響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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第一章「陸連船団」

 東北地方某所、とある港町。ここは元々由緒ある港町だったのだが、今は八津裂鬼の率いる盗賊団「陸連船団」の本拠地として不当に占拠されている。凶悪な鬼とその眷属により支配されたその地は、誰と言わず「鬼港」と呼ばれるようになっていた。その港町のひときわ目立つ巨大な屋敷の、これまた巨大な座敷にヤツザキと魄日はいた。板敷の部屋にちょこんと座っているのが法衣の包帯男、魄日だ。その向かい側、異国の調度品を周囲にずらりと並べた畳敷きの上に、数人の女を侍らせてどっかりと座るのが、陸連船団大団長であるヤツザキだ。異国の豪華な服装、恐らくは貴族のような上流階級が着るものだろう、と国内の装飾品を組み合わせた派手で奇抜な服装をしていた。そのどれもが国内の人里離れた地で修行を重ねてきた魄日には馴染みのないものだった。

「……それで、西欧では『ペスト』という病気が流行しているらしく、おれ様はアジア西方での略奪を控え、新たな縄張り候補として目をつけたのが国内近辺から南方なんだが、ここで困ったのが人間の海賊共よ。あいつら弱っちいくせして規模は一丁前。邪魔だよなぁ。そいつらとの小競り合いで力を削がれるのは面倒くせぇ。そこで、おれ様は部下共をおれ様同様の『鬼』に変えようと考えたわけよ。」

「……」

 べらべらと話すヤツザキの素顔は、荘厳とさえいえる不気味な威圧感を誇る鬼の姿とは印象が異なり、伸ばした焦げ茶色の髪を乱れ気味の総髪でまとめ、暗い金色の瞳が鋭く光る美丈夫だ。平和な街を歩けば皆がその姿に振り向くほどの色男であるが、その全身は鬼の姿にも負けず劣らずの長身で八尺近い巨体。その筋肉には数々の戦火を潜り抜けてきたことを雄弁に物語る傷が全身に刻まれている。侍らせた女の胸や尻を揉みしだきながら話し続けるヤツザキだが、一度魄日の方を見やる。

「おれ様ばかり話し過ぎたか、坊さん。もっとリラックスしてくれよ。そうも堅苦しいと女たちも息苦しそうだ」

「りらっくす……?」

 ヤツザキはそう言ったが、魄日の目には別段息苦しい様子には感じられず、むしろヤツザキに身体を委ね楽にしていた。女の一人がヤツザキの頬に口づけする。これが彼の言う「りらっくす」ということなのだろうか。女はさらに唇を近づけてきたが、ヤツザキはそこに指を突き付け軽く制止する。

「えっと、どこまで話したっけ?鬼がどうこうってとこあたりか。鬼なんてものは簡単になれるものじゃあなく、おれ様の部下共もどうもこうも鍛えが足りねぇ。何人かは鬼に成れるが、そいつらは部下になる前から鬼だった奴らばかりだ」

「そう、その『鬼』。ヤツザキさんも含め鬼とはどういう存在なのでしょうか」

 魄日が包帯に隠れた口を開き尋ねる。それを受け、ヤツザキはその口角を吊り上げにやりと笑った。

「鬼ってのは、魔化魍……雑に言えば人喰いのバケモンを倒すために心身を鍛え抜いた人間が姿を変えた姿だ。バケモン退治のために楽器を使うから『音撃戦士』なんて呼び方もあるが、おれ様は単に『鬼』ってのが好きだ。おれ様は戦士じゃないからなぁ」

「姿を変える……?しかしヤツザキさんは拙僧と違い今は鬼の姿をしていないようですが」

「ん?ああ、おれ様の知る限り、全ての鬼は特別な音波をスイッチに鬼の姿に変わる。例えばおれ様はこの音叉を使う」

 そう言うとヤツザキは胸元から怒れる鬼面が彫刻された不思議な音叉を取り出した。彼が鬼である「八津裂鬼」に変わる際に用いる変身音叉・音錨(おんびょう)である。彼はそう言うとその鬼の角になっている音叉を弾くと、軽く音を出して見せた。

「他にも笛や弦を使って変身する奴もいる。坊さんは何を使って変身したんだ?」

「拙僧が?拙僧はそのようなものは使っていない。修行の果てに自ずとその肉体が変わっていたのです」

「何?」

 ヤツザキは魄日の言葉に驚きを隠せなかった。こうした特殊音波の発生機器無しで鬼へと姿を変える存在をこれまで知らなかったからである。初めて魄日と邂逅した際も、修行の果てに身を変じたと言っても鬼の修行だと思っていた。

「ヤツザキ様、彼も『鬼』なの?」

「あぁ」

 ヤツザキに侍る女の一人が彼に尋ねる。それにややヤツザキは自信なさげに答え、魄日の方を見やる。

「鬼はそのようにして成るものなのですか?そのようにして専門に鍛えねば」

「そうとも。このおれ様でさえ鬼に成るときには専門の師匠に学んだものさ」

「しかしなればこそ、拙僧はどうして鬼に成ったのか……?」

「そうだなぁ……」

 ヤツザキは少し考える様子を見せると、ふと思いついたように変身音叉から放たれる音波を魄日に向けてかざして見せた。

「な、何を……!」

 ヤツザキに変身音叉をかざされた魄日は思わずたじろぐが、それを意に介さずヤツザキは彼の身体に音叉を近づける。音叉から発せられる音波が魄日の腕を通すと、ごうと光を放ち、鬼の部分の肉体を脈動させた。

