序章「鐵葉鬼」
人っ子一人いない暗闇、深夜の山中に小さなテントが立っている。小さな明かりがともったその中からは小さな話し声が漏れ聞こえる。
「師匠、眠れないんでまた昔話が聞きたいんですけど」
「君は本当に昔話が好きだね。まあいいけど」
眠気が混じった小さな声が続ける。
「これは日本全国を覆った戦乱の世が終わった頃、二人の鬼が殺し合う話さ……」
戦国が終わり天下泰平の世が訪れて数年。関西部の辺境の山城に駆けよる影が一つあった。黄昏時の闇に紛れ、その影の足音がけたたましく廊下を鳴らしていた。
「お館様大変です!領地に例の化け物が!」
襖を開け放たれるや否や放たれたその男、家臣の言葉に部屋の主は露骨に不快そうな表情を浮かべた。
「なんや喧しいな、そんな大声出さんでもワイには聞こえとるがな」
既に寝床から立ち上がっていた部屋の主、全身傷だらけの筋骨隆々の巨漢、起きたばかりの髪はうねりながら肩口まで垂れさがっている。その双眸は爛々と輝いており、鋭い犬歯が見え隠れするその口から放たれた声は実際の音量以上に家臣を委縮させた。
「申し訳ございません、橅森様、否『ブリキ』様……!」
「まあええわ。魔化魍が出たって事なら、ワイら『鬼』の出番ちゅうことや。しもべ連中は民間人を起こして避難させや。『鬼兵隊』を叩き起こして仕事の準備をさせや。ワイも後から行くで」
どたどたと廊下を走っていく家臣を横目に、ブリキと呼ばれた男は落ち着いた様子で身支度を始めた。その動きは手馴れており、こうした事例が彼にとって日常であることが傍目からでも伝わる。この男は、戦乱の世を生き抜いた大名「橅森 文明」であると同時に、人々を襲う異形の怪物「魔化魍」を打ち倒し世の安寧を守護する「鬼」なのである。
「ほーん、今動けんのはこんなもんか。まあええわ」
数刻後、屋敷の前にはブリキを始めとして幾人かの屈強な男たちが並んでいた。その服装は禊の際に身につけるような行衣であり、彼らの領主たるブリキのみがしっかりとした直垂を身に着けていた。ブリキが合図すると、並んだ男たちは懐から不可思議な道具……鬼面の意匠を持つ音叉のような物を取り出し、手で打ち鳴らした。夜の闇に清廉な音が鳴り響く。男たちが音叉を額にかざすと、彼らの額からも黄金の鬼面が姿を現した。その憤怒の表情は全身から溢れ出る力をむしろ抑えつけているようだ。同時に、彼らの全身を音の波が覆っていく。周囲にあった砂や落ち葉はその勢いに弾かれていく。力強く彼らが腕を振ると、そこに立っていたのは巌のような筋骨隆々の肉体に、頭部には天を突く巨角を戴く異形の存在「鬼」の姿であった。彼らは各々簡単な準備運動をしていたが、ブリキが鈴を鳴らすと、月明かりが照らす闇の内に駆けていった。その姿は只人の目では追うことのできない素早さである。彼らは途方もない修練の果てに人智を超えた力を発揮する、「鬼」なのである。
「さて、ワイもいっちょ行きますか」
そうブリキが呟くと、彼も同様に鬼面の音叉「変身音叉・音閃(おんせん)」を取り出し、それを打ち鳴らした。変身音叉を額にかざすと、ブリキの額から飛び出したのは鬼面ではなく、猛々しい表情をした牛の顔面である。そのままブリキの全身を光輝が包み込み、彼の姿を異形に変える。光が収まると、そこには一対の巨角を備え、全身の大鎧を無数の鈴で飾り立てた鬼武者の姿があった。彼の変身体「鐵葉鬼(ブリキ)」である。鐵葉鬼が鈴を鳴らすと、闇の中から大柄な軍馬が姿を現した。彼の愛馬「真珠号(しんじゅごう)」である。鐵葉鬼はそのまま馬に跨ると、真珠号は大きく嘶き、月明かりが照らす夜の闇に駆けていった。
