響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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第三章「国造」

 月下、絵に描いたように丸く輝く満月がしんと静まり返った山林を照らしている。そこにひときわ目立つ巨木が堂々とそびえ立っていた。幹から幾重にも分かれた枝は時には捻じれ、時には寄り添い合い空に向かって長く大きく広がっている。その幹にはどこか人の顔のようにも見える洞や動物を思わせる隆起が無数にあり、巨体と相まって、不気味でおぞましい威容を呈していた。その巨木がそびえる地面には、ボコボコとのたうつ根以外には一本の草もない。巨木の周囲の空間だけが、草木の生えず乾いた砂礫が転がる枯れた大地だった。その巨木はまるで、大自然に生きるあらゆる「生命」を吸い取り積み重ねて生きているようだった。

 その巨木のたもとに、二つの人影があった。彼らは静かに巨木を見上げている。

「もうすぐ我が子が目覚めるよ」

「そうだ。そして人に代わり我らが子孫の時代が始まる」

 巨木の幹、まるで苦悶の叫びをあげる人面のような隆起を、まるで赤子を愛でる母親のように、彼らは優しく撫でながら話す。彼らの体形を見るに、一組の男女のように思われる。彼らは独特の文様をあしらった神官服のような衣服を身に着けており、その顔も同様の文様が散りばめられた面布により覆われていた。まるで独特の風習を持つ奇祭の指導者のような、異様かつ荘厳な雰囲気は威厳すらある。

 とその時、彼らの周囲の土塊がざわざわとうごめき始めた。それは大きく持ち上がり互いに寄り添い合い、いつしか巨大な肉食獣のようなカタチを成した。

「親を待たずして生まれるとは、せっかちな孫だこと」

「いいだろう。生まれたからには存分に生きるがいい」

 一つの大きな塊となったそれ、魔化魍「カワグマ」は光り輝く満月に向け、ごうと大きな産声を上げた。その声が合図となったのか、カワグマの周囲の土塊もぞわぞわとうごめき、怪物のような態様を形成していく。ずんぐりとした体形から二本の尾が生えたそれ、長い手足を持つ猿のようなそれ、翼と見まごうほどの巨大な耳を生やしたそれ、茎や根などがよじれて集まったようなそれ……。それらに寄り添うように一体の化け物それぞれに一組の男女が土塊から生み出される。「魔化魍」と呼ばれる人食いの巨大な怪物がどんどん枯れた大地を産道に現世へと産み落とされていくその様を、異装の男女はそれをただ静かに見つめていた。

「お前はいつ目覚めるのかな?」

「お前の子はお前をより先に生まれてしまったぞ」

 満天の月下にそびえる巨木はただ、山に吹きすさぶ風を受け大きく唸るだけだ……。

 

 魔化魍カイチョウとの戦闘後も、キュウセイキらの住む村の近くは何度か魔化魍による襲撃を受けた。その度にキュウセイキとブリキは鬼となり、村人たちを守っていた。森林と断崖を自由自在に駆け回る巨大な猿のような魔化魍「マシラ」、巨大な耳と鋭い歯を武器とする「オオウサギ」、動き回る巨木のような「フルツバキ」それらのことごとくをキュウセイキとブリキは退けてきた。依然としてブリキの記憶はあまり戻ってはいなかったが、かつて大名として鬼らを率いて戦った無数の戦闘経験は体に刻みついており、ブリキの戦いを支えていた。そして、先陣切って魔化魍に立ち向かうブリキのすぐそばには、常にキュウセイキがいた。幸いなことに、魔化魍による犠牲者はキュウセイキの村からは出ていない。

「いてこましたるで!これがワイの音撃やぁ!」

 音撃金剛鈴・烈叫の一撃で、巨大な肉食獣を思わせる魔化魍「カワグマ」の顔面を力強く打ち抜く鐵葉鬼。カワグマの頭部は大きく陥没し、衝撃で吹き飛んだ目玉が眼窩からだらりと垂れ下がっている。鐵葉鬼は音撃織管・神音を握り臨戦態勢だ。もう一方の手には、既に息絶えた怪童子と妖姫の生首が握られている。

 カワグマはその強靭な爪を力任せに振り回し、鐵葉鬼の身体を打ち据えんとする。だが、鐵葉鬼の鍛え上げられた筋肉、さらにその上に被さった鎧がその一撃を弾き返した。そして鐵葉鬼の音撃金剛鈴から生えた光の刃が一閃、カワグマの腕を肩から切り落とす。魔化魍の白い返り血を上半身に浴びながら鐵葉鬼は残心をとる。

「童子と姫も始末したし、そろそろコレも消しちゃおう」

 救世鬼は吹き飛んだカワグマの腕を踏み潰すと、掴んでいた童子らの生首を放り投げ、音撃織管の照準を手負いのカワグマに合わせた。彼女が弾く鍵盤に合わせ、音撃織管の砲門から無数の鬼石がカワグマに向け放たれる。すんでのところで鐵葉鬼はその砲撃を躱す一方、カワグマは全身を鬼石により穿たれ、砕かれ、撃ち抜かれていた。

「音撃射・去神嘆壊簡易編」

 救世鬼の指が数度、鍵盤を弾くと重厚な音がカワグマの体内に食い込んだ鬼石と共鳴し、魔を祓う清めの旋律となり、人を喰らう魔化魍の身体を粉々に打ち砕いた。音撃織管の車両を用意せず、一つの砲門のみで行う音撃射「去神嘆壊」簡易編により、魔化魍の肉体は土塊や枯葉へと変化し、怪物は大地へと還っていく。先程まで周囲を包んでいた邪悪な気配がなくなるのを待って、鐵葉鬼たちは変身を解いた。変身解除後の衣服の復元も、キュウセイキが軽く教えるとブリキはすぐにコツを思い出し、今では十分に使いこなせるようになっていた。

「やったでキュウちゃん!最近はどんどん村の遠くで倒せてるで」

 その言葉がはらむ違和感にブリキは自分で気づいていない。自分たちの村の遠くということは、それだけ他の村の近くに魔化魍を追い込んでいるということだ。

「そうね。けど最近は特に奴らの出現頻度が高くなっているわ」

 あなたが来てからね、とキュウセイキは付け加えた。それを聞き、ブリキはムッとした表情を浮かべる。だが、それを意に介さずキュウセイキは続ける。

「ただ、確かにこの出現頻度は多すぎる。対策が必要ね」

 そう言うとキュウセイキは十字音叉剣を大地に突き刺した。ちょうどそこはカワグマの亡骸があったところである。キュウセイキは剣を突き刺したまま呪文を唱えると、いかなる仕組みによるものか、既に魔化魍としては死したはずの土塊ががさがさと動き始めた。

