響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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第三章「陸腑五将」

 八津裂鬼が率いる盗賊団、陸連船団では人知を凌駕した鬼の如き力を、生身の人間のままでも振るえるようにする研究が呪術師永景主導により行われていた。数々の非人道的研究、永景自身の身体さえ犠牲にするような行為の末、五つの兵器が最終試験を待っていた。永景を含む五人の人間の五体にそれぞれ分け与えられた異形の兵装。生身のままそれを装備し、鬼の如き力を発揮した実験台は「陸腑五将」と呼ばれた。だがその代償に彼らは、兵器と化したその部位を失った。腕を、足を、そして顔を。望まずに異形を得た永景以外の四人はその絶大な力を持ち出し脱走。そしてあろうことか魔化魍と手を組み、陸連船団の屯する街を襲い始めたのである。

 

 ヤツザキ、ハイユキ、永景、そして魄日が陸腑五将の四人と鉢合わせたのは、彼らが倉を出て一日ほど経った昼前のことであった。街から少し離れた山腹に四人は集まり、何やら備えているようだった。はじめヤツザキらの接近に気づかなかった彼らに対し、ハイユキと永景は一度様子を見ようとしたがヤツザキはだがしかし正面から彼らの前に歩いて行った。

「よぉ!元気か!」

「!?」

 まさか目の前に宿敵がここまで堂々と現れるとは思っていなかったのだろう。五将たちは驚きのまま後ずさり臨戦態勢を取った。彼らがその名の代わりにする、五体の一部を置き換えた武装がぎりぎりと音を立てる。

「……何の用だ、ヤツザキ」

 「顔」がその眼で、といっても人体実験の結果どこにあるのかは分からないのだが、とにかくその眼で正面に立つ巨漢に対し問いかけた。彼らの姿からは抑えきれない殺意がにじみ出している。だが、そんな様子に全く気圧された様子もなく、まるで普段通り、それこそ茶館で注文するように口を開いた。

「何の用って、そりゃあ。お前らをぶっ殺すために決まってんだろうが」

 ごうと開いたヤツザキの口からは鋭い歯がずらりと並んで見えた。その極太の腕には既に変身音叉が握られている。その様子を見て、五将たちも臨戦態勢を取る。一気に空気が張り詰めた。

 だが、その間に挟まるようにして立ちはだかったのは魄日だった。吹きすさぶ風が彼の全身に巻かれた包帯を揺らす。その隙間から覗く目は引き攣り充血している。その眼を五将は睨み返し、「顔」が言葉を発した。

「……?貴様噂に聞くヤツザキのお気に入りだな?そこを退いてもらおう」

 その声には多分に侮蔑の、また嫌悪感の色が乗っていた。本当に、邪魔者のようだった。だがそれを意に介さず、魄日は彼らに問いかけた。

「……どうして皆さんは、人々を襲うのですか?」

「は……?」

 ごく自然に、なぜそうなのか分からないといった具合に魄日は問いかけた。その問いかけは余りに純粋かつ単純なものだったが、だがしかしその両の瞳はしっかと五将を捉え相対している。その姿に五将はやる気や殺意をまるで削がれてしまった様子であった。

「坊さん、そんなこと聞いて何になる?」

 ヤツザキが魄日の言葉にくぎを刺した。だが、毅然と魄日は答えた。

「物事にはすべてに理由があります。それを知らないまま動いても、何にもなりません」

 その答えに、誰ともいわず嘲笑が聞こえた。五将たちも呆れてものも言えないようだった。

「本当に何にも知らないようだな。なら教えてやる」

 魄日の言葉に返したのは「左腕」だった。その呼び名通りの異形の左腕をさすりながら、彼は続ける。

「この異形はなりたくてなったわけじゃない。そこの二人、ヤツザキと永景に改造されたものだ……!それだけじゃない、俺たちの住処や財産、家族も全て、こいつらに奪われたんだ……!」

「……!」

 「左腕」の目じりに涙が滲む。そしてその勢いのまま彼は続けた。

「だから俺たちも奴らから奪う!復讐だ!」

 怒りのまま彼はその名の由来となった異形の銃口を魄日に向ける。そう、彼らは名前さえも奪われているのである。

 その攻撃態勢にだが魄日は動じない。そのまま顔に巻かれた包帯を解き、彼らの前にその素顔を完全に晒して見せた。頭部から生えた二本の角、隆起し浮き出た隈取のような文様。その異常な変形に伴い無理やりに引きつった瞳、浮き出た血管、裂けた口。半人半鬼の魄日のありのままの異形であった。

