬼はその球を力強く振り回す。

「研究部……。そこに行かなきゃ、私は。あなたとの行動は許せないけど、あなたと今戦う理由なんて」

「吾輩にはある。鬼と見れば戦わずにはいられんのだ」

 そう言いながら礫鬼は慄鬼との間合いを大きく詰めるように飛び掛かり蹴りの態勢を取る。

「鬼闘術・岩通(いわとおし)!」

 鋭い飛び蹴りが慄鬼の胸部めがけて迫る。刹那、駒鬼の身体を宙へ放り投げ、慄鬼は後ろに倒れ込むように大きく姿勢を反らしてその蹴りを回避する。空を切った礫鬼の飛び蹴りは地面に巨大なクレーターを作りだした。

「避けられて……は、いないようだな」

 地面を転がりながら辛うじて駒鬼の身体を受け止めた慄鬼であったが、その肩口を押さえよろめく。押さえた指の隙間からは鮮血が噴き出していた。その鎖骨周りは強い力を受け歪な形状に成り果ててしまっている。

「……え、やば。折れた」

 そこに力を込め、慄鬼は無理やりに形を整え傷口を塞ぐ。卓越したボディイメージの把握により、常に自身の臓器や筋肉、骨格などの動きを把握しコントロールしている慄鬼は、鬼の再生能力をロスなく使用することができる。その能力の高さには、軽微な攻撃であればむしろ攻撃を弾いてしまうほどである。だが、それだけにこうした大きな傷を負うことは非常に稀であった。

「並の人間ならば掠めただけでも死に至らしめる吾輩の足蹴りでも、その程度の手傷しか負わんとは。流石鬼を狩ってきた鬼であるな」

 そう言いながら礫鬼は音撃増幅球を振るい、慄鬼に攻撃を仕掛ける。それが地面に当たる度に大地に巨大なクレーターを作りだす。その攻撃に慄鬼は大きく距離を取った。

「……蹴ってきたの?並の人間を?」

 未だアスファルトが残る路面にふわりと降り立つと、慄鬼は礫鬼に尋ねた。その瞳が鋭く礫鬼を見据える。

「愚問だな。吾輩が推論でものを語ると思うか?」

「そう……」

 礫鬼のその答えに、慄鬼は静かに返した。

(……とても危険な男、放っておくわけには。だけど直忠先生の方も心配。どうすれば)

 慄鬼は心の中で独り言つ。その肩の上で駒鬼の肉体がずっしりともたれかかる。

「万事休すか……」

 音撃増幅球の大質量が慄鬼の眼前に迫ろうとしたその瞬間、彼らの耳に木々がなぎ倒される轟音が響き渡った。

 

「慄鬼!」

「慄鬼ちゃん!」

 慄鬼を呼ぶ声と共に燃え盛る木々を吹き飛ばして現れたのは、濃い紫色の巨象、音式神「濃色巨象」とそれに乗った砕鬼と渇鬼であった。

「『象』の鬼共が雁首揃えて、吾輩に殺されに来たか」

 ぎろりと礫鬼がその巨象の上に座る鬼たちを睨みつける。見上げるほどのその巨体だが、礫鬼はまるで新たな獲物を見つけたような視線を向けた。ごきりごきりと彼は指の関節を鳴らした。

「慄鬼ちゃん!大丈夫!?」

「だいぶやばい。まさか出てくるなんて、不死の礫鬼が……。それに直忠先生の方にもある、トラブル」

 慄鬼に心配そうに声を掛ける渇鬼であったが、彼女の返答に渋い表情をする。その様子に砕鬼が口を開いた。

「こっちもだぜ。お堂にも鬼灯鬼が鬼たちを大勢引き連れてきやがった!」

「鬼灯鬼が……」

 簡単な情報交換を済ませると慄鬼らは礫鬼と間合いを取った。その正面に立つ礫鬼は全身の筋肉隅々に力を漲らせて臨戦態勢だ。

「さあ誰から吾輩に倒されたいか!」

 高らかに礫鬼が言い張った声が未だ燃え盛る森に反響する。その声に反応し、渇鬼が巨象の上から砕けた地面に降り立つ。くるりと音撃槌を手の中で回した。

「ボクたちが戦うよぉ。……慄鬼ちゃんは直忠先生の方へ」

「了解……。気を付けて」

 慄鬼は駒鬼の身体を優しく下すと、道をお堂とは反対側へと駆けていった。その姿を追わんとする礫鬼を渇鬼が制する。

「折角お望み通り戦おうっていうのに、ボクたちじゃお断りかい?不死の礫鬼ともあろうお方が」

「フン。音撃戦士渇鬼、貴様のような老害ではその通りだ」

「へぇ、面白いねぇ。ボクより年上でしょ。魔拳礫鬼」

 そう言うや否や、渇鬼は右腕を振るい、火炎で模られた釘を礫鬼の顔面向けて無数に放つ。それを音撃弦で切り払った礫鬼であったが、その視界に入ってきたのは、自ら向けて突撃してくる極大質量の音式神の姿であった。

