暑い、死ぬ。
奥沢美咲の脳裏に浮かんだその文字の一つが、彼女の眼前で哀れなものを見る目──というかドン引きの表情──のお嬢様から漏れる。
「……死ぬわよ」
「心配ありがとう、三園さん。けど大丈夫。三園さんが思ってるよりはミッシェルの中は快適だから」
キグルミのまま両手を振ってそう言う彼女は
「そうは言っても、滅茶苦茶じゃなくて?」
「いや! 本当大丈夫なんで。実はミッシェルには空調機能が付いてるから本当に見た目より熱くないんで──」
「そういう話だけをしてるんじゃないの!!」
呆れ声も、張り上げるとツッコミになる。
シャルロットは頭を抱えてため息を吐いた。
「どうしたの? シャーリー。大きな声を出して。何か楽しい事でもあったのかしら!」
「え? そうなの! 何があったか教えて、しゃりりん!」
「照り付ける太陽、波の音と海の香り。そこに咲く子猫ちゃん達の笑顔……あぁ、儚い」
とんでもないタイミングで現れた3バカに頭を抱えようとする美咲。しかし、彼女の手はミッシェルの大きな頭によって阻まれる。
「何があったって!! あなた達が!! わたくしを!! ここに連れてきた──というか拉致してきたんでしょ!!」
「まぁ……アレは拉致でしたね」
地面をドンドンと踏みながら声を上げるシャルロット。
雲一つない空から照り付ける真夏の太陽。
波の音と塩の香り。
ハピハピ島は本日も賑やかだ。
◇ ◇ ◇
時は数時間前に遡る。
「ハピハピ島に行くわよ!!」
「急に尋ねて来たと思ったらなんですの!?」
開口一番、弦巻こころが口にしたのはそんな突拍子もない言葉だった。
しかもアポ無し。
突然ハロハピの5人が家の前に訪ねてきたかと思えば、こころに手を引っ張られる。まるで小さな頃のように、あの時よりも賑やかな空気を纏いながら。
「わたくしが家にいなかったらどうする気だったのよ!!」
「そうなったら、シャーリーを探しに行くわ!」
「見付けれたとして、わたくしに予定があったらどうする気だったのよ……」
「だったら、また別の日に誘いに来るわ! 予定があるなら仕方がないもの!」
「いやアポくらい取れば良いでしょ!! この間連絡先も教えたのだから!!」
「突然シャーリーも呼びたくなったのよ。ごめんなさい、もしかしてまた迷惑……? かしら……?」
「いや……良いわよもう。本当……本当に、滅茶苦茶なんだから」
そんな会話をしながらも、シャルロットは荷物をまとめる暇もなく黒服によって車に乗せられ──飛行機に乗って気付けばハピハピ島に連れ去られていたという訳だ。
「無茶苦茶でしょ? あなた達は弦巻こころに文句の一つもない訳!?」
「慣れちゃいまして……」
「はぁ……」
大きなため息は、鳥の鳴き声にかき消される。
「しかし、日本の夏休みの楽しみ方を教えなさいと言ったのはわたくし……わたくしにも非があ……あると思う?」
「ないです」
ミッシェルの中で、美咲は静かに苦笑いをする。
「まぁ……良いわ。それでこそ弦巻こころよ。あー、やだやだ」
やだやだ言いつつも、シャルロットは
夏休み前の
「それで、こんな島に来て何をするつもりなの?」
「んー、そうねー。皆で笑顔になれる事をしましょ!」
「また
シャルロットが呆れていると、当然「大変!!」という声が聞こえてシャルロットは振り向く。同時に、ミッシェルがひっくり返る。
「ビックリした〜。どうしたのー、はぐみちゃん」
若干曲がった首を戻しながら、ミッシェルボイスでそう聞く美咲。
「かのちゃん先輩が居ない!!」
目を丸くして、北沢はぐみが言ったのはそんな言葉だった。
「どうして!!」
シャルロットは崩れ落ちる。
「花音さん……島で迷子は洒落になってませんよ」
美咲は項垂れた。
「どうしよう! かのちゃん先輩が消えた事に気が付かなかったよ!」
「音もなく消えるなんて、まるで小鳥さんね!」
そんな事言ってる場合か、と美咲。
「かのシェイクスピアもこう言っている……立つ鳥跡を濁さず、と。花音は鳥なのかもしれないね」