「拙僧のこの身体も、望んで得たわけではありません。皆さんと同じ、社会からは少し外れた姿です。ですが、貴方達もその身体だからこそできることがあるはず」

 魄日も、自らの身体は彼らと同じ望まず得た異形だと考えた。だからこそ彼はその姿を五将らにあえて晒し、自らの行いを考えなおすように諭した。だが。

「コイツ!バケモノだ!」

「……!気持ち悪いな」

 五将は魄日の異形を恐れ、侮蔑の声を上げた。恐怖に怯えながらも生唾を呑み込んだ「左腕」が話す。

「坊さん。そのバケモノみたいな姿を見せられても、もうお話聞く気になれないよ」

 「左腕」はその砲身を魄日らに向けた。その照準の先の魄日の表情に悲しみの影がかかる。

(拙僧が甘かったのか……)

 確かに魄日が甘かった。魄日と五将は共に望まず得た異形であったが、一方的に改造させられたという点が最大の差異だった。降りかかった不幸を宿命として受け入れる他なかった魄日であったが、不幸を「永景」「八津裂鬼」「陸連船団」のせいにできる、できてしまう五将は、不幸から脱し自分たちの人生を取り戻すためにはその理由を破壊し消し去る他ないのだ。

「……拙僧は皆さんを無視できません。貴方達が街を襲い多くの人を悲しませようとするなら、止めて見せます」

 柔らかな、だがきっぱりとした口調で言葉を発した魄日に対し、「顔」が一歩前に立ち言葉を返した。

「……だったら隣の『鬼』を真っ先に殺すべきだったのだ。我々が人殺しを始める前に」

 その言葉と共に「顔」から強烈な光が放たれた。周囲の大気を歪めるほどの熱気を内包したその怪光線が魄日に迫る。歪な筋繊維に引き攣られながらもその眼を見開く魄日。

 だが、その光線が彼に届くことはなかった。魄日の前には五将同様の異形と化した右腕を振りかざす永景と、鬼の姿となった八津裂鬼が堂々と仁王立ちしていた。

「ハナから裏切り者の話なんか聞く気ねぇなぁ。だが、おれ様の支配下から脱しようっていう反骨精神だけは気に入ったぜ。死に方は選ばせてやる」

「だったら、てめぇを殺して死ぬってのはどうだぁ!」

 八津裂鬼の態度に「右足」が啖呵を切ってみせた。そのまま五将は八津裂鬼らに向かい飛び掛かる。魄日の思いをよそに、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

「八津裂鬼に構うな!他の奴らから叩く!」

 「顔」が大声を発した。それに従い五将らが一気に攻撃を仕掛ける。彼らは一人一人では八津裂鬼には敵わない。彼らに移植された武器は全身分五つが揃い、ようやっと通常の鬼を凌駕する性能を誇るのだが、それがこうして五人に分割され、しかもそのうち一つは敵側とあっては、八津裂鬼本人への勝ち目は薄い。

 だが、だからこそ一人でも戦力を奪うことが彼らの最終的な目的にはつながる。即ち「八津裂鬼」に限った話ではなく「陸連船団」に打撃を与えること。そのためなら、むしろ部下を殺し支配下の街に被害を与えることで八津裂鬼への求心力を下げ組織力の低下に務める方が良い。希望的観測になるがもし、五将らが少ない手傷でハイユキや永景を倒せれば、八津裂鬼と四対一の構図に持ち込める。そうなれば、勝機もある。そして彼らには「援軍」もあった。

「やらせないッ!」

 高速で移動し、五将の動きを攪乱せんとするハイユキ。だがその姿を見逃さず捉えた者がいた。「左腕」だ。

「逃がすかよ」

 彼の呼び名の由来となった超兵器、自在範囲制圧用多連装式砲塔「戦攻(せんこう)」が火を噴く。大小さまざまの砲弾が空を切り裂きハイユキへと襲い掛かった。

 だが、ハイユキは手にした変身鬼笛・音冽(おんれつ)を吹き鳴らし、その姿を異形の鬼たる「灰雪鬼」へと変えた。しなやかなかつ鋭い手刀や足刀が無数の砲弾を弾き飛ばす。

「……!バケモノめ!」

 「左腕」の背後から「左足」が跳躍する。その勢いのまま空中で回転し、そのままその呼び名の由来となった超兵器、爆発的破壊機能向上型粉砕金棒「剛勇(ごうゆう)」を振り回し、更なる勢いをつける。

