響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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第一章「雷獣」

「オニだ!」「みんな逃げろ!」

 近くの村一番の占い師が明日は雨になるのというので夜の内に村を発った行商人の一団は、夜明け前混乱に包まれていた。振りかざした松明が彼らの前に迫る影を照らす。肉や骨がむき出しになったかのような不気味な馬が引く馬車に乗る人影は、頭部に天を貫く角を戴いた、まさにオニという姿。その顔は影になり表情をうかがい知ることはできないが、その視線は行商人らをただじっと見つめていた。

「……」

 オニが手元を何やら動かした。するとオニが乗る馬車から猛烈な突風が吹きすさび、行商人らを弾き飛ばした。吹き飛ばされた犠牲者らはまるで巨大な砲弾を撃ち込まれたかのように全身がちぎれ木々の幹に打ち付けられている。

「ひっ!助けてくれぇ!どうか命だけは!」

 行商人の一人が、オニの前に躍り出て命乞いを始めた。その様を見てオニは馬車からひらりと降りた。その体躯はそこまで大きくはない。着飾った外套の端が宙に舞う。その立ち居振る舞いには一種の優雅ささえあった。目鼻もないその顔が行商人の顔をじっと見つめている。

 瞬間、行商人の首が空に舞った。いつの間にかオニの腕には大ぶりな剣が握られていた。その切先には血が滴っている。行商人の首は恐怖の表情を浮かべたまま一団の前に転がり落ちた。転げ落ちた生首の目線が生き残りと合った時、行商人らの恐怖は頂点に達した。各々が恐怖の悲鳴を上げながら森の中へと散り散りに逃げていく。

「殺すのか!」「痛い、痛い!」「人殺し」「やめて!助けて!」

 行商人の一団が口々に放つ末期の言葉をよそに、オニは彼らの首をどんどんと刎ねていく。森の中に鮮血が飛び散り、暗闇に死体が踊る。いつしか悲鳴に笑い声が混ざり始めた。オニが殺戮に哄笑している。いつしか悲鳴は止みオニの笑い声が森を覆った。落ちた松明の明かりが無数の死体を照らしている。そのことごとくが首を刎ねられている。大量の死体を前にオニの笑い声はより一層大きくなった。

 ひとしきりオニは笑うと周囲を見回した。既に生き物の気配はオニ以外になく、いつしか夜が明けようとしていた。分厚い雲の隙間がわずかに白み始めた。オニは再度馬車に乗るとまた手元で何か操作した。するとまた馬車からは強烈な嵐が吹き荒れ、その勢いは止むことがない。半時ばかり馬車を中心に突風が吹き荒れると、森はまるで爆心地のように打ち倒され、後には何も残らなかった。

 

 その日は昼過ぎから豪雨になった。朝早く村を発ったブリキらは近くに休憩できるような宿場などもない深い山道でその雨に見舞われた。分厚い雲が空を覆い陽光をまるで通さず、強風と豪雨が絶え間なく彼らを打ちつける。目を開けることすら困難な悪天候の上、山道の勾配は泥塗れで、鍛えられたブリキの部下たちと言えども、進むことすらままならない。

「お館様、一度引き返しますか?」

「いや、目的地までもうすぐや。この山を越えてしまえばこっちのもんや。このまま突っ切るで」

 引き返すことを提案した部下の言葉を、しかしブリキは一蹴する。西の山城を出発して数ヶ月、異教徒たちが潜むという奥羽のさらに奥地まで、もう一歩という所なのである。そして、この豪雨の中山を下るのも、数か月の旅を続け疲弊した部下たちの体力を考えると不安が残る。なれば、多少無理をしてでも、この山越えを強行するべきだとブリキは考えた。

 だが、不測の事態は続けて起こるものである。日が傾き始め、周囲を一層暗がりが包み始めた時、ふとブリキは邪悪な気配を感じた。部下たちに命じ歩みを止めさせると、ブリキは駕籠の中からゆっくりと姿を見せた。その眼光は鋭く、手には鬼への変身に用いる変身音叉が握られていた。

「全員下がってるんやで。足手まといにはならんようにな」

 ブリキが変身音叉を手で弾くと、雨風の音を切り裂くように清澄な音が響き渡る。ブリキの全身が光に包まれ、それが収まると、頭部に猛牛の面を戴く鎧武者のような鬼「鐵葉鬼」が姿を現した。しゃらん、と闇を払う鈴の音が鳴った。

「……来るで」

 木々をなぎ倒し鐵葉鬼の前に姿を現したのは、どこか狸を彷彿とさせるずんぐりとした体形、土竜のような前脚の先端には猛禽を思わせる鉤爪が生えそろっている。二股に分かれた尻尾にびっしりと生えた毛並みは相互に擦れあい、ばちりばちりと音を立てている。その魔化魍は皿のように丸い眼球で正面に立つ鐵葉鬼を見据えると、轟雷のような音を立てて咆哮した。

