響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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短編「八裂(はぎれ)の鬼」
序章「半人半鬼」


 人っ子一人いない暗闇、深夜の山中に小さなテントが立っている。小さな明かりがともったその中からは小さな話し声が漏れ聞こえる。

「師匠、眠れないんでまた昔話が聞きたいんですけど」

「君は本当に昔話が好きだね。まあいいけど」

 眠気が混じった小さな声が続ける。

「人間がその身を鍛え、魔を祓う『鬼』としての力を得る。というのは流石に君ももう分かってるとは思うけど」

「当たり前じゃないですか」

 片方が、まるで常識であるかのようにとぼけた口調で返す。その言葉を聞き、語り手は少し口角を歪め笑う。

「魔と戦うために鍛えた力を、人間にも振るう。もしそういう鬼がいたら?」

「……?」

「化け物以上に人間同士で戦わなければいけなかった時代、鬼が恐れられ迫害されていた時代。今日はそういう時代の話」

 テントの外はしんと暗闇が包んでいる。

「その異形で、彼らはどのようにしてその時代を生きたのか……」

 

 

 

「オニだ!オニが出たぞ!」「オニの盗賊だ!みんな逃げろ!」

 夜の闇を切り裂く叫び声が村中に響く。続く轟音。村の柵や家が力任せになぎ倒されていく。まるで突風や山崩れのような災害を思わせる惨状だが、その音の源はたった一つの影であった。

 その影は大きい。常人の三倍近い体格は寺院に立つ仁王像か何かを彷彿とさせた。その影は鋭い。頭部には巨大な角を戴き、手にした丸太のような武器の先端からも同様に角が生えている。その影はよく動く。巨体に見合わず軽快な動きで村を破壊し、その大きな腕を振るうとそれに合わせて無数の小さな影がぞろぞろと動き、食料や必需品をどんどん奪い去っていく。その不気味な影はまさしく鬼の姿をしていた。

 巨大な鬼に崩されていく家々、どんどん物資が持ち去られていく中、果敢にも幾人の男たちが刀や農具を構え、鬼へと立ち向かった。じりじりと鬼を取り囲み、一斉に武器を振りかざし攻撃を仕掛ける。だがその鬼、まるで意に介さず堂々と仁王立ちしている。鬼の背丈ほどもある丸太のような棍棒、もはや破城槌と言っても過言ではない巨大で、先端には布が巻かれそれを突き破る形で角が生えている、もゆるく握られているだけで、戦う意思などないようにさえ見えた。事実、男らの武器は鬼の身体に傷一つつけることができていない。鋭く尖った刀の切先も、鍬や斧の重量が乗った打撃も、その鬼の文字通り鋼の筋肉にはじき返されてしまう。絶望感が男たちを包み、攻撃の手は次第に緩み、そして遂には止まった。その時だ。鬼が今度は自分の番だと言わんばかりに動いたのは。

「ハァ!」

 轟音、鬼が口を開いた。気合の叫びと共に鬼が手にした棍棒が風を切り高速で振り回される。見ると丸太のようなそれは中ほどで太い縄で縛られており、まるで寺院で釣鐘を鳴らす際に用いられる「撞木」のようだ。鬼はその太い縄を握り、撞木だけを力強くぶんぶんと振り回している。その撞木は鬼の膂力もあり瞬く間に加速し、余りの速さに夜の闇の中に姿を消した。

 瞬間、無数の破裂音。凄まじい加速力を得た撞木の打撃は男たちの五臓六腑を打ち砕き、まるで水風船のように炸裂させた。高速で振り回される撞木が巻き起こす嵐に乗り、村に文字通りの血の雨が降りしきる。血に濡れた地面をバシャバシャと歩き、鬼はさらに村を物色する。数人が瞬く間に死んだというのに、鬼はまるで動じない。鋼のような肉体は鮮血に塗れ、まさに恐ろしい赤鬼といった出で立ちだ。

「殺しは面倒くせぇ。部下共がもっと鍛えてくれりゃあなぁ」

 鬼がぼやく。この鬼は人語を解し、人間同様の精神構造を持っているようだ。すなわち、人外の力を持ちその危険性を知りながら、その力を人殺しに使う事に対しまるで躊躇がないということである。人語を解す化け物。人外の存在が人間のような精神構造を持っていることは単なる怪物とは別方向の不気味さがあった。そして、この化け物にとって殺人は単に「面倒くさい」だけのものであった。

