響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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二十三之巻「続ける償い」

 それからオノノキが目を覚ましたのは、半月ほど経った後だった。

「……」

 ベッドに横たわるオノノキはただぼうっと天井を眺めていた。身体の外側から何本も管が通っているようで、身動きもままならない状態だ。

 数度、瞬きをする。視界が黒く変わる度、自ら奪った命の姿が現れ、乾いていた眼球を涙で濡らした。まだ頭もよく働いていなかったが、それでも殺人の実感は生々しく思い出された。

 小さく息を吐いた。その吐息は病室の空気と混じり消えていく。意識が戻ったとはいえ、呼吸すること、瞬きをすること、それぐらいしか今の彼女にできることはなかった。

 どれほどの時間そうしていたのか、思考に靄が掛かっているようで正確な時間は分からなかったが、しばらくすると部屋に看護師がやってきて、何やら話しているようだった。しかし、そのどの言葉も、今のオノノキの耳の中をすり抜けていくようだった。

 そうしていても仕方がないので、オノノキはまた目を閉じた。

 

「気分はどうだ?」

 ふと、目を閉じていた彼女に話しかける声があった。何だかその声には馴染みがあり、聞き取ることができた。その声に、オノノキはゆっくりと目を開けた。

「まだ、話すのはきついか。だが生きていて何よりだ」

 わずかに動く黒目が、自らの師である重蔵の姿を捉えた。ベッドの横の椅子に座るその姿を見て、彼女の瞳孔が安堵したように動いた。

「安心しろ、カッキやクダキ、他の『象』の連中も無事だ。皆お前より軽傷だ」

 その言葉を聞き、オノノキの目が潤んだ。その表情を見ると、重蔵は静かに微笑んだ。

「あの戦いが終わって、もう二週間ほど経ったが……。以前までのような動きはない。終わったんだ」

 窓の外を眺めながら、重蔵はそう呟いた。その声に、オノノキの目からぼろぼろと涙が流れ始めた。その涙は頬を伝い、枕を濡らした。

「……私以外にもお前が目覚めるのをずっと待っていた連中がいるんだ。そいつらに連絡してこないとな」

 ふとそう呟くと、重蔵はすっくと立ち上がった。そしてわずかに笑顔を見せると、電話をかけるべく病室の外に出ようとドアを開けた。

「オノノキ!」

「オノノキちゃん!」

 すると、そのドアの前にはカッキとクダキが立っていた。それだけではない。ツマビラキやネジマキ、マクキといった「象」の皆がどたどたとオノノキの病室へと押し掛けた。

「おい!お前ら……!」

 その騒ぎようを重蔵が注意するが、多勢に無勢。大声を上げることはなかったが、大勢が勢いよく押し掛けることになった。

 「象」の仕事服は基本的に喪服なので、病院で騒ぎ立てるのはあまり縁起が良くなかったが。

「仮にも同族殺しを担当する鬼にこうもダメージを与えたまさか真坂見真人が引退後も末那識鬼として変身可能だとは驚きました」

「けどさ、オノノキもこうして無事だから俺も嬉しさマックスだ」

「マーク、そんなキャラでしたっけ~?」

 口々に話しかけるツマビラキたち。その更に後ろには先日お堂で直接会うことは叶わなかったオウキやギギなど、他の「象」の鬼たちがオノノキの無事を確認して会釈した。

「お前ら、そうも一気にしゃべるな。ここは病院だし、オノノキはやっと目覚めたところだ。もっと静かに」

 流石に、温泉旅館の支配人という顔も持つ重蔵のその一声で、病室に詰めかけた鬼たちは沈黙を取り戻した。

「……!」

 そのどこか愉快な姿を見て、オノノキは横たわりながら笑顔になった。

 その後「象」の鬼たちは、横になるオノノキに対して、戦いの後どうなったのかを語り始めた。

 

 慄鬼が音撃戦士末那識鬼をその手に掛けた直後、重蔵は屋敷跡に着陸し、慄鬼らの救命とその後の処置を行った。彼はすぐに「象」の鬼たちに連絡を取り、後始末を行った。猛士全体の会議が行われた当日の夜に重鎮が死んだとなると、周囲から事件性が疑われる。その隠滅、という汚れ仕事は彼らにとって慣れた事ではあったが、それだけに責任重大な仕事だった。

