機動戦士ガンダムSEED THE GATHERING 作:えいじぇんと
気が付いたら1年以上更新が止まってました…。
C.E.70年7月8日9時 L3宙域アルテミス近郊
「カナード、前に出過ぎだって!」
突出するカナード機に向かって、リリーが警告を飛ばす。
「すぐに沈める!」
カナードが吠え、後退していく漆黒のジンに向けて片脚の短距離誘導弾頭を発射した。
「危ねえなっ」
見事な横ロールで、ミサイルを躱しながらダンテは内心で冷や汗を流す。一瞬でも回避が遅れていれば落とされていた。そういうタイミングだった。
そして戦場ではその一瞬が命取りになる。
ダンテはメインカメラで周囲を見渡すと、多数のデブリが存在する宙域へと機体を転進させた。
ダンテを追って、カナードの駆るジンはそのまま飛び退って行く。自分も追い掛けるべきか、リリーは思案する。
しかしその時、敵機の接近を報せる警告アラートがコックピットに鳴り響いた。慌ててメインカメラを操作して敵の姿を捉える。
次の瞬間、
「エルザっ!」
リリーは
深追いするつもりがないのか、エルザも不用意には近付いてこない。
リリーは瞬時にレーダーに視線を這わせた。カナードも攻めあぐねている様子でダンテ撃墜には至っていない。
「カナード、そっちに合流する。
リリーはフットペダルを踏み込んで、カナードがいる方角に向けて機体を走らせた。
「ちっ、なら俺が追い立てる。お前は頭を押さえろ!」
漆黒のジンが撃ち散らすマシンガンの攻撃をバーニアを噴かして躱す。
カナードは尚も追い縋りながらバズーカで狙い撃つ。
ダンテ・ゴルディジャーニの指導のもと、実戦形式でのモビルスーツ戦闘訓練も遂に最後を迎えた。
25回の訓練を経て、カナード・パルスとリリー・ザヴァリーの操縦技術は初日に比べて格段に上達したと言える。
言うなれば26回目の最終日は、二人の力量を確かめる意味合いが多分に含まれていた。
ダンテは、ほどほどに攻勢に出て「最後は花を持たせてやるのも悪くない」と当初は考えていた。
だが、同時にダンテの戦士の勘とでも呼ぶべきものが、このまま訓練を終えて良いのか、と警笛を鳴らす。
実際の戦闘は訓練通りに行かないのが殆どだ。戦闘とは訓練で培った動きと、実戦で要求される動きとの齟齬を埋める作業に他ならない。
それが本物の戦闘だ。そして、それが出来ない者から死んでいくのが戦場だ。
ならば少しだけ足掻くのも悪くないだろう。
「挟撃するつもりか?」
ダンテはレーダーに視線を這わせ、こちらに追随して来るカナード機と反対側から向って来る敵機の機影を確認して一人ごちる。
丁度その時、エルザから近距離用の光通信が入った。
「ダンテ、リリーがそっちに向かった」
「あぁ、見えてるぜ。そのまま誘導してこれるか?」
「出来るけど…。今日は負けても構わないという話じゃなかった?」
エルザが眉根を寄せて聞き返す。
出撃前に話した時は、勝ち負けに拘らず適当に戦え、と言っていた筈だ。
「少し遊んでみたくなってな」
ダンテは口の端を吊り上げ、楽しげに笑う。
今日の訓練はユーラシア連邦軍の戦闘用コーディネーターが戦闘で如何に力を発揮できるか、そのデモンストレーションも兼ねている。
「そう。私は好きにやらせてもらうわ」
エルザは事も無げに告げて嘆息する。
リリーがダンテの射程に入ったのを確認して機体を転進させた。
「上等!」
カナードとリリー、二つの敵意に挟まれてダンテが破顔する。フットペダルを踏み込み機体に増速を掛ける。
「おい、オッサン!」
カナードは温存していた片脚の短距離誘導弾頭をダンテの行く手にばら撒く。
「オッサンはよせ。呼ぶならオジサマと呼べ」
超人的な反応速度でダンテは機体を操る。ジンを