 瞬間、周囲をどす黒い煙が包み込んだ。

 

「直忠先生!」

 猛士総本部の研究棟、その一室が直忠の研究室だ。そこに変身したままの姿で慄鬼は駆けこんだ。勢い良く扉を開け放った彼女の手には、道すがら回収した逆巻鬼の音撃弦が握られている。

「慄鬼か……!」

 その瞳に映ったのは、荒らされた研究室の片隅にもたれかかるようにうずくまった直忠の姿であった。

「大丈夫!?先生!」

「私は大丈夫だが、逆巻鬼が戦闘実験場で戦っている……!」

 慄鬼の言葉にそう言う直忠であったが、片腕を庇うように押さえ、そこからは白衣に赤い血が滲んでいる。その震える指先が部屋の奥の特に頑丈そうな扉を指差した。

「……わかった」

「お、おい待て慄鬼!相手はあの」

 直忠の言葉を待たずに、慄鬼は実験場への扉を開ける。警報音と共に分厚い鉄製の扉がゆっくりと開いていく。それが完全に開き切らないうちに、慄鬼は実験場の内側へと飛び込んだ。

「逆巻鬼!大丈夫!?」

 実験場の内側は研究室と比べ照明はあまり明るくなく、非常灯がまばらに点灯しているばかりであった。その暗がりに転がり込み、慄鬼は逆巻鬼へと呼びかける。

「その声……先輩?ダメだ!今来ては!」

 逆巻鬼のその声より早く、慄鬼の身体を何かに殴られたような衝撃が走った。それは先程の礫鬼に負わされた怪我の部分に伝達し、更なる痛みを誘発させながら彼女の身体を吹き飛ばす。

「ッ!?」

 強力な衝撃に吹き飛ばされた慄鬼であったが、空中で姿勢を立て直し、敵の正体を確認せんとする。ようやく暗がりに慣れ始めた双眸で部屋全体を睥睨する慄鬼。そこに逆巻鬼以外の気配を察知すると、その方向へと手にした逆巻鬼の音撃弦を構え突撃する。

 だが妙なことに、どれほど近づいても敵の姿はまるで見えない。しかしその気配を頼りに、慄鬼は音撃弦を振り降ろす。確かな手応えと共に彼女は敵の動きを警戒する。

「……ククッ、まさか気配だけを頼りに私の場所を捉えるとは驚きました。流石ですね、慄鬼さん」

 その声と共に敵が次第次第にその姿を顕にする。鬼として鍛え上げられた筋肉質の五体、その骨格を無視するように背部から伸びる多数の触腕、そして槍の穂先あるいは烏賊の頭部の様に変形した異様な頭部、その一つ一つを確認するたびに、慄鬼の顔からは血の気が引いていった。

「……まさか、そんな」

「そこまで驚くことではないでしょう……。あなたが私と会った時の予想が当たっていたのですから」

「仄暗鬼!」

 暗がりを従えるようにそこに立っていたのは、猛士総本部付主任内部監察官、音撃戦士仄暗鬼であった。その鋭い視線が敵対者たる慄鬼を射竦めた。

 