 半世紀以上に渡り、表面上は鬼の鑑として猛士の組織運営に貢献してきた真坂見真人の死は、間もなく組織全体に報じられた。その衝撃は大きく、発覚直後は組織運営さえ危ぶまれるほどだった。

 しかし、その沈静化に動いたのは、真人の尖兵として活動していた「鬼灯鬼」ら祝部家周りの集団だった。真人亡き後の組織の主導権を握りたかったのか、あるいは犯罪に加担したことの罪滅ぼしかどうかは当人らしか分からないが、とにかく彼らはいち早く対応し、組織の混乱の鎮静化に努めた。

 猛士の中で真人以下三人の鬼が落命したとあって、彼らの葬儀は迅速に行われた。あくまで一介の鬼である駒鬼に対しては一般的な規模での葬儀が行われたが、鬼闘術の師範を務める礫鬼、そして真人の葬儀は盛大に行われ、特に真人の葬儀には全国の支部の指揮官である「王」たちや、出勤シフトの入っていない鬼たちが軒並み参列することとなった。故人に対する、少なくとも表向きの崇敬はそれだけ強いものがあったのだろう。火葬場の外まで続く長い長い参列者の行列が、それを物語っていた。

 そして、真人の葬儀がとり行われたころには、既に猛士の組織運営自体は正常化し、鬼たちを支援し魔化魍を清めるという重要な仕事は通常通りに行うことが可能となっていた。

 

 その真人が危険視していた、「鬼」に対する一種の理想の押し付けについても、図らずとも彼自身が会議で発した言葉を皮切りにいくらか見直しが図られた。鬼であってもその精神性はあくまで人間。そして人間の精神を保ったまま魔化魍という異形の怪物と相対する仕事の厳しさ。それらに対して今一度組織全体で考えなおすようになったのだ。結果、組織内での風通しも幾分かよくなり、今後鬼たちが精神的に追い詰められることも減るだろう。

 しかしその発端が先日の会議での真人の発言であり、資料をまとめたオノノキや重蔵、「象」の鬼たちに対する感謝などは一切ない。結果的に、オノノキたちは成果をかすめ取られたことになる。だが、そのことに対し文句を言う「象」の所属者は一人もいなかった。

 そして、まだ半月ほどだが、ここ一年程度活性化していた鬼による犯罪は全くぴったりと止んだ。やはり、真人がそれらの犯罪の元締めだったのだ。首謀者である彼を失い、この事件には一応の決着がついた。

 

 さらに一週間ほど経つと、オノノキは話して歩ける程度に回復していた。まだ鬼に変身したりといった激しい動きはできず、リハビリの最中ではあったが、次第に体を動かせるようになっていた。

「霧ちゃん、サカマキ……。来てくれたんだ」

「織ちゃん、お見舞いに来たよ」

「先輩……大丈夫かい?」

「うん、やっと喋れるようになったところ」

 病室のベッドに横になっていたオノノキは、部屋を訪れた霧子とサカマキ向けて軽く手を上げた。

「最近動けるようになってきたんだ、やっと。早くギター弾きたいよ」

 そう言いながらオノノキはエアギターの真似事をしてみせる。その仕草に、霧子は渋い表情をした。

「……でも、織ちゃんの音撃弦、壊れちゃったって……」

「あぁ、やっぱりか。なら仕方ないか」

 しゅんと肩を落とすオノノキに、サカマキが声をかけた。

「でも、ギターなら直せばいい。先輩なら直せるさ」

「……そう、だね」

 サカマキの言葉に、オノノキは小さく目を伏せた。壊れた武器なら直せる。だが、壊れた人は?

「……直せるのかな、私に」

 手を震わせながら、不安げにオノノキは口を開いた。だが、その様子に対し、サカマキと霧子は明るい口調で返す。

「先輩なら、大丈夫さ!」

「私も手伝うよ。友達だから」

 二人のその言葉に、オノノキは大きな安心感を覚えた。

 そうだ、失ったものは戻らない。だが、その後どうしていくかは今を生きる自分たち次第。自らの罪に向き合い、それに対して償わなければならない。それは今を生きている人間にしかできない行為なのだから。

 裏切り者の鬼たちを極力殺すことなく、生かして罪を償わせようとする。それが音撃戦士慄鬼の「象」の鬼としての信念だった。その因果が自分に巡ってきただけだ。そう思うと、オノノキはどこか精神のつっかえが取れたようだった。

