機動戦士ガンダムSEED THE GATHERING   作:えいじぇんと

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炎の幻影 後編

 

 

 

C.E.66年4月23日午前1時

ユーラシア連邦アルメリア研究所

 

 

薄暗闇の中。カナードは独房に備え付けられた簡易ベッドに横たわっていた。独房の扉は電子ロックされていて、内側からは開けられないようになっている。

ユーラシア連邦の研究所に来てからというもの、カナードはこの独房で夜を明かす事が多くなっていた。食事と就寝の為の自室は与えられているものの、カナードにとっては何処であろうとそう大差は無い。

ふいに暗闇の中で左手に取り付けられた手枷に視線を投げかける。

容易には取り外せないマーカー発振器も兼ねた電子錠は、研究所からは逃がさない、という首輪の役目も果たしていた。ここから脱走するには、先ずこの手枷を破壊しなければならない。

 

だが、とカナードは自問する。

よしんば上手く逃げたとして、その先はどうする?

最高のコーディネーター、その失敗作である自分はこの世界で何を為す?

その結末は?

 

2年前までは考えもしなかった事をカナードは最近頓に考えるようになっていた。今まではただ自由になりたいという思いばかりが先行し過ぎていたように思う。

 

2年前のカナードは、自分の力ならばどうにか出来ると思っていた。だが本当はそうじゃなかった。

幸か不幸か、ユーラシア連邦軍に捕まった事は自身の力不足に気付くきっかけになった。

 

以前のカナードは、自分を作り出した者達を憎み、世界など壊れて良いとさえ思っていた。

 

だが自分が力の拠り所にしているのは、憎んでいた筈のスーパーコーディネーターの《失敗作》としての資質だ。

自身の力を否定しながらも、その力に頼るのはナンセンスだ。納得出来なくともこの力と付き合って行くべきなのだ、自分は―。

その事に思い至ってから、カナードは自分の中にあった復讐の炎が急激に弱まっていくのを感じた。

 

何の為に生きるのか。

人間であれば誰しもが考える疑問に、カナードはぶち当たっていた。

戦う為に生み出された戦闘用コーディネーターと違い、自分にはそれがない。

 

それでも訓練の日々は続く。

血反吐を吐くような訓練の果てに待つのは、ユーラシア連邦の為に使い潰される消耗品となる未来だ。それは他人に強制された未来に他ならない。

 

(結局こんなふうにぐだぐだ考えるのは、納得いかないって事なのだろうな)

最高のコーディネーターの失敗作として生み出され、しぶとく生き延びてしまった事も。

戦闘用コーディネーターと共に育てられ、大西洋連邦―今の飼い主はユーラシア連邦だが―の走狗となるべく訓練された事も。

 

これが、俺の運命ってヤツなのか?

いや、とカナードはかぶりを振ってその考えを否定する。

自分の運命は自分で決める。例えどんな結果になろうとも。

カナードは望む。気に入らない運命を捻じ伏せられる、圧倒的な力を。

自分にはそれを手に入れる資質がある筈なのだ。

 

カナードが物思いにふけっていたその時、突然機械的な電子音が鳴り響いた。

慌ててカナードはベッドから跳ね起きる。部屋の扉の電子錠がロック状態からオープンに変わり、頑強な格子扉が横にスライドして開いた。

しかも一つではない。全ての房の扉が一斉に開いたのだ。

 

「どういうことだ?」

詳しい時刻は分からないが今は少なくとも深夜で、最低限の人員を残して研究所の職員達は出払っている筈だ。

こんな時間に独房のロックが外れる事自体がイレギュラーではあるが、おかしさを通り越して不気味ですらある。或いは何かの罠か。

 

(逃げるか?)

カナードは一瞬左手首にはめられた手枷に視線を落とす。これがある限り遠くまで逃げる事は出来ないだろう。

だが、気が付いたらカナードは独房の外に出ていた。逃げるにしてもリリーは連れて行くべきだ。カナードは瞬時に考えを巡らせながら、一度だけ開け放たれた独房を振り返った。

しかしそれは一瞬の事で、弾かれたようにカナードは駆け出していく。

 

 

****************************************************************************************************

 

 

「誰だ!」

独房が立ち並ぶ通路を走っていたカナードの眼前に突然見知らぬ男が現れる。カナードは警戒心を強めながら叫ぶようにして問い掛けた。

 

「安心していい、ただの通りすがりさ」

静かな声音で返してきた男の風貌をカナードは細かく観察する。黒のスーツにスラックスを履いたウェーブがかった黒髪の男で、身長はゆうに180は越えていそうだ。顔を隠すためか、室内なのにサングラスを掛けている。

 

(こんな時間に通りすがる奴があるか!)