「……バケモノは、俺が殺す!」

 超高速で振り回される金棒が風切り音を鳴らし、灰雪鬼に迫る。一撃、その凶撃は灰雪鬼の鼻先を掠めた。だが、高速回転する「左足」は息つく間もなくさらなる乱撃を灰雪鬼に浴びせ続ける。

「仕留める!」

 「左足」の連撃だけでなく「左腕」の砲撃は止むこともなく灰雪鬼に襲い掛かる。木々や岩、地形を盾にしつつ街へと走る灰雪鬼だったが、「左腕」の連射速度の前に動きが止まる。好機!「左足」が飛び掛かった。

「しまった!」

「……もらったぞ!」

 大きく振り上げられた彼の「剛勇」が火を噴き始めた。その勢いを乗せさらに加速し始める。灰雪鬼は思わず防御態勢を取った。

 瞬間、大爆発。「左足」の武装にはいくつもの爆薬が仕込まれており、それが衝撃により爆発することで一撃一撃の威力を極限まで高めている。製作した永景としては、寺院さえ破壊する八津裂鬼の音撃撞の破壊力を人為的に再現しようとしたものだったが、その威力をこうして目にするとは思ってもみなかった。

「……まずは一人」

 「左足」が眼前の煙を前に呟く。周囲には熱気が立ち込め、地面は大きく抉れ、足元の草はぱちぱちと燃えている。確実に一人倒した。「左足」はそう確信した。

「!?」

 だが、煙の中からゆらりと伸びた腕が「左足」の身体を捕らえた。燃え上がる指が「左足」の身体に食い込む。

 煙が晴れるとそこには法衣が吹き飛び、全身に大きな火傷を負った魄日の姿があった。人の皮膚と鬼の光沢ある筋肉が斑となった身体は焼けただれ筋繊維が露となり、その両眼も白眼を剥き、衝撃の凄まじさを物語っていた。

「……馬鹿なッ!」

「私の発明の攻撃で五体満足とは驚いた……!」

 「右足」らの攻撃を呪術により捌きながら永景が呟く。だが彼以上に実際に攻撃を行った「左足」の方が驚愕していた。

「まさか坊さん、アタシを庇って……?」

 魄日の背後の座り込んだ灰雪鬼もまた驚きを隠せずにいた。だが、彼女の声は衝撃による耳鳴りにかき消され、魄日には届かなかった。その足は震え立っているのがやっと。口からは白濁した泡が零れ落ちていた。

「おい坊さん、死んだのか……?」

 無数の砲身を向けながらも、「左腕」が震える口を開いた。

 

 大爆発の衝撃を受け混濁した意識の中で、魄日はどこかの景色を見ていた。

(これは、どこだ……?)

 荒れ果てた荒野に転がる無数の死体。血と焼けた人肉の匂いが充満し、空をどす黒い煙が覆いつくしている。戦乱の世では珍しくもない、現世の地獄であった。

 その無数の死体の山から手が這い出た。天に向かい伸びたその腕。無理やりに周囲の死体を押しのけ、一人の少年が姿を見せた。全身を見せた少年の身体は骨と皮ばかりで枝のように煤と血でべっとりと汚れている。弱々しい脚で立ち上がった少年は、全身を大きく震わせ叫んだ。まるでこの世界の絶望、無情を嘆くように。

(あれは、拙僧か……?)

 その少年こそ、幼少期の魄日であった。彼は戦災により天涯孤独となった孤児である。眼前に広がる戦災の中でただ一人生き残った彼はひとしきり叫んだ。その絶叫はだがしかし誰の耳にも届かず虚空へと消えていく。だがその代わりに魄日の心の中に深く響いた。そしてその声が枯れ果てた時思った。こんなのは嫌だ、戦いは嫌だ。そして、生き残った自分はそのために人生を費やさねばならない。

(そうだ、あの時拙僧は思ったんだ。いつか必ず争いのない世界を作る。いや、作らねばならない。そのために今まで鍛え続けてきた!この「鬼」の身体はこのためにあった!)

