お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン   作:今井綾菜

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第十五奏 『ふたりで』

モルガン陛下とお話をしたあの晩から一晩過ぎて、時刻は翌日の昼下がり。

 

『旅の支度は明日以降で』

 

という言葉を聞いていたからこれはもうやるしかないとやりたくもない決意を固めたわたしは意を決してモルガン陛下の私室にいるレインに声をかけに行ったのです。

 

『た、旅の支度するのに……キャメロットの街にいかない?』

 

ちょっと声が上擦ったのがわかった。

きっとわたしにとって最後になる大切な人と一番大きな街で歩くことになるであろう経験。

そんな少しだけ緊張した面持ちのわたしにレインはいつものように笑って頷いてくれたのでした。

 

お昼ご飯をキャメロットで食べたわたしたちはモルガン陛下の許可をもらってキャメロットの城下町へと出たのです。

 

『今日中には帰ってくるように』

 

もともと陛下との約束もあったし、そんなに遅い時間まで外に出るつもりはなかったけど……でも、陛下が心配するのもわかるよね。

だって、レインがまたどっか行っちゃうかも……なんて考えたら確かに心配にならざるを得ないと思う。

 

それに、街に出るといってすぐに懐から出してきた300万モルポンド。

レインはもちろん受け取るのを拒否したしわたしは自分で稼いだお金があったけれど、それはこれからの旅の資金にするがいいと押し付けられてしまった。

 

300万モルポンド稼ぐために、わたしってどれくらいアクセサリ作らなきゃいけなんだろう……なんてぼんやり考えたりもして。

 

っていうか、旅の支度だけで300万モルポンド?

キャメロットの物価ってもしかしてとんでもなく高い?

動きやすそうで壊れにくい服と靴くらい買えばいいかなと思ってたけどそんなの買うだけでももしかしてわたしのお財布じゃ足りない?

 

なんて、内心ビクビクしていたのも束の間。

別に大したことなかったのです。

確かに南部平原近くの物価よりは少し高かったけど、グロスターの高級店に比べれば全然余裕でした。

 

そんな様子を見てくすくす笑っていたレインは一回くらい叩いても文句言われないと思う、うん。

 

でも、正直な話。

旅の支度って言っても何をすればいいんだろう。

だって今着ているこの服やブーツだって結構頑丈で破けにくいし壊れにくい。

結構たくさん歩いてきたけど靴底がすり減ってるわけじゃないし中敷を取り替えれば正直それで十分だ。

 

欲しいもの、とかほとんど無いんだよね。

ほら、レインに拾ってもらうまでは我慢ばっかりの人生だったし。

アクセサリとかは綺麗で可愛いと思うけどわたし自身はこれっぽっちも。

 

……これは、ちょっと強がりでした。

 

本当はエクターが作ってた髪飾り、あれが欲しかった。

綺麗で繊細で、作り手の心がこもっていたあの髪飾り。

彫金師アリアとしてのわたしの姿を見たらエクターはなんて言うかな。

褒めてくれることはないと思う、うん。

自分で作った髪飾りを付けてみたことも、一回だけありました。

けど、それはなんか違くて……

結局、きれいな髪飾りがほしい……っていうちょっとしたわたしの願望は心の奥底にずっと仕舞ったままなのです。

 

「しかし、本当に欲しいものがないのかい?」

 

「うん、わたしって思ってたよりも無欲みたい。アクセサリも自分で作れちゃうし、高そうな服なんてきっと似合わないから欲しいって思えなくて」

 

「……そんなことはないと思うけれどね」

 

わたしの言葉が少し引っかかったのか、レインは怪訝そうな表情。

この表情はあれだ、『また卑屈な態度をとっているな』という顔です。

そ、そんなことないですとも。

だってわたし、いま本当に欲しいものがない。

だって、奪われるものがないなら今あるもので幸せでしょう?

