響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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二之巻「剣たりえぬ鬼」

 「峰 実尋(みね みひろ)」。二十四歳、男性。元猛士所属、中部支部所属の鬼「御剣鬼(ミツルギ)」門下のと金(鬼になるべく修行している弟子)。だが、鬼としての独り立ちを目前とした魔化魍との戦闘で負傷、師匠である御剣鬼も重傷を負い、未だ寝たきりでの生活を余儀なくされている。この戦闘後に実尋は鬼の弟子を辞め、猛士からも去った。その後は鬼の世界から離れ、別の職に就いている。

 というのが慄鬼が収集した彼の事前情報であった。そんな男がなぜ変身鬼弦を?そしてどうして「鬼」として変身を?今慄鬼の前に立つ実尋の変身体「御剣鬼」はギリシャ彫刻を思わせる隆々とした筋肉は黒く染まり、肩にかけては弦楽器のネックを思わせる形状の襷が締められていた。彼の師匠である御剣鬼と同じく音撃弦を扱う戦士としての特徴だ。頭部から伸びる一本の角は鋭く光り、まるでその名の通り剣のようだ。

「戦える……!俺は戦える!」

 うわごとを呟きながら御剣鬼は慄鬼に攻撃を仕掛ける。振り回される金属パイプの切先は鋭く、周囲に火花を散らせる。そしてその恐慌した御剣鬼の鬼気迫る連撃は非常に切羽詰まっており、慄鬼を後手に回らせていた。

「うへぇ、もっと穏便に済ませたかったかな」

 慄鬼は手にしたギター状の音撃武器「音撃弦・降三世」を巧みに扱い御剣鬼の攻撃を避ける。弾かれた金属パイプが火花を散らし、路地のビル壁に傷をつける。幾条にも刻まれた戦闘の痕に気づき、慄鬼は歯噛みした。

「あんまり目立っちゃいけないのに、私たち」

 そう言うと慄鬼は自らの眼前に迫る金属パイプの切先をその手で掴み握りしめる。彼女の鍛え上げれた握力はパイプをたやすく拉げさせ握りつぶした。そしてそのまま御剣鬼の身体を引き寄せる。

「!?」

「皐月式・鬼投(さつきしき・おになげ)」

 慄鬼はその腕で御剣鬼を捕縛し、そしてそのまま巧みな重心移動を用いて宙に力強く放り投げた。御剣鬼は何をされたか分からないまま上空を舞い、そしてそのまま雑居ビルの屋上に墜落した。背面をしこたま打ちつけた御剣鬼はその衝撃に悶える。苦痛に瞑っていた目を開いた御剣鬼は、瞬間、自らめがけ迫る音撃弦の切先を捉えていた。間一髪、身体を転がし慄鬼の追い打ちを逃れる御剣鬼。音撃弦の一閃は、屋上のコンクリートに深々と突き刺さっていた。難を逃れよろよろと立ち上がる御剣鬼に慄鬼は不快そうな表情を隠せない。

「本当に引退した鬼?良すぎる、動き」

 慄鬼は音撃弦を地面から引き抜くと、その切先を御剣鬼の方に向け睨みつける。だが、その言葉を聞き御剣鬼は慄鬼を見ると、その目鼻のない顔でにやりと笑った。

「俺が、強い?俺は強い!強いんだ!」

 狂暴に叫ぶ御剣鬼。その声色は並大抵のものではない。まさに狂喜乱舞。先程までの追い詰められた様子からの変貌を、慄鬼は冷ややかな目で見る。

「錯乱してるな……落ち着かせなきゃ、一回」

「いや、俺は狂ってなんかない!」

 御剣鬼が吠えたてる。その口は大きく開かれ火の息が噴き出していた。すると精神の昂りに呼応するかのように全身に異様な文様が現れ始めた。

「……?鬼文字?」

「俺は強いんだ!この力があれば師匠の代わりに戦える!」

 全身の文様が光り輝くと共に、御剣鬼の全身が不気味に脈動した。全身に太い血管が現れ、目にも見えるほどの凄まじい勢いで血液を循環させる。循環が一層激しくなると共に、御剣鬼の全身は高熱を帯び周囲に陽炎を立ち昇らせる。それだけではない。御剣鬼の周囲に漏れだした熱が実際に燃え盛る炎として形象化し始めた。

