お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
たどり着いた先は想定通りの場所だった。
メリュジーヌを先に転移させた影響か人間としての属性に少しだけ傷が入った……いや、妖精としての属性に少し傾いたというべきだろう。
こんなことを言うのは本当に嫌だが……湖水地方ともキャメロットとも遠く離れたこのティンタジェルが、すでに妖精や人が住んでいない廃村となっていて助かった。
本当ならこの場所にも妖精と人間がいたろうに、と生活の跡……燃え尽きた家々や家畜小屋、粉微塵に粉砕された井戸を見つめながら深いため息をつく。
そして、何よりも……
「やはりこの大地に帰ってきたからか、魔力の順応が早い。妖精紋様も向こうの世界では考えられないほどに巡りがいい」
やはり、と言うかなんと言うか。
結局僕はこの大地に生まれ、この大地で役割を与えられたモノなのだと理解する。
向こうの世界で生まれてからカルデアで活動していた期間のなかで、肉体に感じていたどこと無い不自由感。
時間神殿で感じた魔力回路が焼き切れそうな程の消耗感。
明確に存在した、己の限界という枷。
それらの全てが取り払われたかのような感覚。
しかし、状態をずっと確認しているわけにも行かない。
メリュジーヌは下手をすればすぐにでも僕のところに飛んでくる可能性がある。
彼女を飛ばした湖水地方に視点を向ければ、既に彼女はそこにいなかった。
ならば、その向かう先はおそらく2つ。
ここにやってくるか、それとも一度キャメロットに帰還するか。
前者であるならばもうとっくに辿り着いているだろう。
彼女の方が先にブリテンに辿り着いていたんだ。
ならば、僕の存在を頼りに探し出すことだって難しく無いはず。
しかし、まだここに来ていないとなれば。
一度キャメロットに帰還したと考えるのが正しいだろう。
それならば、こちらにも幾許かの猶予だってある。
姿を変える魔術、それに霊基パターンだって誤魔化せる。
名前も何もかも変えれば流石に少しの間くらい切り抜けられるだろう。
ここに辿り着いてからメリュジーヌへの対策を考えていた。
それこそ、廃村となったここに人影なんてないと慢心していた。
千里眼で誰もいないから、とここを逃げる先に選んだ。
しかし
しかし、それは近づいていた少女への警戒を怠る結果となった。
「あ、あのっ!」
「っ!!!!」
かけられた声に、思わず飛び退く。
まずい、ここで見られたのは不都合が……と警戒を最大限に引き上げて声の主を見る。
だが、そんな僕に驚いたように少女はビクッと身体を震わせて自信なさそうな表情を浮かべ、手に持った杖を両手で身体に寄せるように僕を見ていた。
少し燻んだ様な金の長い髪、自信はなさげだが、言葉の裏を見通す碧眼。
どこかで見た顔、というレベルではないくらいに見覚えのありすぎる顔。
瞬間的に、彼女が僕に危害を加える側の妖精ではないことを察する。
そして、彼女が楽園の妖精であることも。
「いや、すまない。少し、追われていてね」
「あ、いやこっちこそ……急に声かけられたらそりゃびっくりするよね……」
お互いに気まずい沈黙が流れる。
杖を持った少女はいまだに身体を縮こませたままチラチラと僕を何度か見つめて次にどうしたらいいのか模索している様に見えた。
「……え、と」
「怖がらせてしまったことは詫びよう。ここが廃村であったから隠れるには適していると判断して無断で立ち入った僕に非がある。君はこの村に住んでいた子……であっているかな?」
「あっ、ううん……わたしこそ、今はここに住んでるわけじゃないから」
「そっか、じゃあこのあたりの村に住んでいる子。で良いのかな?」
「あー……
思わず、久しぶりの感覚に襲われたことに驚いた。
僕に携わっている妖精眼が彼女の言葉の裏を捉えた。
カルデアにいた頃はなかなかその言葉の意図を伝えてくることのなかった妖精眼、それはカルデアのスタッフたちが嘘偽りなく、真摯な言葉を使っていたというのはあったが、それでもこの眼が彼女の言葉の裏を的確に映し出した。
「
「僕は……そうだね。仲間と逸れて追っ手から逃げていた、というところかな」
嘘は言っていない、真実であること自体は間違いない。
彼女の妖精眼に引っかからない様に言葉を選びながら発言していく。
「そ、そっか……」
彼女も僕の言葉に何かを感じ取ったのか、言葉をそれ以上話さなくなってしまう。
…………この反応と彼女のあまりにも内気なその性格。
この世界の妖精はまた同じことをしたのか。
楽園の妖精とは成長していくタイプの妖精だ。
赤子として流れ着き、すくすくと育っていき、やがて巡礼の旅に出る。
本当なら、楽園の妖精をしっかりと育てることのできる氏族の元へと流れ着くはずなのだ。
あの時のオークニーの様に、自分たちの罪を自覚して罪の精算を望むことのできる妖精たちのところへと向かうはずだったのだ。
だが、だがこれは……!
