お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
星の内海。
正直どんな場所かと思えば、外の世界とは違う一面の花畑だった。
見渡す限りの花畑の中に一本の道が奥に見える塔に続いている。
あそこを目指せばいいんだとみんなで歩みを進めて……。
唐突に試練という名の記憶の再生会が始まった。
ああ、わかる。
これはレインに会う前の冬の記憶だ。
あの時は屋根に穴の空いた馬小屋がわたしの居場所だった。
毎日寒くて、火を使おうにも杖をとりあげられてしまったわたしにはまだ魔術は難しくて。
ずっと、ずっと、必死に藁を掻き集めて指先に至るまで冷たくなった身体を必死に温めようとしていたのを覚えている。
なにもずっとそんな生活をしていたわけじゃない。
たしか、こうなったのはこの時の3年くらい前からだっただろうか。
『さむい、さむいよ……たすけてよ、マーリン』
『…………あ、あれ?足の指、とれちゃった』
『いたいよ……さむいよ……だれか、たすけて』
ちいさな、ちいさな少女が凍えて冬を過ごす。
「……大丈夫、次の冬は暖かい家の中で大好きな人と笑って過ごせるから」
目の前で泣くこともできない少女へアルトリアは届かない声をかけた。
───これは、わたしが経験した最も辛かった冬の記憶。
「今の……アルトリアの記憶……?」
「あー、試練ってそういうことかぁ……これ、リツカたちに見せてもなんの得にもならなくない?」
強がりの笑顔を浮かべる。
マシュも村正もリツカも見てはいけないものを見たような、気まずそうな顔で……村正に関してはほんの少し機嫌の悪そうな顔をしていた。
「まあでも、わたしの記憶を辿っていくのが試練なら大したことないね。あんまりいいものじゃないけど、さっさと行っちゃおう!」
雰囲気が最悪のなか、最後の旅路を先頭切って歩いていく。
後ろのみんなを見ちゃダメだ、きっと決意も覚悟も揺らいでしまうから。
そして、少し歩いたところで再び世界が切り替わる。
それはわたしがひとりの鍛治師に出会った頃の
たったひとりでわたしを予言の子だと見抜いたその鍛治師はエクターという凄腕の鍛治師だった。
初めて会った時は2度とくるなと、人と関わりたくないから人里離れた辺鄙なところに住んでるんだからとハンマーを投げられながら追い返されて。
その日はいつも以上にとぼとぼと元気のない足取りで帰って行った。
でも、数日も経たないうちにまた来ちゃったのでした。
もうこっぴどく罵倒された、エクターが加工した髪飾りを触ろうとして怒られそうになって……わたしにはそれが現れないことを知ったエクターはとんでもないことを言い出したのでした。
「……やはり、鉄にふれてもかぶれ毒にはかからんか。外見は風の氏族似だが、やはり魔猪の氏族だったか」
───そんな氏族ねぇのです。
「炉も鉄も怖くないのか、興味があるのか……?」
その問いかけにわたしは大きく頷いた。
だって生まれてはじめて興味を持ったものだった。
綺麗な髪飾り、繊細なアクセサリの数々。
そんなわたしをみたエクターはほんの少しだけ優しい顔をして。
「そうか」
そう頷いたのでした。
それからしばらく通い詰めて、不器用なエクターの弟子になることを認めてもらってわたしはエクターのお手伝いをするようになった。
バゲ子をはじめて見たのはこの頃でした。
今思えばギフトの影響で名前が隠されていたのでしょう。
エクターが四年かけて作った高級品の鎧をお金でそのまま買っていけるような妖精なんだと嫉妬したのを覚えている。
はじめて他人に噛み付いたのもこの辺りだったような……。
まあ、その辺りはいいでしょう。
今思えば、髪飾りが欲しいと思い始めたのはこの頃でした。
エクターがわたしが売り物の髪飾りを物欲しそうに眺めていたのに気がついてぶっきらぼうに「一つくらいなら練習のための手本に持っていけ」と言ってくれたのを覚えている。
でも、それをわたしは受け取ることができなかった。
喉から手が出るほど欲しかった、涙が出そうなくらい嬉しかったけど……わたしはその言葉に対して首を横に振ったのだ。
