響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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四之巻「砕く鬼」

 「音撃武器」。人を襲う怪物、魔化魍を鎮め祓う「清めの音」と呼ばれる音による攻撃「音撃」を放つ武器の総称である。総じて様々な楽器を模した形状と機能を持つ。搭載された「鬼石」と呼ばれる特殊な鉱石により清めの音を強化増幅させ、魔化魍を清め粉砕することができる。魔化魍は基本的には不死身の存在であり、物理的な攻撃で多少肉体が損傷したとしても死には至らない。その魔化魍を倒すための唯一の方法が音撃武器により清めの音を流し込むことだ。一説に、音撃戦士の始まりとされる平安時代の陰陽師たちは、魔化魍への対抗策として呪術的、科学的見地から様々なアプローチを行い、鬼石と清めの音の発見に至り、それを効果的に使用すべく楽器を模した音撃武器の形にまとめたという。その後千年以上に渡り、音撃武器もそれを扱う技術も発展し、今なお研鑽が続けられている。

 現在、猛士で活動する鬼たちが扱う音撃武器は、太鼓を模した「音撃鼓」、管楽器を模した「音撃管」、弦楽器を模した「音撃弦」の三種に大別される。猛士に所属する鬼たちの多くは修行の中でその全てに触れるが、やがてこの三つから一つを選び、修行を重ねそれを極め専門とする。だが、中にはこれら三つを極めたオールマイティな鬼も存在する。例えば、猛士暗部「象」に所属する「慄鬼」は音撃弦を最も得意とするが、それ以外の太鼓、管の扱いも手慣れたものである。

 しかし、存在する楽器の種類を思い返してみると、とても三種類に収まりきるものではない。例えば、銅鑼、フルートなどは太鼓、管に無理やりこじつけることはできるが、シンバル、トライアングルなどはどうだろう。歴史上には巨大なパイプオルガンを音撃武器として扱った例もあるという。こうした様々な種類の楽器から着想を得て、音撃武器の開発は歴史上何度も繰り返されている。現代において主流ではなくなった武器の中にもその伝承が残されているものがある。そして一方、発達した現代科学を用いて新たな音撃武器を生み出そうという研究も行われている。

 

「音撃斬・永訣挽歌(えいけつばんか)!」

 慄鬼は手にした音撃弦・降三世に、ギターのピックアップを模した「音撃震・夜鷹(よだか)」をセットし展開、地に伏す巨大な熊のような魔化魍「カワグマ」の体表に力強く突き刺す。魔化魍特有の白い返り血を受け、音撃弦の切先に取り付けられた鬼石が妖しく輝く。

 魔化魍カワグマの分厚い毛皮を裂き、音撃弦の刃が骨まで達したことを感触で確認すると、慄鬼はピック状に変化した親指の爪を用いて、ギター状の音撃弦を荒々しく、だが極めて精密に弾く。音撃弦から放たれる清めの音は木々の間に響き渡る巨大なうねりとなりカワグマを包み込み、そのまま圧し潰した。清めの音を受け「死」を与えられた魔化魍の肉体は枯葉や土塊となり、大自然へと還っていく。魔化魍の遺骸を音撃弦で薙ぎ払いながら慄鬼は顔の変身を解いた。

「始末完了。久しぶりだわ、普通に魔化魍倒すの」

「やっぱり織ちゃんは凄いね!あっという間!」

「まあね」

 顔の変身を解いたオノノキは霧子と談笑する。その後ろから歩み寄る影があった。

「俺の出番がないじゃんか、オノノキ」

「残念だったね、クダキさん」

 木々の枝に頭をぶつけぬよう手で避けながら歩いてきたのはクダキだった。腰には変身に用いる変身鬼笛を下げている。

「クダキさんの音撃武器はまだ調整が済んでなかったから」

「全く、霧子さんも。そもそもその調整のための任務だったっしょ。こういうのは現場で間に合わせればいいんだよ」

 そう言うとクダキは手に持っていた、試験中の音撃武器を胸元に担いで見せた。二メートルの体躯を誇る巨漢であるクダキの胸元は、女性としては長身のオノノキにとっての目の前であり、霧子にとっては頭上である。

