響鬼偽伝 まつろわぬ鬼   作:EpoMeta

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九之巻「濯げぬ身体」

 旧煤ヶ澤小学校は全盛期には煤ヶ澤村全域から児童が通学しており、全校児童数五百人が超える時期もあった。児童数の増加に伴い校舎も増改築が繰り返され、設立当初の木造校舎も残しつつ、小学校裏山を切り崩し当時ではまだ珍しかった鉄筋コンクリート造の三階建て新校舎が建造された。幸い土地そのものは大きく、校庭には公園顔負けの大型かつ豊富な種類の遊具が設置され、理科室や音楽室などの特別教室も内装や備品を含め充実していた。

 だがその児童数は、村の主要産業である木炭製造が時代の流れと共に大きく衰退するに伴い大きく減少した。それに伴う財政悪化のため設備や教員の給料などを維持することができなくなり、最終的に廃校となった。金銭的問題により取り壊すことすらできなかった校舎の姿だけが往年の栄華を伝えている。

 その歴史の残骸の中に迷い込んだ一体と四人。大自然の闇から姿を現した人食いの怪物「魔化魍」の一種「ゴキカブリ」。対するは魔化魍の脅威から人々を守る秘密組織「猛士」の一員であり、全身を異形の「鬼」へと変え戦う「オノノキ」と「カッキ」。そして廃村に迷い込んだ一組のアベック。今や魔化魍の巣窟と化した学校から、彼らは無事放課を迎えることができるのだろうか。

 

「まあ自己紹介といこうか。ここからはとりあえず一蓮托生って訳だし。ボクはカッキ。オリエンテーリング団体の職員ってとこ。よろしくね」

 ズボンのポケットから懐中電灯を取り出し明かりをつけると、カッキは皆の顔を見回しながら自己紹介を済ませた。続いて、オノノキに自己紹介を促す。

「オノノキです。カッキと同じです」

 素っ気なくオノノキは言葉を発すると、眼鏡の反射に隠した鋭い目で正面に立つアベックを見やる。彼らはこの非日常の現場に不安そうな表情と態度を隠そうともしない。しかし、黙っていてはどうにもならないと先に口を開いたのは男の方だった。

「『穴江 想(あなえ そう)』です。彼女とは山歩きに来ていたけど、迷ってしまって……」

「『堀田 舞彩(ほった まい)』です……。助かるんですか、私たち……」

 彼らの顔には深刻そうな表情が張り付いていた。舞彩に至っては泣き出してしまいそうだ。カッキはそんな彼らの前に屈み、顔を覗き込んで視線を合わせると、にっと微笑んで見せた。

「大丈夫、ボクたちこう見えて山歩きに慣れてるんだ。それに乗ってきた車がこの学校近くに停めてある。そこまでいけば村からゴーアウェイさ」

 髭の隙間から白い歯を見せてカッキは笑って見せると、彼らの肩を優しく叩いた。彼らの身体の震えは次第に収まり、背負った大きなリュックサックを支えて立った。

「まあ早く出ないと、こんなところ。これみたくなる前に」

 そう言うとオノノキは指先で自分の足元を示して見せた。それは小石か何かにしてはやけに大きく太い。カッキが手にした電灯の明かりで照らして見せると、それは人間の頭蓋骨であった。思わず悲鳴を上げようとした舞彩の口を想が塞ぐ。

「学校の七不思議~って感じではないねぇ。モノホンのホトケさんだ」

 カッキがさらに周囲を電灯で照らすと、そこには無数の骨が転がっていた。周囲にはドブのヘドロに顔を突っ込んだかのような酷い臭いが充満している。かつて少年少女たちが過ごした学び舎は、今では魔化魍ゴキカブリの巣と化していた。

「ん……?」

 「四年二組」と書かれた教室表札の下に倒れていた死体に、カッキはふと目線を止めた。腐りかけてはいるがまだ肉を残したその身体には、まるで巨大な砲弾に撃ち抜かれたような痕があった。その近くには綺麗に切り取られた跡がある手足がいくつか転がっていた。ちらりとカッキはオノノキの方を見ると、彼女も同様にその死体の様子に違和感を覚えていたようだった。