「ッ誰が呼ぶか!」
カナードは咄嗟にバーニアを焚いて横に逃げるが、躱しきれなかった銃弾が機体を掠める。
鳴り響く警告アラートをすべて無視してバズーカの引き金を絞った。
「アタシが落とす!」
戦闘の間隙を突いてリリーが動く。
無駄口を叩き合うカナード達に若干苛立ちながら、両脚の短距離誘導弾頭を発射する。絶好のタイミングだ。
「ならばっ!」
ダンテは水平に機体を旋回させた。一転、二転と連続で旋転してカナードとリリー、二人の攻撃を同時に躱してみせる。
「ウソ…。どんな動きしてんの?」
ダンテがやったのは、おそらくジンの設計者ですら意図していない機動だ。だが戦闘で使えるならば、それは全て正解なのだ。
「無駄口を叩いてる暇があったら敵を倒せ!」
カナードは吐き捨てながら、フットペダルを踏み付ける。機体をダンテの上方へと踊らせ、再びバズーカの引き金を絞る。
「それはお前なッ!」
リリーが無言でツッコむ。
丁度ダンテを挟んでカナードと正対する位置に機体を走らせ、両手のマシンガンを斉射した。
「悪くない連携だが、まだ荒いな」
ダンテは呟きながら、漆黒のジンをスラスター制御で横に逃がした。
すかさず、リリーの行く手に銃弾をばら撒く。
「くっ」
リリーは機体に走る衝撃に歯噛みしながら、ステップバックして距離を取った。
モビルスーツ同士で撃ち合う場合、ロングレンジ攻撃を除けば敵の死角に回り込んで銃弾を叩き込むのがセオリーだ。
つまりお互いに有効射程内まで肉薄する必要があるのだが、宇宙空間での戦闘はとてつもなくレンジが広い。
そしてモビルスーツがその
「落ちろ!」
カナードはリリーとダンテの間に割って入ると、バズーカの引き金を絞る。
「やるな!だがこの間合いなら!」
攻撃を躱しながらダンテは残弾の少なくなったマシンガンを投げ捨てた。そして腰にマウントされていたサーベルを抜き放つ。
そのまま加速しながら、カナード機へ猪突していく。そしてすれ違いざまにサーベルで斬りつけた。
躱しきれなかった刃がカナード機の肩を打ち据える。
「っく!」
カナードとて並のパイロットではない。
だがいくら厚い装甲で覆われていても、機体が受けた衝撃は中にいる人間にも伝わる。これが実体兵器の恐ろしさだ。
一瞬遅れてモニターに不具合を示すサインが表示される。
「カナード、もう一度2人で仕掛けるよ!」
デブリの中に紛れていくダンテの機影をレーダーで確認しながら、リリーは近距離用の光通信を入れた。
ダンテ一人にカナードとリリーは翻弄されていた。その事実がリリー達を一層焦らせる。
だが決して勝てない相手ではないし、後が無いのは向こうだ。
その上でわざわざサーベルを抜いたのは「接近戦を仕掛けてこい」という挑発。
ここで誘いに乗ってしまえば、崩されるのはこちらだ。
「分かっている!」
苛立ちながらカナードは叫んだ。
バズーカの砲身から空になったマガジンを吐き出すと、即座に予備の弾倉をセットする。
「カナードはダンテを引き付けて!今度こそアタシが落とす」
言うが否や、リリーはフットペダルを踏み込んで、機体を跳躍させる。デブリを迂回してダンテの後ろへ回り込む機動だ。
一度仕掛けて失敗しているからこそ、2回目はもっと上手くやれる自信がリリーにはあった。
そして「隙を作って相手の動きを誘導し、迎え撃つ」という戦法は、この教導訓練でリリー達が学んだ事だ。
「さっさと掛かってこい!」
カナードは叫びながら漆黒のジンがいる方角に向けてバズーカを撃つ。
先の攻防からダンテはデブリの中に身を潜めていた。
「剣で来ないのか。それとも格闘戦はニガテか?」
ダンテは足元にあったデブリを蹴りつけて、機体を跳躍させた。ジンの推力以上の加速を伴ってカナードの前方へと躍り出る。
