お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第七雨 『何を犠牲にしてもそれでも君を守るよ』

「───あ、ああああああああ!!?!?!?」

 

敬愛する兄、その余裕のない声に振り向けば、トネリコは悲痛な声をあげずにはいられなかった。

白を基調としたいつもの服装には鮮血が滲み、いつも優しく暖かな温もりをくれた左手は肩口から無くなっていた。

レインフォートはまさに満身創痍でトネリコの前に現れていたのだった。

 

「お、お兄様!?なんで……どうしてこんな……!」

 

「ここで状況を説明している暇は悪いけどないんだ……ここにもすぐに他の氏族が来てしまう、走りながらですまないけど軽くこの後のことを話させて欲しい」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!それよりも先にお兄様の治療を優先に……!」

 

「それじゃあ遅いんだ……!頼む、聞き分けて欲しい!」

 

トネリコが生まれて初めて見るその表情と初めて聞く兄の叱責に近い声音に思わず怯むとレインフォートはトネリコの杖と選定の槍をトネリコに持たせてその手首を掴んで図書館を出て走り出す。

 

そして、外に出て通路のガラスから見えるオークニーの街を見てトネリコは再び絶句した。

 

地獄、そう言葉にする以外に彼女はこの惨劇を形容できなかった。

視線の先で蹂躙される雨の氏族たち、みんながみんな見知った顔で、いつだって街に降りれば優しく笑いかけてくれて、楽しい話をたくさんしてくれて、誰だってこんな無惨に殺されなければならないような人たちではなくて……

 

───楽園の妖精を探せ!

 

───巡礼なんかさせるか!必ず見つけ出して殺してやる!

 

───楽園の妖精を匿った雨の氏族も皆殺しだ!氏族ごと滅ぼしてやる!

 

───この裏切り者め!裏切り者め!!

 

「わ、わたしの……せい、なんですか」

 

「そんなはずあるか!今はただ逃げることだけを考えて!」

 

妖精たちの怨嗟が聞こえる。

あの妖精たちはトネリコを殺すためにやって来た。

見ただけで、翅、牙、土、風の氏族が見える。

無抵抗の雨の氏族を、無惨にも残酷にも切り裂いて突き刺して、粉々にして“次代の妖精が生まれない”ように徹底的に殺していく。

 

「なんで……どうしてこんなことを!こんなことを平然とできるんですか!」

 

「それが……それが妖精なんだ。僕たち妖精が犯した原初の罪、聖剣の鍛造の不履行とその後に犯してしまった祭神の殺害。それを裁かれることを彼らは恐れているんだ、罪に罪を重ね……そして今また君を殺すという罪を重ねようとしている。そんなことをすれば、僕たち妖精はこの星で最悪の生命であることを証明してしまうことになるんだ」

 

吐き出すように、蔑むようにレインフォートは走りながらも領主館から見える街を見て呟く。

雨が降り頻る街並みは血に染まっていた。

いつもは透明な水が流れているオークニーの街には血の川が流れている。

赤く、紅く、赫く……優しく、活気のあった街が染まっていく。

 

その光景がトネリコの脳に焼き付いて、今すぐにでも街に降りて戦いたかった、自分を愛して、育んでくれたオークニーという街を守りたかった。

 

「ダメですお兄様!街に降りて私も戦います!この優しい街をこのまま黙って滅ぼされるのなんて見てられません!」

 

「ダメだ!君はここで死んじゃいけない!」

 

強く、強く、今までにないほど強い言葉がトネリコの勢いを殺す。

涙を我慢して、惨殺されていく領民たちから目を逸らしてトネリコはレインフォートについていく。

 

たどり着いたのはオークニーの鐘つき堂。

そこには母のレティシアと姉のルクレティアがトネリコを待っていた。

 

「お母様、お姉様も……」

 

「トネリコ、こんなことになって……ごめんなさいね」

 

「本当ならさ、しっかりみんなで送り出してあげたかったんだけど。そうもいかなくて」

 

「そんなこといいんです!逃げるなら、逃げるならみんなで逃げましょう!こんな理不尽、こんな滅び方なんて許されるはずがない……!だって雨の氏族のみんなはこんなにも、優しい人ばっかりなのに……!」

 

トネリコがルクレティアとレティシアの手を掴む。

一緒に逃げよう、と必死に彼女は言葉を尽くす。

けれど、二人からの返答は首を横に振られることで否定された。

 