「うわぁ、キッショいなコレ」

 腕程度の大きさの土塊がごそごそと動くさまは、魔化魍と戦い続けてきたブリキにも思わず嫌悪感を抱かせた。土塊は最初の内はうろうろと動き回るだけだったが、しばらく待っていると、ある一定の方向に動き始めた。

「んん?どうなっとるんや?」

「過去の動きを再現する呪術をかけた。コレが動いてきた場所を辿るの」

「ははぁ、さっきの魔化魍がこれまで動いてきた場所を案内してもらって、どこから来てるのか探ろうって算段やな!」

「その通り。追いかけましょう」

 キュウセイキは土塊に過去の動きを再現する呪術をかけた。かつてカワグマだった土塊は巻き戻っていくように山奥へと向かいうごめいていく。キュウセイキらはその動きを追いかけ山道を歩いていく。

 

「ところで自分のことを何か思い出した?」

 山道を歩きながら、キュウセイキはブリキに尋ねた。カワグマを討伐したころは上がったばかりの陽も、いつしか頭の真上にまで来ている。だがその陽光の明るさに反しキュウセイキの表情は暗く険しい。ブリキにはその表情の理由までは分からないが、彼女が自分と話すとき、特に鬼になっている時はいつも暗く、どうも自分を警戒しているようなのだ。だから、鬼になっている間、彼女と話すにはよく考えて言葉を発する必要があった。

「……あんまり思い出せんけど、何か昔もワイは鬼として戦っていたような気がするで。だから今も村の皆やキュウちゃんを守るために戦えてると思うんやで」

 この言葉もブリキの全くの本心から出た言葉であったが、キュウセイキの顔色を窺い慎重に選んだ言葉でもあった。

「昔……。昔ね……」

「ん、どうしたんや?」

「昔のことね。鬼として戦うには壮絶な鍛錬が必要。おそらく過去の貴方もそうして鍛えた鬼だったんでしょうね」

 そう語るキュウセイキの口調はどこか冷ややかだ。その目の色も普段より一層冷たい。その目に気圧されることなく、ブリキは横を歩くキュウセイキに何気なく返した。

「そういうキュウちゃんだって、鬼になってるんやから、すンごい鍛えてるってことやろ?すごいやん」

 その言葉に、キュウセイキはやや間を空けて話した。

「鍛えてる、か……。そんな前向きな言葉、私には似合わない」

 吐き捨てるようにキュウセイキは答える。その表情は暗い。ブリキの言葉に彼女は過去を思い出していた。

 

 この世がまだ戦国だった頃、まだ十にも満たない少女が燃える城を前に立ち尽くしていた。服と呼べないような簡素なぼろ布を身に着け、全身に傷を負った少女の目は大きく見開かれている。その目に映るのは燃える無数の人影だ。

「……ッ!……ッ!」

 声にならない呼吸が、絶え間なく彼女の口から発されている。過呼吸に近い状態だ。その表情は絶望、恐怖、憎悪、そうした子供が抱えるにはあまりにも暗い感情に引き攣ったものだった。無理もない。彼女の目に映るその人影は、彼女の家族や臣下なのだから。首を落とされ、地面に転がっているその目、自らの父母の目を少女はじっと見つめていた。乱雑に打ち捨てられたその遺体は、一国一城の大名としての面影はなく、死後の尊厳すら奪われた悲痛なものだった。

『貴女だけは生きて、キアラ』

 母が末期に残した言葉が少女の脳内に反響する。その母は遺体をもてあそばれ、今は磔のまま焼かれている。彼女の周りで焼かれている臣下らも、筆舌に尽くしがたい非道を働かれ凄惨な最期を遂げた。勝てば官軍負ければ賊軍の戦の世においては勝者こそが絶対。敗れた者には何の権利もない。いくつかの大名の連合軍による異教信奉大名への討伐戦は見事成功し、少女の家族や臣下はあらゆる権利を奪われ悲惨な末路を迎えた。少女がたまたま難を逃れたのは幸運というほかない。

 少女……後に「キアラ」という人の名を捨て「救世鬼」という名の鬼となるその少女は、ただ一心に自らを取り巻いていた全てが燃え尽きる光景を見つめていた。かつて烏の濡れ羽のようとほめそやされた黒い長髪は極度の状況下の中でいつしか荒れた白髪へと変わっていた。

 夜半、次第に雨が降り始め火の勢いは弱まっていく。見物していた庶民や敵国の兵らはその雨を嫌い散り散りに帰っていく。がキアラはただ一人その場に残っていた。その頬を伝うのは降り注いだ雨ばかりではない。完全に鎮火し、炎に包まれていた黒い亡骸がその姿をキアラの前に晒すと、彼女はそれらに向かいゆっくりと祈った。この国では排斥されている異教の祈りである。祈りを終えたキアラは、無数の亡骸に背を向け、ゆっくりと立ち去った。その目には涙はない。ただ死者の無念や悲哀、憤怒が焼き付いていた。その姿は亡国の姫、などという生易しいものではない。一族郎党皆殺しの憂き目に遭い、国も家族も何もかもを失ったキアラ。その姿はまるで人型を成した憎悪の炎。この世の全てを憎む鬼がキアラの心に生まれた瞬間である。

 

 数ヶ月後、国を焼かれたキアラは帰るべき場所を失い追われる身となったため、身をやつし庶民に紛れ潜伏していた。日々の仕事で何とか口に糊する一方で、その心中には底知れぬ憎悪が渦巻いていた。そしてその憎しみを発散する力を彼女は求めていた。

 幸いにも、キアラが信奉している異教は、表立って討伐が行われるほどには市井に浸透していた。そのため、異教を信仰していたがために排斥された人々の集団にキアラは入ることができた。その中に「鬼」としての修業を積んだ者がいたのだ。彼女はそれに師事し、鬼になる術を学んだ。まだ鬼らも社会から疎まれていた時代、共に疎まれ虐げられたものとして、その鬼はキアラに鬼としての能力や戦い方を教えた。修行は決して楽なものではなかった。むしろ肉体的には迫害を受けていた時以上の負担を要した。だがキアラは鬼の教えをどんどん吸収し、瞬く間に鬼の姿を手に入れた。これは神が己の憎悪を解き放ちこの世を自らの家族が受けたように焼き払うため自らに与えたもうた力だと考えたキアラは、一層鍛錬に励み、かつて異国の宣教師が献上した書物に記された異国の呪術さえ、記憶を頼りに身に着けた。自らの力は神の力、胸中に渦巻く憎悪が邪な拠り所を得たのである。

 だが、キアラは師の教えを超え、どんどん暴走し始めた。変身を重ねるたびにどんどんその姿は変貌していき、彼女の父がかつて身に着けていた、至る所に十字が刻み込まれた戦装束を模した鎧に身を包み、その頭部には黄金の鬼面に代わりその憎悪が獅子や牛、鷲の獣面が形象化し顕現した。さらには独自に闘術や呪術を極め、自らの肉体を異形化し、最終的には独自の音撃武器を作るに至る。彼女が自らの扱う音撃武器として選んだのは、異教について記された海外の文書を読んだ時最も心に残った「世界で最も神に近い楽器」とも称されるパイプオルガンだった。