わたしのような何の取り柄もない普通の子が高望みをするなんてそれこそ烏滸がましいというやつです。

 

「……ここ最近、アルトリアには我慢ばかりさせていただろう。だから、こうして外に出ている時くらいは好きなことを好きなようにして欲しかったんだ」

 

レインのこういうところがずるい、とわたしは思うのです。

いつだってわたしが欲しい言葉をくれる。

初めて会ったあの日にわたしの手を取ってくれた時から、ずっと……

 

「そ、そういうところだぞレイン……!」

 

「ええ……?僕変なことは言ってないと思うんだけど」

 

「そうだね!変なことは言ってないね!」

 

まったくもう、レインのせいでさっきまで考えてたことどうでもよくなっちゃった。

 

はあ、こうなったら夜までしっかり遊ぶぞぉ!

 

「欲しいものはないけど、キャメロットは一回来てみたかったから夜までに回れるだけ見て回ろう!」

 

レインの手を取って、わたしは高鳴る胸の音に気がつかないふりをした。

少し困った顔をするレインと一緒に街をゆっくり回れる機会なんてたぶんもうないだろう、なんて寂しさから目を逸らして。

 

 

それからわたしたちはキャメロットにあるたくさんのお店をまわった。

キャメロットで一番有名な装飾品屋、わたしと同じようなレベルの商品がわたしが売っている値段よりも遥かに高く売られていることに驚いたり。

 

上級妖精じゃないと入れないようなカフェでレインが作ったほうが美味しい紅茶とスイーツを食べて。

 

あっ、でもブーツと洋服は確かに綺麗で可愛いものがたくさんありました。

ノクナレアならきちんと着こなせるだろうな、なんてそんなことを思いながらお店の中を見ていく。

 

結局何も買うことはなかったけど、可愛い服を見るのは楽しかった。

 

……というか、レインこそ物欲ってないのかな。

 

レインが“これが欲しい”っていうの聞いたことなかったし、今までわたしのことを育ててくれたお礼とか、いつか渡したいって思っていたんだけど。

 

こういうのって魔術師らしくアクセサリとか宝石に加護をつけたりしたものを贈った方がいいのかな?

礼装……っていうんだよね確か。

マーリンはこの辺りのことは教えてくれなかったけど、レインが基礎的な魔術のお勉強をつけてくれたおかげでちょっとだけその辺りの知識もあるのです。

 

だとしたら、わたしが作ったアクセサリとかでも喜んでくれるかな?

作るためには一回森の家に戻らなきゃだけど……それは旅を始めないとちょっとむずかしいかも。

 

まあ、どっちにしてもレインへのお礼も近いうちにあげたいな。

ブローチ、ネックレス、ピアス……出来れば身につけられるものでずっと大切にしてもらえるものがいい。

 

わたしが、一緒にいられなくても。

 

わたしのあげたものがずっと一緒にいてくれたらいいのに。

 

この気持ちが綺麗なものではないことがすぐにわかってしまってそれを払拭するようにまた、レインの手を引く。

 

楽しい1日にしたいのに、よくない考えばかり浮かぶわたしに……自分自身が一番嫌になってしまう。

 

 

 

 

こんなことを考えながら、わたしとレインの1日は終わりを迎えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

****

 

「今日中に帰ってきなさい、とは言いましたが……まさか夕食前に帰ってくるとは思いませんでした」

 

「あはは……あんまり欲しいものとかなくって……」

 

モルガン陛下の私室。

キャメロットに帰還したわたしたちが真っ先に向かったのはここだったわけで、まったく使わなかった資金の返還も含めて公務を終えたモルガン陛下に会いにきたのだが……何よりも先にため息をつかれてしまった。

 

「欲しいものがないのは仕方ないが……渡した資金をそのまま返すのはどうかと思うぞ。お兄様も旅支度に必要なものをしっかりと揃えさせてください」

 

「ああいや、僕も旅とかしたことなくてね。何が必要とかあんまりよくわからなくて……」

 

「……2人きりで行かせた私がバカでした。旅に必要なものはレイレナードに揃えさせますので……旅の出発の日程は少しずらしましょう」

 

頭痛がする、と言わんばかりに額を押さえたモルガン陛下。

だって仕方ない、わたしもレインも旅なんてしたことないし。

そもそも、たくさん荷物を買っても持ち歩けないなら意味なくない?