 

 不意に、ぎゅうと御剣鬼の全身が引き締まる。先程までふらふらとしていた立ち姿とは対照的に、すっくと立ちあがったその姿。その全身の隅々までにははちきれんばかりの力がみなぎっている。露出した口は歯を食いしばった表情を浮かべ、全身を巡る力を逃すまいとしているようだ。そして何よりも特徴的だったのが、先程まで文様の浮かんだ黒い肉体が、火炎を思わせる真紅の姿に変貌していた。

「『紅』かな……?心身を鍛え己の力を極限まで高めた鬼がさらに変身する姿の内、特に炎の気を持つ鬼が変身する姿……」

 音撃戦士はその肉体を変じ魔化魍と戦う際の力の拠り所を大自然のエレメントに求める。例えば、炎、風、雷、大地など……そしてその気を高めることでその属性を宿した鬼闘術や鬼幻術などを扱うことができる。そして心身を一層鍛え抜くことで、体内の気を最大限まで高めた強化形態への変身能力を獲得できる。そうした強化形態の中でも「紅」と呼ばれる全身を真紅の姿に変えた姿は、特に炎の気を持った鬼が変身できる形態と言われている。例えば、慄鬼と同僚の「象」であるカッキが、同様に「渇鬼紅」という強化形態を有している。

 

 だが、慄鬼はあくまで御剣鬼の変貌を冷静に観察する。そもそもこうした強化形態へと至る鍛錬は並大抵のものではない。非合法活動を主任務とする「象」に所属する慄鬼は、広範囲の情報網を持ち音撃戦士の記録にも詳しいが、だが今現在強化形態への変身能力を有する鬼は、日本全国津々浦々に百人以上いる鬼の中でも、各支部に一人か二人いるかいないかという一握りの存在だ。それも肉体的、精神的にも脂ののったベテランの鬼たちだ。つまり端的に言うと、鬼としての独り立ちもできていないはずの、目の前の鬼「実尋変身体」が成れるようなものではない。

「疲れるでしょ、それ。早く解きなよ」

「嫌だ!俺はお前を倒す!お前みたいな『鬼』を倒せれば魔化魍だって倒せる!師匠だって喜ぶはずだ!そのためには何だって……!」

「……へー?そこまでして何で鬼を倒したいの?」

 狂乱する御剣鬼に慄鬼は鋭く尋ねる。その口調は冷徹なものだった。その問いかけに御剣鬼は混乱したようであり、先程までの口調が落ち着いた。

「何でって……そうすれば戦えることが証明できて、師匠の役に立てるからだ。鬼でも人でも何でも、自分の力を示すならとあの人が……」

「あの人?それは誰?」

 問いただす慄鬼だったが、口を開こうとした御剣鬼の全身をまた先程の異様な文様が覆う。そして先程まで発言していた口を縫うように覆い隠した。そしてまるで文様が御剣鬼の身体を動かしているように不自然な動きをすると、慄鬼に対し臨戦態勢を整え向き直った。

「沈黙、それにその様子……セーフティ?」

 全身の文様に支配された御剣鬼の様子には先程までの恐慌はない。むしろ今の姿は内側に熱を湛えたまま力強く輝く日本刀のようだ。熱を帯びて頭上の一本角が煌くその様子は今までよりよっぽど「御剣鬼」の名にふさわしい。

「実尋君は変身時に岩に覆われていたし『紅』は無いと思ったけど。外部干渉を考えるのが妥当だよね」

 御剣鬼は両腕に拳を作り、そこにゆっくりと力を込める。すると手の甲から鋭い刀のような爪が四本飛び出した。「鬼闘術・鬼爪(きとうじゅつ・おにづめ)」だ。そしてその拳を握りしめたまま、御剣鬼は中腰に構える。いつでも戦えるぞ、そう言いたげだった。