「あの……早くしないと奴が来るんじゃ……」

 おずおずと想が口を開いた。カッキはその声に振り向くと、壁面の一部を照らして見せた。そこには学校の見取り図と矢印が示されていた。

「これ見てよ、避難経路。無事残ってて良かったねぇ。ここが四年二組だから……新校舎なんだ。車を停めたのは遊具の近くだから旧校舎の方に抜けて……」

 そう言うとカッキは光で図面上の廊下を出口に向かってなぞっていく。

「オッケー、オノノキちゃん覚えた?」

「まあ。問題はこの地図からどれぐらいボロになってるか、奴がどう出てくるかだけど」

 オノノキは学校の構造を覚えると静かに教室の扉の前に立ち、校内の様子に聞き耳を立てる。耳に伝わるわずかな物音が廊下などの形状を捉えオノノキに知らせてくれる。

「……ところで荷物が重そうだけど、大丈夫?」

 ふと、オノノキは振り向き後ろに立つ想と舞彩に尋ねた。その問いに彼らの表情が凍りつく。

「いえ、大事なものなので……」

「命よりも?」

「……」

 オノノキの問いに返されたのは沈黙だけであった。オノノキはカッキを見やり懐中電灯を受け取ると、ゆっくりと校内の廊下へ歩みを進めた。

 

「ねぇ、どうしよう……」

 オノノキの後ろを歩く舞彩が想に小声で声を掛ける。その顔は青白く引き攣った表情だ。

「とりあえず何とか逃げるしか……あのバケモンも怖いし」

 想がその声に答えるが、舞彩と同じく生気のない表情をしていた。その更に後ろを歩くカッキはどこともなく視線を泳がせていた。

「あの、さっきはどうして火を……」

 ふと、想がカッキに声を掛けた。先程ゴキカブリに襲われた際、カッキは変身前にも関わらず火を飛ばして魔化魍を攻撃していた。

「あぁ、あれねぇ。実はボク、サイキッカーなんだ。今風に言うと『異能力者』?ってことになるのかな」

 カッキは生まれながらにして発火能力を持つ超能力者であった。より正確に言うと、彼の出身である「神室家」自体が鬼の修業などとは関係がなく超能力を発現する者が多い家系であった。その能力を活かし、神室家は鬼の名門として名を上げてきたのである。

「それじゃあ他にも何か念力とか使えるんですか……?」

「ボクが使えるのは火を出すのだけだねぇ。テレパシーとか使えたら便利なんだけどねぇ」

「へぇ……」

 ぼそぼそと、舞彩が想の後ろから声を掛けた。その問いかけにカッキは微笑みながら答える。

「ところでどうしてお二人はこんなところに?山歩きが好きでも、こんな交通の便が悪いところにわざわざ」

 今度はカッキが彼らに質問を返した。ぎぃ、と廊下の床がきしむ。

「それは……」

「あっ、廃村めぐりが趣味なんです!私たち!何も怪しくなんか」

 口ごもる想の言葉に被せるように、舞彩が少し大きな声でカッキに返した。その声が校舎の静寂に響き渡る。どこかでぶん、と羽音が聞こえた。

 刹那、一気に空気が変わる。湿気が多くじっとりと身体を押さえつけるようなどんよりとした空気。全身を舐めるように纏わりつく邪悪な気配は、鬼ではない想らにも感じられるほどのものだった。その気配に振り返ったオノノキが、手にした懐中電灯でカッキの後ろを照らす。そこには暗闇が殺意を充満させ立っていた。

「しーっ……」

 だが、カッキは動じず口元に指先を立て、沈黙を促すジェスチャーをすると、振り向きざまの回し蹴りでその暗闇を吹き飛ばした。体勢を崩した魔化魍ゴキカブリは、その四本腕と二本足を器用に扱い廊下に取りつくと、牙が生えそろった顎を開きカッキを威嚇する。

