響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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二十二之巻「やめる人」

「どうにか結界を破れないか……」

 末那識鬼の邸宅を覆うように展開された結界「大日遷化」を破り、自らも援軍として慄鬼らの元の駆けつけられないかと、重蔵は周囲を探っていた。

「む……。あれは……」

 空にも張り巡らされた結界をどうにかできないかと見上げた重蔵の前に、ステルス機能を解いた蘇芳蝙蝠が顕れた。それはディスク状に変形すると重蔵の手に収まった。

「この式神は、砕鬼からか……。予備の音叉があったはずだ」

 そう呟くと重蔵は蘇芳蝙蝠を手にしたまま、乗ってきた車に戻る。ダッシュボードを開くと、そこには小さな桐箱に収められた変身音叉がしまわれていた。

 一線を退き鬼に成ることもめっきり減った重蔵であったが、音式神の扱い程度なら容易い。変身音叉を取り出した重蔵は、慣れた手つきで蘇芳蝙蝠に収められた情報に耳を傾けた。

「……なるほどな。そういうことか」

 小さな声でそう呟くと、重蔵は携帯電話を取り出し電話をかけた。

「私だが……。ハバキさんはいるか?いたら頼まれてほしいのだが……」

 電話を切り終えると重蔵は車のトランクに向かい、奥にしまわれていたケースの蓋を開いた。そこには、二枚のディスクが入っていた。しかし、その二枚の隣にももう一枚分のスペースがあった。

「濃色巨象は壊されてしまったが……仕方ない」

 重蔵は一枚のディスクを取り出すと、それをディスクで弾き起動させた。

「頼むぞ『白花大羽(シラハナオオハネ)』」

 彼の手から離れたディスクは表面を白く染めながら巨大化し、翼竜を思わせる姿に変形した。これも濃色巨象同様の皐月会秘伝のカラクリ動物「白花大羽」であった。

 白花大羽はその翼を大きく広げると、暗い夜空に消えていく。その姿を見送った重蔵は、激闘が繰り広げられているであろう末那識鬼の邸宅へと再度目を向けた。

「……まずいな」

 そう呟くと重蔵はこの結界に侵入できる綻びがないかと、また調べ始めた。

 

 眼前で炸裂した鬼幻術・血錬が慄鬼の顔面を吹き飛ばす。制御を失った彼女の身体は大きくよろめき、屋根の上から転がり落ちた。

「慄鬼ッ!」

 砕鬼は音撃管の攻撃で末那識鬼を牽制しながら慄鬼の下に滑り込み、その身体を受け止めた。

「げっ……!」

 抱きとめた慄鬼の顔を見て、砕鬼は思わず声を上げた。鬼幻術・血錬により顔面を文字通り吹き飛ばされたはずだったが、まるで時間でも戻すかのように、慄鬼の顔が再生しているのである。慄鬼が鍛錬し続けている正確なボディイメージ。それが高精細の再生力を支えている。

「無意識下でも再生してるって事かよ……」

 とはいえ、流石に前頭葉から眼球付近の再生は彼女でも時間がかかり、ダメージが大きく一瞬で動けるようにはならない。それでも立ち上がろうとする彼女を制し、砕鬼は音撃管を末那識鬼へと向けた。

「ちと借りるぜ」

 慄鬼の腰から音撃管・北斗星を借り受け、二丁の音撃管を構えた砕鬼はその銃口から無数の弾幕を末那識鬼へと放つ。倍増した銃弾の雨が末那識鬼に降り注いだ。

「こうも小さいと、振動を溜めきれんな……」

 末那識鬼は走りながら、時にその腕で圧縮空気弾を弾き砕鬼の弾幕を回避する。

「!?まずい、体力が……」

 一瞬、末那識鬼の動きががたついた。体力の限界がまた来てしまったのだ。それを察した末那識鬼は両足に溜まった振動を蹴りにより周囲に展開し、即席のバリアを張った。

 そのバリアの中で片膝をつき呼吸を整える末那識鬼だが、その隙を見逃す砕鬼ではない。両腕に気を込め、それを力強く突き出した。

「鬼幻術・大磁輪!」

 大地から湧き上がった砂鉄が黒々とした塊となり、末那識鬼向けて襲い掛かる。磁力を伴った砂鉄が大きく渦を巻きながら迫った。

 だが、末那識鬼の周囲を包むバリアに触れると、それは形を保てず崩壊してしまう。やはり、末那識鬼が生み出した超振動そのものを突破するのは、今の装備では困難を極めるようだ。

