銀時は人混みの中を歩きながら、視線を彷徨わせていた。
「おいおい……どんだけ人が多いんだよ。こんな人混みから一人探すなんて……。」
ボヤきながら歩を進めていたその時、不意に背後から冷たい声が響いた。
「苦労したぜ。なぁ銀時?」
その声に銀時は反射的に木刀を抜こうとする。しかし次の瞬間、腰のあたりに冷たい刃が押し当てられる感触が走った。
「動くなよ……」
銀時はその言葉にわずかに顔をしかめた。
人混みの喧騒が遠のき、周囲の気配が薄れる中、銀時は鋭い視線を背後へ向ける。
「白夜叉と恐れられてた男が、こうもあっさりと後ろをとられるとはな。」
冷たい刃越しに、不敵な笑みが伝わってくる。
「銀時、テメェ弱くなったか?」
銀時は軽く舌打ちをしながら低く問い返した。
「高杉、今日は何しに来やがった。」
「おいおい、敵に目的を聞くたぁ野暮ってもんだろ?」
高杉の口調は余裕に満ちていたが、その目には冷たい光が宿っていた。
「仕方ねぇ、牙が抜けちまったテメェに教えてやるよ。」
「……。」
「俺は平和ボケして牙を無くした奴らを消しに回ってんのさ……こうやってな!!」
腰に押し当てていた刀を振り抜こうとした瞬間――
ザシュッ
銀時の手が刀身を掴んだ。刃を握り締める銀時の手からは、ポタポタと血が滴り落ちる。
「高杉……見くびってもらっちゃ困るぜ。」
銀時は振り返らず、低く静かな声で言葉を吐き出す。
「獣くらい俺だって飼ってる……。」
高杉は刀を振り抜こうとするが――
動かない。
「……う、動かねぇ……!!」
高杉は心の中で焦りを覚えた。銀時の手の力が、刀身を完全に押さえ込んでいる。
「ただし、俺の獣は白い獣でな……え?名前?」
銀時はそう言うと、振り返りざまに拳を強烈に高杉の顔面に叩き込んだ。
ゴッ!!
高杉は銀時の拳をまともに受け、一歩後ろに下がった。
「定春ってんだ!!」
銀時は高杉を一瞥し、気だるそうに肩をすくめる。
「じゃあな、自己厨二病患者……」
言い捨てると、銀時はその場を後にした。
その後
高杉が立ち尽くしていると、後ろから別の声がした。
「失敗か?」
高杉が振り返ると、そこには桂が立っていた。
「ヅラか……見ての通りだ。」
高杉は顔の端を拭いながら、苛立たしげに呟く。
「戦況を見誤ったぜ。とうに牙なんか無くなってるとは思っていたがな。」
桂はその言葉に冷静な視線を向けながら、静かに口を開く。
「高杉、あいつはお前と違って守るものがあるのだ。」
「……。」
「お前みたいに壊すことしか考えない奴は、ただの獣だ、高杉。」
高杉は静かに笑いながら、刃を鞘に戻した。
「獣で結構だ……俺はただ壊すだけだ。獣の唸りが止むその時までな。」
高杉の言葉を聞き、桂は静かに目を伏せた。
「壊すだけの獣……か。」
人混みの中、高杉の背中が消えていくのを、桂は黙って見送った。
その頃、新八と三玖は、祭り会場の隅にあるベンチで銀時を待っていた。
本来であれば、新八が三玖を二乃たちのいる屋上まで連れて行く予定だったのだが、移動中の人混みで三玖の足が踏まれ、痛みで歩けなくなってしまったのだ。
「……遅い……銀ちゃん、大丈夫なのかな……。」
三玖が不安げに呟く。
新八は銀時のことを思い浮かべながら、優しく笑いかけた。
「大丈夫ですよ。三玖さんは知らないかもしれませんけど、銀さん結構人情派だし、約束は守る人ですから。必ず帰って来ますよ。」
三玖はその言葉に少し安心したように頷きつつ、ベンチに寄りかかった。
「……でも、銀ちゃんって変わってるよね。何を考えてるのか、よく分からない。」
「それ、俺たちも同じですよ。」
新八は苦笑いしながら続ける。
「前にも言ったように銀さん、普段はやる気なさそうに見えるけど、肝心な時には絶対に頼りになるんです。まぁ、それまでがぐだぐだすぎて、正直こっちはヒヤヒヤもんですけど。」
「……銀ちゃんらしいね。」
三玖は少し笑いながら呟いた。
新八は腕時計に目をやり、立ち上がった。
「そろそろ僕、一度屋上の様子を見てきますね。もしかしたら銀さんもそっちに行ってるかもしれないし。」
「……うん、大丈夫。」
三玖は少し寂しげな表情を浮かべたが、新八の言葉に頷いた。