 魄日の網膜の裏をひたすらに修行に明け暮れた日々が吹き抜ける。落命を日常とするような過酷な修行。その中でも常に一心に平和と安寧を祈念し続けたそれは、もはや「滅私」と言っても過言ではない。

 脳内を駆けていく記憶の最後に見えたのは、最も新しい記憶。それは今訪れた港町の惨状。崩れ潰れた家屋、なぎ倒された木々、削れ砕けた丘、そして路傍に転がる死体。そしてそれを招いたというのは目の前に立つ「陸腑五将」とそして彼らの人生を歪めた「陸連船団」。魄日は遂に修行により蓄えられた力を今、無辜の人々を救うために振るう時が来たのだ。

 

「これほど危険な兵器を作っていたとは……こんなものがあってはいけない!」

 口元から血のあぶくを吐き出しながら、魄日は「左足」の武器を掴み凄まじい握力でぎりぎりと握りしめる。思わず「左足」は文字通りその左足を振るい魄日を引き剥がそうとするが、その力に敵わない。思わず彼は戦慄した。

「……クソッ!」

 「左足」は再度その武器「剛勇」を爆破させ魄日を攻撃する。流石にたまらず魄日の手ははじけ飛んだが、しかし「左足」も至近距離での爆発に手傷を負う。

「……無駄打ちをさせたな」

 足を庇うように屈む「左足」は煙の中に立つ魄日を見やる。血走った眼で彼を睨みつけ隆起した全身の筋肉により力を振るうその姿はまさに伝承通りの「鬼」であった。ごう、と熱気と共に魄日が口を開く。

「こんな兵器はいたずらに破壊と悲しみを撒き散らすだけだ!戦うというなら拙僧が止めます!」

 そこで言葉を区切り、魄日は振り向き八津裂鬼らの方を見た。

「貴方が見せたかった鬼の戦いとはこういうものなんですか。危険な兵器で人々を悲しませるのなら、拙僧はそれを作った者にも容赦しない!」

「……!」

 少なからず魄日のその言葉に八津裂鬼は衝撃を受けたようだった。彼が今まで接してきた人々、特に「鬼」からはそこまで強い感情を向けられることがごく一部に限ってなかったからである。八津裂鬼の強大な力への恐れ、怯え、そして憧憬。それらが八津裂鬼の浴びてきた感情の殆どであった。だが今の魄日はどうだ。鬼としての、強者としての八津裂鬼ではない。ただ一人の暴力的な男への怒り、そこにあくまで自分という個人を見てくれたように感じ、八津裂鬼の心には不思議な感情が湧き上がった。

「……は、ははははは!なんだそりゃ!何かわからんが気持ちの整理ができねぇ!」

 げらげらと嗤いながら八津裂鬼は音撃撞を振り回す。その凄まじい風圧に周囲の誰もが一歩退いた。しかし魄日は臆することなく八津裂鬼を見据える。

「いいぜ、今からでもおれ様とやろうかぁ!」

 魄日に対し、八津裂鬼は両腕を開いて挑発する。だが、その隙を見逃すまいとした者が他にいた。

「黙って聞いていれば、我々は仲間外れか!?ぽっと出の娑婆僧に我々の積年の恨み、邪魔させるものか!」

 「顔」がその顔面そのものである全身機能強制強化特殊魔導面「黙示(もくし)」に気を集中し強力な怪光線を放つ。すんでのところで八津裂鬼はそれを避けるが、掠めた皮膚が溶融し沸騰するような火傷傷を負わせていた。

「娑婆僧、我々は八津裂鬼を必ず倒し、お前の言う平和とやらを作ってやろう。だが邪魔立てするなら我々こそ容赦せんぞ!」

 「顔」の怒号に陸腑五将が共に応じる。

「そうだ!俺たちの邪魔をするなら陸連船団だろうと誰だろうと敵だ!切り刻んでやるぜ!」

「……家族を奪われ、己の身体さえも奪われた我らの痛み!奴らの血を以て償わせる!」 

「あぁ……そうだな」

 「左腕」が砲身を上げ魄日へと向ける。その腕は僅かに震えていた。それは人間の身体に不釣り合いな異形に改造された腕の重さゆえか。それとも戦いへの迷いからか。砲口の前に立つ魄日にも、砲身を向けた「左腕」本人にも分からなかった。

 