「しかし、ゴツイ武器。霧ちゃんもよく作ったね、とんでもないもの」

「本当にやべぇもんだぜ。まさか『ラジカセ』なんてよ」

 その音撃武器はラジカセのような形態を成していた。だがそのスピーカー部分には巨大な鬼石が搭載され、全体を他の音撃武器にも共通する和風の装飾が覆っており、機械的な部分と伝統的な部分が不可思議な調和を見せている。

「私の自信作……!『音撃櫃・烈磁(おんげきひつ・れつじ)』……!」

 霧子は上機嫌にクダキが手にした音撃櫃の表面を撫でる。特殊生成された鬼石は霧子の顔以上に大きい。その姿を見て、オノノキは霧子に問いかけた。

「しかし、どうなってんのこの仕組み。一体?」

 オノノキの問いかけに霧子は、音撃櫃の仕組みの説明を始めた。

 ラジカセ型音撃武器「音撃櫃」は、魔化魍に対する音撃の威力が個々人の技量に左右されるという問題点の解消に着目し、開発がスタートした新型の音撃武器である。清めの音を生み出す演奏は前もってカセット型の「音撃匣(おんげきこう)」に録音されており、それを格納、再生させることでスピーカー部分に搭載された鬼石と共鳴、清めの音を放出し魔化魍を清める。しかし、その機能上音撃棒や音撃弦などのように直接魔化魍に鬼石をぶつけ清めの音を流し込む、ということは主要な使用法として想定されていない。だが清めの音を流し込むための技術として、一部の鬼が扱う「音撃奏」関連の技術が用いられている。これは、鬼石により増幅された「清めの音」を凝縮し、指向性を持たせ魔化魍めがけ放出するものである。歴史上、竪琴型、震張型、三角型などの一部の音撃武器は直接相手に鬼石をぶつけることなく清めの音を流し込む運用が可能だったとされる。現代科学を用いて音撃奏を扱う音撃戦士の協力のもとその技術を科学的に解析し、人為的に再現することで、音撃櫃は清めの音を魔化魍に向けて放出することが可能となった。その性能は言わば、使い手の技量に左右されず常に一定の破壊力の音撃を放つ手持ち式の大砲、とでもいったところだろうか。試験中の現段階ではまだ十分な威力はないが、例えば今後の改良により達人級の音撃をスイッチ一つで放てるようになれば、今後の音撃戦士の在り方は間違いなく変わるだろう。

 

 猛士暗部として表にできない仕事を行う組織「象」。主な任務は闇に堕ちた鬼や悪意をもって猛士に害なす存在への対処だが、それだけが仕事というわけではない。その高い音撃戦士としての実力を活かし、未知の魔化魍の調査や、開発中の音撃武器の試験などを行っている。オノノキとクダキは霧子と共に新たな音撃武器「音撃櫃」の試験運用を行っているのはこうした理由からである。実力ある音撃戦士でも、全く未知の音撃武器を試験できるような鬼は限られる。そしてそれほどの実力を持つ鬼ならば、素直に魔化魍退治に出てもらった方が良い。その点「象」に所属する鬼たちならば実力は保証されており、しかも魔化魍退治の前線に必ず立たねばならないというわけではない。このような、まだ表に出せないような技術の試験にも、彼らは関わっているのである。

 先程は予定外の闖入者があったが、彼女らは再度山間に設営していたキャンプを整え、試験を再開させようとしていた。

「クダキさん、さっき音出してたじゃん。どうだった?」

 オノノキの問いかけに、クダキは少し考えながら答える。先程の魔化魍との対決の際、クダキは音撃櫃を試験的に動かしていた。

「……そうだな。通常の童子や姫クラスなら接近せずに粉砕できる破壊力がある。その上この大きさ。打撃武器としても十分に使える。中距離の音撃管を音撃弦を合わせたような性能をしているが……」