「ぐっ……!」

 鬼の部分と人の部分の帯びる力の差から生じる激痛に、思わず魄日の口から苦悶の声が漏れる。その様子を見てヤツザキは首を傾げた。

「あぁ……?鬼に変わる理屈はおれ様たちと通じるものがあるなぁ。けど何か違う。坊さん、大丈夫か」

「えぇ、まあ……」

 落ち着きを取り戻した魄日は少し痛みの残る身体をさすりながらヤツザキに言葉を返す。どうも、肉体が不完全な形で鬼に変身しているようだ。鬼である部分と人間の部分が身体の中で混在しており、どちらにも寄っていない状態だ。変身音叉の音波で鬼の部分が活性化しても全身の変身には至らず、むしろ鬼の部分のみが異常活性のため体内で異物化し、激痛を生じさせている。体内で鬼に成れる部分とそうでない部分がはっきりと分かれているようだ。しかし、変身の際には着用している衣服が弾け飛ぶほどの力の奔流が生じる。魄日のように変身しかけの状態が続いているということは、その力の奔流が絶え間なく体内に流れ続け激痛を生んでいるはずだ。それなのに平然としているこの修行僧。過酷な修行を積んだというのは過言ではないようだ。

「ところで、先程『部下になる前から鬼だった』と言っていましたが、その方達は拙僧とは異なる身体を?」

「あぁ。坊さんみてぇに鬼と人間が混じっちゃいない。鬼の時は鬼、人の時は人だ。そうだ、ハイユキ見せてやれ」

 ヤツザキはそう言うと、ハイユキと呼ばれた一人の女を顎で指した。ハイユキはヤツザキの身体の上から降り、魄日の前に立った。

「全く、ヤツザキ様の命令じゃないとこんなことしないんだから……。坊さん、よく見てなさいよ」

 荒っぽい口調でハイユキは言い放ち、屋敷の庭に歩を進めた。そして腰に下げていた小さな笛を取り出した。折りたたまれていた正面の部分を展開すると、そこから厳めしい鬼面が姿を現した。その変身鬼笛をハイユキは唇で咥え、静かに吹き鳴らした。するとどうだろう。ハイユキの周囲に吹雪が吹き荒れ、彼女の身体を包み込む。その暴風の前に彼女の衣服は千々に吹き飛び、部屋の中にまで吹き込んできた風が調度品をぐらぐらと揺らす。その荒れる風の中で、彼女の裸身は鬼の姿へと変わっていく。

 吹雪をその手で切り払うと、そこには一人の鬼が立っていた。全身を覆うのは鍛え上げられ引き締まった筋肉、目鼻のないつるりとした顔を覆う薄灰色の隈取、額に輝く黄金色の鬼面からは鋭い角が三本伸びている。腰には篠笛のような武器を下げ、すらりと立つのは「音撃戦士・灰雪鬼(はいゆき)」であった。

「これが、鬼……」

 魄日は目の前に立つ鬼の姿をただじっと見つめていた。その姿からは力強い生命力がゆらゆらと立ち上っているのが、魄日には感じられた。しばしその姿に見とれていた魄日だったが、不意に口を開いた。

「如何様な鍛錬の末この身体に?ここからまた人に戻れるのでしょうか?何故鬼の姿に?どれ程の能力が?」

「ちょ、ちょっといきなり勘弁してほしいんだけど!ヤツザキさまぁ!」

 包帯から覗く目を輝かせながら灰雪鬼を質問攻めにする魄日。その様子にたじろぐ灰雪鬼。鬼の顔でヤツザキの方を見やる。その様子にヤツザキは軽くため息をつき立ち上がった。

「まあ坊さん、落ち着いてくれ。灰雪鬼も。鬼に関してはこの場でおれ様が一番詳しい。だから順を追って坊さんの疑問に答えてやる」

 ヤツザキは灰雪鬼の肩に手を置くと、魄日の方を見ながら口を開き、鬼についての説明を始めた。

 

 古来より山野や海といった人の力の及ばぬ地に棲む人食いの怪物「魔化魍」。その魔の手から人々を守るために戦う存在が「鬼」である。その歴史は古く、一説には平安京を守る陰陽師達が鬼の原形というものもある。その鍛錬は肉体的にも精神的にも人智を超えた過酷なものであり、心身ともに極限以上に鍛えた末に鬼としての変身能力を得る。通常の音撃戦士はその鍛えた力を正しく使うために精神的な鍛錬も重要とされる。しかし、その鍛え方については師事した師や弟子の習熟状況によって異なり、このように鍛えれば必ず鬼に成れるという明確なやり方というものはヤツザキの知識にはない。鬼と化した存在は巨岩さえ持ち上げる怪力や一昼夜山野を走り抜ける走力、多少の怪我ならば容易く回復する治癒力、といった文字通り人外の力を有するようになる。そこまでの能力を得てやっと、魔化魍を清めるという舞台の上に立ったというところである。実際に、灰雪鬼は大人の背丈ほどもある庭石を片手で容易く持ち上げ、軽いひと跳びで屋敷の屋根を飛び越える、さらには特殊な幻術で虚空に氷を出すなど、鬼の凄まじい能力を魄日に見せつけた。そして顔の変身を解いて見せ、鬼の姿と人の姿が可逆的なものであることを示した。