「人でも何でも、か」

 慄鬼がそう呟く声は、しかし確かに怒気をはらんでいた。

 

 先に動いたのは御剣鬼の方だった。握りしめた拳から伸びた鋭い鬼爪は、その見た目以上の切断能力を持ち、屋上に転がっていた用具コンテナや廃ロッカーの壁をたやすく切り裂いた。そのむき出しの殺意が慄鬼に襲い掛かる。

 だが、慄鬼の動きはまるで風にたなびくようで、御剣鬼の切先は彼女をまるで捉えることができない。なればと、御剣鬼が拳に一層力を込めれば込めるほど、その攻撃は空を切った。

 そのからくりはなんてことはない。単に慄鬼が御剣鬼の攻撃に対し回避に専念しているだけなのである。最もその様子には細心の注意を払い、大きな隙を見せたらすぐに反撃できるように警戒しながらであるが。「紅」のような強化形態は強力な力を発揮できる分体力の消耗も大きい。時間内に相手を仕留めきれなければ自らが窮地に陥る諸刃の剣なのだ。慄鬼は相手の体力の減少を狙い、隙を見せることをじっくりと待っていた。

 だが、それを分からない御剣鬼ではない。息もつかせぬ連撃を見舞い、慄鬼を追い詰めようとする。全身の熱気が最高潮に達し、御剣鬼は周囲全方向に強烈な火炎を放った。逃げ場のない攻撃に流石の慄鬼も防御態勢を取る。その隙を見逃す御剣鬼ではない。全身から炎を吹き出したまま、両腕の鬼爪を構え慄鬼に突撃する。

 鬼爪が慄鬼の身体に触れる。瞬間、爆発が起こり周囲を熱風が包み込む。高熱が屋上の資材を燃やし溶かした。噴き上がる爆風と黒煙を前にし、構えを解いた御剣鬼は勝利を確信し、御剣鬼の口角を包んでいた文様がわずかに消え、口を開いた。

「……初めて何かを倒せた。俺は戦えるんだ……!」

 だが、爆炎の中からゆらりと立ち上がる黒い影があった。その影を驚きながら御剣鬼は睨む。燃え盛る炎を払うように現れたのは慄鬼だった。その筋肉は焦げ付き、角も高熱を受けわずかに溶けている。火傷をさすりながら慄鬼はゆっくりと体勢を整え御剣鬼を見据えた。その立ち姿は先程までと何ら変わりはない。手傷こそあるものの、慄鬼には殆どダメージはないようであった。

「経験不足の雑魚だと思って油断した。けど、本当に経験不足の雑魚ね。ちゃんとした『紅』の攻撃を受けてたら死んじゃってたかも」

「……!」

「つまり偽物の強化形態って事だよ。こんな過ぎた力、どこで手に入れたのかな」

 慄鬼の挑発めいた言葉を受け、御剣鬼は身体を怒りをこらえるように震わせる。そしてその様子を確認しながら、慄鬼はさらに言葉を繋げた。

「実尋君、君に言ってるんじゃないよ。聞いてるでしょ、私の声」

 その言葉が最後のきっかけとなったのか。御剣鬼の全身の震えは止み、再度全身を文様が包み込んだ。一層全身が妖しく脈動したかと思うと、御剣鬼は慄鬼に向かい一気に飛び出した。紅の潜在能力を限界以上に発揮したその挙動に全身の筋肉は悲鳴を上げ骨はきしむ。この場で慄鬼を始末できればそれでよい。それほどの気迫を感じる一撃であった。

 だが、御剣鬼のその攻撃を前に慄鬼は手にしていた音撃弦を傍らに置いた。そしてまるで御剣鬼の突撃を受け止めんばかりに構える。

「魔化魍じゃない君には音撃を使うまでもない。あくまで人として倒す」

 慄鬼の前に業火を身に纏う御剣鬼が迫る。その両腕に生えた鬼爪を用いた諸手突きに全体重を乗せ、まるで全身を一振りの日本刀のように鋭く構え、その一刀で慄鬼を葬り去るつもりだ。だが、その燃え上がる熱気にも、突き刺すような殺意にも慄鬼は動じない。ただ一回の深呼吸。その一呼吸で彼女はその身に充分に大自然の力を借り受けた。

