お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
選定の場に満ちていた光がゆっくりと消えていく。
星の聖剣を鍛造するために楽園の妖精を贄とした宙の炉の熱が冷めていく。
炉の熱が下がったということは、その役割を終えたということ。
それは、アルトリア・キャスターという少女の命が燃え尽きたということを示していた。
「アルトリア……」
「……霊基反応、一騎、消失」
「…………」
選定の場に満ちるのは嫌な沈黙だった。
自分たちよりも年下の女の子が、星のために命を捧げた。
たったひとつの聖剣を作るためにその身を灼いたのだ。
「……アルトリアさん、聖剣を作るためとはいえ、こんな……」
知らなかった、では済まされない。
彼女を大切に思うひとりの妖精にどのような顔をしてこれから向き合えばいいのか、そんな思いがふと心の中に現れて。
「そうですよね、正直造り方に問題があると思います。効率が悪いというか人の心がないというか……まあ、星の内海は惑星の魂の置き場。もともと人の心とかないんですけど」
冷めた炉の中心に、消滅したはずの彼女が立っていた。
その手には幾度と見てきた聖剣とは違う形の眩い蒼の光を纏う聖剣。
困ったような表情のまま、アルトリア・キャスターは楽園に帰還していた。
「お待たせしました。立香、マシュ。こちらが『聖剣の
アルトリアから差し出されたのは聖杯によく似た魔術原理。
これから先のカルデアの道を切り拓く為の最強の魔術理論。
それが、マシュの持つラウンドシールドに格納される。
しかし、彼女たちにはそれ以上に問い詰めたいことがあった。
どうやって、この場に戻ってきたのか。
それを知るものはここには誰もいなくて、この場に連れてきたマーリンですらその方法が分からなかくて。
そして、その場にいるはずのものが1人いないことに気がつく。
異星の神の使徒、英霊・千子村正。
先ほどまでは一緒にいた、アルトリアを見送るその瞬間まで。
「英霊、千子村正は自らの信念に殉じました。わたしが今こうしてここにいるのは彼が最後の仕上げをしたからです」
「聖剣は星の内海に納品され、この異聞帯の前提は覆された。やがて、緩やかに
「───でも、その前にやるべきことがあります。モルガンが生み出した異聞世界ブリテン、そこに生まれた厄災は剪定事象にはなり得ません。それは、あなたたちの手で倒さなければならない『人類の脅威』です」
これまでカルデアが幾度と乗り越えてきた『人類の脅威』。
これからの戦いが世界を滅ぼすのではなく、世界を救うための戦いであれば。
それは本来、星見の魔術師たちが最も得意とするところである。
「行きましょう、崩壊するブリテンへ」
「そういうことなら私からもサービスだ。手遅れになったブリテンをほんの少しだけ巻き戻そう」
「巻き戻す……?ケルヌンノスの出現前に、ですか?」
「ああ、実はあの大穴には時間をかけて幻術をかけていたんだ。おかげで私のこの霊基もボロボロでね。術を解除すればこの私も消え去るだろう。君たちの戦いを最後まで見届けられないのは残念だが……」
マーリンは最後にアルトリアを一瞥してひとつ、小さく頷いた。
「なに、彼女に全てを差し出せと言ったのに私がなにもしないのはロクデナシの私でも気が引けたというわけさ。さあ、帰り道はサービスだ!霊洞を通らず直接ストーム・ボーダーに届けよう!私が戻せるのはせいぜい2時間……いいや気合を入れて3時間だ!それが君たちに許された決戦時間……そこで全てをどうにかする必要がある」
「もちろん、なんとかしてみせます。わたしたちには正しく聖剣を手にする王がいますから」
「ああ、彼にもよろしく伝えておいてくれ。もしカルデアで私にあったら拳の一発くらいなら覚悟しておくとも」
「ええ、貴方も壮健で本物の花の魔術師。まあ、ここはアヴァロンの陰ですから本物の貴方は今も幽閉塔にいるのでしょうけど」
