この中に主人公がいるっ!   作:サカサマ

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1 格闘系主人公

 

 どんな人でも物語の「主人公」というものに憧れた経験はあるだろう。

 

 どんな敵でも必ず倒し、窮地に立たされても立ち上がり、どんな異性のハートも必ず射止める。

 主人公とは物語の中で他のキャラクターとは一線を画す存在だ。それがご都合だとしても、偶然であろうとも物語の特別を受ける存在。それが主人公というもの。

 

 そういう意味で、僕、浅川唯人は主人公ではない。

 何不自由のない生活を今送っているし、家庭環境は良好で兄弟姉妹や幼馴染との仲も悪くない。まあまあ普通の頭と、普通の運動神経、不運でも幸運でもなく特別異性にモテるわけでもない。

 

 このような語りを、ましてや物語のモノローグのようなことを語っているが、僕は別に誰かと関わりを持つことをよしとできないとか、何か抱えきれないトラウマがありますとか、何か重い病気がありますとか、夢の敗残兵とか、そういう訳じゃない。

 別に日常系主人公でもない。ないったらない。

 主人公が歩んだ道が凸凹道なら、僕の歩いてきた道は真っ平で転ぶこともない迷うこともないまっすぐな道だ。手すりとかついているくらい普通。

 

 以上のことから、自分は主人公ではないと思うし、高校に入り、もしかしてと思う出来事があった。

 

 この世界の主人公にあった。

 

 学校が始まって一ヶ月でそれは確信に変わったが、それ以前からもヒントになってしまうものがたくさんあった。

 

 初日のホームルーム。名前と出身学校やら趣味やらを並べて仲良くなるための事前儀式、自己紹介を僕は今でも覚えている。

 主人公くんはなんというか、パンチの効いた自己紹介だった。

 

「……五鬼上(ごきじょう) (はるか)

 

 衝撃的だった。まず、そいつの自己紹介の手前に「出身校はピカチュウで〜す」とか苦笑いがこぼれた事故紹介のあとにコイツの飄々とした態度での名前オンリーの自己紹介。

 お前も事故ったのかと、僕は思った。

 そう思い顔の方に視線を動かす。そこに白けたような、冷たいような表情を貼り付けた長い黒髪を後ろで細く結んだ男子が立っていた。あと同性の僕から見ても結構顔がいい。うらやましい。

 お前も今さっきのクソみたいなボケを気にしてるのかと、僕は思った。

 そして名前を聞いて衝撃的だった。なんだその当て字みたいな苗字は。五匹の鬼の上に? 僕の浅川と比べるとその差は天地だ。こちとら池を這ってんだぞ。なに鬼の頭とってるんだ。

 

「あー、えっと、もう少し何かないかな。テンプレートでいいから」

 

 自己紹介か事故紹介か。そこは置いといてその紹介に周りもざわついたので担任の女教師が補助に入った。初日から苦労が偲ばれるものである。

 

「…以前は中国の山奥で暮らしていました」

 

 先生は彼が捻り出した助け舟に乗った。素早く。

 多分場が冷えているように感じたのはピカチュウのせいだろうと、僕は思った。

 というか前半のインパクトに吸われて何が何だかの僕は、後半の自己紹介を聞いてもまあそうだよねとしか思えなかった。

 

 五鬼上と名乗ったその人を主人公だと思ったのは名前だけが理由じゃない。そんなことでキャラクター付けをしていたら僕が異常者だ。

 

 五鬼上はときどき授業中でも椅子から立ち上がり教師になんの要件も伝えずに出ていく。まあ当然教師は引き留めるわけだ。初めて見た時はコイツ頭おかしいんじゃねぇのかと思った。

 

「おい五鬼上。お前どこ行くつもりだ授業中だぞ」

「…体調が悪いので」

「…そうか」

 

 えーっ、である。教師よ、もう少し粘ってもいいんじゃないか? あと五鬼上。週に2、3回授業を抜けるのは単位的にもまずいと思う。

 

 授業を抜けるのは、許容したとして。そんなことしたことのない僕からしたら泥水を飲み下すほど理解できなかったが飲み下した。

 五鬼上は帰ってきたと思えば、制服がボロボロになっていることが多々ある。布地が裂けていたり焦げてたり、切られたような後だったりさまざまだ。そして本人も時より拳や頭に血を流したような跡があったりする。

 次の日には包帯を巻かれていた時もあった。そんな彼にクラスメイトは当然話しかけるわけだ。「大丈夫か?」「どうしたんだ?」とね。

 そんな彼らに五鬼上くんは決まって一言、こう告げる

「…大丈夫」

「へー」

 

 僕は彼らのその会話を背中で聞いてから話しかけるのをやめた。別にその会話にビビったわけじゃない。断じて。

 というか、もっと突っ込めよそいつ包帯するほど怪我してんだぞ! 血流してるんだぞ! てか授業抜けたことについて誰か茶々でもいいから入れろや!