「言ってないし、鳥だったら困ります。とにかく、花音さんを探さないと!」
走るミッシェル。花音の名前を叫びながらそれを追いかけるこころとはぐみ。
シャルロットは苦笑いしながら、何やら独り言をぶつぶつ呟いている瀬田薫を引っ張って彼女達に着いていく。
あぁ……なんて騒がしい人達なのかしら。
◇ ◇ ◇
松原花音の悲鳴が海に響き渡る。
「ふぇ〜。流されちゃうよぉ〜」
「花音さーん!! カムバーック!!」
「おやおや、まるで本物のクラゲのようだね」
「また迷子になられても困るから誰か助けてあげなさいよ」
ハロハピ一行とシャルロットは花音を見付けた後、水着に着替えてビーチを満喫していた。
「確か黒服の人達が、この最新ミッシェルは海水に浸かっても大丈夫だって……! い、今行きますからね!! 花音さーん!」
「いやどんな技術よ」
そんな中、クラゲのフロートに捕まって泳いでいた花音が波に流されてしまっている。このままでは再び迷子である。
「助けて〜」
「今すぐいくわ!」
「私もー!」
運動が出来るこころとはぐみが花音を助けに海に飛び込んだ。相変わらずの騒がしさに、シャルロットは「優雅さなんてあったものじゃない」と苦笑いをする。
「シャルロットちゃんは泳がないのかい?」
「え、えーと……わたくしはここでのんびりさせてもらいます」
突然話しかけてきた薫とは目を合わさず、シャルロットはそう答えた。
どうも瀬田薫という人間に苦手意識を覚える。
弦巻こころとは別ベクトルで話が通じないタイプの人間だ。これは蟠りとは関係なく、ある意味恐怖心からくる距離感でもある。
何よりも、シャルロットがハロハピの舞台を邪魔をしていた時に全くもって動じずに演技を続け──あまつさえ怒ることすらしなかった。
こころはともかくとして、瀬田薫はシャルロット・ルイーズ・三園から見ると未知の存在なのである。
「なるほど、波の音を聞きながら優雅に過ごす。それもまた、確かに儚い時間の使い方だね」
若干言っている事の意味が分からないのも、彼女を恐る理由の一つかもしれない。
「しかし」
と、薫はシャルロットの隣に座りながら口を開いた。
「しかし……?」
「私にはどうも、子猫ちゃんは皆に混じって遊びたがっているように見えるんだ。勘違いだったらすまない」
「難しいのよ
蟠りは解消されたとはいえ、シャルロットが
あの頃どうやって笑っていたのか。
意識すると、どうしても分からなくなる。
どうしても、一歩引いた所から弦巻こころの事を見てしまっていた。
「行くわよ花音! それー!」
「ふ、ふぇ〜。こころちゃん……! そっちは逆だよぉ〜」
その笑顔が、自分には眩しく見えてしまう。
「簡単さ」
「簡単に言ってくれるじゃない……」
「おや、ミッシェル」
「え?」
シャルロットが顔を上げると、ずぼ濡れで身体に海藻を巻いたミッシェルが海の中から出てきた所だった。軽くホラーである。
「きゃーーー!!」
「どうしたんだいミッシェル。こんなにも儚い姿になって」
「冷静に考えなくてもミッシェルが泳げる訳なかった……」
どうやら美咲は花音を助けようとして本当にミッシェルのまま海に入ったらしい。その機能は本物のようだが、いくら美咲とはいえミッシェルのまま海を泳ぐのは不可能だったようだ。
「いいやミッシェル、諦めてはいけないよ。かのシェイクスピアもこう言っている……諦めたらゲーム終了だ、とね」
「いや、どう考えても無理なものはありますわ」
「そう決めつけるのは早計さ。ほらミッシェル、私の手を取って」
「薫さん!? ちょっと待って!!」
「大丈夫だよミッシェル。良いかい、流れに逆らおうとするから難しくなるのさ。流れに身を任せて、そうすれば簡単に泳げる筈だよ」
「それは流されてるんですよ!! あ、でも本当だ。ミッシェルでも泳いでるみたいになってる……!!」
「あの人達は何をしているの……」
流されるミッシェルを眺めながら、シャルロットは自然と笑う。