 濃色巨象が咆哮し、その力強い突進が音撃戦士礫鬼にぶち当たる。空間さえ歪めんばかりのその圧力を前に礫鬼は傲岸不遜に言葉を発した。

「来い!異形の音式神め!」

 瞬間、巨大な轟音が周囲に鳴り響く。黒煙が噴き上がると、それに伴う強烈な風圧に周囲の森を燃やしていた火はいっせいに消え失せた。

「!?」

 濃色巨象に座してそれを操作していた砕鬼が目を見開く。濃色巨象のその延びた巨大な牙が、礫鬼の音撃武器により受け止められてしまっていたからだ。

「驚いたねぇ……!けどっ!」

 自らの十倍以上の音式神が全体重を乗せた突撃を、力づくで受け止めたその光景に思わず驚嘆の声を上げる渇鬼。だが、間髪入れず更なる攻撃を見舞う。

「そんなに動きたくないなら、その足縫い留めてあげようかぁ!」

 渇鬼のその言葉と共に、彼の手から鋭く尖った形状の炎がいくつも放たれた。彼が得意とする鬼幻術「釘火」だ。

 だが、礫鬼は巨象の牙を押さえつけたその腕はそのままに、片足を上げ自らに迫る炎を蹴り払った。そして地面に立つもう一方の足を軸に回転し、何と巨象を力づくで投げ飛ばしたのだ。

「マジかよ!」

 空中に投げ出される砕鬼。しかし彼は空中で体勢を整えると、装着していた音撃櫃の拳を大きく振りかぶり、礫鬼向けて力強く突き出した。図らずも、彼の背後からの不意打ちとなったその一撃であったが、煌めく特製の鬼石が礫鬼の顔面を横側から殴りつけた。

「どうだっ!?」

 地面に着地した砕鬼はすぐさま立ち上がると礫鬼向けて構え直す。だが、煙の中から立ち上がった礫鬼の姿は、まるでダメージを受けているように思えない。曲がった首を無理やりに筋力で戻すと、礫鬼は口を開いた。

「音撃戦士砕鬼……元力士と噂は聞いておるわ。肉体的には及第点だが『鬼』としての経験に不足していると見える」

 周囲に舞う煙を音撃弦の刃で払うと、礫鬼は渇鬼の方へと視線をぎょろりと向けた。

「そして音撃戦士渇鬼……。『象』はおろか現役の音撃戦士においては高齢……。本来ならば一線を退き別の職務に当たっているはずだ」

 吾輩と同様に、そう礫鬼は続けた。

「いずれにしても、吾輩がほふり去るには共に申し分ない相手だ」

 そう言うと、礫鬼は音撃弦から手を離した。

「武器を!?」

「吾輩が鬼闘術の師範で白兵戦しかできないと思ったのなら、大間違いだ」

 礫鬼の手から離れた音撃弦が、宙を泳ぐように砕鬼へと襲い掛かる。すんでのところで防御する砕鬼であったが、防御したはずの音撃櫃には深い切り傷が残されていた。

「音撃戦士装甲化計画の装備がこうも容易く……!」

「綱だ!礫鬼は綱を操作して弦も鉄球も伸ばしてるんだっ!」

 渇鬼がそう叫ぶが早いか、彼らの周囲を縦横無尽の攻撃が覆いつくした。まるで空間そのものを削るかの如き礫鬼の攻撃は凄絶の一言に尽きた。凄まじい速度で空中を飛び交う音撃弦と音撃増幅球が、砕鬼と渇鬼の身体を切り裂き打ち据えんとする。すんでのところで辛うじて回避を続ける彼らであったが、その全てを避けきることはできず、次第次第にその身体にはダメージが蓄積していく。

「やばいねぇ」

 渇鬼が零す。彼の左腕に装備された盾である音撃鉦もその表面が大きく陥没してしまっていた。

「だがこの軌道!自分の懐まではカバーできないだろ!」

 砕鬼はその巨体に対し機敏な動きで攻撃を躱しながら礫鬼の音撃武器の軌道を観察していた。ある程度長さを持った綱で、両端の武器の軌道をコントロールする都合上、どうしても至近距離にはその刃を向けることができないのである。そう看破した砕鬼は、力士時代を彷彿とさせる低姿勢からのすり足で一気に礫鬼の懐まで急接近した。そして体重を乗せた突き手を繰り出す。

「馬鹿め……!この吾輩が最も得意とするのが白兵戦だと先ほど言ったばかりだろうが!鬼闘術・多位坦(たいたん)!」

 ふわりと礫鬼は飛び上がると砕鬼に向けてドロップキックを放つ。まるで岩盤さえ貫いて砕いてしまうほどの衝撃に砕鬼の巨体は吹き飛ばされ、音撃武器が作りだした破壊の渦に巻き込まれさらに遠くへとまるで紙屑の様に飛ばされてしまった。

