響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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二十四之巻「学ぶ道のり」

「いよいよ始まる……。わたしの夢が」

 そう女の声がささやいた。だがその声色はやけに低く、苦渋を重ねてきた老婆のようにも思えた。

「何十年かかったのかしら。でも『鬼』たちの未来を思えば、これまでの時間なんて」

 暗闇の中、しゃがれた声が続ける。

「予定通りなら、もうすぐこれが宙からこの世を見守るのね……」

 そう言いながら女は部屋の灯りをつけた。ライトが部屋の中央を照らす。そこには無数の精密機械が集まった奇怪な複合体がまるで御神体か何かのようにのっそりと鎮座していた。

 一歩その複合体に女が近づくと、ライトがその姿を照らし出した。その姿は声色に似つかわしくない、まだ十代未満の童女と言っても通じる背丈と体つきだった。だが、その瞳は苦悩を溜め込んだ沼底のように澱み、左右の眼球それぞれが別の方向を見ていた。

 片方の眼球の中に、複合体に刻印された文字列が映りこむ。「スメール・プロジェクト」。

 それは国家情報機関直属秘密研究施設、その一室での出来事だった。

 

 

 

 まだ朝早い時間帯、うっそうとした森林を二人の人影が歩いていく。草木が茂る道なき道をその影は突き進んでいく。

「那由多君、もう少し行ったら一休みしようか」

 そう言うと、先を行く影が後ろを振り向いた。帽子に隠れた黒髪には金色のメッシュが走り、耳元にはいくつものピアスが目を惹く。

 彼女は音撃戦士「慄鬼(オノノキ)」。人間を喰らう人外異形の怪物「魔化魍」から人々を守るために戦う「鬼」にその名を連ねる女性だが、オノノキの役割はそれとは少し違う。

 彼女の役割は、人々を守るはずの「鬼」たちがその道を踏み外した時に、それを止めることにある。その手段は決して穏当なものとは限らない。時には暴力を用い、相手を死に至らしめることさえある。「同族殺し」。それこそが彼女の役目であった。

「はい、オノノキさん」

 オノノキの声にそう返事したのは、まだ十代の少年「七座 那由多」であった。彼が草木の上を歩くたび、小さな背中に背負ったリュックが揺れる。

 腰ほどまでもある草を何とかかき分けながら、那由多は先を行くオノノキを追う。だが、湿った笹の葉に彼は足を滑らせてしまう。

「わっ!」

 その声に振り向いたオノノキは、少し屈み転んだ那由多にまっすぐ腕を出した。

「大丈夫?」

 眼鏡を直しながら心配そうにオノノキが声をかける。彼女から突き出されたその腕こそ、那由多の両親を奪ったものだ。

 

 那由多がオノノキに弟子入りして少々の時間が経つ。元よりオノノキ同様皐月会に所属し、魔化魍や鬼についての知識があった那由多であったが、弟子となったこともあって、オノノキから鬼としての本格的な鍛錬を指導されるようになっていた。今こうして道なき森林を歩いているのも、そうした一環だ。

「頑張って、もう少し」

 オノノキのその声に、那由多は一人でゆっくりと立ち上がり、軽く埃をはらった。オノノキは差し出した腕をゆっくりと所在なさげに引いた。

「すみません」

 それだけ言うと、那由多は一歩踏み出し、オノノキの横を過ぎて前へと進んだ。

「……いいよ、謝らなくて」

 背中越しに、オノノキは小さく呟いた。

 

 道なき道を歩いていくと、彼女らは周囲の木々が開けた尾根の上にたどり着いた。眼下の遠くには人々が住む街並みが広がっている。

「那由多君、ここで休もうか」

「あ、はい」

 オノノキはそう言い那由多にリュックサックを下ろすように促した。那由多はリュックを地面に置くと中からスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出した。

「……鬼に成るとこういうところもよく歩く。慣れてこ、次第に」

 オノノキのその言葉に、那由多はスポーツドリンクを飲みながら頷いた。その様子をオノノキは横目で見ると、胸元から煙草を取り出し火をつけた。

(そう言えば、いつぶりに吸うかな……煙草)