「簡単……ね」
ただ、自分が笑顔になっていることに気がつくとそれを意識してしまう自分がいるのだ。
◇ ◇ ◇
目隠しをしたミッシェルが大きな棒を持って立っている。
「スイカ割りをするわよ!! ミッシェルが!!」
「アレは見えているのではなくて!?」
「何も見えていないよ〜」
「ミッシェルのお目々が大きくて目隠しをするタオルを探すのが大変だったけど、これでミッシェルもスイカ割りを楽しめるわね!」
目隠しをしているのはミッシェルなので、美咲には全てが見えていた。
しかし、長年の付き合いによる
「あなたはそれで良いの……?」
「まぁ、せっかく黒服の人達が海でも大丈夫なミッシェルを作ってくれた訳ですから。……この状況はちょっとどう行動するか悩みますけど」
「ミッシェルー! もっとこっち側よー!」
「どっちが前なのか分からないよー。こころちゃーん、教えてー」
はしゃぎ回るこころとはぐみの声を聞いて歩き出す美咲。実際は全て見えているが、美咲は迫真の演技でミッシェルを続けていた。
「ふふ、美咲ちゃん楽しそう」
トロピカルジュースを飲みながら、花音がシャルロットの隣に立つ。
「楽しい……」
「シャルロットちゃんはミッシェルの応援、しないのかな?」
「あなた、あのクマに中身が居るって分かっているのでしょう?」
「でも、こころちゃんが呼んでるよ」
「シャーリー! シャーリーも、ミッシェルのお手伝いをしましょー!」
花音が指差す先。こころは、ミッシェルの後ろからシャルロットに手を振っていた。
「能天気なものですこと……。よくもまぁ、付き合ってられますわね」
「私達も楽しいから、かな」
皮肉に笑顔でそう返す花音。シャルロットは唇を噛む。
「わたくしも……」
楽しくありたい。また昔みたいに、こころちゃんと笑顔を追い求めたい。
けれど、一度手放してしまった物をもう一度掴む勇気が足りなかった。
確かに弦巻こころは変わったのだろう。
相変わらずの破天荒、異次元、滅茶苦茶。けれど、彼女は言っていた。
──『楽しい』って気持ちは、一人じゃ生まれてこないもの。困った時に隣に大切な人がいないのは、とても寂しいのよね。だからシャーリー、遅くなっちゃったけど、謝らせてちょうだい。あの時側にいてあげられなくて……ごめんなさい──
自分ですら気が付いていなかった気持ち。
それに気が付かせてくれた弦巻こころは確かに変わっているのに、自分はまだ変わらずにいる。
「私も、初めは怖かったなぁ。けど、こころちゃん達がね……私を引っ張ってくれたんだ」
「引っ張って……」
自分もそうだった。弦巻こころに引っ張られて、世界を笑顔にしたいと──
「そうやって、着いていくうちにね。私も笑顔になれるようになったんだ」
「流されろ……そういう訳ですわね」
ミッシェルに泳ぎを教えていた薫の言葉を思い出す。
シャルロットはゆっくりと、その足を伸ばした。否、背後から誰かに押されて、手を誰かに引っ張られている気もする。
それは、あるいは過去の自分と弦巻こころだったかもしれない。
「シャーリー! 笑顔よ!」
「……はいはい、笑顔。何回言うんですの、まったく」
否、それはここにいる弦巻こころだった。
「そもそも!! クマのミッシェル
「確かに! それもそうね。流石シャーリー! それじゃ、誰にスイカ割をしてもらおうかしら!」
「はーい! かのちゃん先輩が良いと思いまーす!」
「それは儚い提案だね。さぁ、花音。儚く、スイカを割ってあげよう」
「ふ、ふぇ〜!?」
「なんでここでそんな一番のミステイクが出来るかなあんた達は。ま、いっか。……頑張れ〜(ミッシェルボイス)」
流れるまま、
「さぁ、日本の夏休みを教えなさい! こころちゃん!」
騒がしい夏休みが、暫く続く事だろう。
ハロハピのストーリー良かったなー、という妄想。
久し振りにバンドリの二次創作したので、拙い所はご了承下さい。気が向いたら、また書くかもしれません。
それでは、読了ありがとうございました。