 古来より人の踏み入れぬ闇の中には、人々を襲い喰らう異形の怪物「魔化魍」が棲息している。そうした怪物と戦い人々を守るために、凄まじい鍛錬の果てに強靭な肉体と超常的な力を有した異形へと姿を変え、その力を正しく扱うために心もまた鍛え抜いた存在が、「音撃戦士」とも呼ばれる「鬼」なのだ。だがこの鬼は違う。魔の存在と戦うために鍛え上げたその力を、無辜の人々に対しても躊躇なく振るう凶悪で残虐な盗賊なのである。鬼の力を以てすれば、人間など塵芥も同然。先程この鬼が見せたように歯向かう事すら許されない。鬼と人間の戦いは戦いにすらならず、鬼にとっては単なる「面倒ごと」でしかない。

 そう。鬼と戦いになるのは「魔化魍」かあるいは、同じ「鬼」相手だけなのだ。

 

 鬼の発達した感覚が、人ではないものの気配を捉えた。見ると、鬼の指示で動いていた黒い影の方に、異様な邪悪の気配がある。鬼以上の巨体の影がうごめき、影たちを吹き飛ばした。その異形の存在に、異形の鬼が相対する。

「面倒くせぇ。ベロ出したそのマヌケ面、『オオガマ』だなぁ?」

 鬼が「オオガマ」と呼んだその異形は正しく、巨大なガマガエルのような姿をしていた。全身の細かい隆起は巌を思わせ、正面向けて開いた口からはだらりと舌が垂れ下がり、唾液を垂れ流しにしている。垂れ流しになった唾液は地面に落ちるや否や土を腐食させ煙を放ち、その合間から覗く眼光は鋭く鬼を睥睨している。そして、何より特徴的だったのは、猩々を思わせるように二足歩行を行い、その両手にはどこから取り出したのか棍棒を思わせる武器が握られていた。吹き飛ばされた影たちに引くように命じると、鬼は撞木を構え、臨戦態勢を取った。

「横入りはよくねぇだろう、何より盗賊のおれ様が盗まれるなんて情けねぇさ!」

 鬼の大声に呼応するかのように、魔化魍オオガマもその喉を鳴らし咆哮した。この鬼に獲物は取られまい!ここの人間は自分の餌だ!と言わんばかりの大声が村中に響いた。叫びと共に撒き散らされた唾液は毒を帯び、周囲の残骸をどんどん腐食させていく。そこから発せられた煙を吸った幾人かの影や村人たちがどさりどさりと倒れていく。オオガマの唾液はそれ自体も猛毒だが、気化した煙もまた毒性を持っているのである。

 が、しかし鬼は、そのような毒をまるで意に介さない。高速で振り回す撞木が切る風がそのまま煙への防壁となり、有毒の霞を弾き返した。そしてそのまま魔化魍のぶよぶよとした肉体を撞木で打ち据える。先程数人の男たちを瞬く間に消し飛ばした連撃。しかし超常の怪物である魔化魍、その程度の攻撃では仕留められない。

器用にもオオガマはその手にした棍棒で撞木を受け止め、文字通り蛙のような跳躍力で撞木を弾き飛ばす。さらにそのまま飛び上がり、家の残骸の上に着地すると、棍棒を大上段に構え鬼へと飛び掛かった。対する鬼はその撞木の後ろに右の手のひらを添え、まるでやり投げのように構えた。もう片方の手は前方に大きく突き出され、魔化魍へと狙いを定める。

 一閃!鬼の怪力により大きく突き出された撞木の先端は、飛び掛かる魔化魍オオガマの口腔を貫き、その背中まで貫通した。魔化魍特有の白濁した血液が周囲に飛び散り、オオガマの背を濡らしている。だが、驚くべきはオオガマの生命力。身体に損傷はあるが、口を貫通した撞木にその手をかけ、舌を巻きつけ、無理やりに引き抜こうとしている。だが、それを見逃す鬼ではない。オオガマを貫通した撞木を力強く持ち上げ、その勢いのまま地面に向けて突き刺した。まるで地面に縫い付けられたようになるオオガマは、身動きを取ることさえできずにもがくばかりだ。乱雑に振り回された舌が逃げ遅れた幾人かの村人に巻き付き捕えその口に放り込むが、ただ口の中に入れるばかりで、食べることなど到底できない。凶悪なほどに驚異的な魔化魍の生存本能である。

