響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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二十八之巻「現れる岐路」

 魔化魍被害の現場検証や後始末などを、神代木の回収と購入のために残ったオノノキに任せ、サカマキたちは一足先に東北支部に帰還した。学校があるから先に帰っていてとオノノキに言われた那由多もそれに同行していた。

「オノノキさんや霧子さんの言っていた通り、今回出現した魔化魍はツジガミ、と呼ばれる種類のものでしたか……。しかし、無事でよかったです」

 帰還したサカマキたちの口頭での報告を聞き、支部長である橅森はそう言ってほほ笑んだ。

「いえ、私はまだまだ」

 そのつぶやきは謙遜ではないということは、常にサカマキをそばで支えていた糺にはすぐに分かった。静かに目を伏せる彼女に代わり、糺が口を開いた。

「……支部長、報告書は後日まとめて提出いたします。沙門君にたまには作ってもらうのもよいかと」

「え、俺が」

 驚いた顔をする沙門に、支部長が面白そうなものを見つけたように視線を向ける。

「確かにね。いろいろ勉強になるし、沙門君は座学面も鍛えておいた方が」

「げえ、マジっすか」

 そう言うと沙門は振り返って、わざとらしい嫌そうな表情を那由多にだけ向ける。

「地図ぐらいは読めるようになった方がいいですよ」

「那由多!こいつ!」

 いつも通り冷静な口調を崩さない那由多に対し、これまたわざとらしく沙門は拳を振り上げた。それを苦笑しながら糺が抑える。

 その様子をぎこちない微笑みを浮かべながら見つめるサカマキに、支部長が声をかけた。

「そういえば、サカマキさんにご来客だよ。君たちが戻る時間を伝えたらそれまで待ちたいということで」

 支部長の言葉に、サカマキは不思議そうな表情を浮かべた。自分に来客など思いつかなかったからだ。

「お客さん?誰ですか?」

「片方は地蔵田さんだから、もし時間に余裕があれば那由多君も一緒に送ってもらったらいいよ。私の方から伝えておくから」

 支部長がそう言うと、那由多は無言で頭を下げた。しかし、サカマキは支部長の言葉がわずかに引っかかった。

「片方ということは、また別の人が?」

 サカマキの問いかけに、支部長は静かに頷き口を開いた。

「もう一人。黒いドレスの、上品そうな女性だったよ」

 

 ゆっくりとサカマキがドアを開けると、まずは自分にとっての師匠の一人である男性、地蔵田重蔵の姿が目に入った。すでに老境に差し掛かった年齢だが、滝夜温泉総支配人という表の顔を持つ彼の背筋は物差しで測ったようにぴっしりと伸び、高級なスーツを着こなして立っていた。

 そのままドアを開けながら、サカマキは目線を部屋の中に移した。だが、そこにいるもう一人の来客を目にした瞬間、彼女の腕が無意識にこわばった。

「ごきげんよう~。あなたがサカマキさんですね~」

 部屋にあるソファに優雅に腰かけたその女性は、そう優しげにそう言うと視線を向けたようだった。ようだったというのは、深くかぶったフェイスベールがその表情を完全に隠してしまっているからである。唯一わかるのは、真紅のリップを塗り付けた口元だけだった。

 だが、その優しげな口調を聞きながらも、サカマキの脳内はこの初めて会う女性に対して警戒心のアラートが鳴っていた。

(オノノキやクダキさんと……同じタイプだ)

 つまりは、通常の鬼とは異なる鬼であるということ。サカマキは猛士の暗部「象」については噂程度にしか知らなかったが、オノノキとの友好関係の深さから本能的にこの女性の正体に感づいた。

「そんなにびっくりしないでください~。初対面ですからこれから仲良くなりましょう~」

 どこか間延びした口調で話すその女は、自らを「ネジマキ」と名乗った。

 