「皐月式・鬼蹴(さつきしき・おにげり)」

 突撃してくる御剣鬼の身体にカウンターで放たれた慄鬼の回し蹴りは、まるで吸い込まれるように御剣鬼の側頭部を捉え、一撃で蹴り飛ばした。衝撃を受け吹き飛んだ御剣鬼は屋上の壁面に叩きつけられ蜘蛛の巣状のひび割れを生じさせた。舞い上がった煙の中から、変身を解かれ裸体となった実尋が地面に倒れ込む。ゆっくりと慄鬼は彼に近づき、その様子をうかがう。不意に彼女は屈み、実尋の身体をよく観察した。鬼の時の姿と同様に全身に文様が刻まれたその肉体を慄鬼はじっくりと見る。

「……よし、生きてる」

 鬼の優れた感覚が、実尋のわずかな心音と呼吸音を捉えた。彼は意識を失い昏倒しているようだが、まだ生きている。その姿に慄鬼は小さくガッツポーズをした。敵に繋がる貴重な情報源というのもあるが、鬼を討つという彼女の任務の中においても、単純に命を奪わないで済むことに越したことはないのである。失われてよい命などない。できる限り生きて罪を償うべきだ、というのが彼女の考え方、そしてカッキやクダキなどとも共有している考え方だ。

「信じたから、私を倒せたら初めてって君の言葉。もしそうじゃなかったら始末したけど」

 そう呟くと慄鬼は僅かに気を緩めた。だが、その瞬間実尋の全身を包む文様が再び脈動し、彼の周囲を「紅」の時同様の火炎が包み始めた。

「まずい、口封じ!実尋君ごと証拠を焼き尽くして隠滅する気だ!」

 慄鬼がそう言う間にも火炎の勢いは増し、実尋の身体を燃やさんと火の手を彼の肉体に絡める。それだけは避けなければ。せっかく救った命、みすみす失ってたまるか。そう心に念じ、慄鬼は炎の中に手を伸ばした。

「イチかバチか……!」

 慄鬼は全身の気を高め手に集中させた。彼女の指先から雷撃がばちばちと漏れ出る。そしてその掌底を力強く、そして優しく実尋の身体に打ち付けた。慄鬼の掌が実尋の身体に触れると、その表面を雷撃が嘗め尽くした。そして全身に刻まれた文様に反応すると、それを抑えつけるように黒く焼き焦がした。

 慄鬼の雷撃が全ての文様を焦がし尽くすと、実尋を包んでいた炎は止み、周囲には静寂が広がった。そこに至りようやく慄鬼は全身の緊張を解放し変身を解いた。その姿は全裸ではない。元々纏っていた喪服姿だ。通常、鬼に変身する際に生じる強大な気の奔流により、それまで身に纏っていた衣服などは吹き飛んでしまう。そのまま変身を解除してしまうと、実尋のように全裸になってしまう。だが、慄鬼のような熟達した鬼は変身解除後も衣服を復元できる技術を習得している。

 しかし復元できるのは衣服までで、肉体的な疲労までは復元できない。オノノキの髪は乱れ汗で額に張り付き、顔の汗がアイシャドウを滲ませている。前髪をかき上げると、オノノキは懐から携帯電話を取り出した。

