最強勇者パーティー(9割マザコン)から追放された賢者(みんなのお母さん)ですが、皆が中々、母離れしてくれなくて困ってます 作:塩ようかん
この日もまた、アナムは朝の書類作業から苛つきを隠す事が出来なかった
「ええい……! またマスターエンシスの親族を名乗るものからの手紙か! こっちは生き別れた母……こっちは弟……こっちは叔母……あぁ、もうっ! 揃いも揃って判子でも押したように似たような設定の似たような文章を送りつけやがって!! お前ら連携して手紙の文面を作成してるのかっ!!」
自身のデスクの上に山のように積まれた書類、報告書、請求書、仕事の依頼書、そしてエンシス宛に届いた手紙を整理しつつアナムは盛大に毒づき、苛立ちのままに机を叩く。この時ばかりは仕事場で個室を持つ事が許された部隊長と言う己の立場に心底、感謝していた
「……っはぁ……落ち着け……落ち着くんだアナム……苦労して手に入れた部隊長と言う地位をこんな下らない事で手放すつもりか?」
次々と腹の底から沸き上がる怒りを必死に堪えつつ、机に突っ伏しつつアナムは自分に言い聞かせるように呟く。昔の、少なくとも幼少期の自分はこれほどまでに怒りやすくは無かったような気がする。ではそのきっかけは何かと考えて見れば魔術を知り、炎魔法が自身に合ってる事を理解して徹底的に磨き始めた頃からなのだが………
「待て待て、今はそんな若い魔術師達や冒険者達で流行ってる得意魔法から推測する占いモドキの話なんてどうでもいい。大事なのは魔法関係でもマスターエンシスの役に立つことだろ」
一瞬、脳裏によぎった世迷言じみた考えを頭を振って振り払うとアナムはその脳裏に自身が最も尊敬し、師と仰ぐこの魔術王国の頂点に立つ男、マスターエンシスの事を思い浮かべる
エンシス
それは魔術界隈に置いては300年前、突如として現れた伝説的な竜人族の魔術師。竜人族と言うあまり見ない種族名だけ見て『リザードマン紛い』と嘲笑した魔術師達を溢れるばかりの実力と才能で黙らせ、あっという間に魔法界でも5本の指に入るトップクラスの魔術師として名を轟かせた天才。それがエンシスだった
そんなエンシスの名を知ったアナムはその圧倒的実力、そして誇りは持てど決して驕らぬ高潔な精神性に心底惹かれ、15年前から彼の元で師事を受けていた
憧れのエンシスの元で修行するアナムは文字通り身を粉にして必死に学び鍛え上げ、異例の速さでローブの色を見習いの純白から一定の実力が認められた事を示す1条線入りを飛び越え、いきなり2条線に変え、つい2年前には炎の魔法を認められ、白がすっかり朱に染まった専用の赤いローブに変え、更には本体から数えれば末席ではあるが部隊長の1人にまでアナムは認められていたのだ
それは正に本に書いたような鮮やかな出世物語であり、近頃に至っては若い魔術師達の中にはアナムに憧れの視線を向ける者まで現れ初めていたのだ
「そうだ……このままでは駄目だ。よりマスターエンシスのお役に………部隊長として相応しい姿で無くては………」
だがしかし栄光に彩られている筈の当のアナムの心境は全く穏やかでは無い。現にそう呟きながら頭を抱えるアナムの目尻にはストレスによる睡眠不足で隈が浮かび、失礼に当たらない最低レベルで誤魔化している肌は荒れ始めていた
自分の実力が周囲に正当に認められて出世する。それ自体は素晴らしい事で間違いは無いのだろう。だがしかし、アナムの場合はエンシスへの憧れと持ち前の才能で本来は時間をかけてゆっくりと進むべき道を無理があるレベルで駆け抜けてしまっていた。つまり、ここに来てその反動がアナムを蝕み始めていたのだ
そうしてその日、部下達に対処を請われる形でアナムはティアーナと対面する事になったのであった
◇
「我々も暇では無いからな。魔法を放つ速さが物を言うシンプルなルールで行くぞ。お前も魔術師決闘の基本ルールは知っているだろうな?」