 彼女の師はその暴走を憂いていたが、その気持ちを自ら察したキアラは彼にこれ以上迷惑を掛けまいと彼の元から自ら去った。しかし、その直後に悲劇は訪れた。直前までキアラが滞在していた村が、異教徒狩りの対象となり壊滅したのだ。鬼と言えども多勢に無勢。その上異教徒狩りの中に雇われた鬼がいたのだ。鬼としての力を存分に振るえば、無辜の人々の虐殺など容易い。そして十分に訓練を積み、栄養状態の行き届いた鬼ならば同じ鬼さえ打ち倒せるのだ。

 その惨状を知りキアラはすぐに村へと引き返した。彼女が見たのはかつて家族や臣下を失った時と同様の地獄。それを目の当たりにし、またしても自らの大切なものを奪うのかと、キアラは怒りに震え激情のまま救世鬼へと姿を変えた。異形の獣面に十字が刻まれた鎧を身に纏った鬼は、怒りのまま荒ぶる音式神を解き放った。馬の姿をしたそれ「涅駒」は、人同士の戦乱に巻き込まれ無念のまま息絶えた無数の馬たちの怨念や悲嘆、憤怒が練り込まれた特製の音式神だ。全滅した村を占拠する狼藉者の前に放たれた八頭の涅駒、そして救世鬼は怒りのままに大暴れする。皮肉なことに、鬼の力を十全に振るえば人々の虐殺など容易いことを異教徒狩りは身をもって再認識させられたのである。

 命乞いをする異教徒狩りの兵士にキアラは術をかけ、襲撃の命令を下した相手に関する情報を引き出した。そこには家族を奪った大名らの名前もあった。情報を引き出したキアラは村を襲った異教徒狩りを一人残らず皆殺しにすると、かつて自らが住んでいた村の仲間を弔った。その中には彼女の師もいた。一通りの供養を済ませると、キアラは出来上がったばかりの音撃織管と共に村を去った。彼女の目的は自らの家族らを奪った大名らに復讐することだ。自分たちが味わった以上の苦しみを与え、殺す。そしてそのような敵を放置する社会を滅ぼし焼き払うのである。これは信仰の末神に授かった力を用いての正当な報復である、自らは被害者で正義の一撃を下すことは神の意志なのだと、キアラは本気で信じ込んでいる。既に幾人かの大名は始末した。残すところは橅森……。

 

 すとん、と鋭い音がしてキュウセイキの思索は裂かれた。思考の底に沈んでいた自意識を引っ張り上げると、キュウセイキは周囲に警戒心を張り巡らせた。

「見てみいキュウちゃん!カワグマの腕が!」

 ブリキが言う。音の出所は彼らの前を這いずり回っていた魔化魍カワグマの腕であった。その腕にはぐさりと、黒ずんで不気味な形状の木の枝が深々と刺さっている。その枝を握るのは、奇祭の神官を思わせる異装に身を包んだ男だった。

「オニが。我らの聖域を探っているな」

 その男の覆面に覆われた口から響くのは女の声。腕を貫通し地面にまで刺さった枝を軽々と引き抜くと、カワグマの腕は土塊となり溶け崩れ落ちた。

「死体を操るとはおぞましき術の使い手よ」

 男の陰から同様の異装を身に纏った女が姿を現した。その声色は男のものだ。

「……いつからいた?」

 キュウセイキは異装の男女を前に問いかける。その言葉は森林の影に空しく響くだけだ。くすくすと女の声が嗤う。

「我々は遥か昔からいる……。そして未来にも」

「オニの尺度では測れまい」

 異装の男が握る枝は異様な形状からむしろ「杖」と呼ぶ方が正しいのかもしれない。まるで子供が遊ぶようにとんとんとん、地面を叩いている。そのまま彼らは歌うように話し続ける。

「オニが来られては困る。もうすぐ我らの子らが目覚めるのだからな」

「我らの子々孫々がヒトに代わりこの世全てを埋め尽くすのだ」

「「クニツクリ」」

「オニはここで排除する」

「出てきなさい、我らが孫『イキメン』」

 異装の男が一層大きく地面を打ち据えると、そこがもぞもぞと動き始め、土塊がゆっくりと盛り上がった。立ち上がった甲羅か茸の傘のような姿の隆起や模様はどこか表情のように見え。巨大な「仮面」を思わせるそれは、その甲羅の端からいくつか折れ曲がった腕のようなものが生えている。全体としては身体の大部分を覆う仮面を被った人型という印象だ。その大きさは鬼よりやや大きいぐらいか。巨体揃いの魔化魍の中では小柄なものである。

「なんや、この魔化魍?やけに小さいやん?キュウちゃん知ってる?」

「……私も初めて見た。でも邪魔なのは排除するだけ」

 ブリキとキュウセイキは並び立ち、共に変身音叉を鳴らす。彼らの肉体は光と嵐に包まれ、異形の鬼の姿へと変わる。鐵葉鬼は音撃金剛鈴を、救世鬼は十字音叉剣を構え異装の男女、そして魔化魍イキメンと相対する。

「ここはお前に任せる。オニは生かしておくな」

 異装の男の杖の音を合図に、先に動いたのはイキメンの方だった。極太の筋肉を分厚い甲殻で覆ったイキメンの腕による一撃を、救世鬼は十字音叉剣で辛うじて受け流す。続けて鐵葉鬼の音撃金剛鈴の先端に取り付けられた光の鈴がイキメンの甲羅に迫る。がつん、と鈍い衝撃が鎖を通じて鐵葉鬼の手に伝わる。だが、鐵葉鬼の一撃はイキメンの甲羅にヒビこそ入れたものの、その程度の手傷など意に介さんとばかりにイキメンは目の前の鬼二人に連撃を加え続ける。

「キュウちゃん、コイツの甲羅かなりやばいで!」

「私もここまで硬いのは初めて。それにかなり素早い。甲羅に覆われてない所を狙えば」

「そういうことならワイに任せときや!」

 鐵葉鬼は音撃金剛鈴から光の鎖を伸ばし、その形態を変化させた。高速で振り回される光の鎖が宙に舞う枯葉を散らし風切り音を高らかに鳴らす。その鎖の先端には光り輝く巨大な鈴が繋がれている。イキメンの正面に力強く放たれた鈴はしかしイキメンの素早い動きにより躱されてしまう。だが、そこで終わる鐵葉鬼ではない。鎖の操作により、放たれた鈴は空中で軌道を変え甲羅に覆われていない背面を捉えた。直撃。先程の鈍い衝撃とは異なる、肉を潰した生々しい感触が鐵葉鬼の手に伝わった。