ナイフと火を起こすための手段……これは魔術でできるから。

寝袋なんて上等なものだって歩いてする旅ならただの荷物になってしまう。

 

「……やっぱり、そんなに必要なものってないんじゃ?」

 

「馬鹿者、歩いてブリテンを移動するのだ。上等なブーツや汚れにくい服。いざという時に必要な治療道具など言い始めればキリがないだろう。2人分の旅装束一式はこちらで用意しますので、お兄様はひとまず隣の部屋に移動していてください」

 

呆れたようにこれまた大きなため息。

モルガン陛下に促されるまま、レインは隣の部屋へと移動していく。

部屋には、わたしとモルガン陛下の2人きり。

 

「お前も、欠けた指の足をお兄様には見せたくないでしょう」

 

「あはは……まあ」

 

「……笑い事ではないでしょう。ほら、足を出しなさい」

 

言われた通りにブーツを脱ぐために近くにあった椅子に座る。

レインの前でも決して脱がなかったブーツを脱げばそこには壊死して指が2本くらい無くなってしまった両足が露わになる。

 

「…………私でもここまではならなかった」

 

「……一昨年の冬は寒かったので、ちょっと耐えられなかったんです」

 

「ティンタジェルの妖精たちは一体何をして……いや、今はそんなことどうでも良い」

 

わたしの足の指を見た陛下は少し離れたところにある机からいくつかの宝石を持ってきた。

 

「陛下でも宝石に魔力を詰めたりするんですね」

 

「魔力を貯蔵した宝石はそれだけで強力な魔術を行使するための触媒となる。私も昔に旅をしていた時に切り札として幾つか用意していたのだ」

 

結局使うことはほとんどなかったが、と陛下は付け足す。

確かにモルガン陛下ほど強い妖精なら宝石なんて使うことないだろうと変な納得をする。

 

「まあいい、ほら足をこちらに向けなさい。高度な魔術故、お前ではまだ使えないだろうが見ておくことでいつか役に立つこともあるでしょう」

 

モルガン陛下が手にした宝石。

それに内包した強大な魔力がモルガン陛下の手の中で荒れ狂う。

しかし、その派手で強大な魔力の奔流とは裏腹にわたしを包み込む魔力はとても優しいものだった。

どこかあたたかい、とそう思わせるようなもので……。

 

「ほら、終わりましたよ」

 

「……え?」

 

モルガン陛下の声と共に先ほどまでは明らかに感覚の足りなかった足に視線を向ける。

 

そこには失ったはずの指が二つ。

確かに、なくしたはずのものがそこに取り戻されていた。

 

「……ぁ、わたしの指……戻って……」

 

「一年以上なかったものが戻ったのだ。すこし違和感があると思うが……そこにはなんとか慣れなさい」

 

「は、はい……!ありがとう、ございます……!」

 

視線がモルガン陛下に行くことはなかった。

失ったものが帰ってきたという喜びの方が勝ってしまって、どうしても自分の足の指から視線を離すことができなかった。

思わず涙が溢れてしまうほど、嬉しかったのだから。

 

 




お久しぶりですねぇ!!!(気さくな挨拶)

ちょっと先月の連続更新と今月から始めた深夜のアルバイトも相まって少しお休み期間をいただいておりました作者です。

約1週間ぶりの更新なのでみなさんが離れていないか不安で仕方ないですねハイ。

このルフェ序章はお兄様とアルトリアのブリテン旅行(意訳)までやる予定なので結構長くなる予定なのですけど、みなさんは早くルフェ本編(地獄行き)が見たかったりするんでしょうか。
作者としてはアルトリアの感情をもう少し熟成させてから本編に行きたい所存なんですけれどもね。

作者のボヤキはここまで、ではまた次回お会いしましょう。

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