新八は振り返りながら、三玖に指差して注意を促す。
「でも、絶対にここから動かないでくださいよ!足も痛めてるんだし、もし誰かに声をかけられても無理してついていっちゃダメですからね!」
三玖は微笑みながら返事をした。
「……分かってる。」
そうして新八が屋上へ向かうためにその場を離れると、三玖は一人ベンチに座り、花火をぼんやりと眺めていた。
「あれ、一花ちゃん?」
突然、後ろから声がかかった。振り返る間もなく、腕を掴まれる。
「早く来て!もう時間がないんだ!」
「……え?」
三玖は困惑する間もなく、腕を引っ張られて人混みの中へ連れて行かれた。
数分後
新八が戻ってくると、ベンチは空っぽになっていた。
「三玖さん?どこですか!」
新八は辺りを見回したが、三玖の姿はどこにも見当たらない。
その時、背後から声がした。
「おい、新八。」
振り返ると、銀時がこちらへ歩いてくる。
「銀さん!ちょうど良かったってどうしたんですかその手!」
新八は血が垂れている銀時の手を心配する。
「……色々あってな。それより、ヘッドホンは?」
その問いに、新八は焦ったように顔を青ざめさせた。
「それが、戻ってきたらいなくなってたんです!銀さん、どうしましょう!」
銀時の表情が険しくなった。
「……ちっ。分かった。手分けして探すぞ。」
銀時と新八が人混みを歩き回っていると
「銀時!新八!」
少し離れた場所から、上杉の声が聞こえた。振り返ると、上杉と一緒にいる一花が駆け寄ってくる。
新八は息を整えながら尋ねる。
「上杉さん!一花さんを見つけたんですね!」
「いろいろあったがな事情については移動しながら話す。」
上杉が少し険しい表情で答える。
一花「それより、早く三玖の元へ急がないと」
上杉「あぁ確かにな」
銀時「ちょっと待て!お前らアイツを見たのか?」
上杉「あぁ見た。どうやらコイツと見間違えたらしくてな」
新八「いやそれだけじゃ全然状況が読めないんですけど……」
上杉「とにかく急ぐぞ!!」
銀時「で?なんでお前は三玖の野郎がどこに行ったのか知ってんだよ?」
上杉「実はな」
ーーーーーーーーーー(ここからは上杉サイドです銀時たちに話す内容より多くなりますが、状況把握のためご了承ください)
夜空に咲く最初の花火の音が、三人の耳に鮮やかに響いた。
二乃が階段を先頭に駆け上がり、屋上にたどり着くと、そこには広がる絶景の花火大会の眺め。
だがしばらく待っても――そこにいるのは二乃、上杉、新八の三人だけだった。
新八は手を広げ、周囲を見渡しながら呆れた声を上げる。
「……すいません。しばらく待っても誰一人ここに来てないんですけど。」
二乃は思わず「はっ」とした表情になり、頬に手を当てる。
「あっ……どうしよう……よく考えたら、今年のお店の場所、私しか知らない!」
新八は額に手を当て、信じられないとばかりに声を張り上げた。
「えぇぇ~~~!?なんでそれをもっと早く言わないんですか!!」
上杉はそんな二人のやり取りを冷静に聞いているようだったが、やがて呟く。
「……花火なんて、いつどこで誰と見たって同じだろ?」
その言葉に二乃の表情が一変する。
彼女は一歩近づくと、上杉の胸ぐらを掴み、怒りを爆発させた。
「アンタ……もう一度言ってみなさいよ!!」
その勢いに新八が慌てて二人の間に割って入る。
「ちょっと落ち着いてくださいよ!二人とも!こんな時に争ったって仕方ないでしょう!」
二乃は「フン」と鼻を鳴らし、渋々手を離す。
一方、上杉は無言で二乃を見返すだけだったが、どこか居心地悪そうに視線を逸らした。
新八は深いため息をつくと、上杉に真っ直ぐ向き直った。
「上杉さん。あなたはもう少し人のことを考えて発言してください。そうじゃないと、いくら勉強ができても社会では上手くいきませんよ。」
上杉は何も言わずに視線を落とす。その沈黙に、新八は今度は二乃の方に目を向けた。
「二乃さん。今日、皆さん妙に張り切ってましたよね?特に姉妹思いのあなたがここまで感情的になるなんて……。この花火大会には何か特別な意味があるんですか?」
二乃は一瞬ためらったが、やがてぽつりと語り始めた。