「それでもこれで時間を稼がせてもらうぜ!」

 砕鬼が一層力を込めると、砂鉄の渦は崩壊した部分を拾って巻き上げ、再度大渦の一部とした。砂のように分解されても、この大渦は初めから砂鉄。勢いさえあれば何度でも復元できる。倒せはしないが、末那識鬼もまたバリアを張り続けなければこの大質量の渦に押しつぶされてしまう。

 辛うじて即席のバリアで磁力の渦を凌ぎながら、末那識鬼は体力の回復に努める。結界を身体を同調させながら、周囲を確認する彼であったが、その中で一つの違和感に気づいた。

「……渇鬼は、どこだ?」

 焦りを感じながら渇鬼の気を探ると、既にその気は屋敷の中にあった。この二人は囮。まんまと引き付けられたと気付いた末那識鬼は怒りのまま地面に掌底を打ちつけた。

 

「やっぱりなんかこう……嫌な気がするね」

 布を取り払い、結界「大日遷化」の起点たる死体の山を目の前にして、渇鬼はそう呟いた。末那識鬼の発言通りなら、彼が食した鬼たちの骨。強固な骨格をしかし人体という形を無視して部品のように組み合わせたその起点の姿は、とてもひどく鬼たちを冒涜しているように見えた。

「何人、使ってんだろうね」

 渇鬼にしては珍しくセンチメンタルな言葉だった。いくつもの頭蓋の真っ暗な眼窩が渇鬼の方を見ていた。

「多分、ただ壊すんじゃ龍王の言う通り悲惨なことになる。どうすれば……」

 事態は一刻を争う。慄鬼と砕鬼が末那識鬼を引きつけているとは言えども、その時間は短い。いち早く、この結界を破壊し末那識鬼の戦力を削がなければならないのだ。

 何か必ずヒントがあるはずだと、渇鬼は頭脳を働かせる。ここで何も思いつかなければベテランとしての経験なんてどうしようもない。渇鬼は考え、考え抜いた。

「……そうだ、柩鬼さんのアレだ」

 思い出したように渇鬼はそう呟くと、腰の装備帯から音撃鉦を取り外し、屋敷の床に置いた。音撃鉦は地面に大きく広がり音撃を放つ際の形態に変わった。

「ボクは葬祭局にいたことはないけど、やるしかないか……」

 そう零すと、渇鬼は起点の前に正座し、一度合掌した。そして深呼吸して体内のリズムを整える。

「音撃奏、じゃ、ないな。題して『音撃葬・火炎降魔』」

 渇鬼は音撃槌を握ると、床に設置した音撃鉦をとん、と叩いた。そしてその口から弔いの言葉を紡ぎ出していく。といっても彼はお経を覚えているわけではない。彼の知るそういう言葉を口にしているだけだ。

 そしてその言葉に合わせて幾度となく音撃槌で音撃鉦を叩き、リズムを作っていく。次第に大きくなる鉦の音と声が、起点の骨を揺らしている。

 いや、骨自体が揺れているのだ。ざわざわと揺れ、かたかたと骨同士がぶつかり合っている。しかし、渇鬼の思いとは反して、その起点から放出される邪気はより一層強大になっていった。

「これじゃ、ダメなのかい……!」

 やはり見様見真似の付け焼刃では駄目か。その考えがよぎる渇鬼だったが、しかしそれを振り払うと記憶の中の柩鬼がどうしていたのかを思い返した。

 思い返せば、柩鬼は今の自分のように、「誰かを倒す」ために音撃をしてはいなかった。そこには真摯に犠牲者と向き合う背中があった。

(そうだ、音撃葬はただ清める技じゃない……。この人たちを弔い、魂の安寧を祈ることが重要なんだ……)