 陸腑五将と八津裂鬼らの戦闘は熾烈を極めていた。八津裂鬼と灰雪鬼という二人の鬼を有する彼らの前に、如何に改造を受けたとしても陸腑五将の方が不利なように思えた戦いは、だが思いのほか陸腑五将が優位に戦闘を進めていた。

 というのも、陸腑五将の八津裂鬼を避ける戦術が予想以上に功を奏していたのである。既に大火傷の重傷を負った魄日、強力な呪術師であるが近接戦闘向けではない永景、そして八津裂鬼と比した場合に鬼としての練度に劣る灰雪鬼を、八津裂鬼は陸連船団の大団長として、「なんとなく」庇いながら戦ってしまっていた。

 その結果、八津裂鬼は無用に体力を消費し、その上他の三人も細かく手傷を負わされ、着実に疲労が蓄積していた。

「このままじゃまずいかも……」

 灰雪鬼が氷の鬼幻術により防壁を展開しながら呟く。灰雪鬼の後ろでは永影がその右腕である多機能型特殊魔導義手「魔天(まてん)」から放たれる呪術により灰雪鬼の防壁の機能を底上げしていた。だが。

「そんな壁で俺たちの攻撃が止むかよ!叩き切ってやる!」

 「右足」が絶え間なく攻撃を仕掛ける。彼の装備する自動回転式切断機能向上型大剣「剣兵(けんぺい)」が大きく開き、無数の切先が束ねられた異様な刀身を顕にする。

「これでも喰らいやがれ!鬼のバケモノ!死ね!」

 その異形の刃がいかなる仕組みか高速で回転する。乱舞連撃、などという「遅さ」ではない。凄まじい速度で絶え間なく叩きつけられる切先は瞬く間に防壁を削り取っていく。

「うおおおおお!」

 「右足」を吹き飛ばさんとその全身の質量を乗せ駆け出し、肉弾をぶつけようとする魄日。だがその横から無数の砲弾が襲い掛かる。

「隙だらけだぜ、坊さん」

 「左腕」の放つ砲撃が隙間なく魄日の全身を打ち据え吹き飛ばす。同時に「右足」の切先が防壁を切り裂き灰雪鬼の腕を大きく切り裂いた。彼女の腕はちぎれてこそいないものの、大量の出血とずたずたになった筋繊維が見るからに痛々しい。

「ハハーッ!刃が骨まで達した音!これでお前はもう動けまい!」

「灰雪鬼!」

 あまりの激痛に灰雪鬼はその場にうずくまり傷口を押さえる。変身解除した顔は青白く震え、傷口を押さえた指の隙間から絶え間なく血がどろどろと流れ続ける。あまりの傷に気が遠くなり、八津裂鬼の声すら届かなかった。永景が着物を脱ぎ呪術を併用し止血を図るが、露わになったその肌には無数の傷や痣が刻まれていた。その満身創痍の姿に、八津裂鬼が駆け寄ろうとするが、その前に「左足」と「顔」が立ちはだかる。

「……行かせるわけがない」

「八津裂鬼、これで相手ができる」

 「顔」に至ってはその顔面が赤熱し、もはや嬉しそうにさえ見える。事実嬉しいのだろう。そして彼の顔面である「黙示」は全身の血流や神経を呪術的、生理的に強制活性化させ、人智を超越した能力を無理やりに発揮させる。顔面の赤熱化はその証拠だ。

「とどめを刺せ!」

 「顔」が叫ぶ。その声を受けて「右足」と「左腕」が傷だらけの彼らに迫る。

「これでいいんだよな……?」

「今更何を言ってんだ。俺たちはこうしなきゃ今後生きていけねぇ。奴だってそう言ってただろ」

「けどな……」

 この期に及んで殺しに躊躇いを見せる「左腕」に対し、「右足」は苛立ちを隠せない。

「てめぇよぉ。今更そんなバケモノみたいな姿になってまで何躊躇してんだ!いいぜ、てめぇがやらないってんなら俺が手本を見せてやるぜ」

 「右足」が彼の武器を操作すると無数の切先を束ねたようなそれは、巨大な刀のように姿を変えた。そしてその異形の足を引きずり、「右足」は魄日の前に迫る。

「まずはこの娑婆僧からだ!口先で俺たちを惑わせやがって。その次は女のバケモノだ!俺たちを改造した悪者はその様を黙って見てろ!」

「やめろ!」

 駆け寄ろうとする八津裂鬼だがしかし、「左足」と「顔」の連撃が彼の行く手を阻む。このままでは間違いなく魄日や永景、灰雪鬼は死ぬ。おれ様の部下が。おれ様の夢が。不意に、八津裂鬼の視界が黒く染まった。