 

 まあ、クラスメイトがそんな挙動をしていたら何を思うか。そう、心配になるものだ。

 だって関わりがなくたって制服がボロボロになっていたら心配にもなる。制服はバカにできないほど高い。絶対に地域の服屋と学校は癒着があると思う。一着に数万円かかる高級な服を何着も買えるほどお前の親御さんは大富豪なのかと、懐は寒くなっていないかと、ご飯はちゃんと食べるほど金はあるのかと心配になる。

 

 そして以外なことに、彼は結構人の話を聞いて反応を示してくれる。返事の頻度は少なく、感情の起伏こそ感じられず、会話のキャッチボールを壁当て練習かと勘違いするほどに平坦だが、話はできる人間だ。自分の話は全然しないけれど。

 よく言えばクール系聞き上手。悪く言えばコミュニケーション障害のように思える彼。

 話そうと思えば話してくれるのだ。別に怖い顔してメンチ切っているわけでも、足を机に乗っけちゃうようなやつでもない。

 

 だというのに、だというのに誰も、クラスメイトの誰もが深掘りはしなかった。

 へー。じゃねえよ。気にしろよ。授業中何も言わずに抜け出しちゃうクレイジーボーイだぞそいつは。

 

 そんなのだから、外で偶然にもそいつを見つけたら、少し追ってしまうのも仕方がないだろう。追いかけた先は川。彼は迷いなく土手を降りていく。流石にその先まで追いかけたらストーカーがバレそうなので草むらに伏せた。

 というかこれ僕が追いかけているのがバレているからこんな場所に来たとかないだろうな。主人公特有の勘の良さとかやめろよマジで。

 

 件の彼はそのまま一人、人がいる場所へ向かう。

今更ながら、ここは随分とご都合的な場所だなと思った。

 なかなか高い堤防により音は住宅街に届きにくく、それでいて人通りも少なく、もともと荒れ果てた土地。争いごと上等なロケーションだ。

 不良漫画ならばきっと夕日をバックに殴り合いをするような気がする。いやあれは堤防の上でやるのかな?

 

「ここで勝負をつけるとしようぜ気取り野郎!」

 

 いつのまにか彼に一人近づき、声を上げた。気づかなかったが、腕が肘の辺りから二つに割れている筋肉質の異形の姿だった。そこから腕が割れていたら生活はしづらくないだろうか。利便性も思い浮かばない。しかし、格好とその威勢からしてその集団の頭領なのだろう。

 そんな驚くような状況に、どこか納得していた。学校を抜け出して帰ってきたら怪我をしている。今思えばそうそうある名前でもないと思ってしまう名前に、異形に囲まれてもなおあの毅然とした態度。

 

 この時に、疑念を得た。彼が行う行動になぜ誰もが疑問を提示しないのか、なぜ誰もが深追いをしないのか。

 

 そしてこう考えることにした。

 

 彼はこの世界の主人公なんだ。

 

 蚊帳の外にいる僕を置いて今にも戦闘が始まりそうな空気になる。

 

「…こちらもそのつもり」

 

 五鬼上はいつも通りに言葉をこぼし、何やらポーズ的なものをとった。ファイティングポーズってやつか? 今更ながら彼はハキハキ喋らない。しっかりと耳を澄ますことにしよう。

 

 そしてなぜか、僕はその状況がものすごく気になった。

 自分の暮らしている世界がそういうものなのだと思うと、今の彼を見る気分が違った。観客気分だ。

 今の僕の心は、変身するのかな。開幕必殺技かな。肉弾戦でどうにかする系主人公なのかな。苦戦するのかな。と好奇心でいっぱいだ。

 

 目いっぱいに見逃さないように見ていたはずだが、瞬きの数瞬のような時間に姿がブレて、そしてあの四つ腕なり損ないに接近する。

 振りかぶられた手は炎のように光り、そして振り抜かれた。怪物は四つ腕のうち2本で器用にも受け止めて、反撃。

 

 ちょっと待ってほしい。今なんか火出てなかった!? あいつ腕から火出てなかった!? この世界そういうジャンルかよ! 異能力格闘ファンタジーかよ! 好きです(突然の告白)

 

 そんなやかましい心情をよそに、戦いは続く。見るからに怪物は拳の威力を受け止めきれず、ふらつき動きがどんどんと鈍くなっていた。

 

「…おしまい」

 

 怪物の様相に、少し距離をとり拳を抱えて腰を落とす。振り抜くために引かれた拳は蒼く煌めき硬く握られていた。

 タメ攻撃だ。先ほどから打ち続けた拳の輝きとはまた色味の違う。蒼く光る拳を構える。

 