「砕鬼くん!」

「よそ見している暇はないぞ、渇鬼。鬼闘術・割膚(わりはだ)!」

 ドロップキックの勢いで渇鬼に接近した礫鬼は、太い綱を握りしめたままの拳を渇鬼の顔面に見舞う。その巌のような拳が渇鬼の顔に食い込みそのまま力任せに吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた渇鬼は地面を転がりながら距離を取り、自らの顔を確認する。その様子は、まるで落石にぶち当たったような凄まじい衝撃を受けていた。

「……聞いたことがあるけど、鬼闘術の中には自らの肉体そのものを大きく変化させるものがあるらしいね。その類の技かな?」

「まさか、逆巻鬼の身体と同じような!?」

 攻撃を受け顔面の文様さえ砕けた自らの頬を撫でながら渇鬼は呟いた。その言葉に砕鬼は続ける。東北支部に所属する音撃戦士逆巻鬼は、全身から牙や爪のような鋭い刃物を生やし、攻撃全てが強力無比な斬撃と化す特殊な鬼闘術「爪牙自沐」を扱う。砕鬼は全身から刃を突出させた鮫の頭部を持つ異形の鬼を思い浮かべた。

「ご明察だな。流石一線に拘泥する鬼の知識は違う。吾輩の総身は鬼闘術・堅塊固硬(けんかいここう)により巌の硬さと強さを宿しておる。このようにな!」

 そう言い放つと礫鬼は岩石のような拳を路面のアスファルトに打ち付けた。すると、路面には無数の罅が入り、瞬く間に砕けていく。

「こいつ、地面を崩しやがった!」

 砕けた地面はそのまま重力に従い、森をなぎ倒しながら山の斜面を滑り落ちていく。もしこれだけの力が人々を脅かすために使われたら……。そう思うと砕鬼の心は穏やかではなかった。

「『象』の鬼共が象の式神を使うとは面白い。先にこちらから吾輩の獲物としてやろう」

 地面を滑り落ちる勢いに歯向かい、斜面の上に立つ自分向けて突撃せんとする濃色巨象を礫鬼は見下すと、両腕に音撃武器を繋ぐ綱を握りしめ跳躍した。飛び上がった礫鬼から投げ放たれた音撃増幅球は巨象の胴と足を縛り動きを封じる。そしてそのまま倒れた巨象の上に礫鬼はその音撃弦の重厚な刃を突き立てた。その音撃弦には音撃震「小町しぐれ(こまちしぐれ)」が既にセットされている。

「音撃斬・千巌磐嶽(せんがんばんがく)!」

 清めの音は、魔化魍を祓うために放たれる音であり、それが音式神のような無機物に対してはあくまで物理的な効果しかない。しかし、聴力を持たない音式神は、せいぜい鬼の変身アイテムから放たれる音に従いコマンドを実行するか、それか録音という形で音を知る程度だ。よって、今の礫鬼のように音式神に音撃を放ったところで、魔化魍の様に土塊として大地に還るなどということはない。本来は。

 それだけに、今目の前で起こっている現象に渇鬼と砕鬼は驚愕していた。礫鬼の音撃弦から放たれ、そして音撃増幅球により拡大された清めの音が、濃色巨象の総身に浸透し、その身体を粉々に砕いているのだ。

「渇鬼さん、あんなのあり得るのかよ!」

「まさか、純粋な『音量』だけでここまでの破壊を行うとはねぇ……!」

 例えば、声量に秀でたオペラ歌手がその歌声でグラスを破壊する、という技がある。この技自体はあくまで余興のようなものであるが、音は大気を伝わる「波」状のエネルギーでありそれ自体が物理的な特性を持っている。軍事目的でも音響に指向性を持たせて敵の動きを制限する音響兵器が開発されている。つまり、礫鬼の音撃はその音自体が持つ物理エネルギーにより音式神の物体構造そのものを破壊しているのだ。

 地滑りが落ち着き、砕け散った音式神の残骸を周囲に撒き散らしながら、礫鬼の音撃は終わった。

「所詮は作り物。呆気なかったな。さあ次は貴様らだ」

 堂々と立つ礫鬼が渇鬼と砕鬼を見下す。彼の手にした音撃武器がぶつかり合い火花を散らして見せた。

 

「何で、仄暗鬼と逆巻鬼が」

 暗がりから姿を現した仄暗鬼、そしてそれと相対するように立つ傷だらけの逆巻鬼を前に慄鬼は言葉を零した。丸腰の逆巻鬼に対し、仄暗鬼は右手に構えた音撃管だけでなく、その背中から生えた触腕にも音撃弦と音撃棒を握っている。

