オノノキの運転する乗用車が山道を抜け、やっと大きく開けた場所についたころには、すでに到着していたサカマキと糺がキャンプを設営していた。
「あっ!先輩!やっと着いたね」
「ごめん、遅れた?」
「いえ、こちらもまだ到着したばかりで」
そう言う糺であったが、既にテントなどの設営は完了し、サカマキは車両のトランクから索敵用のディスクアニマルの入ったコンテナを取り出していた。
「早いね、さすがに」
「いや、普段は沙門くんが動いてくれるからもっと早いよ」
サカマキは微笑みながら沙門の方を見た。視線を向けられた沙門は照れ臭そうにしている。
「そんな、師匠。俺なんてまだまだですよ」
「あれ、まだまだなんだ、沙門君は」
そうオノノキが茶化すと、沙門は肩をすくめてみせた。
「師匠のおかげで、何とかなってるだけですよ」
「……師匠のおかげで、ね。那由多くん、私たちも手伝おうよ」
沙門の言葉に小さく息を吐くと、オノノキは那由多に行動を促した。彼女の言葉に那由多は無言でうなずくと、糺の方に向かい荷物を出し始めた。
「那由多くん、手伝ってくれるのかい。ありがとう」
「いえ、そんなにたいしたことではないです」
荷物を取り出しながら、那由多はそう言った。その様子をオノノキは見ると、沙門にサカマキの方へ共に向かうように促した。
「じゃ、こっちも準備しますか」
「ああ、早いに越したことはないね。沙門君、地図を」
「はい!」
元気よく返事をすると、沙門は手慣れた様子で折り畳みテーブルを組み上げ、そこに近隣を示した地図を広げた。
テーブルの上に広げられた地図をオノノキは覗き込む。そこにはこのキャンプの位置や事前にサカマキたちが調査した点、魔化魍と遭遇した点にはすでに印がつけられていた。
「……水場、谷だね。湿気が多い場所を好むのか」
眼鏡越しの鋭い視線が地図上を舐めるように見つめる。その鬼気迫る様子に沙門が声を上げた。
「オノノキさん、実際に魔化魍見てないのにわかるんですか」
「わかるでしょ、地図見れば」
「あ、すみません……」
冷徹にも近いトーンで淡々とそう返すオノノキに、沙門は小さい声で謝ると、そのまま黙ってしまった。
「湿気や水分が多いところなら、私に有利だ。それに天気予報ではこの辺りは明日から数日雨が続く。先輩もいれば早いうちに倒せるはずだよ」
サカマキは自信ありげに微笑んで見せた。しかしそれは、未知の魔化魍に対して自分を鼓舞する意味合いもあった。
だが、サカマキや沙門をよそに、オノノキは目を細めて地図の印を繰り返し確認する。
「……違う。単に水場を好むならツジガミがレアなはずがない。もっと何か意味があるはず」
いつの間にか、オノノキの口元には煙草が咥えられていた。不規則に光る炎は、オノノキの頭の回転を示しているようだった。
「……先輩!ちょっと先輩!」
強く集中していたオノノキの意識を呼び戻すように、耳元にサカマキの叫びが聞こえた。それに驚くように、彼女は顔を上げた。
「んえ、何?」
「火!火が地図に当たるって!」
その言葉にオノノキは驚いた様子で数歩後ずさり、咥えていた煙草を携帯灰皿に入れた。中途半端に残った煙を一気に吐き出すと、オノノキはサカマキらに頭を下げた。
「ごめん。不注意だった」
「わかれば、よろしい」
珍しく厳しめの口調でそう言うと、サカマキは小さく息を吐き、肩をすくめて見せた。
「以後気を付けます。それで、魔化魍の動きは?」
頭を上げたオノノキがそう言うと、今度は沙門の方が口を開いた。
「昨日の朝、この上流の方の谷で最初にディスクアニマルで発見しました。それで、全く知らない魔化魍だったもんで、警戒しながら向かったのが昨日の昼っす。ほら、ここ」
沙門が地図の印を指さして見せた。そこにはひときわ大きく目立つ円が表記されていた。
「ちょうど沢の合流地点。だけど、ここにはいなかったんだ。同時に偵察用のディスクアニマルを放っていたけど、その目撃情報があったのは別のここ」