 音撃葬は単なる清めの音撃ではない。魔化魍の邪悪なメタモルフォーゼの力に穢された犠牲者を、その穢れを祓い死後の安寧を祈念するものなのだ。鬼を倒すために放つ「象」の音撃とは対極となる、人を祓う音撃なのである。

 やはり、柩鬼さんたちは凄いな。そう思うと渇鬼は心を入れ替えた。末那識鬼を倒すために音撃を放つのではなく、目の前の犠牲者のために音撃を放ち始めた。

 

 その心持ち一つで、渇鬼が放つ音撃の「質」が変わった。元より音撃を用いて他人の命に触れてきたのだ。渇鬼の放つ音撃葬は即興の即席ながらも、その効果を発揮し始めた。

 次第に起点が放つ邪気が収まり、屋敷の中に清廉な気が流れ始める。先程までと同様に骨同士は震えていたが、骨同士がぶつかり合う音は、どこか笑っているようにも聞こえた。

 絶え間なく放たれる音撃の前に、ついに起点が自らの形を崩し始めた。ぼろぼろと骨が震え、幾何学的に積み上げられたその全体の形を保てなくなっていく。

 一際大きく渇鬼が音撃鉦を打ち鳴らすと、起点はその姿を保てず崩れ落ち、単なる死体の山となった。周囲には清浄な気が満ちている。雪崩のように崩れたその亡骸に埋もれながら、渇鬼は大きく息を吐いた。

「何とか、なったのかな?」

 死体の山をかき分けながらその顔を出した渇鬼は、周囲を確認しながらそう呟いた。もし後で重蔵か誰かが入ってこれたら、幸運にも結界の解除に成功したのだろう。

 とりあえずは、成功した体で動こう。まずは末那識鬼と交戦している慄鬼と砕鬼の応援に向かわなければと、渇鬼は片腕を伸ばし死体の山から脱出しようとした。

 そこに、激しい息切れの声が聞こえた。ただならないなとその声が聞こえてきた方向を振り向くより先に砕鬼の叫びが耳に入る。

「渇鬼さん!」

「末那式・蜘蛛之糸(くものいと)ッ!」

 飛び上がった末那識鬼が、渇鬼向けて両の掌を勢い良く突き出した。その指一つ一つからきわめて細い振動の波が放たれる。その攻撃を防御しようとする渇鬼だが、瞬間、あることに気づいた。

「しまった盾が……!」

 盾として使う音撃鉦はこの死体の山の下にうずもれている。もう予備もない。

「鬼闘術・暁血!」

 瞬間的に渇鬼は強化形態「紅」に変身し、その上で腕部に特別に血流を集中させた鬼闘術・暁血を発動した。渇鬼の周囲を超高熱が包み込む。

 だが、末那識鬼が放った蜘蛛之糸は、その名の通り蜘蛛の巣のように広がり、大気を伝わりながら渇鬼だけでなく広範囲を切り裂くように崩壊させていく。

 轟音と共に邸宅が煙を上げながら崩壊していく。渇鬼が瞬間的に温度を上げたせいか、一部は燃えて煙を上げている。その中に、末那識鬼だけが立っていた。

「結界を破りおって……!こうも上手くいかんものか!」

 怒りに任せて末那識鬼は地団駄を踏んだ。しかし、その怒りをすぐに落ち着かせると、吐き捨てるように言葉を続けた。

「だが、渇鬼は高温を出して空気を歪めおった……。致命傷にはなっていないはずだ」

 末那識鬼の技は超振動によるもの。遠距離攻撃の際にはその振動を必ず大気や地面に伝達させて流す必要がある。しかし、渇鬼は体内の炎の気を爆発的に高めることで、その放出される熱で大気を歪めたのだ。いかに強力な振動と言えども、その振動を伝える大気を歪められては、望んだ効果を得ることはできない。

 先程まで結界を維持する起点だった骨を踏み潰すと、末那識鬼は瓦礫に埋もれているであろう渇鬼を探しとどめを刺すべく歩みを進めた。

 その背中に鋭い衝撃が走る。火花を散らした背中側を、末那識鬼はゆっくりと振り向いた。

「君か」

「あの変な結界も渇鬼さんがぶっ壊してくれたんだ。死にたくなかったらもうこの辺にしとけよ、爺さん」

 末那識鬼の目線の先には、両手に音撃管を構えながら立つ砕鬼の姿があった。とはいえ彼の姿も戦いの疲労が出ている。それを見ると、末那識鬼は静かに口角を吊り上げた。

「素直に従うと思うか?」

「まあ、だろうな」

 末那識鬼の言葉を聞くや否や、砕鬼が向ける銃口が火を吹いた。

 

