お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第二十七旋律 『最後の騎士』

キャメロットにてアルトリアとモルガンが戦い始めた頃。

ソールズベリーの領主館にはレインフォートとオーロラの姿があった。

 

「招かざるお客様、といえばいいのかしら。モルガン陛下と同じ魔術を使う魔術師の方?」

 

「アポイントメントを取らなかった非礼は詫びよう。しかし、僕の正体を語る時間はなくてね。君の能力を抑え込むか……それともその命を散らすかのふたつからひとつを選んでもらわなければならない」

 

「ふふっ、鮮烈な方だこと。いいでしょう、でもその前に少しお話をしていかない?あなたにとって悪い話でもないと思うのだけど」

 

風の氏族長オーロラ。

レインフォートにとっては間接的に自身の死の原因となった女の後継。

ブリテンが揺らいでいるこの局面でオーロラの言葉がどれだけの影響力を及ぼしてしまうかレインフォートは理解していた。

アルトリアを錦の御旗として対モルガンを掲げている妖精たちにとって風の氏族長のもつ『言葉』は絶大な力を持つ。

形勢が不利になって仕舞えばモルガンの側近たちだってその手を返しかねないほどの強烈な力なのだ。

 

「悪いけど、時間がないと言った」

 

「あなたにとって悪い話ではない、と言ったはずよ()()()()()()()

 

「…………お前」

 

「ふふっ、はははっ!」

 

目の前にいるのは確かに今代の風の氏族長だ。

自身の目が彼女の存在を確かにオーロラだと示している。

しかし、いま目の前にいる彼女の人格は話に聞くオーロラとはかけ離れていて……

 

()()()()()ね、レインフォート。死ぬ間際に次代の魂に私のカケラを残しておいて良かったわ」

 

「……アウローラ」

 

「6000年ぶりの感動の再会よ?もう少し嬉しそうな顔をしてくれないかしら?」

 

あどけない笑みで、妖艶な表情でオーロラ……いや、アウローラは僕の目の前に歩み寄った。

 

「でもね、時間は私にもないの。無理やりオーロラ(この子)の人格を乗っ取っているから、持って1時間くらいかしら?」

 

「キミの人格が残っているなら尚更生かしてはおけないな。あれからだいぶ時間も経ったろうに、その悪辣さはさらに磨きをかけたように見える」

 

「この子が純粋すぎるのよ。純粋な悪、私のように悪辣であった方が美しさも磨きがかかるものなの」

 

「キミの持論は結構、6000年前に耳にタコが出来るほど聞いたよ」

 

アウローラから視線を逸らさず、彼女の発言に耳を傾ける。

 

「そう、じゃあひとつめ。オーロラの肉体を殺すことは勧められないわね」

 

「いまさら命乞いかな?」

 

「そう思う?でも残念、私を殺したらあの騎士……えっとなんていったかしら……ああそう、メリュジーヌがその外殻を維持できなくなるのよ」

 

「あの娘はオーロラ()があの湖から掬い上げたアルビオン(龍骸)の片腕。オーロラ()への想いがあの姿を維持しているの。あとはわかるでしょう?あの娘はオーロラ()という外付け装置がなければ妖精としての存在を維持できない。オーロラ()を殺せば……ふふっ、姿を維持できない龍骸はどうなるのでしょうね?」

 

「…………最悪だな、キミ」

 

そんなもの、いやでも理解できた。

ブリテンを襲う大厄災、その一つになり得る龍骸。

彼女が初めて僕に自分の名を全て名乗った時、あのアルビオンという名からその可能性は危惧していた。

どうやって、とか。

どうしてあの骸が妖精に、とか。

そんなことを考える間もなくブリテンに連れ去られてこの瞬間までメリュジーヌならば安心だ、と過信していた。

 

「そうでしょう?だから、あなたはオーロラ()を殺せない。ブリテンを焼き払う厄災を解き放つ覚悟があなたにはないでしょう?」

 

「だから…………これは6000年前の報復の続き」

 

「本当は楽園の妖精もブリテンの崩壊もどうでも良かった」

 

「ただ、私のものにならなかったあなたに復讐できれば良かったの」

 

「ねぇ、レインフォート。また私に苦悶の顔を見せて?あなたの大切なものを奪う喜びを私に頂戴?」

 

恍惚の表情を浮かべてアウローラは僕から離れていく。

彼女の羽が震える、彼女の声がこのブリテン中に響く。

 

『この声が聞こえますか?