「「しているが?」」

 声を合わせて問いかける霧子とオノノキ。彼女らの様子を前に、一度考え込む様子を見せ、クダキは再度口を開いた。

「まずでけぇし重てぇ。呪術による空間転送なしで持ち運びなんかできるのは俺ぐらいだろうよ。それに機構がやけに複雑だ。メンテナンスも専門の技師が必要だろう。結果、運用上のコスパが悪い。というのが通常の音撃武器の観点から見た感想だ」

 クダキはその巨大な音撃櫃を肩に担いだまま言葉を続ける。

「だが、通常運用から逸脱した観点から見ると面白い。例えば、これをさらに大型化、車載し魔化魍を叩くとか。音撃の発動に音撃戦士の技量が要らないというのも新しいな。俺たちはスイッチを押すだけで音撃が出せる。これが発展すれば行政単位で魔化魍の駆除ができそうだぜ」

 それが望ましいことかどうかまでは分からねぇが、とクダキは付け加えた。

「……よく語るねぇ。そんなに気に入ったの、霧ちゃんの力作」

「いやぁコレマジで凄いぜ。音撃戦士の在り方に一石を投じる逸品だ」

 満足げにクダキは手にした音撃櫃を眺める。それを見つめるオノノキと霧子。じっとクダキを見つめていた霧子が口を開いた。

「もし良かったら、その『烈磁』はクダキさんに差し上げます。現場での戦闘を通じて、レポートなどをいただければ」

「えっ!くれんの!ありがとな!」

 霧子の言葉にクダキはテンションが上がり、巨大な音撃櫃を大きく掲げて喜んだ。

「それじゃあ魔化魍も消えたことだし、試験再開すっか!」

 クダキの言葉に、オノノキと霧子は資料を準備し、更なる運用試験の開始に備えた。その様子を確認し、クダキは腰に下げた「変身鬼笛・音莫(おんばく)」を手に取った。その巨大な腕で彼が鬼笛を振ると、二本の角が開き隠された鬼面が姿を現す。そしてクダキはそのまま鬼笛を口元に持っていき吹き鳴らすと、特殊な音波が周囲に広がった。それに伴い地を舐めるように湧きだした稲妻が周囲の土や岩を巻き上げる。そのまま音波を伴う鬼笛をクダキは額にかざす。すると彼の額の内側からも厳めしい顔をした鬼面が姿を現す。周囲に生じた磁界と雷電がクダキの巨体を覆いつくす。裂帛の叫びと共に磁界が薙ぎ払われると、そこに現れたのは力士のような巨体を誇り、頭部から赤色と青色二色の角を生やした異形の鬼「砕鬼」であった。

「ウス!」

 彼は大きく片足を上げて力強く四股を踏むと、膝を叩き気合を入れた。彼が変身後に行ういつものルーティーンである。そのまま全身の分厚い筋肉をほぐし隅々まで力を行き渡らせる。鬼と化した彼の肉体は変身前よりもさらに上下左右前後に巨大化し、長身であるオノノキと並んでも大人と子供のような身長差だ。並の等身大魔化魍さえ上回る巨体だ。

「いつ見てもデカイですね、砕鬼さんの身体。鬼として見てもかなりのもの」

「この肉体が俺の武器だからな、」

 霧子の言葉に返しながら砕鬼は首を回して鳴らす。そして音撃櫃を手に取ると、そのドアを開けてカセットである音撃匣をセットした。そして露出したスイッチを押す。すると、左右にセットされた鬼石が振動し、周囲に清めの音を奏で始めた。

「初期設定は良好。続けて音量のチェックを行います。ダイヤルをまずは小にセットしてください」

「あいよ」

 霧子の指示に従い、砕鬼は音撃櫃を操作する。音量の大小、照準の絞りなど機構的なものから、耐衝撃機能、持続時間など様々な機能がテストされていく。非常に長時間にわたるテストであったが、砕鬼は霧子の指示に応え、適切に音撃櫃を操作していく。その様子をオノノキは見ながら適宜霧子らの補助を行う。