「ん?なんやこの手応え?」

 その手応えに違和感を覚えた鐵葉鬼。少なくとも記憶を失ってから戦ってきた魔化魍、そのどれとも違う手応え。むしろその感覚は食事の際に仕留めた獲物を調理するのに似ていた。まるで生き物を潰すときのような感触。

 手傷を負いながらも二人に相対する魔化魍イキメン、その仮面のような甲羅の後ろには人の腕のようなものがうごめいている。いや、目を凝らして見るとそれは本当に人の腕である。不自然な形で生えたその腕はまるで助けを求めるように空をもがいていた。思わず鐵葉鬼はイキメンの後ろ側に回り、そのおぞましい姿を見た。

「その背中!まさか本当に人かいな?」

 イキメンの背中の様子にブリキが驚きの声を上げる。仮面で取り繕われたイキメンの背中には人間の身体の部分が乱雑に詰まっている。まるで仮面が人間の死体に取りつき操っているようだ。狼狽したブリキの様子に、異装の女がくつくつと嗤いながら話す。

「この辺りはイキメンの『身体』となる死体で溢れている。獣のみならず上質な人の死体」

「ハァ!?ワイらが戦ってる間村からは死人出てないはずやで?どっから出たんや」

 鐵葉鬼の言う通り、少なくとも彼がキュウセイキらの村に来てから魔化魍による攻撃に限らず日々の労働でも死者などは一人も出ていない。目鼻のない鬼の顔であるが、鐵葉鬼の顔は純粋な疑問を抱いた表情を浮かべていた。それゆえに、救世鬼の内に秘めた動揺には気づくことが出来なかった。

「……そんなことよりも、早くこいつらを皆殺しにしよう」

 救世鬼はそう言うと呪術により音撃織管を召喚した。伸ばした彼女の手に沿う形で呼び出されたそれは、無数の砲門を人肉で作られたおぞましい怪物、そしてその背後の男女に向ける。

「そこの鬼の小娘は詳しそうだけれどもね、殺しに慣れている顔をしているよ」

「話し過ぎだ。我が子の元へ戻るぞ」

 魔化魍と鬼の戦いを見つめていた異装の男女だったが、救世鬼からの露骨な殺意に気づくと、その場をイキメンに任せ、森の闇の中へと消えていった。

「逃がすわけないでしょ」

 音撃織管から男女に向け放たれた無数の空気弾は、しかしイキメンの甲羅に防御され彼らには届かなかった。その様子に救世鬼は苛立ちを隠せない。一方、鐵葉鬼は冷静に魔化魍の様子を観察していた。異装の男女の逃げ道を守るように立ちふさがるイキメンを前に、鐵葉鬼は救世鬼に話しかける。

「硬いうえに素早い、面倒な相手やなぁ。キュウちゃん、どうする?」

「……勝算はある。用意があるから少し時間を稼いでくれる?」

「もちろんやで、ワイが先に倒しちゃうかもな!」

 救世鬼の言葉に、鐵葉鬼は無言で頷いた。記憶を失っている鐵葉鬼は、魔化魍との戦いにおいて救世鬼を信頼していた。それもあり今回も彼女の指示に疑問なく従った。鐵葉鬼は音撃金剛鈴を構え、イキメンに突撃する。その様を見届けた救世鬼は、呪文を唱えながら両手で印を結ぶ。両手合わせて十八本ある彼女の指は只人には不可能な動きにより高速かつ効率的に複雑怪奇な印を組み続ける。

「鬼幻術・大天門(だいてんもん)!」

 救世鬼の詠唱と共に空中に異様な魔法陣が浮かび上がった。そこから天を穿つように姿を現したのは馬に曳かれた巨大な戦車、彼女の扱う音撃織管・神音だ。彼女が一際大きな裂帛の気合を上げると、音撃織管の三つの砲門は空中に浮かび上がった。そも、彼女が扱う音撃織管・神音は、それぞれ「父」「子」「聖霊」の三つが合わさり一つの巨大な音撃武器を形成するものである。通常攻撃時は手持ちという制約もあり一門「父」のみを使用し、必殺音撃を放つ際に限り、戦車に搭載することでようやく三門全てを扱う。しかし、通常攻撃の段階で一門だけでは埒が明かないと救世鬼が判断した場合、砲門それぞれを個別に遠隔操作し多面的な攻撃を仕掛けるのである。そして、鬼幻術・大天門は重量物を転送し、また自在に浮かばせるという形で、限定的ではあるが空間に干渉する恐るべき術だ。これもまた、救世鬼が異常な鍛錬の末に手に入れた術である。

「なんや!涅駒ちゃんたちやんけ!空間を繋いだんか!?」

 鐵葉鬼の驚きの声も何のその。救世鬼は全容を見せた音撃織管の車体に乗り、複雑な印を結び続ける。それに合わせ音撃織管の三つの砲門が空を踊る。それぞれは個別に動き様々な方向からイキメンに無数の空気弾を浴びせかける。イキメンはその砲火から逃れようとするが、鐵葉鬼が先回りしその動きを封じる。叩きのめされた甲羅のヒビから空気弾が入り込み内側から甲羅を抉っていく。甲羅に覆われていない部位はより酷い有様だ。もはや腕などの部位が判別できない程、その肉体は潰されてしまっていた。

「ぎゃあぁぁ、ぐわぁぁ」

 その悲鳴は魔化魍か、それとも魔化魍の肉体となった犠牲者の物か。その生々しく、まるで人間そのものの悲鳴に、思わず鐵葉鬼は顔を背ける。だが一方、救世鬼はその惨めな怪物の姿をじっと見つめていた。その表情にはどこか満足感のようなものさえ感じられる。

 音撃織管の掃射が止むと、その中心地には満身創痍のイキメンの姿があった。背面はぐちゃぐちゃに潰れ、前面の甲羅は砕かれ、魔化魍特有の白い血に混じり赤い液体がどろどろと流れている。そして甲羅に覆われた顔面は一部が砕け落ち、幾重にも重なった人面のような不気味な様を露にしている。

「……救世鬼」「殺すのか!」「痛い、痛い!」「人殺し」「やめて!助けて!」

 不思議なことに、魔化魍が救世鬼の名を呼んだ。それだけではない。老若男女の声が口々に救世鬼を罵倒し、命乞いをするのである。それも一人二人だけはない。無数と言っても差し支えない声の数。おぞましい呪いの合唱が森の中に響き渡った。

「……キュウちゃん?」

 人食いの怪物であるはずの魔化魍が、人を守る存在である鬼を人殺しだと詰る、異様な風景を目の当たりにして、鐵葉鬼は思わず不安げに救世鬼の方を見た。その顔は嗤っていた。彼女が戴く黄金の獣面だけではない。その顔を覆う隈取も形を歪め、目の前の魔化魍をただただ嗤っていた。

