響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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二十一之巻「震わす龍王」

 「鬼」と呼ばれる音撃戦士の顔には目鼻がなく、代わりに隈取を思わせるものが顔を覆っている。そしてその額には黄金の鬼面が出現し、そこから生えた角が鬼としてのシルエットを模るのだ。

 しかし、この鬼面については様々な研究がなされている。例えばその鬼面が顔面全体を覆うほど発達する事例や、そもそも鬼ではなく別の動物の形状を取っている事例、などがある。具体的な事例として、戦国時代に活躍した鬼には鬼面ではなく様々な動物の面があるといわれ、現代でもその系譜を残す音撃戦士「鐵葉鬼」も額に牛の面があったという。また発達した鬼面についても、初期の「象」として活躍した鬼の中に鬼面が肥大化した鬼がいたという記録が残っている。

 

「……これが『鬼』?」

 しかし、そうした記録に精通するオノノキにとっても、今目の前に立つその鬼、末那識鬼の姿は類を見ない異形であった。おそらくは自分たちと同じように変身前の衣服を変形させ下半身の袴としており、露わになった上半身には強いエネルギーを循環させる極太の血管状の装飾が、鋼のように隆起する筋肉に沿って張り巡らせられていた。ここまでは、鍛錬の果てにその身を変じた異形といえばまだ通じるものであった。

「……ッ」

 その鬼の顔を見たクダキが思わず息を呑んだ。末那識鬼の顔には目鼻が無かった。否、その目は「鬼面」であった。耳も鼻も口も、その全てが「鬼面」であった。本来それらの感覚器官があるべき場所に鬼面がすっぽりと収まっていたのである。二つの目に二つの耳、そして鼻と口、合計六つの鬼面が、末那識鬼の顔にはあった。鬼面から伸びる角はお互いに寄り添い合いより太い角となり天に伸びていた。

「なるほどねぇ……。もう『鬼』を通してしか、世界を識りたくないって事か」

 生きる伝説であった真人が変身した、そのおぞましい姿を見てカッキはぼそりと呟いた。その言葉に六つの口が笑うと、十二個の目が歪んだ。

「そうだ。ワシは『鬼』だ。人間や他の何よりもまず『鬼』なのだ」

 末那識鬼は力を確かめるように両の手のひらを打ち合わせた。そして自らに食われた鬼たちの怨念により形作った結界「大日遷化(だいにちせんげ)」と意識を同調させる。

「ワシは自らの行いが間違っているとは思わん。悩める鬼たちに手を差し伸べ、それに叛き歯向かう存在を伐採する。だからこそ礫鬼や鬼灯鬼らを放った。今の『象』の鬼たちは必ず敵になると確信していたからな」

 すでにオノノキたちは各々の変身道具を構えていた。それを見止めながら、末那識鬼は続ける。

「だが、彼らの失敗にワシは正直憤っている……。やはり、ワシが作る鬼の世に逆らう君たちは排除すべき存在だ。ワシ自身のこの手で」

 末那識鬼が力をさらに込めると、拳が震えながら輝き始める。その光が高まった時、末那識鬼はその手をぱっと開いてオノノキらの方に向けた。

 瞬間、腕を伸ばした直線上にあったものが吹き飛ばされ、大きな土煙を上げた。

 

「ほう……?」

 土煙が晴れると、そこには三人の鬼が立っていた。雷撃に、磁界に、火炎に包まれ変身を遂げた音撃戦士慄鬼、砕鬼、渇鬼がそれぞれ臨戦態勢となり構える。

「覚悟はいい?二人とも」

「もちろんだぜ。最強の相手だ」

「決戦、だねぇ」

 砕鬼は礫鬼との戦いで破損した音撃櫃に変わって音撃管を、渇鬼は腰の装備帯から予備の音撃鉦と音撃槌を装備した。

「慄鬼、装甲」

 そして慄鬼は変身鬼弦を再度鳴らすと、呪術により転送された装甲をまとい装甲慄鬼へと姿を変えた。式神に組み込まれた魂と思考を同調させると、無機質な鎧に刻まれた文様が光り輝いた。

 相対する末那識鬼も戦闘準備を整えた慄鬼たちを観察していた。

「多少は殺す気で放ったが……。やはりどこかで君たちを過小評価していたのかもしれんな、ワシは」

 そう吐き捨てた末那識鬼だったが、その口角を僅かに吊り上げていた。両腕を大きく広げながら精神を統一していくと、その手のひらを力強く打ち合わせて合掌し、一気に全身に満ちる気を高めた。