「流石にあんまり逃げっぱなしって訳にもいかないねぇ。オノノキちゃん。二人を離して」

 そう言うとカッキは腰に下げていた変身音叉「音獄(おんごく)」を手に取ると、その角を打ち鳴らし清廉な音を鳴らした。そのままカッキは音叉を自らの額にかざす。すると彼の全身は燃え盛る炎に包まれ、その肉体を異形の姿へと作り替えていく。気合の声と共にその炎が打ち払われると、そこに立っていたのは巨大な一本角を頭部に戴く一人の「鬼」であった。

 宙に舞う火の輝きを受け反り返った一本角が鈍く輝く。その先端からは髷のような飾りが垂れ下がっている。鬼に共通した立体化した隈取のような文様は太く大きく発達し、金色に輝く顔を模っているようだ。上半身には古代の剣闘士が纏うような強固な鎧を身に着け、変身前の服を変質させたマントがはためいている。左腕には大きな盾を、右腕には槌を握った鎧の騎士のようなこの鬼こそ、音撃戦士「渇鬼」である。

「バ、バケモン!」

 後ろから舞彩の恐怖の叫び声が浴びせられる。だがそれを意に介することなく、右手に握る「音撃槌・剛骨(おんげきつい・ごうこつ)」を手首を返してくるりと回す渇鬼。左腕に装備した「音撃鉦・炎処(おんげきしょう・えんしょ)」はゴキカブリの方にしっかりと向けられている。

「じゃ、叩いちゃおうか……」

 ゴキカブリの腕の鎌による斬撃を渇鬼は盾で弾き飛ばすと、大きく加速した槌による打撃を胸部に直撃させる。衝撃によろめくゴキカブリ。だが渇鬼は容赦なく更なる連撃をゴキカブリに叩き込む。暗がりのわずかな明かりを拾い音撃槌の先端に取り付けられた鬼石が幾条もの軌跡を描く。その攻撃は、高速移動をこそ得意とするゴキカブリに一歩たりとも動くことを許さない。渇鬼はその連撃の最中、ちらとオノノキの方を見た。その視線の合図にオノノキは頷き応える。

「私たちは先に」

 そう言うとオノノキは想と舞彩の手を握り、彼らを連れて校舎をさらに進んでいく。渇鬼の背中の奥にその影が駆け足で消えていく。視界の端でそれを捉えた渇鬼は、魔化魍に向け一層の打撃を与え彼らが逃げ切れるように時間を稼ぐ。

「鬼幻術・釘火(くぎび)!」

 渇鬼の左手に炎で模られた幾本もの鋭利な釘が握られた。渇鬼は瞬時にそれをゴキカブリに向け投擲する。そのまま突き刺さった釘に音撃槌で打撃を与え、魔化魍の身体を校舎の壁に磔にした。

「これでしばらくは動けないだろうねぇ」

 身動きが取れなくなった魔化魍に対し、だが渇鬼は油断しない。何故ならば長い期間鬼として戦ってきた自分でも、初めて見た魔化魍が相手なのだから。渇鬼はゆっくりと息を吐き呼吸を整えると、落ち着いて魔化魍ゴキカブリの様子を伺った。

 力を込め音撃槌を振りかざした渇鬼。だが魔化魍ゴキカブリの全身が妖しくうごめく。ぶちぶちと音を立てて釘火が刺さった部位がちぎれ、四肢を失いながらもゴキカブリは無理やりにその拘束から逃れた。その身体だけで這い回る姿は正しくゴキブリそのものだ。渇鬼はその姿に音撃槌を振り降ろす。その一撃がゴキカブリの翅を貫いた。だが、力づくでゴキカブリはそれを逃れると、溶解性の体液により床に空けた小さな穴から移動し階下へと姿を消した。

「驚いた。自傷をここまで厭わない魔化魍は初めて見たよ」

 魔化魍は通常の攻撃では損傷することはあっても死ぬことはない。しかし通常の動物と同じように怪我を避ける様子はある。また強い攻撃を受けると苦悶の叫びともいえる咆哮を上げることもある。おそらく痛覚自体は差こそあれど哺乳類などの動物同様に感じているというのが通説となっている。そのため基本的に自傷を行うことはない。だがこのゴキカブリの今の行動は自らに迫る危機を察知し、それを脱するために体の一部を犠牲にしなければならない、ということを瞬時に判断したように渇鬼には思えた。もしそうだとしたら、この魔化魍は戦闘を中長期的な視点でとらえる程度には高度な「知性」を備えているのだろう。