「黙れ!俺の戦い方を決めるのは俺だ!」
挑発に堪えきれずカナードが吠える。
まるで獣が遠吠えでもするように。
吠えれば吠えた分だけ強くなる、とでも言いたげに。
「そういう台詞は口と拳が釣り合ってないとカッコが付かんぞ」
ダンテは不意に、敵意を剥き出しにする
カナードは間違いなく強くなるだろう。
それも際限なしに。
いつか自分を上回る強さを身に付けたカナードと戦場で相見えた時、自分は何を思うだろうか。
「なら貴様を倒し証明するまでだ!」
カナードは、サーベルを手に突っ込んでくる漆黒のジンをモニター越しに睨め付けると、スラスターを噴かして、一気に機体を横移動させた。
その傍らを、サーベルの斬撃が虚しく空を切る。
「この距離で躱すか!」
ダンテが声を弾ませる。やはりカナードとの戦いは面白い。
「っ消えろ!」
カナードは姿勢制御バーニアを炊いて機体を旋回させた。
そしてロクに狙いを定めないまま、バズーカを撃つ。
「射撃はまだまだだな!」
カナードが撃ち散らした模擬弾はダンテの背後に浮遊していたデブリに当たり、粉塵を巻き起こした。
一方で空気も風もない宇宙空間では、粉塵は滞留したまま消えない。
同時に敵機の接近を報せる警告アラートがコックピットに鳴り響く。
だがモニターを目をやるも、敵の姿は見えない。
ダンテが訝しんだ刹那、粉塵の中からリリーの駆るジンが飛び出してきた。
デブリを迂回して回り込んで来ていたのだ。
「当たれぇぇ!」
叫びながらリリーは両手のマシンガンを撃った。
同時にカナードも漆黒のジンを狙い撃つ。
ダンテは咄嗟に機体を横ロールさせ、回避運動に移る。だが予想に反してコックピットを衝撃が襲った。途端に警告アラートが鳴り響く。
「やられた、囮と本命か!」
撃墜判定を受けた自機の中でダンテは嘆息した。
両方の攻撃を躱したつもりだった。
だがリリーはダンテが回避する事まで計算尽くで、時間差で攻撃を仕掛けてきたのだ。
カナードとリリー、二人の息が合っていなければ出来ない芸当だ。
「やった!アタシが僚機で良かったでしょ?」
「油断するな、まだ奴が残っている!」
ダンテを落とした事でリリーは得意気だったが、カナードは警戒心を強める。
素早くレーダーに視線を這わせ、上方から接近して来る機影を確認する。
「ようやくお出ましか。狩るぞ!」
言うが否や、カナードは思い切りフットペダルを踏み付けた。瞬間、慣性Gがカナードの身体をリニアシートに押し付ける。
「だから一人で突っ込むなって!」
内心でリリーは悪態を付きながらも、カナードの後を追い掛けた。声からしてカナードが高揚しているのが見て取れた。
だがリリーも心がざわつくのを自覚していた。
期待、高揚感、武者震い、不安、それら全ての感情を合わせたようで、そのどれとも違う。
血が騒ぐ、とでも言えば良いのか。
「接近と同時に左右に別れる。俺が左、お前は右だ。どちらかが奴を引き付け、どちらかが仕留める!」
そろそろメインカメラが敵機を捉えようというタイミングでカナードは光通信を入れる。
目の前で敵が二手に別れたら、どちらを追うべきかエルザは逡巡する筈だ。
「任せて!」
カナードの指示に首肯しながら、リリーは深く息を吐き出す。口腔はカラカラに乾いていたが、飲み物を口にする余裕はない。
リリーは操縦桿を握る両手に力を込めた。
そして接近アラートが鳴った瞬間、弾け飛ぶようにして2機のジンが散開する。
左右に別れた敵機を見て、エルザは瞬時に
基本的にエルザは悩まない。その為、決断は瞬時にくだされる。彼女はそのように作られていた。
エルザの役目はダンテが受けた依頼を相棒として補佐する事である。