 とうとう、八津裂鬼の顔面を「左足」の金棒が力強く打ち付けた。刹那、大爆発。爆炎と火花を伴い八津裂鬼の上半身が大きく仰け反る。更なる追い打ちとして、その煙の中に「顔」が放つ怪光線が撃ち込まれた。

 その様子を見ていた「左腕」であったが、不意に煙の中から見えた八津裂鬼の手が不可思議な印を結んでいたのを捉えた。それを疑問に思うより前に、八津裂鬼の不気味な声が周囲に響き渡った。

「秘伝・骨肉自在の術……ッ!」

 

 八津裂鬼を包んでいたはずの爆炎が一瞬でかき消され、強烈な衝撃が「左足」と「顔」を吹き飛ばす。揺らぐ血煙の中から姿を現したのは更なる異形と化した八津裂鬼であった。更に背丈を伸ばした全身から飛び出た無数の砲門はどれも種別の異なる音撃管であった。両手足の横には木琴型音撃武器が刃物のように飛び出している。天衣のように模られていたはずの尾を食む蛇は、その尾に斧のような力強さを感じさせるチェロ型音撃弦を絡めとり、その口からはファゴット型の音撃管がその砲口を覗かせている。和洋折衷、多数の音撃武器を同時に現出した八津裂鬼の姿は「音撃の怪物」と呼んで差し支えないものだった。これこそが、己の肉体を超常的に自由変形させる特殊な「術」、「骨肉自在の術」である。

「な、何なんだ……!バケモノがぁ!」

 「右足」がその振り上げた刃を下ろし、怪物に向き直る前に既に八津裂鬼は彼の目の前に現れていた。そのまま「右足」の武器を掴みがっしりと握りしめる。武器を壊そうとしているのか、直感した「顔」ら三人はそれを阻止しようと同時攻撃を仕掛ける。

 だが、八津裂鬼は離れた「左腕」にファゴット型音撃管の砲撃を浴びせ動きを封じ、「左足」にはチェロ型音撃管の斬撃を彼の武器にぶつけ吹き飛ばし、「顔」には無数の音撃管による射撃を浴びせかけた。

「まさか同時に音撃を……!」

 灰雪鬼の傷口を押さえながら永景が零す。その表情は恐怖と歓喜が入り混じったものだった。八津裂鬼は吹き飛ばした三人に残心もなく「右足」の顔を舐めるように見る。

「おれ様に術を使わせるとは驚いたぜ。この力はおれ様からの最大級の手向けだ。喜んで死にな」

「ざっけんじゃねぇバケモノがぁ!妻の仇を……」

 「右足」の言葉を待たずして八津裂鬼は彼の右足を、正確には彼の武器を折り取った。そしてそのままその刃を彼の胸に突き立てる。迸る鮮血と共に彼の心臓は引き裂かれた。そしてそのままこと切れた「人間」を武器ごとうち捨てる。

「……てめえぇ!」

 飛び掛かる「左足」を八津裂鬼はいなしながら、その異形をさらに変形させていく。全身の音撃管は収納され、代わりに腕に現出した木琴型音撃武器がより大きく姿を顕にする。まるで翼を広げた猛禽のような構えを取ると、八津裂鬼の全身の筋肉が一層引き締まったように見えた。

「……だから何だってんだ!」

 先程八津裂鬼の顔面を捉えた「左足」渾身の蹴り。その一撃は確かに八津裂鬼の顔面に吸い込まれるように繰り出されていた。だが、その蹴りが当たらんとした瞬間、八津裂鬼の姿は「左足」の目前から消えた。

「何ッ!」

「ここだぜ!振り向きなぁ!」

 背後からの声に「左足」は振り向き、空を見上げた。そこには逆光を背に空を舞う八津裂鬼が。そのまま八津裂鬼は「左足」へと飛び掛かり、刃のようになった音撃武器で彼の左足を切断し、飛び上がる一撃で彼の肉体を逆袈裟斬りに大きく切り裂いた。背中を貫き届いた切先が肩まで抜けると、一人の「人間」の上半身が斜めの切り傷からずり落ちた。