サカマキはそう言いながら地図上に表現された谷をなぞってみせた。その指先にはまた丸い円が記されていた。
「近辺の記録の写真でも、魔化魍の移動で倒れた木が残ってたっす」
沙門がそう続けると、彼は携帯電話を操作し、ディスクアニマルが撮影してきた写真のデータをオノノキに見せた。彼女はそれを確認すると、サカマキらに尋ねかけた。
「なるほど、ここも沢の合流地点だ。どう思う、サカマキ。祓えそう?」
「そうだね……。写真や映像を見る限り、かなりこちらも近接して戦わなければならなそうだ」
サカマキは沙門から携帯を受け取ると、画面を操作し魔化魍の姿が写った写真をズームした。そこには分厚い毛皮とその奥に輝く甲殻が見て取れた。
「昨日それで夕方に一度キャンプを畳み、急いで戻ってきたんだ。だけどそのおかげで実際に戦う前に先輩の意見を聞けたことは大きい。それでもね」
サカマキはそう続けると、地図上の印をなぞってみせた。最初に目撃された地点、二番目に目撃された地点を指先が結ぶ。
「今はもう夕方だし、現場を一日不在にしてしまったことは大きい。すでに、魔化魍がだいぶ人里まで近づいているかもしれない」
サカマキは地図上の指を大きくスライドしてみせた。そこには民家が点在する集落が示されていた。その記号を見ながら、彼女はキッと唇を結んだ。
「毎日毎日『歩』の人たちや他の鬼たちが日本各地の現場を見てるはずなのに、魔化魍は必ず発生してくる……。何とか、もっと犠牲を減らさないと」
そう言うとサカマキは天を仰いだ。すでに視界の端はわずかではあるが青く暗くなっている。まもなく日没だろう。
「なーんか、さっき打ちあがったっていう人工衛星みたいなので地上をモニターできたりしないんすかね」
師匠に従うように何気なく空を見上げた沙門は、ぼそりとそう呟いた。それを聞き、オノノキはわずかに眉を寄せた。
「……それじゃあ、音式神に頼んで動いてもらおう。日が暮れる前に」
「そうだね。沙門君、ディスクを出してくれないかい?」
「はい、ただいま!」
話題を変えるかのようなオノノキの言葉に従い、沙門はコンテナを広げディスクアニマルの展開の準備を進めた。
索敵用のディスクアニマルの準備の様子を視界の端にとらえながら、糺は那由多に声をかけた。
「那由多くんは向こうに行かなくてもいいのかい?」
「……大丈夫です。僕は」
小さな声でそう返すと、糺もそれ以上は追及しなかった。粛々と、キャンプの準備は進んでいった。
「これで完了。けど、もう夜だね」
サカマキが最後のディスクアニマルに指示を書き込んだ時には、周囲はもう暗くなっていた。すでにテーブルは片づけられ、オノノキが持つランプのライトが辺りを照らしていた。
「ディスクを展開し終えたら、今日はもう食事にしようか。遅い時間に行動するのは危険だし」
「サカマキの言う通り。休めるときに休んだ方がいいよ、相手は未知の魔化魍だし」
オノノキがサカマキの言葉に同意すると、サカマキは頷いてみせた。そして変身鬼弦を展開すると、露出した弦を弾いた。すると、銀灰色だったディスクが見る見るうちに鮮やかな色彩を帯び、様々な動物の姿に変形して辺りを包む暗闇の中に消えていく。その姿をサカマキたちは見送った。
その後ろでオノノキは別のディスクアニマルを展開させていた。未だ試験中の夜間調査型「羅紗木兎(ラシャミミズク)」と「蘇芳蝙蝠(スオウコウモリ)」もまた、同様に暗闇へと姿を消していった。
「……多分、あの辺りかも」
オノノキが呟いた言葉もまた、暗闇の中に溶けて消えた。
天気予報では明日から雨だった。しかし、山の天気は変わりやすい。天候の急変を警戒しオノノキたちはテント内で食事をしていた。全員で五人という人数は、普段の現場よりも賑やかなものであった。
「沙門さんは、もう変身できるんですか?」
テントの中央に鎮座する鍋からおかわりをよそいながら、那由多は沙門に尋ねた。
「いや、俺はまだまだ。最近なんとかディスクを展開したりはできるようになったところ」
「音式神なら練習中だよ。那由多くんも」