山の麓の開けた地にその村はあった。そう、あったのは過去。日が暮れる前までのことである。山々からの清流を受け、農民たちが額に汗して農作物を作っていた決して豊かではなかったが人々の力強い営みを感じさせたその農村は見る影もない。今その村はただひたすらに燃え盛っていた。暗い夜の闇を燃え盛る炎が爛々と照らしている。そこに人間が生きている様子は見受けられない。その火炎を前に黒く輝く肉体を持つ鬼が三人立っていた。ブリキが放った「鬼兵隊」に属する鬼である。鬼の一人が合図すると、別の一人の鬼がどこかに走り去っていった。この惨状を指揮官であるブリキに報告するためである。残された二人の鬼は、生きている人がいないかと、火炎を恐れることなくかつて村だったそこに入っていった。
「誰か見つけたか!」
「いや!こっちはダメだ!人っ子一人いない!」
少し後、手分けして生存者を探していた鬼たちは合流し互いの状況を伝え合った。共に生存者を見つけることはできなかった。すでに手遅れのようである。また火の勢いも早く強く、このままでは自分たちも無事では済まなそうである。ブリキの到着を待つことはできそうにない。万事休すかと困った二人の鬼に、どこからか話しかける声があった。
「何かお探しかい?」
「こんな夜中に、迷い子かな?」
勢いを増す炎の中から二つの人影がゆらりと姿を現した。火炎に照らされたその顔面を見るに、どうやら一組の男女のようだ。その瞳や表情に生気はまるでない。まるで儀式か何かのように着飾ったその衣服はこの延焼する火の中でも火が燃え移る様子はない。そして彼らの纏う異様な気は炎に包まれたこの空間には不釣り合いなほど冷え切っている。まるで太い氷柱を背骨に直接打ち込まれたような、冷え切った異常性を感じた二人の鬼は、この一組の男女が人ならざるモノであることを直感的に理解した。
「いや、よく見るとオニだ」
「オニだね、オニだ」
彼らは黒色や黄色の帯を体に巻き付けたような衣服を身に着けていたが、この炎のなか、焦げや燃えた様子は見られない。高熱の中、汗一つかかずに鬼たちを見つめている。その様子に、鬼たちは警戒を強める。
「まだ食べ残しがあったようだね」
「我が子は大きい餌が好きだ、持ち帰ってあげよう」
炎の中でも通る声。男の顔が女の声で、女の顔が男の声で話す。それを聞くが早いか、鬼の一人が男に殴りかかった。先まで燃え盛る家屋の残骸を軽々と持ち上げていた剛力による一突き。だが、男はその拳を片手で軽々と受け止めると、そのまま自らの肉体を不気味な異形に変えた。全身は無数の毛が生えどす黒く、体表に黄色い細縞が何本も走っている。その顔は、目や鼻、口といった部位の配置自体は人間と似通ってこそいるが、むしろ獣に近い雰囲気を持っていた。女も同様の異形に姿を変えている。
「活きの良い餌だ。我が子も喜ぶ」
男だった異形が口元に白い糸のような物を収束させ、鬼たち目掛け放つ。守りの態勢に入る鬼たちであったが、糸はまるで矢じりのように硬質かつ鋭利になり、前に立っていた鬼の腕に深々と突き刺さった。
「ぐおぉ」
「何をする!」
突き刺さった針の痛みに苦悶の声を上げる鬼。それをかばうように後ろにいた鬼は怪人と化した男女……「怪童子」と「妖姫」に燃え盛る木々を投げつけた。だが怪人はそれを軽々と薙ぎ払うと、口元を笑みに歪めた。