「……とりあえず今日はここまでにします。お疲れ様でした」

「「お疲れ様でした」」

 山中に夕日が差し始めた頃、テストはいったん終了した。オノノキたちは慣れた様子で機材を詰め込み帰り支度を整えると、車に乗り込み山を後にした。

「予定外の魔化魍出現のレポート提出しないと。やば」

 ハンドルを握るオノノキが呟く。彼女は出現した魔化魍カワグマとの戦いについて迅速にレポートを提出する必要があった。

「まあ映像記録は十分あるから大丈夫だよ」

 助手席に座る霧子がパソコンを叩きながら答える。その液晶には今日行った音撃櫃に関するデータが無数に映っていた。彼女はそれをじっと見つめながらデータのまとめ作業を行っていた。

「酔うよ。あまり俯いてると」

「大丈夫、酔い止め飲んできたから」

 だが、すぐさま車はカーブの連続に差し掛かり、霧子はパソコンの操作を取りやめた。車の中を揺れと遠心力が包む。霧子は助手席側の窓を開け、冷たい風に当たり始めた。日が暮れるにつれて冷えてきた風が車内の中に流れ込む。霧子は冷たい息を大きく吸い込み、そして吐き出した。そのまま呼吸を整える。

「……どうでした、クダキさん。音撃櫃は」

 霧子は横目で後部座席に座るクダキを見ながら話しかけた。クダキはその巨体ゆえに後部座席の中心に座っている。

「あぁ、かなりのものだったぜ。これから使えるってんなら願ったり叶ったりだ」

「それはよかった!ちゃんと使用後レポートお願いしますね」

「ゲッ……もちろんだ」

 クダキはそう言うと眉をひそめ腕組みした。車はトンネルの中へと入っていく。橙色のナトリウム光が霧子の横顔を照らした。

「ところで、クダキさんは私達と違って元々鬼の仕事にはあまり縁がなかったんですよね?」

「まあな。中学を出てからはずっと相撲部屋にいたな」

 霧子の言葉にクダキは腕組みをしながら返す。その目はどこともなくただぼうっと車の窓の外を見つめている。

「しかしそれがどうして鬼の道に?」

「確かに気になる、私も」

「オノノキ、お前は知ってるだろ。俺が言わなくても」

「一番大事なのは本人の言葉だから」

「へっ……」

 オノノキと霧子の言葉にクダキは苦笑いする。少なくとも、オノノキはクダキの経歴を知っていることは間違いない。「象」に所属する鬼の情報網は少なくとも支部の指揮官である「王」クラスのものである。

「たまたま巡り合ったんだよ『鬼』にな。何でかって言われても運命としか言えん」

「へぇ……」

 幼年期から他と比べて頭二つ抜けた巨体を持っていたクダキは、中学卒業後相撲部屋に所属し、力士として成人後も各地を巡業していた。だが、ひょんなことから鬼や猛士と出会い、その体力を活かし難なく鬼への変身を成功させ、その上多大な実力者でなければなることができない「象」にさえ所属している。現在、重蔵の下についている「象」猛士本州北部担当の三人の中で、クダキはもっとも鬼としてのキャリアが短い。そしてその短さこそが彼の実力の高さを物語っていた。

「けどどうして鬼として今も戦っているんですか?他にも生き方を選べたんじゃ」

 霧子の問いかけに、クダキは少し俯き考えた。オノノキも霧子も皐月会出身だ。つまり子供の頃に魔化魍に襲われ、それでもなお魔化魍と戦うことを決意した人間だ。彼女らにとって魔化魍と戦うということ自体が一つの生き方であり、選択の余地なく進んだものなのだろう。だが、そうした背景を持たないクダキはどうなのか?

「……人助けがしたかったんだよ。今もその考えは変わらないがな」

 車がトンネルを抜けると、正面から強い夕日が差した。その輝きがクダキの顔を照らした。

「随分と立派だね。どう思う、霧ちゃん?」

「私は凄いと思う……!そういう鬼に私が作ったもの使って欲しいな」

「ふふっ、何それ」

 クダキの視界には、前に座る二人の顔は影になって表情を読み取ることはできない。ただ談笑する二人の声だけが聞こえていた。クダキは小さくため息をつくと、ふとあることを思い出した。

