響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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三之巻「訪れる猛士」

 「猛士」。日本各地に潜む人食いの怪物「魔化魍」と戦う音撃戦士「鬼」たちをバックアップするために結成された組織である。現在の組織の直接の原形となるものは戦国時代末期に結成され、江戸時代、幕末、昭和の戦乱などの動乱のたびに組織再編、その姿を変えながら鬼たちを助ける、人々を守るために陰ながら活動してきた民間組織である。その構成員は魔化魍と直接対決する鬼、技術面で彼らをサポートする技術者、気象観測や山河の調査を行う人々、など数千人以上からなる。その活動規模は日本全国に渡り、組織全体をいくつかにブロック分けし広範囲にわたる活動に対応している。「鬼の里」とも呼ばれる総本山は、歴史的に鬼と人間が共存してきたとされる奈良県吉野に存在する。

 猛士は「鬼」たちが所属する組織の中で国内最大規模を誇り、現代では「鬼」といえば猛士所属であることが当たり前である。かつて過去には全国各地に土着の音撃組織が散発的に存在していたが、時代の移り変わりに伴い猛士へと吸収併合されていき、現代において多少なりともその組織体系を残すものは、オノノキが所属し北東北に根城を置く「皐月会」、音撃戦士の始まりである平安時代からの系譜を主張する「七座一門(ななくらいちもん)」、あるいは西欧由来の技術を独自に有するという「霧の教団(きりのきょうだん)」など数えるほどもない。そしてそれらの組織でも鬼として活動する者は猛士に籍を置く者がほとんどである。よって、結局はそうした土着集団は事実上名だけを残していると言っても過言ではない。

 結論、猛士とは音撃戦士である鬼たちを助け人々を守るために歴史の陰で活動する組織である。もっとも、さらなる歴史の陰で活動する暗部もあるのだが。

 

 そうした猛士の支部の一つ、猛士東北支部。その一室に数人が集まっていた。椅子に座り、何かを待っているようである。

「そろそろ来ますかね……?」

 一人の男が腕時計を確認しながら口を開いた。眼鏡をかけたその表情は柔らかく、高級そうな外見の厳つい腕時計との対比が際立つ。部屋の窓にはブラインドがかけられ、外側からの陽光を僅かに通している。

「いずれ来るだろう、支部長」

 部屋の奥に座る、一際厳つい男性が腕組みをしながら返した。支部長と呼ばれた男がそれに答える。

「ゾウキさん、そうですね。そう言えばサカマキさんも来てないんだよな……」

「あーしは用事があって早く出たいんだけど。行く前に近くのカフェの限定ランチ食べてきたいんだよねー」

「ナエギさん、良くそこ行きますよね」

「ノラギ君も暇ならどう?」

「そうですね、仕事の都合がつけば。ヨモギさんは」

「……いや、ワタシは……」

 待ちくたびれたようで、暇を持て余した彼らは口々に会話を始める。そのざわめきが次第に大きくなり、支部長が何度目かの時計の確認をしたときに、部屋の扉がノックされた。

「あっ、やっと来たようですね。どうぞー」

 支部長の声が部屋に響くと、ゆっくりと扉が開け放たれた。まず最初に部屋に入ってきたのは身長二メートルを超える大男、続けてメッシュ髪の長身の女、最後にタオルをねじり鉢巻きのように巻いた年輩の男が部屋に入ってきた。「象」のクダキ、オノノキ、カッキだ。

「やぁやぁやぁ皆さん、ご機嫌よう」

 カッキが部屋で待っていた者に笑顔で手を振る。だが、残りの二人は辛気臭い表情ばかりだ。

「お待ちしていました皆さん。それじゃあ軽く自己紹介と行きましょうか」

 支部長が声を掛け、オノノキらを皆の前に並ぶよう促した。それに従い、彼らは並んで立った。カッキがクダキの方を見て、自己紹介を始めるよう視線を送った。それを見て、クダキは口を開いた。