「面白い。随分と活きがいいな」
「おや、我が子が待ちくたびれたとばかりに出てきましたよ」
そうつぶやく彼らの後ろ、燃え盛る家屋の残骸から、巨大な影が姿を現した。地の底から響き渡るような不気味な咆哮。獣のような虫のような胴体からは、巨木のように太く長い脚がいくつも生えている。全体を俯瞰すれば巨大な蜘蛛のような異形。どこか人面を思わせる不気味な顔には鋭い牙が生え揃い、八つの目が爛々と光り輝いている。後の世には人食いの妖怪として語られる魔化魍「ツチグモ」である。
「出てきたな……!」
「魔化魍め!」
対する二人の鬼は、魔化魍と戦えるほど修練を積んできたわけではない。ブリキが率いる「鬼兵隊」はあくまで人間と戦うために鬼の力を流用したもの。魔化魍を鬼石から発せられる清めの音により撃破できるということ自体は知っているものの、実際に魔化魍を清めたことはない。戦乱の世にあっては、そうした魑魅魍魎と戦うよりも人間同士で戦うことの方が重要だったからである。しかし、鬼たちの本来の役割はそうした魔化魍を打ち払うこと。そういう意味では「鬼兵隊」の彼らは鬼の姿こそしているが、その本質は単に鍛えられた人間と変わりはない。
「今は逃げながら、お館様が来ることを待とう!知らせはした、いずれ来るはずだ」
「ああ、こいつらを野放しにするわけにもいかん!」
二人の鬼は、二手に分かれ魔化魍たちから距離を取った。一方、怪童子と妖姫も二手に分かれ鬼たちを追いかける。ツチグモもその八つの目玉で鬼たちを視界に捉え続けている。炎に包まれる村を駆け回る五つの影。不意に、ツチグモの口から放たれた強靭な糸が鬼の一人の腕を捉えた。そのまま鬼の体は宙につり上げられる。
「しまった!」
ツチグモの巨大な牙と顎がバキバキと音を鳴らしながら鬼の体に迫る。万事休すか。そう思った刹那、鬼を縛り付けていた糸が一閃、切り裂かれた。しゃらん、と可憐な鈴の音が響く。
「危ない所やったな、あんま魔化魍清めてないんじゃこの程度だわな」
「お館様!」
軍馬真珠号に乗った鐵葉鬼が手にした宝刀で鬼を縛っていた糸を切り裂いた。力強く着地した真珠号の上で、鐵葉鬼は魔化魍たちに向き直る。
「ツチグモ……。関ヶ原の怨霊か、太平の世に魔化魍の居場所はないんやで」
鐵葉鬼の右手に握られた金剛杵のような武器の片側が伸び、刀の形象を取っている。彼の音撃武器「音撃金剛鈴・烈叫(おんげきこんごうれい・れっきょう)」である。刀を構えながら鐵葉鬼は配下の鬼たちに逃げるように指示する。逃げる鬼たちを追わんとする童子と姫。それを鐵葉鬼の刀が遮った。
「バケモンの相手はワイがするやで~。往生しいや」
ヘラヘラと笑いながらの鐵葉鬼の一太刀が、怪童子の首を一撃のもとに切り落とした。返す刀で妖姫を袈裟切りにする。怪人たちは断末魔を上げる間もなく、白濁した血飛沫を上げ大地に崩れ落ちた。
「ざっとこんなもんや。ワイが何匹殺してきたと思うんや」
天を突く角を指で撫でながら鐵葉鬼がぼそりと呟いた。そこには能天気で飄々とした普段のブリキの姿はなく、魔化魍を狩る仕事人の鬼「鐵葉鬼」の姿があった。