「そういえば気になったんだが、この音撃櫃以外の積み荷はなんだ?」

 クダキが振り向いた車のトランクには、音撃櫃の隣に黒い袋に包まれた何かが積まれていた。今回の音撃櫃の試験運用の中では一度も開かれていなかったものだ。

「……あ、忘れてた。直忠先生に怒られちゃう」

「織ちゃん今日は魔化魍と戦ってたから。また今度試そう」

「あー、じゃあまた別で時間作んなきゃ」

 次第に暗くなっていく風景を前に、オノノキはライトを点灯した。ハイビームの光が対向車のいない路面を遠くまで照らした。質問の返答はもらえなかったが、まあそんなものかと、クダキは特に気にしなかった。

 

 クダキが音撃櫃を実際に運用したのは、その運用試験から少し後のことだった。管の鬼が担当する魔化魍の出現予報が重複し、ノラギとナエギだけではカバーしきれないということで、音撃櫃ではない普段使いの音撃武器が音撃管であるクダキに白羽の矢が立ったのである。

「支部長の情報では、今回現れる可能性があるのは『カイチョウ』だとか……」

「聞いたことあるぜ。宝石ばかり食べるレアな魔化魍だとか」

 霧子が運転する車内で、彼女とクダキは魔化魍に関する情報を話していた。クダキは後部座席の真ん中に座り、魔化魍に関する資料に目を通している。

 魔化魍「カイチョウ」。漢字で書けば「怪鳥」。文字通り怪しき鳥。または別の呼び方では「大鳥」などとも。牛のような胴体と足から蛇のような首、宝石を集めたような翼が生えた鳥のような姿の魔化魍であり、恐ろし気な光と不気味な鳴き声を伴い出現するという。だが魔化魍にしては珍しく人を喰わず、鉱物を主食とするという。その出現情報は東北地方に極めて偏重しており、東北特有の魔化魍といっても過言ではない。歴史上においては、現代の東北支部長である橅森文仁の祖先「橅森 文明」が変じた鬼「鐵葉鬼」が遠征中、現地の鬼と協力し討伐したという記録が江戸時代初期に確認できる。

「しかし飛ぶ敵っていうのは厄介だぜ。こちらからの攻撃がまるで届かないんだからな」

「だからこそ、音撃櫃のリーチを試すのに適した相手です。ですが……」

 ハンドルを握る霧子は、横目でクダキの方を見た。

「もし危ないと思ったら音撃櫃は捨てて、生きて帰ってきてください」

 そう語る霧子の声は真剣そのものだった。その言葉に、だがクダキは笑顔を返す。

「大丈夫だぜ。俺だってオノノキに負けないぐらいの『鬼』さ」

「ふふっ、大丈夫そうですね」

 霧子の運転する車はカーブで適宜速度を落としながらもどんどん山間へと入っていく。数時間の車での移動後、彼らは目的とする場所にたどり着いた。慣れた動きでキャンプを設営すると、霧子は用意していた温度計と湿度計を確認する。

「確かに、この気温と湿度はカイチョウの生育環境に近い……。クダキさん、ディスクアニマルを」

「あいよ!」

 クダキは返事をすると車のトランクからいくつものコンテナを軽々と取り出す。取り出された先から霧子がどんどんその蓋を開けていくと、中には無数の銀色の円盤が収納されていた。これらは「ディスクアニマル」と呼ばれる鬼のサポートを行う式神の一種であり、「音式神」とも呼ばれる。通常はこのような円盤状だが、鬼が変身アイテムを用いるなどして指示を出してやると、種類に応じて動物形態へと変形、命令にしがたい情報収集や索敵、戦闘を行う。また一定の知能を有しており有事には独自の判断で鬼を手助けすることができる。車から全てのトランクを出し終えたクダキは、これまた慣れた手つきでディスクを一枚一枚取り出し、変身鬼笛を用いて、調査範囲である山の地形と調査箇所をそれぞれのディスクに指示し終えると、おもむろに霧子から更なるディスクが突き出された。