オノノキの言葉に、沙門は目を丸くして驚いた様子を見せた。
「マジかよ。それじゃ今度来た時手伝ってくれよ」
「いえ、僕は最近になってディスク型をようやく使えるようになったばかりなので」
「最近になって?ってどういうことよ?オノノキさんもディスクアニマルと音式神って言葉を区別してるみたいだし」
那由多への疑問をそのまま口にした沙門に対して答えたのはサカマキだった。
「音式神、っていうのは少し古い言い方だね。音撃戦士の発する音波を媒介にして機能する式神、それが音式神。ディスクアニマルはあくまでその一種だよ」
そこまで言うとサカマキは一度鍋の具を口にした。
「まあ、もうほとんどの鬼が使うのはディスクアニマルだから、ほとんど意味合いとしてはイコールになってしまっているけどね」
「へえ、そうなんですか。師匠」
沙門は納得したように頷くと、鍋を食べ進めた。そこにオノノキが続ける。
「初歩的な式神。鬼弦がなくても式を打てば簡単に使える」
それこそ、古い鬼たちは紙なんかに式を打って使ったらしいよ、とオノノキは続けた。
「そういえば、オノノキさんが最近身に着けている鎧、あれも音式神の一種なんですよね。サカマキから聞きました」
今度は糺がオノノキに尋ねかけた。その言葉に彼女は頷く。
「鬼に動物の能力を持たせて動きをサポートさせてる。サカマキみたいに強くなりたくて」
そう答えると、オノノキはサカマキに視線を向けた。その視線に戸惑ったように、サカマキは微笑んで見せた。
サカマキが変身する音撃戦士逆巻鬼は、頭部と尻尾がサメのものになっている異形の鬼だ。長く過酷な鍛錬の末に変じたその身体は、他の鬼たちと比べてもなお強力なものだ。鬼の能力強化に対する外部アプローチとしてオノノキが音式神の鎧を考え付いたのも、彼女の存在あってこそだった。
「私だって、まだまだだよ。沙門君に頑張ってもらわないとね」
「僕も沙門君に期待してるよ」
サカマキと糺が沙門にそう声をかけた。その言葉に彼は照れ臭そうに笑う。その様子をオノノキと那由多は一言も発さずに見つめていた。
翌日の早朝から、もうオノノキたちは動き出していた。夜遅くから降り出した大雨が、テントを打ち付けている。彼女たちはテント内にとどまり、帰還してきたディスクアニマルの情報を手分けして精査していた。
「……そっちはどう?サカマキ」
「目撃情報があった谷沿いに展開した方は駄目なようだね。この谷を移動したんじゃないのか……」
解析し終えたディスクを丁寧に傍らに置くと、サカマキは広げた地図を前に考え込んだ。テントの中に置かれたランプの光が地図を照らしている。
「あれ、この印は先輩が?」
ふと、地図に見覚えのない印が追加されていることにサカマキは気づいた。そのことを尋ねるとオノノキは首を縦に振った。
「試作型の夜間偵察タイプをそっちに」
「でも、これはだいぶ位置が遠くないかい?一体どうして?」
言いながらサカマキは地図上の印同士を指でつないで見せた。最初と二番目の目撃情報が得られた場所から、オノノキがディスクを放った場所は地図上でも大きく離れていた。
「地脈、なんじゃないかって」
「地脈?」
オノノキの言葉にサカマキが問いを返した。
地脈とは地下水脈のことを指す場合もあるが、この場合オノノキが使ったのは、地面を流れるエネルギーのことだ。その流れは地表面に現れる山や川の流れとも密接に関連している、ということだ。
今追っている魔化魍は単に谷に沿って高所から低所に移っているのではなく、地脈の流れの強い方を目指している、というのがオノノキの仮説だった。もし本当に自分の予測通り「ツジガミ」なら、そうした地脈のぶつかる場所を生息環境として好むだろう。それが数少ない過去の出現例に目を通してのオノノキの考えであった。
しかし、オノノキも地形図を見てこの辺りが地脈だろうとヤマを張ったに過ぎない。そのうえ本命はサカマキが展開した谷沿いの方である。