 

私は風の氏族長オーロラです

 

どうか、ブリテンに住まうすべての妖精たちにこの声が届きますように

 

いまキャメロットではモルガン陛下を討つべく、勇敢な妖精たちが戦っています。

 

陛下の力は強大です。

 

そしてそれ以上に、私たちは彼女を敬愛していました。

 

私たちのブリテンを2000年間護り続けてくれた尊いお方、敬わまわない妖精はいないでしょう。

 

……ですが。そのご恩を受けてなお、私には見過ごせない事実があるのです。

 

キャメロットで戦う皆様、どうかお聞きください。

 

女王モルガンの正体を彼女が歴史の陰で何をしていたのか、その事実を。』

 

アウローラの声が、オーロラの声としてブリテン中に響く。

最悪の展開だった、僕はこいつを殺せない。

この女を殺したことでアルビオンが目覚めるのなら天秤にかける必要すらない。

 

だが、このままこの女を放っておけばモルガンは……。

 

「ほら、こんなところに居ていいのかしら?キャメロットに急がないと……今度こそ無くしちゃうわよ?」

 

「やっぱり、最低な女だよキミは」

 

水鏡を展開してキャメロットへ跳ぶ。

この声に惑わされた妖精が何をするかなんて、火を見るよりも明らかなのだから。

 

 

 

 

 

 

****

 

「思念体が一つやられたか、ならばふたつ追加するとしよう。アルトリアの相手ならば3体いれば抑え切れるだろう。メルディック、他の状況はどうなっている?」

 

「女王……へい、か」

 

鈍い音と共に倒れる騎士メルディック。

それと同時に困惑が広がる玉座の間。

騎士メルディックは女王騎士の中でも特に力のある騎士である。

妖精騎士には及ばずともこの玉座に配置されるほどの騎士であった。

そんな、彼の胸には大きな穴が開き……見ただけで即死であったことが理解できる。

 

「……礼賛、せよ……平伏、せよ……ブリテンの守護者……われら……牙の氏族の……主人……女王陛下の……御前で……ある……女王陛下の……威光で……ある……」

 

「な、なんだあれは!どこから入ってきた!?」

 

その姿はまるで幽鬼のようだった。

ゆらゆらと、ふらつく足取りで玉座の間に現れたのは彼の排熱大公……その顔に生気のないウッドワスの姿だった。

 

「ウッドワス、生きていたのか。地下の抜け道を使ったな?お前に教えたのは1000年前だったか……よく覚えていたものだ」

 

「もちろん……万が一にと、私とアーデルハイトにのみ教えてくださった……このウッドワス、親友との約束も陛下への忠誠も……方時も胸から離れたことはありませぬ……」

 

「……いや、それよりもウッドワス……今までどこにいた。何故すぐにキャメロットへ帰城しなかった……!」

 

「アーデル、ハイト……陛下……ああ、予言の子などどうでもいい……ベリル・ガットなどどうでもいい……!どうして、どうして援軍を送ってくれなかったのですか……!どうして私の隣で戦ってくれなかったのだ……!」

 

「お聞かせください陛下……!答えてくれアーデルハイト……!」

 

それは彼の魂からの問いかけだった。

あのロンディニウムでの戦はキャメロットからの援軍があれば敗北はなかった。

隣で親友が駆けてくれるだけで敗北はあり得なかった。

あのとき、そのどちらかがあればこんな惨めな姿になどならなかったのに。

 

「援軍を送らなかった……?何を言う、お前からの報告を受けて開戦に間に合うように派遣したではないか。女王騎士15名と下級騎士300名、それを活かせなかったのは他でもないお前ではないか」

 

「───ぁ、ああああああ……ああああああああ!!!!!」

 

モルガンの答えにウッドワスは慟哭した。

数日前、彼はオーロラに出会っていた。

そこで告げられたのだ。

 

『モルガン陛下が援軍を送らなかったのはあなたを信じているから』

 

『もし、モルガン陛下が()()()()()()と答えたのなら、それは貴方を騙すための嘘。牙の氏族を見捨てる理由に過ぎない』

 

『だって実際に送られていないんですもの、そればかりは誤魔化しようのない事実で……女王陛下も妖精騎士長も貴方を切り捨てたのです』

 

オーロラの言葉は劇薬だった。

確かめなければならないと思って死に体の体をここまで引きずってきた。

だけど……もうダメなのだと、自分の忠誠は自分の友愛は簡単に見捨てられてしまうような薄っぺらいものだったのだと悟ってしまったのだ。

 

「───モル、ガン……!モルガァァァァン!!!」

 

ウッドワスが激情のまま駆け出した。

自身の忠誠を裏切った彼女をどうにかしてしまわなければもうこの怒りは、悲しみは、絶望は癒せないと。

 