「……織ちゃん?」

「……先輩、泣いているのかい?」

「えと、うん……。私も、ちゃんとしないとなって」

 ぼろぼろと涙をこぼすオノノキの姿を、二人は優し気に見守っていた。涙が頬を伝い流れ落ちた。

 

 さらに数週間が経った頃には、オノノキは退院できるほど回復していた。手続きを済ませて病院を出る。糊の利いたブラウスに黒のジャケットとネクタイ。耳元にはピアスと眼鏡のつるが金メッシュの隙間に光る。着慣れた喪服姿だった。

「オノノキさん、退院おめでとう」

「やっほー。一番重傷だったのに、もう退院だね」

「まあ、お前なら大丈夫だと思ってたけどな」

「ヒツギさんに、カッキさん、クダキさん……!ご心配をおかけしました」

 そう言いながらオノノキは彼らに頭を下げた。少し遊ばせた毛先が揺れる。

「大丈夫でしたか、カッキさんたちも?」

 オノノキの問いかけに、カッキは静かに口を開いた。

「……あー、ボクはね。復帰まで時間かかりそうかも。トシだしね」

 少し寂しげな眼をしながら、カッキは自分の身体を確かめるように見た。既に五十代のカッキの肉体は、通常の鬼ではとうに引退している年齢だ。何とかだましだましで動かしてきたが、限界が近いことは彼自身が分かっていた。

「ま、もう少しは行けるでしょ。オノノキちゃんの鎧、ボクも早く着たいしね」

「カッキさん……」

 カッキの言葉はオノノキへの励ましであったが、オノノキはやや影のある笑顔を返すばかりだった。自分がもっと動けていればカッキの肉体に負担をかけることなく戦えたはずだ。過去は変えられないと理解しつつも、割り切れない後悔の念はあった。

「クダキくんも、いっそう励んでよね」

「カッキさんのそのまま代わりにはなれなくても、頑張りますけどよ」

 クダキの腹を小突くカッキに対し、彼は笑いながらそう答えた。その様子をオノノキは眺めていた。

「ヒツギさんも、何かこう……変なことになったけど大丈夫?」

 オノノキがヒツギにそう尋ねると、彼は少し考える様子を見せてから返した。

「そうですねぇ。急な会議の矢先、突然の事ばかりでしたが……。それでも、私たちはできることをするだけです。オノノキさんも、頑張ってくれたと聞いています」

「確かに、できることをするだけ、ですね……。ヒツギさんには部署が違うのに、難儀をかけました」

 そう言うとオノノキはヒツギに頭を下げた。

「オノノキさんがそんなに謝ることはないですよ。今日は退院ですから」

「まっ、ボクもヒツギさんの音撃葬のおかげで助かったもんだしね」

「そう、ですね……」

 談笑するカッキとヒツギをよそにそう言うと、小さくオノノキは息を吐いた。その頭の中にこれまでの戦いがよぎった。鬼同士で殺し合う悲惨な戦いだった。今後、そうしたことを無くしていけるようにしていかなければならない。

 

「ところで、オノノキちゃんはこれから?」

 オノノキにカッキがそう尋ねた。その問いに、オノノキは呟くように返す。

「重蔵先生が迎えに来るから、それで帰る予定」

「そうなんだ、そのまま皐月会まで帰る感じ?」

「そのはず、一応」

 そう言いながらオノノキは駐車場の方を見回した。そこに入ってきた車の扉が開くと、そこから重蔵が姿を見せた。

「あ、言ってたら来たみたい」

 オノノキはそう言うと重蔵の方に向けて手を振った。重蔵の方もオノノキらに気づいたようで、答えるように手を振った。

「オノノキ、それに皆も来てくれていたか」

「来てくれてありがとう、重蔵先生」

「元気そうで何よりだ。カッキとクダキも大丈夫そうだな。ヒツギさんも」

 彼らを見回しながら重蔵はそう言った。そしてそのまま続ける。

「今後だが、猛士の内部でも今回の件を受けて組織を再編中だ。そのゴタゴタが落ち着くまでは、お前たちにも力を尽くしてもらいたい」

「わかりました」

「了解っす」

「だがここ一年程度よりは直接的なものは減るだろう……。守るべきもののために、一層皆も励んでくれ」

 重蔵の言葉に皆が頷いた。それにオノノキが続ける。

「うん、頑張ろう!」

「気合を入れた所残念だが、オノノキはもう少し休みだ。脳みそが吹っ飛んでたんだぞ。こんなに早く退院できるだけで十分だと思え」

「あれま」

 重蔵はオノノキの首根っこを掴み、身動きを取れなくする。オノノキはそれに対しおどけたふりをした。

「オノノキの退院に駆け付けてくれたこと、師として礼を言おう。お前たちも病み上がりなんだからくれぐれも無理するなよ」

 そう言うと重蔵はオノノキを引きずり車へと戻っていった。その後ろ姿をカッキたちは見送った。

「それじゃあ、ボクたちも帰ろっか」

「どっかで飯とか食べるっすか?」

「悪くないですね」

 そう談笑しながら、男たちは歩いて行った。

 