「フ、フフフフフ。ハハハハハ。喋り出すなんてバカみたい」

「え……キュウちゃん、何笑っとるんや……?あいつ人なんか……?」

「人だったら何なの。私の名前を呼んだくらいで。人でも何でも、私の敵であることには変わりないわ。いきなり喋る出すなんてバカらしい。私を笑い殺す気なの?」

 笑い声混じりに救世鬼は話す。よほど面白いのか、普段よりも口数も多い。上機嫌なまま救世鬼は音撃織管から鬼石を放ち、イキメンの身体に食い込ませた。無数の鬼石を受けてイキメンは声にならない悲鳴を上げる。

「あんまりくだらなくて面白いから、いいもの見せてあげる」

 浮遊していた音撃織管を車体に戻し、音撃形態に変化させた救世鬼は、さらに側面に並ぶ無数の操作棒のうち、そのいくつかを引き出した。無数の鬼石を打ち込まれうずくまる生き面に対し、救世鬼はその死を高らかに宣言する。

「音撃射・三位一体去神嘆壊(さんみいったいきょしんたんかい)。Amen!」

 救世鬼の足と十八本の指が、音撃織管の鍵盤を跳ねる。そこから放たれた音は、しかしこれまで鐵葉鬼が聞いてきたオルガンの音色だけではない。喇叭の、縦笛の、吹道の、さらには弦楽器の音。音撃織管は、その無数の管を操作することで、オルガンだけではなく他の種類の音撃武器の音を出すことができるのだ。その種類は管楽器と一部の弦楽器に限られるが、それでも単独で複数種の音撃を放つことができるのは様々な種類の清めの音が寄り添い、増幅し、一つの巨大な旋律を生み出していた。だが、その旋律を生み出すのは敵を嘲り憎悪と悦楽を伴い殺戮を行う邪な鬼。巨大な負の感情は山中の森林に巨大な嵐を生み出し、魔と化した存在をすり潰していく。

 山中を覆いつくした旋風が止んだ後には、魔化魍イキメンの姿はどこにもなかった。なぎ倒された木々、散り散りの枯葉、そして無数の人骨が残されていた。

「キュウちゃん、これは……」

「魔化魍がいる限り、犠牲もある。仕方ないことだけど」

 そう言い放つ救世鬼の声色は、普段通りの怜悧なものに戻っていた。背を向けた彼女の表情をうかがい知ることは、鐵葉鬼にはできない。だが、救世鬼がこの魔化魍に対して、何か知っているだろうということは、先程の様子からも鐵葉鬼には理解できた。

「それよりも早く奴らを追わないと。ここまで来たのだから」

 救世鬼の声はどこか強情だ。まるで鐵葉鬼を今すぐにでもここから引き離さんばかりの勢いがある。無理やりに鐵葉鬼を音撃織管の車体に乗せると、そのまま異装の男女が去った森の奥へと歩を進めた。車体に乗った鐵葉鬼はイキメンが倒れた地を後ろ髪を引かれるように振り返った。だがそこに残されているのは変わらず骨だ。やはり救世鬼は何か知っているのだろう。しかし鐵葉鬼は今あえてそれを追求することはなかった。

『そこの鬼の小娘は詳しそうだけれどもね、殺しに慣れている顔をしているよ』

 異装の女の声が、鐵葉鬼の頭に繰り返し響く。木々をなぎ倒しその根を踏み潰す涅駒の足音も、その声を消すには至らなかった。

 

 救世鬼と鐵葉鬼がしばらく山中を進むと、周囲とは明らかに雰囲気が違う場にたどり着いた。そこには一本の巨木が生えている。天を貫くばかりに伸びたその木からは、無数の枝葉が伸び、既に沈みかけた夕日を覆い隠していた。そしてその周囲には草の一本も生えていない、砂礫ばかりの大地。まるで一本の巨木がその周囲の生命を全て吸いつくしてしまったようだ。その巨木からは、思わず鬼さえたじろがせるほどの強大な負の瘴気が放たれていた。

「ここまで来るとは、驚いたな」

「ということは、我らが孫はまたしても息絶えたのだろう」

「残念だ」

 その巨木の麓には異装の男女が並んでいた。口ぶりこそ孫を悼むようだが、その振る舞いはまるでひと作業終えて憩いの時間だというように緊張感に欠け、和んでいる様子だった。その鬼たちにとって凶悪なほどの瘴気など、彼らには何の影響もないようだった。

「さっきのアレ、ただの魔化魍やないやろ。一体何なんや!」

 呑気な様子の異装の男女に苛立ったように、鐵葉鬼が音撃金剛鈴を突き付けながら言葉を放つ。だが、その腕は震えている。巨木が放つ邪悪な瘴気が鐵葉鬼の腕にずっしりと纏わりつく様が目に見えるようだ。その様子を異装の男女はくつくつと嗤っている。

「言ったろう。我らが孫イキメンは死体を操って死体を増やす。たまたま拾っていた人間の死体を使っただけだ」

 鬼だって死んでたら操れるだろうねぇ、と異装の男は続ける。

「人を殺した気分はどうだったかい。オニ」

「……ざけんなや。お前ら魔化魍連中のせいでどれだけ皆が迷惑してると思っとるんや。死体で遊ぶなんて許せへん!」

 腕に纏わりつく瘴気を振り払い、鐵葉鬼は不気味な装束の怪人に啖呵を切る。だが一方、救世鬼は沈黙を保っている。

「まあ、ここまで来てしまったのなら仕方ない。我が子の力を見せつけようか」

「クニツクリ、ただ生きるだけで全ての魔化魍が活気づき、ただ歩むだけで新たな子孫を生み出す」

「世界を我らの子々孫々で埋め尽くすのだ」

「我が子ダイダラボッチの偉業。最初の招待客はお前たちだ、オニ」

 異装の男女……改めダイダラボッチの童子と姫は手にした杖で、どん、と一層強く大地を打ち鳴らした。救世鬼と鐵葉鬼には、その音に合わせ巨木が脈動した様が見えた。するとどうだろう。巨木の脈動と共に大地が震え、ボコボコと沸き始めた。大地が沸騰するというのも不思議なものだが、彼らには自分たちが煮えたぎる土の上に立っていたように思えた。