 重蔵の立会いの下、軽く自己紹介を済ませたサカマキとネジマキはテーブルを挟んで向かい合って座った。

「それで、要件というのは?」

 少し緊張した面持ちで、サカマキが口を開いた。サカマキの様子を見ながらネジマキは微笑んで見せた。

「実は、サカマキさんのことはオノノキちゃんから聞いていて、前から話したいな~と思っていたんですよ~」

「オノノキ先輩から?」

「オノノキちゃんは抱え込むタイプですけど、サカマキさんのことはよくお話ししてくれましたよ~。大好きみたいで~」

「大好き?私を?」

 突然の告白に驚いたサカマキに対し、ネジマキは表情をうかがえないまま続ける。

「そうなんですよ~。サカマキさんがいるから、自分も戦えるって言ってましたよ~。すごく、大切なご友人なんですね~」

 とても喜ばしいようにネジマキは真紅のリップを上げてみせた。その鮮血のような赤色がフェイスベールの奥から透けて見えた。

「そんな、私なんかまだまだ。今も先輩には遠く及ばない……」

 これは謙遜ではない。サカマキは周囲の認識は別として、個人の認識として自分を「まだまだだ」「強くない」と非常に強固に認識していた。すでにベテランとしての経験を積み、弟子をとった現在でも、あまり表に出そうとはしないがそのような認識が心の底にあった。

自分は強くない。先ほどもオノノキには新型の音撃武器を見せつけられたばかりではないか。自分もオノノキのように多様な武器を使いこなせたら。そう考えるとサカマキは黙りこくってしまった。

「二人とも、オノノキをそんなに甘やかさないでやってくれ。いつか調子に乗りすぎた時が怖いからな」

 そう言いながら、重蔵が淹れたてのお茶をサカマキたちに差し出した。

「来客用のお茶ですね~。確か東北支部の諸経費から出ていましたね~」

 ネジマキは茶飲みを持ち上げて香りを楽しむと、静かに口を付けた。

「ですけどこの味は地蔵田さんの腕前ですね~」

「引退後は茶汲み係として東北支部に雇ってもらおうか」

 ネジマキの言葉に重蔵はそう返して笑った。談笑する二人を前にして、サカマキは恐る恐る口を開いた。

「……引退するんですか、地蔵田さん」

「いや、冗談のつもりだったんだが……」

「そうでしたか……」

 どうも様子がおかしいなと、ネジマキと重蔵は顔を見合わせ考え込むと、ネジマキが何かを思い立ったような表情を見せた。

「それじゃあ、本題に入りましょうか~」

 そう言うと、ネジマキは茶飲みをテーブルの上に置いた。

 

 サカマキと重蔵たちが話している間、那由多たちは東北支部の一室で談話していた。

「那由多は楽器とかどれぐらいできるの?俺は師匠からギターを教えてもらってるけどまだまだで」

「僕は太鼓だけですね。便利だからって言われてます」

 沙門の言葉に、那由多は静かにそう返した。すると、糺が那由多に質問する。

「けど、オノノキさんもメインで使うのはサカマキと同じでギター型だし、那由多君もそっちはどう?」

 その質問に那由多は少し考え込む様子を見せ、小さく口を開いた。

「興味なくは……なくはないですけど」

 これは那由多にとって本心であった。太鼓も嫌いではないが、時々オノノキがギターを弾いている姿を見て、自分でも色々と調べていたのだ。音撃武器、だけに限らず、純粋に楽器としてのギターを弾いてみたいと考えていたのである。