 鬼となった古代の人々は、魔化魍を倒す力の源として、鬼として鍛え上げられた力の他にもう一つ「音」にその力を求めた。特殊な鉱石「鬼石」から増幅され放たれる「清めの音」は魔化魍の身体を崩壊させその悪しき魂を祓い清める作用を持つ。そのため、鬼たちは鬼石を用いた特殊な楽器を武器として用いて魔化魍と戦う。音の力を以て魔化魍を清めるため、鬼は別に「音撃戦士」と呼ばれることもある。ヤツザキは屋敷の宝物庫を開け、いくつもの特別な楽器、音撃武器を魄日に見せた。その全てに鬼の顔のような石が取り付けられていた。これが鬼石なのだという。灰雪鬼が下げる篠笛型の音撃武器にも同様の石が取り付けられている。

「なるほど、鬼というのは人々を守る戦士ということでしょうか?」

 粗方説明を聞き終えた魄日は、ヤツザキらに尋ねた。しかしその問いに灰雪鬼は露骨に不快そうな表情を浮かべ舌打ちする。ヤツザキは灰雪鬼を下がらせ、その顔を見ながら魄日に背を向けた状態で話す。

「まあ、昔はそうだったらしいが、今は少し違う。鬼はその異形、異能ゆえに守るべき人々から疎まれ、憎まれ、排斥されているんだ」

「……!」

 そう語るヤツザキの声色は怒りと悲しみがないまぜになったものだった。人食いの魔物さえ打倒する異形の鬼、人々を守るために鍛えられたその力はむしろ魔化魍同様に人々を恐れさせ、なまじ人と同じく心を持つからこそ魔化魍以上に攻撃を受けた。魔化魍は人の理解から外れたいわば天災。天災ならば去るのを祈り待つしかない。しかし鬼は人が理解できる領分の存在であり、人の理解が届くなら、それを直接的にどうこうできると考えるのが人間。数に勝る普通の人間は鬼が理解できるからこそ鬼を疎み迫害し、時には魔化魍退治のために都合よく頼る。

 そうした人間の悪意の奔流に絶え間なく晒され、一体どれだけの鬼がその精神を保てようか。迫害され、元の棲家を追い出されるならばまだいい方で、闇に堕ち魔化魍同然の存在となってしまう者や、守るべき人間に殺されてしまう鬼さえいるのだ。

「鬼は人々を守ることができるが、人々は鬼を守ることなどしない。ならばおれ様が人々から鬼を守る存在になるって事よ。この陸連船団には灰雪鬼のように鬼の力ゆえに棲家を不当に追われた者や社会から弾かれた者が集まっている。そいつらの居場所になることがおれ様の役割だ」

 力強くヤツザキは言い切った。その様を魄日は顔を覆う包帯の奥の目でしっかりと見つめていた。

「そうだったのですね。先程は失礼なことを言ってしまいすみません。灰雪鬼さんも」

 魄日は自らの非礼を詫び彼らに頭を下げた。その様子をヤツザキは静かに見つめ、灰雪鬼は照れたように顔をそむけた。

「まっ、まあ本当にアンタ色々知らないみたいだから最初は許してやる、だからそんな真似すんなよ!」

 顔をそむけたまま灰雪鬼は早口でまくし立て、そのまま続けた。

「アタシ達のことは紹介したんだから、次はアンタの番じゃない?」

「確かに、それもそうだな灰雪鬼。次は坊さん、あんたのことを聞きたい。ここじゃ落ち着かないようだから、おれ様の街で歩きながら聞こうか」

 そう言うとヤツザキは魄日を部屋の外に出るように促した。

「ちょっと外で待つか。灰雪鬼の準備ができたらおれ様達も出よう」

「準備?」

「鬼に変身する時、服が全部吹き飛んじまうんだ。おれ様は服を直せる術が使えるが、結構難しいんで陸連船団じゃあおれ様しかできないんだ」

 そう言うとヤツザキは魄日の背中を押し、部屋の外に出た。その後ろから「ヤツザキ様には何度も裸を見せてるじゃないですかー!」と灰雪鬼の声が聞こえたが、それに構わずヤツザキは部屋の扉を閉めた。部屋の中には灰雪鬼と数人の女が残された。

「ヤツザキさん、良かったのですか?」

「あ?別にいいんだ。それよりも坊さん、ハイユキには気を付けろよ。ああ見えておれ様の次ぐらいに強い」

「というと、拙僧の態度を改めなければならないですね」

 ヤツザキは頷くと、魄日に顔を近づけ小声で話しかけた。魄日の額から生えた角に顔が触れそうな近さだ。

「ああ。彼女の鬼としての師匠は父親なんだが、人々の迫害を受けて家族諸共殺されて、辛うじて彼女だけが生き残ったんだ。だから不必要に刺激するのはやめろよ」

「……分かりました。拙僧も戦乱で家族を失った身。気を付けましょう」

「頼むぜ、それと今の話はハイユキには内緒な」

 ヤツザキがそう言うが否や彼らの後ろの扉が開かれ、中からハイユキが顔を出した。

「ヤツザキ様お待たせいたしました!何の話で!」

「いえっ!何も!」

 そう言うとヤツザキは駆け足で屋敷の外へと出ていってしまった。それを追うハイユキ。そしてさらに彼らを魄日は追いかけた。

 