 鬼は地面に落ちていた斧を手に取りオオガマに迫る。先程鬼に吹き飛ばされた男の一人が持っていた斧は木を伐採する際などに扱う両手斧だが、仁王像が如き巨体の鬼が持つと非常に小さく見えた。鬼は地面に横たわるオオガマに迫ると、魔化魍が咥えていた人間を掴み、その辺りに乱雑に放り投げた。既に息絶えていた。どろどろに溶けた顔面は、まるで出来の悪い泥人形のようだ。それを意に介さず、鬼は手にした斧でオオガマの舌、そして四肢を断ち切った。魔化魍は特別な「清めの音」でなければ葬り去ることができない不滅の存在だ。だがしかし、通常攻撃で身体が損傷しないわけではない。鬼のように鍛え上げられた存在による、と条件は付くが、打撃や斬撃などで怪我を負わせ動きを封じることは不可能なことではない。

 四肢をもがれ身動きを取ることができないオオガマを、鬼はその巨大な足で踏みつけ、動きを封じたままさらに力を込めて撞木を引き抜いた。オオガマはその巨大な口から吐血した。白濁した血液が噴水のように周囲に降り注ぐ。鬼は引き抜いた撞木を両手で力強く掴み、満身創痍の怪物を葬り去る必殺の攻撃を見舞わんとする。

「音撃衝・狂瀾王牙(おんげきしょう・きょうらんおうが)!」

 鬼は手にした撞木を力任せに何度も、何度も、何度も叩きつける。最早叩くというより「潰す」といった有様だ。その度に、布で覆われた先端に内蔵された特殊な鉱石「鬼石」から発せられた清めの音が魔化魍の全身に浸透していく。幾度かの圧潰の末、魔化魍の五体は粉微塵に砕け散った。その有様は、鬼がその膂力で潰し尽くしたのか、清めの音で浄化したのか、もはや区別できぬほどだった。

 

「無駄手間かけさせやがって」

 一仕事終えた鬼はふと、その視界が這う這うの体で走り去っていく女の姿を捉えた。どうやら足に怪我を負っているらしい。何やら鬼は女に向けて歩を進めた。

「た、助けて……子供たちだけは!」

 逃げ遅れたその女が両手に子供を抱きしめている。母親のようだ。その眼前に大きく鋭くよく動く影が立っていた。逆光となりその表情はうかがえないが、首や肩、手の関節を動かしほぐしている。不意にその右腕が伸び、母親の身体を掴み吊り上げた。

「きゃあ!」

「母ちゃんを放せ!」

 振り落とされた二人の子供たちが母親の脚にしがみつき、鬼から引きはがそうとしているが、鬼の甘い握りにもかかわらず母親の身体はびくともしない。母親の脚の怪我から流れる血が子供たちの着物を汚す。子供たちなど見えていないかのように鬼は空いている片手を動かし、母親の服を掴む。鬼の手は甲殻のように硬く、研がれた爪牙のように鋭い。鬼が軽く力を入れると、母親の服はたやすく引き裂かれた。

「ひっ……!」

 露わになった母親の素肌を鬼は顔を近づけて物色する。舐めまわすようなその仕草に母親は身をよじらせて抵抗するが、腕を拘束され宙吊りにされた状態では、まるで媚びるような舞を踊るようになってしまった。空中を無様に踊る雌肉の姿を見て、鬼が言葉を発した。

「あー、ダメだな。おれ様は強い女が好きだ。今のダンスは余興になるが、鍛えが足りねえなぁ。部下共の玩具にはなるかなぁ」

 異国語混じりで鬼はそう言う。子供の一人が鬼の近くに駆け寄り足元を殴り始めた。刃物でさえ傷つけられない鋼の肉体。子供の柔らかい拳は容易く力負けし、骨がきしみ肌が裂け始めた。しかし子供は鬼を殴るのをやめない。その様子に思う所があったのか、鬼は急に屈み、子供に目線を合わせた。突如として眼前に現れた鬼面に子供の顔は恐怖に引き攣る。

