お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第八奏 『はじまり』

カランカランッとこの領域に侵入者が現れたことを知らせる警鐘が鳴る。

時間は深夜、大体の生命は眠りにつくほど深い夜の帷が降りた頃。

侵入者は普通の妖精ではないだろう、たとえ強力な力を持つ氏族長であっても魔術という概念に馴染みのない妖精たちには空間を切り離してまで隠蔽しているこの領域に侵入してくるなど不可能だ。

 

ならば、それ以上の妖精。

つまり、それが出来るとすれば話に聞く妖精騎士。

更に僕の知る限りそれが出来るのはランスロット、と読んだわけだが……

 

千里眼ではじめのトラップエリアを見て思わず目を見開いた。

相手が勝手知ったるようにトラップを的確に避けていたからではない。

いいや、侵入者の姿を見れば寧ろそれは納得すら覚えた。

 

『…………』

 

「……っ!」

 

千里眼での視線越しに、目があった。

光のない濁ってしまった彼女の妖精眼としっかりと目があった。

 

間違いない、見間違えるはずがない。

雰囲気や見た目こそ差異があるがモルガンだ。

このブリテンに繋がった時、玉座に座っている光景が見えた彼女と同じだ。

 

そして、遠くの方から聞こえてくるのは第二エリアに設置していた無数の攻撃魔術の着弾から起きる爆発音。

迎撃するほどは聞こえない、ただひたすらに確実にここまで近づいてくるのは魔術の着弾音のみ。

 

ああ、彼女ならば無傷でここまで辿り着けるだろう。

なにせ、攻撃魔術の避け方は彼女相手に僕が散々やってきたのだから。

つまり、水鏡による攻撃魔術の着弾地点の操作。

ああ、これはダメだ。

爆撃音が、どんどん近づいてくる。

きっと彼女は無傷で何もなかったかのようにここまで辿り着く。

 

「ど、どうしたのレイン!?」

 

警鐘に気がついて起きてきたアルトリアがもうすぐそこまで近づいてきた爆撃音を聴いて驚愕する。

 

「え、この音ってレインの攻撃魔術の音……?え、なんで?だってここはわたしとレインが持つ鍵がないと入ってこれないのに……!」

 

「僕と同じ魔術を使うものなら、突破してこれるだろう。僕の結界魔術の癖、トラップの配置順、無数に設置した攻撃魔術を全て無効化出来るだけの魔術師なら……確かにここにはやって来れる」

 

「な、なんで……?でも、ここは普通の妖精には察知すらできないのに」

 

アルトリアの言葉からは明らかに動揺の色が窺える。

確かにそうだ、“普通の妖精”には違和感すら感じられないほどの完璧な隠蔽魔術を使っている。

空間を切り離し、ここへ繋がる道をすべて認識阻害で逸らし、もし近づいてくるものがいれば知らず知らずのうちに名無しの森へと誘う強力な結界。

この10ヶ月の間、誰だって近づくことはできなかった。

アルトリアだって、誰かに見つからないように近くの村まで出向いていた。

しかし、その答えは……扉が開かれてすぐに答えが返ってきた。

 

「それは私が、普通の妖精ではないからだ」

 

ああ、わかるとも。

懐かしい魔力の波長、濁ってしまったけれど美しい水色の瞳。

あどけない少女から美しい女性に育ったと心から思う。

 

「───も、モルガン……陛下……?」

 

「彫金師アリア、なるほど……楽園の妖精を匿っていたのですね」

 

2人の楽園の妖精、アルトリアはモルガンを見つめて震えた声で彼女の名を呼び、モルガンは自身の後継となるアルトリアを見て納得した表情を浮かべた。

しかし、次の瞬間にはモルガンは僕の方へと向き2歩、3歩と近づく。

そうして手を伸ばせばお互いに触れ合える距離まで近づいて、彼女は優雅に自身のドレスのスカートをつまむ。

 

「汎人類史より妖精國ブリテンへようこそいらっしゃいました。大変遅くなりましたがお迎えにあがりました」

 

あまりにも優雅なその振る舞いに僕もアルトリアも思わず息を呑む。

 

「積もる話も沢山あるのです。この続きはぜひキャメロットにて」

 

「……僕は君のことをなんと呼べばいいんだろうね」

 