訓練期間中はなるべく戦闘を長引かせるようにとダンテに言われたが、エルザはそういう戦いは不得手であった。
殺す目的の戦いなら話は別だが、演習であればその必要はない。だから一度も本気で相手をしてこなかった。エルザには戦いに勝つという結果こそが重要なのであって、過程には頓着しない。
加えてエルザは師事した事はあっても、誰かに技術を教えた経験が無い。パイロットを鍛える、という仕事は彼女には不向きだった。
だからという
エルザは仲間意識や情け容赦とは無縁ではあったが、後輩の進退に興味が無いと言えば嘘になる。この訓練が二人の将来に影響を及ぼすのなら、今の
「俺の方が倒しやすいと言うのか!」
自分に追随する赤紫のジンを見てカナードは激高する。姿勢制御バーニアを焚いて急制動を掛けると、そのまま機体を旋回させエルザと正対する。
バズーカを照準し、引き金を絞ろうと引き金に指をかけた刹那。
それは時間にすれば一秒にも満たなかったかもしれない。だが、その僅かな時間にエルザは反応してみせた。
エルザはスラスター制御で機体を高速でターンさせ、カナードの背後へと回り込む。
コーディネーターと言えども慣性Gを無視して強引な機動を取れば、そのダメージは容赦無く身体を痛め付ける。だが強化された肉体を持つエルザは多少のGなど物ともしない。
パイロットスーツも着ないでそれをやってのけるのだから、俄には信じられない話だ。
「くそっ!」
考えるより先に身体が動いた。カナードはバーニアを焚いて機体を後ろ向きに突進させる。
ジンそのものをぶつけてエルザの動きを止めようとしたのだ。
「むっ」
エルザの反応は早い。咄嗟に上昇してこれを躱そうとする。だが躱しきれず脚を引っ張られバランスを崩す。
流石に体当たりを仕掛けてくるとは思わなかった。同時に鳴り響く警告アラート。
「そこ!」
回り込んで来たリリーがエルザの背中を取ったのだ。エルザが体勢を立て直すより先に、リリーはマシンガンで狙い撃つ。
「それなら!」
着弾の衝撃にエルザは歯噛みする。一瞬遅れて不具合を示すサインがメインモニターに表示された。
ジンのOSがオートで機体のウェイトバランスを調整し終わるのを待たずに、エルザは機体を走らせた。
バックステップで二人から距離を取ると、両脚のミサイルとバズーカを斉射する。
被弾した影響で、アクチュエーターの反応が鈍い。
「ッ、ごめんカナード!」
仕留め損なったという事実がリリーを焦らせる。咄嗟に機体を横に逃がすが、右腕を撃ち抜かれる。
「舐めるなッ!」
カナードはスラスター制御で機体をターンさせて攻撃を躱した。先ほどエルザがやって見せた機動を真似たのだ。
慣性Gが身体にのしかかるが、歯を食いしばってこれを耐え切る。
一騎打ち。
踏み込むか、引くか。
勝利か、敗北か。
二者択一。
エルザは強い。それは解る。
訓練で幾度となく矛を交えてカナードはエルザの力量を理解していた。おそらく未だ上があるだろう事も。
どのみち本気じゃない相手にも勝てないようではこの先、生き残る事など出来ない。
「失せろ!」
カナードはバズーカの砲門をエルザに向け、引き金を絞る。
エルザもこちらに獲物を向けようとしたが、
「私の負けね」
訓練終了を報せるアラートがコックピットに鳴り響く。
カナードの放った砲弾は、赤紫のジンのコックピットを穿っていた。
エルザは深く息を吐いて、シートに身体を預ける。
それは最後の戦闘訓練が終わった瞬間だった。
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C.E.70年7月8日11時 L3宙域アルテミス
トレーニングルームで対峙する二人の少女がいた。
片方は薄いグリーンの髪を背中まで伸ばした怜悧な顔立ちの少女―エルザ・ヴァイス。