「クダキっす。皆さんよろしくおなーしゃっす!」

「……オノノキです」

「カッキです。東北支部で世話になります。よろしく!」

 オノノキら「象」の面々が簡単な自己紹介を済ませると、続いて支部長が部屋の中にいた皆を立たせ自己紹介を促した。先陣を切って、一際厳つい男が口を開いた。

「ゾウキだ。よろしく頼む」

「あーしはナエギ。よろしくー」

「ノラギです。よろしくお願いします!」

「……ヨモギ、よろしく」

 並び立った皆は全て鬼として活動する、現役の音撃戦士たちであった。それもオノノキらとは異なり、人喰いの怪物魔化魍と戦い人類を守る正義の鬼たちであった。

「あぁ!申し遅れましたが、私が東北支部長の『橅森 文仁(ぶなもり ぶんじん)』です。皆さん東北支部へようこそ」

 支部長、文仁が「象」の面々に向けてはにかむと、ちらりと扉の方を見ながら口を開いた。

「あともう一人来るはずだったんですが、ちょっと遅れているようですね……」

 そう文仁が言うが早いか、部屋の扉が大きな音を立て勢い良く開かれた。

「すまない、遅れてしまったね。もう始まって……もしかしてオノノキ先輩?」

「……あれ、サカマキじゃん。ここだっけ、所属」

「そうだよ、東北支部。じゃあ新しく来る人って先輩だったんだね」

 薄く焼けた肌にショートカットのヘアスタイルが特徴のクールな女性、サカマキはオノノキを見るや否や一気に駆け寄り話しかけた。その様子にカッキが驚いたように口を開く。

「あれぇ?オノノキちゃん知り合い?知らなかった」

「……えぇまぁ。以前一緒に重蔵先生の下で学んだんで」

「それじゃあ同門なんだぁ!皐月会の」

「ちょっとカッキさん」

 皐月会、その言葉を聞き一際厳つい男、ゾウキがやや眉をひそめた。猛士で長く活躍する者の中には、面子のために猛士に「恭順」せず鬼の数をいたずらに減らす別の組織に対し、悪感情を持っている者も少なくない。この場においては経歴の長いゾウキがそうであった。その様子に気づいたか、文仁も少し苦笑いを浮かべる。

「……まぁとにかく、オノノキさんたち皆さんも、これから同じく魔化魍と戦う仲間として活動していくわけで」

「『鬼』だろう、お前たちが戦うのは」

 だが、文仁の言葉を無視しゾウキが鋭く口を開いた。その言葉にノラギ、この中では一番経験が浅い、が戸惑った様子を見せる。クダキがその巨体でゾウキを見下ろしながら言葉を発した。

「……何が言いたい、爺さん」

「いや、本当のことを言ったまでさ。アンタらが噂に聞く『鬼狩り』だろう」

 ゾウキの言葉に、オノノキらは思わず表情を引きつらせる。だが、ゾウキ以上にキャリアの長いカッキは笑顔を崩さないまま、ゾウキの前に立った。

「音撃戦士臓鬼、聞いてるよぉ。何でも鬼闘術の達人で、本部からは後進の育成を嘱望されてるけど、現場での活動にこだわってるとか」

「詳しいな。俺もアンタのこと知ってるよ。音撃槌の渇鬼。五十近いのにいまだ現役を続けるヤバイ男がいるとか。おかげで音撃戦士の平均年齢は上昇の一途だ」

「じゃあ、ボクたち似た者同士だねぇ。はっはっは!」

 笑いながらカッキはゾウキの肩を叩いた。その行動にゾウキはにやりと笑みを浮かべる。それに応えるようにカッキも笑みを返す。

「さぁ、支部長さん。これからボクたちは何をすればいいのかな?」

 そう言うカッキは支部長よりも年上だ。もっと言えば、この中にいる誰よりも年上だ。こうして現場に携わる人員で、五十代近いカッキより年上となると、象の上司である重蔵ぐらいしかいない。そんなカッキの言葉に文仁はだがあくまで支部長として返す。

「そうですね、まずはこの支部の案内をしながら他の方の紹介でも。次いで皆さんの仕事場所へ」

 そう言うと文仁は部屋の出口の方へと歩く。それに従い、鬼たちは部屋を後にした。

 