「?これは?」

「新型の夜間偵察タイプ『羅紗木兎(ラシャミミズク)』と『蘇芳蝙蝠(スオウコウモリ)』これの運用試験もぜひ行ってもらいたいと思って」

「……確かに夜間用はこれまであまりなかったな。しかしテスト運用ばかりで後でまとめるのも大変なんじゃないか?」

 クダキの言葉に、霧子は無言でほほ笑む。しかしディスクアニマルを突き出した腕はクダキの前から微動だにしない。彼はそれを黙って受け取ると、同じように鬼笛を用いて指示を入力した。

「……入力完了っと。行ってこい!」

 クダキが変身鬼笛を吹き鳴らすと、無数のディスクアニマルはその音を受けて瞬時に鮮やかに色づき様々な動物の形状に変形し森の中に分け入っていく。それを見送るとクダキと霧子は大判に印刷された周囲の地図を広げた。各地に色とりどりのシールが貼られている。これがディスクアニマルに調査させるポイントであり、色がディスクアニマルの種類と対応している。クダキはそこに新たに二種のシールを張り足す。羅紗木兎と蘇芳蝙蝠のものだ。

 ディスクアニマルを展開し終えると、続いて彼らは自らの命を預ける音撃武器の整備に取り掛かった。折りたたみ式の簡易テーブルを広げると、霧子は自らが開発した音撃櫃・烈磁の、クダキは自らの得物であるトランペット型の「音撃管・摩久根(まぐね)」を分解し、各部を確認する。いつも通りの作業は静かに行われ、慣れた二人にとって時間を取るようなものでもない。ディスクアニマルを展開してから一時間も経たないうちに整備は完了した。まだ陽は高い。

 

 そもそも、魔化魍はよほどの例外がない限りそこまで頻繁に出現するものではないのだ。甘めに見積もっても日本各地で起こる小規模な災害と同程度の数である。だがそれでも魔化魍の出現は毎年必ず起こるし、時と場合によっては大量出現が起こる可能性が十分にある。だからこそ鬼たちがこうしてその出現を予期し、現地に赴き活動していることが重要なのである。とはいえ、一時期見られた魔化魍の大量発生は落ち着いており、こうして現地で対応を行っても魔化魍と一切戦うことがない出動ということもままある。もちろん、鬼の役目がない平和、これが一番良いことである。

「とはいえ暇なんだよなー!」

 クダキはそう不満を漏らしながら、大きく四股を踏み体を鍛えている。その隣では霧子がテーブルに置いたパソコンとにらめっこしながら音撃櫃及び新型ディスクアニマルについてまとめている。高く振り上げた脚をクダキはゆっくりと降ろし静かに大地を踏みしめる。展開したディスクアニマルが戻ってくるまで、やることと言えば武器の整備か、食事か、鍛錬か、それもなければ駄弁るぐらいしかない。特に今回の現場では魔化魍の生育環境こそ整っていたものの、目撃情報などはなく、むしろ同時に別の場所で現地対応を行っているノラギやナエギの方が本命といってもよいぐらいだ。

「そう言えば霧子さん、この前俺に何で戦うのかって聞いたじゃん」

「?ああ、そう言えばそうでしたね」

「あれって、霧子さんはどうなんだ?なんでこんな危ない仕事してんだ?」

 四股を踏み、続いてスクワットへと移行したクダキは霧子に質問を投げかけた。その質問に、霧子は少し首をかしげ考える。

「うーん、織ちゃんが戦ってたからかも。子供の頃って、仲のいい親友がやってることと同じことをやりたがるじゃない?それで一緒に戦って、それをずーっと続けてるって感じですかね?」