 続けざまに二人の同胞の死を目の当たりにし「左腕」と「顔」は思わずたじろいだ。だが一方で八津裂鬼もまた肉体変形の反動から肩を上下させ疲労を隠せずにいた。突出していた無数の音撃武器も体内へと収納されていく。しかしその疲労困憊の姿ながら、灰雪鬼や魄日らを守るように八津裂鬼は立った。

「どうしたよぉ!二人減ったぐらいで怖気づくのかぁ!」

 八津裂鬼がその頭部に戴く鰐の面が吼える。血管が浮き出た筋肉が震え大気さえ揺るがすようだ。

「怖気づくわけ……!」

 その八津裂鬼の猛威にだがあえて「左腕」は一歩を踏み出した。震えながらも武器を真っすぐ構え、八津裂鬼向けて近づいていく。

「お前!」

 「顔」の叫びを「左腕」は敢えて無視する。その砲撃音であえて耳を塞いでいるようだった。細かく動きながら彼の武器たる「戦攻」は嵐のような砲撃を八津裂鬼へと浴びせかける。その無謀ともいえる突撃にようやく起き上がった魄日が零した。

「まさか自ら捨て石に……!」

 もはやここまでの戦力差では八津裂鬼に敵わない。そう判断した「左腕」はできる限り八津裂鬼に傷を負わせ、「顔」に後を託そうとしたのである。というのも、「顔」に隠されていたある機能を使いこなせるだろうと判断したからである。

「鬼め!許さん!」

 裂帛の叫びと共に突撃する「左腕」。だがその腕から放たれる弾幕を意に介さず、八津裂鬼もまた負けじと突撃する。突き出した「左腕」の武器の前に、八津裂鬼はその右腕を大きく振りかぶる。

「頼む、兄さ……」

 末期の言葉すら残せず、彼の頭は僅かな残骸を残し消し飛んだ。頭脳を失いなお砲撃を繰り返す彼の腕を八津裂鬼は手刀で切り裂き引きちぎると、見せつけるように「顔」へと投げ捨てた。

 だが「顔」は彼の死に動じる様子無く、八津裂鬼が投げ捨てた「戦攻」を拾う。その様子を見て永景がようやく頭部を失い倒れ伏した遺骸の遺言に気づいた。

「まずい、八津裂鬼様!奴は自ら殺されることが目的だったんだ!」

 ずぶりと、無数の砲身へ「顔」の左腕が潜り込んだ。まるで元からそうであったかのように、その動きは「顔」の動きに馴染む。

「何?どういうことだ?」

 八津裂鬼がそう問う間もなく、「顔」は凄まじい速度で永景に近づき彼の「右腕」をもぎ取った。無理やりに引きちぎられる痛みに永景が苦悶の声を上げる。

「ぐ、ぐおぉぉぉっ!」

 そして「顔」は無理やりもぎ取った「魔天」に自身の右腕を滑りこませる。不気味な義手はそれまでの「顔」の腕と何ら変わりなく軽快に動く。さらに、「顔」が永景のように不可思議な術を使うと「剣兵」が「剛勇」が、文字通り「顔」の右足左足へとなっていく。顔面だけでなく五体全てを異形の兵器へと置換した、鬼以上の怪物の姿がそこにはあった。これまで八津裂鬼が出会ってきた闇の歴史の魑魅魍魎と比しても引けを取らないどころがそれらを凌駕する態様に、さしもの八津裂鬼もたじろぐ。

「どういうことだ、永景!?」

「私含め五体をそれぞれ改造した兵器群は元々全てを一人に装備させることが完成形です。そしてその指示は頭脳から下されます」

「つまり!?」

「あの『顔』は私が作った兵器を全部使えます!私でも操作を取り戻せない!」

 永景が叫ぶ。これまで八津裂鬼が秘技を使いようやっと倒せた陸腑五将が、まだ亡霊のように立ち上がり不屈の意志で向かってくるのだ。赤熱していた顔面はさらなる高温に青白く光り輝き、全身の武装を艶やかに照らしている。これこそが陸連船団謹製鬼類同然武装集合「真滅王(しんめつおう)」の姿である。

 