 屋敷の外、鬼港の街並みをヤツザキらは歩いていた。港町ということもありそれなり以上に繁栄した街並みであり、昼頃という時間帯もあって人通りも多く、物売りの店などが軒を連ねていた。その通りをヤツザキは肩で風を切って闊歩する。魄日が周囲を見ると、街の人々はヤツザキらの一行から距離を保ち避けているようだ。その表情も浮かない、無理に作った笑顔である。それもそのはず、ヤツザキら陸連船団はこの街を純然たる暴力により支配する独裁者なのである。彼らの前では粗相は許されず、かと言って本心から信用しているわけではない。その二つのないまぜになった感情が貼り付けたような微妙な表情となって表れていた。最も、鬼の角を隠すために深く笠を被り全身に包帯を巻いた魄日自身が、見慣れない未知の存在として人々を恐れさせているのかもしれない。

 その中で、ヤツザキを見るや否や声を掛けてくる人々がいた。彼らは陸連船団の構成員だ。屋敷でのヤツザキの話からすると、彼らは社会や一般の人々から弾かれ流れ着いた者たちだという。彼らにとってヤツザキは、自らの居場所となってくれる非常に重要で大切な存在なのだろう。その中の一人が面白い店を出しているというので、魄日はヤツザキに連れられその店に入った。大陸から渡ってきたというその人物が開いているのはこの時代では極めて珍しい、現代で言うところの「食堂」というべき店であった。 店の奥の座敷にどっかりと腰を下ろしたヤツザキ。それに寄り添うように座るハイユキ。彼らと向かい合うように魄日は座った。

「面白れぇだろ。大陸では『茶館』と言って葉っぱの出し汁を飲む場所があるらしいんだが、これが意外とイケる。坊さんも大丈夫だろ。木食って修行聞いたことあるぜ」

「……ならば飲んでみましょう。拙僧は修行中の身ゆえ肉食はできませんが、それならば大丈夫」

 店の奥から店主が三人分の茶を出してきた。それをヤツザキは魄日に勧める。香ばしい匂いが漂うそれは茶碗を介して暖かい熱を魄日の手に伝えた。茶けた液体が僅かに波打つ。それを魄日は口元に持っていき、ごくりと飲み込んだ。口の中に香りが広がり、身体に暖かさが染みわたった。

「……美味しい」

「でしょう?こういうものが飲めるのもヤツザキ様のおかげなのよね」

 ハイユキも茶をゆっくりと飲んでいる。気を楽にして食事をとれる場。それは鬼として、盗賊として戦う彼女らが安心できる場の一つなのだろう。

「おれ様の近くに集まってくる奴らの中には風変わりな特技を持ってる奴がいる。そいつらの才能活かさねぇと損だろう」

「確かにその通りですね」

 ヤツザキも茶碗をグイッと飲み干すと、手招きして店主を呼び寄せた。ヤツザキの顔はニヤリとしている。

「是味道好的茶」

「謝謝、老師」

 中国語で話しかけたヤツザキに、店主は顔をほころばせ笑顔で感謝の言葉を返した。その言葉を聞き、ヤツザキは意地悪そうな顔を浮かべた。

「おい、ここでは日本語で話せと前から言っているだろう。そんなんじゃおれ様達

以外の客が寄らねぇぜ」

「ア……ハイ、スイマセンデシタ。ゴ料理、モウ少々オ待チクダサイマセ」

 軽く謝罪の会釈をした店主を手を振り見送ると、ヤツザキは魄日に向き直った。

「面白ぇ奴らとはいっても、それを磨き生業としていくためには鍛えなきゃなぁ。鍛えねぇといけねぇ」

 ヤツザキは、というより陸連船団は「鍛え」に重きを置いているようだった。ヤツザキやハイユキは強いからこそ集団の中で生きていける。そして強くなるためには鍛えることが大事だ。強さは生存に繋がり、その強さには鍛えが繋がる。彼らは生きていくために鍛えているのだ。

「……ところで、ヤツザキさん先程中国語を話されていましたね。時折異国語も混ざりますし、色々な国の言葉を話せるのですか?」

 興味本位に魄日はヤツザキに尋ねた。まだ寺にいた頃、中国語を読める人間と話したことがあったのだ。

「あぁ、言語力も鍛えてるからな。中国語、イングリッシュ、朝鮮、越南……略奪に必要な分だけだ」

 ヤツザキは静かに答えた。今述べた以外にも彼は複数の言語に精通していた。全て略奪を行った船の乗組員から学んだものであり、その言語力は当時でも類を見ないものだった。この能力により交渉や恫喝などを効果的に行うことができ、鬼としての戦闘力以上に略奪を優位に進めていた。

 