「……花火はね。死んだママとの思い出なのよ。」
その言葉に、新八と上杉は目を見開いた。
「ママは花火が好きだったから、毎年、私たち五人を連れて一緒に見に行ってたの。ママがいなくなってからも、毎年五人揃って花火を見るのが、私たちにとっての儀式みたいなものなのよ。ママとの思い出を忘れないためのね……。」
二乃の声は少し震えていたが、しっかりと前を見据えていた。
「だから……あんたたちが思ってる以上に、私たちにとって花火って大事な……。」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、上杉が突然頭を下げ、土下座した。
「すまなかった!!」
二乃は驚きで声を詰まらせる。
「え?何……どうしたの?」
上杉は地面に頭を擦りつける勢いで謝罪を続ける。
「事情を知らなかったとはいえ、お前たちにとって大切なことを俺は軽く見て傷つけてしまった。」
顔を上げ、真剣な表情で二乃を見つめる。
「そのお詫びと言ってはなんだが……俺が必ず全員で花火を見られるようにすると、ここに約束する!」
二乃はその言葉に目を見開く。
しばらく黙り込んでいたが、やがて小さく息を吐き、頬を掻く。
「……フン!口ならなんだって言えるわ。でも……任せたわよ、アンタたち。」
上杉は力強く頷く。
「あぁ!」
その瞬間、息を切らせて階段を駆け上がってきた新八が口を開いた。
「上杉さん!一花さんと三玖さん、それに銀さんを見つけました!」
上杉は驚いて新八に向き直る。
「何!?どこだ!」
新八は落ち着いて状況を説明する。
「三玖さんと銀さんは僕が追います。一花さんは上杉さんがお願いします。」
上杉はその提案を即座に受け入れた。
「任せておけ!」
新八はさらに二乃に視線を向けた。
「二乃さんは、探索中の他のメンバーに連絡を取ってください。」
二乃は少し戸惑ったが、すぐに頷く。
「わ、分かったわ!」
上杉は新八に視線を戻し、拳を軽く突き合わせる。
「じゃあ、行くぞ!」
新八もそれに応えるように頷いた。
「はい!」
二人は勢いよく階段を駆け降り、それぞれの目的地に向かっていった――。
夜空には次々と花火が咲き、二人の後ろ姿を明るく照らしていた。
それからすぐに、上杉は人混みの中で一花の姿を見つけた。
(あれは……一花か!?)
「一花!」
思わず声をかけると、一花が振り返る。彼女は少し驚いた表情で、しかしすぐにほっとしたように微笑んだ。
「……風太郎君……!」
上杉は駆け寄り、少し息を整えながら尋ねる。
「こんなところで何してるんだよ?」
一花は困ったように目を伏せる。
「……この人混みだから剥がれちゃって……風太郎君もみんながどこにいるか知らない?」
上杉は一花をしっかりと見つめながら答えた。
「……他の奴らはお前と三玖を探しに散らばってる。」
「そうなんだ……お互い大変だね〜。」
一花は少し冗談めかした口調で言ったが、その声にはどこか寂しさが滲んでいた。
「……何があった?」
上杉は彼女の様子がおかしいことに気づき、真剣な表情で問いかける。
一花は少し言い淀んだが、やがてぽつりと口を開いた。
「……私、みんなと花火見られないから。」
「……っ……一体何が……!?」
「電話の相手、バイト先の人なんだけど……急なお仕事頼まれちゃって……だから花火は見に行けない。」
その言葉を、彼女はなるべく明るい調子で伝えようとしているようだった。
「……どうしてもか……?」
上杉の声には焦りが滲む。
「うん。どうしても行けない。」
一花は静かに頷き、続けた。
「これはまだみんなにも言ってないんだけどさ……。」
上杉は言葉を失い、ただ一花を見つめる。
「……ごめん、人待たせてるから。」
一花は小さく頭を下げ、歩き出そうとした。
「お、おい待ってくれ!ちゃんと説明を――!」
上杉が彼女を引き止めようとした瞬間、誰かが不意に彼の腕を掴んだ。
――変な髭のオジサンだった。
「君、誰?」
少し変わった声とともに、鋭い視線が上杉に突き刺さる。
上杉は驚きつつ、その手を振り払おうとする。
(……いや……あんたこそ誰だ!?)