ブリテン最強の爪がモルガンに接近する。

その爪の速度に、ブリテンで最も忠義を誓った戦士にモルガンは反応できなかった。

 

しかし、ウッドワスの爪はモルガンを貫くことはなかった。

 

「アーデル……ハイト……?」

 

ウッドワスとモルガンの間に、胸を貫かれたアーデルハイトの姿があった。

胸から込み上げる血を吐く、動揺を隠しきれないウッドワスと、震える声で自身の名を呼んだ君主に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「……あれだけ苦労して礼節を身につけたのだろう……我が友よ」

 

「モルガン陛下が一度でも私たちを裏切ったものか……あのお方をいつも傷つけ、裏切ってきたのは私たち……妖精の方だというのに……」

 

「血走った目だ、それほどまでに私たちが憎かったか……?それとも、オーロラの世迷言にでも感化されたか……?真実など、帰城すればすぐに……わかったろうに……」

 

「───ぁ、アーデル……ハイト……。許して、くれ……許してくれ我が友よ!オレは……オレは取り返しのつかないことを……!」

 

「…………してくれ…………殺して、くれ……頼む……オレを……オレをひとりにしないでくれ…………!」

 

どうして、1000年感笑い合った親友を信じられなかったのだ。

どうして、二代にわたって忠誠を誓った女王を信じられなかったのか。

ほんのすこし、この数ヶ月の恋心に惑わされてしまったのだろうか。

 

「申し訳ありません…………モルガン陛下…………このような……このような……!」

 

「オーロラの世迷言に惑わされたのなら減点だ。しかし……どれほど怒りに身を任せてもお前の毛並みだけは変わらんな。幼き勇者ウッドワス……お前の毛並みはこのブリテンでもっとも温かく、愛らしかった。次代のお前が現れたらまた私の元に帰ってくるがいい、私は何度でもお前を第一の爪として扱おう」

 

「……言葉にしなければ……言葉にされなければこんなことすら、わからなかったなんて……お許しを、陛下……私は……こんなに愛されていたのに……」

 

その言葉と共に、ウッドワスの胸に剣が突き刺さった。

その重たい身体が、アーデルハイトにのしかかる。

 

「……女王陛下、私も……ここまでのようで……」

 

「………………2000年の間、お疲れ様でした。お前がいなければ、私はとっくに壊れていたでしょう。あとは、任せなさい」

 

「……ありがたき、おことば」

 

ウッドワスを支えていた身体が倒れる。

ブリテンを支え続けたふたりの男が、同時にその命を星に帰したのだった。

 

「……………………」

 

玉座の間に沈黙が流れる。

誰も、言葉を口にできなかった。

誰も、目の前の光景を信じられなかった。

 

「玉座に戻る、反乱軍を片付けなければならないからな」

 

モルガンのヒールが鳴る。

一歩、二歩、三歩と進んだところで数十名の騎士を引き連れた男が玉座の間に入ってきた。

 

「いいえ、玉座に戻る必要はありません。貴女にはその資格がありませんので」

 

現れたのはスプリガン。

数十名の騎士を引き連れて、この玉座の間に乗り込んできたのだ。

 

「ウッドワスを手引きしたのは貴様だな?長生に飽いたか、スプリガン。今になって、自ら破滅を望むとは」

 

「いえいえ、寿命は常に悩みの種でしてね。それはそれ、今回はきちんと勝ち筋を用意して……いいえ、今しかないというのが正しいでしょう」

 

「あなたの妖精國は素晴らしかった。たった1人の為政者が2000年も君臨した例は他にはありますまい……しかし、ちと退屈でしたな。衰退も繁栄もないのではそれは国とは呼べますまい。モルガン陛下、ブリテンはあなたの庭ではない……少女の夢から、そろそろ卒業してもらわねばなりません」

 

数十名の騎士がモルガンを囲む。

その剣が、本来守護するべき主人へと向けられた。

 

「───舐められたものだ。この程度の雑兵で私を殺せるとでも?たとえ首だけになっても貴様たちなど敵ではないと」

 

「だからもちろん、切り札は持ってきているのですよ」

 

スプリガンの後ろに控えていた騎士が、赤い少女を放り投げた。

しかし、モルガンにとってそれは何よりも大切なものだった。

 

「……バーヴァン・シー」

 

意識を失っている、訳ではない。

あの呪いの影響でまともに動けないのだ。

ダメだ、彼女を盾にされてはモルガンは動けなかった。

 

「……殺せ」

 

スプリガンの声が響き、騎士たちが一斉にモルガンに襲いかかり……。

 