「ライジュウか!皆見いや!珍しいモンやで」

 轟雨や暴風、泥濘といった悪環境などまるで無視して、ライジュウはその巨体を軽々と跳躍させ鐵葉鬼を捕食せんと襲い掛かる。対して、鐵葉鬼も手にした音撃金剛鈴の一方から光の刃を伸ばし、ライジュウの爪牙を切り払う。だが、鬼であっても目を開けることさえ難しい暴風雨が、鐵葉鬼の剣先を鈍らせていた。音撃金剛鈴の切先は四肢に傷を負わせるにとどまり、致命傷には至らない。鐵葉鬼もライジュウの猛攻を避けているが、足元の泥濘がいつ鐵葉鬼の足を捉えるか時間の問題だ。

 幸いにも、童子と姫はいないようだ。奴らを介さずに生まれた個体か、あるいは親を食ったのか。地の利が相手にあるこの不利な状況下で敵の数が少ないのは、不幸中の幸いであろうか。とはいえ長期戦になればこちらの方が不利と鐵葉鬼は確信していた。とはいえ、目の前の魔化魍を野放しに撤退するという考えなど鐵葉鬼はさらさら持っていなかった。いかにしてこの魔化魍を倒すか、その思考だけが鐵葉鬼の頭の中にあった。

 ずるり、と鐵葉鬼の片足が滑る。バランスを崩した鐵葉鬼は体勢を立て直そうとよろめきながら数歩後ろに下がった。その隙を見逃すライジュウではない。全身の毛を逆立たせたと思うと、その体表に稲妻が走った。光り輝く雷撃の一閃は高温を伴い周囲の木々を焼き焦がした。すんでのところで鐵葉鬼はその雷撃を切り払うものの、後ろに控えさせていた部下たちの回りを掠め、乗ってきた駕籠には直撃してしまった。

 ワイとしたことが。鐵葉鬼の心を柄にもない悔しさが一瞬よぎるが、すぐさま冷静さを取り戻すと、部下たちを見やり声を上げる。

「退いてろや!危ないやろが!」

 鐵葉鬼の怒声が雨の中に響く。先程は見ろと言っていたが、勝手なものである。怒声を上げた鐵葉鬼はライジュウの懐に飛び込み、光刃の連撃を加える。ライジュウの毛皮がその刃の前に切り裂かれ白濁した血液が噴き出す。

 だが、中途半端に手傷を負わせたことがむしろ逆効果だったか、傷を与えれば与えるほど、ライジュウはその獰猛さを増していった。牙は折れ、爪が剥がれ、その体表にはいく筋もの血が流れている。すでに満身創痍といったその体にも関わらず、ライジュウは執拗に鐵葉鬼に襲い掛かる。一方、鐵葉鬼も決め手に欠いていた。彼の必殺音撃「音撃響・咆無祭鳴」は清めの音を生み出す鬼石が内部に入った鈴を魔化魍の体表にぶつけることで、魔化魍を倒す。先のツチグモ戦のように金剛杵の先端に取りつけた鈴を金棒のように叩きつける方法は、この地面の状況では取りづらい。

 というのも、金剛鈴の間合いは非常に短く、音撃棒とそう変わらない。その上、鬼石を棒の先端に取り付け、太鼓のバチのように魔化魍を叩く音撃棒に対し、音撃金剛鈴は、直接鬼石を叩きつけるわけではない。清めの音を一層響かせるためには棒以上に何度も鈴をぶつけなければいけないのだ。だが、音撃金剛鈴は間合いを伸ばす秘策として、今鐵葉鬼が振るう光刃を光の鎖に変え、その先端に音撃鈴を取り付け振り回すことで、より遠距離の魔化魍に遠心力を加えた連撃を浴びせることができる。しかし問題となったのはこの強風だ。いかに重量のある音撃鈴といえども、強風の中では予期せぬ運動を起こしかねない。そして鉄の鎖ではなく光の鎖という実体のないものを扱うため、その挙動には不安が残る。何より狭く足場が悪い山道で高速で鈴を振り回す音撃響は、後方に下げた自らの部下に直撃する可能性があった。山道から転げ落ちれば、最悪見つからないだろう。そして不安が残る手段は確実性が下がるため取らないというのが、魔化魍退治の専門家としての鐵葉鬼の矜持だった。決して、音撃金剛鈴が他の音撃武器と比して劣っているだとか、鐵葉鬼の実力不足だというわけではないが、手練れの音撃戦士の実力であっても、単独での