「どうして……いやだ……いやです……!だって、私ひとりで……何もわからないで旅をするなんて、そんなの出来ないですよ……お兄様も、お姉様も……お母様だって、ここで死んじゃったらもうどう頑張っても生き返れない。あの殺害の仕方を見てたら次代が生まれないなんて一目見ただけでもわかります……!ここでみんなが滅びの運命を受け入れるなら、私だってここで……!」

 

「それはダメ、レインフォートにもそれだけはダメだと言われたでしょう?」

 

「いやです!ブリテンなんて欲しくない!雨の氏族のためなら戦えます!でも、私から家族を、雨の氏族を奪う妖精のために旅をするなんてそんなの絶対にいやです!」

 

「……旅はね、しなくてもいいの」

 

「……お姉様?」

 

泣きじゃくり、いやだと首を振るトネリコをルクレティアは優しく包み込む。

この先にどんな結末が待っているかなんて、ルクレティア自体が一番よくわかってる。

自分がこの後にどんな役割を担うかも、全てわかった上で……それでも彼女は最愛の妹を抱きしめた。

 

「私はね、トネリコと過ごせて嬉しかったわ。妖精として知らなかった愛をくれたんですもの、慈しみ、愛して……貴女が優しく、好奇心旺盛で、元気に育ってくれて……数百年の命の中でこの15年は本当に得難い経験だったのよ」

 

「……おねえ、さまっ!」

 

「だからね、辛くてしんどい旅なんてしなくていい。私たちの罪は私たちのもの、トネリコが背負わなくちゃいけないものじゃないもの。少しの間隠れて、落ち着いた頃にパン屋さんなんてしてみるのもいいと思う。図書館を作って司書さんになってもいい、貴女の命は貴女のもの。このブリテンを見て回って貴女だけの本を書いたっていい。だから、だからね……私はあなたに生きて欲しいだけなの」

 

次第にルクレティアの声も震えてくる。

泣きじゃくるトネリコと、同じく涙を流すルクレティア。

しかし、ここがトネリコに想いを伝えられる最期の機会だと理解していたからこそ───

 

「もし、巡礼の旅をする選択をしてトネリコにとって大切な仲間たちが出来たら……ここの鐘を鳴らしに来て、私たち雨の氏族は……ずっとあなたの帰りを待っているわ」

 

「……はい、はい……!」

 

ぎゅっと、深く、強く。

大好きな姉の温もりを忘れないように長い抱擁を経て、ルクレティアとトネリコはやっと離れる。

これでもう、数刻後の未来だって怖くない。

自分が大切な妹の代わりになれるならどんなに残酷な殺され方をしたって耐えてみせると決心をした。

 

「次は私ね。はい、トネリコおいで?」

 

「おかあさま……!」

 

ぎゅっと今度はレティシアがトネリコを包み込む。

優しく、優しく、大切な宝物を包み込むように抱きしめた。

 

「私もね、辛い旅ならしなくてもいいって思ってる。だって辛いことは誰だっていやでしょう?いくら使命でも、そんなのやってられないわ」

 

母の言葉はとても楽園の妖精を庇っていた氏族のものとは思えないものだった。

 

「可愛い子、私の大切な大切な娘。でもね、私たちのことはあんまり気にしないで欲しいの、自由に旅をしてもいい、ティアが言ったように司書になったっていい。オークニーの図書館にずっと引きこもってたんですもの、貴方にはその資質は大いにあるわ」

 

トネリコの未来を語るレティシアの声はどこか弾んでいた。

 

「だからね、私はトネリコには楽しい人生を送って欲しい。時にはグレたっていい、でも……あなたはきっと優しい子だから誰かのためになる行動を選んでしまうと思う。私たちを滅ぼす他の氏族のことを、今は許せないかもしれない。それでも、母はそんな妖精にすら手を伸ばせる子だって信じてるから」

 

「……来るでしょうか、わたしの、大切なかぞく、を……雨の氏族を……滅ぼしている他の氏族を、許せる日が……来るでしょうか……!」

 

「許す必要なんてないの、許さなくたっていい。ごめんなさいね、うまく言葉にできなくて……でも、そうね。ただ一つ、約束して欲しいの」

 

「……はい」

 

「自由に生きて、できればとびきりの笑顔で。私が願うのは本当にそれだけよ」

 