烈叫を振るい、返り血を払った鐵葉鬼の視線は巨大な魔化魍、ツチグモに向けられた。同族を殺されたツチグモは怒りか悲しみか、轟々と吼えている。ツチグモの赤く輝く爛々とした眼が、鐵葉鬼を真直ぐに睨んでいる。怒れる魔の八本の巨脚が鐵葉鬼に向けて繰り出された。紙一重の動きで躱す鐵葉鬼。鐵葉鬼から外れたツチグモの脚の蹴り込みが力強く大地を抉り、家々の残骸を粉々に粉砕する。更に迫ったツチグモの脚を鐵葉鬼の烈叫が弾き返した。ツチグモの甲殻が裂かれ拉げる。ツチグモの苦悶の咆哮。しかしそれもわずかなこと、ツチグモは赤く爛々と光る目玉で鐵葉鬼を見据え、それを捕らえんと放射状に広がる糸の網をその口腔から放った。網が鐵葉鬼の正面に迫る。
「ハァッ!」
だが鐵葉鬼が振るう光の刃の連撃がそれを細切れに切り裂く。粘着力を失った糸は散り散りに村を舐める炎の中に消えた。大顎を開き迫るツチグモ。鐵葉鬼はそれに恐れることもなくむしろツチグモに向け走り、迫るツチグモの脚の節々を狙い、烈叫の刃でそれらを切り裂いていく。次第次第に減っていく足の数ではその巨体を支えきれなくなり、炎の中に倒れ込むツチグモ。
「デカい魔化魍は足を奪って動けなくするのが定番やな」
最後の抵抗か。口元に糸を針のように収束し、鐵葉鬼に向け連射するツチグモ。それを最早鐵葉鬼は避けようともしない。烈叫の刃でそれらを薙ぎ払うたびに、全身の鈴が可憐で清廉な音を奏でる。
「さて、そろそろ終いやな」
鐵葉鬼はそう言うと、烈叫を腰に締めた帯に近づけていく。丹田の下あたり、そこに取りつけられていた三つ巴のような文様は、近づく烈叫に反応し、まるで鈴のような立体的な姿を形どった。鐵葉鬼の音撃武器「音撃鈴・鐵塵(おんげきれい・てつじん)」である。鐵葉鬼はゆっくりと烈叫を引き抜いていくと、宝刀のようだったそれは鈴の部分を頭にした戦棍のように姿を変えた。握り心地を確かめるように、数度それを振り回す鐵葉鬼。その度にしゃらん、しゃらんと鈴から音が奏でられる。音撃鈴に内蔵された鬼石が奏でる清めの音である。これは魔化魍に対し特効であり、その音が響くたびに、ツチグモは苦悶の嗚咽を上げていた。これと同様の小型の鈴を、鐵葉鬼は全身に装備している。数度ツチグモに向け、音撃鈴を振るった鐵葉鬼は調子を整えきったのか、大きく深呼吸し、音撃鈴を構える。
「音撃響・咆無祭鳴(おんげききょう・ほなさいなら)ァ!」
鐵葉鬼は手にした戦棍、音撃金剛鈴を大きく振りかぶり、ツチグモの顔面を力強く打ち抜く。さらに連撃。その度に清めの音が魔化魍の全身に浸透する。その頭部を胴体に埋める程の打撃を受けたツチグモは清めの音に耐え切れず、全身を塵芥に変え、果てた。魔の残骸は村を覆う炎に呑まれ、消えた。この火の勢いが魔化魍の痕跡さえ燃やし尽くしてしまうだろう。そこに住んでいた村人の営みさえも同様に。鈴の音で真珠号を呼び寄せた鐵葉鬼はそれに跨り、燃え盛る村から去っていった。
その後ろ姿はどこか物寂しい様子であった。鬼たちは静かにかつて村だった場所から去っていく。いつしか降り出した雨が彼らの肩を濡らしていた。
「橅森……否『ブリキ』殿。御伝えしたいことが……」
灯台の光が静かに輝く一室に、影がぬるりと入り、その部屋に横になる男に話しかけた。その立ち振る舞いは唯人の物ならず。館の警備をものともせず、真直ぐにその館の主たる男の部屋にたどり着いたのだから。
「吉野……いや『猛士』からの使いっちゅーんでええんか?」
横になる男、すなわちこの館の主たる男の問いに、影は無言の首肯で応えた。
「まあその猛士とか言うん奴が最近出来たってのは知っとるんやが、ワイに一体何の用や?」
「実は東北の果てに居ると聞く、異形の『鬼』を退治して頂きたく……」