「……カッキさんですか。先程の件ですが解決しました、対象も無事です」

 電話の相手はカッキであった。温泉から上がっていたようでありすぐに電話がつながった。その声色は柔らかなものであった。

『そうかい、無事かい。そりゃあよかったねぇ。オノノキちゃんも急対応お疲れ様』

「いえ、今回はたまたま運よく対象と出くわしたので。それと……」

 そう言うとオノノキは周囲をぐるりと見まわした。その目に映るのは床や壁などあちこちがひび割れ焦げ付いた屋上の姿。その有様はまるで廃墟のようだった。

「後で始末書を提出します。弁償の準備も」

 そう言うとオノノキは深くため息をついた。今の戦いで生じた被害を弁償する必要があり、それについて始末書をこれから書かなければならないのである。そのことを思うと気が滅入る。師匠である重蔵先生ならもっとクレバーにできるだろうなぁ、とオノノキは周囲を確認しながら考えた。そしてその瓦礫の中に横たわる実尋の顔を見た。

「タイプじゃないけど、人ひとり助けた分良しとするか」

 

 目を覚ますと、知らない天井だった。内装からすると病院かどこかのベッドに寝かされているらしい。寝返りを打とうとしたが何故だかうまく体を動かせない。少しずつ見えるようになってきた目で周囲を確認すると、自分の手足に何かベルトのようなものが巻きつけられ、身動きが取れないようになっていた。数度、力を込め拘束から逃れようとするが、がっちりと固められた拘束から逃れることはできなかった。そして、全身に力を込めたことで、少しずつ感覚が戻ってくる。ひりつくような火傷の痛みが全身を苛んだ。

「気分はどう?覚えてる、私のこと?」

 頭上から、声を掛けられた。冷たい口調をした女の声だ。その声がしてきた方を見ると、自分の顔を覗き込む暗く鋭い瞳と目が合った。そこから醸し出される恐怖感に否応なく生唾を呑み込んだ。

「……あ」

「覚えてるね、その感じ。私が怖いのかな?安心してよ。今日は優しいおじさん連れてきたから」

 眼前の不吉そうな喪服姿の女は口角を歪めると顔を放し、部屋の奥の方に手招きした。そうするとそちらから一人の男が歩いてきた。女と同じく喪服姿だ。だが日焼けした顔にタオルをねじり鉢巻きのように巻いた姿は、参列者とは思えない。幾重にも刻まれた皺と髭面が特徴的な顔がこちらを向くと、優しく微笑んだように見えた。

「実尋君だねぇ。話は聞いてるよ。ボクはカッキ。君の師匠と同じ『鬼』さ」

 カッキと名乗ったその男は、そう言うとこちらの顔を覗き込んだ。

「ミツルギ君でしょ、君の師匠。前によく一緒に酒を呑んださ。あの頃は懐かしいねぇ。君の話をよくしてた。いい弟子だって」

「師匠は……俺のせいで」

 そう口を開いた。すると、顔が何だか熱くなり、目から液体が零れ落ちた。

「おっ、俺は……!」

「大変だったろうねぇ。もう大丈夫だ」

 カッキはそう言うと自分の身体をがっしりと抱きしめた。彼の服に涙が染みを作る。しかし彼はそんなことをまるで気にせず自分を抱きしめてくれている。その姿に師匠のことを思い出し、俺は思わず声を上げて泣いた。

「ボクたちは、最近君みたいな引退したけどまだ鬼になってる人たちのことを調べてるんだ。知ってること、教えてくれるかな」

 カッキが耳元で囁く。その言葉に俺は泣きながら頷いた。

 

「おおむね、こちらの推論どおりでしたね。末端の構成員にはそれほど有益な情報がない。巧妙に隠していますね、姿」

「そうだねぇ。けど、敵の手駒を手中にしたのは今回が初めてだ。鬼文字の使用に未熟な鬼への強制的な強化形態の発現。これで今回の案件には確証をもって他の『象』さんたちも動けるねぇ」

「ですね」

 夕日が差し込む病院の待合室の中でオノノキとカッキは話していた。先程まで実尋の病室で彼から情報収集を行っていたが、おおむね推論どおりであり、有益な情報は得られなかった。だが、情報を得たということそのものが有益であった。これまで多発していた堕ちた鬼たちがすべて別々の事件ではなく、大きな一本の事件の線上に乗る。その情報だけでも十分であった。すなわち、既に鬼としては戦えない者たちの心の闇に漬け込み、彼らを手駒として鬼を用いた犯罪を手引きする存在が彼らの背後にいる。しかもそれはオノノキら以上に「鬼」を熟知した存在なのだ。

