お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
合わせ鏡の魔術、とはいえど世界を超えるというのは容易なことではない。
汎人類史と剪定の対象になってしまった世界を繋げることが出来るのはそれこそ魔法使いの領分だ、と一般の魔術師なら口にするだろう。
しかし、一部の天才たちにはその理屈は通用しない。
この合わせ鏡の魔術は、おそらく水鏡の応用魔術だ。
ただ、その範囲が地続きの世界だけではなく異なる世界にまで範囲が及んでいる……ということなのだろう。
飛び込んだ先がすぐに故郷の大地というわけではなかった。
レイシフトで何度か感じたことのある時空のゲートを通っているのと同じ感覚。
いや、実際そういう場所に僕とメリュジーヌはいた。
「本来なら世界を超えるためのゲートって肉体を持ったままだと通過できないんだって。陛下に言われた話だと、私がアルビオンであるからこそ肉体や霊基を傷つけることなく通過できるらしいんだよね」
「境界の竜であるからこその特権、というわけだ」
「そういうこと、だから私があそこに派遣されたの。陛下やアーデルハイトじゃあのゲートは通れないから、あなたに縁のあった私がその役割をもらった。こうしてあなたがここを通れているのも私の守護があるから、っていう理屈みたい」
つまり、こんなところでも僕は彼女に命の手綱を握られているわけだ。
このゲートを通っている間にどうにか、とは思ったけれど……それを実行できるのはこのゲートがブリテンについたその瞬間だろう。
おそらく、彼女は今かなり機嫌がいい。
僕と話している間はずっと可憐な笑みを浮かべたままだ。
きっと、彼女は自分が最も強い生物であることを自覚している。
だからこそ付け入る隙があるとすれば、そこしかない。
今は彼女の機嫌を損ねないように会話を繋げて、一瞬の隙を……この状況から離脱するその瞬間を観察し続ける。
視界を妖精眼から千里眼に切り替える、ブリテンの大地が視えたその瞬間に一か八かの賭けをするしかない。
「つまり、僕はキミがいないと肉体が耐えきれなくて消えてしまうということだね」
「ちゃんとわかってるみたいね。そういうこと、だから私から離れないで?ブリテンの空に出たら真っ直ぐにキャメロットまで飛んでいくから」
「キミは妖精の中でも飛行ができる子なのか」
「竜の妖精だもの、妖精國の空は私のものよ?どんな妖精だって、空を飛ぶことなんてできないもの」
彼女のいうことは真実だ。
翅の氏族でも風の氏族でも空を飛ぶことは許されていない。
ほぼ全ての妖精が大地を駆けることを許されているだけで飛行の力は有していない。
だからこそ、水鏡を習得した僕はあの大地を自由に移動していたのだ。
だからきっと、トネリコだって同じ使い方をしていたはずだ。
「ブリテンを好きに移動できるのは私と陛下、あとは簡易礼装を持たされているアーデルハイトに、陛下の娘であるトリスタン……ふふっ、その点だけでいえばガウェインだけが即座に移動する能力を持っていないけど……彼女はあの健脚があるから問題ないかな」
……出た、円卓の騎士の名に紛れていた圧倒的な違和感。
きっと彼女のいうことが真実ならばその“アーデルハイト”と名乗るものは“妖精騎士”という組織の一員なのだろう。
───しかし、あの世界において“アーデルハイト”という名は僕の妖精としての名前だ。
母上から戴いたレインフォートとは違う。
僕がトネリコに託した名でもあり、それが複数人いること自体があり得ない。
「その、アーデルハイトというのは……キミと同じ“妖精騎士”なのかな?」
「キミなんて他人行儀な呼び方をしないで?妖精國ではランスロットと呼ばれているけれど、あなたにはメリュジーヌと呼んで欲しいな」
「じゃあ、メリュジーヌ。そのアーデルハイトという妖精について教えてもらえる?」
「ふふっ、名前を呼ばれるのはこんなに心地いいことなんだね。うん、もちろんいいとも!とはいっても、アーデルハイトについてはキミの方がよく知っている筈だよ。なんせ、陛下がオークニーからブリテンを統一したその時からずっと隣にいる騎士だ」
「…………」
その騎士に、1人だけ心当たりがあった。
いいや、正確にはあの崩壊の日に唯一残した雨の氏族の1人でもある。