 一際煮えたぎり、大きく隆起した大地が衝撃と共に「腕」が飛び出した。飛び出した腕は空をもがき、周囲を探っているようだ。その腕は大地を掴むと、ずるりと全身を持ち上げた。大地から姿を現したのは、顔のようにも見える起伏や文様が刻まれた甲羅。まるで仮面のようなそれを、人や獣らの死体が積み重なり持ち上げた。死体や土塊が寄り添い合い、一丈ほどの二足歩行の姿を形成する。まるで仮面を被った巨人のようなそれは、先程救世鬼と鐵葉鬼が倒したはずの魔化魍イキメンであった。それだけではない、地面に湧き上がる隆起をぶち破り、ライジュウが、カイチョウが、マシラが、オオウサギが……。無数の異形が大地から生まれ落ちた。例の巨木、おそらくあれが魔化魍ダイダラボッチか何かなのであろう、を中心に見渡す限りの魔化魍、魔化魍、魔化魍!無数の魔化魍軍団が、救世鬼らの前を覆いつくしたのである。

 音撃金剛鈴を構える鐵葉鬼の前を覆いつくす魔化魍の壁。だがその壁は強烈な空気弾によりぶち破られる。音撃織管の三連砲塔による爆発的な砲撃。鐵葉鬼の後ろから救世鬼が姿を見せた。

「面倒。アレを挑発しなければよかったのに」

「キュウちゃん!」

「魔化魍となんて話すだけ無駄。人間同士だって分かり合えないのに」

 二頭の涅駒が魔化魍の波を蹴り抜き踏み潰し、音撃織管の車輪がその死体に轍を刻む。その車体を操る救世鬼も、手にした十字音叉剣により魔化魍らを切り払っていた。遅れて乗り込んだ鐵葉鬼も、握りしめた音撃金剛鈴により魔化魍らを力強く粉砕する。殴り抜く一撃一撃の手応えは鐵葉鬼に先程の人体を潰した感覚を思い出させたが、今の記憶にない体に刻まれた魔化魍殺しの感覚が、鐵葉鬼の心の揺らぎを押し流し、いつしか平常心を取り戻させた。先程からの救世鬼の不穏な様子もあるが、鐵葉鬼は深呼吸し、自らの心を落ち着けた。

「……そうやな。今はこれをどうするかの方が重要やな」

 音撃織管の正面に飛び掛かるイキメンを力強く鐵葉鬼は薙ぎ払った。砕かれた甲羅の奥から髑髏の口が覗く。吹き飛んだイキメンは音撃織管の下に潜り込み轢き潰される。先程のイキメンとは異なり、その甲羅はボロボロと崩れている。その様子に、救世鬼は何か閃いたようだった。

「!脆い!これは魔化魍じゃない、ただの土人形!」

 飛び掛かるカワグマを脳天から真っ二つに十字音叉剣で切り裂くと、救世鬼はそう言い放った。巨木を囲むように姿を現した魔化魍らはその実、通常の魔化魍と同様の能力や不死性などは有しておらず、音撃で清める必要もなく倒すことができるただの土塊なのだ。だがとはいえ、まるで巨大な竜巻のように渦を巻く無数の魔化魍。多勢に無勢、次第に魔化魍らの爪牙が鐵葉鬼らの身体を捉え始めた。

「なら簡単に倒せるで!けどこの数、どうしようか?」

「おそらくあの木が魔化魍の本体、アレさえ止めれば何とかなるかも」

「ならやってみるだけや!行くでキュウちゃん!」

「そうね、行こう!」

 起死回生、音撃織管の三門の砲門の一斉射撃が魔化魍たちの壁を貫き巨大な風穴を開ける。その先には巨木とその麓にダイダラボッチの童子と姫が見える。面布に覆われた表情はうかがい知ることはできない。その風穴に向けて突撃せんとする救世鬼が駆る音撃織管だが、ダイダラボッチの童子が杖を振りかざし念動力を送ると、粉砕された魔化魍の遺骸が集まり巨大な壁になり穴を塞いでしまう。

 それだけではない。魔化魍の遺骸が穴をふさいだと思うと、そこから土塊が無数の槍となって、救世鬼らに降りかかってきたのだ。鋭く尖ったそれは、嵐のような激しさで救世鬼らに襲い掛かる。負けじと鐵葉鬼は、音撃金剛鈴の先端から伸びる光の鎖で腰部から展開した音撃鈴を繋ぎ留め、鎖鉄球のような状態にして高速で振り回す。振り回された光の鎖はそのまま光の盾となり、降り注ぐ土の槍を弾き、砕き、吹き飛ばした。

 鐵葉鬼が繰り出す音撃金剛鈴の連撃と、救世鬼が駆る音撃織管の車体が魔化魍もどきの土塊を粉砕していく。狙いはただ一つ、中心にそびえる巨木のみだ。三位一体、音撃織管の巨砲がまた魔化魍の壁に巨大な風穴を開けた。今度はその機を逃すまいと、二頭の涅駒が大地を蹴り、その穴に飛び込む。

「いけないねぇ、もう少しうちの孫らと遊んでくれないか」

「!なんや!」

 その時だ。いつの間にか鐵葉鬼の懐にダイダラボッチの姫が入り込んでいた。胸元に飛び込むような形になった姫はその手で鐵葉鬼の顔を撫でている。

「おや、このオニにはおかしな術がかけられているね。解いてあげようか」

「な、何すんや……!」

 姫の細い指が鐵葉鬼の頭を突く。瞬間、鐵葉鬼の頭の中で何かがはじけるような感覚が何度か続いた。ばちり、ばちりとその衝撃が脳内に響くたびに、鐵葉鬼の手足ががくがくと痙攣する。魔化魍の前で辛うじて立っているのがやっとのようだ。

「コイツ!どきなさい!」

 振り下ろされた救世鬼の十字音叉剣が姫の背中を捉えんとするが、姫はくるりと態勢を変え、鐵葉鬼の身体を自分の前に出し盾とした。しかし、救世鬼は一瞬ためらったばかりで、わずかに鐵葉鬼の身体からはみ出した姫の身体を切り裂いた。はらりと袖の布が舞う。

 だがそれと同時に、ばちりと一際大きく鐵葉鬼の身体が跳ねると、ダイダラボッチの姫と共に鐵葉鬼は音撃織管の車体から転げ落ちた。

「まずい!鐵葉鬼!」

 救世鬼は落ちていく鐵葉鬼を前に叫ぶ。すぐさま方向を切り返し、鐵葉鬼の元に向かおうとする救世鬼だが、その前に無数の魔化魍もどきとダイダラボッチの童子が立ちふさがる。

「ここから先へは行かせんぞ、オニ」

「そこを退きなさい……!」

 魔化魍らを前に、救世鬼の光輪が膨れ上がる怒りと共に一層光り輝いた。

 

 何か大事なことがあった。鐵葉鬼の意識は沈み行く中で何かを思い出そうとしていた。人を喰らい太平の世に仇成す凶悪な怪物。戦乱の大禍。鬼としてそれと戦う異形の自分。そしてそれに協力する鬼の仲間たちの兵隊。何のために戦うのか、もちろん平和と家族のため、平和のため?家族のため?家族がいるのか?ワイに?靄のかかったその人影に近づこうとするたび、獅子と牛、鷲の意匠をもつ鬼面がそれを阻む。

