お兄様のことが大好きな雨の魔女トネリコ或いは冬の女王モルガン 作:今井綾菜
「キャメロットでの暮らしは慣れましたか、殿下?」
「慣れたか、と聞かれれば、そこまで、と応えるしかないかな。なにせモルガンの私室かアルトリアのいる部屋しか出入りしていないからね。今日の城下町の散策はちょうどいい息抜きになったよ」
「……それについては申し訳ありません。殿下がブリテンにお戻りになられたことは領主はおろかランスロット以外の妖精騎士にも知らせていないことですので」
「仕方ないさ、本来なら僕はもうここに戻ってくることのなかった存在だ。あの時、確かに僕はこの世界からいなくなったのだから」
「…………」
モルガンがアルトリアの足の指を治すための魔術を行使している頃。
僕はレイレナードと2人で隣室で待機していた。
「それにしても、君が“アーデルハイト”の名を冠しているとは驚いたよ」
「……殿下の妖精名、初めこそ困惑致しましたが……その名に恥じぬ働きをしてきたつもりではあります」
「僕からトネリコへ、トネリコから君へと継承されていくとは当時の僕も想像していなかった。妖精騎士長アーデルハイト、噂によれば立派な騎士だというじゃないか」
「殿下に賜った教えを実践しているまでです。殿下から授けていただいた霊剣、殿下の名を冠するギフト……雨の国の騎士としてこれほど名誉なことはございません」
しかし、あれから6000年も経過したというのにレイレナードの忠誠が未だに僕にあるのが不思議だった。
2000年、トネリコに仕えて忠義を誓い。
その上で未だ滅び去ったオークニーでの主への忠誠心を心に抱いている。
おそらくその在り方をトネリコ、モルガンは良しとしているのだろうが……
「……レイレナード」
「……はっ」
「オークニーを思うのは……辛くはないか」
「……それは、どういう意味でしょうか」
「あの国は6000年前に滅びた。他でもない、僕が行った決断で……キミの愛した国も民も母上やティアも、騎士団の仲間たちも……全て僕の判断で死んだ」
「…………」
「キミは、僕が憎くはないのか」
その問いかけに、レイレナードの拳がぎゅっと握られる音がした。
苦悶に満ちた表情は、どこへ向けた感情なのか。
それを知るための手段はここできっちり話し合うしかないだろう。
「あの時、キミは自分も戦い死に果てると口にした。それを僕は禁じて領主館の地下に凍結封印した、いずれトネリコの力になってくれるようにと」
「あの時の選択は……僕は間違っているとは思わない。しかし、キミの感情は別だろう。あの時は時間がなかったから言葉を交わすこともなかった、ただキミは仕える主の命令で望まぬ使命を与えられた」
「いつか会えたなら、話したいと思っていた。レイレナード」
「キャメロットに僕が連れてこられてからすでに数日経過したけれど、こうして2人になったのは今が初めてだろう」
「だから、聞いておきたかったんだ」
「キミから国を守るという使命を奪った僕を、憎んではいないかい?」
その言葉は、あんまりな言い分だと僕自体わかっていた。
昔からレイレナードは自分を律することが上手な男だった。
だからこそ、幾度となくこうして話し合ってきたこともあったが……彼が本音を話してくれることはあまりなかった。
「…………私が殿下へ憎悪を向けることなど万に一つもありません」
食いしばった口から、溢れるように出た言葉はそれだった。
「私は、あの時確かに殿下への疑念と我が役割を果たせぬことへの悔しさを胸に殿下の命で眠りにつきました。護国のために磨いた剣術、民を守るために身につけた守るための魔術。その役割を果たせぬまま滅びゆく故郷を見捨てることを我が身は許せなかった」
「しかし、4000年の時を経て……トネリコ様に目覚めさせられた時、私の役割はこの為にあったのだと理解したのです」
「私を目覚めさせた王女殿下の瞳は濁り切ってしまっていた。美しく眩しかった笑顔は曇ってしまっていた。沢山の愛を向けていた心は冷たく凍えてしまっていたのです」
「あのお方には故郷を思い出せる“誰か”が必要だったのです。自身に残る愛のカケラをなくさないための存在が必要だったのです」
「故に私は、あの時の殿下の判断が正しかったことを……今でも確信しているのです」
まるでこの2000年余りのことを思い返すように。
レイレナードの瞳はただ真っ直ぐに僕の瞳を射抜いていた。
「レインフォート殿下、我が心は未だ貴方とオークニーに忠義を誓っております。しかし我が身は妖精國ブリテンの女王、モルガン陛下の第一の騎士なれば……」
その言葉にどれだけの覚悟が籠っていたか、わからないなどというつもりはなかった。
2000年の間モルガンに仕え続けてその心を守護し、その心のうちには故郷への想いがずっと残っていたというのなら。