「それもお見通しか、本当に聖剣の守護者になったようだね。では行くがいい、滅びゆくブリテンへ!黄昏の空を超えて、澄み渡る青空のために!」
3人の意識が、同時に途切れる感覚。
身体を纏う重力が消えたような感覚、それと同時にレイシフトに似たような意識の遠くに引っ張られるような。
では、おかえりなさい。
ブリテンは滅びを迎えました。
とてもつよい、厄災が現れました。
最後の希望は、あなたの手の中に。
****
妖精国ブリテン、ソールズベリー。
魔犬出現から2時間経過。
領主館の外は酷いことになっていた。
暴動と殺戮、妖精たちが悪妖精に堕ちてそれが伝播していく。
人も妖精も、その命を無意味に無価値に捨てていく。
「オーロラ」
「誰……っ!?」
大聖堂の最上階、オーロラの個室にメリュジーヌはたどり着いていた。
全ては彼女の真意を知るため、彼女であるのかを知るため。
「メリュジーヌ……ああ、あなたがいた。貴方がいたわね!ブリテンで1番強い騎士ですもの、怪我はなかった?」
違う、と感じた。
オーロラはあんなに満面の笑みを向けてくることはなかった。
でも、それだけならまだオーロラであるかもしれない。
彼女だって命の危機になればそんな“気まぐれ”だって起こすだろう。
「…………オーロラはどこだい」
「何を言ってるのメリュジーヌ?オーロラなら私でしょう?」
「ああ、確かに僕の目の前にいるのはオーロラだ。でも……キミは違うだろう?」
「………………」
部屋の中に沈黙が流れる。
聞こえるのは外の喧騒とオーロラを生贄にしようという妖精たちの叫び声。
「なにを言っているの?」
「誤魔化さなくていい、レインから全部聞いてるんだ。僕が……私がキミを知らないと思ったかい?」
「そう、レインフォートが」
オーロラの声音が下がる。
先ほどまでの無垢で無邪気な女の声ではない、明確に悪意を孕んだ女の声だった。
その顔もその姿も、すべてオーロラのものだ。
でも、彼女から発せられる声が、振り撒く雰囲気がオーロラではないものだとメリュジーヌの感覚が、妖精としての起源が知らせていた。
「アウローラ、それがキミの名前だね」
「ふぅん……?本当に全部聞いてきたのね。だからなに?私がオーロラじゃなければどうにかできて?」
アウローラが笑う。
その姿は確かに美しく、それでいて邪悪な要素を孕んでいる。
「私がオーロラじゃないとしても、あなたは私を殺せない。レインフォートがそうだったように、私を殺した後に残るものを考えなさいな」
「…………」
「その沈黙が答え。あなたが妖精である以上、その肉体を保つために私の存在は欠かせないでしょう?」
その言葉は事実だった。
メリュジーヌが竜の妖精と呼ばれる形を保っている以上、オーロラという妖精の存在が必要不可欠だ。
なにせ、この身体は『オーロラへの愛』で形作られている。
その愛を受け止める存在がいなくなれば身体は存在を保てなくなり……最悪の存在へとこの肉体を変えてしまうだろう。
「……オーロラは、どこに?」
振り絞った声からはそんな言葉しか出てこなかった。
あのキャメロットの戦いからアウローラが表に出てきていたのなら、まだオーロラの意識が残っているかもしれない。
そんな、一縷の望みを抱いた問いかけだった。
「───いないわよ」
「───なんて?」
問いかけへの答えに思わずそんな言葉が溢れた。
「オーロラなんて弱い魂、もういないわよ」
希望なんて、はじめからなかったのだろう。
アウローラが告げた言葉はあまりにも残酷だった。
「そもそも2000年しか生きてない小娘が5000年生きた大妖精に敵うわけがないでしょう?トネリコ……ああ、今はモルガンだったかしら?彼女が私に気がつく前に乗っ取れてよかったわ。お陰でレインフォートの素敵な顔が見れたんですもの」
「…………キミは」
メリュジーヌの中で、何かが切れる音がした。