撃退が困難となる地形や気象条件であったというだけだ。

 しかし、いつまでもこの魔化魍を手負いのままにしておくわけにもいかない。一か八か懐に飛び込み仕留めてやろうと、鐵葉鬼がその両足に力を込めた。と、その時、ごうという猛烈な突風と共にライジュウの巨躯が瞬時に吹き飛ばされた。何事かと周囲を確認する鐵葉鬼。強烈な豪雨の中でも鐵葉鬼の強化された感覚はその突風の出所を捉えた。雑木林の暗がりの中に隠れたその存在は、鐵葉鬼がその気配を捉えた瞬間、更なる攻撃を仕掛けた。今度は突風ではなく、無数の礫弾。雨の中でも細かく輝くその石が鬼石であると、鐵葉鬼はその攻撃を避けながら視界に捉えた。鐵葉鬼の視界を掠めた無数の鬼石が、先の攻撃で山壁に打ちつけられたライジュウの身体に深々と突き刺さる。ライジュウが苦悶のうめき声をあげる。そのうめき声を覆い隠し、雨風すら吹き飛ばす轟音が山中に鳴り響いた。謎の存在から放たれた「清めの音」である。

 その清めの音は音量もまた凄まじいものであったが、その音色はどこか神々しく荘厳であった。鐵葉鬼の部下たちは体勢を低くし、耐えることがやっとであったが、鐵葉鬼の発達した聴覚はその音が太鼓でも弦の音でもなく、また彼の良く知る笛の音でもないことを聞き洩らさなかった。

 強烈な清めの音を受けて、ライジュウは抵抗することさえ許されず吹き飛ばされていく。そして謎の音撃に伴う猛烈な突風は大地を削り岩や木々をなぎ倒していく。それは鐵葉鬼とて例外ではない。バカな。もう魔化魍を倒すには十分なほどの清めの音を放っているはずだ。それなのにここまで過剰な攻撃を仕掛ける必要があるのか?強烈な風を受けた鐵葉鬼の足元の泥はもはや水のようになり踏ん張ることさえやっとだ。顔には雨に混じり吹き上げられた砂礫や木の枝などが高速で突き刺さる。

 強烈な攻撃を全身に浴びながら、鐵葉鬼は考える。何故ここまで執拗な攻撃を行うのか。初めに考えたのは、相手の音撃戦士が素人同然の腕前で、加減を知らないという仮説だ。部下の鬼兵隊の連中も音撃を始めたばかりの時は練習の時に必要以上に攻撃したこともあったなと思ったが、今は練習ではないし、しかも自分という他の鬼を巻き込んで攻撃するような鬼を、この時鐵葉鬼は知らなかった。と、次に思いついたのが、相手の音撃戦士がそもそも魔化魍諸共自分たちを始末するつもりだということだ。最初から自分たちを排除するつもりなら、ここまで殺意に満ちた攻撃にも納得できる。そして自分たちのようなよそ者の鬼を排除しようと考える音撃戦士といえば、今の鐵葉鬼に思い当たるのはたった一人だけだ。

(まさかこいつが、ワイの追いかけていた鬼か……!)

 その悪意に満ちた可能性に鐵葉鬼が気づくやいなや、清めの音を浴びせ続けられたライジュウが遂に爆裂した。その衝撃を受けて鐵葉鬼の身体も宙に舞う。

「逃げるんや!こいつワイらを皆殺しにするつもりや!」

 吹き飛ばされ、強烈な風圧を浴びながら鐵葉鬼は叫ぶ。ありったけの声量が、不気味なまでに荘厳な清めの音を裂き、部下たちの耳に届いた。

「お館様ァ!」

 悲痛な部下たちの叫びが暴風雨と音撃の突風の前にかき消される。強烈な清めの音が木々さえなぎ倒し、鐵葉鬼の部下たちも山道を転げ落ちていく。鐵葉鬼もまた、強風に吹き飛ばされ、山の彼方へと消えていく。

 太陽が完全に沈み、辺りを暗闇が覆った頃には、鐵葉鬼とライジュウが戦いを繰り広げた山道は爆心地のように地形が変わってしまっていた。次第に雨足が弱まるその地に、一つの影があった。まるで周囲を検分するように動くその影はしばらく周囲を徘徊すると、闇に紛れて姿を消した。

 

―続―

 

・魔化魍ライジュウ

 身の丈(身長):23尺(7.0m)

 目方(体重):1520貫(5.7トン)

 特色/力:巨体に見合わぬ敏捷性、体毛からの発電

 タヌキのような姿をした魔化魍。全身をびっしりと覆う体毛は常に微細に擦れあい静電気を生み出している。また前脚には土竜を思わせる鉤爪が発達している。後ろ足の近くから、昆虫の触覚のような器官が生えており、周囲の状況を絶えず感知している。

 二股に分かれた尻尾が特徴であり、これに生えた体毛をこすり合わせることで巨大な電撃を生み出し、自在に操ることができる。

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