 大きく破損した前頭葉の復元には時間がかかる。いかに壊れる前はどうだったのかと分かっていても、その通りに再度直すにはそれなり以上に労力がいるのだ。しかも頭蓋や眼球も同様に復元しなければならないのだ。こうなるぐらいなら形状を固定しそもそもの耐久力を上げた方がいいのではないかと、慄鬼は残った部分の脳で考えた。

 慄鬼が飛び散っていた脳漿をかき集めて元の形に直していると、まるで夢現のように記憶が彼女の頭の中を行き来するようだった。

『なぜそいつがワシらと同じにならないことにこだわる?ただの使命感ではないな?』

(どうして、私は逆巻鬼が人殺しになることが嫌なんだろう)

『サカマキは、彩和ちゃんは!……絶対に幸せになって。私が死んでも、こんなことはさせない』

(どうして逆巻鬼に幸せになって欲しいんだろう)

『私の後ろにいるいろんな人たち。皐月会の皆や直忠先生、那由多君やサカマキ。その人たちを守るのが、私の戦う理由』

『考えようよ、『ないもの』より『あるもの』。あるでしょ、守ってきたもの』

(本当に守りたいものってなんだろう)

『何!那由多!コイツはアンタのこと殺そうとしてたでしょ……!あーしが来なかったら!』

『……何で僕のお父さんとお母さんは死なないといけなかったのか。事実じゃなくてその理由が分からないと、僕も自分でどうしたらいいのか、オノノキさんにどうしてほしいのか……』

(那由多君の両親を殺して、私はどうしたいんだろう)

『そいつが『象』にいたら心強くないか?』

(私は……)

 脳より先に眼球の復元が終わった。霞む視界の情報が残った脳に伝わってくる。しかし、伝わってきたのはそれだけではない。

(泣いてるの?私?)

 熱い液体が目から頬を伝って地面に零れ落ちる。その感触に慄鬼は身体を震わせた。

(ああ……そうか。私『普通』になりたいんだ。人を救おうとした手で何人も殺しておいて)

 声もなく慄鬼はそう呟いた。その言葉が涙と共に零れ落ちる。

(だから逆巻鬼に幸せになって欲しいんだ。何十人も殺せる能力を持ってるのに、それを使わず幸せになってくれれば、私もなれるって思えるから)

 ようやく脳の復元も終わった。顔だけが人間の姿となった慄鬼の目元から涙が絶えず零れ落ちていく。

(那由多君たちに許してほしいんだ。……そのために仄暗鬼さんを殺したんだ。終わらせないと、私はいつまでも『普通』になれない)

 額に発現した鬼面から気が満ち、慄鬼を人間の顔から鬼の顔へと変えた。その姿には顔を覆う隈取の意匠のうち、ちょうど目元に当たる場所に濃い涙のラインが刻み込まれていた。彼女の願いが決して叶わない絶望に涙するように。

「キス無しで眠り姫のお目覚めか」

「お待たせ」

 ようやく立ち上がった慄鬼に砕鬼が声をかけた。だが、その全身には痛々しい傷が生じていた。

「まったく、ボクより遅く起きたらどうしようかと思ってたよ」

「渇鬼さん!」

 瓦礫をその剛腕で跳ね上げ、渇鬼も姿を見せた。彼も同様に全身傷塗れで何とか立ち上がったような有様だった。しかしそれでも渇鬼と砕鬼、慄鬼は戦う。戦うしかないのだ。

 

 ゆらりと立ち上がった慄鬼が、末那識鬼向けて言葉を放った。

「音撃戦士末那識鬼。私に逆巻鬼に何を託してるって聞いたじゃん、さっき」

「……それは、何だ?」

 末那識鬼の言葉に、慄鬼が言葉を続ける。

「私たちの『未来』。みんなが私たちみたくならなければいい。けど……」

 そこで一度慄鬼は大きく深呼吸をして言葉を切った。

「正直なところ筋違いだということは分かってるけど、那由多君から両親を奪って仄暗鬼さんを殺すことになった元凶になったあなたを!あなたを倒してケリをつけないと、私はいつまでもなりたい私になれない!」