努めて冷静でいるつもりだった、終わらせるのも優しく終わらせようと思っていた。
たとえその精神がアウローラだとしても肉体は愛したオーロラのものだったのだから……。
「だから、私を連れて逃げなさいメリュジーヌ。あなたならそれが可能でしょう?そしてこのブリテンから出た先で、またレインフォートの苦悶の顔を見るの」
「キミはどれだけ悪辣なんだ……!!」
「それが私よ、竜骸の妖精。私を振った男のことを死ぬまで……死んでも付き纏って邪魔をしてやるの。大切なもの全部を奪って無惨に死んでやっと、私の鬱憤は晴れる。そのためなら私の後継も最強の騎士も厄災も全部使うの」
「キミをレインに会わせるわけにはいかない。キミがいると、彼が笑えない……!」
「だからなに?貴女に私は殺せない。そうでしょう?私を殺せば貴女は醜い厄災に成り果てる。レインフォートにだって2度と笑いかけることも笑ってもらうこともできない……そればかりか、討伐されるべき敵になるのよ?」
アウローラが不敵に笑う。
自分を殺すことはできないという絶対の信頼。
オーロラの肉体を殺すことでこのブリテンの空に厄災を一匹解き放つ覚悟がメリュジーヌにもレインフォートにもないと確信しているからこその大胆な態度だった。
「私を連れて飛びなさい、メリュジーヌ」
2度目の命令。
この妖精は本気でその言葉を口にしていた。
だが、それに対するメリュジーヌの答えは……。
「───断る。キミはここで死ね、アウローラ」
「………………は?」
メリュジーヌの魔力で精製されたアロンダイトの刃がアウローラの胸を貫いていた。
「どう、して……?」
「どうしてもない。私はとっくに覚悟を決めていたんだ、私が厄災になってもレインとあの子が止めてくれる。そう約束したから」
アウローラを、オーロラを突き刺した影響はすぐに現れた。
元からバーゲストやケルヌンノスの出現の影響で肉体に対する負荷はとても大きかった、いつ厄災になってもおかしくないと自分でもわかっていた。
それでも、この後始末だけはつけなければと。
このブリテンをめちゃくちゃにした風の氏族を終わらせる役割だけは自分で果たさなければならないと決めてここにきたのだ。
「だから、キミはここで終わりだ。キミに未来はない……アウローラ、キミの願いは叶わない。私の“恋”のためにキミには消えてもらう」
さらに深く、アロンダイトの刃がアウローラの胸に突き刺さる。
血を吐き、メリュジーヌを憎々しげに見つめるその瞳にメリュジーヌは冷たい眼差しを返した。
「……この、腐肉……風情が」
「…………なんとでも言えばいいさ」
アロンダイトを引き抜く、アウローラの身体が床に倒れる。
血溜まりの中に斃れるオーロラの肉体をメリュジーヌは悔しげに見つめた。
「……僕がもっと早くに気がついていればこうはならなかったのかな。いや、そんなワケない……そんなワケ、なかったんだ」
肉体が熱い。
身体の内から溢れる熱に気が狂いそうになる。
躯体が妖精の形を保てなくなり……竜骸がその姿を現した。
ソールズベリー大聖堂の屋根を吹き飛ばし、黒き躯体が黄昏の空へと飛びたつ。
ここに、最後の厄災が解き放たれた。
竜骸が空を駆ける。
自分を止めてくれる存在を探し求めて。
厄災戦、はっじまっるよー☆
この4日前から左目を痛めて文字を書けなかった作者です。
治療のためほんの少し投稿が遅れる可能性があることをここにお知らせします。
それはそうと前回のお話からの感想欄をみてニコニコしていた作者です。
まあ、作者を妖精扱いした方?ちょっとキャメロットの裏まで来てください。
次回から始まる厄災3連戦+ベリルくん+闇の妖精王をお楽しみにお待ちください。
みなさんからの【高評価】や【感想】をお待ちしてます!
アヴァロン・ル・フェの更新について
-
今まで通り月に3〜4話見れればいい。
-
待ってもいいからストックして放出
-
別に気にせんでええねんで(^ω^)