ティアーナの正面、5歩ほど先に立つアナムがそう告げる。先程よりは幾分か落ち着きを取り戻したようではあるが未だにティアーナへ向ける殺気は変わってはいない
門での騒動から十分程の時間が過ぎ、ティアーナは正面からアナム。背後から見張り役の魔術師2名によって誘導される形で魔導王国の外周部。見張り役の兵士の為に建てられた休憩小屋の前の空き地へと連行されていた
普段からそこで魔導王国の兵士達が魔術の訓練や模擬戦闘をしているのだろう、空き地の地面には呪文がが書かれたタイルが複数埋め込まれ、よく見れば石には少し削れたような跡や強い熱で部分的に溶けた痕跡まで残っていた
円の広さは端から端まで大人5人が手を繋げばどうにか届く程度。その円の中央でティアーナとアナムは互いに杖を構えて対面していたのだ
「試合開始の合図は正午の鐘。ルールは相手の殺傷禁止、相手を先に円の外に弾き飛ばした方が勝ち、それだけだ。……怖気付いたなら降参する最後のチャンスだぞ?」
「(う、うーん……どうしましょう……)」
だが対面する両者の心境は大きく異なる
片や日々のプレッシャーや不安からなるストレスをエンシスの師を名乗る不届き者にぶつけようと必要以上に憤るアナム
片や自分の見積もりが甘かったのとは言え決闘にまで発展した事に未だに戸惑いがく拭えないティアーナ
この時点でメンタルと言う一点においては圧倒的にアナムがティアーナを上回っていたのだ
「(現代魔術師の基礎知識さえ疎かな女とは言え相手は魔族。……と、なるとそこらの雑魚よりさ遥かに魔法の扱いには慣れている筈だ。相手を格下だと思って油断して負けた魔術師の話などいくらでもあるかが……この私がそんな轍を踏んでたまるか)」
そして、この状況の中でもアナムの頭は怒りに駆られながらもまだ冷静に相手を分析する余裕を持ちティアーナを分析していた
大陸各地から種族を問わず優秀な魔術師が集まっている魔導王国にも当然ながら魔族がいる為、アナム自身は魔族に嫌悪の感情は持ってないが仲間達の模擬戦に加え、実戦での経験故に魔族と言う種族の戦い方を掴んでいた
「(ならば狙うは初手確殺! 僅かな差でも確実に先手を取って圧倒的な火力の一撃を放ち下手な小細工も防御も何もさせないまま打ち破る!)」
その上でアナムが選んだのは有無を言わせぬ初手決着。当然、それは理屈こそは間違っていない。そして背負うリスクも大きいがアナムはそれをしっかり理解し、理解した上で相手の手を叩き潰せる秘策。それこそ彼がこの地位にまで上れたと言える程の強力な一手があった
と、そんな風にアナムが策を練り、魔力を蓄積する最中もゆるゆると空を昇り続けていた太陽はゆっくりと頂点に立ち
ゴォォン……
魔導王国の塔に設置された鐘がそれを検知し、正午を知らせるべ蓄積されていた魔力を用いて鈍く鳴り響く
「「!!」」
その瞬間、弾かれたようにアナムとティアーナは全く同時に動き、降ろしていた杖を構え魔法を放つ
「ファイヤボールッ!」
そのギリギリを制し、ティアーナより僅かに早く魔法を放つ事に成功したのはアナムだった
「(ファイヤボールは攻撃魔術の中では基礎の魔法。それ故に疎かにする者もいるが……使い手次第、例えばマスターエンシスならば一発で城壁を破壊する事も可能だ。それに何より……)」
アナムが術を唱えた瞬間、杖からは急激に炎が噴き出ると一つの火球を形成してゆき……
火球が八割ほど出来た瞬間、それが陽炎のようにぶれ、一つ、二つと火球の周囲に花弁のように作られていくと、最終的に6つの火球が同時に生まれた
「(これが私の特技『6重詠唱』! 一発あたりの効果は本来の7割に落ちる、6重に放つ事が出来るのは同じ術のみ、複雑な術は放てない等の弱点はあるが………それでも7割に落ちたとしても私のファイヤボール6発を完全に防ぐ方法はこの短時間では存在しない! この勝負……勝った!!)」
真っ直ぐにティアーナ目掛けて飛んでいく6つのファイヤボールを見ながらアナムが勝利を確信したその瞬間
「ガハッ!?」
凄まじい衝撃でアナムが円の外へとぶっ飛ばされていった