お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第三間奏 『      』

目が覚めれば、そこは見慣れた僕の私室。

カルデアに来てから与えられて、自宅と同じようなインテリアや小道具なんかを気がむけば空想具現で生み出しては設置していたなんの変哲もない私室。

 

しかし、そんな中で唯一……あり得ないものが存在した。

 

オレンジの髪、腕まくりをした医務室のスタッフ用の制服。

へにゃっとした笑みが特徴的なまさに優男と言った出立の男。

 

「やあ、レイン。戸棚に入ってたどら焼き、いただいてるよ」

 

「またお前は勝手に……」

 

目の前にはこの世界からいなくなってもう直ぐ一年になろうという友人がいるのだ。

 

だから、これは僕にとって都合のいい夢だ。

これは……追憶の物語、人間になりたいと願った男と人間の真似をしていた男のほんの何気ない日常の再現。

 

「どうしたんだい?なんだか今日は浮かない顔じゃないか」

 

「そうかい?いや、そうかもな。ここ最近はコレまでやってこなかったことを積極的にやっているから知らず知らずのうちに疲労が溜まっているのかも」

 

「レインが普段やらないこと……?女性スタッフのお悩み相談でも始めたのかい?」

 

「そんなわけないだろう、それならレオナルドの研究品の実験台の方がまだマシだよ」

 

「ははっ、ひどいなぁ!ボクならレオナルドの実験台よりもスタッフの子達の話を聞く方がいいけど!」

 

どら焼きと緑茶、あんこの種類は粒あん、緑茶は急須で淹れたばかりの香りのいいもの。

いつもの談笑をしながらも、ロマニは二つ目のどら焼きに手をつける。

見える餡は白餡のもの、大きく一口齧って『うーん!』と幸せそうな笑みを浮かべる。

 

そこから、時間の許すまでなんでもないただの雑談と日々の愚痴。

それとやってみたいことなんかをいつものように話し合って笑い合う。

 

いつか、僕の家族に会ってみたいという彼に僕は“そのうちな”と返す。

 

いつか、日本に行って京都での和菓子巡りと秋葉原でのアイドルグッズ巡りをしたいと言ってみたり。

 

いつか、何も気にしなくてもいい世の中になったら普通の人生を送ってみたいと……彼は言った。

 

 

そうして、体感時間にして数時間たったころ。

 

彼は飲んでいたお茶をおいて真剣な面持ちになる。

 

 

「……そろそろ時間か?」

 

「ああ、そうみたいだ」

 

コレは間違いなく夢の中。

妖精としての僕には必要のない機能であり、人間に許された特権だ。

生まれて一度も夢を見たことがない僕がたった一度だけ許された奇跡とでも言えるこの経験は、間違いなく目の前の彼が遺したモノなのだろう。

 

「気づいていたみたいだけど、これはボクが最後に遺した追憶の魔術でね。本来のボクは確かにあの時、ソロモン王としての全てを返還して消滅した。それは確かに間違いないんだけど……あの時、キミとはちゃんと顔を合わせてのお別れはしなかっただろう?」

 

「……そう、だね」

 

「はは、その様子だと相当参ってるな?カルデアの責任者の役割は重たいだろ?」

 

笑う彼はいつものように戯けていて、それでも残り少ない時間の中で伝えたいことを伝えるために最後の時間を残したのだろう。

 

「ボクがソロモンに戻った時、キミがカルデアにいる未来が見えなかった。理由はわからないけれど……キミ自体に何かあったのは間違いない。本当にあの一瞬でしか見えなかったから、何が原因なんてハッキリしたことは言えないんだ」

 

「そうか……他ならないお前のいうことなら間違い無いんだろうね」

 

「これが何年先の未来なのかもわからない。なにせ千里眼を取り戻して視た最後の景色がそれなんだ。これだけはあやふやでも伝えないとと思っていてね」

 

全く、この眼にも振り回されてばかりだな。とソロモン(ロマニ)は呆れたように笑う。

 

「まあ、これに関しては伝えられるだけで十分だ。カルデアにキミがいないとしても、キミが選んだ道ならそれは正しいモノだと信じてる」

 

「ソロモン王からの信頼とは少し重たいな」

 

「それをそこで口にするのかい!?まったく、ボクだってすこし真面目な雰囲気で話してるんだぞぉ!」

 

「わかってるわかってる……他ならない親友の言葉だ。しっかり受け止めるよ」

 

たとえそれが、どのような理由で起こるのかはわからない。

 

だが、しかし……僕が本当にあのブリテンに帰ることがあるのなら。

その時僕は、カルデアと共にいられるだろうか。

トネリコがまだ生きていて、僕にそばにいて欲しいと願った時……僕は今背負っている責務を、まだ背負っていられるだろうか。

正直な話、僕には今の責務を全て投げ捨ててでも彼女の隣にいてしまうのでは無いだろうか。

 

「……人理を取り戻すために戦って来た僕たちが言うのもなんだけど、レインは少しくらい我儘になってもいいと思うよ。だってキミ、自分が心から願ったことを最後までやり遂げたこと……ないだろう?」

 

……その言葉に、思わず喉まで出かかった他の言葉が詰まる。

自分の願いを叶えたことがない……?