 しかし渇鬼は慌てず、神経を集中させゴキカブリの位置を捉えようとした。だが、校舎内に漂う死体から生じる念が、魔化魍の邪悪な気を攪乱する。

「……逃げられると思わないでねぇ」

 渇鬼は気による探知を諦めると、力を込めた音撃槌の一撃で床板を撃ち抜き自らも階下へと移動した。その渇鬼の顔を覆う金色の太い隈取の奥からは、鋭い視線が見え隠れしていた。

 

 「ろうかははしらない!」と書かれたくすんだ紙が、錆びついた画鋲で壁に留められている。だがその内容を無視して、その横をオノノキらは駆け抜けていく。ぱたぱたと軽い足音が静かな校舎の中に鳴っている。オノノキは記憶した避難経路に従い足を進めるが、崩れた壁や抜けた床、放置された資材などによりやはり道のり通りにはいかなかった。

「うーん、まだ二階か。一階からしか旧校舎側に抜けられないし、しかも新校舎の一階が旧校舎の二階。ややこしや」

 周囲の様子を伺いながら、誰ともなくオノノキが呟く。その後ろを行く想が不安そうに彼女へ声を掛ける。

「あの、あなたももしかしてあのバケモンの仲間なんですか……?」

「バケモン?ゴキカブリのこと?まさか」

「そうじゃなくってさっき鬼みたいな姿に変わった……」

「……渇鬼さんのこと?仲間と言うか一緒に行動してたし」

 オノノキは明言こそ避けたが、暗に自分が同様の鬼であることを彼らに対して認めた。その返答に舞彩が小さな悲鳴を上げる。

「……まさか私たちを!?そこの人たちみたいに」

 舞彩が周囲に散らばる死骸を指しながら言い放ったその言葉に、オノノキは面食らったような表情を見せた。

「え、まさか。最初からその気ならもっと上手くやるよ」

 まあ、この話は終わりにして早く出ないと。オノノキはそう言いながら想らに背を向け歩みを進めた。床板も場所によっては腐っていそうだ。走っていた先程までとは違い、彼女は慎重に踏み出した。嫌な音を立てて床板がきしむ。

「……このままだとやばいんじゃない」

 舞彩が想にだけ聞こえるように細い声で呟いた。その言葉に想は静かに頷くと、背中のリュックをぎゅっと背負い直した。

 ようやく、彼らは新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下にたどり着いた。移動距離にして僅かに数十メートルであったが、一体どれほどの時間歩いたのか想と舞彩には分からない程緊張した道中でもあった。旧校舎の方からは、邪気を祓うかのような鋭く冷たい風が吹き込んできている。

「ここさえ抜ければ、もう少しで帰れる」

 オノノキは想と舞彩に対し、先に旧校舎に向かうように促すと自分は新校舎側にいるであろう魔化魍ゴキカブリを警戒しながら後ろ歩きで彼らを追う形で歩き始めた。

 オノノキの前方に何か湿ったものが落ちる音がした。最大限警戒しそれに注視するオノノキ。落ちてきた影はゆっくりと立ち上がると全身からびちゃびちゃと何やら体液を吹き出している。だが、少し経つとその体液の噴射は止まり、代わりに鎌状に変形した腕へと変わった。ゆらりと立ち上がったその黒い影は魔化魍ゴキカブリだ。

「走って!」

 オノノキがそう言うが早いか、既にゴキカブリはオノノキの懐まで潜り込んでいた。想と舞彩は大丈夫かと後ろを振り向くオノノキ。その視界に入ってきたのは彼女めがけ大きくリュックを振りかぶり殴りかかる想の姿だった。

「ッ!?」

 辛うじて身体を捻りリュックによる攻撃は避けるオノノキ。だがゴキカブリの振るう速度の乗った斬撃が、避けられたリュックを切り裂き彼女の腕を削いだ。切り裂かれたリュックの中身からは、想と舞彩にとって命より大事なものがまろび出た。