「そのうち、タイミングがあれば」

 そう言った那由多に沙門が肩を叩きながら返す。

「よし、それじゃあ俺と那由多でどっちが先にうまく弾けるようになるか競争ってとこだな!」

「その前に、普段の活動を地道にこなす方が大事だし」

 突然、二人の後ろから女性の声が響く。その声に驚き彼らは思わず振り向いた。

「……ナエギねえさん。久しぶりです」

 そこに立っていたのは、東北支部所属の音撃戦士、ナエギだった。那由多とは親戚関係に当たり、彼同様に猛士の中で長い歴史だけを誇る集団「七座一門」の一員でもある。

「那由多……。そうね、あの女の弟子になってどう?」

「オノノキさんの……。まだ、強くなってるなんて実感はないよ。とにかく今は鬼としての知識を覚えたり体を鍛えたりすることに精いっぱいで」

「ふーん……。言うようになったじゃん」

 那由多の言葉をナエギはそう流すと、さらに続けた。

「はやく一人前の鬼になってよね。でないとあーしも色々大変なんだから」

「?」

「ほら、うちの中で植物の気を使えるのあーしだけじゃん?前は永政兄さんが使えたけど、当主になれって周りがうるさくってさ」

 疑問符を浮かべる那由多を前にナエギはさらに続けた。その二人の会話に糺が入ってきた。

「確か、ナエギさんや那由多君の家、七座一門は大変歴史のある家柄ですよね」

「ええ。平安時代の先祖の技能を復活させようなんていう、頭まで花畑な家系よ。そんなの今更復活させて、一体何の意味があるの」

 七座一門の目的は、始祖とされる七座名憑こと「名憑鬼」の現代への復活である。遺体も分からない死者の蘇生は現代の科学力や鬼に伝わる呪術では不可能なので、その伝説に記された能力を現代の鬼で再現しようというものだ。

その条件として、高レベルの呪術、名憑鬼が使ったとされる植物を操る能力、そして音撃戦士としての高い実力が挙げられる。その選定は徹底した実力主義であり、ある一族の長子であってもその舞台に上がることができるとは限らず、末端の子でも実力さえあれば襲名のチャンスがある。植物の気を扱える鬼は非常に限られており、歴史上名憑鬼に最も近いと呼ばれた先代の七座家当主「七座 永政」が変身していた音撃戦士「鳴鬼」を除けば、今はナエギが変身する音撃戦士「那廻鬼」だけになっていた。

「ほーんと、そんな面倒な立場に興味ないから。あーし。だから那由多が植物の気を使えるようになって当主に収まってくれればあーしも気が楽だし」

 だが、ナエギはそのような立場にはまるで興味がなかった。極端に強くなったり、大きな権力を持ったりせず。単に音撃戦士や猛士の構成員としてそれなりに戦って生きていければいいと考えているのである。

「えーと……沙門君だっけ?トランペット吹きたくなったらいつでも教えるけど」

 冗談めいたその調子のまま、ナエギは沙門にしゃべりかける。

「俺っすか?まあ、師匠が許してくれれば」

「サカマキさんか……。サカマキさんは特別だからな……。けど、ウチは弦が結構少ないから、サカマキさんの弟子やるならいずれギターかな」

 そう口にすると、ナエギは糺に顔を向けた。

「寺澤さん、支部長は?この前の出動のレポートを出しに来たんだけど?」

「それなら今は部屋にいるはずです。ちょうど私たちも先ほどまで話していたところですし」

 その返答に満足したようにナエギは微笑むと、那由多に声をかけた。

「それじゃ那由多も頑張って。鍛錬の不満ならいつでも聞くし」

 そう言うと、ナエギは支部長のいる部屋の方へと歩き去ってしまった。その背中を彼らは見送る。

「ナエギさんか……そう言えば俺、あんまり師匠とオノノキさん以外の鬼会ったことないな」

「それは僕も同じですけど……」

 沙門の呟きに那由多も同調する。

「けど、一人前の鬼までの道のりは長そうだなぁ……」

 そう言うと沙門はため息をついた。落とされた視線が未来への不安感を語っているようだった。それを見ながら那由多は考える。

(ナエギねえさんが一人前の鬼、か……。僕にとっては親戚の一人が職場の先輩になるなんて、あんまり考えたことなかったな)

 そう考えて、那由多も沙門と同じくため息をついた。

「あの女、か……。職場だとナエギねえさんはああいう感じなんだな……」

 小さく呟くと、那由多はヘッドホンを取り出し装着すると、サウンドプレイヤーを操作した。沈黙は嫌だった。

 