 薄れゆく意識の中でも、身体に伝わる振動は鐵葉鬼が今もなお戦いの場にあることを知らしめている。そもそも何と戦っているのか、何と戦うためにこの場に来たのだろうか。怪物、魔化魍の大量発生の原因を、誰かと一緒に探ろうとした、そこまでは覚えている。だが何故自分はここにいるのだろう、それを探っていくと、また不気味な鬼面が鐵葉鬼の行く手を阻む。だが、次第にその鬼面の姿が苦悶の姿に歪む。土塊の手が、鬼面の周囲に纏わりつき、その動きを妨げているのだ。

 鬼面がひときわ大きく吠え、後ろに現れた光輪が輝くと、鬼面に纏わりついていた土の手が崩れ去った。それと同時に、靄がかかっていた家族の姿もはっきりと見えるようになっていく。そして鐵葉鬼をここまで導くきっかけとなった「まつろわぬ鬼」の姿もはっきりと思い出される。魔化魍退治中の鐵葉鬼に攻撃を浴びせかけ、転落した彼に記憶操作の術をかけたその鬼の姿。その素顔は崩れていく鬼面の中身と同じ、全身傷だらけの白髪の女。かつてその顔を見たことがある。彼女の家族を奪ったのは他ならぬ自分だ。戦乱の世の異教徒狩り、それに加担した時見た顔だ。

「……霧山天 キアラ」

 そう呟いた橅森の声は、果たしてキアラの耳には届かなかった。

 

 鐵葉鬼が握る音撃金剛鈴から伸びた光の刃が、ダイダラボッチの姫の腕を切断する。それにとどまらず、鐵葉鬼が振るう光芒一閃は、周囲の魔化魍もどきを瞬く間に塵芥へと変えた。

「このオニ、面白い」

 ダイダラボッチの姫は切断された腕を何事もなく再生すると、袖口から無数の呪符を取り出した。印を結び何らかの呪言を唱えたかと思うと、そこからは火炎で出来た龍のような怪物が姿を現した。龍は姫の意思に従い、纏わりつくように鐵葉鬼に襲い掛かる。だが、それに臆する鐵葉鬼ではない。裂帛の声で気合を入れると、果敢に龍へと飛び掛かり、その顔面に幾度となく斬撃を喰らわせる。たまらず怯む火炎の龍。

「その程度の手品、なめんなや」

 生じたその隙を逃さず、鐵葉鬼は姫へと接近する。後方から追いかける龍の火炎放射も意に介さん、強い踏み込みから放たれた早駆け、それによって威力を増した鐵葉鬼の斬撃は、今度は姫の両腕を切り落とした。龍は姫の制御を離れ、形を保てずただの火炎として、周囲の魔化魍もどきを道連れに霧散した。燃え盛る炎を後ろに立ち、倒すべき存在を見据える鐵葉鬼の姿は、まるで怒りを以て衆生を導く明王を思わせた。

 一方、救世鬼もダイダラボッチの童子らと戦っていた。音式神涅駒を巧みに操り音撃織管の車体を走らせる。涅駒の蹄と車輪が魔化魍もどきを踏み潰し、音撃織管の砲撃がそれらを吹き飛ばす。だが、多勢に無勢。無数の魔化魍の軍勢が彼女の行く手を阻む。また奴らは口を開き救世鬼に話しかける。痛い、やめて、殺さないで、許さない、殺してやる。口々に彼女を罵倒するその様相に救世鬼は呆れと憤怒を隠さない。

「はあああああ!」

 救世鬼の叫び声と共に光輪の輝きが増し、周囲に無数の光線を放った。彼女の放つ怪光線が力任せに魔化魍もどきを薙ぎ払っていく。土塊の壁にいくつもの風穴を開け、ダイダラボッチの童子を吹き飛ばした。魔化魍もどきの壁が崩れ去ると、そこには姫を振り払い復活した鐵葉鬼が立っていた。その鋭い目線はまさしく人を守り魔を清める鬼の物だった。

「……生きていたようね」

「……今は、やるべき事をやるだけや」

 鐵葉鬼は救世鬼が駆る音撃織管の車体に飛び乗ると、魔化魍ダイダラボッチの巨木に相対する。大量の魔化魍もどきを生み出してなお、その巨木は邪悪な瘴気を絶え間なく放っていた。その瘴気は天まで伸び巨大な暗雲となり空を覆い、周囲を暗黒で包んでいた。

「これだけの邪悪、お互いの音撃を共鳴させる必要がありそうやな」

「……えぇ、そうね。魔化魍もどきも今は大人しくなったけど、復活する前に早く終わらせないと」

 救世鬼は音撃織管の砲門から無数の鬼石を巨木に打ち込むと、腰部から音撃鳴を取り出し音撃織管を音撃形態へと変形させた。鐵葉鬼も手にした音撃金剛鈴に音撃鈴を取り付け、魔を清める準備を整えた。

「主旋律はキュウちゃんに合わせるで。景気良いの一発頼むわ」

「分かった」

 救世鬼はそう言うと無数の操作棒を押し出し引き出し、清めの旋律を放つ準備を整えた。深呼吸、心を静寂へと落ち着けると、ゆっくりと救世鬼は口を開いた。

「音撃射・霧詠礼賛(きりえれいそん)」

「音撃響・咆無祭鳴(ほなさいなら)!」

 救世鬼の十八本の指と両足が音撃織管の鍵盤の上を踊り、音撃織管から清めの旋律が溢れ出す。音撃織管は、その無数の管を操作することで、オルガンだけではなく他の種類の音撃武器の音を出すことができる。無数の音色が重なり合い、巨大な一つの旋律を生み出した。その旋律は普段救世鬼が扱う音撃射「去神嘆壊」よりもなお荘厳なものだ。そこに、鐵葉鬼が振り鳴らす音撃鈴の音が響く。しゃらん、しゃらんと可憐な鈴の音が救世鬼の音撃と共鳴し、周囲に響き渡る。

 だが、その強大な邪気は僅かに勢いを弱めたものの、未だなお止む様子はない。

「音撃が効かない……?」

 全力で放った音撃を受けてなお、未だ悄然と聳え立つ巨木。その様子に思わず救世鬼はたじろいだ。だが、彼女に檄を入れたのは鐵葉鬼だった。

「諦めんなや!まだまだ音撃は始まったばかりや、どんどん行くで!」

 鐵葉鬼のその声はまるで先程までとは人が変わったようだ。その様子に救世鬼は一抹の不安を覚えつつも、その言葉に応じ、音撃織管の鍵盤を弾いていく。救世鬼の打鍵は一層激しさと力強さを増し、それに伴い音撃の力も強まっていく。救世鬼が放つ音撃に合わせ、鐵葉鬼の音撃鈴が高らかに響く。清めの旋律が巨木のみならず、山中の全域に広がっていく。その音を受けて、蘇らんとしていた魔化魍もどきもどんどん霧散していく。山中に広がっていた邪悪な瘴気がどんどん薄まり、清められている。