鬼退治か?と横になるブリキは疑問に思った。ブリキこと橅森は西国に領地を構える大名である。戦国時代こそ目立った活躍はできなかったが、堅実に戦い領地を広げてきたと自他ともに認識されている。そんな自分に何故?ブリキはそう思った。
「ほーん。何でもってワイにわざわざ言うてきたんや?」
「それはブリキ殿の『鬼兵隊』を率いる力を上層部は買っております。この度の鬼、他の鬼たちでは戦いにすらならないかと」
橅森ことブリキが戦国の世で戦い抜いてきた理由が「鬼兵隊」である。これは、極限以上に鍛えぬいた人間が変じた「鬼」で編成された軍隊である。鍛え抜かれた五体は刀も銃撃も通さず、一方でその拳、蹴りで甲冑ごと敵兵を砕く。そうした人間を超越した文字通りの鬼で作られた軍隊。戦国の世においてどれ程優位なものだろうか。名だたる大名達の間で、このブリキが埋もれず戦い抜いてきた理由がそこにある。そしてまた、ブリキも同様に「鬼」である。それも百数十人の鬼を率いる強力無比な猛者である。
「まあ仰ってることは分かりますわ。まあその程度の任務ならアンタら『猛士』の中でもおるんやないか?その辺りどうなんや?」
「それは……」
「猛士」とは全国に大勢いる鬼たちを支援するために最近作られた組織である。「鬼」がなぜそこまで体を鍛えるのかと言うと、それでしか対抗できない異形の怪物「魔化魍」を打倒するためにある。後世には妖怪、魑魅魍魎として伝えられるそれらは、この江戸時代初期には、日本各地に跋扈し、見境なく人々を襲っていた。かつては戦乱の世を鬼の力で蹂躙したブリキの率いる鬼兵隊だが、泰平の世においてはそうした魔化魍と戦うことも任務の一つである。しかし、先のツチグモとの戦いのように鬼兵隊の音撃技術は極めて未熟だ。魔化魍を倒す役割はもっぱらブリキが担当していた。
一方で、ブリキの鬼兵隊のように組織だった鬼たちこそが例外であり、全国各地に点在する鬼たちは孤独に魔化魍たちと戦い続けていた。その中で、人から外れた異形を理由に人々から迫害を受ける者たちも少なくはない。如何に肉体は人知を外れた強力なものであっても、その心は人のものである。だからこそ鬼はそのような迫害にひどく悲しみ、苦しんできた。そうした鬼たちを支援するために立ち上がった組織が「猛士」である。そうした鬼たちを迫害などから守り、魔化魍退治をサポートする組織である。その本部は歴史的に鬼と人が共存してきたとされる吉野の地に設立されている。
「まあええわ。この前の『オロチ』では西鬼や威吹鬼どもに後れをとったけどな。ワイの鬼兵隊の運営力を吉野の老いぼれどもが買ってるってことは知っとるんやで。ちょうど江戸の田舎モンからも指示もろてるしな」
ブリキの手にははるか東北の地に潜む「異教徒」の征伐を命じる文書が握られていた。
「同じ東北の田舎。異教徒にはぐれ鬼。何か関係があってもおかしくはないやろ。まあ何の関係もないかもしれんやが、君ら『猛士』の顔を立てるわけやないが、ちょうど行くからついでにやるんやな。さながらワイは伝説の征夷大将軍やで」
横になりながらブリキは続けた。その言葉にはわずかに怒気を感じられる。それは、自らの威信を汚されたことへの憤りが込められたものだった。天下泰平、領地を治める権力者であるブリキではあるが、その内側には野心があった。自らの鬼の力で一層勢力を広げようという支配欲、そして血狂魔党との決戦に乗り遅れた劣等感が、ブリキの心の奥底でくすぶっていた。だからこそ、今回の猛士らの命を遂行しようと考えたのである。もちろん、一人の鬼として平和を脅かす存在を捨ておくことはできない。それと同時に一人の人間として、自らの力を振るいたいという思いも同時に存在していた。