「面白れぇなぁクソガキ!村のおっさんどもが木っ端みじんに吹っ飛んでんの見たのに、母親を助けるためにおれ様を殴るとはやるねぇ!死ぬ覚悟あるよな?」

 鬼は母親を掴んだ方とは反対の手で、子供の両頬をつまむように掴んだ。子供のすぼまった口からは言葉にならない恐怖が吐息となって漏れる。その様子が滑稽なのか鬼はくつくつと嗤った。

「なぁ、お前ら何でこんな目に遭ってるか分かるか?」

 子供の顔をつまみながら鬼が話す。その指先には一層の力が込められ、両の頬がくっついてしまいそうな勢いだ。その頬を涙が伝い、鬼の指を濡らした。

「分かるか?お前らが弱いからだ、鍛えが足りねえからだ。この世は強さがすべてだ。強ぇおれ様に、お前らは従わなければならない。悔しいかクソガキ!」

 鬼の両腕に力が入る。宙吊りにされていた母親を抑え支えていた彼女の手首は嫌な音を立て砕け、子供の両頬には鬼の爪が口内まで食い込み血を流していた。家族は共に声にならない悲鳴を上げる。

「やめなさい!」

 と、その時どこからか大声が響いた。鬼は首を回し声がした方向を見やる。声の主は村の外側からやってきた男のようだった。鬼は人知を外れた超眼力で男を見る。薄汚れた法衣、数珠を身に着けたその男はいずこかの僧侶であるようだった。

「なんだ坊さん、おれ様に用か?見ての通りおれ様は今忙しいんだ」

 興が醒めたのか、鬼は母親をひょいと投げ飛ばした。襤褸切れのように容易く宙を舞うその身体は、はたして地面に激突する前に、男の手により受け止められた。

「っと!危ない所でしたね。大丈夫ですか?」

「え……えぇ……」

 粗末な服装を身に纏ったその男は母親の身を案じた。そしてすぐに母親の素肌が露になっていることに気づくと、自らの服を脱ぎ彼女に被せた。服を脱いだ男の身体は細く、全身まばらに包帯が巻かれている。男は過酷な荒行を積む修行僧であった。母親に触れた体温は包帯越しでも何故だか嫌に冷たかった。

「母ちゃん!」

 母親の元に子供たちが駆け寄る。修行僧は顔にまで巻かれた包帯の隙間からその様子を目を細めて見る。笑っているようだった。そしてそのまま鬼から家族を庇うように立ち上がった。

「それで、何だ坊さん。おれ様にありがたい説法でも垂れてくれるのかぁ?」

「ええそうですとも、ですが拙僧はまず『鬼』である貴方に用事があるのです」

「あぁ?鬼であるおれ様に?」

 雲が晴れ、村に月明かりが差し込んだ。災害後のように壊れ崩れ去った家々、地面を濡らす鮮血。そこに鬼と男が向かい合っていた。月明かりが真紅の鮮血に彩られた鬼の肉体にぎらりと反射し、その姿を顕にする。

 今血の海に倒れ伏している、母と子らを縦に並べてもなお届かぬと見えるその巨体は、その全身を鋼のような分厚い筋肉で隙間なく覆っている。鮮血の隙間から見える体色は深い海のように青味の混じった仄暗い黒。荒波を思わせるように、角度によってその色合いを僅かに変えた。頭部には巨大な角を戴いているが、その角の隙間からも小さな角が無数に生え、まるで鰐の鱗のように頭部を覆っている。全体的に、有角の鰐が後頭部から噛みついたような凶暴な外見をしていた。その鰐の顎に挟まれるように姿を見せた顔は、目も鼻もなく、頭部に上下から噛みついたような鰐の牙が隈取のように浮かび上がっていた。筋骨隆々の上半身には天衣が絡みついている。しかしこれもよく見ると巨大な一頭の蟒蛇で模られたものあり、鬼の後頭部まで捻じれて絡みついた蟒蛇はその口で己が尻尾を喰んでいる。対して下半身には豪華な装飾がなされた分厚い青銅の鎧が、まるで具足のように装備されている。ちょうど下半身が丸ごと巨大な釣鐘になったかのようだ。鬼の腕はこの巨体の鬼の背丈を上回る長さの極太の撞木を持ち、垂れ下がった太い荒縄が風を受けわずかに揺れている。