 東北支部の案内が終わり、オノノキは用意された自らの持ち場に落ち着いていた。パソコンのセッティングを整え、メールを確認していると、後ろから掛けられる声があった。

「織ちゃん?」

「……霧ちゃん!久しぶり、元気?」

「わたしは元気だよ、織ちゃんも急な異動大変だったね」

「大丈夫だよ。鍛えてるし、私」

「織ちゃんらしいね」

 オノノキに声を掛けてきたのは、東北支部所属の銀(技術職)である「宮沢 霧子(みやざわ きりこ)」であった。オノノキと同じく皐月会出身の人物であり、鬼としての変身能力こそ有さないが、式神や呪術など優れた技術を持っている。ちなみに「織ちゃん」という呼び名は、オノノキの本名である「及川 織江(おいかわ おりえ)」に由来する。

「まあでも、大変かも。私が支部所属扱いなんて。断ってたかも、霧ちゃんがいなきゃ」

「そんな、大丈夫だよ織ちゃんなら。強いんだし」

 そう言うと霧子は小さくガッツポーズをして見せた。可憐な見た目に似合わないその力強いポーズに思わずオノノキは表情を緩める。

「おーし、それじゃあ頑張るか。新天地」

 そう話す彼女らの元へ、サカマキが歩いてきた。歩くたびに遊ばせた毛先が踊る。

「先輩、それに霧子も。どうしたんだい?」

「んーと、作戦会議。かな。これからどうするか」

「なら、今晩ディナーでもしながら一緒に話し合わないかい?」

「……うん!一緒に行こう!」

「決まりだね。店は私が調べておくから」

 言葉を交わし、サカマキは懐から携帯を取り出すと地図アプリを開き店を調べ始めた。その様子を見送ると、オノノキは霧子の方を見た。

「ところで霧ちゃん、質問なんだけど……」

「何かな?」

「どこ、私好みのイケメン?」

「まだ婚活チャレンジ続けてるんだ……」

 オノノキ、圧倒的な実力で戦う彼女の趣味は「婚活」であった。「象」の任務で各地を回るたびに、彼女は好みの相手を探しているのである。

 

 その夜、オノノキ、サカマキ、霧子は居酒屋で酒を酌み交わしていた。既にテーブルにはいくつもの空きグラスが並んでいる。ほとんどがオノノキとサカマキが飲み干したものだった。オノノキの正面に座るサカマキの顔には赤みが差している。その横に座る霧子はソフトドリンクを少しずつ吞んでいる。対しオノノキは相当量の日本酒を呑んでいるが、まるで酔った様子がない。グラスから口を放し、霧子が口を開いた。

「こうして会うのも久しぶりだね」

「あー、サカマキが皐月会を出る時以来だから、結構前かも」

「懐かしいねぇ!あの頃はまだ若かった……若くて無茶もした」

 そう言うとサカマキの表情は一瞬暗くなった。そして一度どんと、テーブルに突っ伏した。ゆっくりと顔を上げたサカマキの表情は先程までと同様の笑顔だった。

「それで、オノノキ先輩は今日はどんな感じだったんだい?」

「今日全員と会えたわけじゃないから、明日もしないと。挨拶回り」

 オノノキはサカマキと霧子から東北支部の様子を聞き出していた。業務の動きや今日会えなかった人員などについて。もちろん「象」としてのオノノキの情報網は極めて広く、東北支部については全て下調べしているのだが、現在そこで活動しているサカマキらが持っている「ナマ」の言葉を重要視していた。

「……支部の顔写真は全員分持ってるけど、いないね。私好みのイケメン」

「先輩まだ続けてるんだ。恋人探し」

「まあね」

 そう言うとオノノキは手にしたグラスを飲み干した。酒混じりの吐息が、ふーっと唇から漏れる。そしてそのまま彼女は続ける。

「いないの?そういう相手。サカマキには。今酔ってるでしょ。あるよ、言葉の勢い」

 その言葉に、サカマキは耳まで真っ赤になってしまった。その様子を霧子が横から見つめる。その顔は緩い笑顔だ。

「まっ、まあ……」

「いるんでしょ、サカマキさん」

「え、いるの?まじかー」

 恥ずかしさを騙すようにサカマキはオノノキのグラスを奪い取り、中に入っていた日本酒を飲み干した。グラスをテーブルに置いたサカマキは目が据わり、それまでの笑顔が消えている。