「ほんじゃまか、家を頼むで。文一郎、文二郎、あかり。お母ちゃんを守ってやるんやで。真珠号、皆をよろしゅうな」
「文明様、どうかご無事で」
翌日朝早く、山城の玄関口では一つの家族が別れを名残惜しんでいた。ブリキとその妻子たちである。これからブリキは配下たちと共に東北の果てへ、幕府に従わぬまつろわぬ者どもの征伐に赴くのである。その上、ブリキと同じの鬼を退治するのである。如何に戦国を生き抜いてきた家族と言えども、鬼退治となると心中穏やかではない。鬼であるブリキのまさしく人知を超越した強さを最も近くで目にしているからである。
「まあそんな心配そうな顔をせんでもええんやで。ワイは無敵の鬼なんやから、よーわからんバケモン程度簡単に倒して帰ってくるやで」
心配そうな表情を隠しきれない家族に対し、ブリキは努めて明朗に話す。一家の大黒柱として、そしてかつては戦国大名だった男として、家族に心配をかけるわけにはいかない。ブリキは家族をがっしりと抱き寄せた。自らの愛情を彼らに伝えるためである。
「お館様、そろそろ……」
「折角の家族団欒もここまでや。まあすぐに戻るから安心して待っとるんやな」
そう言うとブリキは配下の鬼たちが持ち上げる駕籠に乗り込んだ。今回の異形の鬼討伐にはブリキ以下鬼兵隊数人とその他人員が十数人同行した。関西部から奥羽までは遥かな旅路である。山城を去っていく行列を、ブリキの家族は不安そうに見送った。
駕籠に乗ったブリキは、懐から紙を取り出す。それは夜半の侵入者から渡された手紙であり、遥か東北の地に潜む「まつろわぬ鬼」がもたらした被害について、概要が記されていた。読んでみるとそこには、幕府の捜索隊や道中を行く興味本位の人間などを襲撃する鬼に関する情報が記されていた。
その鬼の姿はあまり詳しくは分かっていない。というのも目撃者のことごとくが死ぬか行方不明になっており、情報を得られないのだ。だが、その鬼が訪れたという地にはまるで砲撃を受けたような破壊の痕跡が残されるのだという。砲撃の威力は絶大であるが砲弾は残されていない。まるで鉄砲水か突風を受けたような衝撃跡のみが残されるという。僅かな目撃情報によると、常に馬が引く車のようなものに乗っているらしい。そしてその暴力の対象は決して魔化魍だけでない。山沿いの街道を商人たちや興味本位の人々が歩いていると、時折魔化魍に襲撃されることはこの時代においてよくあることだ。むしろ魔化魍に襲われることは災害に近く、野盗に襲われる方がより不運かもしれないという意見も市井では聞く。
魔化魍と唯一対等以上に戦えるのが、ブリキのような「鬼」であるが、その数は決して多くはない。そして人々には鬼も異形の者として忌避されており、魔化魍の被害は無視できない大きさのものである。ようやく、鬼たちを助けようという動きのが起こってきた中で、鬼による人的被害は無くしたい所なのだろう。いかに身体を鍛え超常の力を手にしたとしても、必ずしも心まで鍛えられているわけではない。魔化魍と相対する鬼は、鬼である以前に「人」である。もしそうでなければ、「オニ」も魔化魍と同じ、無辜の人々を襲う人食いの化け物だ。そして東の果てには自ら人を襲う鬼がいるのだという。それは許されるものではない。その威容と強さで敵軍のみならず味方さえ震え上がらせた我らが鬼兵隊も、ようやく泰平の世で少しずつ、人の間に馴染んできたのだ。それがこのような化け物鬼がいては、鬼兵隊もいつ排斥の対象になるものか分かったものではない。そして彼らの長としてそれだけは避けなければならない。そう思い、ブリキは手にしていた紙を閉じ、懐へと戻した。