 重蔵はシートに座りエンジンをかけると、車を静かに発車させた。車の窓の外では、誰かの何気ない日常がどんどんと過ぎていった。

「何で……」

 過ぎ去っていく景色を窓越しに眺めながら、オノノキがふと呟いた。

「何でみんな、こんなに優しいの。何もできない、私なのに」

「そりゃあ、皆お前のことが好きだからだ」

 オノノキの方を見るでもなく、重蔵はハンドルを握りながらそう返した。その答えにオノノキは目を見開いた。

「好き……?人の命を危険にさらしてきた私を?」

「そうさ。師匠として言うが、お前はよくやっている。我々の行いは確かに認められるものではないが……それでも誰かがやらなければならないことだ」

 ゆっくりとハンドルを切りながら車はカーブに差し掛かった。

「だが、お前は自分が手に掛ける相手にさえ思いやる……。その優しさが、我々の役割さえいずれ変えるかもしれんな。まだ、やるべきことはあるが、それでも頑張ろう」

「重蔵先生……」

 オノノキの震える声を聞きながら、車はカーブを静かに曲がる。日差しが車の中に差し込み、オノノキの顔を照らした。

「寄りたいところがあるんだろう?」

 重蔵の優し気な言葉に、オノノキは声もなく頷いた。

 

 数時間後、オノノキの姿はとある墓地にあった。

「……こんなに小さくなっちゃったんだ」

 墓石を見下ろしながらオノノキは小さく呟いた。その腕には花束が握られていた。

「こうなっちゃって、ごめん」

 墓石の前に花束を置くと、オノノキは手を合わせ拝んだ。その墓にはホノグラキが眠っていた。目を閉じると彼の死に様が克明に思い出された。

「……ッ!」

 そのフラッシュバックにオノノキは額を押さえ屈みこんだ。手のひらに血の感触が蘇る。どろどろと指の隙間から零れ落ちる血液は、文字通り救えなかった命そのものだ。

「ごめんなさい……!」

 その失われた命を前にして、オノノキはただうずくまり拝むことしかできなかった。そんなオノノキの背中に声が掛けられた。

「……あなたは」

「!」

 そこに立っていたのは当代のホオズキ、祝部ほまれであった。やっとティーンを脱したぐらいの顔立ちにはそれに似合わない苦しみが表れていた。

「確か、オノノキさんですね。……兄のお墓参りに来て下さったんですね」

「いや、そんな殊勝なものじゃ」

 オノノキの言葉を、だがほまれはお供えされた花束を見て否定した。

「兄のところに人が来てくれるだけでも嬉しいです……。両親もここには来ません」

「そう、なんだ……」

 墓石に手を合わせながらほまれは寂しげに呟いた。そして立ち上がると静かにオノノキに尋ねた。

「あの、オノノキさんは確か兄のご友人だとか……。兄とはどういった間柄で」

 その問いかけに、オノノキは少し考え込み、ためらいがちに口を開いた。

「……彼は立派な鬼で、私もその心に惹かれて。正直、彼のことが好きでした。だけど、私のせいで」

 その言葉にほまれは直感した。父母に言われるがままに、噂には聞いていた「象」の根城を襲撃した際に彼女はいなかったが、彼女も同じく「象」の鬼だったのだ。ならば、兄を殺したのもこの女に間違いない。