「あぁ、そういう事……」

「お金が必要なんだ……。生きるためには仕方ないんだ!」

 想のリュックからは黒いビニール袋に包まれたバラバラの人体がぼとぼとと廊下に落ちた。それも一部分というわけではない。おぞましいことに数人分はある。恐らく、舞彩が背負うリュックも同様なのだろう。確かにこれがばれてしまっては大変なことだ。

「これどくはいってる……」

 そう言いながらオノノキは廊下に倒れ込んだ。地面に転がった誰とも知らない頭部と目線が合う。手で押さえた傷口は表面的な傷とはいえ出血量は多く、ゴキカブリの腕から分泌される毒や廃校の不衛生な環境で増殖した雑菌が傷口からオノノキの体内に入り込み身体機能を低下させていた。

「想ちゃん!」

「舞彩、もう逃げよう!」

 倒れたオノノキには目もくれず一目散に逃げていく想と舞彩。一体どうしてこうなってしまったのか。貧困に悩む中で出会った二人。この出会いを機に何とか正当な方法で二人支え合って生きていこうと誓い合った。だが過酷な労働や低賃金のためにどれだけ頑張っても生活はよくならなかった。この廃校よりマシな程度の狭小住宅の設備で肩を寄せ合う毎日。たまの贅沢は舞彩のバイト先の廃棄弁当を二人で分け合う事でぐらいあった。

 そんな中、想がバイト先で事故を起こしてしまう。過重労働で疲れ切ったが故の判断ミスから生じた事故であったが、その慰謝料や損害賠償は家計からは到底払うことはできない。八方ふさがりの状態。そんな彼らを救ったのは一本の電話だった。

『今すぐ大金が手に入るぞ』

 最後のチャンスだと思って掛けたネットで見つけた電話番号からは、老人の声でそう返ってきた。その業務内容こそ死体をバラバラにしどこかに埋めるという「死体処理」のアルバイトであった。最初こそ既に分解された死体を所定された位置に埋めるというものだった。だが、その後に振り込まれた莫大な金額に彼らは正直面食らった。慰謝料や損害賠償を払い終えてもなお余裕がある大金を前に、もしかしたらこの仕事は違法なものなのではないかという思う心と、これだけの大金を稼ぐことができるならこれからの人生を逆転できるという思う心、心がふたつあった。

 その二つの内、どちらが強かったのかは言う必要もないだろう。見違えるように素晴らしいものへと変わっていく生活環境。広いマンションの一室で値引きされていない弁当を二人分買うことができる。いつしか彼らは死体を運んで埋めるだけでなく、更なる高賃金を求めてその死体をバラバラにする処理も行うようになった。そうした死体を埋める処理先として、廃村となり長い年月が経っていた煤ヶ澤村に目をつけ、幾度となく死体を処理していたのである。

 最初こそ死体を分解することには抵抗があったが、生きていくために仕方のないことだと割り切ってからは早かった。これをしなければろくな生活もできずただ死んでいくだけ。だがこの仕事をすれば贅沢ができ安定した生活を手に入れることができる。その二つを天秤にかけて、どちらがいいだろうか。もう今更正当な生き方には戻れない……。

 渡り廊下の暗がりを走る彼らの前に、一つの光が差し込んだ。ここから脱出すればまだ何とかなるはずだ。自分たちの運命を変えたあの一本の電話のようにどれだけ追い詰められても必ず光があるはず。そう信じ込み、彼らの足取りは一層早くなった。

 

 だが、彼らがその光に手を伸ばそうとしたとき、それは掻き消えた。

「オノノキちゃん!」

「!?」

 その光の正体は全身から燃える闘気を放つ音撃戦士渇鬼の姿であった。火炎が全身の鋼の筋肉に反射し煌いている。新校舎から旧校舎に向かう際には必ず渡り廊下を通る。ならばオノノキらはもちろん、ゴキカブリも必ず通るはずだと考えた渇鬼は、新校舎の窓から飛び出し一度旧校舎に向かった後、そこから引き返す形で渡り廊下にたどり着いたのである。そして金色の隈取の隙間から覗くその視線は、倒れ伏すオノノキ、迫る魔化魍、そして想が背負っていたリュックの中から転がる死体を一気に捉えた。

