お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
───この一戦のためにすべての命を使い切るのだ。
「お前が聖剣を手にするこの時を、ずっと待ってたんだぜ?」
異聞帯の亜鈴返り、その力を手にした男がたった一人の男を見つめて口にした。
「ベリルさん……わたし達はケルヌンノスを倒さなければならないんです。邪魔はしないでください……!」
「───へぇ?変わっちまったなぁマシュ」
落胆したような、悲観に満ちたような声がベリルから溢れる。
「まったく、ドクターの思惑通りってわけか。カルデアの治療室が恋しいぜ」
「……あな、たは。何を言っているのですか」
「何って、愛の話だよ。オレが抱いていた無垢なお前への恋の話だ」
「聞く耳を持つなマシュ。こいつに付き合う必要はない」
「…………まあ、オレの目的はお前だからいいんだけどよ」
マシュとベリルの視線を遮るように間に入れば大きなため息をついてベリルは肩をすくませる。
すぐ近くにはシャドウ・ボーダーが停車し、Aチームの面々と共にリツカが降りてきていた。
「ゾロゾロと揃いも揃ってご苦労さん。カルデアでの日々はどうだい?世界を救うヒーローは楽しいか?どいつもこいつも後輩に絆されちまって」
呆れたようにそんな言葉をベリルは吐き捨てる。
今更何を言われたとて聞く耳は持たないし持つつもりはない。
ここまで散々待ち続けたのだ、この肉体を維持するために命を使っていたのだ。
「───まあ、揃いも揃って出てきてくれなら好都合だ。なあ、レインフォート……どうしてもオレを無視するってなら、後ろの連中食い殺しちまうぜ?」
獣特有の長い舌で口の周りを舐めながら、挑発するような声音で告げる。
遠くの空から轟音が鳴り響き、ストーム・ボーダーがその姿を現す。
『何をやっているか!全員早く帰投しなさい!』
空からそんな声が響いてくる。
しかし、今のベリルにそんなものは関係ない。
一息、ほんの一瞬でクリプターの誰かを殺すための間合いを詰めてその爪と牙で殺してしまうことができる。
レインフォートとベリル、その間に嫌な沈黙が流れる。
だが、レインフォートが結論を出すのは早かった。
「わかった、そこまで死にたいなら相手になってやる。みんな、ストーム・ボーダーに戻ってケルヌンノス討伐の準備やブリーフィングをはじめていてくれ」
「で、ですがレインフォートさん!」
「1人より2人、なんて話じゃないよ。
「……わかりました。行こう、マシュ。レインさん、後で必ず合流しましょう。アルトリアと一緒に待ってますから」
「ああ、必ずね」
マシュを連れ、キリシュタリア達とシャドウ・ボーダーに乗り込みストーム・ボーダーに帰還していく様子を見送り、再びレインフォートはベリルを見つめる。
「……そういえば次に会ったら殺すと言っていたな」
「ああ、だからお前と殺し合いが出来るこの瞬間を待ち侘びてたぜ?」
異聞帯の王として完全に覚醒したレインフォートとこのブリテンを何世代にも渡って守護してきた牙の氏族長の霊基を持つベリル。
両者から溢れるその圧力は並の英霊では太刀打ちできないほどの上位者同士の存在のぶつけ合いだった。
「───だから、オレを見ろよ。レインフォート」
「今だけは
互いにかけたその一言。
それと同時に2人の姿が掻き消え───。
爪と剣のぶつかる音がした。
****
「何を馬鹿なことを始めているのかね!?」
ストーム・ボーダーに戻った立香が最初に聞いたのはゴルドルフのそんな怒声だった。
言いたいことはわかる、そもそも時間がないのに決闘を始めるとか流石に空気が読めないどころの騒ぎではないと引き返している最中でも思っていた。
「……本当ならば、私の手で引導を渡してやりたい相手ですが」
ギリッと奥歯を噛み締める鈍い音と共にトネリコが呟く。
ベリル・ガット、その存在がバーヴァン・シーとレイレナード……ひいてはウッドワスを失う原因になったのは確かだ。
許せない気持ちはトネリコの方が重く、出来るのならば今すぐあの場に飛び込んで形も残らないほど惨殺してやりたいところだった。
しかし、彼女がそうしないのには理由があったのだ。
「……あの男を殺すのはお兄様の役目ですから」
レインフォートがバーヴァン・シーをキャメロットに連れ帰ってきたあの時、バーヴァン・シーがフェイルノートとありったけの呪いを詰め込んだ矢を渡して仇討ちを頼んだのは他でもないレインフォートへだったのだから。
トネリコの視線はモニター越しに激しい戦闘を繰り広げているふたりへ向かう。
気がつけばアルトリアが隣にいて両手を握って祈るようにモニターを見つめていた。
「……負けないで、レイン」
「負けるはずがないでしょう」
小さく返したそんな言葉にアルトリアは頷いて2人の視線はモニターへ向く。