「殺らいでかッ!まつろわぬ鬼!」

 その言葉と共に、末那識鬼は慄鬼たちに向け飛び掛かった。

 

「喰らえッ!」

 空中に飛び上がった末那識鬼めがけ、砕鬼がクイックドロウを放つ。しかし音撃管から放たれた圧縮空気弾を末那識鬼はその手で叩き落して見せた。

「何ッ!?」

 驚く砕鬼の目の前で末那識鬼はその手を大きく振り上げる。その開かれた掌底は低い音を放ちながら再度光り輝いていた。

「末那式・法我襲(まなしき・ほうがしゅう)……」

 円弧の軌道を描きながら力を乗せて振り下ろされる掌底に対し、砕鬼はすんでのところで身を躱す。空を切らんとした掌底だったが、末那識鬼はその手のひらを砕鬼の方へと向けた。

「恒(ごう)!」

「ぐおっ!」

 末那識鬼の声と共に、掌底そのものから身を躱したのにも関わらず、砕鬼の身体を強い衝撃が襲った。そのダメージに砕鬼は思わず大きくよろめいた。

「砕鬼くん!」

 地面に着地し握りしめた手のひらに光を隠した末那識鬼に向け、渇鬼が盾を構えながら突撃する。対する末那識鬼もステップを踏み渇鬼の突撃に備えた。

「たあっ!」

 勢いを乗せた盾の突撃を末那識鬼は身を反らし回避する。だが、傾けた視界に映ったのは自らの顔面向けて迫ってくる渇鬼の音撃槌だった。煌めく鬼石の軌道が末那識鬼を捉えている。

「軌道を盾で隠して!」

 寸でのところで音撃槌を受け止める末那識鬼。その手のひらから硬い音が鳴り響く。攻撃を受けながらも後ろに飛びのき衝撃を殺した末那識鬼は、そのまま渇鬼から距離を取った。

「忘れてない?私の事」

 その空中から、外付式自在可翔翼・星巡の翼を展開させた慄鬼が音撃弦を構え、末那識鬼向けて襲い掛かった。

「上かッ!」

「!」

 空中を見上げた末那識鬼は、迫る音撃弦の切っ先をその両手で白刃取りする。だが、装甲化され重みが増した音撃弦の斬撃に、末那識鬼は膝を曲げて耐える。

「……何、この感じ!?」

 不意に、慄鬼の腕に音撃弦のネックを通して異様な震えが届いた。このまま握られていては何かがまずい。そう直感した慄鬼はその手の甲から鬼闘術・鬼爪を展開し末那識鬼を狙った。

「鬼爪か」

 不意を突いた鬼爪に、末那識鬼は音撃弦ごと慄鬼を渇鬼向けて勢いよく投げ飛ばした。宙を舞う慄鬼の勢いを渇鬼は殺しきれず、背中から地面に倒れ込んだ。

 

「お見事」

 拍手しながら末那識鬼は慄鬼らを見下す。その手のひらはまた次第に輝きを増していた。いや、地面に倒れる形の姿勢となった慄鬼の視点から見ると、先程までは袴で隠されていた足元も同様に光を放っていた。その様子を慄鬼は観察する。

(足も光って……。それに何の音……?どこかで聞いたことあるような)

 装甲化して通常の鬼以上に高められた知覚能力が、末那識鬼の方から響く何かが唸るような低い音を捉えていた。

「しかし、この程度では終わらないだろう?」

「ああ、そうだねッ!」

 いち早く起き上がった渇鬼が、音撃槌を振り上げ末那識鬼に迫った。その動きを末那識鬼はステップを踏みながら待ち構える。その度に、足元の光は増していった。

「末那式・人我蹴・審(にんがしゅう・しん)!」

 カウンター気味に放たれた上段回し蹴りが輝く軌道を描き、渇鬼の肩に命中した。横に倒れるように吹き飛ばされた渇鬼が傷を確認しようと肩に手を伸ばすと、そこにあるはずの鎧状の装飾がまるで削られたように吹き飛んでいた。