内心でつっこみながらカナードは男に襲い掛かった。地を這うような体勢で男に肉薄し、蹴りを放つ。しかし不意をついた攻撃に男は反応して見せた。男はバックステップで後ろに跳んで蹴りを躱すと、身を屈めてカナードの顎に掌底を叩き込もうとする。

 

「くっ!」

カナードは咄嗟に身体を旋回させて男の攻撃を躱した。勢いそのままに裏拳を繰り出すが、それも男の腕に難なく受け止められる。カナードは一撃目を受け止められながらも、突き出した右手で男の手首を掴んだ。床を蹴って跳躍しながら男の腕を引っ張り、顔目掛けて横殴りの蹴りを見舞う。

回避できないタイミングの二撃目。

だがそれにも男は反応してみせた。掴まれた方の腕を引いてカナードの体勢を崩しにかかる。大きくバランスを崩したカナードの腹部に男の拳がめり込み、カナードの身体が吹き飛ぶ。

同時にバランスを崩しながらも突き出したカナードの爪先が男のサングラスを弾き飛ばした。

 

「やれやれ。いきなりだな、君は」

男があらわになった怜悧な双眸を細めて、静かに呟く。低い声だが腹腔に響く声質だ。

 

「ぐっ・・・お前、ユーラシア軍の人間ではないな、何者だ?」

カナードは身体を回して起き上がりながら間合いをはかる。痛む身体を叱咤していつでも飛び出せるように全身に力を込める。

最初の攻防で目の前の男には敵わない、とカナードの本能は告げていた。

男の身長が180近くあるのに対して、カナードの身長は140前後。格闘戦に於いて40cmの体格差は如何ともし難い。

その上単独で行動しているところを見るに男は相当な手練れと見受けられた。

 

「何者でもないさ」

男は答えをはぐらかしながら、カナードの動きを注視するように全身を見回した。

 

「その身体能力、普通ではないな。コーディネーター、それもかなり特殊な調整を施されているようだ」

男は口元に笑みをたたえて、そう呟く。

 

「だったら何だと言うんだ!」

カナードが吠え再び男に襲い掛かった。まるで獲物を求める獣のように、地を這うような姿勢で飛び掛かる。

 

「しかしまだ幼いな。表情から考えている事が筒抜けだ」

疾駆するカナードにカウンターの要領で男が鋭い蹴りを放つ。カナードは眼前に迫る爪先を両腕を交差させて受け止めた。容赦の無い蹴りがカナードの腕に突き刺さる。その威力は凄まじくカナードの身体は後方の壁―独房の柱格子に叩き付けられた。

 

「ぐっ」

 

背中を打ち付けた反動でカナードの身体が前のめりになる。間髪入れずにその顔面に肘が叩き込まれカナードの身体は再び柱格子に叩きつけられる。壁に背を預けながらカナードは崩れ落ちた。

両腕は痺れマトモには動かせず、冷静な思考をまとめる事も出来ない。

 

「フッ、安心したまえ。私はこの子を迎えに来ただけだ」

男は立ち並ぶ独房の一つを顎で指し示すと、静かな足取りで歩き出す。

 

「むっ、迎えだと・・・そいつを連れて行くのか?」

立ち上がる事が出来ないまま、カナードは震える声で男に問い掛けた。カナードの目の前で男は開け放たれた房に入って行く。

 

「この子はここにいても実験動物として扱われる。だから私が連れて行く」

その部屋には昨日ユーラシア兵士が連れて来た金髪の少年がいた。

この騒ぎの中にあっても身動ぎもせずに座り込んでいた少年は、男が部屋に入って来ると僅かに身震いして後退る。

男はしゃがみ込んで目線を金髪の少年に合わせると何事かを囁やき、少年を抱き寄せる。

カナードは瞳を揺らしながら、呆然とその様子を眺めていた。

 

「君はどうする?私と来るか?」

少年を連れ立って房から出て来た男は、先程から座り込んだままのカナードへ問い掛ける。

 

「っ、余計なお世話だ!」

カナードは反射的に吐き捨てていた。身体は幾分か回復してきていたが、もうカナードは男と争う気力が失せていた。

 