自分のものなんて持ってたら、また取り上げられちゃうから。
あの選定の杖みたいに『たいせつなもの』は手に入れちゃいけないんだ。
そして、それから数日も経たないうちに村の妖精に短刀を一つ渡されたのでした。
「あの丘の上にいる鍛治師は親衛隊なの。『予言の子』であるあなただけにはあの鍛治師は警戒しない。だから……証を見せて?その短刀であの男を始末して私たちを守って……?」
短刀を手にしたまま、わたしは村を出て丘のうえの工房に───
───秋の記憶はここまで。
結局のところ、わたしはエクターに短刀を振り下ろすことは出来ませんでした。
村に帰って適当な言い訳をしよう。
村の妖精たちは結構適当だからなんとなく切り抜けられると、タカを括っていた。
まあ、わたしの跡をつけていた妖精に告発されて地下牢に閉じ込められたわけですが。
どうやらウッドワスに引き渡されるらしく、数日後にはその部隊がここに来るらしくて、たくさんの妖精がわたしに会いに来ました。
自分の立場だとか、恨み言だとか、半分以上というか9割聞いてなかったけど、逃げ出すために必要な情報だけは必死に集めて。
そして、数日後。
外から聞こえる喧騒でウッドワス率いる処刑隊が来たんだと身構えた時。
「ふん、生きているな。村の連中もそこまで愚かではなかったらしい」
そこにいたのは傷だらけのエクターでした。
奪われたわたしの杖と、新しい帽子を持って助けに来てくれて。
「時間がない、さっさとここを出るぞ。ウッドワスに見つかればどうあがいても逃げきれん」
エクターに手を引かれて地上に出ると、そこは火の海でした。
処刑隊が村に火を放って口減しでもしたのか、そうとしか思えなかった。
でも、エクターは違う意見だったのです。
「冬越しをするために口減しをするとは聞いていたが、互いに殺し合うとは……愚かを通り越して哀れな……」
その言葉はどこか諦めを含めたものだった。
まるで何度もそんな光景を見てきたかのようなそんな声音だった。
でも、わたしの足は自然と村へ向かう。
火の海の中にまだ無事な子がいるなら助けないと。
そんな気持ちに駆られるように杖を握りしめて一歩踏み出した時、エクターに腕を掴まれる。
「お前が行ってどうする、お前をウッドワスに売ろうとしたやつらだぞ。そんなやつを助けにいく理由がどこにある」
「そうだけど……!でも14年間ずっとに暮らしてきたの!ずっと嘘だらけだったけど見捨てていい理由には……!」
「バカモンが……!」
それだけ口にしてエクターはそのままわたしの手を引いて村の外へ走っていきます。
走って、走って、走って───。
そうしてたくさん走って逃げ込んだ森の中でエクターは足を止めた。
「よし、ここまで来ればもういいだろう。このまま真っ直ぐ抜ければソールズベリーでもどこにでも行ける」
「エクターは?一緒に来てくれるとか……」
「ダメだ。ワシには仕事が残ってる。おまえが逃げるのを見届けたらそのまま岬の鍛冶場に戻って残った仕事をやらないといかん」
「まったく……迷惑をかけおって、2度とワシのところに顔を出すなよ」
突き放すように、彼はぶっきらぼうにそう言う。
でも、見えていた。見えてしまっていたのです。
服に染み出す程の出血、なんども刺されたであろう傷だらけのいかつい背中。
その弱々しい鼓動が、もう少しも持たないってことも。
「でも……でもエクター!」
涙が溢れそうな瞳で彼の名を呼ぶ。
優しい嘘だった、きっとわたしの為についたあまりにも優しい。
「……そうか。やっかいだな『楽園の妖精』というヤツは」
今思えば、わたしの中にある旅を続ける理由はこの言葉にあったのでしょう。
「顔をあげろ、杖を握れ。旅立ちのときだアルトリア」
「誰がなんと言おうと、お前自身が疑おうと。お前は間違いなく『予言の子』だ」
「あの夜、ワシを殺さなかっただろう?それがおまえだ、おまえの本性だ」
「どんなにブリテンに拒絶されても、どんなに妖精たちにうとまれても」
「どんなに他の妖精より弱くとも、誰よりも救世主に向いている」