だが、もし本当に情報の少ない魔化魍ならば、出現したときの環境を事細かに記録する必要がある。そうした情報の積み重ねで、未知は既知へと姿を変える。今わからなくても明日わかるようになれば、次につなげることができるのだ。
「噂をすれば」
そう説明していると、オノノキが放った羅紗木兎が到着した。彼女はそれを手慣れた様子でディスク形態に戻すと、その解析に移った。
「……こっちはだめか」
ディスクを傍らに置くと、オノノキはさらに別のディスクの解析に移る。地図上にはディスクの解析が終わった順に印がつけられていった。
その後オノノキの放った試験用ディスクアニマルがいくつか帰還してきたが、そのどれからも成果は得られなかった。しかし、その手掛かりが得られたのはサカマキが他のディスクアニマルのサポートとして後衛に回していたディスクアニマルからだった。
「え、何でここに……?」
サカマキが地図上の印を何度も確認する。そこは谷の近くでも何でもない場所だった。何かの間違いではないかと、彼女の視線は何度も図面を行き来した。
その様子にオノノキが何かを思い立ったように別の地図をリュックから取り出し、二つを見比べた。
「……そうか。そういうこと」
オノノキが何かに合点したように言葉をこぼした。そして地図の上に覆いかぶさるようにしてその地点を確認する。
「……那由多くん、この地図記号わかる?」
がばっと顔を上げて振り返ったオノノキは、そう言いながら手元の地図に記された記号を指さした。
「……?」
地図をのぞき込む那由多の目に映るそれは、ちょうど「田」の漢字を斜め倒しにして並べたかのような図形だった。
「……確か『太陽光パネル』ですよね?」
少し考え込んだ那由多は、自信なさげにそう答えた。
「正解。つまりこの辺りは太陽光発電所なんだ」
「さすが那由多、詳しいじゃんか」
「地図を見る仕事だから、沙門君にももっと詳しくなってもらわないとね……」
後ろでようやっと合点した沙門に、糺がややあきれたトーンでそうこぼした。
「けど先輩、どうしてだい?発電所と一体何の関係が?」
サカマキが静かなトーンでオノノキに問いかけた。その言葉にオノノキは太陽光発電所の記された地図を全体に見えるように置いた。
「山を切り崩して作るんだ。太陽光発電所って」
オノノキはペンを懐から取り出すと、地図上に線をいくつか引いてみせた。その線は等高線となり、地形としての姿を見せた。
「つまり、元々はこういう地形だった……ということかい?」
地図上には大きく盛り上がった尾根が姿を現していた。その尾根を指先でなぞりながらオノノキはサカマキに返した。
「おそらくはこの地形が昔の地脈の流れ。だから今は大きくズレてここなんだ」
言葉とともにオノノキは地図に記されたディスクの印を指さした。それは本来の尾根とは遠く、等高線の間隔が狭い急斜面に存在していた。おそらくは、高い位置にあった尾根を流れていた地脈が大きくバランスを崩し、低い斜面の方に流れていったのだろう。これもオノノキの推論であった。
「……けどこんな位置じゃ!」
サカマキが焦ったような調子で声を上げた。彼女の瞳には魔化魍の出現ポイントからさほど遠くない位置には、人が住まう建物の記号があった。
「そう。意外と近いんだよ。発電所」
山林を切り開いて建てられる太陽光発電所だが、必ずしも山の奥深くに建造されるというわけではない。工事のしやすさ、電力輸送のしやすさなどから、人里近い低山に建てられる場合も多い。今回もそうした例だった。
つまり、こうして手をこまねいている間にも、魔化魍がどんどん人間の生活圏に近づき、対応が遅れればどんどん人間を襲い始めるのだ。それこそが最も避けるべき事態である。
「行こう!先輩!」
大声とともにテントの外へと飛び出そうとしたサカマキを、だがオノノキの力強い腕が制した。
「待って」
オノノキの腕を振り払おうとするサカマキだが、オノノキの鋭い視線が有無を言わさずその動きを封じ込めた。
「けど、早く行かないと!誰か犠牲が!」