 少し後、運ばれてきた料理を口に運ぶのを止め、ヤツザキとハイユキは魄日がこれまで行ってきた修行について聞いていた。

 曰く、全国各地の霊地を回るなどは序の口、滝壺に身を投げた後その滝に打たれながら岩肌を登攀し再度滝壺に身を投げるだの、念仏を唱えながら飲まず食わず誰もいない山野を一年以上歩き続けるだの、地熱により熱された灼熱の大地の上で全身を焼きながら座禅するだの、あるいは秘伝により全身の感覚器や筋肉を統御し思念瞑想するだの、鬼となる修業と引けを取らない、いや、常人ならば百度は命を落としている荒行を魄日は日常としていた。その常軌を逸した生活の末、元々修行していた寺院を破門され、深山幽谷を彷徨いながらさらに過酷な修行を続けていた。その末、いつしか半人半鬼の異形の肉体へと変じたという。

「ヤツザキ様、これは……」

「予想以上だな……」

 只人の内ここまでの荒行をする人物を、津々浦々で略奪を行い各地の噂に詳しいはずのヤツザキでさえ知らなかった。同じ時代、鬼として活躍する人物でもこれほど過酷な修行を重ねた者はどれほどいようか。いやいないだろう。ここまでの荒行は自殺志願と言っても相違ない。とここで、ヤツザキの頭に一つの疑問が浮かんだ。

「いや待てよ、坊さん魔化魍はどうした。流石にそれだけ人里から離れた場所なら一度は会ったことあるだろ、どうやって生き延びてきたんだ」

 その問いかけの意味を魄日は最初分からなかったようであったが、しばし考えた後に口を開いた。

「たまに山中をうろつく怪物のことでしょうか?かつては法力により退けていましたが、今では会うことすらありません」

 その言葉を聞き、嘘をつけとヤツザキとハイユキは顔を見合わせた。魔化魍すらその荒行を恐れていたのだろうか。ハイユキは法力ってなんだよ、たまに山中をうろつく怪物はお前のことだろう、と思考を放棄したが、ヤツザキは敢えて論理的な思考による回答を試みた。恐らく過酷な荒行により、魄日の人間としての肉体は生きながらにして死体に近い状態になっている。飢餓、というのも生易しい死の匂いが纏わりついている。そのため魔化魍の餌としては不適なものになっており、現在ではそれに加え鬼も混じっている。魔化魍としてはわざわざ襲う必要がないのであろう。それ以前については、彼の言う通り法力によるものと信じるしかない。魔化魍は音撃でしか倒せないが、倒すことさえ考えなければ力づくで追い払うことができなくもない。しかし、それだけのことができるのは十分鍛えた鬼ぐらいのものであるという但し書きがつくが。

「……まあとにかく坊さんの荒行については分かったよ。何でもってそこまでの荒行を」

「無論、平和と安寧のためです」

「そういえば会った時もそう言ってたなぁ」

 真っすぐな目で魄日は言い放つ。しかしその顔をちらりと見るばかりで、ヤツザキはあくまで食事をしていた。彼は多くの人間と関わり合う中で、その個人が譲れないもの、に関する敏感な感覚が養われていた。その一線を超えると、それまでの人間関係などに関わらず命の取り合いになる。例えどれほど親しい間柄でも、その関係が崩れ去り二度と戻らない。魄日の場合はこの「平和と安寧」にかける修行熱意こそが譲れないものなのだろう。ヤツザキはそう直感し彼の思想に深入りすることはなかった。その代わりにこう尋ねた。

「それで坊さんは、その『鬼』をどうしたい?」

 鋭い金色の瞳が射竦めるように魄日の包帯顔を見つめている。その視線の鋭さに魄日は思わず息を呑んだ。彼はその包帯で覆われた顎に、これまた包帯で覆われた鬼の手を当て考え込んだ。この鬼をどうするか。どうすべきか。少しの間を置いて、魄日は口を開いた。

「拙僧はこの鬼の身体についてまだ何も知りません。だからまずこれを学ぶことが必要です。そして学んだことを平和と安寧のために活かしたい」

 その返答を聞いてヤツザキは一瞬微妙な表情を浮かべたが、何かに得心がいったようにその表情を落ち着けた。いつの間にかその手には陶器製の瓶が握られている。店主が店の奥から取り出した酒瓶であった。

「まぁ、おれ様達陸連船団の中には少なからず鬼がいる。そいつらに話を聞いてみるのもいいだろう。けどその代わりに、坊さんもおれ様達に色々教えてくれや」

 瓶からなみなみと注がれた大陸の酒を飲みながら、ヤツザキはそう言った。そのまま酒の入ったままの盃を魄日に向け差し出したが、すげなく断られ、横から手を伸ばしてきたハイユキにより飲み干された。

 

 すっかり酒に酔い出来上がってしまったハイユキを担いだヤツザキらが店を出た頃には、日は傾き沈みかけていた。ふらふらとヤツザキの上で揺れるハイユキ。その重さを感じさせないすっくとした足取りで街を歩くヤツザキ。その後ろを歩く魄日は、包帯の奥の瞳を動かし街の様子を観察していた。ふと、木々の奥に倒れた廃墟がその眼に入り、いつしか魄日の足はそちらに向いていた。