「バ、バケモン!」

「うわあぁぁぁ!」

 口々に悲鳴を上げる想と舞彩は、目の前に突如現れた鬼の姿に恐怖した。だがそれも一瞬。突き出された渇鬼の手のひらが想と舞彩の頭に覆いかぶさると、その腕を通じて放たれた衝撃が彼らの脳を揺らし脳震盪を起こさせ気絶させた。受け身さえ取れず廊下に倒れ込んだ二人。

 渇鬼のその行動に獲物を奪われたと感じたゴキカブリは再生させた翅を広げ、学校の廊下という非常に狭い空間でありながら飛翔し渇鬼へと襲い掛かった。四本の腕から放たれる毒の斬撃。その全てを盾である音撃鉦で弾き、そのままゴキカブリの全身を壁面へと叩きつけた。間髪入れず渇鬼は鬼幻術・釘火を放ち魔化魍の全身を壁面へと縫い留める。さらに渇鬼は音撃鉦を魔化魍向けて投げつけその動きを完全に拘束する。音撃鉦は一般的に言われる音撃鼓と同様の音撃増幅装置としての役割を持っているのだ。音撃鉦は魔化魍の動きを封じながら適した大きさへと広がり、清めの音を放つ用意を整えた。

「音撃奏・火炎降魔(かえんごうま)!」

 火を纏いながら大きく振りかぶった音撃槌を、渇鬼は音撃鉦へと振り降ろす。重い音色の荘厳な清めの音が周囲に響き渡る。太鼓のような複雑なリズムも、管楽器のような複雑な呼吸も、弦楽器のような複雑な指さばきもない。ただ大自然の調律に合わせそれに寄り添う音撃槌による清めの音が数度鳴り響くと、魔化魍ゴキカブリの全身は清められ土塊へと還った。

 魔化魍を清めたことを確認すると、渇鬼は変身を解いた。そして倒れたままのオノノキへと駆け寄り、その身体を抱き起した。

「オノノキちゃん!オノノキちゃん!」

「……カッキさん、ヘマしちゃった。大丈夫、毒?」

「え、毒あったの!?ボクは大丈夫だけどオノノキちゃんそれじゃあ!」

 焦るカッキに対し、オノノキはあくまで冷静だった。乱れていた呼吸を整えると静かに口を開いた。

「大丈夫。絞り出すから、今」

 そう言うとオノノキは瞼を閉じ集中すると、出血を押さえていた手を傷口からどかした。既に傷口はふさがりかけている。その傷口から一際黒ずんだ液体が噴き出した。その液体は床にかかるとわずかに床板を溶かした。

「まさか、オノノキちゃん……」

「触らない方がいいですよ。それ、毒です」

「そこまで体内操作できるとはね……!素直に驚いたよ、ボク」

「変身しとけばよかった。鬼の状態なら大丈夫だったのに、この程度の傷」

 鬼は全身を鍛えぬいている。それは大前提だが、オノノキは臓器や筋肉、血管といった文字通りの全身全てを鍛え抜き、その動きを常時コントロールしている。もはや魂の知覚と言っても過言ではないその身体操作能力により、オノノキは体内に入り込んだ毒物が全身に回らないようにまとめ、傷口から排出したのである。副次的な効果として、自身と他者の境目の知覚に長けており、先の音撃戦士御剣鬼との戦いの際、彼の全身を覆う呪詛の文字だけを識別し変身者の実尋から取り除いたのも、こうした技能によるものである。

「……どうしますか、そこの犯罪者」

 オノノキは大きく深呼吸をして傷口を完全にふさぐと、廊下に倒れている想と舞彩の姿を見る。倒れ込んだ衝撃で開いた舞彩のリュックからも、想のものと同様の黒いビニール袋が顔を出していた。