「本題?」

 目の前に座る黒い喪服の貴婦人の言葉に、サカマキはそう返した。その言葉がフェイスベール越しにネジマキの表情を変える。

「そうですね~。今日はお願いがあってお話ししに来たんですよ~。重蔵さんはサカマキさんをよく知る方なので、同席していただいています~」

 真紅のリップがべったりとついた口元だけが、サカマキには見える。ネジマキは少なくとも口元は笑みをたたえたまま続ける。

「あなたの強さを、もっと他のところで役立ててみませんか~?」

「……え?」

 その言葉の意味をサカマキが理解できないまま、ネジマキはさらに尋ねかけた。

「以前東北支部にいたゾウキさんを知っていますね~?」

「……今は亡くなったザレキさんに代わって本部で鬼闘術を教えてる、はず」

「そうですね~。サカマキさんもお強いので、その強さを後輩の皆さんのためにお貸しいただけたら~」

 ザレキがなぜ死んだのか、それを隠したままそう言うとネジマキは微笑み、静かに茶飲みを口にした。

「もちろん無理にとは言いませんけど~。考えていただけたら嬉しいです~」

 茶飲みを置くと、ネジマキはサカマキの方に視線を向けて微笑んだ。しかし、サカマキの視線はテーブルの上に落されている。

「……私なんて、ちっとも強くない」

 ぽつりと、震える声でサカマキは零した。

「頑張っても鍛えても、ずっと犠牲を出してばかりで……!今こうしている間にも、誰かが犠牲になっているかもしれない……!」

 震えているのは声だけではない。彼女の心を支配するどうしようもない焦燥感が身体まで震わせていた。

「苦しんでいる人たちを守れない弱い私なんて、力にはなれませんよ……」

 そう言うとサカマキはがっくりと力なく肩を落とした。その小さな姿を、ネジマキはフェイスベール越しに見つめていた。

 

「……それじゃあ、あなたなら誰を推薦しますか~?あなたが思う強い人、教えてくれませんか~?」

 不意に聞こえたネジマキの言葉に、サカマキは顔を上げた。自分は弱い、とサカマキは自分で思い込んでいる。それを否定せず寄り添うような言葉だった。

「……オノノキ先輩、とか」

「オノノキちゃんですか~。確かに強いですね~」

 ネジマキは両手を合わせてそう言うと、口調こそはそのままだが、大切なことを諭すように続けた。

「それじゃあもう一つ考えてみてくださいね~。オノノキちゃんは、苦しんでいるみんなを、本当に『全員』守れていますか~?」

「それは……強いから守れて……」

 そこまで言いかけて、サカマキはある事を思い出した。

『本当は誰も死んでほしくない!皆に正しく平和でいて欲しい!間違えるのは私たちだけでたくさん!』

 それは以前の猛士総本部での出来事。猛士の鬼たちにまつわる陰謀の中で、自分たちに攻撃を仕掛けてきたベテランの鬼「仄暗鬼」を、オノノキは救うことができなかった。自らの目の前で死んでいく彼を前にして、オノノキはひどく悲しんでいた。

 その姿を思い出し、サカマキは思わず言いよどんでしまった。オノノキでも無理なら、誰も彼も救える鬼なんて、一人もいないのではないか。

「言いたいのは、全員守るためには全員で頑張ろう、ということですよ~」

「?」

 思考が淀むサカマキに、ネジマキは優しく声をかけた。

「一人で頑張ることには限界があります~。例えば重蔵さんのように百人を救える鬼でも、千人を同時に救うことは難しいですね~」

「……まあ、否定はしないが」

 ネジマキの言葉に、重蔵が微妙な表情をして返した。それを意に介さず、ネジマキはさらに続ける。

「けど、重蔵さんが十人いたら、千人を同時に救うことができます~。そのためには重蔵さんのような鬼を育成する必要がありますね~」

「そのために、強い鬼がさらに強い鬼たちを育てて増やす……。それに私の力が必要ということですか」

 サカマキの返答に、ネジマキは満足そうな笑みを見せた。

「その通りです~。それを続けていったら、最終的に組織の全員がより多くの人間を救うことができます~。猛士全体の構成員が全国で数千人いますけど~、それが全員、例えば一人で百人救えるようになったら、数十万人救えますね~」