「まつろわぬ鬼、か……」
続いてブリキが取り出したのは幕府からの手紙だ。そこには東北を根城にするという「異教徒」についての調査がまとめられていた。その異教徒が信仰する宗教が幕府の泰平を脅かすものとされ、彼らの棲家に出没する「鬼」についても猛士の報告書同様に記されていた。
ワイは自分と同じ「鬼」を殺すのか。自分が育てた部下たちと同じ鬼を。今自分が乗る駕籠を担ぐ部下も鬼兵隊の一員であり鬼だ。鬼兵隊の鬼たちは全員顔と名前を思い出せる。戦乱の世に落命した者も含め全員だ。生まれ育ちが違えと、彼らと同じ「鬼」を殺さなければならない。果たしてワイにそれだけの覚悟はあるのか。そう逡巡しているうちに、いつしかブリキは眠りについた。
―続―
・音撃戦士鐵葉鬼
変身者・ブリキ(橅森 文明/ぶなもり ぶんめい) 32歳 男性
身の丈(身長):7尺5寸(237㎝) 目方(体重):47貫(176kg)
変身アイテム
変身音叉・音閃(おんせん)
音撃武器
音撃金剛鈴・烈叫(れっきょう) 音撃鈴・鐵塵(てつじん)
特殊武器
鳴刀・音叉剣
軍馬・真珠号(しんじゅごう)
必殺音撃
音撃響・咆無祭鳴(ほなさいなら)
戦国時代に生きた鬼であり戦国鬼大名が一人「橅森 文明」が鍛錬を積み特殊な音波により変身した姿。戦国の鬼の例に漏れず頭部には鬼面ではなく猛牛の獣面を戴く、全身に鈴を装備した重装甲の鬼。ヴァジュラとモーニングスターを合わせたような音撃武器「音撃金剛鈴」を扱う。必殺音撃「音撃響・咆無祭鳴」はメイス状になった鈴で相手を打ち据える形態、鈴から光の鎖を伸ばしフレイルのように叩きのめす形態、ヴァジュラの反対側から光の剣を伸ばし、フレイルと共に相手を撃滅する形態が存在する。
独自の配下として鬼の力を持った戦士「鬼兵隊」を率いて戦国の世を生き抜いてきた。オロチの出現には乗り遅れたが、その実力は本物。天下太平の世において自らの力を持て余している。
・魔化魍ツチグモ
身の丈(身長):27尺(8.18m)
目方(体重):1600貫(6.0t)
特色/力:口から吐く粘着性の糸、高い脚力
クモと虎の特徴を併せ持った巨大な魔化魍。白い体色に幾本かの黒い線が入ったような体色をしている。猛獣のような咆哮をあげることも特徴の一つ。人肉食、特に若い女性や子供の肉を好む。巨体を支える強靭な脚力も脅威である。口から粘着性の糸を吐き、これを用いて獲物を捕獲する。
・ツチグモの怪童子
身の丈(身長):6尺6寸(2.09m)
目方(体重):40貫(150.0㎏)
特色/力:口から吐く粘着性の糸、爪状に変化した腕
ツチグモの童子の戦闘形態。口から粘着性の糸を吐き出す能力がある。また腕をクモの足のような鋭い爪に変化させ、武器として振るう。
・ツチグモの妖姫
身の丈(身長):5尺6寸(1.7m)
目方(体重):36貫(135.0㎏)
特色/力:口から吐く粘着性の糸、爪状に変化した腕
ツチグモの姫の戦闘形態。口から粘着性の糸を吐き出す能力がある。また腕をクモの足のような鋭い爪に変化させ、武器として振るう。