オジサンは構わず問い詰める。
「一花ちゃんとどういう関係?」
「……え?」
唐突な質問に、上杉は困惑した。
(関係……?俺と一花は家庭教師としての関わりだが、それ以上でも以下でもない……。友人……関係者……いや、知人……だな。)
答えを見つけた上杉は、堂々と宣言する。
「知人ですが……!」
しかし、次の瞬間、彼の言葉は空気に消えた。
(……あれ?一花がいない……!?)
上杉は辺りを慌てて見回すが、一花の姿はすでに見えなくなっていた。
「知人ですが――!?」
上杉は思わずその場で叫んだが、返事をする者は誰もいなかった。
一花を探していた。
上杉は一花がいなくなったが、この人混みの中で遠くへ移動するのは無理があると、咄嗟に判断して辺りを探すことにした。
(あいつ、どこ行きやがった……?)
会場の喧騒の中で、辺りをキョロキョロと見回していると、突然誰かが上杉の袖を掴んだ。そのまま路地裏に引き込まれる。
(この感じ……間違いない、一花だ。)
上杉が振り返ると、案の定そこには一花の姿があった。
「ねぇ、風太郎君。」
一花は落ち着いた声で問いかけてくる。
「ちょっと聞きたいことがあるの。どうしてそんなにお節介を焼いてくれるの?私たちの家庭教師だから……?」
「……」
「答えられないんだ。………うん、じゃあそういうことだから!」
一花はそっけなくそう言うと、上杉を振り切ってその場から離れようとする。
「待て!」
上杉はすかさず彼女の袖を掴み、壁際に押しやる形になった。
「鬼ごっこは終わりだ、一花。」
壁に手を置き、逃げ道を塞ぐ。
「……風太郎君にしては大胆だね。」
一花は目を細め、挑発するような笑みを浮かべた。
「……そういうつもりじゃないが、お前が俺から逃げようとしたのは事実だ。本当のことを話せ。」
「勉強熱心な風太郎君にはわからないよ。」
「勉強熱心で悪かったな。」
上杉は少し眉をひそめながら言葉を続ける。
「だけど、お前たちがこの日をずっと楽しみにしてたのは知ってる。なのに、お前はそれを見ないで違うことをしようとしてる。なんでだよ?」
その時、路地の奥で先ほど見た髭の男が現れた。
「……そっか。」
一花がふっと微笑む。
その言葉のあと、一花は思いがけない行動に出た。
彼女は壁に置かれた上杉の手を取ると、自分に引き寄せるようにして互いに抱き合う形にした。
「お、おい……!いつまでこうしてるんだ。」
上杉は戸惑い、顔を赤らめながら問いかける。
「ねぇ、今の私たちって他人から見たら、やっぱりカップルに見えるのかな?」
一花が微笑みながら言う。
「そ、そんなわけないと思うぞ……欧米じゃないんだからな。」
「そっか……本当は友達なのにね。なんだか、悪いことをしているみたい。」
上杉は一花の鼓動が自分に伝わってくるのを感じた。
「……俺たちって友達なのか?」
と思わず問い返す。
「え?友達じゃないの?」
「どちらかというと、教師と教え子の関係じゃないのか……?」
「なにそれ、風太郎君ってめんどくさいタイプの人だね〜。」
一花はドン引きしながら言った。
「……っ、なんだよそれ。」
上杉は微妙な表情で返す。
「しっ、静かに。」
一花が急に手を伸ばし、上杉を黙らせる。
「もしもし、少しトラブルがあって……撮影の際は大丈夫ですので……。」
先ほどの髭の男が誰かに電話をしている声が聞こえた。
(撮影……?まさか……こいつの仕事って……。)
「その人ね、実はカメラマンなの。」
一花が路地の奥を指差しながら、上杉に耳打ちするように言う。
「私はそこで、カメラアシスタントをやらせてもらってるの。」
「風太郎君、今『勉強大丈夫なのか?』って思ったでしょ。」
一花は少しだけ頬を膨らませながら言った。
「そんな風太郎君に聞きたいんだけどさ、風太郎君はなんのために勉強をしてるの?」
「……それより俺の質問に答えろ。」
上杉は真剣な表情で問い返す。