 「顔」改め「真滅王」が青白い燐光を放ちながら咆哮する。それに伴い街の方で巨大な爆炎が起こる。

「何だ!」

 魄日が空を見上げ叫ぶ。その様を見て、目はないのだがとにかく見て真滅王はくつくつと笑う。

「ようやく来たな『援軍』が」

「援軍だと……?まだ何かいるのか?」

「言うはずがないだろう?だが八津裂鬼、貴様を恨むものは我々だけではないということだ」

 このままでは街がさらに危険だ。だが、この真滅王を排除しなければいけない。そこで八津裂鬼は自らの後ろの様子を確認した。魄日と灰雪鬼は重症、永景も右腕が丸々無い。だが、街には手傷を負っているとはいえ、陸連船団の他の構成員もいる。それらを楽観的に見て灰雪鬼らと組み合わせれば、何とかなるかもしれない。

「お前ら!ここはおれ様が何とかする。先に街に行け!」

 陸連船団の中において、八津裂鬼の指示は神のように絶対だ。それに逆らうことなく永景は動いた。傷だらけの灰雪鬼の腕を着物で覆い治癒の札を無数に貼り付けると、魄実を無理やり動かし灰雪鬼を担ぎ、街へと向かった。その様子を真滅王は見やる。

「これだけ力があれば八津裂鬼、貴様を殺せる!そして陸連船団も意思を同じくする者たちが滅ぼす!」

「なるほど、面白ェ!やれるもんならやってみろ!」

 啖呵を切る八津裂鬼の前に、真滅王の全身の兵器が奮い立ち擦れあい、不気味な音を上げる。さあ、戦いの第二幕の始まりだ。

 

―続―

 

用語:陸腑五将(ろくふごしょう)

 陸連船団所属の呪術師「南貝永景」が、人間のままでも「鬼」の如き力を発揮できるようにする研究を行った際の実験台の集団。当然、生身の人間のままでは鬼のような力を発揮できないので、五体の一部を特別な戦闘兵器に後天的に作り替えられている。

 永景を除く実験台の素性は八津裂鬼によって征服された街の住人であり、家族や友人、財産などを奪いつくされている、人権のない連中だ。しかも実験台として望まずに異形に変えられたこともあり、永景や八津裂鬼ら陸連船団を非常に恨んでいる。

 目的は陸連船団の壊滅。現代で言うところのクーデターであり、彼らを倒した後は陸連船団の支配下となった土地を返還し、その土地の支配者となる気であり、その後ろ盾として八賀忍軍および北方鎮護の協力を取り付ける予定である。

 

・「顔」

 装備武器・全身機能強制強化特殊魔導面・黙示(もくし)

 特徴・不気味な意匠が覆った仮面。

 陸腑五将脱走者のリーダー格。文字通り彼らの顔。目的遂行が第一だが柔軟性もある性格。

 

・「左腕」

 装備武器・自在範囲制圧用多連装式砲塔・戦攻(せんこう)

 特徴・管を束ねたような砲の塊。多連装砲。

 やや抜けた三枚目。魔化魍と手を組んで人を襲うことにためらい。人の良さが完全に抜けきってはいない。

 

・「右足」

 装備武器・自動回転式切断機能向上型大剣・剣兵(けんぺい)

 特徴・現代で言う回転鋸、それがいくつも並んでいる。

 喧嘩っ早い口調が特徴。一回喋ると単語の量が多い。のし上がるために何でも利用してやろうという野心がある。

 

・「左足」

 装備武器・爆発的破壊機能向上型粉砕金棒・剛勇(ごうゆう)

 性格・冷静、俯瞰的

 特徴・巨大な金棒。棘はすべて爆弾。

 寡黙でもったいぶった口調が特徴。気に食わないことに目が向く性格。仲間思いで敵には容赦しない。

 

・陸連船団謹製鬼類同然武装集合「真滅王(しんめつおう)」

 変身者・「顔」

 身の丈(身長):8尺(242cm)

 目方(体重):84貫(315kg)

 特色/力:改造された全身に搭載した兵器、鬼に匹敵する高い身体能力

 仲間を失った「顔」が彼らの武器と永景の右腕である多機能型特殊魔導義手「魔天(まてん)」を自らに合体させた姿。全身の能力が著しく向上しており、その余剰熱量が青白い燐光として周囲に漏れ出ている。まさしく武器人間といった様相の、全身が武装で構成された異形が特徴。全身の武装は鬼の破壊力が人為的に再現されており、高い攻撃力を誇る。

 陸連船団の本来の予定では、陸腑五将を用いた実地試験の結果を受けてこれらを量産し船団構成員に配布。これまで鬼に偏重していた武力を底上げし団全体としてさらなる強化向上を執り行うはずだった。

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