「なるほど、タフだなぁ」

「タフかな……?でもそれで言うなら織ちゃんの方が私なんかよりずっとタフ。本当に子供の頃からずっと戦ってるし」

「本当に子供の頃から?そういう話は聞くけどマジなのか?」

 スクワットをゆっくりと繰り返しながら、クダキは霧子に疑問を投げかけた。その言葉に、霧子は一度飲み物を口にしてから返した。

「本当ですよ。特に織ちゃんは重蔵先生から気に入られてますし」

「確かに皐月会トップの実力者だもんな、オノノキは。けど重蔵サンは何でもってアイツにそこまで……?本当に子供の頃からならどうして?」

 クダキのその言葉に、霧子はしばし沈黙し、ゆっくりとためらいがちに口を開いた。

「ここだけの話にして欲しいんですけど、織ちゃんは重蔵先生の死別した奥さんに似ているらしいです」

「え、結婚してたの重蔵サン!?知らなかった!」

「私が生まれるより前の話ですけど……何かどうも雰囲気が似ているみたいです」

 その事実に半信半疑ながらも、クダキは上司である重蔵の顔を思い浮かべた。確かにあれぐらいの年齢と立場なら結婚していない方がどちらかと言えば不自然だ。そう言えば、彼がいつもいる皐月会本部滝夜温泉の支配人室の机に、いつも伏せられた写真立てがあった。もしかしてあれが妻の写真なのかもしれない。

「しかし人の好みは分からないもんだぜ。重蔵サンの好みがオノノキに近いってなると驚きだな」

「確かにちょっと意外かもと感じますね」

 クダキはそう言いながらオノノキの顔を思い浮かべた。どちらかと言えばキツそう、不吉そうな外見に読めない性格の彼女。まあでもそれぐらいアクが強くないと重蔵のような大物には釣り合わないのかなとも思った。このまま重蔵の過去を聞くことにも興味があったクダキだが、流石に本人のいない所でそうした話を聞くことはためらわれ、また霧子も何となくその続きを言う事を避けた。

 

 その後クダキと霧子が夕食を食べ終えた頃には数体のディスクアニマルが帰還してきたがどれも空振りであった。仕方なくその日は就寝し、翌朝を待った。だが、翌朝帰還してきたディスクアニマルもまた、魔化魍に繋がる情報を持ち帰ってはこなかった。

「調査方法を変えるか……」

「でもクダキさん、まだ試験型が帰ってきてませんよ」

「マジかよ……失くしたら怒られんのかな俺」

 クダキが言うが早いか、羅紗木兎と蘇芳蝙蝠が彼の元へと帰ってきた。思わず安堵の気持ちに胸を撫で下ろすクダキ。ディスクアニマルたちは自動で円盤形態に変形すると、彼の手に収まった。そのまま中心に空いた穴を変身鬼笛にセットし回転させ、クダキはディスクアニマルが収集してきた情報に耳を澄ました。その表情が見る見るうちに険しいものへと変わる。

「……当たりだ。多分カイチョウ」

「凄い……!これでレポートが書ける……!」

 一通り帰還してきた試作ディスクアニマルの報告に耳を通したクダキは軽く準備運動を行い体をほぐした。

「さて、それじゃあ行きますか」

「あっ、ちょっと待ってください!」

 まさに出撃準備万端であったクダキをしかし、霧子は呼び止めた。

「えっ何?霧子さん?」

 振り返ったクダキの正面に立った霧子は彼に向ってゆっくりと口を開いた。

「前の試験では使えなかった音撃櫃の機能を伝えないと……」

 その瞳は鋭く力強くクダキの顔を見つめていた。思わず、クダキはそこに吸い込まれるように彼女を見つめ返した。

 

―続―

 

・音式神・羅紗木兎(ラシャミミズク)

 「猛士」に所属する鬼たちが使う、ディスクアニマルというサポートアイテムの一種。変身音叉などの鬼が変身に用いるアイテムを用いることで、ディスク型から動物型へ瞬時に変形。同様の操作で命令を入力し、偵察や魔化魍の探索、音声の録音などを行わせることが可能。

 夜間偵察に特化した試作型ディスクアニマル。同様に夜間偵察型として開発された蘇芳蝙蝠と比較し、飛行能力と録画機能に優れている。

 

・音式神・蘇芳蝙蝠(スオウコウモリ)

 「猛士」に所属する鬼たちが使う、ディスクアニマルというサポートアイテムの一種。変身音叉などの鬼が変身に用いるアイテムを用いることで、ディスク型から動物型へ瞬時に変形。同様の操作で命令を入力し、偵察や魔化魍の探索、音声の録音などを行わせることが可能。

 夜間偵察に特化した試作型ディスクアニマル。同様に夜間偵察型として開発された羅紗木兎と比較し、連続稼働時間と録音能力に優れている。

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