「いえ、本当に偶然というものです。私が直忠さんを『始末』せんと訪れた際に彼女が邪魔をするもので……。しかし驚きました。この私が今でもその目的を果たせず、挙句の果てにあなたのような抜群の援軍さえ来てしまった。慄鬼さん」

 滔々と語る仄暗鬼の口ぶりは、語る内容に反してまるで余裕そうであった。むしろ楽しささえ感じ取れる。

「直忠先生を始末……!なら、先生が掴んだ情報は本物。黒幕はあなた……?」

 慄鬼はその言葉に衝撃を受けながらも、あくまで冷静に言葉を返す。

「本当に優秀ですね……。私に勝って確かめてみては……。鬼幻術『くらがり』」

 そう言い放つと、仄暗鬼はまた戦闘実験場の暗闇の中へと消えた。その動きを警戒し、慄鬼と逆巻鬼は互いに背中合わせに構える。

「どうして逆巻鬼が戦わなくちゃ……!」

 慄鬼が言葉を零す。その背後に立つ逆巻鬼は肩を大きく上下させ、疲労を隠せずにいた。

「けど、直忠さん……人を守るために戦うのが私たちだから!」

 息も絶え絶えに返した逆巻鬼のその言葉に、慄鬼は仮面の奥に隠れた眼を見開いたが、その言葉に対し暗闇から仄暗鬼の声が返す。

「……全く、素晴らしい心構えです。おかげで逆巻鬼さんほど強力な鬼から私はまるで攻撃を受けていないんですよ」

 嘯くようなその言葉が戦闘実験場に響き渡る。その残響が慄鬼の身体に染みこんでいった。

「……逆巻鬼は普通の鬼、私たちと違って。それを……!」

 慄鬼の全身の筋肉がわなわなと震え出す。それに伴うように、彼女が両の腕に握った音撃弦「降三世」と「波濤」の切先が震える。彼女の全身からばちばちと雷電が漏れ出していた。

「先輩!」

 逆巻鬼の声よりも早く、慄鬼は部屋の暗闇向けて飛び込んだ。暗闇から剣戟音と共に無数の切先が煌く。そのどれもが暗闇に潜んでいるであろう仄暗鬼への攻撃だと、逆巻鬼には感じられた。逆巻鬼の周囲の闇から、音撃弦による怒涛の連撃の音だけが漏れ聞こえる。

「やはり気配を頼りに私を探し当てますね……。なら!」

「……十!身体を増やした。いや、触手!」

 慄鬼の身に伝わる気配が一から十に一挙に増えた。だが、それに臆さず慄鬼はその十の気配に向け、近い方から順番に斬撃を与えていく。飛び散る鮮血が床を赤く染める。

 だが、感じた気配全てを切り刻んだ慄鬼であったが、その腕に残る感触に違和感を覚えていた。その全てが鬼を攻撃したとしてはやけに手応えが軽い。周囲を警戒しながら慄鬼は逆巻鬼の方を振り返る。

「……仕留めきれてないか」

「違う先輩!十本の触手が生えてるのは本体からだ!もう一つあるはず!」

 そう逆巻鬼が叫ぶが早いか、慄鬼の胸部を数発の鬼石が貫いた。その勢いに彼女は吹き飛ばされ、壁に寄りかかるように倒れ込む。

「先輩!」

 慄鬼に駆け寄った逆巻鬼が彼女の身体を抱きかかえる。逆巻鬼の手のひらには、流れ落ちる血がべったりと塗りたくられた。

「……はぁ、慄鬼さん。この期に及んで私と戦うことを迷ってるんですか」

 暗闇の中から仄暗鬼がゆっくりと彼女らの前に姿を現した。その右手には音撃管・龍骨が握られている。その銃口を逆巻鬼の方に向けながら、彼は触腕を持ち上げ自らの傷の確認をする。その傷の数こそ無数と言っても過言ではなかったが、それも浅いもので、仄暗鬼が気を込めるとそれらはすぐにふさがってしまった。

「正確には私を『殺すこと』ですかね……。怯えているんですか、鳴鬼も神月鬼も殺しておいて今更」

「……鳴鬼と神月鬼って……!皐月会の那由多君の両親を先輩が!?」

「誰であっても指示があれば平和のために殺す。それが彼女たちの本当の姿、猛士の秘密組織『象』ですよ。もちろん、本来鬼が守るべき人間も例外ではない」

 仄暗鬼がくるりと、音撃管を手のひらで回して見せる。

「慄鬼さん。あなたが戦いたくないというなら私が変わって差し上げましょう。私が新たな『象』になり我々鬼に仇成す人間ことごとくを殺します。もちろん、邪魔をするならあなたたちも……」