そんな2人の楽園の妖精を見た他の面々もストーム・ボーダーの高度を少し上げながら彼らの戦いを見届けることにしたのだった。
****
牙の氏族長、亜鈴返りの大妖精。
排熱大公ウッドワス。
その肉体のスペックは確かに他の妖精を遥かに凌駕し、その戦闘力は妖精騎士にも及ぶほどのものだ。
特にそのスピードは目を見張るものがあり、ブリテンにおける最速を欲しいがままにしていた。
「すげえよな亜鈴ってのは!」
レインフォートの視線を何度も切るように高速で動き回る。
その圧倒的な速度を駆使してベリルは幾度もレインフォートに攻撃を仕掛け、その度に的確に剣で叩き落とされていた。
しかし、所詮は挨拶がわりのジャブ程度の攻撃。
お互いにとっては致命傷にもかすり傷にもならないものだった。
ベリルは時間を追うごとにその速度に順応し、さらにその速度を上げていく。
やがてその速度は常人の目では追えないほどの域に達し、厄災すら切り裂くその爪で並のサーヴァントなら即死させられるだろう。
だが───。
「遅い」
幾度目かの攻撃に合わせて、レインフォートがいつの間にか持ち替えていたアロンダイトの一刀でその攻撃を受け止め、空いているもう片方のアロンダイトでベリルの腹を切り裂いた。
「へぇ……あの速度を“遅い”かよ」
「僕が何百年
「聖剣を手にした瞬間余裕じゃねぇか」
「言っておくが、この状態が僕の本来の
瞬時に回復するベリルの肉体、それを怪訝そうに見つめてレインフォートはその剣を止めることはしない。
青と黒の軌跡が一瞬の間に数十と現れて消えていく。
互いの攻撃そのものが必殺。
しかし、その条件を踏み倒すようにベリルの肉体は傷を負うのと同時に回復していく。
理解していたことではあったが、その再生力にレインフォートは思わず舌打ちする。
ベリルを殺し切るためには再生能力の高さを上回る攻撃が必要だ。
その肉体を一瞬で消し去るような聖剣の一撃ならば確かに直撃さえすれば一撃で倒せるだろう。
しかし、排熱大公の肉体とスピードにそれは通用しない。
ならば次に考えられる手段は魔術による一撃。
いまの枷の外れたこの肉体ならば亜鈴返りであろうとも一撃で消し去るだけの魔術も行使できる、問題はベリルの攻撃を捌きながら術式を展開する必要があるというだけで。
だが、それもまた現実的ではない。
結局のところ聖剣を使った場合のデメリットが速度ならば魔術を使う際のデメリットも相手の速度となるのは当たり前、事前に必要な条件が同じ以上超高火力の殲滅攻撃は選択できなかった。
だからこそ、レインフォートが選択したのは自身が手に持った武器。
アロンダイト、ガラティーン、フェイルノート。
そしてバーヴァン・シーから託された“呪いの矢”。
妖精騎士の誇りをもって、彼女たちを侮辱した男にケリをつけることを選んだ。
「───宝具、擬似展開」
それは、妖精騎士ランスロットが扱った絶技。
自身を流星に変えたような速度で敵へ接近し、剣を突き刺し切り裂く必殺の一撃。
「切開剣技、開帳」
メリュジーヌから託され、自身に合わせた調整をした湖の聖剣からその記録を呼び起こす。
大地を蹴り、流星を思わせるような速度でベリルとの距離を詰める。
瞬きにも満たないほんの一瞬、牙の氏族長の肉体の動体視力をすら置き去りにするような速度でアロンダイトがベリルの腹に突き刺さる。
「───は?」
「《
突き刺されたその事実と腹部に走る痛み。
ベリルがそれを認識するのにはほんの少しの時間がかかった。
視認すら不可能なレベルの加速から繰り出された神速の突き。
痛みを認識したその時にはレインフォートはそのまま腹を裂いて次の武器を構えていた。
「ふざけ、やがって……!」
「宝具換装、擬似展開」
その手に構えられたのはバーゲストの遺したガラティーン。
レインフォートの魔力を流し込まれ、肥大化した巨剣が雷と炎を纏って横殴りに振るわれようとしていた。
「クソが!オレは聖剣を使うまでもないってか!?」
悪態をつく、肉体の再生が追いつかない。
冷や汗が止まらない、苛立ちが募る。
「そんな借り物の武器で、調子に……!」
「借り物の武器……?ああ、そうだな。だが、お前相手には彼女たちの武器が相応しいだろう。その方があの娘たちも報われる」
あまりに冷たい瞳とその言葉。
だがその言葉は先ほど魔犬を討ち祓った星の輝きは使わないと宣言しているのも同義だった。
迫り来る巨剣を避けることはできない、せめて防御をしなければと再生の追いつかない腹と頭を守るように腕を構える。
「《
薙ぎ払うように振るわれた剣がベリルを捉える。
腹に空いた穴のせいで力が入らず吹き飛ばされ幾つもの家屋を突き破った。
肉体を蝕む雷が受け止めた腕に傷をつくり、同時に炎が傷を焼き尽くす。
激しい激痛と傷を焼かれたことで遅々として進まない肉体の再生。
これ以上ない屈辱だった、本気のレインフォートと殺し合いをして自分の心は満たされるはずだった。