 

 完全に日が沈むころには、既に魔化魍の気配は落ち着いていた。巨木から放たれていた邪気は消え失せ、周囲の大地が動く様子もない。巨木の前に佇むのは、二人の鬼、救世鬼と鐵葉鬼だけだった。肩で息をするその様子は流石に疲労困憊を隠し得ない。

「面白い見世物だったな」

「そうだねぇ、中々楽しめたわ」

 そんな彼女らの前に姿を隠していたダイダラボッチの童子と姫が姿を現した。童子の服装は救世鬼の怪光線の前に焼かれぼろ布のようになっており、姫も鐵葉鬼に切られた両腕は欠損したままだった。救世鬼はその姿を認めると、すぐさま音撃織管の空気弾を放った。

「まあよしてくれ、もう戦う気はない。本当だとも」

 童子が手を広げまるで降参のような仕草を取る。どうやら本当に戦う気はないらしい。先程まで手にしていた杖も放してみせた。

「我らの役目はここまで。ヒトの世を焼き尽くす役割は、アナタに代わってもらいましょう」

「は?どういう事?」

 救世鬼の問いかけに応じず、姫の身体はゆっくりと闇の中に溶けて消えていった。姫だけではない、童子もその姿を暗闇の中に隠していった。

「終わったみたい、ってことでいいんやろか……?」

 邪な気は消え去り、山中を静寂が包み込んでいた。そこには魔化魍の存在などは全く感じられない。一度顔の変身を解こうと、鐵葉鬼は数度周囲を警戒した。すると、こちらに近づく何かの気が感じられた。救世鬼もそれに気づいたのか、十字音叉剣を構える。

「鬼の痕跡を辿ってみれば、お館様!よくもご無事で!」

 しかして、茂みから身体を乗り出し姿を現したのは、鐵葉鬼にとっては非常に見慣れた「鬼兵隊」の一員であった。運命の車輪が転がり出すような、そんな感覚が救世鬼の心をよぎった。

 

―続―

 

・魔化魍マシラ

 身の丈(身長):18尺8寸(5.7m)

 目方(体重):1200貫(4.5t)

 特色/力:巨体を活かした怪力、高い運動能力、武器を扱う知能

 巨大化した猿か猩々のような姿をした魔化魍。巨体の通り怪力であり、断崖絶壁も軽々と登攀する。また知能も高く、周囲の樹木を引き抜き棍棒として扱う、岩を投擲するなどの攻撃を仕掛けてくる。

 

・魔化魍オオウサギ

 身の丈(身長):19尺5寸(5.9m)

 目方(体重):1333貫(5t)

 特色/力:発達した前歯、巨大な耳による聴力、敏捷性

 巨大化した兎を思わせる姿の魔化魍。巨大な耳により常に周囲を探知している。非常に身軽に行動でき、特に跳躍力に長ける。前歯が発達しており、これで獲物を捕食する。

 

・魔化魍フルツバキ

 身の丈(身長):29尺7寸(9m)

 目方(体重):2000貫(7.5t)

 特色/力:自在に伸縮する枝、養分を吸い取る棘

 巨木のような外見の魔化魍で、幹のような表面からは何輪もの花が咲いている。自在に伸縮する枝や根には無数の棘が生えており、これを得物に突き刺すことで養分を吸い取り捕食する。枝を締め付ける力も強い。

 

・魔化魍カワグマ

 身の丈(身長):22尺5寸(6.8m)

 目方(体重):1840貫(6.9t)

 特色/力:発達した筋肉、強靭な爪、堅牢な毛皮、遊泳能力

 熊や肉食獣を思わせる姿の魔化魍。主に河辺を好んで生息し遊泳能力も高い。全身の筋肉が発達しており、強大な怪力を生み出すほか分厚い毛皮と重ね合わせることで防御力も高い。

 

・魔化魍イキメン

 身の丈(身長):7尺9寸(2.4m)※本体のみ、寄生先より増加変動

 目方(体重):80貫(300kg)※本体のみ、寄生先より増加変動

 特色/力:強固な甲羅、死体に取りつき操る知能

 キノコや甲殻類を思わせる姿をした魔化魍。生物の死体を食べるだけでなくそれに取りつき操ることができる。本体が無数の死体に取りつくと、人間を思わせる二足歩行の形態を取るが本体が巨大な仮面のようになっており、まるで手足の生えた仮面のような姿をとる。

 

・ダイダラボッチの童子(異装の男)

 身の丈(身長):6尺9寸(2.09m)

 目方(体重):41貫(154kg)

 特色/力:強力な念動力、あらゆる魔化魍を育てることができる。

 魔化魍を育てる役割を持つ童子。他の個体とは異なり、神官か祭司を思わせる豪華な服装に身を包んでいる。あらゆる魔化魍を育てられるほか、怪童子に変身しなくとも高い戦闘力を備えている。強力な念動力を用いた戦闘を行う。

 

・ダイダラボッチの姫(異装の女)

 身の丈(身長):6尺(1.82m)

 目方(体重):35貫(140kg)

 特色/力:強力な念動力、あらゆる魔化魍を育てることができる

 魔化魍を育てる役割を持つ姫。他の個体とは異なり、神官か祭司を思わせる豪華な服装に身を包んでいる。あらゆる魔化魍を育てられるほか、妖姫に変身しなくとも高い戦闘力を備えている。強力な念動力を用いた戦闘を行う。

 

・魔化魍ダイダラボッチ

 身の丈(身長):264尺(80m)

 目方(体重):24400貫(915t)

 特色/力:圧倒的な巨体、あらゆる魔化魍を生み出し活性化させる「クニツクリ」

 巨木のような姿をした魔化魍、と救世鬼は認識していたが、それは地表に露出した角部分であり、本体はその下で眠りにつき、周囲の土壌に魔化魍を生み出す邪悪なメタモルフォーゼの力を垂れ流している。

 樹木のような角を無数に生やした目のない熊の頭部を持つ巨人のような魔化魍。山のような巨体は他の魔化魍の追随を許さない圧倒的なもの。ただ存在し、歩くだけで大規模な災害となる。全身から魔化魍を励起させる邪悪な力を垂れ流しており、そこにあるだけで周囲の魔化魍に力を与え凶悪化させ、人間だけでなくあらゆるものを蹂躙する「クニツクリ」が始まってしまう。目覚める前に、巨木として地表に露出した角に強力な清めの音撃を流し込むことでその力を抑えることができる。劇中では不完全な形で「クニツクリ」が起こり、土塊で出来た魔化魍もどきを大量に出現させた。

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