そんなわけはない、僕は確かに自分の意思でこれまで行動してきた。

トネリコの幸せを願い、オークニーの発展を願い、みんなの幸せを願った。

そのために、全力で出来ることはしてきたつもりだった。

祭神の眠る大穴に毎年祈りを捧げ、アルビオンの龍骸へ追悼の花を手向けた。

これは誰かに強制されてやったわけではない。

間違いなく、僕が僕の意思でやったことなのに……

 

「これまでの行動をキミの意思じゃないと言ってるわけじゃない。キミが心から願った本当の願望はなんだったのか、覚えているかな?」

 

「僕の……本当の、願望……?」

 

 

それは……

 

 

───それだけは、ハッキリしている。

 

 

トネリコ(いもうと)の健やかな旅立ちを……僕は願ってた。旅で出会った仲間と故郷に帰ってきて、どんな冒険をしたのかを話してくれるのを、心の底から願っていた」

 

「なら、その願いは出来るなら叶えなきゃ。ボクはもう、夢を見ることも叶わないけど……レインの夢はまだ、叶うかもしれないだろう?」

 

そう、口にしたロマニがおもむろに椅子を立つ。

僕の瞳が、立ち上がった彼の顔を追う。

 

「キミがあとどれくらいカルデアにいるのかはわからない。でも、キミが立香ちゃんとマシュを守ってくれることだけは信じてるよ」

 

「それだけは、約束する。なにせ、最期にロマニから頼まれた願い事……だからね」

 

「あはは、それもそうか。じゃあ、今度こそ……みんなを頼むよ、レイン」

 

自室の扉が開いて、ロマニが扉の先へと消えていく。

それと同時に、ふわり……と意識が遠のく感覚。

夢から醒める時なのだと、ハッキリと自覚する。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

微睡から意識が覚醒する。

辺りを見回せば無数のモニターが見えるところからするとどうやら司令室の椅子で意識が飛んでいたらしい。

 

カルデアではクリスマス直前までシュメル熱なるものが流行り、人類を救った組織がまさかの神代の疫病で崩壊しかけると言う冗談にも程がある事件があったばかりだが……それよりも1番の問題といえば手元にある資料の方だった。

 

【国際連合及び魔術協会合同査問会による人理保障機関フィニス・カルデアの査問について】

 

今日はクリスマス・イブ。

そして査問は明日のクリスマス。

今頃国連と魔術協会の査問会の面々がこの南極に向けて旅立ってきていることだろう。

 

シュメル熱の一件を終えて直ぐにカルデアに召喚されていた英霊たちには退去という選択肢が与えられなかった。

これはカルデアの上位組織である国際連合からの査問における条件であり、それが満たされない場合はスタッフを拘束、人身の安全は保証できないと脅されれば従わざるを得なかった。

 

技術顧問として残っているレオナルドを除いて、全ての英霊が退去した。

もちろん、その目を掻い潜って滞在している英霊も一騎だけいる。

 

新宿にて新たにカルデアにやってきた英霊。

名探偵シャーロック・ホームズ。

彼の存在を隠匿する選択をしたのは僕とレオナルド、そしてホームズ自身。

霊体化した英霊を見つける手段を持つ魔術師などこの世にほぼ存在しない。

そして、カルデアに召喚されたと言う記録を残さないことによってホームズの存在は召喚されたその直後から隠匿されている

 

もちろん、スタッフとの面会は終了し彼はカルデアに迎え入れられたわけだが……この査問会で何か起きないとは保証できるはずもなかった。

 

故に、いざと言うときの保険の意味も兼ねて彼の存在は秘されている訳だ。

 

「……静かだな」

 

今となってはいつもの喧騒が懐かしくすら思える。

英霊たちの賑やかな声と、何かしら理由をつけては僕に構ってきていたアルトリア・オルタ。

円卓の騎士たちとの稽古や厨房を預かってくれていたサーヴァントたちとの賑やかな食堂の光景。

 

その全てがこの2年程度当たり前だった。

だが、それがなくなるだけでこんなにも心に穴が空いたような感覚に陥るとは…………

 

 

日付が変わる。

2017/12/26 0:00

 

あと数時間で査問会がここへやってくる。

必要な書類は全て用意した、しかし……見られてはいけない記録は“全て改竄した”。

 

新宿にて縁を結んだジェームズ・モリアーティ教授。

そして、魔術的な痕跡を残さないためにカルデアに召喚された選りすぐりの天才魔術師たち。

おおよそ現代の魔術師たちでは魔術を使った改竄やアナログな手段を使った隠蔽など見破れないほどの工作は全て行なった。

 

査問が始まればカルデア内での自由は効かなくなる。

それはおそらく責任者の僕やレオナルドだけじゃない。

一般のスタッフやマスターである立香ちゃんもそうだ。

 

……それに、あの決戦のあの日以降マシュのデミサーヴァントとしての能力も著しく下がっている。

 

出来るだけ騒ぎを起こさず、平穏にこの査問会を終わらせる。

 

そして、その先は……

 

 

 

 

人理保障機関フィニス・カルデア新所長。

 

 

 

ゴルドルフ・ムジーク。

 

 

 

 

書類の末尾には確かに、その文字が刻まれていた。




本当なら、今回はお兄様とホームズの話をするつもりだったんですけどね。

僕にホームズは書けなかったっ!!!!!

中途半端なカスホームズを展開するくらいならいっそのこと書かない選択をした作者でした。

さて、もう2部が眼前に迫ってきましたね。
ようこそブリテン異聞帯、そしておそらくはこれまでの話数と同等になるであろう執筆量。
ブリテン異聞帯スタートと同時に作品自体にも新しくタグを設定するつもりですのでその辺りも認知していただければ助かります。

読者の皆様にお聞きします。僕の文章は楽しめていますか?(文字数を多くする場合この先の投稿頻度が落ちる可能性がありますが、参考程度にお聞きしたいです)

  • この調子でモルガンに会いに行って(満足)
  • まあそこそこ?(やや満足)
  • 文字数を増やしてほしい(やや不満)
  • モルガンの話だから見てる(不満)
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