 その言葉に、末那識鬼は大きく笑い、手を叩き拍手をした。

「そうだ、その気持ちだ……!醜く、哀れで、好き勝手で、実に鬼らしい!だからワシは君たちを殺す。君たちが守ろうとする人間も邪魔なら殺す。苦しむ鬼たちを救うためにな!」

「ふざけないで!あなたには必ず受けさせる、罪の報いをッ!」

「鬼を救い助けるのが罪だと?なら君たちはどうだッ!」

 慄鬼のその様子に対し破顔する末那識鬼は、そのまま両の掌をためらいなく慄鬼らに向けた。

「末那式・蜘蛛之糸!」

 末那識鬼の指から三次元的に展開される超振動の糸。それはまるで獲物を待つ蜘蛛の糸のように広がりその巣の中にまつろわぬ鬼たちを捉えようとしていた。

「鬼幻術・加速霊柩ッ!」

 しかし、そのわずかな空間のゆらぎを躱し、慄鬼らは駆ける。その回避の最中、砕鬼が空中に目を留めた。

「もう、これっきりだぜ!」

 その叫びと共に、大地に重い塊が激突する。何が降ってきたのかと、末那識鬼は驚愕の表情を浮かべ上空を見上げた。

「砕鬼!ご注文の品だ!結界が解けた今、龍王の悪事はじきバレる!それまで死ぬなよ!」

 そこには白い翼竜型の音式神、白花大羽に乗った重蔵の姿があった。それに乗る重蔵が空中から声を投げかけた。

「皐月会の戎鬼、いや、地蔵田重蔵め……!先祖代々猛士の敵となるか……!」

 怒りのまま末那識鬼は超振動をさらに強め、一気に慄鬼らを仕留めようとする。しかし、その振動がふいに掻き消えた。

「何ッ!?」

「思った通りだ……!これなら!」

 驚きの表情を浮かべる末那識鬼の前に、砕鬼の姿が目に入る。そこには先程までと異なり、音撃櫃を鎧として纏った砕鬼の姿があった。

「音撃破・鬼哭襲々!」

 両腕の先に取り付けられた巨大な鬼石から放たれる清めの音が、末那識鬼が放つ超振動を轟音と共にかき消していく。

「音で、音を聞こえなくしてるんだ!」

「予備の音撃櫃……。持ってきてくれたんだ、重蔵先生が」

 末那識鬼が操る超振動。しかしそれは増幅強化されてこそされているが、元をたどれば彼の身から放たれる音波だ。その音波を消すにはどうすればよいか?いくつか方法はあるが、砕鬼が取ったのは、末那識鬼の音以上の爆音をぶつけて上書きしてしまうという方法だ。強力な振動であっても、それを上回る振動の前では飲み込まれてしまう。

 そして音撃櫃は末那識鬼の技と同様に、音撃を自在に収束して放つことができるものであった。最新技術を結集して開発された音撃武器、その情報を掴んでいても、末那識鬼にとってまるで未知の相手だった。対する砕鬼は、開発試験にも携わる音撃櫃のエキスパートだ。

「ぐっ……!このワシが!」

 蜘蛛の糸が千切られてしまう。多大な振動を消費した末那識鬼は、結界が破られていることもあり一気に体力を消耗しその場に片膝をついてしまう。

「鬼幻術・電鎖縛!」

「鬼幻術・釘火!」

 その隙を見逃す鬼たちではない。慄鬼が放つ電撃の鎖が末那識鬼の身体を封じ込め、その鎖を渇鬼が放った火焔の釘が地面に留めた。その強固な拘束を受け、末那識鬼は身動きが取れなくなった。