「どうして五人で花火を見れないんだ!」
「……教えない。」
一花はぷいっと横を向いた。
「だって風太郎君は、私たち友達じゃないって思ってるみたいだし……。」
「こ、コイツ~~!」
上杉は歯ぎしりをしながら苛立ちを抑えようとした。
その時、どこからか急いで叫ぶ声が聞こえてくる。
「早く早く!時間が間に合わないんだってば!!」
「……え?」
上杉と一花が声の方向に顔を向けると、髭の男に手を引かれていたのは――。
「「三玖!?」」
二人の声がハモった。
「まさか、私と間違えて……。」
一花は目を丸くして呟く。
「とにかく!」
上杉が気を取り直し、駆け出す。
「面倒になる前に急ぐぞ!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜の花火大会会場。人混みを縫いながら走る銀時たちの足音が、遠くの花火の音に混じって響く。銀時は前を走りながら振り返りもせず、淡々と話し始めた。
「ってわけで、三玖を追ってたらお前らと合流したってわけだ。」
新八が横を走りながら息を整えつつ問いかける。
「ってことは、このままだと三玖さんが一花さんの代わりに仕事を受けることになるってことですよね?」
後ろを並走していた一花が眉をひそめながら俯き、ぽつりと口を開いた。
「……ごめん。私が勝手な行動をしたせいで………」
新八も上杉も一瞬何も言えずに沈黙する。ただその沈黙を破ったのは、銀時だった。
「謝んじゃねぇよ。」
「え?」
一花が驚いたように顔を上げる。
銀時は前を向いたまま、一切足を止めずに言葉を続けた。
「まだ謝んな。まだアイツが仕事場に連れて行かれたって決まったわけじゃねぇだろ?」
「……でも、もしそうなったら……」
一花が不安そうに呟くが、銀時はその声を遮るように力強く続ける。
「今、俺らがすべきことは三玖を一刻も早く見つけてやることだ。」
銀時の声はどこまでも真っ直ぐで、強い意志が込められていた。
「結果が決まるまで諦めんじゃねぇ!!」
その言葉に、一花はハッとしたように銀時の背中を見つめる。彼女は一瞬躊躇した後、小さく頷いた。
「……うん、分かった。」
新八が少し笑みを浮かべて銀時の横に並ぶ。
「銀さん、たまには良いこと言いますね。」
銀時は鼻を鳴らしながら軽く肩をすくめた。
「当たり前だろ。この目はいざという時輝くんだからな。」
新八が冗談混じりにツッコむ。
「普段がダメすぎるからたまに良いこと言うと余計に目立つだけですよ。」
銀時は返事をする代わりに軽く新八の肩を叩きながら再び前を向く。その時、上杉が後ろから少し大きめの声で呼びかけた。
「なぁ、銀時?」
銀時が少しだけスピードを緩めて振り返る。
「あぁ?」
「お前に聞きたいことがあるんだが……五つ子と俺らってどんな関係だ?」
銀時は一瞬上杉を見つめ、ふっと鼻を鳴らした後、真顔で答えた。
「パートナーじゃね?」
「パ、パートナーだと?」
上杉は思わず問い返す。
銀時は前を向き直りながら、いつもの軽い調子で言った。
「だって、コイツらは俺らに勉強を教えてもらって卒業できる。俺らは金欠で、コイツらに勉強を教えることでその問題を解決できる。」
「……確かにな。」
上杉も走りながら頷くが、銀時は一呼吸置いて真剣な口調で続けた。
銀時は最後に口元を軽く歪ませて、いつもの調子に戻った。
「ま、そんなことより今はあのヘッドホン野郎を探すのが先だ。急ぐぞ!」
その一言を合図に、全員は再び走り出した。
「銀時、あれ三玖じゃないか!?」
人混みの中、上杉が銀時の肩を叩きながら叫んだ。
「!!」
銀時の目が三玖を捉えた瞬間、彼の中に溜め込んでいた焦りが一気に爆発する。
「そうと決まれば……行くぜ!上杉ィィィィ!!」
銀時はその場から全力で駆け出し、上杉も慌ててその後を追った。
「さぁ、早くこっちへ来なさい……。」
髭の男が三玖の手を掴んだまま、無理やり連れ去ろうとしている。