「……変な攻撃だ」

「変とは何だ」

 残心しながら末那識鬼は蹴り上げた脚を下ろした。その足の光は先程と比較し大きく減衰していた。対して、その手のひらの輝きは残ったままだ。

「注意、しないと」

 そう呟いた慄鬼は、感覚器官を集中させ、末那識鬼の光る手足に集中した。仄暗鬼の全身全てを知覚した時のように、末那識鬼の全てを知覚するのだ。

「そんなにワシを見たいか。……高くつくぞ」

 だが、その考えを察知したか、末那識鬼は次のターゲットを慄鬼へと定め一気に距離を詰めようとした。一歩、また一歩と大地を踏み込む末那識鬼。

 だが、彼の背中を鋭い衝撃が襲った。その衝撃に振り向いた末那識鬼の目に、音撃管の引き金を構えながら突撃する砕鬼の姿が映る。

「死角からならどうだ!」

 力強い勢いそのままに、砕鬼が末那識鬼を潰すように押し倒す。体重差はおよそ五倍。倒れてしまえば、そのまま圧し潰せる。そう確信した砕鬼は、末那識鬼の身体に馬乗りになり、その顔面向けて強烈な張り手を見舞った。その張り手の雨を末那識鬼は両腕を顔面の前で構えて防御する。

「砕鬼くん!接近はヤバイ!」

 だが、優位に見えた砕鬼の姿を前に渇鬼が叫んだ。打撃を受けるたびに、末那識鬼の両腕は光を増していった。

「末那式・法我襲・恒」

 あえて防御の構えを解いた末那識鬼は、首を傾けることで砕鬼の張り手を躱した。その代わりに突き出される末那識の掌底が吸い込まれるように砕鬼の胸部を襲った。

 瞬間、砕鬼の巨体が飛び上がった。大きく仰け反った胸元の管楽器を模した装飾はボロボロと崩れるように砕けてしまっている。そのまま地面に叩きつけられ倒れ伏す砕鬼を背に、末那識鬼はゆらりと立ち上がり大きく深呼吸すると、渇鬼ら向けて構えた。

「見たかったのは、これだろう?」

 前後に開いてリズムを刻むように跳ねる両脚、顎ほどの高さに備えられた両腕。そして緩やかに開かれたその手のひらの中には「鬼の顔」が顕れていた。末那識鬼が手のひらを打ち鳴らすと、その内側の鬼面が輝いて見えた。

 

 倒れた砕鬼にさらに攻撃を加えんと、一歩、また一歩と末那識鬼が近づいていく。その度に彼の足元も光を増していった。だが、慄鬼の耳には、末那識鬼の足音以外の何かが唸る音がかすかに聞こえていた。

「鬼幻術・電鎖縛(いなづまさばく)」

 末那識鬼の背中に電流が走る。それに驚き振り返る彼の目の前に、雷電で模られた無数の鎖が襲い掛かる。両腕を構え防御しようとする末那識鬼であったが、それらの鎖は彼ではなく、倒れた砕鬼に絡みつき、その巨体を運んだ。

「重た」

「重いことが俺の取り柄なんだよ。けど助かった」

 転がりながら態勢を整えた砕鬼は慄鬼と共に音撃管を構える。その照準は末那識鬼の顔面に真っすぐ向けられている。

「末那式・法我襲・恒」

 その狙いに気づき振り返った末那識鬼はそう言うと、軽く空間を突いて見せた。瞬間、わずかに空間が歪んで見える。何かヤバイと直感した二人は、大きく横へと転がった。

 瞬間、末那識鬼の拳の先から強烈な衝撃が真っすぐ襲い掛かる。それは地面に着弾すると轟音と共に大きな土煙を上げた。寸でのところでその攻撃を回避した彼らは煙に紛れ隠れた。

「……ワシの家を」

 そう毒づいた末那識鬼だったが、不意に大きくよろめくと膝に手をついた。

「ちと動き過ぎた……。結界と同調して回復せねば」

 疲労に肩を上下させる末那識鬼。いかに大量の鬼を喰らい自らの血肉を強化してもなお、手練れの鬼狩りとの三対一との戦いはエネルギーを大きく消費させていた。

 

「しっかしヤバイね、龍王」

 壁の影から末那識鬼をちらりと見た渇鬼がそう呟いた。口調こそ普段通りだが、そこに余裕はない。

「何だと思う?あの攻撃?」

 そう尋ねる渇鬼に答えたのは砕鬼だった。

「……清めの音だ!この波長の感じは清めの音と同じだ」

 胸を押さえそう言った砕鬼に対し、慄鬼はその言葉に合点した様子を見せた。

「やっぱり。じゃああの手足の輝きは鬼石の輝きだと思う」

 顔を見合わせて情報を確認しあう慄鬼と砕鬼に、渇鬼がよく分からない様子で声をかけた。

「ちょっと待って、二人で進んでるけど、つまりどういうことだい?」

「末那識鬼は手足に鬼石を埋め込んでいて、そこから出る清めの音を攻撃に転用してる、ってこと」

「え?そんなこと可能なのかい?」

 確信めいて語った慄鬼に対し、渇鬼はその意味をまるで理解できていないようだった。音撃武器に欠かせない素材であり魔化魍を清める音を放つ特殊な鉱物「鬼石」。それを肉体に埋め込むなど、一体どういうことなのだろうか。