 ため息と共にオノノキは大きく紫煙を吐き出すと、眼下の山並みを指差した。

「那由多君、あの辺り」

「あの辺り……?」

 那由多はオノノキが指差した方を見やる。

「あの辺り、昔住んでたんだ。私」

「昔……?」

「うん、赤ん坊の時」

 那由多が見た方向には建物の影などなく、森林が広がるばかりだった。その疑問を感じ取ってか、オノノキは煙草から唇を離した。

「……魔化魍に襲われて、皆死んじゃった村なんだって」

「……!」

 驚く那由多に対し、オノノキは表情一つ変えずに続ける。

「だからいないんだ。家族」

 そう言うとオノノキは煙草を大きく吸った。まだ何も分からない赤子の時に、オノノキの住む村は魔化魍に襲われ壊滅した。その魔化魍を清めた地蔵田 重蔵、当時は「音撃戦士戎鬼」と呼ばれた「象」の鬼、が唯一の生き残りであったオノノキを引き取り、弟子として育てたのである。

「……那由多君とはちょっと違うけど」

「でも……」

 戸惑う那由多を横目に、オノノキは燃え尽きた灰を携帯灰皿に落とした。

「魔化魍に襲われた人が鬼になることなんて、鬼の動機としては珍しくないよ。ヨモギの弟子の読子ちゃんだってそうだし」

 猛士東北支部に属する音撃戦士夜求鬼、彼女の弟子である依田 読子もまた災害に近い形で魔化魍に襲われ家族を失った被害者だ。それを、遠縁の親戚であるヨモギが引き取り、自らの弟子としたのである。彼女は鍛錬を積み、今では次代の夜求鬼を襲名し自立するのも近いと言われている。

「……けど、那由多君は違う。正直まだ分からないんだ、どうして仇の弟子になろうと思ったのか」

 煙を口から吐き出しながら、オノノキは静かに呟いた。その言葉に那由多は俯き黙っていた。

「いつか聞きたいな、本当の気持ち」

 煙草の火をもみ消した小さな音が、二人の間に響いた。

 

「さて、何で今日はこんなところを歩いてるか覚えてる?」

 空までそびえ立つ針葉樹の林を縫うように歩きながら、オノノキは後ろを歩く那由多に尋ねかけた。

「場に慣れる、でしたっけ」

「そう、鬼としての活動ではこんな山奥も歩かないといけないからね」

 那由多の返答にオノノキはやや満足げに返した。

 邪悪なメタモルフォーゼの力により生まれ、人間を喰らう怪物である魔化魍、その多くは山林などの大自然を棲家としている。魔化魍らは人間を餌としながらも、卑劣にも外敵に見つからぬよう人間の立ち入ることの少ない、人気のない場所を根城としているのである。

「そう、なんですね」

「歩くよ、鬼の現場はとにかく。だから、体力はあればあるほどいいんだ」

 事実、二時間以上歩き続けているにもかかわらずオノノキは息切れ一つしていない。額に汗を浮かべる那由多とは対照的だが、那由多も十代という年齢を考えると十分に体力がある方だった。

「けど、今日はそれだけじゃない。素材集め」

「音撃武器の、ですよね?」

 オノノキは那由多の返事に満足そうに頷いて見せた。

「そう……。音撃武器も色々あるけど、魔化魍を清めるのに適した素材はそうそう転がってるわけじゃない。本人との相性もある。受け継いだり支給されたりする武器以外に、自分の手に馴染む武器を作る鬼もいる」

 私の弟子なら那由多君も、自分で武器を作ったり手入れしたりできる鬼になるよ、とオノノキは続けた。

 

 音撃戦士末那識鬼との過酷な戦闘の末、オノノキが所有する音撃武器はほとんど破壊されてしまった。音撃棒の損傷は他と比べてある程度軽微であったが、音撃管については大規模な調整が必要になっていた。特に彼女のメインウェポンである音撃弦「降三世」のダメージは大きく、大規模な改修、それこそ新造に近い修復が必要となってしまった。

 そこでオノノキはこの機会に、良質な素材を用いて自分好みに音撃弦を改良・調整しようと考えたのである。そのためにこうして弟子である那由多を連れて、自ら素材集めに励んでいるのだ。

 しかし、彼女らは単に素材欲しさに山中をうろついているのではない。オノノキらが行っているのは魔化魍への警戒という鬼の現場作業の一環であり、その中で素材を探しているのである。実際彼女らはこうして山中に入る前にベースキャンプを設営し、音式神を展開し魔化魍への警戒作業を行っている。さらに、土壌や水質の検査を行うためのサンプルもこれから入手しなければならない。実際に魔化魍と戦闘しなくとも、鬼の現場作業は地味だが結構忙しいのだ。

 ちなみに、今オノノキたちがいるこの森林は、魔化魍の出現が予測されていない。オノノキが身に着けているのも普段の仕事着である喪服ではなく、落ち着いた色合いの運動着であった。彼女は警戒するに越したことはないと、一応修復した音撃棒は持ってきていたが、今回使用することはなかった。

 