 

 

「───させる、ワケ……ねぇろうが……!!!」

 

襲いかかる騎士を一掃するように呪いの雨が降る。

スプリガンの足元に転がっていたはずの少女が、自身の母を、自身の主君を守るために立ち塞がっていた。

 

「あなた、もう死に体だったのでは?」

 

「……最後の空元気だっての、お節介な従姉妹が持たせてきたアクセのお陰でなんとか最後の最後まで持ったみたいでな」

 

「バーヴァン・シー……」

 

「ごめんなさい、お母様。でも、ここは任せて欲しいの」

 

「お前がいるのなら……お前が生きていてくれるのなら私は……」

 

「ううん、もうこれが最後、これでおしまい。これが、私がお母様にできる唯一の恩返しだから……だから、お母様は頼んだわよ伯父様ァ!」

 

バーヴァン・シーが玉座の裏に現れた人影に向けて叫ぶ。

呼ばれた人影は一瞬でモルガンの隣に立って、その腕を掴んだ。

 

「任された、バーヴァン・シー」

 

「嫌!待って!待ってお兄様!!」

 

「すまない、今だけは君のいうことは聞けない」

 

「バーヴァン・シー!!!!!」

 

水鏡に消えていく手は最後までバーヴァン・シーに伸ばされていた。

消えゆく直前に、地に落ちた冠だけを残してモルガンは姿を消した。

それを見送ったバーヴァン・シーは周囲に立つ数十名の騎士たちを見てため息を吐く。

 

「……モルガン陛下を逃したところで、これからどうするというのだ?もう、あの女王の治世は続かない……あの女はブリテンにもう見捨てられたというのに、数刻後にはモルガン陛下が逃亡した事実はブリテン中に知れ渡る。そうなればお前の献身など無駄に……」

 

「バカじゃないの?無駄になんてさせないわよ」

 

「その死にかけの身体で何ができる?」

 

「ここにいた奴らは内輪揉めで全員死んだ、そうすりゃ目撃者なんて何処にもいないでしょ?」

 

さぞ当たり前のように、バーヴァン・シーは微笑みながら告げた。

彼女の手には先ほど攻撃した騎士が落とした剣が握られている。

妖艶な笑みを浮かべた彼女は、最後の務めを果たすために剣を取った。

 

「おい、アーデルハイト。そんなところで寝てんなよ……ダチと仲良くくたばって満足してんじゃないわよ……お母様が逃げた痕跡を全部消さないと、死んでも死に切れねぇだろ……!」

 

「………………まったく、このじゃじゃ馬娘は」

 

ウッドワスと共に倒れていたアーデルハイトが立ち上がる。

 

「それに、お母様に舐めた口利いたこいつはぶっ殺しておかないとなぁ!?」

 

「同意、ですね……たとえ死にかけでも、ここにいる全員を始末する程度は」

 

「……!死にかけの騎士風情が何ができる!」

 

スプリガンの声には動揺の色が乗っていた。

目的の人物には逃げられた、この後の取る行動はすぐに頭の中で組み立てていた。

 

高々死にかけ吸血妖精の1人くらい、腹を貫かれた騎士の1人くらい。

すぐに始末してモルガンの捜索を始めればよかったのに……。

 

「……玉座の間から出れない!」

 

下士官の誰かが叫んだ。

扉を叩いても、武器で攻撃しても扉は固く閉ざされている。

 

「……逃しませんよ」

 

「お前たちは、私たちと一緒に死ぬってワケ」

 

バーヴァン・シーの口角が上がる。

アーデルハイトがウッドワスの心臓を貫いていた剣を再び手に取る。

全ては親愛なる母/女王陛下の為。

 

女王の娘とはじまりの騎士による最後の殺戮が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十数分後、玉座の間に残ったものはただのひとりもおらず

 

 

血に濡れた王冠だけが玉座に残されて

 

 

力を使い果たした2人の騎士は大穴の中へ落ちて行ったのでした。

 

 

 




魔女に希望を与えた少女は最期の恩返しを。

魔女に2000年付き添った騎士は最期の忠義を。

そして、魔女は玉座を追われブリテンに女王は不在となりました。

おめでとうございます、予言の子アルトリア様。

あなたの戦いは勝利に終わりました。

あなたの苦労は報われました。

仮初の平和を、女王歴の終わりを祝いましょう。

これからは、あなたたちの時代なのですから。

アヴァロン・ル・フェの更新について

  • 今まで通り月に3〜4話見れればいい。
  • 待ってもいいからストックして放出
  • 別に気にせんでええねんで(^ω^)
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