「ちょっと待てィィィィ!!」
その声に驚き、髭の男が振り返ると、上杉と銀時が走りながら叫んでいた。
「おい!そこのまるで乙女心も知らねぇダサいおっさん……略してマダオォォォォ!!」
「は?マダオ?」
髭の男が困惑しながら言葉を返すが、銀時は全く気にせず間合いを詰めた。
「コイツの手離してもらうぜ。」
銀時は三玖を背に庇うように立ち、男の腕を掴んでその手を振り解いた。
「フータロー……それに銀ちゃん……。」
三玖が小さく声を漏らす。その表情には、ホッとしたような安心感が浮かんでいた。
銀時は三玖の手をしっかりと握り、髭の男に睨みを利かせる。そこへ上杉も追いつく。
「キミは……さっきの!?それにキミはいったいなんなんだね!?」
髭の男が上杉を指差しながら、声を上げる。どうやら、先ほど遭遇したときのことを覚えているらしい。
「キミたちは、この子のいったい何なんだね……!」
焦った様子の髭の男に、銀時がにやりと笑いながら答えた。
「誰だちみはってか?そうです俺たちは……」
「コイツらのパートナーって奴だ。コノヤロー!!」
銀時と上杉の声が重なり、その響きが周囲の喧騒に負けないほどの力強さを持って響いた。
髭の男は一瞬怯んだが、すぐに反論の声を上げる。
「パートナーだって!?だったら、彼女から事情を聞いているはずじゃないのかね!」
三玖を一花と見間違えているのは明らかだった。顔がそっくりだから、無理もないだろう。だが、時間がないと急かしているこの状況で、三玖をこのまま渡すわけにはいかない。
銀時は、三玖の体をしっかり抱き寄せたまま、目の前の髭のオッサンを鋭い視線で見据えた。
すると、その髭のオッサンが焦り混じりの声で驚くべきことを言い出した。
「その子は、うちの大切な若手女優なんだ!早く放しなさい!」
その瞬間、銀時と新八、そして上杉は同時に目を見開いた。
銀時「……は?」
新八「え?」
上杉「若手女優?」
言葉の意味を理解するまでに数秒かかった。
銀時は目を丸くしながら、眉間にシワを寄せてオッサンを見つめた。
「おいおい待てよ……今なんて言った?若手女優だぁ?」
新八も驚愕のあまりオッサンと三玖を交互に見ながら呟く。
「じょ、女優って、テレビとか映画とかに出てる、あの女優ってことですよね……?」
上杉も困惑を隠せず、疑問を口にした。
「え、待てよ……カメラで撮る仕事って、そっちの意味だったのか?」
全員が状況を飲み込めないまま立ち尽くしていると、
その時、後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。
「すいません、社長……!実は私、五つ子だったんです!」
「一花!?」
全員が振り返ると、一花が顔を赤らめながら駆け寄ってきた。
「一花ちゃんが五つ子って……マジ?」
髭の男――どうやらこの人が一花の仕事先の社長らしい――は目を見開き、愕然とした表情を浮かべる。
「……どうやら、人違いをしてしまったようだね。申し訳なかった。」
社長は頭を下げながらも、腕時計を確認して言葉を続けた。
「だけど、一花ちゃんにはこれから大事なオーディションがあるんだ。」
そう言うと、社長は一花を急かすように車の方へ向かわせようとした。
新八が眉を下げながら銀時に話しかける。
「銀さん……どうしましょう?このままじゃ花火大会終わってしまいますよ。」
銀時は三玖の足元を見やり、小さく溜息をついた。
「俺としても何とかしてぇが……こんなに足を痛めた奴を放ったらかしにしてまで追いかけるなんて野暮なことは出来ねぇ。」
「銀ちゃん……。」
三玖が小さな声で彼を見上げる。
銀時はふと前を向き直り、走り去ろうとする一花の背中を見つめながら、隣の上杉に声を掛けた。
「おい、上杉。」
「なんだ?」
上杉が腕を組んだまま、時計を確認しながら返事をする。
「悪いが、一花を頼む。」
「それは構わないが……もう花火終了まで10分しかないぞ。」