「それじゃあ、兄を殺したのは……!」

 ほまれの言葉に、オノノキは顔を大きくひきつらせた。そして無言で目を伏せる。それは紛れもない肯定の意思だった。

「……本当に、申し訳ないことをしました」

 そう言うとオノノキはほまれに対し真っすぐ頭を下げた。正真正銘、心からの謝罪だった。

「顔を上げてください」

 静かに、だが強い意志を持った声がオノノキの頭上から投げかけられた。その言葉に従い、オノノキはゆっくりと顔を上げた。

「本音を言えば、あなたをどうにかしたいんですけどね!兄さんを殺したあなたを!」

 強い語調と共に投げかけられた、怒りと悲しみに満ちたほまれの瞳がオノノキをまっすぐ見据えていた。

「ですが、兄を殺したというなら私も同罪です……。兄が親の過剰な期待に応えようとしていたのを知りながら、私には何もできなかったのですから……」

 ほまれは俯きながらそう言った。墓地に風が吹き抜ける。

「ですが、今は違います。私は私でできることがあります。急進的な動きではなくても、小さくても一つずつ変えていければ」

「それは、知ってるよ。本当にありがとう」

 そう言うとオノノキは空を見上げた。吹き抜ける風を受け、オノノキの耳元のピアスが揺れた。

「あなたみたいな人がいてくれれば、きっとこれからの未来がよくなっていくと思う」

 そう言うと、オノノキはほまれに一礼し足早にその場を立ち去った。もう、ほまれとはこうして会うこともないだろう。

(さようなら、当代のホオズキ、ホノグラキさん……)

 ほまれの視界から離れたところで、またオノノキは空を見上げた。雲が浮かんだ晴天の空だった。

「ダメだなぁ、私は。本当に泣きたいのは向こうのはずなのに」

 そう言いながらオノノキは何度も瞬きをする。その目から涙があふれ零れ落ちないように。

 

「これで、全部……。もう私の知ってることは全部」

 それら全ての顛末を、オノノキは約束通り七座那由多とその親戚であるナエギに語っていた。それは先日同様の滝夜温泉の支配人室での会話だった。

「そんな……」

 ナエギはオノノキが語ったその出来事の全貌に絶句し全身の力が抜けたように動けなかった。魔化魍という人類の天敵から人々を守るために戦う鬼とその支援組織猛士。その裏側で起きていた鬼同士の争い合い。その事実を前にして、何も考えることができなかった。

「本当に、ごめんなさい。那由多君からはこの手で家族を奪ってしまった」

 オノノキはそう言い彼らに対し土下座した。その姿を那由多は何かを考えるようにじっと見つめていた。

「僕は……」

 静かに俯きながら、那由多は零すように呟き始めた。

「父さんと母さんが死ぬべき人だとは思わない。僕の家族だから。だけどオノノキさんが本音で謝ってるのはわかる。けど……」

 一度言葉に詰まった那由多は大きく息を吐いた。そして暗い調子のまま続ける。

「何かこう、オノノキさんに憎いとか怒りとか湧いてこないんです。親がさらに偉い人から指示を受けて他人を殺して、それを止めるためにオノノキさんたちが戦ったって、いきなり言われてもまるで実感がなくて、分からないんだ……」

 そこで一度言葉を切ると、那由多はゆっくりと言葉を紡いだ。

「一つ、聞いてもいいですか?」

「……!」

 無言で頷くオノノキに対し、那由多が静かに尋ねかけた。その腕は音もなく震えている。

「オノノキさんは、僕の両親を殺して後悔してますか」

 何も答えられなかった。オノノキの神経を極度の緊張が襲っていた。息を吸っても声が出なかった。ただ、空気が肉の管を出入りする音だけがしていた。

「僕もナエギねえさんやオノノキさんみたいに強い『鬼』になれば、分かるんでしょうか?」

 震えるその言葉を聞き、オノノキは恐怖した。怯えたと言っても過言ではない。恐怖により極端に先鋭化されたオノノキの超感覚が那由多の表情筋の動きを先んじて捉えた。二度、その言葉は確証をもってオノノキに告げられるのだ。

「……僕を、オノノキさんの弟子にしてもらえないでしょうか。僕にはまだ今の気持ちが分からないけど、もっと鬼のことを知れば、何か分かる気がする」

「那由多、何を言って……」

「ナエギねえさん、ダメかな……?それに、何で父さんと母さんがこの人に殺されたのか、オノノキさんを見ていれば分かるかも」

 驚きを隠せないナエギをよそに、那由多の目の奥には小さいながらも決心の光が灯っていた。その光はオノノキの罪科を照らし続けるものだった。

(ああ……これが私への罰か)

 初めて犯した殺人の被害者が、目の前でその罪を突き付け続ける。彼を弟子に取るとはオノノキにとってそういうことなのだ。鬼という人外を人間の法で裁くことはできない。だからこそ「象」が存在する。そしてその当事者であるオノノキ自分自身が、生きて罪を償うべきだと決めて戦っているのだ。自分で決めたことだからこそ、それを曲げてしまっては死んだ人々に申し訳が立たない。