だが、無理にでもサカマキは飛び出そうとした。オノノキがつかんでいないもう一方の腕は、音撃弦を掴もうと指を動かしていた。
「サカマキに死んでほしくないの!」
「ッ……!」
不意にオノノキが切実な声を発した。テント内の空気が震え、皆が息を呑んだ。その張り詰めた雰囲気の中で、オノノキは小さく気を吐きながら続ける。
「……それに未知の相手に何も言わずに出ていくのは駄目。師匠なんでしょ、沙門君の」
「そ、それは……!」
うろたえるサカマキに、オノノキはさらに続けた。
「立てなきゃ、作戦も。今は映像と特徴音しかヒントはないけど」
「……」
オノノキのいつになく真面目な言葉に、サカマキは口を結んだ。その表情を横目で見ると、オノノキは沙門に問いかけた。
「音撃弦は今サカマキの一本しかない。それでこのもふもふの毛皮と甲殻を破るの。どうする?沙門君なら」
事前説明の時にプリントアウトされていた魔化魍の画像を見せながら、オノノキは沙門に問いかけた。
「……毛皮の中、って言ってもそこも甲殻なんだろ……?」
そう言いながら沙門は毛皮の質感を思い出していた。柔らかい質感に反して、毛皮は衝撃を受け止めて案外切りづらい。例えばペットのトリミングをするにも使うのはナイフではなくハサミだ。そして音撃弦はどちらかといえばナイフ。いかにサカマキが斬撃を得意としていても、その刃が毛皮にからめとられる可能性が、万が一にでもあるかもしれない。
そしてそれに相反するように、頑丈な甲殻はハサミでは破壊しづらい。それこそ他の甲殻自慢の魔化魍に対しては、音撃弦の重さの乗った刃を突き立て甲殻を破壊し清めの音を響かせるのだ。
この魔化魍は防御が固い。それでも音撃弦で挑まなければならないだろうと沙門は考えていた。他の武器にはあまり詳しくないが、金管の銃弾は弾かれてしまうだろうし、音撃棒も決定打にはならないだろう。つまり、何とかこの固くかつ柔らかい防御を破ることが、この魔化魍に対する攻略方法なのだ。
だが、いくら考えても沙門には有効な方法は思いつかなかった。正確には「沙門だけでは」何も思いつかなかったのだ。やっとディスクアニマルを多少扱えるようになった程度の彼には、まだ鬼の戦い方が完全に理解できているとは言い難かったのである。
その悩みを見抜いていたようにオノノキはさらに続ける。
「戦おうとしてたでしょ、一人で」
「え……?」
自分の心を見透かされていたかのような彼女の言葉に沙門は動揺を隠せない。
「似た者同士、だね」
そう言いながらオノノキは微笑んで見せ、自分の胸に手を当てた。
「いるよ、私も。戦うつもりだし」
真っすぐだが先ほどとは違う強さを持った眼差しが、サカマキと沙門に向けられていた。その瞳が訴えかける。
「先輩の雷で毛皮を焼いてもらう、とか……」
「うん、できる」
「オノノキさんと師匠とで組んで連携攻撃を仕掛けるとか?」
「できる、それも」
サカマキたちの言葉に、オノノキは堂々と頷いて見せた。そしてそのまま続ける。
「協力して叩こう。必ず勝機はあるよ、分析して力を合わせれば」
オノノキのその言葉に、サカマキと沙門は一度互いに目を見合わせた後、きっと口を結び、オノノキの言葉に同意した。
そうしてオノノキはテント内を見回すと、ゆっくりと口を開いた。
「那由多くん?」
「は、はい」
那由多の切れ長の瞳の奥に、オノノキの姿が映りこむ。だが、オノノキはそっけない口調で言葉を投げた。
「君は待機。糺さん、那由多くんをよろしく」
「え……」
あっけにとられる那由多をよそに、テントの外では雨足が強まっていた。
―続―
用語:「異形」の鬼
何らかの強い感情を持ちながら鍛錬をすることで、その果てに自らの顔の形状自体を変えてしまうという事例がごくわずかながら報告されている。そうした鬼たちは鍛錬の果てに、その変形した動物を想起させるような特殊な力を有するという。一説には、通常の鬼よりもさらに一歩進んだ大自然のメタモルフォーゼの力を引き出した存在とも考えられている。