 倒木の枝葉をかき分け、たどり着いた先は崩れ落ちた廃寺であった。圧し折れた柱の様子などから判断すると、廃墟となったのは最近のようである。仏堂や三門、仏塔その他多くの建築が打ち壊されていたが、その規模から想像すると元々は立派な伽藍だったのだろう。恐らく、街の人々もかつてはここに足を運んでいたのだろう。そのような思いを馳せていた魄日だったが、後ろでぱきりと枝を踏み鳴らす音に振り返った。そこにいたのはヤツザキだった。

「ここか、懐かしいなぁ。坊さんとしては思うところがあるだろう」

「えぇ、まあ。かつて修行していた寺を思い出します」

 ヤツザキと魄日は並び、かつての仏塔を見つめていた。五重の立派な威容は見る影もなく、心柱が抜かれ層ごとに崩れたその骸を晒していた。

「この寺はおれ様が壊したんだ。街の人間の心を折るために」

「……!」

 どうしてそんなことを、とは魄日は言えなかった。ヤツザキにとっては力がすべて。その力を見せつけ人々を隷属させるために、人々のこころの拠り所を壊して見せたのだろう。頼れるものを失った人間は脆い。全国各地を巡る行脚で魄日もそれを痛感していた。

「だが別に無駄になったわけじゃあないぜ。おれ様専用の音撃武器はこの寺を元に作ったものだ」

 「音撃撞・国崩(おんげきしゅ・くにくずし)」と「音撃鐘・覆滅(おんげきしょう・ふくめつ)」。八津裂鬼専用のこの二つの音撃武器は恐ろしいことに寺一つを丸々潰して作ったものだという。仏塔の心柱を流用した「国崩」に巨大な梵鐘を呪力により再構成した「覆滅」。霊験あらたかな巨刹の霊力が注ぎ込まれた音撃武器は、魔を祓うものとして十二分以上に強力だろう。それらが振るわれる様を、しかし魄日はまだ目にしていない。

「戦いのためには利用できるものは何でも利用されるものだ。今におれ様以外にも神様仏様への捧げものさえ戦争の道具にしようとする輩が出てくるだろうよ」

 ヤツザキは戦いなどに独特の感性を持っている。普段の派手な外見や振る舞いで隠されているが、その内面や見方は極めて冷静で透徹だ。これが組織を束ねる器、というものなのだろうか。その横顔を見つめていた魄日であったが、その視線の奥に一人の少年の姿を捉えた。

 

 その少年は廃寺の石畳の上で何かの武術の型をこなしていた。力強く踏み込まれた脚。大気を貫くような鋭い突き。少年の肉体の動きに合わせ汗が飛び散る。その背丈は女性であるハイユキと比べても頭一つ分程度小さい。顔も若く、そこから判断する限り齢も十ほどだろうか。だがその肉体は余分な脂肪が削がれ引き締まった、齢に不釣り合いに鍛えられたものだった。裂帛の叫びと共に放たれた突きと共に一連の型が終わったのか、少年は肩を上下させ荒げた息のまま構えを解いた。と、ふと振り返った少年の瞳が魄日らの姿を見つけた。

「あ!お師匠様!」

「ヒタキか!その師匠っていうのはやめろって。おれ様は団長なんだぜ?」

「えー!でも師匠は師匠じゃないですかー!」

 ヒタキと呼ばれた少年は目を輝かせてヤツザキへと駆け寄った。その態度をヤツザキは適度にあしらうが、少年はそんなことなど意に介さずヤツザキにすり寄っている。と、ここでヒタキはヤツザキの隣にいる包帯男、魄日の姿に気づいた。

「師匠、この人は……?」

「あぁ、この坊さんは魄日。訳あっておれ様達と行動を共にしている。仲良くな」

「魄日です。よろしく」

 魄日は指先まで包帯だらけの手をヒタキへと差出し、握手を求めた。隙間なく巻かれた包帯に骨ばった魄日の腕に、ヒタキは少しためらった様子を見せたが、ヤツザキの手前、顔を引きつらせながらも魄日の手を握った。

「ヒタキです……こちらこそよろしく」

「コイツがヒタキだ。こう見えても『鬼』なんだぜ。まだ変身はできないが鍛えてんだ。ガキだが他の連中とも引けを取らないぜ」

 緊張した様子のヒタキの肩にヤツザキが手を置き、彼を魄日へと紹介する。そこに突如、ヤツザキに担がれていたハイユキがむくりと起き上がり、ヤツザキから離れ地面に降りた。すっくと降りたハイユキだが酔いの周りは激しく、わずかにふらつく様子を見せた。

「はぁぁぁぁぁ!?流石にヤツザキ様でも、こんな子供とアタシたちを一緒にされたら困ります!」

 ハイユキの顔は酒に酔って真っ赤だ。足元はふらつき、そのままヤツザキへと寄りかかる。しかし、その言葉が癇に障ったのかヒタキがハイユキの元へと詰め寄った。

「ハイユキ姉ちゃん!そんなことないだろ!オレだって頑張ってんだ!」

「まだ変身や音撃武器の扱いもできないくせに、アタシに何いっちょまえに意見してんだ!」

「でもさオレだって!」

「でもじゃない!」

 酒が回った勢いもあり、自分より一回り年下のヒタキと怒鳴り合いを始めるハイユキ。彼女の手がヒタキの胸倉を掴もうとしたまさにその時、その間にするりとヤツザキが入り込み二人を遮った。