「……わかった」

 数瞬の逡巡の果て、オノノキは苦々しい表情でそう答えた。この少年の望みをかなえる。それがオノノキに与えられた罰であり償いであった。その罰から逃れることはできない、許されないのだ。

「だけど、絶対に私みたいな鬼にはならないで。……こんな鬼にだけは」

 それが、オノノキの那由多に対するただ一つの要求だった。その言葉を告げたオノノキの表情は鬼気迫るものだった。並々ならぬオノノキの表情に気圧されながらも、那由多は拳を強く握り締めた。

「それでも」

 那由多のその言葉に根負けしたように、オノノキは首を縦に振った。彼を弟子として取ることに決めたのだ。

 

 

 

 一つの戦いが終わっても、変わらず時は巡り続ける。生き残った者はどれだけ苦しくても生き続けなければならないのだ。それこそが、生存者の責務であり贖罪なのだ。もし、他の者の命を奪ってまで生き延びたのならばなおさらだ。奪ったその命を背負い、生きていかなければならない。

 

―続―

 

・音撃戦士末那識鬼

 変身者・マナシキ(真坂見 真人/まさかみ まひと) 享年88歳 男性

 身の丈(身長):6尺9寸(210㎝) 目方(体重):43貫(161kg)

 変身アイテム

  特殊な波長を持つ手拍子

 音撃武器

  なし

 特殊装備

  全身に埋め込まれた鬼石

 特殊技能

  末那式結界・大日遷化(だいにちせんげ)

  呪詛・我執染汚意(がじつぜんまい)

 必殺音撃

  なし

 必殺技

  末那式・人我蹴(にんがしゅう)

  末那式・法我襲(ほうがしゅう)

  末那式奥義・鬼手物震(きしゅぶっしん)

 猛士の顧問職で重鎮を務める人物。かつて伝説の鬼と呼ばれた生ける伝説であり、将棋最強の駒である「龍王」とも呼ばれ現在でも崇敬を集める。戦闘力を維持するために多くの鬼を「食って」おり、特に顔は目鼻口耳といった感覚器官がすべて鬼面に置換された六つの鬼面を持つ異形。もはや「鬼」を通してのみ、世界を捉える。また、全身に効率よくエネルギーを送り出すため血管状の器官が太く大きく発達している。その他、上半身には装飾を持たないが下半身には変身前の衣服が変形した袴を纏う。

 一応、鬼を引退した身という扱いのため変身音叉や音撃武器を組織に返還しているが、自分の手拍子を媒介とし、変身音叉から出る音波と同質のものを周囲の環境から引き出し体内に埋め込まれた鬼石と共鳴させ細胞を変質させることで変身が可能。

 手足に埋め込まれた鬼石は超振動を放ち、大地や空間さえ揺るがす。全方位に超振動を伴う無数の打撃を打ち込みそれによって生じた衝撃波で周囲を丸々崩壊させる「末那式奥義・鬼手物震(まなしきおうぎ・きしゅぶっしん)」が必殺技。

 鬼の修業を途中で投げ出した者、魔化魍への恐怖で鬼とした戦えなくなった者に促成栽培の力を与え、自らの手駒とする。手駒を用いて人間相手の非合法な暗殺などを請け負い、高額の報酬を得る組織的犯罪を行う。自らに繋がる手がかりの露呈を警戒しており、基本的に下っ端には名乗らない他、その名を出そうとするとその発言を行った本人を燃やし続ける特別な呪詛をかけている。

 鬼として魔化魍をどれほど祓っても人々からはまるで感謝されず恐れられ迫害されることへの静かな憤りを現役時代から抱えていた。ひょんなことから殺人に手を染めた際「感謝された」ことから鬼としての仕事と並行して暗殺などを行うようになる。長年の功労が認められ猛士の中で大きな権力を振るえるようになり、鬼の落伍者を密かに非合法活動のための手駒としていた。

 彼の行いそのものは組織のため人殺しを行う「象」の活動と似ているが、組織の秩序、鬼としての仕事、感謝の有無にかかわらず人を守る、という象の活動とは似て非なる。

 そのため必ず自分の前に立ちはだかるであろう「象」という部署そのものを叩き潰し、猛士を自らの望む組織に作り替えるべく、音撃戦士慄鬼らの前に凄まじき戦士として立ちはだかった。

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