「……こっから、どうする!?」

 砕鬼のその言葉に、慄鬼が強い感情をはらませた声で答えた。

「手足を落とせば、振動攻撃は封じられるはず。絶対に生かして償わせる、罪を」

 そう言いながら、慄鬼は音撃弦を構え末那識鬼に迫る。彼女の超知覚が末那識鬼の体内を分析する。鬼石が埋め込まれているのは両掌と両足の裏であった。つまり、それを取り除いてしまえば超振動の攻撃はもう二度と放つことはできない。そうなれば、彼は単なる老人だ。

 

 しかし、超知覚を発動させた慄鬼は末那識鬼の全身を流れる異様な気の流れに気づいた。全く身動きが取れないはずなのに、その気は何かを叩いているのである。

「末那式・拍種合切(はくしゅがっさい)……」

「……発勁だ!まだ何かする気だ!」

 発勁は中国武術に伝わる力の発し方の事だ。その発動については門派によって様々に異なるが、今末那識鬼が発動したのは、体重移動によって短い距離であってもわずかな動作で強力な衝撃を与える技法であった。

 それは、拘束されまともに身動きが取れない状況でありながらも、末那識鬼がなお振動を体内にチャージし更なる大技を放とうとしているということを意味していた。

「鬼幻術・電駆刃・曼荼羅ァ!」

 慄鬼は自らの周囲に雷電で模られた無数の剣を作りだすと、それを伴い音撃弦の切っ先を末那識鬼に向けて突撃した。彼がこれ以上何かする前に四肢を一気に切り落とし、戦いを終わらせるためだ。

 末那識鬼が深呼吸して呼吸を整えると、その両手足が光り輝いた。しかし、その腕が技を放つ寸前に、慄鬼の手にした音撃弦が深々と末那識鬼の身体に突き刺さった。小さく吐いた息に血が混じり、慄鬼の顔に降りかかる。

「……末那式奥義・鬼手物震(きしゅぶっしん)!」

 息も絶え絶えながら、末那識鬼はそう言い放った。瞬間、慄鬼の全身を強烈な衝撃が襲う。それも一発ではない。無数の衝撃が絶え間なく連続して彼女に降りかかった。

 そしてそれは慄鬼だけではない。末那識鬼を拘束する電撃の鎖や炎の釘、離れた位置に立っていた砕鬼や渇鬼、庭の地面や盆栽、崩れた屋敷の瓦礫……。つまり、末那識鬼を取り囲む万象に強い衝撃が響き渡っている。

 拘束から解かれた末那識鬼はだが一心不乱に空を殴り続ける。その度に電撃で出来た剣や音撃弦の刃に全身を切り刻まれても意に介さず。飛び散った血は地面に染みを作る前に空中で砕かれる。

 「末那式奥義・鬼手物震」。全方位に超振動を伴う無数の打撃を打ち込み、それによって生じた衝撃波で周囲を丸々崩壊させる絶技であった。

 

 どれほどの時間、末那識鬼は空に掌底を打ちつけていただろうか。その破壊の嵐が急に止んだ。というのも、慄鬼の目論見通り、彼の右腕が千切れ吹き飛んだからである。右腕を失いバランス感覚がおかしくなった末那識鬼は左腕を突き出した勢いのまま地面に倒れ込んだ。

「……!」

 痛みをこらえながらも末那識鬼は左腕を地面につき立ち上がった。全身はズタズタ。肉だけでなく骨が見えている場所もある。だが何とか立ち上がり周囲を見渡すと、そこは完全に家が倒壊し更地同然となっており、変身解除し倒れ込むクダキとカッキの姿があった。

「着衣……ならまだ生きているな」

 鬼を助けるという計画もここで台無しだ。だがせめてとどめは刺しておこうと末那識鬼はふらつきながらもカッキらの方に足を向ける。だが、その足が何かにぶつかった。何なのかと、末那識鬼は足元に目を向けた。

「慄鬼……!頭を吹っ飛ばしたのに、全身の骨を砕いたのに、変身解除もしないとは……!」

 そこには力なく倒れ込んだ慄鬼がいた。変身解除していないということはまず確実に生きている。文字通りの末那識鬼の全力の一撃を受けてなお生きている相手。絶対に殺さねばならない。