「でも、今日はどこまで行くんですか?当てはあるんですよね?」

 倒木の隙間をくぐりながら、那由多はオノノキに尋ねた。

「もちろん。もう少し歩けば」

 オノノキはそう言いながら首から下げたガジェットで位置を確認する。衛星測位を利用したそれは、現在地を小さな液晶の中に映し出していた。

 気づけば周囲は下り坂で、針葉樹から広葉樹が林相の主役となっていた。日陰が多く、冷えた風が木々の合間を吹き抜けている。

「川だね。わかる?」

 斜面を横に歩きながらオノノキは那由多に話しかけた。突然の質問に、那由多は面食らった様子を見せる。

「え、わかるんですか?」

「わかるよ。音とにおいと肌感覚」

 そう言ってオノノキは両腕を広げて見せるが、那由多にはどういうことか分からなかった。

「うーん、僕には分からないです」

「そのうち、分かるようになるよ」

「そんなものですか?」

「うん、そんなもの。……目的地にはこの川沿いに行くんだ」

 オノノキが木々の枝をかき分けながら坂を下っていくと、そこには彼女の言う通り小さな清流が姿を見せた。しかしその水の勢いは見かけによらず強い。オノノキは那由多に対し、川に近づき過ぎないように合図すると、上流側に向けて歩みを進めた。

 

 傾斜が緩やかになり、足元の草木の背丈が小さくなってくると、オノノキらの前にやや開けた空間が姿を現した。

「わぁ……」

 その中心に立つ巨木を前に、那由多は感嘆の声を上げた。それは、太く力強く大地に根を張り、天に向かって大きく枝を広げていた。青空に向けそびえ立つ堂々たる体躯は、大自然の力強さをありありと物語っていた。

「ふう、やっと着いた。推定樹齢は四百年、樹高およそ三十メートル、立派なナラの巨木だ」

 那由多の後ろから見上げるようにして、オノノキはそう呟いた。

「これが、音撃弦の素材になるんですか?」

「うん。だけど、これを切り倒すわけじゃないよ。持って帰れないし」

 不思議がる那由多をよそに、オノノキは何かを探すように周囲を見回した。

「思った通り、枯れ枝があるね」

 そう言うとオノノキは地上に落ちていた枯れ枝に近づき、その様子を確認した。

「枯れ枝を使うんですか?」

「本当はね。落ちてる枝じゃなくて立木を使いたいけど、伐採して。限りある霊木を大事にしたいからね」

 那由多の質問に、オノノキは樹皮を触りながら静かに返した。

 猛士内部の音撃武器開発部門では、昨今の科学技術の発達により素材分野でもイノベーションが進んでいるが、しかし音撃棒や音撃弦、一部の音撃管の主要な素材として木材の占める割合は未だに大きい。特に、音撃棒は先端に搭載する鬼石と一部の金具以外は木材、というのが基本である。楽器として使われる太鼓のバチが基本的に木材からできているのと同様である。

 しかし、音撃武器の素材として使うことができる木材は無限ではない。童子や姫に対する武器としての使用や清めの音を増幅させる鬼石の振動に耐える強靭な木材となると、一般的な楽器の素材以上に希少である。

 その希少な素材の中でも、数百年の樹齢を重ね霊的なエネルギー、鬼の力にも通底するそれを溜め込んだ樹木は霊木と呼ばれている。霊木を素材として用いた音撃武器は使いこなせれば、魔化魍を祓い清める力に満ちた音を鳴らすことができるのだ。

 

「……これも枯れ枝なんですか?太いですね」

「元の枝が太いから。幹の一部、って言ってもいいかも」

 那由多も地面に落ちた枝を見ようとオノノキの方を覗き込んだ。そこには彼の胴ほども太い枝が倒れていた。まだ折れて日が浅いのか、断面はそれほど変色していない。オノノキはその表面を触り、素材として使えそうか確認しているようだった。

「うーし、切るか」

 一本の太い枝を前におもむろにオノノキはそう言うと、背負ってきたリュックサックから鋸を取り出した。

「切るんですか?」

「うん。流石にこの枝大きすぎて、担いじゃ帰れないよ」

 だが、那由多の目に映るその鋸はあまりに薄く、この木を切るには心もとない。チェーンソーとかで切るものじゃないのか。その不安を感じ取ったのか、オノノキが口を開いた。

「あ、大丈夫だよ。丸太にするだけだから。そんなに時間はかからない。那由多君のペースのおかげで早く到着できたしね」

「いや、違くて。その鋸も旅館の修繕とかに使うのをそのまま持ってきただけですよね?」

「そうだけど。あんまり大きいとかさばるからね」

 軽い口調でそう言うと、オノノキは鋸の歯を地面に倒れた枝に重ねた。ざりり、と小さな音を立てて表面が切れる。さらに数度オノノキは鋸をスライドさせていくと、切り口から木粉がこぼれてきた。