「古文書に出てくるような大昔の鬼がやった方法みたい……。まだ音撃という分野が未開だったからあらゆることを試した時の産物、らしい。後の世にそれに憧れてやった鬼もいたらしいけど、まさか龍王がそうなんて」

「つまり『真坂見 真人は改造人間である』ということか……?」

 渇鬼の言葉に慄鬼は無言で頷き肯定した。そこで砕鬼が続ける。

「楽器的に言えば『ボディパーカッション』だよな?アレ」

「多分そう。理屈は一部の鬼が使うコンガとかカホンと同じ。アレの鬼石を内蔵したグローブが本人の手足ってだけ」

「流石慄鬼ちゃん、詳しいねぇ」

 ようやく合点した様子で渇鬼はそう言った。慄鬼の解説に、砕鬼は何かを思い出すように口元に手を当てた。

 しかし攻撃の正体が分かるとまた別の疑問が生じる。

「だけど、それじゃああの衝撃波は?単なる遠当てにしてはいくら何でも自在すぎる」

「ああ、まるで手足が自在に伸び縮みするみたいだ。あのリーチは」

「……」

 末那識鬼の動きを警戒しながらも、三人は考え込む。幸いにも、まだ相手は動いていないようだった。

 

 ふと、慄鬼がぽろりと零した。それはわずかに引っかかっていた違和感だった。

「……あの音、聞いた?低い『ヴー』とした音」

「ヴーって何だ?マナーモードのバイブ音みたいな?」

 砕鬼のその言葉に、慄鬼は何か疑問が解けるようだった。

「……振動。そうだ、振動だ」

「振動?」

「音波は空間を伝わる振動。それを恣意的に操れるんだ、多分」

 そう言いながら慄鬼は納得したように頷き、さらに続ける。

「あのちらっと見えた空間の歪みも、大気が震えてる」

「そう考えると、確かに辻褄は合うけど、そうだとしたら厄介極まりないねえ」

 慄鬼の推論に渇鬼はそう毒づくと、何かを閃いたように口を開いた。

「あ、それじゃあお手々が光るのも何か関係が?」

「確かに、俺がさっき攻撃を受けた時は手が光ってから重い一撃が来たぜ」

「多分鬼石に振動をチャージしてるんだと思う。だから来るタイミングは読める」

 渇鬼と砕鬼の言葉に慄鬼は頷き同意する。そしてさらに続ける。

「……おそらくチャージは『手足への衝撃』に関わる全部の動作。だから足踏みとかしてたんだ」

「それじゃあ、動けば動くほどに大技が使えるって訳か……」

 周囲を警戒しながら砕鬼がさらに続けた。

「けど今攻撃してこないって事は、体力に弱点在りってことか?」

 その言葉に、慄鬼は無言で頷き肯定の意志を示す。そこにさらに渇鬼が続けた。

「あの結界、あれがお堂の結界みたく鬼を助けて魔化魍を弱める力を持つように、一定値を超えた鬼の動きをサポートして、それ未満を妨げるものだとしたら、あれを壊せば龍王の力も弱まるはず」

「そうだな。ぶっ壊すのもヤバそうだが」

 三人は互いの顔を見合わせ、末那識鬼と戦うための算段を立てた。

「それじゃあ、やることは二つだね。あの振動攻撃を何とかする。結界を壊す」

「振動攻撃なら、俺に考えがある。すぐにとは言わないが」

 そう言うと、砕鬼は腰の装備帯から音式神「蘇芳蝙蝠」を放った。蘇芳蝙蝠は暗闇に紛れ姿を消す。

「けど、末那識鬼が黙ってそれを見てるわけがない。だから私が囮役になって引き付ける」

 慄鬼の提案に、渇鬼が声を上げた。

「けど、慄鬼ちゃんは大丈夫なのかい?」

「大丈夫。武器は二人以上に無事だし、飛べるし。渇鬼さんは、結界をお願い」

「二人とも俺がサポートするぜ。俺の攻撃を始動させる金属質もここには多い」

 慄鬼と砕鬼の言葉を受け、渇鬼は小さく息を吐いた。

「それじゃあ終わらせようか。鬼たちに悪意を響かせた戦いを」

 