最期に母としての祈り。

それはただ、これから苦難に立ち向かうであろう娘への純粋な願いだった。

優しく抱きしめられたトネリコは母の胸の中で泣きじゃくった。

 

そして最後は……

 

 

 

「君を泣かせてしまったね、不甲斐ない兄ですまない」

 

片腕を失った兄がそっとトネリコの頭に手を置いた。

 

「ぁ───おにいさま……」

 

「君のことを、誰よりも愛してる。これだけは本当なんだ……だから、だから僕の勝手なわがままだけど、生きていて欲しい。辛いことから逃げても、立ち向かうのも、君の自由だけれど……君が笑っていられるのなら僕はどうだっていいんだ」

 

彼の言葉はこんな地獄の中でもよく響いた。

 

「ただ、健やかに幸せに……出来るなら友達と一緒にいろんな冒険をして欲しいと思う」

 

「だからね、僕たちは……ここで終わってしまうけれど」

 

「キミの物語はこの先も続いていく」

 

「さあ、顔をあげて。もしキミがこのオークニーに戻ってくることがあれば……そうだね、僕の私室を訪ねてみるといい」

 

「さようなら、僕の愛。僕の大切な妹、僕のたった一人の宝物」

 

「どうか、キミの旅路が美しく、華やかで、栄光に満ちたものでありますように」

 

「僕はただ、それだけを祈っている」

 

「でも、不安に駆られることもあるだろう。悲しくて眠れない夜もあるだろう」

 

「そんなキミにもうひとつ、僕からプレゼントだ」

 

「なにせ、僕のもう一つの名前をあげるからね」

 

 

 

「外の世界では『高貴な姿』という意味らしい。ふふっ、芯の強く少しだけ頑固なキミには少しだけ重いかもしれないけど」

 

「アーデルハイト。トネリコでもアーデルハイトでも、なんならどっちでも好きな方を名乗るといい」

 

「どうか、どうかトネリコの歩む路が輝かしいものでありますように」

 

ぎゅっと最後に抱きしめて、唇をトネリコの頬に落とした。

泣きながら、それでも唐突なキスに頬を染める彼女に最後に笑いかけた。

 

「ありがとう、僕たちをキミの家族にしてくれて。僕たちにキミを愛することを許してくれて、僕たちは……このオークニーはこのブリテンで一番幸せな街だった」

 

抱きしめたその腕を、レインフォートは軽く押す。

トネリコの背後にはいつの間にか展開されていた水鏡が存在していて……その転移先はオークニーよりも少し離れた離島。

どんな妖精も寄りつくことのできない最果ての地。

 

待って、と手を伸ばす暇もなくトネリコの姿は水鏡の先に消えていく。

 

「これで、よかった……のよね」

 

「ええ、よかったの。あの子だけでも生きていてくれればそれで」

 

「…………すまない、ルクレティア、母上。ここから僕たちは……」

 

「いいのよ、もう16年も前からわかっていたことでしょう?」

 

「そうそう、あの子の晴れ姿を見れないのは心残りだけどね」

 

ルクレティアが軽く笑ってレティシアはしょうがない子ねと言ったふうに軽く微笑んだ。

 

「さあ、あの子の代わりになるって決めたんだもの。お兄様、最後の仕事……よろしくね」

 

「……ああ、任せてくれ。そして、ありがとう」

 

「ふふっ、いいのよ。最愛の妹の姿になれるんだものそれも、それがあの子の道に繋がるなら───」

 

ルクレティアの姿が変わる。

その姿は今さっき姿を水鏡の先に消した妹と瓜二つで……

 

 

 

 

 

「見つけたぞ!裏切り者どもめ!」

 

そして数分と待たずに、オークニー最後の妖精たちはその姿を無惨な肉片へと変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨はやまない。

 

 

流れた血は大地に染み渡り。

 

 

それでも彼らは楽園の妖精を送り出した。

 

 

どうか、どうか。

 

 

あなたの旅路が素敵なものになりますように。

 

 

私たち/僕たちに愛をくれてありがとう。

 

 

あなたはオークニーの誇りです。

 

 

だから、後ろを振り向かないで。

 

 

あなたの進む路は───

 




さようなら、優しい雨の国。

誰よりもわたしを愛した雨の氏族たち。








次回から時代と世界が変わって行きます。




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