「ちょっと時間かかるから、那由多君は休んでていいよ」

 鋸を前後させながらオノノキは那由多に声をかけた。その言葉に那由多は無言で頷くと、リュックサックを下ろした。

 

 少し離れた木陰に腰を下ろすと、那由多はスポーツドリンクを口にした。飲み口を離すと、彼は小さく息を吐いた。

「ふぅ……」

 ボトルのキャップを一度締めると、那由多は鋸を握るオノノキの姿を見つめた。

 弟子入りして分かったことだが、オノノキは鬼としての実力は申し分もなく高いのだが、どうも抜けているのだ。猛士東北支部の鬼たちや皐月会の人から聞くオノノキの能力は抜きんでている。曰く、皐月会筆頭。音撃と呪術のエキスパート。音撃兵器のマッドサイエンティスト。

 しかし、オノノキと親交の深い人物、例えば音撃戦士逆巻鬼や宮沢霧子たちから聞く人物像はまた違った。喫煙室を実質的なデスクとしているだとか、新装備を持ってきたのにテストを忘れて帰るだとか、そうした抜けたエピソードばかりを耳にした。

 今も目の前で必死になって細い鋸で丸太を仕立てようと悪戦苦闘する彼女の姿は真剣ではあったが、どこか滑稽なものとして少年の瞳に映った。

 それだけに、目の前の女が本当に自分の両親を殺せたのか?という疑問が那由多の心の中で大きくなっていった。「鬼」としての両親の仕事について、那由多は詳しく知らなかった。なぜ両親は命を落としたのか。慄鬼はなぜ両親を殺したのか。単なる任務という理由では足りない。オノノキが何を思って自分の両親を殺し、今何を思って生きているのか、那由多はそれを知りたがった。

 

「……何か、僕も手伝えますか?」

 心中のもやもやを吹き払うように大きく息を吐くと、那由多は立ち上がってオノノキに声をかけた。

「あー、大丈夫。結構進んできたし」

「この時間で、ですか?」

 オノノキの言う通り、わずかな時間で鋸の歯は既に枝の半ばまで切り進められていた。彼女の鬼として鍛えられた腕力と筋持久力のなせる技であった。その様子に那由多は驚きの表情を見せた。

「これが、鬼の力なんですか?」

「ぐー」

 オノノキが生返事を返す。

「……でも、こんなに大きい木って、記念物になったり観光名所になったりするものなんじゃないですか?何かこう、知られていないんですね」

 空に伸びるナラの枝を見上げながら、那由多がオノノキに尋ねた。

「それは、私有地だから。ここが」

「私有地?」

「うん。今日歩いてきたのもどこかの家の山林だよ」

 枝を切り進めながらオノノキは那由多に返した。まるで当然のような口調である。

「つまり、不法侵入ってことですか?」

「ちゃんと許可は取ってるよ。それに魔化魍はどこの海にも山にも出てくる可能性があるから、どこでも行かなきゃ調査にならない。そのための手続きは別の部署で行ってるんだよね」

 オノノキの言う通り、猛士による魔化魍への対策は年中無休、兆候があればどのような場所でも行う必要がある。が、無断で所有者のいる森林に入ることは立派な不法侵入だ。何気なしに眺める大自然でも、そこは誰かの家の持ち物であることが多い。

「今度本部に行ったら、その手続きしてる部署を見に行こう。那由多君も知っておいて損はないよ」

 鬼が山林などを調査する際の許可証などを作成するのも、猛士による鬼のサポートの一環の重要な仕事だ。いわゆる「お役所仕事」であるが、これがあるとないのでは仕事がまるで異なる。鬼がいかに人智を超えた力を持とうとも、社会の中で生きるにあたっては守るべきルールというものがあるのだ。

「現場に行くと鬼たちは何気なしにキャンプを設営するけど、ああいうのも事前に許可をもらった場所」

 小さな声でそうオノノキは付け加えると、切断作業に戻った。いつの間にか、さらに鋸の歯は進んでいる。それを見ると、那由多も手持ち無沙汰に周囲を歩き始めた。

 