「ッ!空か!」

 ゆらりと立ち上がった末那識鬼の頭上から痺れるような刺激が伝わってくる。それに呼応するように見上げたその鬼に空を舞う慄鬼の姿が映る。

「鬼幻術・電手鞠・曼荼羅」

 翼を大きく広げて飛び上がる慄鬼がその腕を突き出すと、彼女の背後に文字通り曼荼羅のように現れた無数の雷球が末那識鬼向けて降り注ぐ。

「電手鞠は仄暗鬼の得意技だったな……!」

 地面を駆け回りそれらを回避する末那識鬼。慄鬼が放つ雷球は巧みな足さばきを捉えることはできない。

「もうワシの能力は勘づいた頃だろう……。だが!君たちの予想に収まるワシではないわ!」

 地面を踏みしめて振動のチャージを完了させた末那識鬼の両足が光り輝く。

「!?」

 末那識鬼の行動に慄鬼は驚愕する。何と、末那識鬼は空中に向けてまるで歩くように一歩を踏み出したのだ。そしてそのまま空中の慄鬼めがけて大気を駆け上る。

「常識外れすぎる……ッ!」

 そう毒づく慄鬼。眼下に迫る末那識鬼の足元を見ると、彼の足元がまるで硝子のようにひび割れている。足から放たれる超振動が大気を疑似的な足場にしているのだ。

「鬼幻術・洪磁円(こうじえん)!」

 地上の砕鬼がそう叫ぶと、彼の足元の地面から砂鉄で形成された無数のリングが姿を現す。砕鬼が手をかざすとそれらが空中を走り回る末那識鬼に向けて襲い掛かった。

「砕鬼ッ!」

 振り向いた末那識鬼がそのリングを破壊せんと拳を放った。するとそのリングは末那識鬼の拳に触れる前に大きく広がり彼の全身を封じ込めた。

「小癪な真似を!」

 そう言うと、末那識鬼は全身から強烈な振動を放つと一瞬にして自らを拘束するリングを破壊して見せた。

「けどよ!」

 砕鬼はさらに数多くのリングを末那識鬼へとぶつける。それらを弾き壊す末那識鬼であったが、その全てを捌き切ることはできず、その全身に磁界のリングが食い込む。

 だが、末那識鬼はさらに恐るべきことに、空中で踏みとどまって見せた。しかし、磁界の重みが次第に末那識鬼を地面へと引き寄せる。

「鬼幻術・電駆刃」

 空中から慄鬼が雷電で模られた巨大な剣を手に末那識鬼に襲い掛かる。慄鬼は大きく翼を広げ飛び上がると、さらに勢いをつけるとそのまま末那識鬼に斬りかかった。

「ぐおっ!」

 リングの隙間から電駆刃の切っ先が末那識鬼に突き刺さる。だが、その切先はすぐさま崩れていく。末那識の全身から放たれる超振動によるものだ。彼の動きを封じていたリングも同様だ。拘束を脱した末那識鬼は空中を走り抜け慄鬼らから距離を取った。

「空を走ってやがる……!」

 砕鬼の視線の先で、末那識鬼は空中を走り屋根の上に飛び乗る。そこで一度動きを止めると、脇腹の傷を気を込めて塞ぐ。だが、先程までの出血もあり彼の手のひらには出血が溜まっていた。

「傷は、負うみたい。だけどこの身体能力は他の『鬼』を喰ったおかげ?」

「そうだろう。ばかげた話だと思うが、鬼を食すことでワシの身体はより一層『鬼』を高め、強くなった気がしている」

 屋根の上に降り立った慄鬼に対し、末那識鬼がそう語る。だが、鬼の共喰いの効力など実際に行った末那識鬼本人であっても不明な点ばかりだった。何せ、他にやっている鬼がいないためである。

 そのため、鬼を喰った現在の末那識鬼が本当に強化されているのかあるいは弱体化しているのか本当のことは分からない。鬼を喰らう時間で鍛錬を重ねれば実はより強くなっていたかもしれないし、鬼を喰わなければ戦うことすらままならなかったのかもしれない。

 だが、末那識鬼は鬼の姿となり慄鬼らの前に立ちはだかっている。現在重要なのはどうやって末那識鬼を倒すか、その点だけであった。

 