「妖精騎士長アーデルハイト、妖精としての真名開示は……彼と直接会ってからでいいんじゃないかな?」
「……なるほど、キミから聞いた話である程度“妖精國”と呼ばれる国のことはわかったよ」
彼女が陛下、と呼ぶ存在のことも。
妖精騎士、と呼ばれる戦力があることも。
肉体が、重力に引っ張られる感覚が強くなる。
千里眼に映る世界が、明確に映し出される。
空に出る直前、ブリテンにゲートが繋がったその瞬間に……僕は1人の女性を目にした。
ああ、間違いない。
あの終局特異点で最後に目にした彼女と酷似している。
妖精國の女王、モルガン。
そして、おそらく…………その正体はトネリコなのだろう。
冷たい目をしていた。
美しかった瞳は濁りきっていた。
表情は全てのものに関心がなかった。
その身が纏う空気は冷酷な女王と呼ぶに相応しい雰囲気だった。
───その姿はまさしく、僕の罪そのものだった。
そして、次に世界全てを映し出した。
鏡の氏族が消えていた。
翅の氏族が消えていた。
あの頃よりも繁栄した街がたくさん存在した。
あの頃と変わらない醜悪さがあった。
消えてしまった氏族の結末は、容易に想像できた。
何も変わらない妖精の在り方に吐き気すら覚えた。
赤いドレスを着た騎士を見た。
白銀の甲冑を着た騎士を見た。
見覚えのある銀の髪の騎士を見た
ブリテンを駆け回る白き妖精を見た。
あの頃から残っていた全ての氏族の長が次代に代わっていた
このまま、キャメロットへ向かうことはどうしてもできなかった。
水鏡を使えば、捕捉されてしまうかもしれない。
だが、このゲートを抜けるその瞬間に紛れれば……!
「さあ、もうそろそろ終点だ。キミと2人きりでいられるのももう終わりだけど……キャメロットに行けばいつだって逢える。まずは陛下のところに向かおう」
「…………すまない、メリュジーヌ」
「……?」
「僕はまだキャメロットに行くわけにはいかない」
彼女の背後と自分の背後に水鏡を開く。
彼女の向かう先はオークニーの存在する湖水地方。
つまり、彼女の本体がある湖のある地方。
そして、僕の向かう先は汎人類史に於けるコーンウォールの近くに存在した村。
潮騒のティンタジェル、その跡地。
「キミともあろうものが約束を反故にするのかい!?」
「約束は果たした!ブリテンに到達するまでは大人しく同行しただろう?」
「そういうのはちゃんと口にしてくれないとわからないじゃないか!」
「今回の埋め合わせは必ずする……!必ずキミにも会いに行く」
まだ重力が自由なうちに、彼女の身体を押す。
その反動で僕の身体も反発して後方へ下がっていく。
「くぅぅ!今回はキミの勝ちでいいよ!でも、絶対に探し出す!ブリテンの空は私のものだって、理解させてあげる」
「次に出会ったならお茶でも付き合うさ。こんな状況じゃなければ話したいことはたくさんあるんだ」
「言ったね!?絶対、絶対約束だから」
まるで親に見放された子竜のような涙目のまま、メリュジーヌは水鏡のゲートの中に消えていく。
そして、それど同時に襲いかかってくる存在を分解しようとする圧力。
それから逃れるために僕も即座にゲートへと飛び込んだ。
目が覚めるとそこは潮風と波が打ちつける音が心地よい砂浜だった。
大気の濃い神秘と、どこか懐かしい空模様で自覚する。
「本当に、帰ってきてしまったんだな」
レインフォート・アーデルハイト。
かつてのオークニーの王子。
雨の氏族の政治を担っていたもの。
そして、世界にとって4000年に渡って不在だった唯一の聖剣使いの帰還だった。
「…………あの妖精、どこから出てきたの?」
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そして、物語はついにブリテンの大地に辿り着きましたね。
お兄様は無事、無事……?にメリュジーヌから逃げ切ることができたんでしょうか。
辿り着いた先は潮騒のティンタジェル。
そこは既に生命と呼べる存在は存在しない“終わってしまった”村。
ここから、レインフォートはどのように進んでいくんでしょうね?
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モルガンの話だから見てる(不満)