「ハイユキもヒタキもその辺りにしろよなぁ。まだまだヒタキはガキなんだから、ハイユキも酔った勢いとはいえそうカリカリすんじゃねぇぜ」

 ヤツザキは口調こそ普段通りだが、その前髪から覗く瞳は鋭くハイユキを射竦めていた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、ハイユキからは先程までの威勢は消え失せ、震えながら俯いていた。その様子にヒタキも恐ろしさを隠せない。しんと静まり返ってしまった廃伽藍。首を動かし周囲を見回したヤツザキだが、ふと何かを思いついたように表情がぱぁっと明るくなった。

「そうだ坊さん!鬼を教えるって言ったよな。今から試しにヒタキと立ち会ってみろよ」

「え?拙僧が、ですか?」

「鬼と戦ってみるのも、鬼を学ぶいい機会だと思うぜ」

「しかし……」

 突然の指名に魄日は驚きを隠せない表情で思わずヒタキの方を見る。すると彼は魄日以上に驚いた様子を隠せないようだった。その表情は敬愛する師に特別な指示を受けた喜びか、あるいは絶対的権力者か未知の怪人物への怯えか。

「ヒタキ君はどうですか?」

 魄日が包帯の奥からヒタキへと呼びかける。辛うじて口の動きと声色だけがヒタキには読み取ることができたが、彼はすぐに返事をすることができなかった。その様子を見てさらにヤツザキが口を挟む。

「あ!もしかして怪我させちゃうかもって心配してんのかぁ?だったら大丈夫だぜ。この坊さんはこう見えて素手で魔化魍ぶちのめすらしいぜ。お前と違って」

 その言葉に奮起したのか、ヒタキは震える膝を叩きながら叫んだ。

「や、や、や、やってやるぜ!かかってこい!」

 恐怖を振り払うようにヒタキは大声を出し、地面を踏み鳴らし構えた。敬愛するヤツザキの指示だ。その言葉に弟子を自称するからには逆らえない。逆らってはいけないのだ。構えたヒタキの姿に対し、魄日も臨戦態勢を取る。

「……ヤツザキ様、先程は申し訳ございませんでした」

「まあいいさ、夜はおしおきタイムだ。それよりも坊さんの実力を見てみようぜ」

 頭を下げたまま謝るハイユキの肩を抱き寄せるヤツザキ。その指は彼女の柔肌に力強く食い込み、赤くにじませている。その痛みにハイユキは唇を嚙み締めて耐える。その表情をヤツザキは片目でちらと見ると、その目線を魄日らの方に向けた。

「適当なタイミングで始めてくれよ」

「……タイミング?」

 また聞きなれない異国語に、魄日は首を傾げた。その時だ、鋭いヒタキの突きが魄日の顔面に迫ったのは。

「!?」

 予想外の奇襲に魄日はとっさに身体を大きく反らせて突きを躱す。だが、ヒタキは更なる拳の連撃を魄日へと加え、どんどん後ろへと退かせていく。

「タイミングとは、頃合いのような意味のようですね……!」

 だが、やられるばかりの魄日ではない。その細腕でヒタキの拳を受け止め、その衝撃を受け流し、大きなダメージを避けていく。まるで宙を舞う布を殴っているかのように、自分の攻撃がまるで相手に届かない苛立ちをヒタキは感じていた。その苛立ちを隠せないまま拳に力を込め、直情的な一撃を魄日向けて放つ。だが、そんな隙だらけの一撃を見逃す魄日ではない。

「えっ!?」

 やけに冷たいものに触られたという感覚が、不意にヒタキを襲った。次の瞬間には彼の体は宙を舞い、瞬きの後には地面の石畳へと叩きつけられていた。ヒタキの渾身の一撃を魄日はするりと躱し、ヒタキの拳の勢いを利用して彼を投げ飛ばしたのである。

(この坊さん、ただ者じゃないな……師匠が言うだけのことはある)

 叩きつけられた背中の痛みをこらえながらヒタキは起き上がる。素性の知れない謎の包帯坊主。もしかしたら前に手合わせしたハイユキより強いかもしれない。だとしたらまだ鬼にも成れないオレが勝てるのか……?ヒタキの胸中を不安が覆った。

「おっ!出したねぇ、武器を」

 ヤツザキが呟く。その目線が捉えるヒタキの両腕には一対の音撃棒が握られていた。拍子木のように片方の端同士が縄により繋がれている。もう一方の端には阿吽の形相をした鬼石が煌いている。音撃棒だが、琉球という国で言うところの「ヌンチャク」のような形態の武器だ。

「ハッ!」

 ヒタキは手にした音撃棒を高速で振り回すと、風を切り強い遠心力を帯びた音撃棒が陽の光を浴び輝く。それをヒタキは何とか操り魄日へと攻撃を仕掛ける。先程までの攻撃とはまるで違う軌道に、魄日は身体を大きく動かして鬼石の切先を避ける。