「おれ様に尋ね事とはいい度胸だ!天下に名高い大盗賊団『陸連船団(むつれんせんだん)』の大団長!鬼の『八津裂鬼(ヤツザキ)』とはこのおれ様のことよぉ!」

 総じて巨大な釣鐘の堂々とした威圧感をその五体すべてで体現したかのような鬼「八津裂鬼」は撞木を力強く振り回し、周囲に鮮血の嵐を撒き散らしながら大きく見得を切った。

「そうとも。鬼である者にこそ、この問いはなされるべきだ」

 男はそう言うと、顔に巻き付いていた包帯をゆっくりと取った。はらりはらりと包帯が地面に落ち、鮮血に濡れる。露わになった男の顔を見ると、親子はその表情を恐怖に歪め、悲鳴を上げながら無様な格好で走り去っていった。

「!その顔は……」

「同じ『鬼』ならばこの異形に見覚えがあろう!修行の末異形に変じた拙僧の肉体、貴方の知る事すべて聞きたい!」

 包帯を取り去った男の顔には鬼と同様の隈取が浮き出し、その頭頂には角が生えている。しかしその一方人としての目鼻、口を残している。肌の色も斑となり、一部は人ならざる金属のような光沢を放っている。前腕など四肢の末端は鬼そのもののごつごつとした人ならざる形状だ。半人半鬼のマザリモノ。目の前の修行僧の姿はそう形容する他なかった。

「……お前も鬼か、いや違う。初めて見るなぁ何モンだ」

「拙僧にもこの姿は分からない。修行の果てに変じたもの」

「ふぅん」

 その鬼、八津裂鬼は僧侶のその異形を品定めするように見る。村は静かだった。修行僧はできる限りの村人を避難させ、戻ってきたところだった。生き残っていた母子がいずこかへ逃げ去った今、この村には鬼と修行僧しかいなかった。

「坊さん、おれ様から『鬼』を聞いてどうする?」

 八津裂鬼は大きく手を広げながら尋ねる。その手には人間の赤い血、魔化魍の白い血の両方が混ざり合い滴っていた。修行僧は鬼に萎縮することなくその姿を正面から見据え、ゆっくりと口を開いた。

「この肉体に至るにはまだ時が早すぎる。この力を見極め、世の安寧を祈念する」

 修行僧の口からは、鬼が思いもよらなかった言葉が飛び出してきた。鬼の力を見極め、安寧を願うだと?それをよりにもよって天下の大盗賊である、この八津裂鬼様に問うのか?今しがた鬼による殺戮ショウを見せたところだろう。もしかしたらこの僧侶はとんでもない大馬鹿者なのかもしれない。そう思うと、八津裂鬼は何だか面白くなり、目鼻のないつるりとした顔から笑い声がこぼれ始めた。

「フッ、フハハハハ!面白れぇ、お前みたいな奴は初めてだ。お前、名は何だ?」

「魄日(はくじつ)。修行僧」

「いヨォシ!いいだろう。魄日、おれ様と一緒に来い。お前に『鬼』を教えてやる」

 八津裂鬼はそう言うと、修行僧魄日に地に濡れたままの手を差し出した。魄日はその手を迷いなく取り、彼の手に血がにじんだ。そして二人の鬼、否、一人の鬼と一人の半人半鬼は夜の闇へと消えていく。そしてそこには鮮血が飛び散り破壊尽くされた村の残骸だけが夜風を受け哭いていた。

 

 時は室町時代。魔と人が対峙する余裕などなく、人と人が争いに明け暮れていた時代。魔を祓うために鍛え上げられた力で人を襲う盗賊「八津裂鬼」と、戦乱の世を憂い過酷な修行の末望まずして鬼の力を得た修行僧「魄日」。その二人が出会ったのは、血肉が飛び散る惨劇の夜だったのである。

 

―続―

 

・魔化魍オオガマ

 身の丈(身長):17尺5寸(5.3m)

 目方(体重):1253貫(4.7t)

 特色/力:猛毒の唾液、高い跳躍力、棍棒のような武器

 蛙の上半身と猿の下半身を合わせたような姿をした魔化魍。爛れたような細かい凹凸がびっしりと埋め尽くした背部や汗腺から猛毒の体液を絶え間なく垂れ流しているため、対処は困難。その見た目通り蛙を思わせるけたたましい咆哮を上げることも特徴の一つ。動きも機敏で、戦いの際には高い跳躍力を活かし立体的な攻撃を行う。また、樹木や岩を体液で溶かして加工した武器を扱う。伸縮自在の舌も厄介。

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