「何がだボっ…け、ェ…」

 

 強がりだ。というか勝負が決まっているだろう。これで彼が負けるとかありえないでしょ。

 

「蒼岩拳」

 

 なるほど平坦な声で告げられる技名も、これまた格好がいいなと僕は思った。叫ばれる技名も良いが、これはこれで。

 そしてその技名に恥じず、抜かれた拳は姿すらも追いかけることは叶わず。怪物は吹き飛び、二回ほど地面に激突しながら回転し、やがて止まった。

っょぃ

 

 いやまさかそんなに強いとは。全体で俯瞰するように見える立ち位置だからこそ、目で捉えられる時間はあったが、対面で戦う者は追うこともできないような超スピードだ。正直化け物くんは頑張ってたと思う。

 

 …五鬼上は敵の懐を漁っている。敵の死すら荒らすとは…やっぱりお金が厳しいのかな。

 

 声をかけようかとも思ったが、五鬼上とはクラスでも特に話していない。というより学校が始まってからまだ一ヶ月ほどだ。

 つまり話しかけようものなら気まずい。というか今話しかけたらタイミング的にダメだろう。見てたことバレバレだ。

知ってる顔があったとしても声を必ずかけるわけでもないので、今日は帰ることにした。

 

 音を立てないように来た道を引き返す。いやー怖かったぜ。ふいーとひたいを拭った。別に汗をかいていたわけでもないが。

 

 そんなことをしていたから、背後での出来事なんて知りもせずに足早に去ったのだ。五鬼上が堤防の方を見つめ何か呟いたことも知らずに。

 

「……今のは」

 

 

 

 

 そう言えば、僕はなぜ外に出てきたのか。何かようがあった気がするけど、忘れているならどうでもいいんだろう。

 ある程度離れた道すがら、小石を蹴飛ばしながら足を進める。

 

 五鬼上は主人公なんだろう。このまま時間が経てば戦隊ヒーローのようにカラーリング別の仲間を集めて、一緒に戦ったりするんだろうか。

 

「おっと」

 

 小石を蹴り損ねて靴の下に滑り込みバランスを崩しかける。しかし、僕は学ばない人類なのでまた新たな小石を蹴飛ばし始めた。

 

 ……この世界が五鬼上を主人公とした世界ならば、僕はなんなんだろう。

 クラスメイトの反応を思い出す。

 あれが、正常なんだろうか。クラスメイトだけじゃなく、先生もそうだ。深追いをしないあの様子はなんだ。あんな堂々とするサボりなんてあってたまるか。

 ならなんだ。それに疑問を持ってしまっている僕はなんだ。不自然にも思える周りの挙動がこの世界の強制力なら、なんで僕にそれはない?

 

 小石が落ちた。

 側溝に。

 

 もし僕が五鬼上の物語に登場したらどうなるんだ。なんの力も特技も才能もない僕が。そんなのよくて雑用クラスメイト、背景素材が増えるだけだろう。最悪の場合は主人公の怒りを引き出すためのダシにされるのがオチだろう。

 

 死ぬのはごめんだ。めんどくさいのも嫌いだ。

 

 なるほど。つまり僕はモブに徹していればいいんだろう。五鬼上が物語の主役でも、主役のいない場所でも世界は時間を進める。今までがそうだし、今からもそうだと思う。僕は僕の人生を歩めばいい。主人公に関わらず、僕の人生を。

 

「あ〜。なんかスッキリした〜」

 

 小石を落とした側溝に背を向けて、伸びをする。あ。ついでにあくびもしそう。

 

「イッタっ!」

「いたっ」

 

 前方不注意だ。誰かにぶつかってしまった。でも避けない君が悪いと、当たってしまった奴に目を向ける。形式的にも謝罪をしよう。

 

「すんません。前見てなかったもので」

「ええ、大丈夫……」

 

 歯切れが悪い感じだ。手早く済ませたいから頭を下げながら横を通り過ぎようとする。

 しかし、ガッと肩を掴まれた。

 ひぇっごめんなさい!

 

「…唯人?」

「えなんで僕の名前を」

 

 驚いて目を向けると、そこには肩の少し上で切られた燃えるような赤い髪を携え、似合わない黒縁の眼鏡をした少女が立っていた。

 

 ……お前も主人公かよぉ!!!

 

 五鬼上よりインパクトあるわ赤髪とか! あいつ黒だぞ! というよりなんだその眼鏡に似合わねぇ外せっ! 目が見えないぐるぐる眼鏡とか初めて見たわこの野郎!

 

「…唯人? まさか忘れたとか言わないで」

「あははまさかあはは」

 

 …昔の知り合いに会い名前を忘れていた時の対処法を、僕は急いで検索するのだった。

 

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