「……きゅう」

 そのまま彼女は力なく倒れるように霧子の胸に寄りかかった。

「さ、サカマキさん?」

「おー、飲み過ぎたか。飲ませなきゃ、水」

 サカマキがダウンしたことで飲み会はお開きとなった。霧子がサカマキの迎えを呼んでいる間にオノノキは支払いを済ませ、サカマキに肩を貸し居酒屋を出た。

「電話したから多分お迎えがすぐ来るよ」

「れすと・いん・ぴぃす」

「そっちじゃなくって!」

 居酒屋の外に出たオノノキと霧子が無駄話をしながら喋っていると、外気に当たり多少気分がマシになったサカマキが頭を上げた。

「……ん?あれ?どうなった……?」

「サカマキさん気づいた?糺さん呼びましたよ」

「糺……?」

 その名前を聞くと、サカマキの顔はにへらーっと大きく緩んだだらしない笑顔になった。そのままべったりと霧子にくっつく

「糺くん?糺くん来るの!?」

「う、うん。迎えに……」

「えへへー、やったー」

 サカマキは笑顔のまま、また眠ってしまった。少しよろめく霧子をオノノキが支える。彼女らの火照った頬を夜風が撫でる。サカマキを見るオノノキの表情は何かを考えているようだった。そうこうしているうちに一台の車が彼女らの近くに留まった。ハザードランプを灯した車のドアから出てきたのは一人の男性だった。少しやせた頬に短く切りそろえられた髪は精悍さを感じさせた。

「霧子さん、連絡ありがとう」

「糺さん、遅くにごめんなさい」

「あぁ、やっぱり寺澤の糺君だ。久しぶり」

「あれ、オノノキさん?新しく異動になった人ってオノノキさんだったんですね」

「全く同じこと言ってたよ、サカマキも」

 降りてきた男「寺澤 糺(てらさわ ただし)」はオノノキたちと挨拶を済ませると、サカマキの身体を持ち上げ、ゆっくりと車の中に乗せた。

「糺くん、まだサカマキのサポーターだったんだ。もう長いでしょ」

「えぇ。以前オノノキさんたちと修行していた時よりも前からなので、だいぶ長いですね」

 糺は猛士に所属し、鬼の移動などを前線で支える「飛車」の役割を務めている。特に、サカマキとの付き合いは長く、以前、オノノキとサカマキが共に皐月会で修行している際も糺はサカマキのサポーターを務めていた。

「サカマキの好きピは糺君か……」

「?オノノキさん、何か言いました?」

「いや……」

 後部座敷にサカマキを乗せた糺は、扉を閉めるとオノノキらの方を振り返った。

「お二人は?もしよかったら送っていきます」

「それじゃあ私はお言葉に甘えようかな」

 そう言うと霧子は車側に動きオノノキを見た。

「いや、私は大丈夫。もう少し呑んでから帰るよ」

「そうですか……気を付けて」

 そう言うと糺と霧子は車に乗り込み、走り去っていった。オノノキは彼らを手を振り見送る。彼らの乗る車が視界の遠くに消えると、オノノキは先ほど言っていた言葉とは異なり真っすぐに帰路についた。懐のポケットをまさぐると、いつ買ったのかさえ忘れた煙草が出てきた。それを口に咥え、ライターで火をつける。吐き出した息と共に煙が夜の闇に舞う。何時ぶりに吸うだろうか。だが久しぶりに吸いたくなったのだ。

(ちょっと吞んだな……)

 オノノキはゆっくりと電柱にもたれかかる。そしてそのまま煙草を大きく吸い、煙を吐き出した。そしてそのまま夜空を眺め、久しぶりに会った霧子とサカマキの様子を思い浮かべた。以前皐月会で修行していた時とはまるで変わった姿。とても音撃戦士として、それを支える者として成長したその姿。その姿に殺人を生業とした自分との差を感じてしまったのだ。

(何か遠くに感じるな、皆)

 星々を眺めながらオノノキは考える。今の彼女にとって、昔なじみの友人たちは夜空に煌めく星々のように手の届かない存在に感じられた。

 

 翌日、オノノキは東北支部に少し早めに到着した。パソコンを起動しメールなどを確認する。特にめぼしい情報はない。続いて、東北支部のスケジュールを確認する。喫煙室はどこだったかと資料を確認していると、後ろから声を掛けられた。