エルザに正対するのは、明るいオレンジの癖っ毛に少し大きめの髪留めを挿した快活そうな少女―リリー・ザヴァリーである。
フルタングのトレーニングナイフを握り締めながら、リリーは内心でため息をついた。
自分とて戦闘用コーディネーターの端くれではあるが、眼前のエルザには敵わない気がした。カナードに言えば、戦う前から負けを認める奴があるか、と詰られるだろう。
二人が行っているのはユーラシア連邦軍の教育メソッドの一つで、ナイフを持った相手からの攻撃をいなし、無力化する格闘訓練である。刃は潰してあるものの、皮膚が切れないだけで刺されば普通に痛い。
ユーラシア連邦軍に雇われているとはいえ、本来なら軍属でないエルザが格闘訓練にまで付き合う義務などない。
しかし演習最後のブリーフィングを終えた後「一度くらい生身で戦ったらどうだ?」とダンテがエルザをけしかけたのが始まりだった。
トレーニングに勝ち負けを持ち込むのはナンセンスとリリーは思うのだが、初対面でカナードと真剣で斬り合いをするような男に何を言っても無駄と諦め、今に至る。
戦いの嚆矢はナイフのぶつかり合いだ。
リリーが肉薄しエルザの胸にナイフを突き立てようとする。それをエルザはナイフで打ち払うと同時に、身体を旋回させてリリーの背後へ回り込んだ。
空を切る手応えに、リリーが目を見開く。
エルザは掴んだ手を支点に宙に舞っていた。
軽業師の様な身のこなしに驚く間もなく、リリーは押し倒され、首筋にナイフを突き付けられる。
気が付けばナイフを掴んでいた手はエルザの膝に制圧され、その勢いでナイフを手離してしまっていた。
「チッ、無様な戦い方をするな」
リリーの落としたナイフを拾いながらカナードが呟く。
「バカ野郎、やってみろ!」
思わず吐き捨てそうになったが、リリーは歯噛みして罵声を飲み込む。
辺りを見渡すと、トレーニングルームにいた他の兵士達は動きを止め人集りを作っていた。
いつの間にかリリー達の勝負に見入っていたらしい。何と言うか物凄くバツが悪い。
「次は俺がやる!良いなエルザ」
カナードがリリーの前に立ちナイフを構える。
エルザは拘束を解くと、リリーに手を貸して立ち上がらせた。すれ違いざまにリリーはカナードを恨みがましく睨め付ける。
「私は構わないわ」
かつてダンテは、
その時は別段気にならなかったが、今のエルザは何よりカナードと戦ってみたいと思っていた。
「確かにお前は強い。だが戦いはどうやって殺すかだ!」
カナードが吠え、ナイフの切っ先をエルザの首元に突き出す。
エルザはナイフの刃を斜めにしてカナードの攻撃を受け流し、そのまま鍔元で刀身を抑えつけた。金属同士が擦れ合い、不快な音を鳴らす。
瞬間、カナードは
だがすんでの所でエルザの腕に絡め取られ、打撃を逸らされる。身体を密着させた状態で、お互いの打撃を受け流し、逸らし、躱す。
先ほどリリーと戦った時とは一変した動きに、カナードは翻弄されていた。
(こいつの戦い方は!)
エルザの戦い方はユーラシア連邦軍の兵士が習う
鞭のようにしなる下腕の動きに注視していなければ、あっという間に崩される。
戦いづらいだけでなく、非常に鬱陶しい。
エルザの手を振り払い、再びナイフを突き上げるが、下腕に絡め取られ切っ先が空を切る。
次の瞬間、カナードの首筋目掛けてナイフが襲い掛かる。
カナードは空手で
埒が明かないとばかりにカナードは身体を沈め、エルザの太腿目掛けて蹴りを叩き込んだ。
だが不意を突いた一撃にもエルザは反応してみせた。下脛で蹴りを絡め取り、脚先でカナードの脹脛を引っ張り上げる。エルザの重心が前に掛かっていたら、容易には受け止められない筈だ。
(ちっ、それなら!)