「今回ばかりはまず警察だねぇ。鮎川のじいさんにも来てもらおうか。このままだとボクたち帰れないし」

「カッキさんが酔ってなければなあ」

 オノノキは何とか立ち上がるもその足取りにはふらつきが残る。カッキは彼女の肩を支えると、ゆっくりと渡り廊下を歩き始めた。廊下の中ほどに倒れていた想と舞彩をカッキは担ぎ上げると、オノノキはそこで声を掛けた。

「……もし、人間に襲われたらどうしますか?カッキさんなら」

 オノノキの目線は想と舞彩に向けられている。それに気づいてか気づいていないのか、カッキはどこか遠くを見ながら考え込んだ。

「状況にもよるけど、鬼を脅かすほどだったら殺しちゃうかな。そういう役割だからねぇ」

「……」

 カッキの足元の渡り廊下の床が音を立てる。オノノキが立つ旧校舎の床板は新校舎と比べ状態が良いのか、歩いても音を立てなかった。

 

 空が次第に白み始めた頃、旧校舎の横に数台のパトカーが到着した。想と舞彩を乗せたパトカーが警察署に向け走り去っていくと、それと入れ替わりに救急車が到着した。猛士に縁があるという医者を乗せた救急車にオノノキは搬送されていった。カッキは残された警察官らと共に廃校に残された数多くの死体の実況見分に同行した。数十年放置されていた廃校の惨状に、警察官は皆驚きを隠せなかった。そして朝になってから到着した鮎川は隣町に住むベテランの「歩」も連れてきており、調査と東北支部への連絡を行った。

「じいさん、こんな結果になってしまって申し訳ない」

 粗方調査を終えた昼頃、カッキは鮎川に頭を下げた。鮎川はその行動に驚き、頭を上げるように促した。

「いや、カッキさんが頭を下げることなんてない。それよりも魔化魍だけでなくこんな犯罪が起きていたなんて……」

 死体遺棄は鮎川のように平凡な人生を送っている人々にとっては衝撃的な事件であることは間違いない。しかも見つかった死体は相当数だという。その事件の現場が地元だということは彼にとって大きな衝撃だった。

「じいさんも気を落とすな、というのが無理かもしれないけどねぇ。美味しいご飯食べて元気出そうよ」

 カッキのその言葉に応えるように、隣町の「歩」が鮎川を励ますように肩に手を置いた。

「……そうですね!」

 鮎川は彼らの心遣いに笑顔で答えて見せた。その表情にはまだ影が残るが、だが自分にできることを一つでもやっていこうという決意が見えていた。

「さて、それじゃあお昼だし、お二人のおすすめのご飯食べに行こうかぁ!」

 そう言うとカッキは車の助手席にどっかりと座った。

「じゃっ、運転をお願いします。ペーパードライバーなんだ、ボク」

 実にさわやかな口調で、カッキはそう言った。

 

―続―

 

用語:煤ヶ澤(すすがさわ)村

 市の木:クヌギ

 市の花:キヌガサソウ

 某県内陸部に位置する廃村。現代では近隣にある某町に吸収合併され、某町煤ヶ澤地区としてその名を残す。

 往年は木炭製造と農業生産を背景に繁栄し、小学校などの教育施設や病院も独自に持つほどの急成長を遂げた村であったが、技術進歩により日頃利用される燃料が石油や天然ガスへと転換していくにつれ財政は傾き、また都市部への交通アクセスの不便さから人口自体も減少していった。

 合併間近の末期には財政は大いに悪化し、廃校となった校舎なども村で取り壊すことができない程で、往時の主要な市街部などは取り壊されることなく無人状態の廃屋のまま残されていた。今ではこの村に住む人間は少なく、かつての某町との町村界近くにわずかに居住者を残す程度である。

 村の中心部にあった旧煤ヶ澤小学校は大規模な死体遺棄事件の現場となり、事件発覚後ようやく取り壊された。それに伴い旧村中心部の再整備が進み、多くの廃墟が解体された。現在、旧煤ヶ澤小学校跡地には石碑と、地元の有志が建てた死体遺棄事件の犠牲者を弔う小さな慰霊塔だけが残されている。

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