痩せている、まともに栄養を取れなかったのだろう。
手足の先にしっかりと魔力が通りきっていない。
きっと、冬の寒さに耐えられず壊死寸前のものだってあるはずだ。
本来なら美しい金色の髪であるはずなのに燻んでしまっている。
なによりも、僕は目の前にいる彼女が……妖精である僕を見て怯えている姿がなによりも……なによりも見ていて辛かった。
この際、逃亡するというのはどうでも良い。
最悪僕が捕まってもキャメロットに幽閉されるだけだ。
しかし、目の前の彼女は違う。
生きるための力を、こんな地獄の底のような世界でも前を向けるだけの勇気を持って欲しい。
僕がどれだけの時間を彼女に使えるかはわからないが、それでも再び楽園の妖精と出会ってしまったのは何かの縁なのだろう。
「…………すまないトネリコ。少しだけ会いにいくのは遅くなりそうだ」
身を隠し、出来るのならこの世界を見て回るつもりだった。
自分の使命がこの世界にあるとして、その責務を果たすだけの価値がある世界なのかを見定めるつもりだった。
だが、それよりも……やらなければならないことがある。
「僕の名はレインフォート、君と同じ眼をもつ妖精だ」
数歩、彼女に近づいて膝をつき彼女よりも少し低い目線になる様に自己紹介をする。
「僕は君に敵対するつもりはない。危害を加えることも決してしないと誓う。だから、君の名前を教えてもらえるかい?」
歩み寄るための努力は、出来るだけしたかった。
あのオークニーの時の様な諦観をもって見送ることだけを選ぶのは出来るならしたくないと、ヒトとして過ごしてきた心が叫んでいる。
きっと、彼女は僕の言葉の裏を見た。
だからこそ、僕の意思が本物であることは伝わったはずだ。
「あ、えっと……」
表情をいくつも変えて、少女は少しだけ困った様な表情で口を開いた。
「あ、アルトリア……アルトリア・キャスター、です」
やはりというか、なんというか。
そうだろう、と思っていたその名前が出てきた時に妙な納得をしてしまった。
顔も声も、その全てを見て“おそらくそうだろう”とは理解していた。
僕にとって楽園の妖精、ひいてはアルトリアとモルガン。
おそらくそういう存在に縁があるのだろう。
「アルトリアでもキャスターでもなんなら両方でも、好きな方で呼んでください……!」
「わかった、じゃあ……アルトリア」
「……っ!はいっ!」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、それとも悪意のない僕の言葉に思わず声が弾んでしまったのかはわからない。
だけど、僕の選択は間違っていなかったと理解して目の前の少女に言葉を繋ぐ。
「君が望むなら、僕は出来る時間の間で君に魔術を教えよう。生きるための技術、食事の作り方、生活に必要な小さなことまで、しっかりと教える」
その傷が癒えるまで、君がしっかりと立ち上がれるようになるまで。
君がその足で、自分の行先を決められるように。
「もちろん、君が嫌だと言えば……そうだね、非常に納得はできないが僕はこのままここから去ろう」
「…………」
嘘はついていない、紛れもなく真実だ。
彼女が拒むのなら、僕は危険を冒してでもすぐにここから立ち去る。
だから、選ぶのは彼女次第だ。
僕と同じく、二つの名を持つ少女。
彼女が、選んだのは。
「わたしひとりじゃ、何もできないから……!」
「前までわたしに魔術を教えてくれていた先生は……もう、反応してくれないし……」
「だから……!」
「だから、教えて……ください!」
「貴方の言葉からは、嘘が見えなかった」
「貴方の眼は虚飾に塗れていなかった」
「だから、きっと本心でそう思ってくれているあなたが教えてくれるなら」
「わたしは、生きるために必死になりたいと……そう思ったのです」
きっと、心を閉ざしていたのだろう。