「気づいていなかったようだがね。おまえは根本的に自分のためには怒れないのだ」
「それに───おまえは
それははじめて、わたし自身を信じてくれた人の言葉でした。
四年一緒にいたぶっきらぼうな鍛治師のおじいさん。
離れたくなかった、一緒にいてほしかった。
いつか、鍛治の弟子として扱って欲しかった。
だから───。
「や、やだ!わたしも鍛冶場に戻る!岬で暮らす!16歳になるまであと2年もあるんだよ!?それに、17歳になって予言が嘘になればエクターに迷惑は───」
わたしのわがままは、彼の耳には届かなかったのです。
小さな夢は、最初から叶わないものだったのです。
ただひとつわかるのは、胸に響く鼓動だけ。
まだ生きている、わたしの……鼓動だけでした。
いままでお世話になったみんなにさようなら。
わたしを信じて、助けてくれた優しいおじいさんにお別れを。
どんなことがあってもヘコたれないのがわたしの取り柄だもん。
なら、先に進まなくちゃ。
そうして、わたしは前に進むのです。
はじめの数ヶ月はひどいものでした。
ソールズベリーの衛兵にどれだけ説明しても予言の子だとは信じてもらえず、腕っぷしにはすこし自信があったのでモース駆除のお手伝いをしても報酬なんて1モルポンドも貰えなくて。
お腹が空いて、ひもじい思いをして。
でも、頑張らないと。
誰も信用できなくても、誰もわたしを見てくれなくても。
わたしを信じてくれたひとがいたのですから。
───でも、ほんの少しだけ休みたいと思ったのでした。
あの岬の鍛冶場で少しだけ休憩しよう。
もう、何も残ってないかもしれないけどみんなと過ごした村に帰ろう。
そうして少し休んだら、また頑張ろう。
───そして、わたしはわたしの運命の人とであったのです。
夏の記憶はこのあたりで。
「……いやほんと、こんなしょうもない記録ばっかり。もっと楽しい記憶あったでしょ」
冬、秋、夏の記憶はわたしにとってつらい記憶ばかりだった。
この分だと春の記憶もあんまり期待できないけど、わたしにとって辛かった記憶はほぼ全部見たような気もする。
この2年はわたしにとってもいい思い出ばかりだったから次はたぶん大丈夫だろうなんて楽観的に思っていた。
「まあでも次で最後だし、さっさと行っちゃおう!」
旅の終わりが、近づいている。
次の記録を閲覧したらわたしの旅は終わる。
振り向けばみんなの顔は暗かった。
わたしの過去、そんなに面白いものじゃなかったもんね。
仕方ない、とは思っていても。
「ねえ、最後だから……みんな笑ってて欲しいんだ」
「アルトリア……」
「リツカもマシュも村正もそんな辛気臭い顔してないで!ほら、次は明るい思い出が見れるはずだって!」
もう、選定の場は目の前だ。
重い空気も暗い雰囲気も出来れば払拭して行きたい。
これから出来上がる剣が曇ったら大変だもんね。
そうして、わたしたちは最後の記憶。
春の記憶を閲覧するのです。
改めてこの話を書くにあたってアヴァロン・ル・フェを読み返しているんですよ。
なんか本当につらくて、苦しくて。
それを部分的にもっと酷くしている自分は妖精以下のカスなのではないかと思ったり。
でもこの作品はハートフルなコメディ作品(自認)なのでこのまま進みます。
読者の皆様からの【高評価】や【感想】もたくさんお待ちしてます。
予約投稿時(9/2 13:00現在)で☆10がもう少しで150件になり色が変わりそうなのでそこも何卒…………。
それではまた次回『第六星 あなたの為のつるぎ』でお会いしましょう。
アヴァロン・ル・フェの更新について
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今まで通り月に3〜4話見れればいい。
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待ってもいいからストックして放出
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別に気にせんでええねんで(^ω^)