「僕も音撃弦を使うとしたら、ここの枝を使うといいんですか?」

 何気なしに落ちている細枝を手に取ると、那由多はオノノキに尋ねかけた。

「そうだね。だけどまずは太鼓からかな。……あ、切れた」

 オノノキが那由多に答えを返すと、べきべきと音を立てて枝の一方が切れた。その切口を確認すると、オノノキはそこから一メートルは離れた場所を切るべく鋸の歯を入れた。

「なんで、僕はまず太鼓なんですか。色々武器の種類はあるのに」

「太鼓以外は夏の魔化魍に対応できないからだよ。夏の魔化魍は太鼓以外だと分裂するからね。サカマキも夏場は太鼓使うし、使わないといけない」

 魔化魍にも色々と種類があるが、夏場に出現する魔化魍の一部は体躯があまり巨大ではない代わりに、親が子を生み出し分裂する特殊な習性をもつ。それらは斬撃や射撃で身体の一部を飛散させてしまうと、そこから分裂する危険性がある。そのため、音撃棒により清めの音を直接身体に響かせないと清めることができないのだ。

「織管の圧縮射撃による圧潰、なんて今は誰も使えないからね。だからまず太鼓から覚えよう」

 また織管だ、と那由多は思った。正直なところ、音撃武器は複数の種類があるのに、なぜ太鼓から学ばなければならないのか、と質問したのは那由多にとってこれが初めてではなかった。その度に同じような理由の説明を受けていたのが、その度に音撃織管という単語が引き合いに出されていた。オノノキの口ぶりからきわめて強力かつ破壊的な音撃武器であることは想像がついている。しかし何かのたびに彼女は織管を引き合いに出すので、使い手か何かに恨みがあるのではないかと那由多は思っていた。 

「それじゃ、この辺の枝でも作れるんですか?音撃棒」

 内心に渦巻いた感情を隠しながら、那由多はオノノキに尋ねた。その言葉にオノノキは顔を上げる。

「うん。もし気になるならさ、その辺りで手触りが良さそうな枝を拾ってきなよ。確認しよう、後で」

 そう言うと、オノノキは那由多に枝を拾ってくるように促した。それを断るような理由もないので、那由多は周囲を散策し始めた。

 

「とりあえず拾ってきましたけど……」

 しばらく巨木の近くを歩き手頃な太さの枝を拾い集めて来た那由多は、抱えていた枝束をオノノキの前に広げて見せた。既にオノノキは太い枝をいくつか切断し終えた後だった。

「お、お疲れ~。パッと見た感じ、太さは良さそうだね。練習の成果だね」

 切り終えた丸太の上に座るオノノキはそう言うと那由多が拾い集めて来た枝に手を伸ばし確認を始めた、枝を見つめる視線は真剣そのもので、思わず那由多は唾を飲み込んだ。

「可、不可、不可、不可、可……」

 そう繰り返しながら、オノノキは目の前の枝を仕分けていく。それが終わると、抱えてきた束で残っていたのはわずか数本になっていた。

「枝から削り出すからこの状態では音撃棒よりもやや太い方がいい……そこは那由多君も気づいてるね。そこに長さ。音撃棒の長さにしたときに、不要な枝が生えていない方がいい」

 そう言うとオノノキは腰から音撃棒「釣鐘草(つりがねそう)」を一本取り出し、不可と判断した枝の横に添えて見せた。

「大自然のものだから、いつでも適した素材がそろうわけじゃないけど……。ここがむずかしい。音撃棒は呪術により縮小し携帯するから」

 オノノキがわずかに気を込めると、手にした音撃棒が倍近い長さに一気に伸長した。音撃棒は普段は携行しやすいように、呪術を用いてサイズを縮めている。魔化魍と戦う際にのみ、元の大きさに戻しているのだ。

「だから長いよね、意外と」

 不可と判断された枝には、音撃棒の長さを一本切り取れる場所はなかった。対して、可と判断された枝には、音撃棒の素材として利用できるまっすぐした部分を切り取れるだけの長さがあった。

「これだけ分かるだけでも十分。ここから持ち帰って不要な水分を乾燥させて、カラカラにするんだ。そこから加工するんだけど……今度霧ちゃんに持っていこう」

 オノノキはリュックサックから取り出したロープで枝を縛ると、那由多に手渡した。そして太い丸太を縛り背負うと、リュックサックを体の前に装備した。

「じゃ、帰ろうか。お昼、何食べたい?」

「……ラーメン」

 枝をリュックにしまい込んだ那由多が小さな声でそう返すと、オノノキは立ち上がり来た道を戻っていく。その背中を那由多はついていく。

 

 大事な人を殺し殺された、歪な師弟関係。しかし、少しずつではあったが那由多とオノノキはお互いに歩み寄り始めていた。

 

―続―

 

・用語:スメール・プロジェクト

 

 ―検閲済み―

 

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