「……オノノキさん、でよかった?」

「……ナエギさん。おはよう」

 振り返ると目に入ったのはウェーブがかったミドルヘアにふわりとした服装に身を包んだ女性、ナエギだった。東北支部で活躍する、管楽器をモチーフとした音撃管と呼ばれる武器を扱う音撃戦士「那廻鬼(ナエギ)」である。普段はその外見の印象通り柔和な表情をしているのだが、今は目の下にクマができ眉間にしわが寄っている。

「『鳴神月鬼』って、知ってるでしょ」

「……亡くなったそうで」

「あーしの親戚なんだ。昨日葬式行ってきたよ。エンバーミング?って言ってたっけ。死んでも綺麗だった」

 そう話すナエギの表情は暗い。その目とオノノキは目が合った。

「それは、ご愁傷様でした。で、どうして私にその話を?」

「単刀直入に聞くけど、何か知ってることある?」

「……」

 その言葉にオノノキは少し考え、懐から煙草を取り出そうとした。だがその手をナエギは止める。

「ここは禁煙」

「おっと」

 ナエギの手がオノノキの動きを遮る。残念そうな表情を浮かべオノノキは煙草を戻した。残念そうな表情を浮かべオノノキは口を突き出した。

「私の知っていることは、鳴神月鬼がとても優秀な鬼で名門の『七座一門』ゆかりの鬼だってこと。君と同じで」

「あーしが七座一門出身ってとこまで調べてんだ、流石ゾウキさんの言ってた通り手が早いね」

「友達も多いしね」

「いやどう見ても友達多そうには見えないけど」

 ナエギのその言葉に思わずオノノキはムッとした表情を浮かべた。それに気づいたナエギはすぐに取り繕った。

「いや、そこまで悪く言うつもりはなかったよ。ごめん」

 そう言うとナエギは申し訳なさそうに両手を振った。その様子をオノノキは見ながら口を開いた。

「気にしてない。そう言われるから、いつも」

 オノノキがそう言うと、ナエギはさらに返した。

「でも詳しいんでしょ情報に。もし何か知ってることあったらあーしに教えて」

 私は今日から現場だから、と付け加えてナエギは自席に戻り身支度を整え始めた。その様子をオノノキは横目で見ながら大きくため息をついた。まさかこの自分が鳴神月鬼の命を奪った張本人だとは言えない。もし彼女がその真実を知ってしまったら、自分はここにいられないだろう。この仕事には隠し事が多すぎる。だが、自ら選んだ仕事だ。

 人々を守るために、守るべき人に害をなす存在に堕ちてしまった鬼たちを倒す、同族殺しの十字架を背負う役割の鬼がいる。オノノキを含めた「象」の鬼がそうだ。だが、その役割は決して他人に褒められ感謝されることなどない。彼らの戦いは常に孤独の中にあった。

 

―続―

 

用語:皐月会

 北東北を勢力範囲とする土着の鬼集団を原形とする組織。その歴史は鎌倉時代に遡ることができる。鎌倉時代のとある鬼が、各地に散らばる鬼にまつわる技術をまとめ、彼に従う者たちに鬼の力を教授し始めたのが始まりと伝えられている。

 戦国・江戸時代以降、「猛士」の組織図が確立し、その勢力が拡大するにつれて皐月会に所属する鬼の多くは猛士由来の音撃戦士として恭順する一方、長きにわたり極地進化した鬼や呪術といった技術を独自に保存する動きが起こり、独自の格闘術や呪術、音撃武器などを書物にまとめるなどの技術の保存と伝承を行うようになる。

 猛士とは一定の距離感を保っていた皐月会だったが、昭和の戦後、独自保存していた技術を猛士に移そうという動きが起こる。皐月会はある意味猛士の下部組織として存続し、行き場のない鬼や魔化魍に襲われた孤児を迎え入れる組織となる。現代における皐月会は、東北某所の温泉旅館「滝夜温泉」を表の顔とし、魔化魍に襲われた孤児を迎え入れ温泉で住み込みの仕事を与えるだけでなく、猛士の一員としての修業をつけている。修行を一通り終えた者には鬼や猛士所属の技術者として活動する者も多い。

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