 だが、その荒々しい攻撃とは裏腹に音撃棒の攻撃は空を切るばかりであった。

「クソッ!なんで当たらないんだ!」

 ヒタキは声を荒げさらに攻撃を続けるが、そのどれもが魄日の身体を捉えることすらできない。それどころか少年には重く遠心力のついた音撃棒はヒタキの体力を瞬く間に奪っていった。息を荒げヒタキは目の前に立つ包帯男を睨んだ。

「ヒタキ!よく狙いなさい!」

 汗が滴るヒタキの横からハイユキの声が飛ぶ。普段ならば年上ということもあり色々と指示を出すハイユキのことを少し鬱陶しく感じるヒタキだが、慣れない音撃武器の使用もあり疲れていた今は、その言葉を妙に落ち着いて聞くことができた。

(そうだ。むやみに武器を振り回さないで相手の動きをよく見て狙うんだ……)

 ヒタキは音撃棒の動きを止め、じっと魄日の動きを見た。手を前にふわりと出した受けの構えだが、下半身に注目すると独特の歩法で動きが捉えづらい。重心はまるでブレていないまま、ゆっくりと魄日はヒタキに迫る。こつり、と魄日のつま先が地面の小石を蹴った。

(今だ!)

「なっ!」

 瞬間、ヒタキは手にした音撃棒をなんと魄日に向けて投げ飛ばしたのだ!不意の一撃に魄日は対応できず何とか辛うじて頭を傾けたが、鬼石から生えた角が彼の側頭部を掠めた。包帯は切り裂かれ深く裂傷ができたようで、魄日の顔をだらだらと流血が覆う。思わず魄日は傷を押さえ数歩後ずさった。

「えっ!その姿は……!」

 露わになった魄日の素顔にヒタキは思わず後ずさりし腰を抜かす。ハイユキもその素顔を見るのは初めてだった。

「ヤツザキ様から聞いてはいたけれど、まさかこんな……」

 暗い血の色に染まった隈取、大きく見開かれた瞳のそばには今まさにつけられた切り傷が。変身の途中のようで引き攣った顔の筋肉が異様な表情を作っている。

「……ふふ。強いですねヒタキさん。拙僧の負けですね」

「あ、ああ……」

 倒れ込んだヒタキに魄日は優しく手を差し伸べる。その声色はとても優しく、彼の良く知る鬼とは不釣り合いなものだった。その声に戦う気もなくなったヒタキは魄日の手を取り立ち上がった。その後ろからぱちぱちと拍手がする。ヤツザキだ。その表情はにやにやと笑みを湛えている。

「いやぁよかったじゃあねぇか。ヒタキも頑張ったな。坊さん強かったろ」

「はい、師匠。でも鬼と分かって戦わせてたんですよね?」

「まあな。でも十分戦えたじゃねえか」

 そう言ってヤツザキはヒタキの頭を撫でた。思わずヒタキはその表情を緩ませる。まるで仲の良い師弟の様子を魄日は微笑ましく眺めていた。

「坊さんも、急に戦わせちまったな。ありがとよ」

「いえ、拙僧も何か掴めた気がします。鬼について……」

「そりゃよかったぜ。坊さんも強ぇなぁ」

 そう言うとヤツザキは大きく伸びをした。既に日は暮れ辺りを夕焼けが包んでいる。

「よし、帰るか!今日の晩飯は全員分ハイユキが作るぜ」

「えぇ!アタシが!?」

 そうがやがや騒ぎながら、鬼たちは廃寺を抜け参道を歩いていく。ふと、ヤツザキが魄日の方を振り向いた。つられてハイユキとヒタキも振り向く。

「ほら、坊さんも帰ろうぜ」

 魄日に向け差し出された手を、魄日は包帯の巻かれた手で握った。

(……帰る場所、か)

 日は沈み、街には点々と灯が見え始めた。

 

―続―

 

・音撃戦士灰雪鬼

 変身者・ハイユキ 20歳 女性

 身の丈(身長):5尺8寸(176㎝) 目方(体重):31貫(116kg)

 変身アイテム

  変身鬼笛・音冽(おんれつ)

 音撃武器

  音撃管・烈霙(れつえい) 音撃鳴・氷凝(ひこり)

 特殊技能

  鬼幻術・荒氷(あらごおり)

 必殺音撃

  音撃射・瞬間料峭(しゅんかんりょうしょう)※修行中

 室町時代に活動した盗賊団「陸連船団」の一員であるハイユキが変身鬼笛から放たれる特殊な音波により変身した姿。顔を覆う薄灰色の隈取と三本の鋭い角が特徴。戦闘においては高い身体能力と氷の鬼幻術を扱う。篠笛のような音撃武器「音撃管・烈霙」を得物とする。これらの音撃武器は彼女の父親である先代灰雪鬼が使用していたもの。

 鬼であった父親の元、人助けのため鍛錬していたが、鬼の異形の力により一家は迫害を受け、彼女だけが生き残った。そのため、修行は中途で終わっており、そこからはただ生き延びるために鬼の力を振るってきた。そのため鬼として戦ってきた期間は長いが清めの音撃を放つことができない。陸連船団に入団してからは団長である八津裂鬼からの指導の下、音撃や戦い方を修行している。とはいえ、陸連船団においては団長である八津裂鬼に次ぐ実力者。

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