「どうせ俺は《失敗作》だ。そんな奴を連れて行ったところで意味はない」

顔を伏せながらやや自虐的にカナードは呟く。大西洋連邦の施設に居た時も、ユーラシアに来てからも《失敗作》である事をあげつらわれて生きて来た。

しかし男は、それを聞いて思案する素振りを見せる。

 

「君は《失敗作》か、成程・・・スーパーコーディネーターだな」

 

「なぜ、それを?!」

反射的に顔を上げながら、カナードは叫ぶようにして問いかけていた。

 

「その力を見ればな。それに私もメンデルには浅からぬ因縁があってね」

応えながら男は再度カナードに向けて問い掛ける。

 

「君の望みは何だ?自由か?」

カナードは知る由もなかったが、目の前の男とカナードはメンデルを巡る因縁で繋がっており、全くの無関係とは言えない間柄だった。そして男には聞かなければならないことがあった。

 

「・・・わからない。昔は俺を作り出した人間達に、この世界に復讐するつもりだった。だが今はそれが意味のある行為とは思えない」

それは偽らざるカナードの本心である。かつて自分の中にあった筈の復讐の炎はもはや消え去ろうとしていた。

 

「世界に対する復讐が無意味か・・・面白い。安心しろ・・・それは別の人間が必ずやり遂げる」

口元に狂笑を浮かべながら、男はカナードの瞳を真っ直ぐに見詰める。まるでカナードの心の内を見透かそうとするかのように。

そしてカナードもまた、男から視線を逸らすことが出来ずにいた。2人はしばしの間見つめ合ったが、やがて男が沈黙を破る。

 

「《本物》になったらどうだね?」

「《本物》に?」

 

カナードが怪訝そうに聞き返す。

 

「そうだ。君が失敗作だというのなら《成功体》を倒せばいい。そうすれば君は成功体を超えた存在。つまり本物という事だ」

「俺が・・・《本物》のスーパーコーディネーターに?」

 

カナード・パルスにとってそれはまさに天啓だった。今までそんな方法で本物のスーパーコーディネーターになるなど考えもしなかったからだ。

 

「君にひとつアドバイスだ。苦い記憶、経験は鎖となって精神に絡みつく。だがそれを恐れるな。牙を、爪をその鎖で研ぎ澄ませ。そうすれば君は今よりもっと強くなれる」

 

男の言葉を一言一句漏らさぬように、カナードは記憶に刻み付ける。

 

「俺はなれるのか、本物に・・・」

カナードは男に言われた言葉を反芻する。

 

「《キラ・ヒビキ》だ」

そう言って男は床に落ちていたサングラスを拾い上げ、再び顔にかける。

 

「この名前を良く覚えておくといい。君が超えるべき《成功体》の名だ」

 

「キラ・・・ヒビキ」

呆然としながらもカナードはその名前を口の中で呟く。

 

「あまり人には会いたくない。悪いがこれで失敬させてもらうよ」

男はそう言い残すと、傍らにいた金髪の少年を抱き抱えて去っていく。

 

「キラ・ヒビキ」

一人残されたカナードは確かめるようにその名前を呟いた。

それはカナード・パルスがこの世界で何を為すべきかを理解した瞬間だった。

そしてカナードの内にあった、消えようとしていた筈の炎が再び燃え出す。

 

 

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登場人物・その他補足

黒髪の男
カナード・パルスにスーパーコーディネーターの《成功体》の名を教え、生きる指針を示した存在。正体は変装したラウ・ル・クルーゼその人。

金髪の少年
メンデルにある大西洋連邦の第一訓練施設からユーラシア連邦のアルメリア研究所に移送される。しかしラウの暗躍により助け出される。正体はレイその人。

レイ出生の謎について
何処かの研究施設でモルモット同然の扱いを受けていた事は描かれているのですが、出生の経緯はぼかされていた気がします。

作者がありそうかなと思ったのは、
・ユーレンがアルの体細胞クローンを作る際に形成が上手く行かなかった時の為の予備を保管。
・ブルコスが襲撃の際に受精卵等を収奪し大西洋連邦の研究施設に譲渡(この行為はDアストレイBで語られている)。
・レイ爆誕
かなぁと。うーんとなりますが。

余談ですがレイはデスティニー放送開始前のアナウンスでは確かコーディネーターって設定だったんですよ。
この辺は製作陣も設定固めてない状態で発進したんだなと思います。
アストレイでラウはなんで変装して砂漠を通りすがるんだよ、とか色々謎があるんですが、本作ではレイを助けに来たという事にしてしまいました。独房の扉を全部開けたのは多分ギルバートです。

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