「数十万……」

「ちょっと大きな自治体の総人口、ぐらいですね~。それに、魔化魍被害から人助けをするのは猛士だけではありません~。普通に生きている人たちも隣の人を助けようとしますから、もっと大勢、救えるはずです~」

 そう言うとネジマキは立ち上がり、サカマキの未だ震える手を優しく包み込んだ。

「あなたはずっと一人で何とかしようとしてきましたね~。他の人に教えることを通して、自分の強さの意味にもう一度向き合うのもどうでしょうか~?」

 そう囁いて、ネジマキはサカマキの手を握った。ネジマキの手は鬼としてのキャリアの長さを感じさせる、血管が浮き出た節々がしっかりした手だったが、それに見合わない繊細さで、サカマキに触れた。

 

だが、サカマキはネジマキから視線を外し、自嘲するように口を開いた。

「なるほど……。確かにネジマキさんの言う通りかもしれない」

「そうですか~?」

「けど、そもそも私は弱いんだ。だから、私は力になれません」

 そう言うとサカマキはネジマキの手から自らの手をどけた。

「……そうですか~」

 その手を無理に追うことはなく、ネジマキは静かに立ち上がった。そして重蔵の方に何かを確かめるように目配せすると、小さく息を吐き、言葉を発した。

「それじゃあ、試してみますか~?あなたが本当に『弱い』のか~」

「試す?私の強さを?」

「そうです~。わたしもオノノキちゃんと同じぐらい強いですから~。わたしに勝って、強さを証明してください~」

 そう言うネジマキに対して、サカマキはしかし乗り気ではなかった。

「そんな強い人相手に戦ったって、私なんか……」

 自信なさげに口にするサカマキに対し、ネジマキは声のトーンを変えた。

「……それは、あなたを大事にしてくれた人に対してあまりに冷たくないですか~?」

「え?」

「そんなに自分を雑に扱うのは、あなたを大切にしてくれた人、育ててくれた人、今も支えてくれている人の思いを粗末にしてしまっているんですよ~。あなたのそんなに辛そうな姿を見たら、きっとオノノキちゃん以外にもあなたの大事な人たちも悲しみますよ~」

「……あなたに何がわかって!」

 無機質な金属のように冷たい言葉に、思わずサカマキは強い口調を発しながらネジマキを見上げた。

「ッ……!」

 フェイスベールの隙間から、わずかにネジマキの素顔が見えた。そこにはこちらを見据える、暗く鋭い瞳があった。その瞳の色には情念とでもいうべきだろうか、強い念が渦を巻いていた。

 思わず飛びのいて構えをとったサカマキを前にして、ネジマキは唇だけを釣り上げた。

「乗り気になってくれましたね~。言語だけでなく全身でのぶつかり合い、それこそ一番のコミュニケーションですからね~」

「本気ですか……!?」

 動揺するサカマキに対し、ネジマキはさらに続ける。

「本気ですよ~。それじゃあ道場に行きましょうか~。他の階の普通のテナントみたいな場所に交じって道場があるのも面白いですね~」

 そういえばかつて沙門が初めてこの建物に来た時、同じようなことを言っていたとサカマキは思い出した。だが、目の前に立つこの喪服の女はそれすら知って、同じような言い回しをしたのかもしれない。そう思わせる底知れなさがネジマキにはあった。

 

「……ルールの確認だが、あくまで『手合わせ』という形で。危険だと判断したら私が間に入って止めさせてもらう」

 渋い顔をしたままの重蔵が、サカマキとネジマキの間に立っていた。この道場は東北支部の鬼たちが普段からの鍛錬に使用している場所ではない。変身後の動きを確認するための、また別の道場だった。壁面や床など、あらゆる場所が鬼の力に耐えきれるよう強度を増して作られていた。