「……なんて、って……モルガン陛下はモルガン陛下なんじゃ」

 

状況についていけないアルトリアがそんなことを口にするが、モルガンは一切気にせずに僕の手をとる。

 

「公の場ではモルガンと、しかしこの世界で唯一の兄妹ですもの。2人の時は以前のようにトネリコとお呼びください」

 

「そっか、じゃあトネリコ。参考までに、どうしてここがわかったのか教えて欲しい」

 

「それも含めてキャメロットでお話しいたします。それに、そこの楽園の妖精にも一度しっかりと話をしなければなりません」

 

モルガンはアルトリアを一瞥してすぐにでもキャメロットへ向かうための水鏡の魔術を開いた。

しかし、そんな状況がこんな突然の終わりが納得できるアルトリアではなかった。

 

「ちょ、ちょっと待って、く、ください!どうして陛下がレインをキャメロットに連れていくんですか……!」

 

「……それも含めて説明してやるからついてこい、と私は言った。ここで私に歯向かっても万に一つの勝ち目すらないのはわかるでしょう」

 

誰の目から見てもわかる、今のアルトリアでは天地がひっくり返ってもモルガンには勝てない。

地力が、魔力量が、魔術の種類が、魔術の展開速度が。

その全てでアルトリアはモルガンに勝てるものが何一つない。

 

「納得させないまま引き離すと言っているわけではない。無論お前に拒否権はないが、私も言葉を尽くすことは誓おう。それならば、お兄様も構いませんね?」

 

「……そうだね。すまない、アルトリア。ここは彼女に従おう、君に何か危害を加えるようなことがあれば必ず僕が守るよ」

 

「うぅ……わ、わかった。モルガン女王陛下の言葉に、従います」

 

「よろしい、では私たちは先にキャメロットに向かいましょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

虚空に向かって、モルガンは妖精騎士ランスロットに指示を告げる。

それに合わせて、水鏡へはモルガンが先導した。

 

「ひとつ、言っておきますが」

 

「……逃げないよ」

 

「そうですか、では参りましょう」

 

モルガンに誘われるまま、僕とアルトリアは水鏡の中へと通っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水鏡を抜けた先、そこは玉座の間だった。

荘厳な意匠の玉座と冷え切ったような空気が目立つ空間だった。

 

モルガンのヒールの音と共に1人の騎士が玉座の隣に現れる。

その顔は見覚えがあった、その騎士は僕に縁の深い騎士だった。

その腰に帯刀している剣は僕が彼に託したものだった。

 

銀の鎧、かつての雨の国を連想させるエンブレム。

金の髪に、翡翠の瞳、芯の通った低い男性の声。

そんな騎士が、深く深く、僕の目の前で膝を突く。

 

「ブリテンへの御帰還、大変心待ちにしておりました」

 

「レイレナード……」

 

「雨の騎士団団長、レイレナード。現在はモルガン女王陛下の補佐として妖精騎士長アーデルハイトの銘を拝命いたしております」

 

「ここに、かつてお兄様が遺したものが揃いましたね。人払いは済ませてあります、万が一にもこの玉座の間に誰かが来ることはありません」

 

元・雨の国の王子。

 

元・雨の国の王女。

 

元・雨の国の騎士団長。

 

そして、王子が出会った次代の楽園の妖精。

 

「では、夜が明けるまで存分に語り合いましょう。私の後継として生まれた楽園の妖精、アルトリアと言ったな」

 

「アルトリア・キャスター……です」

 

「よろしい、ではお前にも言葉を発する許可をする。どのような質問でも意見でも構わぬ、その問いかけに私は応えよう」

 

 

「…………わかり、ました」

 

本来は交わることのない、2人の楽園の妖精。

こうして、話し合うことなど各々の立場ゆえにあり得ない。

仮に成立したとしても、それはモルガンの威圧に負けて黙ってしまっていただろう。

 

 

しかし、この場での彼女は違う。

この10ヶ月でたくさんのことを覚えた。

その中の一つに、自分よりも強い相手に押し黙ってしまうような自分を変えるためのものだって頑張って手に入れた。

 

「では、ひとつめ……」

 

アルトリア・キャスターは間違いなく、女王モルガンに怯むことなく立ち向かったのだ。




次回 モルガンvsアルトリア(1)




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