「不死身か……!」

 鬼の姿をしているが、幸いにも気を失っているようだ。とどめを刺すには今しかないと、末那識鬼は左腕で彼女の角を持ち上げた。しかし、腕を失った末那識鬼にも攻撃手段がない。少し考えた末那識鬼は、その手段を思いつくとゆっくりと口を開いた。

「このまま、喰い殺してやる!」

 末那識鬼の口に当たる部分に発現した鬼面が口を開くと、それに連動するように彼の顔が裂け、口のように変化した。彼自身の体力の限界を感じさせる荒い息を発すると、末那識鬼は大口を開いた。

 

 しかし、その口が慄鬼に届くことはなかった。力なく持ち上げられた慄鬼の手が、末那識鬼の首を絞め付け始めたからである。

「い、意識が……?」

 驚いて角から手を放す末那識鬼。しかし、だらりと下がる慄鬼の頭は意識が戻ったようには思えない。しかしその両腕は今も末那識鬼の首を絞めている。

 残された左腕でその拘束を解こうとする末那識鬼だが、まるで機械のように慄鬼の腕は力を緩めない。否、実際に慄鬼の意識がその腕を動かしているわけではないのだ。彼女の装甲に組み込まれた音式神「翠玉大猿」の魂が装甲自体を介して慄鬼の身体を動かしているのだ。

 さらに、足の装甲を動かす「蒼玉狼」翼を動かす「紅玉鷹」がその魂を目覚めさせ、慄鬼の身体を動かし戦い始めた。

「絞められては、振動を溜められん……!」

 衝撃によって生じた超振動を保存・増幅させ、それを攻防に転用する末那式。長年末那識鬼が鍛え抜いたその戦術には隙が無かったが、しかし弱点が一つあった。それは、絞め技のような衝撃を伴わない技に対して、対応しきれないということだった。締め上げられ、動きを封じられてしまっては、衝撃を溜め込むことはできず、早期に脱出できなければじわじわと体力を削られてしまう。

 式神に動かされた慄鬼は、末那識鬼の首を絞めながら助走をつけ、大きく飛び上がった。そして落下の勢いをつけ、末那識鬼を頭から地面に叩きつける。

 だが、その衝撃は強力で、慄鬼自身も耐え切れず、末那識鬼の首から手を放してしまった。

「……ッ!」

 地面を転がる慄鬼だったが、ここでようやく意識を取り戻した。先程までの操作されていた感覚が異様な疲労となって全身に重たくのしかかる。

「末那識鬼は……」

 その疲労感から、自分が意識のない間も戦っていたと察した慄鬼は、戦っていた相手であろう末那識鬼の姿を探した。

「……」

 瓦礫の中に末那識鬼の身体が転がっていた。受け身もとれぬまま、頭から地面に激突したのだ。その首は異様な方向に折れ曲がり、わずかに指先を震わせながらとぎれとぎれの呼吸をするだけだった。

 まさか死ぬのか。このまま死ぬつもりなのか。そう思いながら慄鬼は末那識鬼のことを見下ろしていた。震えて立ちすくんでいた、と言ってもいいだろう。

「……ワシは、君と同じだ……」

 不意に、末那識鬼がうわごとのように呟いた。その言葉と共に血のあぶくが吹き出る。

「君がなりたい姿、それはワシだ……。ワシが……」

 そう言うと、末那識は一際大きい血のあぶくを口から吹き出し、そのまま動かなくなった。変身が解け、痩躯の老人の姿が顕になった。

 その死を見届けると、慄鬼の変身は解除され、一糸まとわぬ姿でその場に力なく倒れ込んだ。わずかに空は白み始めている。その光が慄鬼の頬を伝う涙を輝かせていた。

 

―続―

 

・音式神:白花大羽(シラハナオオハネ)

 土着音撃組織「皐月会」の鬼たちの間で伝えられる、ディスクアニマルというサポートアイテムの一種。変身音叉などの鬼が変身に用いるアイテムを用いることで巨大化し、ディスク型から巨大な翼竜を模した動物型へ瞬時に変形。同様の操作で命令を入力し、戦闘行動に用いることが可能。

 羽根を羽ばたかせることで最高時速百六十キロメートルを誇るスピードで飛行し、魔化魍と戦う際にはカッター状の羽根と硬いくちばしで攻撃を行う。

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