だが……いざ戦ってみれば使うのは借り物の武器に借り物の技。
あの眩しい星の光なんて一度たりとも使うつもりなんてなかった。
こんな事のために待っていたわけじゃない、こんな事のために命をかけたわけじゃない。
こんな事のために、命の全てをこの戦いに賭けたわけじゃない。
気がつけば、見覚えのある魔術で手足が拘束されていた。
───赤く、紅く、赫く、朱い。
一目で分かった、次に飛んでくるものがなんなのか。
「宝具、換装」
遠くから聞こえてくる声、その手にあるのは記憶にあるものよりも大きな赤い娘が持っていた妖弦と見覚えのない薔薇のような真紅の矢。
「拡大、順転、加速、装填」
レインフォートの右手に呼び出された真紅の矢に膨大な魔力が流し込まれる。
それはバーヴァン・シーがレインフォートに託した『魂の腐敗』の効果を持つ魔術礼装。
自分と同じ苦しみを妖精騎士を舐めた男に報復するために命を賭けて製作した妖精騎士トリスタンの最後の切り札。
それがいまレインフォートの手の中で起動し、彼女の妖弦に装填された。
その矢が不味いことなんてベリルもわかりきっていた。
しかし、アロンダイトで切り開かれた腹の傷にガラティーンで負った雷による裂傷と炎傷によって肉体に力が入らない。
拘束された赤い鎖から逃れることが、ベリルはできなかった。
「こんな、終わりが」
「《
「───認められるかよ」
放たれた矢が、赤い軌跡を伴ってベリルの胸を貫いた。
ベリルを貫いた真紅の矢は即座にベリルの肉体と魂を蝕んでいった。
レインフォートが射出の直前に矢に込められていた呪いを最大限に増幅させ、魔力を喰わせ、更にその効果を加速させてから放ったのだ。
着弾と同時にベリルの肉体と魂は呪いが末期まで進行したバーヴァン・シーと同レベルのものまでに至り、魂の腐るその苦痛と一切の自由が利かない肉体に苛立つことすら今のベリルには出来ないほどの思考しか残っていなかった。
「レイン……フォート…………オレ、は」
近くに足音が聞こえる。
最後まで本気を出さなかったであろう男に恨めしげな視線を向けた。
「こんな……けつ、まつは……みとめ、ない」
「お前が認める必要はない。これはお前が弄んできた命への代価だ。呪いを使うものは呪詛返しを警戒しなければならない……あの矢はバーヴァン・シーが自分を犯した呪いをそのまま矢に込めた呪詛返しの礼装だ」
「は、はは……ハハハハハハッ!!」
返ってきたその言葉に、おぼつかない思考のままベリルは笑った。
そんなもの、基礎中の基礎だった。
だが、目標が目の前までやってきてようやく対等な土俵まで上がれる高揚感でそのことを完全に自分の思考から追いやっていた。
「……因果、応報ってことか」
「もうその身体もすぐに腐り落ちる。精々自分の過ちを悔いながら死んでいけ」
「ハッ……とても……聖剣使いの、ことば……とは、思えない、な」
「僕がやったのは姪の仇討ちだよ。聖剣使いでも異聞帯の王でもない、ただの
「───あぁ」
ベリルの口から漏れたのは短い、そんな言葉だけだった。
愛に飢えた男が
どこか納得したような、そんな顔で。
ヒトの姿に戻ることもできないまま、ベリル・ガットという男の意識は2度と戻ることはなかった。
「───さようなら、ベリル・ガット。僕はお前のことは嫌いだったが、お前がカルデアでAチームの面倒を見ようとしていたところだけは感謝していたよ」
それだけを言い残して、レインフォートはストーム・ボーダーへ跳ぶ。
1人の男が命を賭けて戦った激しい戦闘の跡地には腐った肉体を焼く青い炎だけが残っていた。
ギリッギリ月内投稿でした!
タイトルがタイトルなだけにかなり難産で何度も消しては書き直し消しては書き直し……。
ただ一瞬、この時のために他者を犠牲にしで全ての命を使うベリルと彼が踏み躙った妖精騎士の誇りで相対したレインフォート。
なんだか満足げに逝ったのだけはちょっと許せませんがそれは……まあ、ハイ。
ベリル戦も終わり、残すのはケルヌンノスと星の生まれる刻に闇の妖精王と着々と終わりも見えてきましたね、作者も正直ここまで書けたことに驚きを隠せません。
あと数話、アヴァロン・ル・フェ完結までお付き合いくださいませ。
【高評価】や【感想】で完結までこの作品を盛り上げてくれると作者がキモい笑みで喜びます。
アヴァロン・ル・フェの更新について
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今まで通り月に3〜4話見れればいい。
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待ってもいいからストックして放出
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別に気にせんでええねんで(^ω^)