祭り終了まで残された時間は、ほんのわずか。銀時は唇を噛みながら言葉を続けた。
「ああ、分かってる。だけど、あのままアイツを行かせるわけには行かねぇだろ?」
「……そうだな。」
上杉もその言葉に微かに笑みを浮かべながら、走り出す一花を追いかけ始めた。
上杉は一花の姿を見つけると、素早く駆け寄り、大きな声で呼びかけた。
「一花!」
その声に、一花はハッとして振り返る。驚きの表情を浮かべた彼女の顔には、少しだけ焦りの色が混じっていた。
「……フータロー君…!?」
一花が言葉を続ける前に、上杉は真剣な表情で一歩前へ踏み出し、そのまま一花をじっと見据えた。
「お前、それで本当に後悔しないのか?」
低く落ち着いた声で問いかける上杉。その言葉に、一花はわずかに動揺したように目を泳がせる。けれども、すぐに口を開き、いつものように微笑みながら答えた。
「……今から大事なオーディションなの…」
その返答を聞いた上杉の眉がピクリと動く。彼はしばらく一花の顔を見つめた後、さらに踏み込むように問いかけた。
「それはあいつらよりも大事な物なのか…?」
その一言に、一花の微笑みが崩れる。上杉の真っ直ぐな視線に晒され、言葉を詰まらせた。
「…っ」
その様子を見ても、上杉は気にする様子もなく言葉を続ける。
「一花、俺はな…勉強しか出来ない…頭が良い事しか取り柄のない男だ」
一花はその言葉にクスッと笑い、小声で呟いた。
「自分で言う?」
上杉は一瞬言葉を詰まらせたが、気を取り直してさらに話を続けた。
「だがな、お前たち姉妹を見ていると……どうしても黙って見てる訳には行かねぇんだよ」
一花の笑みが薄れ、彼女の視線が真剣なものに変わる。
「……どうして君たちは、そこまでお節介焼いてくれるの?」
その問いかけに、上杉はわずかに眉をひそめた。そして少し息を吐いて、静かに答えた。
「……さっき銀時が言ってただろ?俺たちとお前らが、協力関係にあるパートナーだからだ」
「……っ」
その言葉に一花の目が大きく見開かれる。だが、すぐに彼女は顔を伏せ、ぽつりと呟いた。
「花火大会ももうじき終わる。本当に良いのか?」
一花は上杉を見上げ、少しだけ視線を揺らしながら小さな声で答えた。
「…これが私のやりたい事だから…協力関係にあるなら応援してよ」
その言葉を聞いた上杉は一瞬目を伏せ、唇を引き結んだ。だが、次の瞬間には表情を引き締め、静かに問いかけた。
「……っ」
「…これ、今日のオーディションの台本。練習付き合ってよ」
一花が小さな台本を差し出す。上杉は少しだけ驚きながらそれを受け取り、ぼそりと呟いた。
「……棒読みでしか出来ないからな」
一花はその言葉に満面の笑みを浮かべた。
「やったー」
上杉は気まずそうに眉をひそめながらも、台本をめくり始めた。
「いくぞ…」
一花は期待に満ちた顔で頷いた。
「……うん、お願い」スッ…
上杉は少し息を整え、読み上げるように言った。
「……そ、そつぎょーおめでとー…」
一花も芝居を合わせるように答える。
「先生、今までありがとう」
上杉は一瞬眉をひそめ、心の中で突っ込んだ。
《学園モノのクライマックスシーンか…?》
一花は真剣な顔で続ける。
「先生、あなたが先生で良かった。あなたの生徒でよかった」
上杉は目を細め、つい感情が漏れた声で答えた。
「……っ」
その様子を見た一花は顔を輝かせ、茶化すように笑った。
「…あれっ?もしかして私の演技力にジーンときちゃった?」
上杉は少し顔を赤くしながら答える。
「あなたが先生で良かったなんてお前の口から聞けるとは…」
「そっちか……あ、社長の車だ…じゃあね」
一花は手を振りながら歩き始めた。上杉は台本を握りしめながら叫ぶ。
「これだけでいいのか?」
一花は振り返り、笑顔で頷いた。
「うんっ…とりあえず役勝ち取ってくるよ」
だが、次の瞬間、上杉は彼女を呼び止めた。
「……おい」パンッ!