「血を流すのもいい感触だ……。傷を負わぬ鬼など鬼ではない。戦いに身を置いてこそのワシらだ」

 末那識鬼はそう言いながら自らの手のひらに溜まった血を見てほくそ笑んだ。慄鬼は警戒しながら音撃弦の切っ先を末那識鬼に向ける。

「『水錬』という技を知っているか?水を圧縮して解き放つ便利な必殺技だ……。使う水分は何でもいい。それこそ他人の身体の水分でも」

「……ッ!」

「この技は実にワシらの仕事向きだ……。これが使えればどんな人間でも殺せる。何分その凶器は殺す相手本人が持ってきてくれるからな」

 そう言いながら末那識鬼は静かに手のひらに溜まった自らの血を握りしめる。

「そいつが『象』にいたら心強くないか?」

「……ふざけるなッ!逆巻鬼はこんな戦いしちゃいけないんだッ!」

 末那識鬼のその言葉に慄鬼は怒りの叫びをあげた。

「逆巻鬼か……。そいつが水錬を使えるのか、本当に大したやつだな」

 音撃弦を振りかぶり、慄鬼は末那識鬼に向けて突撃する。その攻撃を末那識鬼は屋根の上を、時には空中を足場にして三次元的に回避する。

「しかし妙だな?なぜそいつがワシらと同じにならないことにこだわる?ただの使命感ではないな?」

 末那識鬼は振動をまとわせた接近戦の蹴撃「人我襲・審」を空中から連続して放つ。それを慄鬼は強化された拳で受け止める。接触は最小限にとどめてもなお、その振動は装甲化された拳に伝わりその接触部を崩れさせていく。

「君がその鬼とどんな関係があるか知らんが、何をこだわっている?何を託している?」

「――ッ!」

 声にならない叫びをあげながら慄鬼が連撃を放つ。それらを回避しながら末那識鬼はその手のひらに力を込める。

「この技は水錬の原形とされる技でな……。元々は自分の『血』を使う、鬼の肉体操作の延長線だったらしい」

 殺意の乗った慄鬼の攻撃の隙間から末那識鬼は鋭い掌底を放つ。その手のひらには球状に圧縮された彼の血が乗っていた。

「鬼幻術・血錬(けつれん)」

 瞬間、慄鬼の眼前で血が炸裂した。彼女の視界が真紅に覆われた。

 

―続―

 

・用語:末那式(まなしき)

 音撃戦士末那識鬼が独自に扱う格闘術。彼が後天的に体内に埋め込んだ鬼石により生じる清めの音の振動を増幅、自在に放出することを基本的な戦術とする。鬼が扱う近接格闘術「鬼闘術」から派生したものであるが、技術体系としては大きく異なり、鬼幻術や一部の鬼が用いる超能力の方がどちらかと言えば近い。

 鬼石が埋め込まれた手のひら、足の裏に衝撃を与える始動技「拍種一切(はくしゅいっさい)」により振動を事前に保存しておき、それを増幅させ掌底である「法我襲(ほうがしゅう)」、足裏を用いた蹴り「人我蹴(にんがしゅう)」を放ち相手を攻撃することが基本的な戦術。地面や大気を通じて直線的に超振動を放つ「恒(ごう)」と手足に直接超振動をまとわせる「審(しん)」があり、攻撃のリーチは自由自在。接している周囲の大気や地面などを連続で叩くことで超振動を一気にチャージさせる「拍種合切(はくしゅがっさい)」という技もあるが、相手との攻防や踏み込みなどでも振動が保存されるので、使われる機会は少ない。そのため、わざわざ使うとしたら大技を発動させる前だろう。

 副次的な効果として、大気を踏みしめる、というものがある。大気に強烈な衝撃を叩きこむことで疑似的な足場とするもので、この技術を用いることで短時間ではあるが空中での移動を可能としている。

 これらの攻撃は全て鬼石から生じる清めの音の振動から成り立っているため、魔化魍に対して清めの作用を持つ。大雑把に言うと、末那識鬼はその身体自体が生きた音撃武器であり、殴る蹴るだけで魔化魍を清めることができるのだ。

 この格闘術を使える者は、体内に異物である鬼石を埋め込み数十年も独自技術の研鑽に努めた音撃戦士末那識鬼をおいてまず他にはいないだろう。それは本人も自覚しており、この格闘術に自らの鬼の名と同じ名前を付けていることからもうかがえる。

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