「それでいいですよ~。サカマキさんも、わたし相手に容赦なく戦ってくださいね~」

「……鬼との、戦いか……」

 平然としているネジマキに対して、サカマキは落ち着いてはいられなかった。鬼同士の戦い、常に魔化魍と戦い、人々を守ることを意識する鬼たちにとって、同じ鬼と戦うというのは手合わせであっても、どちらかといえば非日常なことなのである。ごく一部を除いでは。

 そのごく一部が今サカマキの目の前に立っていた。ネジマキはオノノキ同様に同じ鬼を倒す役割を帯びた鬼、そしてこれまでの落ち着いた様子から、おそらくは彼女以上に経験を積んだベテランに違いない。

 その不安を知らずか知ってか、ネジマキはサカマキに声をかけた。

「それじゃあ、サカマキさんのこれまでの修行の成果を見せてくださいね~。そうじゃなければ、どうしましょうか~?」

 そう言うと、ネジマキは懐から変身音叉「音鐫(おんぼる)」を取り出した。その角を弾き特殊な音波を発生させると、それをためらいなく額にかざした。

 すると彼女を中心に渦を巻いた水流が発生し、その内側で彼女の肉体が異形のものに変質していく。

「変身を……!」

 水流が乱れ周囲に飛び散ると、そこには鬼の姿があった。しかし、全身に変身前と変わらぬ黒いゴシックドレスをまとっている。その姿だけを見ると、変身前と変わらぬ貴婦人に見えた。

「……!」

 だが、その顔を目の当たりにしてサカマキは息を呑んだ。目鼻のない無機質な顔立ちの中心に黄金色に輝く鬼面が取りついている。その鬼面が顔にラインをのばし、そこから前に突き出るように四本の角が正面に向けて突き出して伸びていた。上下にそれぞれ二本ずつの合計四本。特に顔の上から突き出した角は、人間ならちょうど眼球があるあたりで、全く感情を読み取れない不気味さを感じさせた。

「水錬、難しいですよね~。わたしもそこまでできなくて~」

 不気味な顔立ちから、先ほどまでと変わらない間延びしたような口調が聞こえてくる。捻巻鬼はそう言いながら、手のひらに発生させた水を螺旋状にまとめ、鋭い螺子のような形状で固定した。

「ここまではできるんですけどね~。ここから縮めて丸めるのが、難しいですよね~」

 そんなことは、奥義とも伝えられる鬼幻術・水錬の練習をした鬼だけが知っていることだ。つまり、水を操るという分野でも捻巻鬼は相当の手練れだということだ。

この鬼はただものではない。そう直感したサカマキもまた変身鬼弦を鳴らし、音撃戦士「逆巻鬼」の姿に変じた。

「シャーッ!」

 いつもと変わらぬ咆哮。だがその声色は迷いに満ちていた。

 

―続―

 

・鬼闘術・爪牙自沐(そうがじもく)

 全身から鋭い爪や牙を生やし、刃物のような武器として扱う。この術は音撃弦を扱う鬼たちが親指にピック状の爪を生やす能力の発展系に当たる。攻撃全てが強力な斬撃と同じになる。

 

・鬼幻術・水錬(すいれん)

 自分の手のひらの中で水を液体のまま超圧縮し、それを様々な形状で自在に解き放つことで強力無比な破壊をもたらす。水を液体の状態のまま力をかけて加圧していくため、術者には高い鬼幻術の能力と極めて繊細な操作が要求される。

元々は自分の血液を用いて行う、鬼の肉体操作の延長線上である技「血錬(けつれん)」を原型としている。数ある鬼幻術の中でも、水の気を扱う分野においては奥義と呼べるもの。それゆえ鬼の中でも扱える人材は適正もあり非常に希少。

 

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