きっと、そうすることでしか自分を守れなかったのだろう。
だけど、彼女は怯えながらも誰とも知れない妖精に話しかけた。
それは、自分を変えるチャンスが欲しかったのかもしれない。
そうして、一歩……たとえ小さな歩みだとしても。
輝ける星は、大切な一歩を踏み出したのです。
だからこそ、
「もちろんだとも、君が生きていたいと、そのための努力をするというのなら。僕は君にたくさんのことを教えよう。飢えを凌ぐ方法を、火をつける方法を、家を建てる方法を、寒さを凌ぐ方法を、君が1人になっても前を向けるように」
彼女の杖を握る手に少しだけ触れる。
反射的に彼女の身体が少しだけ跳ねる。
「きっと、こうして触れられても怖くて震えないように……僕も、君のために頑張るよ」
「だから、ひとまず……よろしく、の意味を込めて握手とかどうかな?」
差し出した右手に、アルトリアの左手が重なる。
ゆっくりと怖がらせないように彼女の左手を握った。
「これからよろしく、アルトリア。僕のことは気安くレインと呼んで欲しい」
「わ、わかり……ました?その、レイン……?」
「そんな畏まった言葉も必要ないよ。もっと自然体で、君の本来の言葉でいいんだ」
「わ、わかった……よろしくね、レイン」
「うん、まだ少しぎこちないけどそこはおいおい改善していこう」
握った手を、アルトリアはしっかりとほんの少し弱々しく握り返してくれた。
これから、どれだけの時を彼女と過ごせるかはわからない。
一年か、それとももう少し長いかもしれないし短いかもしれない。
でも、僕に出来ることは全力で頑張るさ。
だからアルトリア、君は真っ直ぐに素直に、優しい子に育って欲しい。
大丈夫、悪意を感じられない君なら……間違いなくその道を歩けるさ。
なんでみんな前話の最後に出てた一言がアルトリアだってわかったんですか?(すっとぼけ)
原作からの変更点
・アルトリアのメンタルが原作より少し終わってる。
・ティンタジェルの妖精から日常的な暴力を受けていたため触れられることが怖い。
・唯一、普通に接してくれたアクターが殺されたことで更にメンタルデバフ。
・エクターがいないとわかっていても寂しさのあまりにティンタジェルに戻ってきてしまった。
さて、皆様のおかげで日間ランキングなんと一桁台です。
今日一日中ずっと10位以内にいました!
やったー!ばんざーい!ばんざーい!
ランキングで拙作を見つけてくれた新規読者さん、よく最新話のここまできてくれました。
この後もエタらないように応援の気持ちも込めて感想と高評価よろしくお願いします!
いつも見てくださってる皆様、『そろそろ押してやってもいいかな?』と思ったら迷わず高評価よろしくお願いします、ずっと待ってます。
それではアヴァロン・ル・フェ[序章]2人の魔術師はお兄様とアルキャスの原作開始前の話となります。
なんとかキャメロットからの追跡を振り切りながら数話ほのぼのしていく予定なのでよろしくお願いします。
読者の皆様にお聞きします。僕の文章は楽しめていますか?(文字数を多くする場合この先の投稿頻度が落ちる可能性がありますが、参考程度にお聞きしたいです)
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この調子でモルガンに会いに行って(満足)
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まあそこそこ?(やや満足)
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文字数を増やしてほしい(やや不満)
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モルガンの話だから見てる(不満)