バランスを崩された刹那、カナードは後ろ脚で地を蹴る。二人はもんどり打って倒れ込んだ。
カナードは覆い被さるようにして、エルザの頭上にナイフを振りかざす。
だがその時にはカナードの首筋にも切っ先が突きつけられていた。
暫しの間二人は無言で睨み合う。双眸をギラつかせるカナードとは対照的にエルザは感情のこもらない目でカナードを見詰める。
その瞳にどの様な意図が込められているのか、窺い知るのは難しい。
「そこまでだ二人とも。今回は痛み分けだな」
二人の戦いを見物していたダンテが待ったをかける。カナードが飛び退くと、エルザはゆっくりと身を起こす。
(マンガならここでお互いを好敵手と認めて、友情が芽生えるシーンなんだがな)
ダンテはエルザの表情を盗み見るが、その可能性は低そうだ。
今回の依頼を受けた理由の一つに、エルザにとっても良い刺激になるだろうという目算もダンテにはあった。エルザは幼少の頃から同年代の人間と極力触れ合わずに生きて来た。その為戦士としては一人前でも、人間としての社交性にはかなり問題がある。
今回の教導訓練でエルザが対人スキルの一つでも身に付けていれば儲け物だ。
「カナード君さぁ、少しは女の子に手加減しなよ」
立ち上がろうとするエルザに手を貸しながら、リリーが口を尖らせる。
「バカを言うな。俺は相手が女子どもだろうと手加減などしない。そいつが敵ならばな」
対するカナードは腕を組むと、不満げに鼻を鳴らす。女同士で思う所でもあるのか、エルザを見詰めるリリーの眼差しには憧憬が混じっているように見えた。
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モビルスーツが2機積み込めるコンテナ船、それがダンテ達の母艦だった。
既に愛機の搬入作業は完了し、何時でも出発出来る状態にある。
ダンテとエルザは、タラップの前でカナードとリリーと向かい合っていた。
「次に会う時はいつかの続きをやるか?」
カナードに向けて右手を差し出しながら、ダンテが口の端を吊り上げる。
「フン、望むところだ」
カナードは不満げに鼻を鳴らしながらも、ダンテの手を力強く握り返した。
「エルザッ!」
感極まったリリーがエルザに抱き着く。エルザは最初目を丸くしていたが、やがてリリーの背に手を回し同じように抱擁する。
こうして見ているとまるで本物の姉妹のようだ。
「ダンテッ!」
リリーは、エルザの次にダンテにも抱き着いた。
「おぉ。エルザにもこれくらいの可愛気があればな」
内心の動揺を隠しつつ、ダンテは呟く。まさか年下の女の子からハグされる日が来るとは想像していなかった。リリーの頭を撫で「いい子だ」と口の中で呟く。
「可愛気なんて求めていたの?」
傍らのエルザが眉根を寄せる。
「いや」
即座にダンテは否定した。ダンテがエルザに望むもの、それは強さである。それに生物学上はエルザは女だが、心情的には違う。
「言っとくけどリリーに手を出したら犯罪よ」
「そんなんするかよっ!」
鋭い指摘の声に、ダンテは思わず言い返した。
わざとらしく咳払いをして話題を変える。
「別れの挨拶は済んだな。そろそろ出るぞ」
「今のが挨拶なの?」
「そうだ。湿っぽいのはニガテだからな」
そう言ってダンテは不意に口をつぐんだ。こちらを見詰める少女の視線に気付いたからだ。
「今日までありがとう。ダンテ、エルザ」
憂いを帯びた瞳でリリーは二人への感謝を口にする。
「あぁ、二人とも簡単にくたばるなよ。鍛えた甲斐がないからな」
シニカルに笑いながらダンテはリリーとカナードの肩に手を置く。
「フン、誰に言ってる!」
憎々しげに吐き捨てるカナードに、ダンテは肩をすくめると踵を返した。
「さようならリリー、カナード」
エルザは静かに別れを告げ、ダンテの後を追う。
「エルザ、またね!」
声を張り上げてリリーは手を振った。
「えぇ」
エルザは振り返らずに小さく呟く。
二人と再会する、その時の瞬間を思い描こうとするが、上手く想像する事はできなかった。
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その他補足・元ネタ
訓練に使用しているのは模擬弾なので実機へのダメージはないです。あくまでシュミレーター上で負ったダメージを機体に負荷をかけてフィードバックしている状態です。
え、じゃあサーベルは?!
≫25回の演習
深い意味はないですが、サイコザク部隊の訓練回数に因んで。
≫粉塵は滞留したまま
元ネタはまんまダンテとガイの戦闘シーンから。
≫アタシが僚機で良かった
元ネタはロウとカナードの固有台詞。
≫ユーラシア連邦軍の兵士が習う軍隊格闘技
元ネタは露軍から。ユーラシア兵が習う云々は完全な妄想で、エルザの戦闘スタイルもまた妄想です。
実を言うと今回、下書きを誤って半分くらい消してしまって、思い返しながら書き直した次第です(知らんがな)。
最初ダンテの戦闘→撃墜までのくだりは5行くらいしかなかったのですが、余りに短いなと思い書き足しました。
サブタイの訳は「私を忘れないで。」