「それで、実尋君はこれからどうなるのかな?」

「今後、猛士の監視が付きます。変化があればこちらに連絡が」

「そりゃあありがたいねぇ」

 そう言うとカッキは手にしていたブラックコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱へと放り投げた。綺麗な放物線を描き空き缶はゴミ箱に入る。それを見ると、カッキはオノノキに向け口を開いた。

「実尋君は、独り立ち直前に魔化魍に負けて師匠もやられた。それが怖かったんだねぇ。その恐怖心に負けて鬼を辞めた。だけどその自分に負い目もあり、戦えるものから倒していけばいい、弱いものから倒して自信をつければいいって囁かれたんだねぇ」

「……ひどい話です。最初に戦ったのが私だったからよかったものの」

 オノノキが手にするホットコーヒーがその言葉に僅かに震える。敵は、魔化魍が倒せないならまずチュートリアルとして人間を倒して自信をつけてみろと実尋のような人々に吹き込み、犯罪を起こさせている。そうした行為を果たして許すことができるだろうか。いや、できない。オノノキの目は暗く、眉間には皺が寄っていた。その姿にを見て、カッキは声を掛けた

「オノノキちゃん。最近は大変な仕事に出ずっぱりだけど、本当にありがとう。助かってるよ」

 表情を緩めたカッキはそうオノノキを褒める。その言葉にオノノキは照れたように目線を逸らした。

「そ、そう言ってもらえると、これからの仕事も励めるもの」

 オノノキもコーヒーを一息に飲み干そうとするも、気道に入りむせてしまい大きく咳をした。その様子にカッキはハハッと笑い声をあげる。何度も咳をしてようやく呼吸を落ち着かせたオノノキは、ふと疑問を口にした。

「そう言えばカッキさんは実尋君の師匠『御剣鬼』さんと知り合いなんですか?教えてくれればよかったのに、もっと早く」

 オノノキの質問に、カッキは少し考える様子を見せた。そしていつもと変わらない笑顔で話す。

「さぁ、ボクは友達が多いからね。どこかで会ったことはあるんじゃないかな?」

 そう話すカッキの様子はまるで変わらないものだった。

 

 

 

「……そろそろ誰か感づいたころだろう」

 山間に立つ巨大な屋敷を月明かりが照らしていた。その庭の中で一人の老人が盆栽の剪定を行っていた。大きくたくましく育ったそれは月明かりを受け神々しささえある。老人はその枝を一本取ると、ばつん、とその枝を鋏で切り取った。

「盆栽というのは、切られることで美しさを増す。百年二百年と生きた木の命から『余分』を切り取ることで、より優れた物へと変化していく。そのようにして残された最後の部分は、まさしく美しさの結晶だ」

 さらにもう一本、老人は枝を切り取り、それを傍らに投げ捨てた。

「ワシはこれを人の世で行ってみたい。言っている意味が、分かるな?」

 老人は盆栽の剪定を終え、屋敷の中に戻りながら言う。その庭に面した座敷の中には無数の鬼たちがあふれんばかりにひしめき合っていた。

 

―続―

 

・実尋変身体(音撃戦士御剣鬼)

 身の丈(身長):6尺9寸(210cm)

 目方(体重):43貫(161kg)

 特色/力:鬼として鍛え上げられた身体能力、強化形態『紅』への強制変化

 元、音撃戦士御剣鬼の弟子である「峰 実尋」が変身鬼弦から放たれる特殊な音波をキーにして自身の肉体を変化させた姿。黒い体色に鋭い一本角、銀色の隈取が特徴。

 実尋が鬼としての独り立ちを終えていないため、その戦闘能力自体は決して高くはないが、一般人を相手にするには十分すぎる身体能力を誇る。また、十分に鍛錬を積んだ鬼にしかなれないはずの強化形態「紅」への強制変化能力を有する。

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