 銃口をゆっくりと突き付ける仄暗鬼に対し、逆巻鬼が静かに、だが力強く言葉を発した。

「よくわかんないけど……先輩は何の考えも無しに戦う人間じゃない。私は知ってるんだ。御剣鬼の弟子と戦うことになっても必死で相手を助けようとした先輩、例え殺人犯でも魔化魍からかばおうとする先輩、魔化魍の被害者にも向き合おうとする先輩!」

「……だったら今、この私から自分を守ってみたらどうだ!」

 語気を強め激情を露にすると、仄暗鬼は触腕を大きく持ち上げた。それらには彼自身の音撃棒と音撃弦が握られている。

「音撃……!」

 今まさに、必殺の音撃を放とうとする仄暗鬼は、逆巻鬼ら向けて音撃棒と音撃弦を振り降ろそうとした。だが、その腕は二本の音撃弦によって遮られた。

「ありがとう、逆巻鬼。守ってくれて」

「先輩!」

「遅いお目覚めですね……慄鬼」

 音撃弦を握り仄暗鬼の触腕を持ち上げながら慄鬼が立ち上がる。力を込めるたびに彼女の胸からはどろりと血がこぼれ落ちていく。

「……はぁっ!」

 無理やりに触腕を薙ぎ払うと、慄鬼は音撃弦を地面に突き立てそれに寄りかかるようにして立った。その眼光は鋭く仄暗鬼が立っている方向を見つめている。

「仄暗鬼、あなたがここに出てきてるってことは証明。直忠先生の発見した敵の正体が正しいって事の。礫鬼と鬼灯鬼、そしてあなたを動かして『象』と自らに繋がる証拠を消そうとしている敵。今まで何十人も死んだ、そいつのせいで。もしここで止められなかったら、もっと大勢の人間が死ぬ。止めないと」

「ククッ、あくまで私の敵になるということですね……。ならばここで殺して差し上げます。あなたもそのつもりなら、今までのような甘さは捨ててかかってきてください」

 仄暗鬼のその言葉に、慄鬼は僅かに表情を緩めた。そしてその目線を部屋の上の方へと向け、何かをその目の端で捉えた。

「音式神とか、新型音撃武器の戦闘実験してるんだ、この部屋は。だから入ってきた扉以外にも部材とかを搬入するゲートがある、いくつか」

「それが一体、何だと」

「だから見せてあげる、ってこと。甘さを捨てた私」

 そう言うと慄鬼はその手のひらに気を集中させ、後ろの壁面を力強く叩きつけた。それが合図となったのか、部屋の内側の照明が点灯を始める。

「光が……。これで私の鬼幻術『くらがり』を封じたつもりですか?」

「いや、それだけじゃないよ」

 慄鬼が言葉を続けると、彼女の横にある壁面が突如開き、その内側から何かの塊が飛び出した。それらは飛び出した勢いのまま仄暗鬼に向かって突撃する。不意の攻撃を辛うじて防御する仄暗鬼であったが、その衝撃は大きく、部屋の中を吹き飛ばされてしまう。触腕を巧みに扱い姿勢を整え立ち上がった仄暗鬼は、自らに攻撃してきたそれを見やる。

「……まさか、完成していたのですか……!」

 それは金属質に輝く塊であった。ちょうどその質感は起動前の音式神に似て、得体の知れない文様があるところもまたそっくりであった。吃驚する仄暗鬼を前に、慄鬼は厳かに、宣言するように、言葉を放つ。

「……慄鬼、装甲」

 

―続―

 

・音式神・濃色巨象(コキイロキョゾウ)

 土着音撃組織「皐月会」の鬼たちの間で伝えられる、ディスクアニマルというサポートアイテムの一種。変身音叉などの鬼が変身に用いるアイテムを用いることで巨大化し、ディスク型から巨大な象を模した動物型へ瞬時に変形。同様の操作で命令を入力し、戦闘行動に用いることが可能。

 最高時速八十キロメートルを誇るスピードで走行し、魔化魍と戦う際には鋭い牙と巨大な鼻で攻撃を行う。

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