「ああ、キミはキミの思うままにその責務を果たすといい。この2000年の間、あの子の心を守ってくれて本当にありがとう」
「身に余る光栄にございます。私はただ、オークニーの残した宝を……誰もが愛した王女殿下の為にこの身を捧げただけのこと」
女王モルガン、彼女が冬の女王と呼ばれる中でそれでもあの頃のような優しい心を残したままここまでこれたのは間違いなく目の前にいる彼のお陰だろう。
もしそうでなければ、きっと彼女の心は冷めていた。
レイレナードとメリュジーヌ。
トネリコという少女を知るこの2人がいることで昔のようなやりとりができたこともきっと感情を殺し切ることのなかった理由だと信じている。
「……時に殿下、ベリル・ガットという男についてですが」
「……………………」
「……ふむ、その反応。余程あの男が気に入らないと見えます」
「単純に価値観が合わないんだ。あの底にある悪意、生粋の殺人鬼としての側面は隠し切れるものじゃない。どれだけ気のいい兄貴分を演じていても快楽殺人者としての欲求は抑えきれないさ」
「……なるほど」
何かを考え込むように、レイレナードは腕を組んで瞳を閉じる。
考え込むこと1分と少し程度、瞳を開いた彼は呟いた。
「トリスタンを彼の元から離すべきか……悪虐を学ぶという意味ではいい相手かもしれませんが、殿下のいうことが確かならその矛先が彼女に向くことも考えられる」
「彼女への次の授業は明日、であるならばそこから手を打っておく方がいい。問題はどう怪しまれずにことを進めるかだが……」
「いっそのこと殿下に預けるか……いや、しかし……それでは陛下の教育方針と異なる。元の善性を考えれば相性がいいがそれではまた昔の彼女に逆戻りだ」
「………………」
レイレナードの独り言が部屋の中に響く。
こういうところは昔と変わらないなと感慨深くなっているとレイレナードはこうしてはいられないと言わんばかりに部屋の扉の方へと身体を向けた。
「殿下、大変申し訳ございませんが……」
「ああ、僕のことは気にすることはない」
「では、失礼いたします」
一切振り返ることなく、レイレナードは部屋から出ていく。
彼のブーツの音がどんどん遠くへ向かっていることから一目散にどこかへ向かったのは間違い無いだろう。
「……妖精騎士、トリスタンか」
僕にとってのトリスタンといえば円卓の騎士である嘆きのトリスタン。
カルデアによる強制退去のほんの少し前までは鍛錬をつけてもらっていた騎士の1人であり、ティア・フェイルノートの性能向上のために知識を貸してくれた恩人でもある。
おそらく、だけれども。
僕がブリテンに来た時にキャメロットで見つけたあの赤い髪の少女がそうなのだろう。
赤い髪、赤いドレス、赤いヒール。
噂には聞いている妖精騎士トリスタン。
残酷で残虐で最低で最悪な女王の後継者。
しかし、そんな評価の子をあのレイレナードが教育するだろうか。
あくまで、6000年前の彼の評価は清廉で潔白、公正で厳格。
悪虐を嫌い、不正を嫌う彼がそんな妖精を……?
「元の善性、と昔の性格に逆戻り、か」
ブリテンには善性の塊のような妖精がいたと聞いたことがある。
僕が生きていた6000年前にもその噂は聞いたことがあった。
どこまでも純粋で善良な妖精がいる。
誰かを助けるために自分の身体を犠牲にして、それでも誰かに喜んでもらうために自分を差し出す。
騙されて、捨てられて、嬲られてもその妖精は怒ることをしなかった。
逃げない、怒らない、やり返さない。
妖精たちのおもちゃにされた挙句、僕の生きていたブリテンでは既にボロ雑巾のようになって死んでいたと。
あの妖精の名は……なんと言っただろうか。
噂程度にしかあの時は聞いていなかったから記憶の中から引っ張り出さない。
しかし、その妖精がこの時代まで同じ目に遭っていたならば。
もう、今代か次代が最後の命になるのでは無いだろうか。
「………………まったく、反吐が出る」
心の底から、その言葉を吐き捨てるように。
たった1人だけの室内から月を眺めた。
アルキャスとモルガンピックアップじゃなくてよかったぁ〜!
来週、決戦の刻……!
なにぶん作者、お恥ずかしいことに水着アルキャスはまだ未所持でして……
1人だけでも我がカルデアに来てくれないかなと願掛けをしている次第です。
さて、今回は妖精騎士長アーデルハイト……もといレイレナードさんとお兄様のお話でした。
これ、キャメロット出るまでにどんだけ時間かかるんだ……?
ブリテン一周の旅終わらないと本編行けないんだけど……?
ああいや、でも序章は皆さんにたくさんの情報を持っていただく為の章ですし?
それぞれの感情や立場をしっかり頭に入れていただいた後にアヴァロン・ル・フェを読んでもらいたいのです。
と、いうわけでまた次回でお会いいたしましょう!
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