「…!?……ほえ?」
突然の大声に驚いた一花が振り返る。上杉は厳しい目つきで彼女を見据えながら言った。
「その作り笑いをやめろ」
「ははは…え…?」
一花は一瞬笑おうとしたが、上杉の真剣な目にその笑みが引き攣る。
「お前はいつも大事なところで笑って本心を隠す。ムカッと来るぜ……余裕があるフリして…さっきのハグの時だって余裕ぶっときなこわら震えてただろ?」
その言葉に一花の表情が変わった。困惑と驚きが交じり合う中、彼女は静かに告白するように話し始めた。
「……この仕事を始めて、やっと長女として胸を張れるようになれると思ったの。一人前になるまであの子たちには言わないって決めてたから…花火の約束あるのに最後まで言えずに黙って来ちゃった……これでオーディション落ちたら、みんなに合わす顔がないよ」
その声は震えていた。上杉は黙って一花の言葉を受け止めている。
「それにしてもまさか君が私の細かな違いに気が付くなんて思わなかったよ。お姉さんびっくりだ」
上杉は冷静な口調で返した。
「俺がそんなに敏感な男に見えるか?」キリッ
「自覚はあるんだ」
「お前の些細な違いなんて気づくはずもない。ただあいつらと違う笑顔だと思っただけだ」
一花はその言葉に吹き出しそうになりながら呟く。
「……参ったな…フータロー君を騙せないなんて自信なくなってきたよ」
「演技の才能ないんじゃね?」
「わーお直球だね」
そのやり取りが終わった時、遠くから車のクラクションが響いた。
「…っ!」 社長「一花ちゃん何やってんの、早く乗って!」
「は、はーい!」
上杉は一花の背中を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……まぁ、あいつらに謝る時は付き合ってやるよ…パートナーだからな」
去り際の一花が、ほんの少しだけ微笑んだ。
祭りの喧騒が遠くから微かに聞こえる夜。人々の歓声や花火の音はどこか遠く、今の彼らにはまるで別世界の出来事のように感じられた。
上杉は人混みの中から戻ってくると、ゆっくりと息をつきながら新八たちの前に立った。彼の顔には少しだけ疲れた表情が浮かんでいる。
「どうでした?」
新八が心配そうに尋ねると、上杉は一瞬だけ視線を落としてから、静かに答えた。
「すまん。連れ戻せなかった。」
その言葉に、新八の顔がわずかに曇る。彼の肩が力なく落ちた。
「そんな………。」
銀時は、いつもの飄々とした態度で壁にもたれかかりながら、目を細めて静かに口を開いた。
「それがアイツの選択なら俺たちが言うことは何もねぇよ。」
その声には、いつもの軽口よりもどこか深い意味が込められていた。銀時の瞳が夜空を見つめる。打ち上げられる花火の光がその表情を淡く照らした。
「それに、何も出来ねぇわけでもねぇしな。」
そう言うと、銀時はふっと鼻を鳴らし、懐から何かを取り出した。それは色とりどりの花火セットだった。
新八と上杉は一瞬、驚いたように銀時を見つめる。
「銀時、お前………」
上杉が目を見開いて声を漏らす。
「もし全員が花火終了までに揃うことが出来なかった時のために、一応買っておいたんだよ。」
銀時はわずかに肩をすくめながら、花火セットを掲げてみせた。その姿はどこか不器用で、だが確かな優しさを含んでいた。
新八は口元を緩ませて、笑みを浮かべる。 「やるじゃないですか!」
「まぁ、あの花火に比べたらちっこいもんになるがな。何もねぇよりマシだろ。」
銀時はわずかに笑いながら、花火のセットを新八に手渡す。
三玖はそんなやり取りを少し離れたところから静かに見ていた。彼女の表情はいつものように無表情に見えるが、その目はどこか遠くを見つめているようだった。銀時が気づいて声をかける。
「悪りぃな………お前らの花火の思い出についての話を聞いておきながら、このザマだ。」
銀時は目を伏せ、わずかに申し訳なさそうに呟く。その言葉に、三玖は首を横に振った。
「ううん………。銀ちゃんたちは頑張った。報われない時だってあるよ……。」
彼女の声は静かで、少しだけかすれている。それでも、その言葉にはどこか柔らかい優しさが感じられた。
その時――突然、夜の空気を切り裂くように、陽気な声が響いた。
「何……祭りで沈んだ顔をしとるんじゃおまんら?祭りはまだ終わっとらんぞ!」
その声に、全員が一斉に振り向く。そこには、手を大きく振りながらこちらに向かってくる坂本辰馬の姿があった。祭りの灯りに照らされた彼の顔には、いつものように豪快な笑みが浮かんでいる。
「何?」
上杉が驚いたように眉をひそめる。
その後ろで五月なども走っていており、その中でも神楽がいち早く銀時たちの元へ急ぎ目を輝かせながら駆け寄るように言った。
「銀ちゃん……まだ諦めるには早いアル!」
銀時がその声に反応し、ゆっくりと神楽を見た。
「神楽!」
その目には何か策があるような力強い何かを感じさせた。